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星を追う者たち  作者: 矢口
第六章 海の風、国境の炎
81/222

80:覚醒装備

『決闘は翌日の正午』と云うことに決まり、族長達は一時引き上げる事になった。

 ムザファル・クトーは帰り際に、

「あのルースとか言う狂人は今日の内に船に戻しておきなされ。

 バラカも奴が逃げたとあれば、それ以上は追いかけん。

 何より追った所でオベルン殿の船に手出しは出きぬからな」

 と、明日の昼までにはルースを船に引き上げさせ、フェリシアからの交渉という形で巧を代表として話し合いを再開させようではないか、と提案して来たのだ。


 もしや、最初からこれが狙いだったのではないのか?

 と巧は疑わざるを得ない。


 立場もあやふや、今後の在り様も当てにならぬルースと話をするよりもフェリシアに恩を売り、新しい援助を引き出そうとしていたのではないのだろうか?

 そう思わざるを得ない程、彼らの行動は不自然だった。

 いや、そう考えた方が納得できる。

 そうでもなければ(いく)らルースが『出だしの言葉』を間違えたとは云え、いきなり立ち上がる筈もあるまい。


 あれでは最初から『話し合う気はない。場を設けたのは単なるポーズだ』と言っていたのも同じである。

 迂闊であったと思う。

 失敗したのはルースだけではない。 

 あの場に於いて、最後まで『第三者の目』で居なくてはならなかった巧自身が、途中からとは云えルースと同じ視点に立った時点で既に過ちを犯していたのだ。


 巧の推論が事実としても、其れを持って彼らを一方的に責める気にはならない。

 巧の国の国会議員ですら地方の利益の代表者である側面が強い。

 土地の代表者が利益誘導のための活動をするのは多かれ少なかれ当たり前のことなのだ。


 またフェリシアからの援助にしても、この地の消費活動がフェリシアの生産活動、経済循環を支えていると云うこともあり得る以上、一方的に彼らが奪っているとも言い切れまい。


 いや、それよりも何よりも巧は彼らを見くびって『頭脳戦』に負けた。

 ()れだけである。



 だが、其れは其れとして“あの馬鹿”だけはとっちめなければなるまい。

 ルースを今日中に船に戻すにしても、明日、奴に同じ事を仕出(しで)かされては困るのだ。

 ルースと一緒にインディファティガブルに強制送還である。


「さ~く~ら~だ~ぁ~!! 奴は何処だぁ~!」

 初めて聴くであろう巧の努声に山崎が喉をゴクリと鳴らすと、宿泊に当てられた二階の部屋を指す。

 彼の指先が僅かに震えていたが、頭に血の上り切った巧がそれに気付く余裕など全く無かった。

 

 

     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 決闘場のほぼ中央から(はし)まで放り投げられ、囲みを僅かに越えた大木に彼が叩き付けられた時、観衆から歓声と悲鳴が上がる。


 それは巧の率いる分隊員達も同じで、(てのひら)で目を覆って天を仰ぐ山崎、(うつむ)いて首を横に振る石岡は未だ良い方で、岡崎などは先程からの余りに悲惨な光景に目を瞑ったきりである。


 例外は桐野と、問題の桜田である。

 嬉々として二人してVTRを廻し、所々で

「此処は後でスナップにしましょう、先任!」

「ナイスアイディア、(すばる)っち!」

 等と緊張感の欠片もない。


 何度目かのダウンから、ようやく起き上がってきた彼は遂に口から血を吐いた。

 口内を切ったものでは無く、内臓、多分に胃を傷つけたものと思われる。

 これ以上やれば、インディファティガブルから来て貰った医療専門の魔術師と云えど回復には時間が掛かるだろう。 

 下手をすれば死にかねない。


 巧としては約束を守りたかったのだが、仕方なく声を掛ける。


「なあ、ルースさん。もう充分だろ」

 巧の言葉にくぐもった声でルースは答える。

「俺は良いんだけどね。此奴(こいつ)がいつまで経っても“まいった”って言ってくれないものだからねぇ」

 そう言って、肩はすくめているのだろうか、あの姿では判断が付きかねた。

 今のルースの姿をシエネに居る彼の(やしな)い子達に見せた処で、誰一人として彼だと分かる人間は居まい。

 ルースは、そう言って差し支えない程に変わり果てた姿であった。


 やむを得ず、今度はバラカに声を掛ける。

「バラカさん。もう、此処らで矛を収めてもらえませんかね?」


 だが、彼はゆっくりと首を横に振り、

「サラミッシュ家の男が此の様な得体の知れぬ輩に負けた、など許されるか」

 と、たっぷり二十秒以上は掛け、ようやっとでそう言い切るとそのまま仰向けに倒れてしまった。

 魔術師達に見て貰うと『死んでは居ない』と言うことなので、急ぎ手当をさせる。

 殺してしまう訳にはいくまい。 


 それにしても、と巧は思う。


 “得体の知れぬ、ね……。” 


