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星を追う者たち  作者: 矢口
第六章 海の風、国境の炎
78/222

77:使者達の声

 巧はノーソドとガーインという両半島の存在、また、そこに住む人々が海賊行為を行っていた事実については勿論(もちろん)知っていた。

 主要産業が農業や漁業などの第一次産業であり決して豊かな生活とは言えないこと(など)についても知っていた。


 最初にプライカの魔導研究所出張所においてオベルンと会談して以来、いずれ両半島と関係を持つ事になる可能性は高いと考え、出来うる限りの情報を集めていたのだ。

 また、ルースにも集めた情報について伝え、彼に戦略眼(せんりゃくがん)を養って貰おうとすることが巧にとっても良い確認作業になっていた。


 最後に船上に於いてオベルンが「現地の主要産業」や「生活レベル」、あるいは「権力構造」などについて二人にレクチャーしてくれたお陰で、現地の知識はほぼ万全と云って良かったであろう。


 しかし、だからこそ巧とルースは結論が出ないままに上陸せざるを得なくなった。

 そしてオベルンも、それを合格点としたのだ。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 ルースは今回の交渉について以下のように判断した。


 半島の人々は悪く言えば多くが粗暴であるが、良く言えば単純な人々だ。

 過去に行われてきた海賊行為は彼らにとっては産業の一種であり、其処に罪悪感はなかった。


『敵から奪って何が悪い?』という考え方だ。


 つまりは、友人であると宣言した後ならば、正面から堂々と交渉に入っても半島の人々がこちらを騙すことは無いのではないだろうか。

 と信じてみることにしたのだ。

 勿論、近いとは云え、ノーゾドとガーインの人々にはかなり気性や習慣の違いがあるようであり、其処が気には掛かる。

 しかし、だからこそ何事かを決めてかかりすぎては行けない気がしたのだ。


 彼らが欲しいもの。 


 それは、多分に『安全で豊かな国家』そのものでは無いだろうか?


 シナンガルは彼らにそれを与えず、バルコヌス半島に流れ着いた両方の半島人を捕らえることがあれば奴隷にした。

 ラキオシアは形式上とは云え、つい数年前まで其のシナンガル人を保護していた。

 (いず)れも敵として認定するには充分である。


 逆にフェリシアからは毎年食糧援助を受けている上に、ポルトの市場で売れ残った彼らの工芸品はフェリシア王宮が(まと)めて買い上げてくれていたのだ。

 大型の船を持たない半島の人々は、交易の為にフェリシアの高速艇の世話にもずいぶんとなっている。

 フェリシアに悪感情があろう筈はない。


 つまり、そのフェリシアが関わっている人物からの誘いで新たな貿易を行うにせよ、技術供与を受けるにせよ、彼らは(へりくだ)ることこそ無いだろうが、高圧的に出なくてはならない理由もない。

 単純な利益ではなく、長いスパンでの利益を求めるであろう事が予想される。


 安全が確保されれば貿易も産業も豊かになる可能性は高い。

 新たな軍事力は交渉次第では受け入れてもらえるであろう。


 勿論、外国の軍事基地を置くとなれば、それは主権の問題である。

 かなりの混乱が予想される。

 有る部族の土地に基地を置くことに成功しても、他の部族がそれを許すだろうか?


 理由として

『基地からの利益をAという部族が独り占めしている』

 とB~Zの部族から言われる程度なら良い。 

 代用となる利益を他の部族に与えればいいのだ。


 しかし、『侵略の準備ではないのか?』と疑われた場合や、他国の軍が自分たちの半島に常駐することなど許せない、という当然の理由で部族間の混乱が起きる可能性もある。


 此処を見極めて相手に不信感を与えず、また利益についても部族間で不平等にならないように調整しなくてはならない。

 

 唯、突破口はあった。

『シナンガル人民共和国』という同じ敵を持っていると言うことである。

 ならば対等の軍事同盟を目指すのが最も適切であろう。

 問題はルースが元シナンガル人であることと、基地建設がシナンガルとの全面対決の口実になりかねないことである。


 だからこそ駆け引きではなく、『信用して貰う』ことから始めなくてはならない。


 経済や技術の援助は軍事同盟として半島が機能する事が前提であり、先に餌としてぶら下げて与えるだけなら条件が変われば裏切られたり、利益を際限なく要求されたりすることになる。

 巧の地球でも、土地の貸し出しによって得られる不労所得から、人間が次第に(いや)しくなっていく例は幾らでも見られるのだ。


 即ち、相手の土地を求めることで、其の対価としての「釣り餌」を考えていたことがそもそもの間違いであったのだ。

 協力し合える間柄を目指さなくてはいけない。


『安全保障を目的とした対等な軍事同盟(アライアンス)


 言葉を変えて言うなら、『パートナーシップ』

 それがルースが達した結論であった。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「ルースさん……」

「ん、どうした?」


 ルースの説明が終わると、巧は(うつむ)きながらルースに声を掛けたが、いきなり怒鳴りだした。

「あんた、真面目にやればちゃんと出来るじゃないか!!

