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星を追う者たち  作者: 矢口
第六章 海の風、国境の炎
84/222

83:脈動

 ヴェレーネは常に南部中央戦線にて指揮を執っている訳ではない。


 そちらは主にカレルの仕事であり、彼女はどちらかと云えば下瀬や池間と共にシエネの議員会館に中央司令部を構え、俯瞰(ふかん)する様にフェリシア全体の防衛に目を光らせている。

 

 参謀本部のスタッフは、ヴェレーネ、アルボス、ハインミュラー、カレル、池間、柊、五十嵐、アイアロス、バルテン、オレグ、そして何故か桜田が補員としてその会議に入り込むことを許されている。


 指揮官と参謀スタッフに重なりがあるのは旅団という小さな規模の軍が立ち上がったばかりだからであり、最終的にカレルやアルボス、バルテン、五十嵐などはこのスタッフから名を外されることになる。

 またアルスやマーシアは状況によって参考人として呼び出されるだけであり、参謀権は持たない。


 名前だけは揃えたが実際の処、ヴェレーネ、ハインミュラーと池間の他、全体を見渡す力のあるのはアイアロスと巧ぐらいであろう。


 戦乱が少なかったフェリシアにおいて、戦闘なら兎も角、『戦争』に関する視野を持つ者は実に少ないのだ。

 アルボスやバルテン、オレグなどは未だこの会議において、戦略という概念を学ぶ学生のようなものである。


   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 ヴェレーネが自室に池間の訪問を受けたのは、二月二五日。

 即ち巧達が旧ルース領に向けて出発した翌々日のことであった。


 池間は入室の敬礼を短く済ませ、その時間すら惜しいとばかりに直ぐに現状の報告を行って来る。

 彼にしては珍しいことに何やら焦りが見えた。


 最初の報告は、実に不思議な話であった。

 数日前から国境近くに集結していた農奴が、二時間ほど前に(つい)に動き出した。

 だが、何のことはない。

 国境から二キロ程離れた土地の開拓を開始しただけだと云うのだ。

 

