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星を追う者たち  作者: 矢口
第五章 地球の風、カグラの嵐
66/222

65:ここがフェリシアなら、君はヴェレーネ

 フェリシアにクリスマスは存在しない。

 キリスト教が存在しないのだから当然なのだが、但し十二月の一日に復活祭が行われる。

 即ち、冬至である。

 冬の太陽が最も低い黄道を通り大凡(おおよそ)三日の間その位置に留まる。

 地球では、丁度南十字星に太陽が掛かる事になる。

『キリストの磔刑(たつけい)からの三日後の復活』は此処から来て居るとも言われる。


 キリスト教以前のシュメール神話、エジプトのミトラ神話におけるホルスの再生、アジア各地の太陽の再生神話などは、全て太陽が三日間死んで復活する。

 即ち太陽が冬至の低緯度軌道から再び軌道を上げていく事を示しており、四世紀の神学会議において決定されたキリストの再生はこれらの神話からのパクr、いやオマージュであるという説は少し宗教史を学んだ者なら一度は耳にした事があるのではないだろうか。


 地球の宗教史の話は兎も角、このカグラにおいては宗教らしい宗教は存在しないことは先にも述べた。

 しかし、人間が原始的に自然を崇拝する事は何処でも同じであり、太陽の復活祭は盛大に行われる。

 本来は此処から新年が始まっても良いのだが、お祭りの後でいきなり新年ではどうにも収まりが悪いと云う事なのだろうか、一月(ひとつき)のズレが生まれたようである。


 兎も角、十二月一日はお祭りである。

 魔獣も気を利かせた訳でもあるまいが、この日を挟んで数日間は小型の魔獣の駆逐を除いては大型のものは発見できなかった。


 居るにしても、そろそろ大型のものは十五体を切っている筈だ。

 何とかなるであろうと、誰もがお祭りの準備に浮かれていた十一月二十五日。

 オーファンでパトロールに出ていた巧の前に、彼にとっては魔獣並みにやっかいな人物が現れた。


「あんたが来ると嫌な話しか出てこないと思うのは、俺の偏見ですかね。 

 いや、あんたに悪気があるとは思わないんですけどね」


「酷いね。僕も傷つく時は傷つく」


 そう、巧の前に現れた人物。それはコペルである。


「で、今日は何用ですかね?」

「う~ん。言い辛い。けどね、この方がやっぱり良いんじゃないかな、と思うんだ」

「なんですか?」

「一月中頃、いえ二月頭頃になるでしょうが、もう四百体現れると言いました」

 コペルが言う四百体とは魔獣の事である。


「ああ、勿論覚えてるよ。しかし、このペースなら来月の頭には今、現れてる分を片付けて、一月以降の対応策の研究に入る事が出来そうだね。それが?」


 コペルは珍しく難しい顔をして巧に尋ねてきた。

「ヴェレーネ・アルメットはどう動く?」

「主任の事はあんたには一度しか話した事はないと思うが?

 まあ、あんたなら何知ってても不思議(おかし)くないけどね。 

 しかし、彼女が何故気に掛かるんだい?」


「それは、きちんと話す。彼女はどう動くの? 知っているのなら教えてくれない?」

「知ってるがね。なんか変だぜ、コペルさん」

「意地悪しないで、時間がない」

 