 確かに得体が知れない姿だわなぁ、と巧としては言いたくもなる。

 はっきり言って今のルースは、魔法抜きなら此の世界最強かもしれない。


 決闘場にはへし折れ、或いは()じ曲がったベイダナが七本転がっており、血を吐いて生死の境にいるのはルースではなくバラカの方なのだ。

 族長達どころか集まった観衆も唖然としている。



 昨日、桜田の部屋に怒鳴り込んだ時、巧が見たものは地球の二〇五〇年代の軍人ですら驚きを隠せないものであった。

 この世界の人々なら尚更であろう。


 ルースは今、フルフェイスのヘルメットを含めて不発弾処理班が身に付けるものよりは少しスリムな軍服を身につけている。

 声がくぐもっているのは、ヘルメットに空気吸入用以外の隙間がないため、口元の電力不要のダイナミックマイクで音声を増幅しているためである。

 ヘルメット、軍服共にアラミド繊維を組み込まれた防弾・防刃の代物であり、グローブからブーツまで同じようなものである。

 しかも、殆ど液化衝撃吸収剤を混入されており、至近距離から七,六二ミリ弾を喰らったとしてもビクともしまい。

 当然、頭に(なた)を何発喰らおうが普段は液化している衝撃吸収剤がミリセコンド以下の単位の速度で衝撃に反応して外側だけを鋼鉄の十一倍の強度に変え、頭部に行くにつれその硬化は徐々に弱まる。

 結局、ルースの頭部には三歳(みっつ)の子供のゲンコツ程にも効果は無い訳である。


 装備全重量は今回に限り、更にあちこちに防御板を貼り付けたお陰で三十キロを越える。

 しかし、ルースはバラカの二度目の攻撃に当たる突進を軽々と避けて見せた。


 その秘密はパワーアシストシステムである。

 米軍の山岳部隊などで標準装備されているものが有名であり、六十キロの荷物を担いで二時間ぶっ続けで全力疾走しても、装着者には十分の散歩と同じ程度の負担しか与えない。

 当然、腕力や握力なども常人を遙かに上回ることが可能である。


 巧の国では二〇一〇年代初頭に民間会社がこれ以上はないという程にコンパクト且つ相当に高性能な代物を完成させてしまったため軍用に回せなくなってしまっていた。

 開発した会社が使用目的を医療介護や重作業支援などへの民間貸与使用(リース)に限定し、軍事への使用を断固として拒否したためである。

 実際、ASが開発される切っ掛けになったのも、この国産のパワーアシストシステムの特許が様々な点で接触するため、『それならば大型化してしまえ』と云う技術者達の投げやりな側面が有ったことも否定しきれないのだ。


 ルースは()のアメリカ製のパワーアシストシステムを骨格として、外皮に銃弾どころか約七万五千ジュール、即ち八トンもの点衝撃を受け止めるアラミド防護服を身につけているのである。

 つまりアイスピックを八トンの力で押し込んでも通らない代物である。

 そんな力に耐えるアイスピックがあるかと言われると困るが、比喩なので勘弁して貰いたい。

 兎も角ルースは、その二つの装備を使って先程からバラカご自慢のベイダナを受け止め、へし折り、捕まえては飴細工(あめざいく)のように()じ曲げてしまったのだ。

 バラカが代わりを何本持ち出しても結果は変わらなかった。


 しかも、である。

 今回はご丁寧に腰にコルトパイソン357マグナムを装備するホルダーまで付けており、未だ引き抜いては居ないもののそのようなものを使った日には、一瞬で勝負は付いていただろう。またロングソードも装備している。