 何を今まで巫山戯(ふざけ)ていたんだよ!」


()めてくれてるのか?」

 ルースは珍しい言葉を聴いたとばかりに満面の笑みであるが、巧は不機嫌そのものである。

「褒めてはいるが、それ以上に腹立たしいね!」


「いや~、すまん。軍事的なことは苦手でなぁ。

 だからこそ、ルナールや巧君を頼ろうと思ってたんだよ」

 そう言って笑うルースの言葉に、巧はかなり驚いた。


 この男、実は(すで)に王の資質を持っているのかも知れない、と。


 王とは単に能力のある人物ではない。 

 いや、有って困ることはないが、それ以上に『能力のある人物を扱える』、或いは『見い出せる』人間を指すのだ。


 ルースが巧をどう評価するかは兎も角、彼は人材を求める言葉を良く発する。

 船上では、先の会議で見識を見せた山崎、岡崎や桜田をスカウトする程であった。

 特に桜田には、ご執心(しゅうしん)のようだ。


 ルースは何もかも自分で出来ると思い上がった事など一度もない。

 自分の目的を達成するには、強い部下が必要だと云う現実を良く知っている。


 しかも、この男。 

 軍事だけではなく『信用』や『契約』という近現代社会において最も重要な概念で勝負を仕掛ることにした。

『利益だけ』の関係で交渉を進めるなら、ガラス玉をばらまいてアフリカの土地や奴隷を手に入れた帝国主義時代の欧米人となんら変わりない。


 前回の奴隷の買い取りでオベルンとフェリシア王宮に一本やられて子供の世話をすることになったことも、良い方向に自分の中に取り入れて思考の変換に成功している。

 今回、交渉相手を対等の人間と見たからこそ彼は、まず最初に『自分を売り込む』事にしたのだ。


 オベルンが合格点を出す訳である。

 巧は大きく息を吐いてルースの肩を軽く二度叩いた。

 それから、


「『今回に限っては』だが、あんたには負けたよ!」


 と心の底から言ったのであった。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 二月十五日、フェリシア、シナンガル両国においてかなり変わった事がほぼ同時に起きた。


 三月一日のラボリアにおける『魔法具授与』について今回は、それぞれの国内に置いて行われるという通達があったのだ。


 ラボリアは六ヶ国戦乱が始まって十年もしないうちに、独立を宣言したと言われている。

 とは言っても戦乱中には建造物の西側はフェリシアに使用権があり、要塞化した西側にはかなりの人数の緒魔術師達が住み着いて、この地からフェリシアに進入する敵を撃退していたという。