 国境河川際、シエネ城壁の真っ正面である。

 何事かと聞いたのだが、あちらのスパイからも情報が得られなく困っているという。

 ヴェレーネも急ぎ自分の諜報ネットワークを使ったのだがこちらも同じだ。

 だが、土木工事ではなく農作業であることは間違い無い。 

 それも全長十キロ奥行き一キロというかなりの範囲を、一気に耕し始めている。

 農閑期のルーファンの奴隷や一般農民まで総動員しているようだが作物の種類が分からない。

 苗すら現地に届いていないのでは見当も付かない。

 川岸から五百メートルは中立地帯であるため彼らがそこで何事かを始めれば、攻撃も可能だろうが、二キロ先、しかも農作業ではどうしようもない。


 何やら不気味であるが、調査を続行するしかないとの結論となった。

 侵略を諦めて国境沿いを農地にしてくれるというならば、これ以上はない有り難さであるが、そのような楽観的すぎる事態でも有るまい、と思う。


 続いては報告は固定翼航空機部隊の展開についてである。

 あちらの方では突貫で準備を行って居るとヴェレーネから報告は受けたが、こちらの何月何日に配備を行うべきかと彼は訊いてきた。


「随分急ぐのね? 翼飛竜ならAH-2Sで十分対応できますわよね?」

 ヴェレーネの言葉に池間は苦い顔だ。

 第四小隊の全滅を思い起こしており、その悔恨から彼は逃れ切れていないのである。

 苦痛を込めて言葉を返す。


「南部でかなり強力な竜が現れ始めています。 

 鱗といいますか、装甲も強力な物になっていますね。 

 今後、高々度を飛ばれると厄介です。 

 AHの飛行高度は七千メートル弱が限界です。

 その上、限界高度では安定した気流の中でも『飛ぶ』だけでやっとなんですよ。まず、戦闘は無理でしょう

 強力な竜が現れた場合はジェットで頭を押さえて、低空、せめてコブラが戦える六千から五千以下に引きずり落とす必要があります」


「なるほどね、確か……」

 池間の言葉を聞いて返事を濁したヴェレーネだったが、実際の処、彼女は『セム』から同じような話を聞いており、丁度池間と同じ事を考えつつあったのだ。


 唯、『セム』は妙なことも云っていた。

『今後も魔獣は増え、更に強力になるだろう。

 だが、本格的になるのはこの戦争が終結した後の話だ。

 此処を乗り切ればシナンガルとの共闘の道も開ける。

 頑張って欲しい』、と。


 意味が分からない。

「彼らと共闘とはどういう事なのか?」

 と尋ねたのだが、『セム』は

『今はどうしても話せない』と言うばかりであった。


 その事に思い至りつつ、考えを纏めたヴェレーネは池間に三月十日を提案して受け入れられた。

 基地の整備に掛かる時間も考慮したのである。

 航空機の運用は滑走路があれば良いと言うものでは無い。 

 ハンガーの設置や補給体勢、何より五十嵐が中心となって立てた配備計画に沿って動かなくてはならない。


 航空兵力については一旦終了したものの、池間が『もうひとつ』と言ってきた。

 どうやら本命は此方であったようだ。


 彼は当人が闘った事が無いどころか、見たことも会ったこと事もない『シナンガル軍』の動向について不確定ながらある仮説を立てていた。


「過去の戦闘記録から見て高い確率で―――する可能性が考えられます」


 池間の仮説はヴェレーネを引きつらせる。

 彼女が最も恐れていた仮説であったからだ。


「でも、どこから彼らが進入するといいますの? シエネの防衛は盤石、南部にはマーシアとアルスが居ますわ。 

 北部のライン山脈沿いには四機だけどAS31も配備しました。

 何よりAH、三十機のローテーション巡回も行われていますわよね?」

 

 池間は一旦(いったん)頷いたものの、その頷きを打ち消すかの様な事を口にする。

「私が引っかかったのも其処(そこ)なんですよ。 

 大佐の仰せの通り我々の防衛体制は盤石です。いや盤石に近い」


 そうやって現状を確認した後、強い口調で彼が発した言葉はヴェレーネの虚を突いた。


「だが、それにも拘わらず、目の前の行動も含めて敵は何らかの侵攻作戦を立てている。

 これは事実ですよね?」


 思わず息を呑んだヴェレーネである。

 確かに自分がシナンガルの上層部なら、今のフェリシアに侵攻などしようと思うだろうか?

 戦争とは『天の時、地の利、人の和』の(いず)れが欠けても開始すらままならないものだ、と云うにも関わらず、である。


 天の時はいざ知らず、シナンガルに地の利は完全にない。 

 人の和? 其れこそお笑い草だ。


 スゥエンの使者も先の会議に参加だけは認められた様ではあるが、互いに疑心暗鬼の状態ではないか。 

 スウェンでは既に兵力を分散させ始めたという。

 彼らにルース配下の自由人(バロネット)と思い込ませている“マーシア及び第十三連隊”に対しては、『脱走兵が増えた』との報告をして来ていると云うが、首都がスゥエン軍の集団運用を嫌ったと見るべきであろう。


 巧がスゥエンに対して打った分断の布石は未だ生きているのだ。

 それでも侵攻作戦を企てるというなら、其れらの悪条件を(くつがえ)す程の手があるとしか考えられない。


(から)め手がある、と?」

 不安げなヴェレーネの言葉に池間は頷く。

「但し、その搦め手が『何』か。其処(そこ)が分かりませんよね。 

 柊なら『それ』が何か思いついてくれるのでは無いかと期待しているのですが、連絡は取れますか?」



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 その依頼を受けた時、カレシュは少しだけだが意地悪をしたくなった。

 少しぐらいなら許されるだろうと思ったし、何より表向きの理由で納得したくなかったのだ。


 柊巧准尉という人物をガーイン半島から急ぎ呼び寄せる必要が出たものの、彼らは三十式偵察警戒車両から既に百キロ以上離れた森の中を進んでおり、翻訳機を兼用したポータブル無線機との中継は現在不可能である。

