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星を追う者たち  作者: 矢口
第五章 地球の風、カグラの嵐
55/222

54:ドラークさんの悪夢

 スゥエンの総司令官ドラークにとって、シルガラ砦に()いて何が起きたのかは、結局の処、何度話を聞いてもさっぱり理解不可能であった。

 が、目の前に置かれた数々の貢ぎ物が、それぞれに素晴らしい物だと云う事だけは分かる。


 大型の姿見などは、議員会館でもこれ程のものは無いであろう。

 四枚も運び込まれた高さ二メートルを越える大きさの銀枠の鏡には、何処にも全くゆがみが無いのだ。

『おるごーる』と呼ばれる箱も又、素晴らしい。 

 蓋を開けると音楽が鳴り響き、その音楽に合わせて精巧な紳士と淑女の人形がダンスを踊る。


 大量の紙は、全てその大きさが一定であり、寸分の狂いもない。

 しかも陽にかざすと指の影が透けるほど薄いにも関わらず、非常に丈夫である。 

 其れを数千枚も惜しげもなく置いていった。 

 砦でも同じ数を受け取ったという。

 インクの要らぬペンや、どの様な素材かは知らぬが見事な筆入れもある。

 時計はネジを巻けば丸二日は持つという信じられない精巧さであり、装飾も見事だ。


 宝石類も大量に置かれているが、問題はその象眼の華麗さである。

 首都の議員でこれ程の物を持つ人間がどれ程居るだろうか?

 その他にも数え上げれば切りが無いほどの貢ぎ物である。


 マーシア・グラディウスは三日後に再び、この地に訪れるという。

 但し今度は、このスゥエンに直々に、だというのだ。

 彼女の、いやフェリシアの真の狙いは何なのだ? 


『要求』について、一応の報告は受けてはいる。

 しかし、とても呑める内容ではない上に、フェリシアと我々が互いを信用することが前提の要求だ。

 あり得ない話である。


 ドラークは大隊長を集め会議を開くべきか、それとも側近とのみ話し合って事を決めるべきか未だに悩み続け、今のところ結論は出ないままであった。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


「千は()うに数え去った。 其れではこれより、入城させて頂く」

 マーシア・グラディウスの声がシルガラ砦の全域に響き渡った。


 高々、十五分やそこいらで物事を決めろという方がまずは無法であるが、元よりフェリシアに対して先に無法を犯しているのはシナンガル側である。

 マーシアを如何に怒らせようとも、恨む筋合いではない。


 砦にいる誰もが死を覚悟した。

 十分間有れば千を、一時間有れば万を殺すと言われるマーシアにとって三百人など五分にも満たない作業であろう。

 しかも今、彼女は城壁と同じ高さに浮いている。

 内部に入る事など造作もないのだ。


 偶々(たまたま)、行商に来ていた商人など、己が身の不運を嘆いて地面に頭をすりつけ、誰にともなく詫び続けている。 

 悪どい商売でもしてきたバチが当たったと思っているのであろう。


 最後の抵抗にと数人の魔法士が勇敢にも城壁に上がってきたが、マーシアを乗せた『鳥』は、彼らを相手にはしなかった。

 するすると真後ろに下がり城壁から距離を取る。


 鳥は魔法士達の魔法の射程からさっさと遠ざかってしまった。

 なるほど、開門と言っていた以上は城門を開けるつもりか、と魔法士達は城門の真上に移動したが、鳥はそこへは頭を向けずにボーエン達を見据えたままである。


 マーシアは城壁の上に居るボーエンと十人長にジェスチャーでそこをどけ、と指図する。

 彼らは魔法など使えない。

 しかし兵士としての意地はある。二人して弓を構えた。


 マーシアはそれを見ると緩やかに微笑み、それから後の兵士に何事か話しかける。

 後の昆虫の兜の人物が頷くと鳥は少しだけ二人の位置から左にずれる。


 と、次の瞬間、雷の様な音が鳴り響いた。

 M230-三十ミリチェーンガンが火を噴いたのだ。

 同じ三十ミリではあるが火薬量・弾頭重量共にA-10のGAU-8より押さえられており、威力は低い。

 とは云え三十ミリが数十発集弾すれば石造りの城壁など粘土に等しいことも事実だ。

 あっさりと壁の一角が二メートル四方に渡って崩れ落ちる。


 何が起きたのか分からぬままにボーエンは腰を抜かしてしまった。

 魔法士の魔法を身近で見たことはある。

 練習用の人を摸した丸太に火を付ける訓練をしていた所を見学させて貰い、その威力に感心した。

 が、あれは精々、人を大火傷させる程度の物である。

 土魔法も弱い土を強固に固めたり岩を脆くしたりは出来るが、何十分もかかる魔法だ。

 このように一瞬で、小さな砦とは云え城壁が破壊されることなど有るのか?