 戦乱終了と共に、ラボリアは三角州を不可侵域と宣言して基本的に進入禁止とした。

 宣言と同時に三角州の魔獣の数が増えたこともラボリアの不気味さを増大させ、フェリシアも素直に兵を引かざるを得なくなったのだ


 しかしラボリアの地に、その国民を見た者はいない。


 ラボリア自体はデフォート城塞に迫る大きさの箱形の建物である。

 敷地面積で言えばデフォート城塞を上回るであろう。


 魔法具の授与はその建造物の東西両側の入り口が年に一回開くだけであり、シナンガル人とフェリシア人が顔を合わせることはない。

 魔法力を持ってラボリアに辿り着いた者、それぞれ十名程に魔法具が授与される仕組みである。


 地図上で見ると、シナンガル側がやや不利なように感じるが、実際の処、不可侵域から南には魔獣が通り抜けをも嫌がる魔獣の不在地帯とも呼べる場所がある。

 地図上では、赤く示されることが多い場所だ。

 このため、川沿いに動きさえすれば魔獣に会う確率など両国共に殆ど変わらない。

 また、魔法具受領を目的として旅をする相手を攻撃した場合、ラボリアはどの様な方法を取っているのかは知らないが、それを見逃さない。

 魔法具授与自体が無効になるため、互いに手を出せないのだ。


 それどころか両国の魔法士達が協力して魔獣を退治した事例すらも数度に渡る。


 そのように苦難の道筋を経て内部に到達した魔法士達がラボリアの内部において誰にせよ、人に会ったと言う記録も又、存在しない。

 声に従って指定された部屋に描かれた『円』の中に立つと、魔法具を授与できるかどうかの判定が成される。

 その後、合格した者に対しては別室の扉が開き、其処にその人物に見合った魔法具が置かれている、という仕組みだ。


 辿(たど)り着いて判定を受け、魔法具の授与を拒否される者もいるが、それはそれで問題は無い。

 辿り着いても魔法具が授与されない場合は、標準以上の魔法士であると判断されたことになるからだ。

 即ち魔術師を名乗ることが許されたようなものである。

 何せ、辿り着くだけでも一つの試練と言える場所にあるのだから、その判断は正しいであろう。

 しかし、標準以上の魔法士なら魔法具を手に入れれば更なる力の増幅が見込まれる。

 その為、ラボリアで授与された魔法具は受領者本人が死亡した場合は、国家からの指示により、優秀ではあったが為に授与を受けられなかった者に譲られることが多い。


 また、簡易な魔法具に関しては、どう手に入れるのか知らないがバロネットがシナンガル相手に売買をしているという話まである。

 流石にこれは王宮でも止められなかった。

 魔導研究所にある魔法具が無事な以上、市場に流れている魔法具が本物かどうかなど、一々調べていられないからだ。


 魔獣の首の骨を流したという情報なら直ぐに入るのだが、こればかりは真偽の程が掴めな無いまま今日に至っている。


 それは兎も角、国民など存在しないはずのラボリアからの使者という事態に両国とも驚きを隠せなかった。

 しかも、両国に現れたのは(いず)れも子供であったのだ。


 フェリシアに現れたのは、金髪、碧眼、緑色のスーツパンツに、ハンチング帽を被り、何故か白衣を着ていた。

 アンダーフレームの眼鏡を付けており、色はこれまた緑。

 はっきり言うと、瞳が元気よく見開いていることを除けばコペルが縮んだような姿だ。


 彼は戦車隊が、ハティウルフサイズまで育ったヘルムボア数頭と闘っている最中にどこからとも無く現れ、一頭の頭上まで飛び上がるとその頭を思い切り殴りつけて殺してしまう。

 ヘルムボアの表面に目立った傷は着いては居なかった。

 しかし、その口からは大量の血を吐き、耳から脳髄があふれ出していた。

 目玉も片方は破裂したようだが、やはり打撃を受けたと思われる表面には傷一つ残っていなかった。


 突然起きた白昼夢に唖然とする戦車隊の間を、少年は市場(バザール)を行くかのように自然な歩調で通り過ぎながら一人の戦車長に向かって、

『ヴェレーネさん、何処にいるかな? 知らない?』

 と訊いて来る。


 呆けてしまった戦車長が中央陣地の方を指すと、丁寧に礼を言ってブラブラと歩いて行ってしまった。


 離れて闘っていたハインミュラー達は中隊に飛び交う交信内容の異常に気付いた。

 救援が必要という訳ではないようだが、何やら様子がおかしい。

 自分たちの担当分を片付け急ぎ柏大尉率いる中隊に合流した時、外見だけは完全に無傷で死体になったヘルムボアをどうするかで柏大尉以下、小隊長達が揉めている最中であった。


 毛皮や骨は売り物になるので、フェリシア側の要望に従って持ち帰らなくてはならないのだが、これまでに戦車隊が倒した魔獣で此処まで大型の死体が綺麗に残った例は珍しすぎる。

 今までなら、随伴のトラックにバラバラになった体を分けて運んでいたのだ。


「そいつの肉を狙って大物が来る可能性が有る。少し後退すると窪地(くぼち)があったな。

 其処に二~三両待機して狙い撃ちするようにしなさい。

 ドラゴンが来る可能性もあるので、ヘリ部隊との連携を忘れない事が必要だがね。

 残りは手順通り前進すべきだろうな。

 一週間も待てば骨と皮だけになるから、運ぶのはそれからでも遅くはない」

 

 老人は柏達に助言を入れて少年を追いかけることにした。

 ハインミュラーの指示に従い窪地に潜んだ二両は、その日だけで六頭のハティウルフを倒してエースとなる。



 一方、ハインミュラー達は中央陣地のほぼ正面で少年をようやく見つけることに成功したのだが、その少年を確認したリンジーが口をへの字に曲げた後、妙なものを見たという顔をして断言した。


「あれ、コペルさんですよ。間違い無いです……」

 


     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 デフォート城塞南部のライン河西岸地点には、シナンガルから選抜された魔法士達三十人が出発を待っていた。

 本来なら既に出発していなくてはならないのだが、今年は魔獣が多すぎるため途中までは軍の護衛が必要ではないのか、と言うことで、かなりの大軍で不可侵域に進入する予定であったのだ。