 あちらには通信に特化した魔術師も居ないようであり、水晶球(スパエラ)を仲介しても全く連絡が取れない。

 その中で、彼を急ぎ呼び戻し参謀会議に参加させる必要が出てきたというのだ。



 その話を聞くカレシュを中央陣地における自分の執務室に呼び出したヴェレーネは、今現在、少々不機嫌である。


 カレシュ本人を呼び出した筈であるのに、何故か側に岩国孝司少尉が着いてきているのだ。

 名目は『捕虜の監視』だそうである。


 ヴェレーネとしては“巫山戯けるな”と思う。

 何で自分がカップルのいちゃつきを見せつけられながら、仕事の話をしなくてはならないのだ。


 言葉遣いも刺々(とげとげ)しくしたいのだが、今回は『依頼』である。

 しかも相手は過去に、『敵として会おう』とまで啖呵(たんか)を切ったことのある相手であり、“どうにもやりにくい”と言うのが本音だ。


 だが、彼女は平静を装うのには慣れすぎている。

 其れが装っているものなのか、地のものなのか自分ですら忘れる程に。

 取り敢えず書類を一枚取り出して、カレシュに受け取るように言った。


「これは?」

 尋ねるカレシュに、字が読めないのかとヴェレーネが尋ね返すと、彼女は『フェリシア文字はシナンガルの文字と少し違う部分があるので』と断った上で恐る恐ると読み進めていたが、

「もしかして、『国内通行証』ですか?」

 そう言って驚いた表情を見せる。 

 喜びで目が潤んでいる事までも分かる程だ。


「そうね」

 ヴェレーネの返事は簡潔だが、これはカレシュ・アミアンと云う人物が名実ともにフェリシア国民になったことを示す書類でもあるのだ。

 最早、彼女は捕虜でも敵国人でもない。


「おお、良かったな! シュナ!」

「うん!」

 二人はヴェレーネの目も(はばか)らずに抱きしめ合った。


 思わず咳払いをして、二人に自制を求める。

「あ、すいません」

 声が重なった所で、ヴェレーネは岩国に部屋を出るように(うなが)した。


 照れくさそうに頭を掻いた後でヴェレーネに睨まれると、岩国は辛うじて鹿爪(しかつめ)らしい表情を造り敬礼と共に退出する。


 ヴェレーネは一応に確認を取った。

「さて、早速貴女は臨時徴兵と云う事になりますが宜しくて?」

 地球でなら軍役を終えて国籍を得られるのが普通である。

 其れを逆にした訳であり、カレシュには嫌も応もない。


 だが、続けてヴェレーネは不思議な物言いをした。

「先に説明した通り、今回は柊の輸送を(にな)って貰うことになりますが、これは命令ではなく依頼です」

「依頼? 何故ですか?」

 カレシュとしては当然の疑問である。


 (しば)し間があったが、ヴェレーネは遂に口を開く。

「貴女は巨人と一騎打ちを希望していた、と記憶しています」

「ええ、でも、その件はもう……」

「諦めた、と?」

「はい。この地で生きることを決めました。

 それにヴェレーネ様の仰った通り、攻め込んだのは私たちでした。

 逆恨みする訳にも参りません」


 取り敢えずは頷いたヴェレーネではあるが、その目は()わっている。

 表情を変えず、次にその口から発せられた言葉はカレシュが出来れば一生知りたくない事実であった。

「あの時、あの巨人に命令を下したのは私です」

「……」

「何か言うことは?」

「何故。今、その話をなされるのでしょうか?」

 カレシュの心臓は早鐘を打つようである。

 胸が苦しい。

 レンのことは忘れない。でも、恨みは残さないと決めたではないか。

 それなのに、何故今更こんな話を聞かされなくてはならないのだ。

 疑われているのだろうか?

 それとも(いず)れ暴発する可能性のある人間なら、させてしまえと云う事なのだろうか?


 カレシュの中に様々な思惑が去来する中、ヴェレーネの返答は更なる驚きを持って受け止めざるを得ないものであった。

「あの時、巨人を操作していたのが柊准尉です」

 遂にレンの直接の(かたき)まで知ってしまった。

 この人は自分を何処まで苦しめるのだろう。

 そう思った時、悔しさと悲しさから彼女は自分でも止められぬ声を出していた。


「もう止めて下さい!」

 叫び声と共にカレシュの目から涙が一滴、いや留まる所を知らぬかの様に溢れ出し、遂にはしゃくり上げてしまう。


 その泣き声に反応するかのようにドアの外で『カタッ』と、小さな音が聞こえた。


 ヴェレーネはそのドアに向かって声を投げつける。

「岩国少尉、盗み聞きは良い趣味とは言えないですわね。

 何より軍機的にも好ましくありませんわよ」


 ドアの前の人気が消えると、ようやくヴェレーネはカレシュに向き直った。

「ご免なさい。苦しめたくて話した訳じゃないんですの。

 でも、いつかは知らなくちゃいけないことだったと思いますわね。

 其れに……、彼の口から知られるのも嫌だったの。 

 多分……」

 ヴェレーネの声は弱々しい。


 カレシュは高ぶる感情の中、何故か其れだけには気付いた。

 この人は何故、こんなに悲しそうなのだろうか?