 何より彼らは城壁から後退して魔法を放ったのだ。


「これは! あの時と同じだ!」

 十人長はそう言うとボーエンを引きずって破壊された城壁部から遠ざかった。

 彼は、先だっての強力な『火箭(かせん)』によるトレビッシュの破壊を思い出したのだ。


 その時、再び『鳥』から声がする。

「はい。どいてくれてありがとね。 

 それでは今から門を『造ります』ので、壊された所から出来るだけ離れて下さいね」

 そう言うと鳥は(きびす)を返すかの様に遠ざかっていく。

 他の鳥たちも全て、いつの間にか、かなりの後方に下がっている。


 門を造る? 何を言っているのだ? とは思うが、誰もが恐ろしさに押され素直に破壊された城壁から出来るだけ遠くへと逃げ出した。

 多少崩れ落ちたとは云え城壁は未だ健在ではある。

 しかし、何やら得体の知れぬ恐ろしさが彼らを支配してしまったのだ。

 

 そして、その生物としての本能に従って正解であった。


 マーシアの発射命令は、空対地ミサイル『ヘルファイアⅢ』APKWS(レーザー誘導弾)の前に石積みの城壁など紙より意味のない事を彼らに知らしめる事になった。


 再び頭をこちらに向けた若鳥から放たれたのは、最初は単に『シュッ』っと、何か風を切る様な音。

 二つの物体が城壁に迫る。

 次の瞬間、先程の音などとは比べものにならぬ大轟音は長さ五十メートルの城壁の半分近くを完全に消し去っていた。


 一瞬にして砦は砦では無くなっていたのである。


 呆然と立ちすくむ砦の兵士達。

 鼓膜が破れ掛け、気絶した者も数知れない。


 その中に親鳥と共にマーシアの乗った鳥は舞い降りた。

 残る二羽の若鳥は未だ上空に漂っている。


 若鳥の硝子(ふた)が開くとマーシア・グラディウスが大地に降り立つ。

 彼女はハルベルトを自分の前に突き立てると、一言だけ言った。

「頭が高い!」


 砦にいた全員が『ははー』という声と共に土下座する。


 それを見ていた巧は、

「お前は縮緬問屋(ちりめんどんや)のご隠居か!」と、突っ込みを入れるのを忘れなかった。


     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 マーシアは砦の司令官との面談を望んだのだが、司令官は既に気を失っており、百人長達も混乱する部下を押さえるだけで精一杯である。

 そこで、マーシア・グラディウスの顔を知っている件の十人長が百人長達の指名で会談相手に抜擢された。


 要は彼以外の全員の腰が引けてしまっていたのだ。


「ボーエン。どうだ、一緒に来るか?」

 そう訊かれたボーエンは先程命を救って貰ったこともあり、彼について行くことにした。

 何より、若さから来る好奇心が彼を動かしたのも否定できない事実ではある。


 練兵場に降り立った巨大な白い『親鳥』の後方は跳ね橋の様に開き、そこから十九人の兵士らしき男達が現れたが、誰一人として甲冑を着込んでいない。

 髪の毛は皆、黒い。

 シナンガル人と同じ人種かと思ったのだが、瞳も殆どが黒か茶色であった。


 又、者によっては黒い硝子(ガラス)で目を覆っている。

 眼鏡と呼ばれる物を目の悪い老齢の議員が使うことがあると云うが、もし同じものだとすれば、そのような目の不自由な者に兵士が務まるのであろうか?


