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星を追う者たち  作者: 矢口
第六章 海の風、国境の炎
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79:交渉相手は海賊

 ルースを始めとして、巧達七名はノーゾドの部族長達六名に招かれ、寄港した街から僅かに離れた小さな村の屋敷に赴いた。

 今後の各地の視察も考えて三十式でやって来たのには相手側も驚いた様だが、

『流石、魔法王国のフェリシア。荷車まで魔法で動くとは!』

 と感心されるだけで済み、余計な詮索をされなかったのは有り難かった。

 念のため砲塔にカバーを掛けて置いたのも判断としては間違っていなかったようだ。


 この村はノーゾドにおいても最も水質に恵まれ、環境も良い。

 部族長達は客人を迎えるには絶好の場所だと判断したのだろう。

 敬意を持って迎えられたことは有り難いことであった。


 何より面談場所となった建物はかなり古い。

 先にマーシアから聞いた通り、古い建造物程しっかりとした造りである。

 地球で言うならばインドと中東が混ざり合ったような建物では有るが、時期が冬と云う事もあり、室内の気温、湿度共に実に過ごしやすいものであった。


 しかし、敬意を持って場所を選んで貰ったにしては、その屋敷に集まった各部族長がルースを見る目は冷たく、温暖なこの地の気温がシエネ並みの気温にまで下がったように感じられる程だ。

 部族長六名にはそれぞれ護衛か側近であろう人物が二名ずつ着いており、巧達以上の人数を揃えることで交渉を有利に運ぼうという腹であろう。

 相手は十八人いるが、『各部族はそれぞれ別だ』と言われれば、巧達の半分以下の人数でそれぞれが交渉に臨んでいることになる。

 上手いやり方だと思う。


 一筋縄でいく連中ではあるまい。

 ラキオシアが統一された瞬間に直ぐに話し合いに乗り、対立から共生に入った。


 現在、ラキオシアがシナンガルと交渉中であるため、大掛かりな海賊行為こそ控えているようだが、バルコヌス周辺の小島でなら武力を使うことを放棄している訳でもない。

『利』にも聡いが『武』にも長けており、更にこの交渉の準備を見るに、『謀』(はかりごと)も身に付けている、と言える。


 彼らにとっては仇敵とも言える不愉快な『元』シナンガル人に対してこれ程に礼を尽くすのは、やはりルースが亡命者としてフェリシア王国の庇護(ひご)を受けていると云う事、また半島にとって利益をもたらしたボトムことオベルンの仲立ちによるものであろう。


 しかし彼らは最初からオベルンに対して、このように宣言していた。

「ボトム殿には我々は恩義があり、それには充分感謝している。

 またフェリシア王宮に対してもそれは同じだ。

 だが、『軍を駐留させる』などとは、大きすぎる話だ。

 その話を持ち込んだ人物の判定は我々の目で決めさせて頂く。

 (いく)ら恩があるとは云え、我々は何処にも隷属(れいぞく)した覚えはない」と。


 国家ではないとは言え独立した地域である以上、当然の言葉である。


 しかしオベルンが言うには『誇り高いと言えば聞こえが良いが、少々、身の程を知らん』とのことであった。

 又、その後、何事か言葉を繋ごうとしたがルースがそれを手で押しとどめてしまった。

 余計な悪感情は持ちたくない、と云うことなのだろうと巧は感心せざるを得ない。

 オベルンもそう感じたのか、それ以上は無理に口を開くこともなかったのだが、この時の事を巧は後から嫌と言う程に後悔することになる。


 ルースが聴きたくなくとも、巧だけは確認を入れておくべきであったのだ。

 そうしていたならば事はもう少し違った方向に、いや少なくとも『巧が納得』出来る程度の対策は立てられていたであろうに、と。

 兎も角オベルンの言葉を聴いた時、ルースは前途多難という顔をしたが、巧としては差程(さほど)気にしないように、と言う外は無かった。

 あちらがこちらを「計る」と宣言したように、こちらも相手を計らせて貰おうと思っているのだ。

 お互い様である。


 会談は三階建ての邸宅の一階、その奥の部屋となる大広間のカーペットに直接胡座(あぐら)()き、相互に弧を描く形で座り込み始まった。

 非常に質の良いカーペットであり、これだけの技術があるのかと驚かされたが、過去にラキオシアだかバルコヌスだかから略奪してきた品だという。

 少々、肩がずり落ちる気もしないでもないが海賊としては別段()じることでもないのであろう。



「私たちの国に魔法を使えるものは殆ど居ない。しかし、独立は保てている。

 何故だか分かるかね?」

 