 この男が焦るというのも珍しい、とは思う。 

 色々と怪しい男ではあるが、借りがあるのも確かなのだ。巧は素直に答えた。

「百までなら自分が倒す、と言っていたな」

「それ、止めさせられない?」

「なぜ?」


「きみ、彼女の事、どう思う?」

「どう、とは?」

「好きか? と訊いている」

「昔ほど嫌いじゃないよ。何だかんだと、世話にはなってるしね」

「そう云う意味じゃない」


 何を言っているのだろう、と巧は理解に苦しむ。

「悪い、コペルさん。あんた何が言いたいんだ?」


 困惑した巧の問いに答えるコペルの次の台詞は、彼の思考をオーバーヒートさせるに充分な一撃だった。


「女として好きか? と訊いている」

「……っzうぇfrgんh、l;yj、おk。いl・;?」


「君、面白い言語が使えるんだね? 何って言葉かな、それ?」

「いや、あれ、あのね。え~っっと」

「小さい『っ』がひとつ多い」


「そんな問題か!!」


 確かに、フェリシアに来てヴェレーネに対する感情がどんどん変わってきている事には自分でも気付いている。


 ハインミュラーに嫌われる事を恐れる彼女を、初めて人間らしいと思った。

 傷つけたことが辛いと思った事もあれば、ロークの死を見届けるために震えていた彼女を支えてやりたいとも思った。

 一緒にいて不覚にも『可愛らしい』と思ってしまった事もある。


 今は逆に、彼女が巧を守ろうと必死な事に気付いている。

 カレシュ・アミアンの件だ。

 敢えて悪役を選び、今もって、その立場を崩していない姿は言葉で表せるほど簡単な事ではない。

 上官として命令したという事を踏まえても、勇気を伴った優しさであり、誰にでも出来る行為ではないのだ。

 巧は今、彼女の背中に守られている。


 巧も彼女に何かあったなら彼女を守ろうとするだろうとは思っていたが、それは部下として上官を守るという意味だと思っていた。


『女性として守れるのか』、などと訊かれる日が来るなど夢にも思っていなかったのだ。

 今、その様な事を訊かれても混乱するとしか言い様が無い。



「マーシアが力に目覚めつつあるね」

 コペルの話がいきなり変わった。

 巧にとっては有り難い事で、一息付ける。 が、これもなにげに危険な匂いがする。


「ああ、それが?」

 巧は初めてコペルにあった時のように警戒心をむき出しにする口調になった。

 気付いてか気付かずか、コペルは話を進める。

「暴走した時、ヴェレーネはどうすると言っていた?」


 こちらも答えるには苦しい質問だ。巧の口は開かなかった。

 代わりにコペルは自分で答えを言う。

「ヴェレーネは彼女を止める。例え廃人にしても。そうだね?」

 

 黙すしかない巧に、コペルの話は続く。 

 それは、先程の質問など塵に等しい衝撃的な言葉だった。


「ヴェレーネが暴走した場合、彼女を破壊するのは僕の役目だ」


「どういう事だ!」

 声を荒げる巧にコペルの口調は変わらない。

「そのままの意味」


「そのまま、ってのは?」

「うん。彼女を殺さなくてはならない」

「そんなに危険なのか?」

「そう」

「どうすれば防げる」

 

 これだったのか。 

 ヴェレーネが力を使うのを押さえていたのは、と今更ながらに思う。

 マーシアのあの『砲撃』が無ければ簡単には信じられなかっただろうが、あれを見た後なら信じられる。

 しかも、ヴェレーネはそのマーシアを止める力があるというのだ。

 その彼女が暴走した場合、どうなるかなど想像も付かない。

 