 だが、斥候が船を出すと対岸に見たこともない巨大な竜が二頭現れ威嚇し始めた。

 翼飛竜と違い羽根はなく歩き廻るだけのようだが初めて見る巨大な竜である。

 大きさは頭から尾の先までで三十メートルはあろうか。

 羽根が無い変わりでもあるまいが、前肢がかなり発達しておりその爪の大きさ鋭さ共に際だったものがある。


 報告を受けた本隊が対岸で即席の高台を作り監視していると、確かに巨大な竜が居る事が知れた。

 巨竜が河を渡る様子はないが、あの中に飛び込むことは難しい。

 と、六千の軍を率いて隊長代行に指名されたシムル・アマートは悩んでいる真っ最中である。

 この軍はルナール・バフェットより一時的に預けられた軍の一部であり、大きく毀損(きそん)して良いものでは無いのだ。


「“自由に使って良い”とは言われたが、だからこそ裏切りたくはないな」

 シムルはシナンガル人にしては珍しく、信義を重んじるタイプである。

 その点を見込んでルナールに抜擢されたのであろう。

 それ以前は、その性格が禍いし常に貧乏(くじ)を引かされ冷や飯を食わされていたのだ。

 そんなシムルを引き立て副隊長にまで抜擢(ばってき)してくれたルナールに対して、シムルの忠義は自然と(あつ)くなっていたのである。



 シムルが悩む中、『巨竜の間を悠然と歩いてくる者が居る』と見張りの高台から報告があった。

 川向こうまで六百メートルはある。

 巨竜がいるとなると更に先であるため、その『何か』は豆粒のようにしか見えないが、『人』が歩いてくるのだとの報告に間違いは無い様だ。


「あの竜たちは、おとなしいのかな?」

 と誰かが言うのが聞こえた為、『馬鹿が居る』とシムルは思った。

 あの牙と爪を持って(なお)かつ、おとなしい竜など居る訳が無かろう。 

 何よりあの巨体を維持するのにどれだけ食べなくてはならないか、少し考えて見ろ、と言いたい。

 あの巨竜どもはマーシア・グラディウスが倒したと云われている伝説の『ハティウルフ』のような存在と思って良い。


 となれば、今此処に近付いてくる何者かは、あの竜どもよりずっと危険な生き物なのだ。

 姿形(すがたかたち)が人間だというならば、言葉も通じてくれとシムルは願った。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 二つの国に現れた、少年少女はそれぞれ名前を、

『コッペリウスだよ』

『コッペリアと申します』

 と名乗った。


 双子のようによく似た二人は、それぞれに三月一日に此の場において魔法具の授与を行うので不可侵域へは進入しないようにと言い残して去った。


 深紅のマントに身を包んだコッペリアがそれだけを伝えると、すぐさま引き上げたため、シムル達はその場に陣を敷いて十六日後を待ち、受領者名簿と魔法具を受け取って無事に任務を達成する事になる。

(因みに、カグラの二月は三十日間有る)



 さて、問題はコッペリウスに会ったヴェレーネである。


 地球軍はラボリアに関しては管轄外であるため本来、誰一人呼ぶ必要はなかったのだが、下瀬を初め、池間、五十嵐など主要な地球人も揃っていた。

 この世界の実情を知って貰うことこそ『相互信頼』の第一歩である。

 余程のことでない限りは、ヴェレーネは彼らに隠し事をしなかった。


 そのヴェレーネはコッペリウスをじっと見ていたのだが、話を聞いた後、自分の手元まで近付く様に言う。

 コッペリウスが素直に近付くとヴェレーネは、迷い無く彼の頭に思いっきりチョップを喰らわしたのだ。


 全員が唖然とした。

 池間などは柏からの無線でこの少年がヘルムボアを素手で殴り殺したと聞いた直後だったため、特に血の気が引く。


 が、コッペリウスは痛がる様子も見せずにヘラヘラと笑って、

『いや、ごめんね~。〔最後は平等に〕って言われたもんでね。

 大体、僕だってねぇ、こんな事したくなかったんだよ。唯、ラボリア絡みだとねぇ』

 そう言って肩を(すく)める。


 周りとしては訳が分からない言葉だが、ヴェレーネには通じたようだ。

「コペルってのは、そう云う意味だった訳ね」

『まあ、そう云う事だよ。 

 余り影響は与えたくなかったんだけど、好きにやらせて貰いたくなる時もある』

 そういって首を横に振った後で、

『一応、長年の希望が叶った感想はどう?』

 と聞いてきた。

 それに対してヴェレーネは暫し黙した後、目を見開き、その魔眼をキラリと光らせた。


「次は本体の番ね。北部山脈を全て掘り返してでも探し出すわよ」

『君、怖すぎ!』

 コッペリウスは廻れ右をするとすっ飛んで逃げ出した。

 結局、ドアの外に跳び出た少年を見つけることが出来たものは誰一人としていなかったが、マーシアとアルスが居たならどうなっていたであろうか?