 ロングソードは(はがね)である。

 いや、もしかすると一種の超合金かも知れない。

 ガンディア郊外での軍師とルナールの会話にあった通り、フェリシアの武器庫には『鋼』の武器が其れこそ一個大隊一千五十人分は軽くある。

 そのうちの一本を桜田が預かって来たのだ。

 と言うより、この全ての装備が預かり物である。


 誰からの物かは言うまでもないであろう。



 最初に現れたルースの姿を見て、バラカは大笑いした。

「安っぽい皮鎧(かわよろい)だな。やはり流れ者は金にも苦労していると見える」


 確かに端から見ればアラミド繊維の防護服は単なる布の服だ。

 しかも茶色の迷彩が貧相さを際だたせている以上は、そう言われても仕方有るまい。


 本人であることを確認させるためヘルメットを最後に着用し、クトーが『初め』と言った直後にバラカは猛然とルースに向かって突っ込んだ。

 一旦ルースの頭を狙ってベイダナを振り上げると、ルースが自然を(よそお)う為に形ばかりに持った盾を持ち挙げた。

 そこからバラカは自分の左手の小型盾(バックラー)を、自らの頭上にかざし姿勢を低くする。


 バラカの頭はルースの腰より下に位置することになり、自らの盾も邪魔をしてルースはバラカの姿を完全に見失っている。

 なまじ盾など持たなければ、半天球スクリーンによって常人以上の視界を確保できたのだが、不信感を持たれぬ為にルースは無駄に盾を持っていた。


 つまり、バラカはルースに頭に攻撃があると思わせ、そこに注意を引きつけさせた後で足を狙ったのだ。

 自慢の肉厚のベイダナを使うに当たり、逃げられない様に足を一本切り落としてから、なぶり殺しにしようとしたのであろう。


 中世の騎士の甲冑は軽量化や足の動きを阻害しないために膝裏は大きく開いている場合が多い。

 甲冑を相手にする時に使える技術のひとつではあろうが、その時点で巧はこの連中に有る感情を持った。

 勿論、良い感情ではない。


 彼らは昨日の二人の会話から、ルースが剣など使えない事を知っていたではないか。

 (みね)を使ってルースの腕、鎖骨辺りを折りに来て居たなら、巧としてもまだ許せたかも知れない。

 しかし、(すね)などは折られるとその痛みでショック死する者も居る。

 また足を切断されるとなると出血は思いの外(ひど)く、これも死亡率が高い。


 この連中はフェリシアからの援助を受ける材料として有利な取引になると思い込み、人を一人殺しに()かったのだ。

 何やら勘違いも(はな)だしくはないか?

 援助を求める方の態度がでかいなど、まるでシナンガルの小国版ではないか。

 