 相互に挨拶を済ませた後、まずは軽い歓談という意味合いでだろうが、話し合いの議長を務めるというムザファル・クトーが問い掛けてきた。

 港町チュルクを中心とした部族長で年齢は六十歳に近いようだ。

 つまり此の世界では老齢に入る部類であろう。

 しかし港町の部族長と云う事は『海賊の頭目』であると云う事でも有る。


 いきなりの質問であるが、彼は彼なりにこの会談を成功させようと思っているのだろう。

 ルースに、各部族の武勇を褒め称えさせることから会話を円滑に進めようとしていることが(うかが)い知れる。

 話す時の口ぶりから、『我々を褒めろと』言っているのが在り在りと伺えた。


 しかし巧としては、実はこの時点から嫌な予感がしていたのだ。

 オベルンが『身の程を知らん』と言った通り、いくら何でも田舎者過ぎる。

 声にも態度にも謙虚さが全く無いのだ。

 これなら相手のレベルに合わせ、ビー玉をばらまいて土地を手に入れた帝国主義方式の方が良かったのではないか?

 と今更ながらに感じたのである。


 真偽の程は知れないが、アリストテレスを師としたアレクサンダー大王ですら、

『(ギリシア式)民主主義はよいものだ。だが、シリアから東では其れを受け付けない人々しか居ない。圧政が必要だ』

 と言ったという伝承がある。

 その土地の人柄をもう少し考えて置くべきであった。

 宗教的問題が無い、と云うことが物事を甘く考えさせてしまったようだ。



 巧が遅過ぎる悩みを抱える中、クトーは形はどうあれ一応はルースに手を差し伸べた。

 だが、ルースは初っぱなからクトーが差し出したその手を振り払うが如き暴挙に出たのだ。

「北の砂漠でしょうな。あれがなければ、()うにシナンガルに併呑(へいどん)されていたでしょう」


「なっ!」

 思わず声を上げたのは巧である。

『武』を生活の基礎に置くであろう民に向かって『お前らは運の良さで生き延びている』と言い切ったのだ。

 出だしからヘマをしてくれた、と思ったが一旦(いったん)口に出したものはどうしようもない。

 様子を見ることにした。

 