 服装は緑色を基調に茶色、白とまだら模様の農夫の様な服装であるが、ポケットが随分と多く付いており、また、それぞれが見たこともない『ハンドキャノン』を持っていた。

 兜は被っているが頭だけを覆う物であり、耳には何らかの機械を引っかけている。


「ハンドキャノンなら一発撃てば終わりなのに、何故、剣を持たないのでしょうね?」

 ボーエンが十人長に尋ねると、

「さてね。 しかし、あれが”一発撃てば終わり”という代物(しろもの)だと、お前本気で思ってるのか?」

 そう訊き返されると自信が無くなる。


 侵入者達は、そのハンドキャノンにしては砲口がやけに小さな筒先を砦内部の本丸などの窓に向けて警戒を怠っていない。

 が、別段緊張している様子も見て取れず、自然体であることがやけに恐ろしかった。

 口の中に何か入れ、クチャクチャと音を立てて噛み込んでいる者まで居る。

 時折、唾を吐くその姿はまるで敵地にいると云う風情ではない。


 実際、自分達は手も足も出せずに降伏したのだと思い知らされる。


 これから何が起きるのだ……、ボーエンは思わず唾を飲み込んだ。


 大きな鳥の中から彼らは机と床几を運び出した。


 一つの机に対して床几の数は四つ。 

 二つずつの床几が向かい合わせになって、会談がそこで行われることを示している。


 十人長と自分が前に進み出たのを見て、こちらの席を二つ用意したのは分かるとしてマーシア・グラディウスと並び立つ者とは誰であろうか?

 彼女以外の男達の服装は皆一様に同じに見える。


 その中で全員に差配する男が居る。

 どうやら、あの男の様だ。背は自分と同じ程。

 

 体格からは余り威厳は感じないな。


 とボーエンは思う。


 男がこちらを向いて近付いてくると、二人の正面に立ち平手を頭の横に掲げる敬礼をした。

 その時気がついたのだが彼だけが帯刀している。

 指揮官にのみ帯刀が許されている、と云うことなのであろうか?

 残りは全て魔法兵なのか?


 など、ボーエンは様々なことを考えるが、どうにも考えが纏まらない。

 敵指揮官のすぐ後で愛らしく微笑む少女が先程十人長の言った『化け物』にはどうしても思えなく、主にそちらに意識が分散される。


 十人長が敬礼を返したのでボーエンも慌てて後に続いた。

 右腕で拳を作り、左胸に添える。


「砦におきまして十人長を任じられております。ヤン・ホルネンと申します」

 それを聞いて『鳥』の指揮官は敬礼を解くと、不思議そうに尋ねてきた。


「司令官殿はどうなさいましたかな? それに、あなたの上には百人長も居ると思いますが」

 無礼な態度だと怒らせたかも知れない、とボーエンは思う。

 下手をすれば皆殺しか?とも恐れた。


 ボーエンの不安を余所に十人長は特に慌てるでもなく

「いや、お恥ずかしい話、この砦には戦略的価値はまるでありません。

 負傷兵が復帰できる様になるまでの休養所のような扱いでして。

 その為か、上に居る者は文官ばかりです。

 このような交渉には武人が向いて要るであろうと思いまして志願いたしました」


「ヤン殿の言葉が司令官の言葉とお取りして宜しいので?」

「実は司令官は、不覚の状態で有りまして」

「はい?」

「……現在、司令官は気絶をしております」


 始めて悔しさをにじませた言葉をヤンは口に出した。

 それはボーエンも同じである。

 どれ程、嘲笑されるのか、と泣きたくなった。


 が、敵兵の口からは一切の笑い声は漏れない。

 誰一人と無く、まるでその言葉が聞こえなかったかのように対応している。


「聞こえませんでしたでしょうか? あの、ですな……」

 屈辱的な言葉だが、もう一度言わねばなるまい、とヤンが口を開き掛けた時、相手の指揮官は手でそれを遮った。


「いえ、分かりました。今は伝言だけで結構ですので」

 そう言って床几に腰掛けるように進める。 

 敗軍の使者に対して馬鹿げて丁寧である。


 彼は自分から腰を下ろすことなく二人が腰を下ろすまで、待っている。

 鷹揚(おうよう)な男だと思いつつも、ヤンはその時になってようやく気付いたことがあり、刀を鞘ごと腰から外す。

 武装解除をしなくては、と考えたのだ。


 だが、その時。

 今までのんびりとしていた筈の敵兵達が、信じられぬ程に鋭い動きを見せた。

 指揮官の側にいた三人の敵兵士がハンドキャノンの砲口を二人に向けてきたのだ。


 流石のヤンもこれには動きが止まる。

 また、同じ動きをしようとしていたボーエンも恐怖で固まってしまった。


 しかし、指揮官こそ部下達に負けぬ素早さで彼らを右手で押しとどめる。

 指揮官が何事かを話すと、彼らは砲口を下に向け空気は元に戻った。


「いや、申し訳ありません」 

 指揮官の男が詫びてくる。

 二人とも面食らってしまった。

 この男、何故にこうも腰が低いのであろうか。何時でも皆殺しに出来るという余裕にしても、嫌味がなさ過ぎるのだ。


「彼らは武装解除の手順について、やや慣れていない面がありましてね」

 この世界における、とは巧は言わない。

 二〇五〇年代の人間が刀剣の武装解除の儀礼を知っている方がおかしい。

 