「俺の周りの女は爆弾だらけかよ……」

「信管を叩かなきゃ、可愛い子達ばかりだよ」


 物は言い様だと思うが、とにかく『その件については』何も言いたくはない。

「で、俺はどうすればいい。取り敢えず、あいつを闘わせなきゃいいんだな」


「闘わせるのは構わないんだ。マーシアのように軟着陸させて欲しい。

 一度に百も相手をしていたら、そのうち危険な力の使用に麻痺する。

 それを避けさせて欲しい。あとは、君がブレーキになる保証が欲しい」

「俺が、保証?」

「好きな男の前で化け物みたいな事はしたくない、ってのが女心だと聴くね」

「そう言う意味かよ。けどね、あれが俺に惚れるとでも?」

「其処は君次第」

「それこそ難しい事を……」

 人間、自分の気持ちほど分からないものはないのだ。

 大きく溜息を吐く。


「彼女は君の事好きだよ」

 いきなり、コペルがとんでもない事を言う。

「なっ!」

「何でそう思うか、って?」

 お前はエスパーか! と思いつつも巧は頷く。


「ん~、付き合い長いから。何となく?」

「付き合いが長い?」


 巧は兵士としては兎も角、勝ちを得るための『機械』としての能力は高い。

 今の一言が、形勢を逆転させる一言だとすぐに捕らえた。

 コペルも巧の表情を見て自分の失言に気付く。

「あっ! 今の無し!」

「どういう意味だ。コペルさん? 何なら主任に直接聞いても良いんだぜ。

 思い当たる奴が居るって、言ってた事があるからな」


「……」

「黙秘すんなよ!」


 結局、コペルは洗いざらいとはいかないまでも、かなりの事を喋らされる羽目になった。


「なるほどね。でも、まだ隠してる事、あるね?」そう言って巧はコペルを睨んだが、

追々(おいおい)話すから、今は勘弁」

 そう言うと、すたこらさっさという感じで消えてしまった。

 後に残された巧は、大き過ぎる宿題に頭を痛めるしかなかったが、取り敢えず、最初の問題を片付けなくてはならない。


「来月は百、ね……」

 やり直しの感もあるが、いきなりの四百が三百に減るのだ。

 それだけでも『良し』と思う事にした。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 冬至祭りが終わった十二月四日、中央陣地のブリーフィングルームにはアルス、アイアロスからアルボス、五十嵐、ハインミュラーを始め、東部防衛隊と地球軍に置ける中隊長以上の上級指揮官陣の殆どが集まっていた。

 そこに池間を従えたヴェレーネが現れ、各隊員のこれまでの苦労をねぎらうと共に、言い辛そうに口を開いた。


「実は、今月から来年の二月にかけて段階的にですが、魔獣の出没数は増加します。

 王宮からの調査報告ですので、間違いはありません」


 誰もがざわめく。

 巧はヴェレーネが王宮から帰ってくるまで、コペルからの話は伝えていなかった。

 要は、彼もヴェレーネを通じて初めて知ったという体を取ったのである。


「来年までは休めると思ったが残念」、などとしらばっくれた。


「でも考えようによっては、一度に四百を相手にするよりは良いでしょ?」

 ヴェレーネの言葉は巧が最初に考えた利点としての面と同じであった。


「但し、兵士達の緊張感が持続するかどうかが大きな問題だな」

 これは池間の弁である。

 実際その通りだ。これ程長い戦闘態勢を持続するのはこの国の兵士にとっても、巧達の国の兵士にとっても初めての体験なのだ。


 六月のシエネ防衛戦でバルテンが言った通り、防衛戦が突破されるかどうかは(ひとえ)に兵士の疲労を上層部が上手く取り除く事が出来るかどうかに掛かっている。

 特に精神的な面だ。

 ようやっと、魔獣討伐に終わりが見えてきたと思った時に、敵側に援軍が現れたとなれば、兵士の精神的な疲労は計り知れない。


 巧としては、二月の四百体の方がマシだったのかもな、と思い直したりもしたが、その点を重視して池間が進行計画について調整をする事となった。

 池間は巧からマーシアやヴェレーネの暴走の可能性の情報と共に、彼女らを戦線に出さないで欲しいと依頼を聞き入れた後からかなり考え込む事が多くなっていたが、結局、思い切ってフェリシア兵を平原の戦場から一時的に完全後退させる事にした。