 因みに魔法具は三月一日早朝に、中央陣地営門前に手紙と共に置かれていた。

 手紙には一言だけ


『探さないで下さい。

            コッペリウス』

 と書かれていた。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 ノーソドまでの到着に残り一日程となった二月十六日

 コッペリウスの騒ぎが洋上の巧に無線で届けられた。 

 つまり、騒ぎの翌日である。


『何者だと思う?』

 連絡してきたマーシアはコペルの正体が益々分からないとぼやいていた。

 今回は直接その姿を見て()らず、ヴェレーネに聞いても口を(つぐ)んだ切りなので、仕方なく巧に相談してきたのだ。


『単に、その件に(かこつ)けて巧と話したかった』

 と云うこともあるのだろうが、コペルの正体が気に掛かるのは事実だ。


 巧にしても有意義()つ、興味深い話題であった。

「ふむ。これは今までの彼との会話からの予想に過ぎないんだけどね」

 そう言って一通りの予想を巧は話し始めた。


 コッペリウスというのは、バレエの戯曲(ぎきょく)に出て来るポーランドの技術者の名前である。

 実在の科学者コペルニクスからしてそうであるが、地球の物語の登場人物と同じ名前を名乗るというのも不思議すぎる。

 念のためマーシアに翻訳機を外して発音して貰っても同じ名前であった。

 この世界は元より地球と何らかの接点があるのではないか、と常々考えていたのだがコペルはその秘密に迫る存在のようだ。

 今、答えは出せないが、コッペリウスという名前は戯曲から考えて『人形』を指していると思われる。

 つまり彼の本体は、我々の前に現れたことは一度もないのではないのか?


 と巧が其処まで話した時、三十式の後部兵員室のドアが開き桜田が入ってきた。


 ここのところ彼女は、妙におとなしい。


 ポルカで久々にあった時のように意味不明な会話をしたり、美形のエルフや獣人に見とれることは相変わらずではあるが、昔の様な大騒ぎをすることが少なくなった。

 二十三才とも成ればそうもなろうが、時々見せる何かを諦めたような『あの目』が巧には気に掛かっている。

 この世界に関わった当初に参加した、シナンガルへ進入しての『山岳民救出作戦』など、彼女らしくない行動の最たるものであったろう。

 だからこそ、巧はついつい彼女をからかう方向に会話を進めてしまう。

 まるで数ヶ月前迄の自分を見る様で不安になるのだ。



「あ、すいません。通信中だとは知っていたんですが、検疫(けんえき)の件で、」

(検疫=外から持ち込まれるものが病気や有害なものでないか確認すること:各国の権利である)

 そう言ってくる。

「ああ、大丈夫。もう終わる処だから」

 巧がそう言うとマーシアは露骨に不満げな声を出した。

 と云うより、表にマリアンが出てきたようだ。

『え~! 久しぶりに話せたんだよ。もう少し話そうよ、お兄ちゃん!』

「あのな、マリアン。そう言わんでくれ。明日、時間を取るからさ」

 それからも何とか(なだ)めて無線を切る。



 ようやくマリアンを宥め終わると、振り向いて用件を確認しようとした巧だが、声が出なかった。

 


 流れだす大粒の涙を(ぬぐ)うこともなしに、桜田は巧を真っ直ぐに見据(みす)えていたのだ。





サブタイトルは、なんとあのペリー・ローダンシリーズ第361巻「死者達の声」のもじりです。

読んでみようかと昔思ったのですが、はまってしまった友人から、

「絶対に止めろ。 人生賭けることになるぞ!」と脅され未だに手を付けていませんが、彼が正しかったと思います。

日本語版だけで450巻って何ですか、それ?

作者も何人変わっているか分からないって、怖すぎでしょ。

と言う訳で、慎ましい読書人生を歩みたいと思います。


それと、話は違いますが、終に「桜田美月」を描いてしまいました。

第31部、第30話「異世界の腐女士」の最後に貼り付けました。

「絵、描いてる場合か、と怒られそうですが、大丈夫ですよね?」

あと、ちょっと贅沢言うなら誰か代わりに書いてくれる人がいてkr、いえ、何でもないです。 すいません。

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