 この緊張した様子には隊員達も皆気付いた様だ。

 元より誰もが大人しかったが、今や互いに隣の者の息づかいを聴く程に緊張している。

 桜田も息を荒くしているが、この女の場合はちとばかし意味が違う様なので無視する。


 また、相手の部族長を含め護衛の者達まで不快感を隠さない。


「つまり、砂漠がなければ我々は無力だと?」

 青い(ころも)の部族長が問うてくる。

 ノーゾド、ガーインの人々は単に身長が高いだけではなく、肩幅もしっかりとしており、海の生活からか足腰の強さも伺えた。

 全体的にがっしりとした体型が多いが、この男はその中でも巨体と言える。

 石岡軍曹と肩を並べる程であろう。

 巧は男の名は忘れていたが、確か此の男がシナンガルへの海賊行為を最も多く指揮していたと紹介されていた。


 山崎に記録を確認させると、名はバラカ・サラミッシュ。 

 西海岸の王を自称する男である。

 ルースの言葉に敵意を(あら)わにしている。


 殺されると云う事はあるまいが交渉失敗は避けたいものだ。

 だが、もしかするとルースにはルースの考えがあるのかも知れない。

 巧はそのまま、ルースに任せることにした。


「いや、そうは申しませんが、彼我(ひが)の数が違うのはどうしようもない事だと言うことです」

 ルースの口調は今まで巫山戯(ふざけ)てきた男とは思えない程しっかりしたものである上に、相手をも気遣っていると言える。


 だが、部族長達は全員が立ち上がった。

『いくら何でも短気すぎないか』と巧はあきれかえったが、田舎の指導者や政治家には此の様な(やから)は確かに多い。

 と云うより住民の民度や教育レベルが其の程度である事が多い為、その様な分かり易い者でないと周りから認められないパターンが多いのだ。

 二〇五〇年代の巧の国ですらそうなのである。

 中世のこの世界では、その傾向はより顕著(けんちょ)であろう。

 そのことに思い至った巧がゲンナリした処で、彼らはそれに見合った捨て台詞を吐いて部屋を出て行こうとする。

「この男と話すことはありませんな!」

「うむ!」

「礼儀を知らん!」


 交渉開始にすらならないのでは困る。

 巧は『何とか取りなすべきか、それとも出直して、ひとりひとりに対応すべきであろうか』と思案を巡らせる。

 チャンスは一度ではない上に、未だガーインもある。

 無理をすることはない。そう思ったのだ。


 だが、その時ルースは駄目を押すが如く大声と共に彼らに言葉をぶつけたのである。

「やはり所詮は海賊! 弱いものから追い剥ぐのは得意でも、強いものに挑むのは恐ろしくて出来ないか!」

 挙げ句、溜息を吐き肩をすくめて首を横に振るという念の入れようである。


 全員が振り向いた。

 その目は怒りに燃えている。

 

「不味いですね」

 と山崎が巧に耳打ちしてきた。

 巧としては、もう少し様子を見たかったのだが、山崎の言う通り此処までのようだ。

 ルースは調子に乗りすぎた。巧はそう判断した。

 (いく)らルースの身をラキオシア、フェリシアで保証しているとは云え、興奮した人間は後先を考えないことはある。 

 特に集団心理が働いた時はその傾向が強くなるのだ。

 短気で屈強な一人より、気弱で力のない者が数を(そろ)えた時の方が怖い場合などいくらでも有る。

 しかも今回は、短気で屈強な十数名と来た。

 状況は最悪だ。


 だがルースは彼特有の鈍感さを発揮したのか、そのまま話を続ける。

「あなた方はシナンガルが憎くはないのですかな?」


 その言葉に、いきり立っていた誰もが僅かにだが動きを抑え、首をかしげた?