 此の様な連中に『頭脳戦』で負けたかと思うと(はらわた)が煮え繰り返りそうであった。

 ルースに怪我を負わせて面目を保つ程度で済ませてくれるつもりだったのでは無いかと、一瞬でも考えた自分の甘さにも反吐(へど)が出る思いだ。


 暫くルースのやるが(まま)に任せた。


 ルースの足を狙ったバラカ御自慢の肉厚ベイダナは『パキッ』と言う軽い音と共にあっさりとへし折れた。

 弾け飛んだ剣先がムザファル・クトーの足下に突き刺さったのだが、クトーには一瞬、何が起きたのか分からなかったのであろう。

 たっぷり五秒も経過してから、思い出したように老人は慌てて足を引き寄せ目を丸くする。


 最も驚いたのは撃剣(げっけん)を放った当のバラカであっただろうが、流石に現役の戦士である。

 直ぐさま身を(ひるがえ)すと、観衆の中で最も近くにいた男の腰から代わりとなるベイダナを引き抜いた。

 巧達としては『此処で終わりではないか?』と言っても良かったのだが、

 お飾りの盾を放り投げたルースが、

「最後まで口を出さんでくれよ」

 と言い出したため“分かった”と短く答えた。


 分隊長がそう言った以上は部下達も従うしかない。

 男性隊員達は、これから起こるであろう悲喜劇を考えて既にこめかみを押さえているが、大喜びだったのはVTRを構えた女性兵士二人の方である。

「これで終わりじゃ、お土産が少なすぎるわよね」

「先任、分かってますねぇ。流石!」

 などと(にぎ)やかなものである。


 バラカのその後は悲惨の一言に尽きた。

 なまじ娯楽だと思って、港町からも人を呼び寄せたため観客は千人は下らない。

 しかも殆どが海の男達である。


 その衆人環視の中でバラカは投げ飛ばされ、殴りつけられ、更には腕を捕まれただけで手首の骨が砕け散る。

 ゴキッ、っという嫌な音の後に、ゴリゴリという音が続くと流石の彼も悲鳴を上げざるを得なかった。


「ごつい男の悲鳴ってキモイわね」

 桜田、最悪の女である。

 これには『過激派』の異名を持つ桐野ですらも僅かに引き気味であった。


 ルースは一度だけ剣を鞘から抜いた。

 巧とて一度は感情にまかせて『殺してしまえ』と思ったことも事実だが、ルースが安全ならば冷静にもなる。

 今後のオベルンの立場だけでなく、この場で暴動でも起きた場合に考えが至り、思わず声を出そうとしたが彼が柄の握りを変えたのを見てほっとした。

 数発の打撃を喰らって、前後不覚になりながらも何度目かに起き上がってきたバラカの顔面を、剣の腹を使ってかなりの力で叩いたのだ。

 昨日からの軽い練習で既にパワーアシストシステムの力を把握していたらしく、殺すには至らない。


 剣の腹を顔で受け止め、空中で見事なまでに縦に二回転ほどしたバラカは凄まじい地響(じひび)きと共に痛めつけられた顔面から地に落ちた。

 多分脳震盪(のうしんとう)を起こしたのは間違い無いだろう。

 首の骨が折れていてもおかしくはないが、一瞬は起き上がろうとして倒れた以上、其れはあるまい。

 結局起き上がってはこなかったが、『殺すまで、と云う条件だろ?』と言ってルースは引かない。


 一族の者が出てきて、もう勘弁して欲しいといってくるがルースは、

「本人が起き上がってから本人から聞きたい」と言ってたっぷり三十分は待った。

 最早、どっちが悪役か分からない程であり、巧も、

此奴(こいつ)は鬼か……」

 と呟く程になってきた。


 ルースはようやっと起き上がってきたバラカの胸ぐらを捕まえ、『“まいった”と言うなら終わりにしてやる』と言ったのだが、バラカは意地を張ってか或いは意識がはっきりしておらず現実を受け入れられないのかルースの言葉を拒絶する。


 そこで結局はバラカの頑丈な腰紐を捕まえると、アシストスーツの力の半分程を使い、体を振った遠心力でハンマー投げのように彼を投げ飛ばしたのである。

 体重が百キロを軽く越える大男が十メートル以上は飛んで樹に叩き付けられたのだ。

 場は騒然となったが其れも一瞬の事で、後は静まりかえった(まま)だ。


『あれ』を怒らせたなら何が起きるか分からない、という雰囲気である。

 彼らとしては迂闊(うかつ)に声も出せないのであろう。


 そこで結局は巧が『なあ、ルースさん。もう充分だろ』と言うことになった訳である。


 だが、ルースは此処で勝負に出た。

 巧も驚く程の交渉手腕である。

「部族長の皆様方。バラカ殿は降参をせずに、お眠りになってしまわれました。

 となれば、後は殺すしか有りませんが、私も其れは避けたい。

 そこで、彼の闘いを引き継がれる方がいらっしゃるのなら、私もバラカ殿が負けた訳では無いと言うことでこの剣を一時的に引きますが、いかがですかな?」


 要は、これで誰も出てこなければ部族長全員がルースに対して負けを認めた事と同じなのだ。


 まさか、此処まで鮮やかな手口とは、と巧は舌を巻いた。

 最もルースを舐めて懸かっていたのは、実は自分だったのではないかと思った程である。


 結局、彼らは申し出について、バラカの目が醒めて本人の口がきけるまで待ってもらえないか?

 と、先程のルースの自主的な行為を、さも自分たちが持つ当然の権利であるとばかりに振り回すと後は言い訳に終始した。


 部族長達の勝手な言い分に一人が切れた!

 その声が決闘場に響き渡る。

巫山戯(ふざけ)んじゃないわよ!! 

 あんたら、ルースさん殺す気、満々だったじゃないの!

 自分たちの命が惜しくなったら、その(ざま)か! 

