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星を追う者たち  作者: 矢口
第五章 地球の風、カグラの嵐
52/222

51:無節操、その他

 地図上でノルンとビストラントの間には赤く示される場所がある。

 この地域には不思議と魔獣が生息しない。

 といって人間が住める様な場所でもないのだが。

 ともかく、地図上の赤で示された全ての地域とは言わないが、バルコヌス半島・南西諸島とポルトの間を通るだけの回廊は確保されている。

 (まれ)に魔獣に襲われることもあるが、対策次第と言えるであろう。


 では、シナンガルは何故、海からフェリシアを攻めないのか?

 まず第一に、シナンガル自体が陸軍国であることが上げられるが、何よりの理由はポルトを母港とするフェリシア海軍にある。


 ポルトにあるフェリシア海軍は、総員三千人、船籍が最大一千トンクラスの高速戦艦二十隻と残りは百~~三百トンクラスのコルベット・フリゲートクラスを百隻程度を保有している。

 全て、大砲を装備した戦列艦である。

(戦列艦=舷側(げんそく)に大砲を装備した帆船)


 因みに一千トンの帆船というとイギリスのカティサーク、百トン前後だと、アメリカ大陸発見のサンタマリア(百二十トン)などが有名処であろうか。


 また、国内通商も同時に行っておりノルン本大陸から首都フェリシアのあるインタカレニア半島部の間を自由に行き来している。


 その操船術は海賊の警戒を行うこともあって、シナンガル人が対抗できるものではない。

 インタカレニア半島を南部から迂回して直接セントレアに入る船やアトシラシカ山脈北東部平原から物資を運ぶ船も多いのだ。

 波の穏やかな内海だけを活動の場にしている訳では無く、その操船技術は高い。


 当然のことながらノルンの南部海岸には警戒網も多く敷かれており、このあたりの海軍は四つの港に一千トンクラスの高速艇(クリッパー)を一~二隻配備している。

 ラボリアの南で捕まえられなくても、沿岸航法しか確立されておらず、岸を見ながらでなければ航海は出来ないシナンガルの船を捕まえることは容易い。


 各岬の灯台で発見すれば、狼煙(のろし)水晶球(スパエラ)の連携を使い、どの様にでも連絡は可能だ。

 近くの艦隊ですぐに対応できるであろう。



 しかし、南西諸島が統一されたと云うことであれば、話は変わってくる。

 南西諸島の軍船と闘えば、そのフェリシアの海軍ですら鎧袖一触(がいしゅういっしょく)で蹴散らされることは間違いない。

 (鎧袖一触=鎧の袖が一瞬触れただけでも相手を撃破する、との意味)


 彼らは沿岸航海に頼らない本物の大洋航路活動が可能な能力がある。

 船舶の造船力が違う。操船力が違う。

 そして何よりも、洋上での白兵戦になった時の戦士の質がまるで違うのだ。


 南西諸島民の航海術はすばらしいものがある。

 ビストラントの東側の諸島群まで出向いて、様々な鉱物や植物を手に入れてきた。

 例えばコーヒーもそうである。

 また、胡椒も南西諸島でしか取れなかった時期があり、この頃は戦乱地ではなかったため殆どをフェリシアに買い取って貰っていた。

 交易の為の航路を守る正当な海軍である事は、何より強くなるための条件であろう。



 そして、『マハン理論』に従って考えるならば南西諸島の王こそがいずれはカグラを支配する王になるのかも知れない。

 (マハン理論=ものすごく大雑把に言うと『陸軍国は海軍国には勝てない』という理論:但し重要な点は上記の様に、その海軍が『何のために』存在するのかによって決まる)