 泣いている自分が感じるのもおかしいが、まるで泣き出しそうではないか。

 

 そう思った時、カレシュは少しだが落ち着きを取り戻した。

 その彼女の前に、ヴェレーネの手ずから水の入ったグラスが差し出される。

「一口飲んで、落ち着いてくれるかしら?」


 黙ってグラスを受け取ると少しだけ口を付け、涙を拭いた。

 大きく息を吸って吐き出すと、自分が落ち着いてくるのが分かる。


「何故、柊准尉の口からは聞かせたくなかったんですか?

 ヴェレーネ様だけに責任を押しつけるような男なら、言うだけ言わせて置けばいいじゃないですか。 

 そんな男、(いず)れはボロが出ます」

 親切にされた礼のつもりで何気なく発した一言であった。

 何よりも此の地に来てから『責任問題』という言葉に縁がなかったため、ついついであろうがシナンガル軍の内情的な感覚で言葉を発してしまったようだ。


 が、それは地雷を踏んだ行為であり、今度はヴェレーネが叫ぶ番であった。

「馬鹿言うんじゃないわ! あの男がそんな男だと思ってるの!」


 これ以上は無いという程の怒声である!


 カレシュとしては吃驚(びっくり)し過ぎて、先程までの苦しみさえ消し飛ぶ程である。

 唖然としてしまった。

 この人物は、これ程までに感情を露わにする人であったのか、と驚かざるを得ない。


 カレシュが固まってしまったのに気付いたヴェレーネは急に気恥ずかしくなったようだが、今更取り繕う訳にも行かなかったのであろう。

 呼吸を整えてから、ゆっくりと喋り始める。


「あの男はね。自分一人であの件についての責任を被るつもりなのよ」

 そう言ってもう一度息を吐きつつ首を横に振るヴェレーネを見ている内に、カレシュはおかしなことに気付く。


「あの? “責任”と仰いますが……、戦争です。

 別段、気に病むことではないのでは?」


 そうなのだ、カレシュが仇討ちと言っていたために話がおかしくなっていたのだが、元を正せば軍事上の戦闘行為なのである。

 敵兵の戦死に責任も何も無いではないか。

 カレシュはようやく其処に辿り着いたのだ。


 だが、ヴェレーネは肩をすくめる。

「そ、貴女の言う通りですわよね。普通はね」

「普通は?」


 ヴェレーネはカレシュに対して『当時の状況』を覚えているかと訊いてくる。

「あのですね。あれは戦闘と言えるものでしたかしら?」

 ヴェレーネにそう言われ、カレシュは首を横に振ろうとして、止めた。

 そして、少し前から自分の中に生まれていた言葉を口にする。

「確かに一方的な虐殺だったかも知れません。 

 でも、戦争ってそう云う事も有るものじゃないんですか?」


 ヴェレーネは一旦は頷いたものの、発した言葉はその反対のものだ。

「お互いが戦闘だと思っていれば、そうだったのかもしれませんね。

 でも彼は私に騙された。そして必要以上に残虐な殺しを行うことになった」


「騙された?」

「詳しくは今は言えません。しかしながら事実ですわ」

「結局、このお話から私は何をどう納得すれば良いんでしょうか?」

 カレシュは混乱してしまう。


 そのカレシュにヴェレーネは頼みが二つある、と言ってきた。


「許せと言うつもりも有りませんわ。私は『戦争』を行ったのですからね」

 その言葉にはカレシュも頷くしかない。

 しかし、その後の言葉は今回の会話の中で最も驚かざるを得ない言葉であった。


「でもね。あの馬鹿は今、貴女に会えば下手をすると首でも差し出しかねないの。

 見逃してやってくれないかしら?」

「はい?」

「すぐって訳じゃないでしょうけど、“戦争に片が付けば”と言う約束でそれぐらいやりかねないんですのよ」

「いえ、それおかしいですよね?」

 カレシュは、もう何を言われているのかさっぱり分からなくなってきた。


 だがヴェレーネは気付いてか気付かずにか、がらりと口調を変えてそのまま会話を続ける。

「そう、あいつはおかしいのよ!」

 そう言って右手で目を覆うと、今度こそはっきりと溜息を()いた。

「で、申し訳ないんだけど。

 その事情を踏まえた上で、あの男を迎えに行って欲しいの。

 時間がない中であいつを早急に引っ張ってこれるのは、貴女とあの碧い竜だけなのよ」

 ヴェレーネはそのような事情である以上、これは依頼であり命令ではないこと、受けるならば今の会話の件について“柊准尉が何を言って来ても一切取り合わない”で行動して欲しい、と言ってきたのだ。