 この男、何を当たり前のことを言っているのだ、と。


 巧もルースの言動を不思議に思ったのは族長達と同じではある。

 だが、彼が常日頃から口にする『奴隷解放』の言葉。

 それが単なる理想ではなく彼の命をかけた夢なのだと、この場で実感することになる。


「私は憎い!」

 一言だけのルースの大声は断固たる意志を(はら)んでいた。

「私はシナンガルで議員をしていた。その中であの国の奴隷制度を止めさせるために様々な行動を取ったが、結局は破れて牢に繋がれた。

 あなた方のご先祖と同じだ。闘った。しかし、破れた!」


 部族長達は足を止め、立ったままルースの話に聞き入っている。


 巧は、『やはり』と思った。

 ルースは彼らに思い出させようとしている。

 単なる憎しみではない。 

 土地を奪われ、名誉を奪われ、半島に押し込められた彼らの先祖の悔しさを思い出させようとしているのだ。

 彼としては別段に挑発した訳ではないのだ。


 ルースは『力及ばず敗れ去った者達の無念を思い出せ!』と彼らに呼びかけているのだ。


 流石は言葉を武器にしていた『議員』だっただけはある。

 いや、そうではない。この男、やはり『王』なのだ。


 その証拠に、彼の敗北を自分たちの祖先の敗北に重ね合わせ、頷く部族長が一人二人と出てきた。

 だが、それを見てクトーが嫌な顔をした。

 巧としては不思議に思うのだが、場の緊張は続いている。


「あなた方は今、バルコヌス半島で海賊行為を行ってあの半島からかなりの財を巻き上げたと聞く」

 ルースは長老達を見渡す。


 先程のバラカ・サラミッシュが『如何にも!』と自慢げに答えたる。

 西海岸の王と自称して最も多くの海賊を率いている男だ。

 その点には誇りがあるのだろう。


 しかし、そんな彼の言葉にルースは露骨に鼻を鳴らして笑った。


「貴様!! ボトム殿の客人と言うからこそ大目に見て居れば、増長するのも大概(たいがい)にしろ!」

 大股でルースの前にやってくると腰の剣を抜き、正面から、それをルースに突きつけた。

 思わず桐野が四八式自動小銃の安全装置を外し、巧を見る。 

 発砲許可を求めているのだ。

 巧が目線と指先を使い自分の合図を待つように指示すると、彼女は頷く。


挿絵(By みてみん)

    上:カットラス  下:ベイダナ



 彼ら海賊の剣は、フォール-ションやベイダナと呼ばれ、刺すよりも切るための片手剣であるが長さは差程でもない。

 刀と同じで刃は短いもので五十センチ、長くとも十センチ程の柄を含めて七十センチを越えることはない。

 船上で使うことを想定しているため、短く出来ているのだ。


 ベイダナなどは、どう見ても元々は『(なた)』であり、事実、形もそこから殆ど進化していない。

 その代わり重心が刀身の先にあるため、物を断ち切るのに非常に適している。

 いや、人間を相手にする場合は叩き切ると言うべきであろう。

 巧の国の『刀』は切れ味の鋭さでは世界に類を見ない性能だが、反面扱いの悪いものが使えば切れ味が相当に鈍る。

 使用者の精神と技術が統合されなくては使えない。

 しかしベイダナの場合は力任せに叩き付けても問題無いであろう。


 その点ではラキオシアの使っているカットラスも似たようなものだが、あちらの方が断然スマートな切り込み剣と言える。

 突撃用刀剣(アサルトソード)としては同じ部類だが、どう見ても頑丈さではベイダナに軍配が上がるであろう。


 峯厚(みねあつ)で迫力のある剣だ。


 だがルースは、その厚刃のベイダナをのど元に当てられたものの身動(みじろ)ぎひとつしない。

 怯えているという訳でもなく、相手を睨み付けているだけである。


「子孫がこうやって丸腰で座り込んでいる相手にしか剣を向けられないようじゃあ、堂々と闘ったご先祖様達は今頃、大気の中で泣いているだろうよ。

 お前達がバルコヌスから得た財は誰が作っている?

 まさか、シナンガル人が汗水垂らして作り上げたものだとでも思っているのかね?