 ともかく、その潜在的な驚異を秘めた国家の『実質的な王』、それがエレコーゼ・オベルンである。

 自らを『ボトム』即ち、「下っ端」と名乗る。



    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 巧達は魔導研究所にオベルンを迎えた。 


 ルースとの会見から二日後のことである。

 ルースからはオベルンについて様々なことを聞いたが、聞けば聞くほど只者ではない。


 十五歳頃には既に、剣では周りには敵う者が居なくなっていたらしいが、それ以上に恐るべきは、その頭脳である。

 様々な戦術、時には『時間』を使った戦略まで生み出し、南北に三千キロメートルという海洋域を一つの国家として(まと)めてしまったのだ。

 政策に携わる様になって僅か十三年での事であったという。


 海を押さえることを可能としている新国家は侮りがたい。

 何より二百年間闘い続けてきただけ有って一人ひとりがシナンガル人どころの戦闘力では無い様なのだ。


 敵に回った場合、操船力だけではなく陸上での戦闘力も考えて、洋上で撃破しなくてはならない相手と考えるべきである。

 船舶の数から考えると、A-10を数機揃えてようやく全船舶の撃沈可能と云った処であろう。

 それでもポルト近隣にある数百の島に隠れられたら、どれだけ時間が掛かるやら。


 また一千五百万人のうち、戦士層が二百万人と聞いた。

 人口比で云えばシナンガル処ではない超軍事国家だ。

 一時的にではあるが、全ての攻撃機や戦車、RGP兵が彼らの驚異に対応しなくてはならなくなる。

 海からの攻撃と云う事は、平野の多いフェリシアの大抵の海岸には上陸できると云うことなのだ。


 兵員輸送や補給の問題もある為、杞憂に過ぎないと思うが、この世界のことは実際何も分かっていないのが巧である。

 心配の種は尽きない。




 先だって聞いた話では、敵意はないと云うことだったのだが……。

 と、巧が思いを巡らせていると、係員に案内されてオベルンが入室してきた。


 巧とヴェレーネは立ち上がって彼を迎えた。

『対等な立場で』と彼が言っていたことを尊重したのである。


「ありがとう御座います」

 巧達が立ち上がったことの意味を理解して、オベルンは礼を述べた。

 会談は、まずまずの滑り出しと言えただろう。


「交易と云う事でしたわね?」

 ヴェレーネが尋ねるとオベルンは頷いた。

「はい。当方としては、関税を含めてきちんと話し合った上で、互いの生産者の生活を壊さない範囲での交易を求めております」

「?」

 ヴェレーネには少し分かり辛い様だ。 これは仕方ない。

 この世界では、隣の国との貿易は自由人(バロネット)に一任されているのだ。


 代わって巧が発言を求めた。

「つまり、部分的に自国の産業を保護できる貿易協定を結びたい訳ですね」


 巧の言葉にオベルンの顔が上気する。

「そうです! いや、素晴らしい! 

 本国でも私の言うことを理解させるのに随分苦労したのですが、これ程早く話が通じるとは!」

 実に嬉しそうである。


「規制品目をリストにして出して頂けると助かるのですが、後は希望する関税率ですね」

 巧がそう言うと、彼は嬉しそうに鞄から書類を数枚出した。


 目を通す前に、巧は確認を取る。

「何故、自由人(バロネット)を通してはいけないのでしょうか?」


 オベルンは書類を持ったままに質問に答えるが、その目はヴェレーネを見据えている。

 巧の発言の意図する処を捕らえてくれた様だ。

 ヴェレーネに説明してくれ、と云う意味であったのだ。


「商売をすることで、彼らは、『彼ら自身』さえも幸福にはしていません。

 商売とは、売るもの、買うもの、そしてその周りにいるもの、三方が皆、幸せにならなくてはいけません」

「どういう事でしょう?」

 ヴェレーネは不思議な言葉を聞いた為、混乱している。

 だが巧もまた、ヴェレーネの困惑など比較にならぬ程に驚いていた。

 これは、巧の国において大手商社や財閥となった『近江商人の家訓』そのものではないか。


『売り手良し、買い手良し、世間良し』の考え方。

 売った方も買った方も納得するだけでなく、その商売が世間に与える影響も良いものでなくてはならない。

 そのような意味である。 

 一九二五年以降の学者によって分かり易く『三方(さんかた)良し』と名付けられた。


 極端な例を云うならば、『いくら双方が納得しても社会が許さない取引は出来ない』と言う意味も含み、商道徳を家訓として近江出身の多くの商人は商社・財閥にまで上り詰めたのだ。 