 事実この点は巧がきちんと説明をしていなかったのが悪いのであって、隊員達を責めることは出来ないのだ。


 ほっとしたヤン達ではあったが、次に信じられない言葉を聞くことになる。

「帯剣はしたままで結構ですよ。戦闘は終了しました。 

 此処からは対等に話しましょう。宜しく、ヤン・ホルネン殿」


 二人とも驚いて声も出ない、と言いたい所だが、やはり礼は言わねばならない。

 武人の名誉を守ってくれたのだ。

 しかし、この様な待遇など聞いた事もない。

「感謝します……」


 ようやく口を開いたが、そこまで言ってヤンは相手の名を知らないことに気付く。

 マーシア・グラディウスが交渉相手だとばかり思っていたのだが、そのマーシアは、と云えば、彼の後方に控えて身じろぎひとつしないのだ。

 

「失礼。お名前を未だ伺っておりません」

「ああ、そうでしたね。失礼しました。『タクミ・ヒイラギ』と申します」

「ヒーラギ殿?」

 ヤンの発音は「い」が長音になったが、気にする程の事でも無い、と巧は頷く。


 会見が始まった。

 結局、マーシアは席に着くことはなく、巧を後から見守る形である。

 まずは巧が口火を切った。

「実はですね。我々は有る人物からの依頼を受けてここに来ました」

「依頼? 何のことですか?」


「サミュエル・ルースという人物をご存じですか?」

「いいえ、知りませんな」

「元議員だと云う事ですが?」


 巧の言葉にヤンは少し考えていたが、ボーエンに誰か知っている者が居ないか尋ねてくるように言いつける。

 ボーエンは急ぎ、遠巻きにこちらを見守る兵士達の中に入っていった。



「それで、そのルースという元議員は何を依頼してきたのですか?」

 ヤンは顔も知らぬその男の名を呼ぶ時に『裏切り者か』と云う口調であった。

 それに対して、巧は今までの慇懃(いんぎん)さとは打って変わって口調を変え、露骨に相手を馬鹿にするような声を出した。


「彼の伝言は『裏切りを正して貰いたい』との事です」

「どういう意味ですかな!?」

 ヤンは自分自身に対して謂われも無き侮辱を受けた、と言わんばかりである。

 後方に控えるマーシアが一歩を踏み出さなければ、更に声を荒げていた処であった。


 彼女からの明確な殺意を感じ、冷や汗が流れる。

 死ぬことはともかく、あの光景はもう御免だ、と思ったのだ。

 

 マーシアはシナンガル兵を間近にしては正気が保てまい、と巧は考えてマリアンを表に出しておいたのだが、『巧の身が危うい』と感じた瞬間、マーシアの意識が僅かにだが表に漏れ出した。

 そして、ヤンを怯ませるには其れだけで充分であった。


 そこにボーエンが戻ってくる。

 確かにサミュエル・ルースは元議員であり、議会侮辱の罪で投獄されていたが、三ヶ月前の『奴隷農園襲撃事件』以来は行方が分からなくなっている、とヤンに告げた。


「身元もはっきりしたようですので、話を続けましょう」

 巧は余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)であった。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 早馬から遅れること四日、大量の貢ぎ物と共にドラークの下にもたらされた報告は、心臓の弱い者ならば、そのまま倒れてしまいそうなものであった。


 巧が『サミュエル・ルースの言葉』としてヤン十人長に話した内容はこうである。



   ********************


 元々、大陸の西側が統一される前、此処にあったスゥエンは確かに戦争に負けてシナンガルの軍門に下った。

 しかし、まだ戦える状態でシナンガルに下った理由は戦乱を一刻も早く終わらせるためであり、また国民として平等な扱いを約束された為でもある。


 処が現在、自分のような一部のものを除いて約束は反故(ほご)にされ、多くが奴隷に落とされている。

 これを『裏切り』と言わずして何というのか?