 お前らがバルコヌスから物を盗めば、罪のない奴隷の仕事が余分に増える。

 いや、場合によってはその腹いせを喰らって一人が縛り首になるだけだ。

 海岸でお前達が殺して財を奪った連中も、その財を管理させられているだけであって、何一つ自分のものを持っていた訳じゃない。

 お前らは何人もの奴隷を殺して、この贅沢な絨毯を手に入れただけだ。

 シナンガルに一刺(ひとさし)し処か、痒みすら与えていないよ。

 それはそうとして奴隷を何人殺せば、その見事な青い服が手に入るんだ? 教えてくれないかね? 別に欲しいとは思わないがね」


 ルースは見事なまでのバラカの青色の服の裾を軽く(つま)むと、

「青では無いな、人の血で赤く染まってやがる! 趣味の悪い柄だ!」

 吐き捨てるように言う。


 巧は覚悟を決めた。交渉としては間違えたと言うしかない。

 確かに『先祖の苦難を思い出せ』と言った彼の言葉に納得の表情を見せた族長も多い。

 だが説得するためとは言え、バラカ個人に対しては侮辱が過ぎた。

 それでも巧はルースの正義に乗ってやりたくなってしまったのだ。


 バラカは顔を真っ赤にして今にもルースに斬りかからんばかりであるが、ここでルースに手をだせば彼の言葉を認めてしまうことになる。


 殺そうとする者と殺されようとされる者。余裕は後者にあった。


 巧は其の二人に声を掛ける。


「バラカ族長。ルース氏は少々焦って失礼な事を言ったと思います。

 だが、フェリシア王宮からの使者としてもう一度頼みたい。

 彼の言葉の真意を聞いてもらえないだろうか?」


 巧はフェリシア王宮の関係者という身分でこの場に立ち会っている。

 ルースは兎も角、彼らは巧達に手は出せない。

 しかし、それとは関わりなく巧はルースを守る事にしたのだ。


「まさか、売り込むのが『自分』じゃなくて、『ケンカ』だったとはね」

 巧はそう言って思わず笑う。



 巧の言葉と苦笑にバラカを除いた族長達は、僅かながらではあるが毒気を抜かれたようである。


 

      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「バルコヌス半島を丸ごと奪う!」


 巧達にとって族長達の驚きは予想通りではあったが、まさか此処まで目が点になったような顔をするとは思わなかった。

 しかし、一瞬の間を置いて全員が膝を何度も叩いて笑い出したのだ。


「さっき怒ったのは、どうやら間違いだったようだ。物狂(ものぐる)い相手に本気で腹を立てていたとはな!」

 最も若いと見られる二十過ぎの族長がそう言って一頻(ひとしき)り笑うと、未だ笑いの収まらぬバラカも頷いて、

「しかし、そうなると『気狂い』を相手に我々をわざわざ集めたオベルン殿や、其方(そちら)のフェリシアの王宮の方々には一言詫びぐらいは欲しいですなぁ」

 と、先程のルースと攻守が変わったかのように鼻で笑う様相を見せる。


 だが、それだけでは気が収まらぬようで、

「幾ら気狂いの戯言とは云え部下達の前でこうも侮辱されたのだ。

 この男には、それなりの報いをくれてやらねばなりませぬぞ!」

 と、バラカの語気は先程にも増して荒々しい。


 ルースは押し黙ったままである。

 この様な時こそ、バルコヌスの現状や彼の組織の成立状況、何より半島独立後の利を説くべきなのではないか?