 彼は、自国民による戦闘主導を希望する王宮と交渉して、十二月の一ヶ月だけは地球軍だけで対応する事を了承させる事に成功したのである。


『機動兵器を縦横に活用して短期決戦を決める』

 その間にフェリシア東部防衛隊には充分な休養を取って貰う事になった。

 近代兵器と前世紀の兵装の共同戦線では結局の処、作戦行動における打撃効果は半減する。


 いや露骨に言うならばフェリシア兵は『邪魔』なだけとも言える。

 彼らを気遣う国防軍にも精神的負担は大きい。

 しかし、それを露わにする事はこの国の将来に関わる事である。

 連合軍が瓦解し、フェリシア国民が国家を支える気概を無くしかねない事実だからだ。

 そこで『休養期間』という形式になったのは、実にやむを得ぬ苦肉の策であった。


 それに気付いたアルボスの苦悩は計り知れないものがあることは地球軍側にも感じられた。

 彼こそが最も地球兵器のフェリシア流入を危惧し、その影響を正しく捕らえていた男である。

 しかし、今、それに頼らざるを得ない事も事実なのだ。

 五十嵐相手に酒の席で愚痴をこぼしたとも聞き、巧はやるせない気分になったものであった。

 また、過去の戦闘経験からフェリシア一般兵の中に、この事実に気付いている兵士が居てもおかしくはない。



 様々な人々の様々な思いを込めながら、いよいよ、ヘリ部隊、AS部隊の南部全面投入が始まる。



 十二月八日。

 姿は見えないまでも既にかなりの数の魔獣が南部森林地帯に潜んでいる事は分かっている。

 デフォート城塞側にアルス、マーシアを始めとする魔法部隊に待機して貰い、取りこぼしを拾って貰うとして、本格的な(いぶ)りだし作戦が開始された。


 南部森林の中域を四百のブロックに分けてこれから毎日、爆撃を開始していく。

 そこから追い立てられ、平原に出でてきた魔獣を機甲車両や重砲装備の歩兵隊で仕留めていく事になる。

 連隊六百五十名による総力戦の開始である。


 初日は大型の魔獣は現れなかった。

 流石に東側までは未だ進出していないようである。

 代わって、小型のトリクラプスドッグやヘルムボア。それから初めて見る虎のような魔獣が現れた。


 八台のAPC(装甲兵員輸送車)と四台の三十式偵察警戒車両による平原での連携防衛線にそれぞれの魔獣が突っ込んでくる。

 三十式は三十七ミリ機関砲を使い、又、歩兵各小隊も二個分隊即ち平均十六名を一個小隊として正面から対応する。 

 四分隊三十二名で一個小隊を編制する国防陸軍においては約半数の人員での編制である。


 本来歩兵のみ二百五十名以上で行う作戦行動に対して、人員不足のためにかなり変則的な部隊編制ではあるが、車両操縦手を含む総員百八十名の歩兵は訓練通りに連携されていた。


 その歩兵側は重機関銃兵や携帯ミサイルランチャー兵(ATM手)が主体であるが、各小銃兵に配備された新型は七.六二ミリ弾を使用した四八式自動小銃であり、火薬量、弾頭重量からトリクラプスドッグ程度なら単発でも充分な威力が発揮できた。

 初めて見る魔獣を相手にしても軽々とその死体を積み上げていく各小隊において、士気は更に高まっていく。


 上空でAH-2Sが大軍を始末した後で、その撃ち漏らしを片付ける歩兵と装甲車両の組み合わせは、各隊員には七面鳥撃ちほどの気軽さを感じさせ、戦線は楽勝ムードである。

 だが、大型魔獣は未だ一頭も現れない。

 東側は結局、不可侵域から距離があるのだ。 


 不可侵域に近付くにつれ、池間は各隊員達の楽観ムードに不安を覚えるようになってくる。


 東側から一気に二百キロ進行した十三日の昼過ぎ、司令部から各小隊、航空機動部隊に『警戒を密にせよ』との訓令が出たにも関わらず油断は生じていた。


 そして、遂にその翌日未明からの戦闘に置いて、『魔獣とは何か』を各隊員達は思い知る事となる。





サブタイトルは、時間SFの名作、F・M・バズビーの「ここがウィネトカなら、君はジュディ」の改変です。

しかし、このタイトルは凄いですよね。 

センスが良い、と云う言葉はこのような例を指すんでしょうね。

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