 じゃあ、其処にいる観客! 誰でも良いよ!!」

 桜田である! 凄まじい怒鳴り声だ。


 そうして彼女は観客を見渡すが目を逸らすならまだ良い方で、後の方では堂々と逃げ出す者まで出て来る。

 巧は桜田の暴言を止めなかった。

 彼も反省していたのだ。


「なるほど、こりゃ、ルースさんが言ったことが当たってたんだな。

 弱い物から追い剥ぐのは得意だが、強い物を相手にすることは出来ない。確かだ!」

 巧はそう言い切ると、同盟など無理である、と言葉を添えて決闘場を後にすることにした。

 巧の頭の中では交渉相手は既にガーインに切り替わっており、インディファティガブルに戻ることにしたのだ。


 帰り際にクトーが恐る恐ると巧に声を掛けてきた。

 詫びでも入れるのかと思えば、今後のフェリシアからの援助はどうなるのか?と必死で尋ねてくる。

 一時とは言えルースの言葉に納得の表情を見せた数名の部族長達に不快の目を向けたのと同じ男とは思えない程の卑屈さである。

 尤もあの時からルースの話など聞かずにフェリシアから絞ることだけを考えていたとしたと考えれば、目付きは何ら代わっていないようにも思える。

 何事にせよ『この期に及んで、』と呆れたが、自分は事の顛末を伝えるだけで判断は王宮が下す、と切って捨てた。


 相手にする気も失せたのだ。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 インディに戻る三十式の車長席で巧は風に吹かれて、昨日の事を思い出していた。

 下の方から、桜田と桐野がVTRを再生して、此処が良いだの、このシーンは加工してキャプションを入れようだの、大騒ぎである。


 彼女たちが鑑賞しているVTRカメラにはヴェレーネからのメッセージが入っていた。

 昨日、桜田の部屋に入り、異様な格好をしたルースを見て呆ける巧に、桜田が隠していて申す訳無かったが、と言って見せてくれたのだ。



 ヴェレーネは言う。


 巧は他人に甘い。

 勿論、冷徹な作戦を立案することは出来る。

 だが、其れは机上(きじょう)の問題だ。

 その証拠に自分の作戦が原因で弟が死んだ時、彼から犯人を恨む言葉は結局聞けなかった。

 全て自分に責を課し、自分を罰するだけであった。

 自分がどんなに不幸でも其の不幸を不幸と感じることにすら罪悪を感じている。

 原因となった事件で多くの人が命を落とし、今なお苦しんでいることを考えるからだ。


 巧は短気である。だが同時に単純であると言って良い。

 一度は、『殺す』と睨み付けた程の小田切に自分の命を救われ、姉を救われたことで彼を全面的に信じている。或いは信じたいと思っている。


 人間同士の関係を築くには美徳と言える性格であろう。

 だが、そのような甘さを敵に向けることは『傲慢』にすら繋がってしまうのだ。


『フェリシア人が好きだ、だが、進んでシナンガル人を嫌いになりたくない』

 コペルはそう言った。


 巧も同じであろう。

 彼自身は、自らの手で六人のシナンガル人を手に掛けた。

『山岳民救出作戦』の指揮官としては、数千人単位で殺して居るであろう。

 そして、その罪を背負う為に、敢えて最初の一人は自ら進んで手に掛けている。

 それでも彼はシナンガル人を殺すことに納得しては居ない。

 それどころか和平の方法を模索している様子すらも覗える。

 

 ヴェレーネに言わせれば『其れはあり得ない事』だと云うにも関わらず、だ。


 そして、ここからが本題であるが、巧がシエネを出発するのと入れ替わるかのようにノーゾドからの使者が王宮を訪れた。

 援助を増やして欲しいと言う。

 其処までは良かったのだが、希望目録に載せられた援助物資は生活必需品ではなく贅沢品ばかりである。


 陶芸などの技術を分け与えた事があったのだが、出来上がった品はどう見ても精魂を尽くしたとはいえぬ物であった。

 何時にも増して質が酷くなった今回は、かなりの数の買い取りを拒否している。

 彼らは必要な工芸品が有るならば『奪う』、と云う思考から抜け切れていない。

 シナンガルだけならまだしも隣の半島であるガーインに対する海賊行為を増大させるよりは未熟な工芸品でも努力の跡が見られる内は、と王宮が買い取っていた。


 だが、此の様なガラクタを持ち込むようでは奪う相手と方法が変わったに過ぎない。


 二半島が敵対化してラキオシアとフェリシアとの交易に問題点が生まれ出るのは好ましくない、とは誰もが考える事である。

 そのラキオシアとの交易拠点としての地位を手に入れてから、ノーゾドは付けあがり始めたようである。

 巧が最も心配していた『土地から得られる不労所得で人間が卑しくなる現象』は()うの昔に始まっていたのだ。


 この現象から分かる事実として、ノーゾドとの交渉は難航を極めるであろう。

 しかし、時間が貴重なこの時期に其れでは困るのだ。

 今後の予定にも響く。


 だが、巧は人が良い。

 対応者が少しでも良い所を見せれば、良い所を探して付き合いを深めようと考えるであろう。


『甘い!』としか言いようが無い。

 