 そう思った巧がルースに代わって弁明を行おうとした時、後からとんでも無い声が響いた。


「決闘ですね!!」


 火に油を注ぐなどと言うものでは無い。

 火災現場にダイナマイトを束にして投げ込んだ馬鹿がいる。

 声の主など振り向かずとも分かるが、巧は怒鳴りつけるために其奴(そいつ)を見た。


 桜田である。


 嬉しそうに目をキラキラとさせている。

 この馬鹿野郎、何を考えて居やがる! そう怒鳴りつけようとしたが、

『時、既に遅し、』であった。


「うむ! 分かって居る者も居るではないか、流石はフェリシアの御婦人。

 見目(みめ)の美しさだけではなく、(おとこ)の面目の立て方も良く知っておられる」

 バラカとしては、先程ルースが言ったように無抵抗の者を切ったとあれば、幾ら侮辱されたとは言え、フェリシア、ラキオシア双方の顔を潰すことになりかねない。

 しかし、双方合意の上での決闘となれば話は別である。


「まさか、あれだけ『逃げる』事を嘲笑(あざわら)っておいて、今更、嫌は有るまいな。

 其処(そこ)の狂人!」

 バラカの言葉は筋が通っている。 


 此処まで来たなら、仕方有るまい。

 巧は、自分が代理人として受けて立つことにした。

 ルースが剣を振ったことなど有るとは思えない以上、これしかない。


 今の自分達、地球人の身体能力と綱廣(つなひろ)さえあれば、相手に怪我を負わせる程度で済ませることも出来るだろう。

 勿論、こちらが大怪我をすることも有り得るが、バラカとしては面目が立てばよいのだ。

 勝てぬようなら素直に降参しても良い。

 いや、最初から勝敗の条件を『生死による決着』にしなければよいのだ。

 フェリシアからも詫びが欲しいといっていた以上、バラカも一石二鳥とも考えるであろう。

 巧は元より、腕力や個人的武勇の強弱になど興味は無い。


 部下達を率いるのに現代の軍制度では当然ながら個人の武勇など何の意味もない。

 負けた処で命があればよいのだ。

 だが、相手がルースとなればバラカは迷い無く殺しかねない。


 そうなれば、二十日も掛けて此処まで何をしに来たのか分からなくなる。

 いや、何よりルースを死なせたくはない。


 巧は覚悟を決め、声を発しようとした。

 処が、それよりも数段早く、またもや燃料は注ぎ込まれたのだ。


 驚いたことに当のルースが、

「武器や防具は自分のモノを使わせてもらえるのだろうな?」

 とバラカに尋ねる。


「好きなモノを選べ! 此奴で断ち切れん防具など無いわ」

 峯幅が楽に三センチには及ぼうかという肉厚のベイダナを皮鞘から抜いてルースに刃先を向けるバラカは、してやったりの顔である。

 鈍い光を放つバラカのベイダナは長さこそ標準的なものだが、重さは三キロを越えるのではないのだろうか。

 彼の膂力がその扱いを可能にしているとしか言いようが無い。

 あのような代物を頭に打ち付けられたならば、例え騎士の兜でも一打ちでたたき割られてしまうであろう。


「ルースさん。あんた剣を使えたのか?」

 自分は今どんな顔をしているだろう。

 指揮官として落ち着いた表情を保てているのだろうか、と考えつつ声に落ち着きを持たせる様に努めてルースに問い掛ける巧。

 だが、当のルースこそ平然としたものである。


「馬鹿にするな! こう見えても、議員が軍に出れば最低でも千人長から仕事が始まるんだ」

「そりゃ、腰に差してるだけでも良い、って事じゃないか!」

「そうとも言う」

「あんた、やっぱり馬鹿だ!」


 巧の怒声とルースのとぼけた返答に、族長達はゲラゲラと笑い出した。

 隊員達は、族長達と対照的に天を仰ぐか首を横に振って、その手で目を覆わんばかりである。


「バラカさん。いや失礼、バラカ殿。申し訳ないが代理を立てさせて頂けないだろうか?

 自分が代わりに其の申し出を受けます」

 巧は大慌てだが、バラカより先にムザファル・クトーが待ったを掛けた。


「駄目だ! 流石にあんたを殺す訳には行かん。 

 オベルン殿から聞いているが、あんたは次期女王の直属の部下だそうじゃないかね。 

 そのような人物に手を掛けたと会っては、今後の半島への援助にも響きかねない。

 仕方なかった、で済む問題ではないのだ」


 万事(きゅう)す、である。

 しかも今のクトーの言葉から考えるなら『ルースを殺す』とはっきり宣言したも同じだ。

『まいった!』は無し、と云う事では無いか。


 原因を作ったもう一人の馬鹿に目をやると、ニヤニヤと笑っていつの間に持ち込んで来たのか、最も大きな規格の軍囊(ぐんのう)の中をのぞき込んでいる。

 顔を上げると巧の方を見てニヤリと笑った。


 いや、視線がずれている。


 はっとして、隣を見る。 


 間違い無く桜田の視線の先はルースに向けられている。

 そのルースは、と云うと、苦笑いながらもやはり桜田に向けて笑みを返していたのだ。





サブタイトルは、「敵は海賊」神林長平氏の作品からですね。

「戦闘妖精 雪風」が面白くて一気読みしちゃいました。

私、この方の作品読んだ事無い、と思ってたら89年頃に「言葉使い使」を読んでるんですよ。(多分)

あの頃は若くて突っ走ってて、あのように自分を掘り下げる本には共感できなかったのでしょうね。 自分の薄さを思い知らされます。

星新一先生の仰ったとおり本には読む時期というものが有るのでしょう。

それを考えると、02年頃の講談社の『少年少女文学全集』のキャッチコピーは秀逸でした。

あれは永遠に使い続けても良いのに、と思ったほどです。


『早く読まないと大人になっちゃうよ!』


名文だなぁ、と思います。

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