 よって自分はスゥエンの再興を希望するが、現在のスゥエンの発展を荒らしたい訳でもない。

 現在の要塞司令官が独立を宣言した上で奴隷を解放し、また奴隷となっている人民が逃げ込んできた場合に保護をしてくれるならば、シルガラの街道は四羽の鳥たちによって守られるであろう。

 その道を選ばないというのならば、サミュエル・ルースは軍と『鳥』を率いてスゥエンを頂きに参ることになるが、そうならないことを祈る。


 また、奴隷解放が成功してから三年後にはバロネットを通さない有利な条件でのフェリシアとの通商も認めると、フェリシア国王から約束を頂いた。

 証拠の品を『ごく一部』だが献上する。


 以上を約束してくれるのであれば、サミュエル・ルースは一生スゥエンに入る事は無い。


    *******************



 以上が、ドラークが受け取った報告の全貌であった。


 つまり、シナンガルに対して反乱を起こせ、と言っているのだ。 

 餌も充分であり、要塞からの報告ではマーシア・グラディウス配下の魔法兵器まで味方に付くという好条件である。


 スゥエンは要害に囲まれている訳では無いが、ローシャンやルーファンから見れば高地に当たる。

 段丘部も多いため、兵力さえ揃えば確かに十万で五十万を相手にすることも可能な戦場設定も可能だ。

 現在の農業生産なら、籠城してフェリシアからの援軍を待つ方法もある。


 その“援軍”というのが、空から「一瞬にして」シルガラの砦の城壁を破壊した鳥である。

 援軍としては充分すぎるほどではないか。


 だが、本当に独立を維持できるのか? そこが問題である。


 悩んだ末にドラークが選んだ答えは、“拒否”であった。

 その答えを前提に、大隊長九人を集め軍議を開いた。

 シナンガルの軍人としては当然のことではある。


 しかし席上、ハーケンを始めとする数名の大隊長が、相手への返答をすぐにするべきではない、と言いだしたのだ。

 理由は二つ。


 ひとつは破壊されたシルガラの城壁である。

 元々、四百年前の戦乱時代に立てられただけあって、小さな砦とは云え城壁は強固なものであった。

 それが一面の半分をあっさりと破壊されたという。

 シルガラは最早、要塞として機能しない。

 あの攻撃をスゥエンが受ければ、副首都ロンシャンからの援軍も間に合わない。

 時間を稼ぎ、こちらも『竜』を揃えるべきである。


 二つめは首都に連絡し、裏切った『振り』をして魔法兵器の秘密を探るか、或いはその物を奪取すべきではないか。


 という意見であった。

 一応に筋は通っているが、ドラークにはこの男達がシナンガルを裏切らないという保証がない気がしてきた。


 それほどに甘美な条件だと思う。

 特に彼ら大隊長個人宛にも、僅かながら貢ぎ物がなされている。

 自分が見た品と同じものが混ざっているなら、誘惑に抗えない者が出ても不思議ではない。

 フェリシアと組むことで独立が成るなら実入りは大きいのだ。


 しかし彼らが本気で援軍の事を考えているとしても、三日では首都まで駅伝跳躍を使っても往復がやっとの時間である。

 時間稼ぎですら、やらぬよりはマシといった程度であろう。


 それにドラーク個人にとって一番大事な事は、裏切りが出れば自分は殺されるであろうし、上手く行けばいったで『あの』マーシア・グラディウスから個人的に恨みを買う可能性が高いという情況だ。


 いずれにせよ、ドラークにとっては悪夢のような事態であった。



サブタイトルは、言わずと知れた日本SFの重鎮、星新一先生の「誰かさんの悪夢」を使わせて頂きました。

小松左京氏や眉村卓氏にどれだけ影響を与えたのでしょうか。

子供から大人まで様々な視点で読ませる作品を1001点書き上げたというだけではなく、日本のSFのレベルの高さを世界に知らしめた方でもあります。

1970年初頭の長編「声の網」などは完全にインターネットの到来とそれによる情報管理社会を予測した、いや、これからの社会すら予言している気がします。

ディックもハインラインもクラークも素晴らしいですが、やはりこの方の文章に心が引かれる自分がいる事を決して否定できません。

今こそ、という感じで世界中何処ででも読まれているのも納得できます。

因みに、ミーハーな私のお気に入りは妄想銀行収録の「鍵」です。

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