 今回の交渉に失敗があれば、巧個人の交友関係構築の失敗ではなく国家としての失敗に繋がるのだ。

 

『武力』

 其れでしか語れぬ民も居る。


 巧は歴史から其れを知っていても、その場にあって『その行動』が取れるのか?

 むしろ、同じカグラの人間であるルースの方がその点の嗅覚(きゅうかく)は鋭いであろう。


 よって、ヴェレーネは保険を掛けた。

 ルースが自由に喋るだけの『武断』を可能とする保険である。

 其れが、あの装備一式であったのだ。

 また其れにより、ノーゾドの思い上がった要求をはじき飛ばすことも勿論計算に入れていたのではあるが、それは付録である。


 その件に限ってだけなら懲罰的にノーゾドを一時的に交易禁止としてガーインとのみ取引を行い、ラキオシアに交易海域の安全保障の責を全て負わせても良かった。

 ビストラントから西の海の安全を守る責務はラキオシアにあるのだから、これもラキオシアの実力を計る良い機会になる。

 どっちに転んでもフェリシアには損はない、とヴェレーネは視た。



 ヴェレーネからのメッセージビデオを見た巧に、桜田とルースはそれぞれに詫びた。

 秘密にしていたのは悪かった。

 しかし、大佐であるヴェレーネからの指示で巧の行動をギリギリまで見て判断するように言われていたのであるとの言い訳であった。

 軍命となれば桜田が逆らう訳にもいくまい。

 又、ルースにとっては桜田を通じてとは云えどもスポンサーからの言葉である。

 (これ)も逆らいようがない。


 だが二人の言葉とは関係無しに、巧は二人を怒ることなど出来なくなった。

 ヴェレーネに信用されていない訳ではないが、今回は『信頼』はされていなかった様だ。

 テストを受けた、と言うのが正しいだろう。


 これはヴェレーネからの別の意味でのメッセージであったのだ。

 巧がどの様な行動を取るにせよ、其れを誤れば今回は良いとして今後はフェリシアの防衛にどの様な影響が出るかよく考えろ、と。


 巧にはヴェレーネの思いが手に取るように伝わった。


 彼女に守られている。

 情けない、と思う。


 コペルに何と言われた。

『彼女を守れ!』

 そう言われたではないか。

 それなのに実際守られているのは自分である。


 勿論、ヴェレーネが表面的に言ったフェリシア防衛についての言葉も事実であろう。

 だが其れと同じくらいにヴェレーネは巧自身のためにも、判断ミスにより多くの国民が死ぬことを避けさせようとしているのだ。

 それによって巧が更に傷つくことも恐れていることが分かる行動だ。

 巧のことなど『どうでも良い』なら、指揮権や参謀権を剥奪すれば良いだけ、なのだから。


 シナンガル、フェリシアの闘いから巧は手を引けない。 

 マーシアが居るからだ。マリアンが居るからだ。


 巧は二人に殺しなどさせたくはない。 

 しかし『彼女は、彼は』、闘わなくてはいけない。

 それを少しでも避けさせるために巧はこの世界の闘いに身を置いた。



 だが、巧が彼女や彼を守りたいと思う様にヴェレーネもまた、巧を守ろうとしているのだ。




サブタイトルの元ネタは漫画家、戸田誠二氏の短編集「スキエンティア」収録の『覚醒機』からです。

SF作家であり、人間とは何か?を常に追い続けていらっしゃる漫画家さんだと思います。

この方のマンガに出て来る人々が発する言葉に心を打たれるのは勿論ですが、時々「自分が人生で叫び足りなかった言葉はこれかも知れない」とまで思わせてくれる本を書く方ですね。

人とは何か、それを追い続ける作品の数々に魅了されています。

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