 今回の会話でカレシュは急にヴェレーネとの距離が縮まった様に感じ、それから少女特有の無鉄砲さからか、自分の数倍の年月は生きているであろう大魔法使いに少しだけだが意地悪をしたくなった。

 少しぐらいなら許されるだろうと思ったし、何より表向きの理由で納得したくなかったのだ。


「重要な人物なんですか?」

 カレシュの質問に何を当たり前のことを、という顔でヴェレーネは答える。

「そうよ。彼の頭脳はこの軍には欠かせないわね」

「その様な人物を私に預けた場合、シナンガルに連れ去ってしまうとはお考えにならないのですか?」

 これは予想された質問であった。

 その為、彼女の精神状態、特に魔法使用能力の回復状況を計ることを目的として、先にグラスを渡したのだ。

 その時に既に彼女の意識は読み終わっており、全く問題は無かった。


 それに、万が一の際はヴェレーネにも保険は有った。

 巧をこの世界に連れてきた時、彼には印を付けてある。

 何処にいても彼の側にならヴェレーネは跳べる。

 今、彼女自身が動けないのはマーシアを監視するためであり、力を無駄に使う訳には行かないのだ。


 しかし、そのようなことはおくびにも出さずに、“信用する”と言うに留めたのだが、カレシュは“もうひとつ”と訊いてくる。

 ヴェレーネは質問を認めたのだが、カレシュの質問はおかしい。


「重要な人物なんですか?」

「今、答えたばかりですわよね?」

「そうじゃありません」

「?……、何が言いたいんですの?」

 ヴェレーネとしては困惑するしかないが、カレシュは十六歳の少女にふさわしく、悪意のない言葉をぶつけてきたのだ。


「ヴェレーネ様にとって重要な人物なのか、とお尋ねしております」

「!」

 ヴェレーネは顔を真っ赤にして、声も出ない。

「な、何を!」

「答えて頂けなければ、お受け致しません!」

 カレシュは先程までの泣きべそが嘘のように笑みすら浮かべている。


 問い質した本人すらも軽い意地悪だとは思っているが、本音の悪意や冷やかしの()が有る訳ではない。 

 彼女は唯々(ただただ)純粋なのだ。いや、其れだけに(タチ)が悪い。


「か、帰ってきてからじゃ、駄目かしら?」

 先程までの威厳は何処へやら、身振り手振りも激しくヴェレーネは誤魔化しに掛かったのだが、カレシュは首を縦には振らなかった。


 これ程情けない魔女の顔を見ることになるとはカレシュも思わなかったので、更にすまし顔にも磨きが掛かる。

 遂にヴェレーネは眉をハの字にしたまま渋々と答えることになった。

「誰にも言わないって約束してくれる?」

「はい、勿論!」


 そうしてヴェレーネは実に困った顔でカレシュの耳元で何やら(ささや)く。

「―――――――のよ」

 その言葉にカレシュは一瞬は首をかしげたが、すぐに何かに思い当たったようだ。

「其れだけ聞ければ充分です」

 

 そう言って、にこやかに退出したのである。


 そして部屋にはべそを掻いたかの様なヴェレーネが残された。

 呪詛(じゅそ)のように巧に対する悪口雑言(あっこうぞうごん)を吐き散らす姿と共に……。




サブタイトルの元ネタは今回は秘密、というかいずれは書きます。

と言いますのも、元ネタの小説自体は読んでないのですが、あらすじを読んだときに、あれ?っと気に掛かったのです。

急いで手に入れて読まなくては、今後「話が被る」可能性が有るのではないか?、と気になっている本です。

漫画にもなっているそうですので、分かる人は分かるんでしょうね。


なお、本文中の岩国少尉の退出時の様子を表した『鹿爪らしい』という言葉ですが、おおよその意味は以下の通りです。


鹿爪らしい=真面目くさって堅苦しい:然目(しかりつめ)らしい=『当然に有る形としての見た目らしさ』、からの転語と言われています。

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