 有名処では○紅やM井などがある。


 オベルンは自説を披露できる機会がやって来たことを喜んでいる様であり、熱っぽく語り始めた。

「自由人達は、商人から委託された商品を『交易地』で取引して手数料で生きています。

 そうですよね?」

「ええ」

 ヴェレーネとしては何が始まるのかと、不安である。


 オベルンは続ける。

「それでですね。 高く売れれば『手数料』が多く入る訳です」

「それに何か問題が?」

「大ありです!」

 オベルンはコーヒーを例に出してみた。


 コーヒーは、熱帯の作物であり、地球でもコーヒーベルトと呼ばれる赤道から南北二十度、即ち回帰線(太陽の通り道)までの高地で、なおかつ雨量の多い所のみに生える。


 一度栽培に成功すれば、生命力が強いため時には過剰と言えるほど収穫が可能だ。

 因みに、巧の国では最南端の県が試行錯誤をしてようやくこの三十年で商品化に成功したが、やはり味は後一歩である。

 北緯が三十度では苦しい。


 カグラの場合、太陽に対する傾きが地球より弱いため、更に条件は厳しい。

 首都セントレア南部の高地がやっと引っかかる程度で、後はポルトの真向かいにあるフラ-ティアという島での栽培で、輸出分までまかなっている。

 フェリシアでは紅茶を飲む人の方が多いが、栽培域が北に広い紅茶も余り気味な程だ。


 さてそのコーヒーであるが、収穫量が少ないとは云ってもフェリシアでの需要のバランスもあり、さほどの高級品という訳では無い。

 シナンガルにもかなりの量が援助物資の中に入れられた上に、自由人を通じて売買は行われている。


 南西諸島にも高地はあり、そこでもコーヒー栽培は行われていた。

 戦乱のため、殆ど止まっていた様だが、今度シナンガルにも輸出を考えているという。


 唯、シナンガルは南西諸島に対してシナンガルへの『隷属』と『亜人奴隷』の供出を求めてきたため、交渉は暗礁に乗り上げているという。

 十万人に満たないが南西諸島にも亜人は存在するのである。


「それでですね。そのコーヒー、自由人は二百グラムを(いく)らくらいで売っていると思いますか?」

「二百グラムですか? そうですね。国内ですと確か、八百グルド(一グルド=一円)くらいですかね」

 ヴェレーネは紅茶派なのでやっとで思い出していると云う感じだ。


 一グルド=一円として考えると二百グラムで八百円はドリップ用の粉コーヒーとしては標準であろう。やや高いかも知れないが、別に暴利と言うほどではない。

 巧はこちらに来て金など使ったことはないが、フェリシア軍からお裾分けされるコーヒーは中々に美味かった記憶があり、輜重(しちょう)兵も、

『気に入ったならどうぞ』と一キログラム程の袋を置いていった。(輜重=補給)

 特に暴利を貪れる商品ではないであろう。


 が、オベルンは溜息を吐く。

「あのですね。シナンガル内部でのコーヒーの卸値は二百グラムが四千グルドです」


「「四千!!」」

 五倍ではないか、と二人は驚く。

 そんな馬鹿な、と言いたかったが、自由人の行動は犯罪以外全てフリーなのだ。

 だからこその自由人(バロネット)の称号なのだが。


 オベルンの話は続く。

「要はですね。高く売れれば自由人にはそれだけ手数料が入る訳ですが、

 結局、彼らは安物を高級品と騙して売っている様なものなんですよ」


 やっと巧が口を開く。

「しかし、それで相手が損をしているのは分かりますが、彼らも不幸とは?

 それに世間も不幸であるとでも言わんばかりですよ」


「良いところに気付きましたね。その通り、彼らも社会も不幸です。

 もうけているのは一部の商人とそして、両国の『議員』です」


「議員!」

 見逃せない言葉が出てきた。 

 議員が自由人の取引に荷担して暴利を貪っている。

 どういう事なのだ?


「これは、あなた方の国で違法に当たるかどうかは知りませんが、

 不道徳であることは間違い有りません。 

 何より、戦争を長引かせる要因にもなっているかもしれ無いんですよ」

 そう言ってオベルンは話を始めた。



    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 フェリシアの王宮には王族と呼ばれるエルフが現女王を除いて四名居るが、日頃は彼、或いは彼女らは王宮に居た(ため)しがない。

 殆どが自分たちが次期王位に指名されることを嫌っているためである。

 因みに現在の処、王族は女王からの認定制であり血統主義ではない。

 血縁が認定されることも当然あるが、今のところ血縁で認定されているのは一人だけである。


 早い話が、女王以外の王族は自由気ままな一般市民として市井に紛れて生活している訳である。

 魔法を使って変装もしているであろうが、取り敢えず名前だけは知られている。

 顔も良く知られている人物も半数は居る。


 彼らが王宮に何時(いつ)入り、何時出て行くのか。

 或いは、今年の内にそのようなことがあったのか、無かったのか、と云うことは王宮の門衛の口から上がる言葉が世間に広まるまで待つしかない。


 別段、隠しもしないが発表もしない、と云うのが王宮のスタンスである。


 一人は当然のことながらヴェレーネ・アルメットである。


 彼女は代行職を受けた時点で準王族に認定された。

 王位継承権は現在彼女にしかない為、これが諮問院の悩みの種である。


 二人目は女王の姉、パトリシア。

 彼女は八百屋で若女将になっている。彼女が王族と気付くものは居ない。


 三人目はフィルギア。

 男性彫刻家であり、ヴェレーネ以外には最も名が知られて居る。

 諮問院では次代の王を彼に希望するものも少なくはない。


 四人目はハミング。

 未だ十五歳にならないエルフ。見た目十歳前後の少女であるため、そこいらで遊び回っている子供にしか見えないが、彼女は民間伝承の『神話』を拾い集めており、それをどう体系づけるかに夢中である。

 魔導研究所にも籍を置いている。


 二人目から四人目までの三人は()うならば万が一のためのスペアであるが、女王としては日頃からそれに縛られずに済む様に、日頃は彼、彼女たちに好きにさせている。

 ヴェレーネこそが良い迷惑であろうが、三人のうち先に挙げた二名は政治的、社会的見識はともかく、魔力は特筆するものがないため止むを得ない面もある。

 ハミングは逆で、魔力は充分だが政治的素養が不足しすぎている。

 王宮においては、政治力は当然ながら同時に魔力を必要とする仕事がどうしても出て来る場合があるのだ。


 しかし、王族全員が集まるなど何年ぶりであろうか。

 ハミングが生まれる前、シナンガルがラインを強行突破しようとした時に集まりを持ち、今後の外交方針を定めて以来は生まれていなかったハミングはともかく、その他三名は各自が気ままに生きてきたのだ。


 議題はヴェレーネから持ち込まれた。

 まずは、新国家の承認である。


「承認ってのが、よく分からないな。勝手に独立して名乗れば良いんじゃないのか?」

 フィルギアは、全体的に『白い』としか形容のしようがない。

 すらりとした長身に白い髪、まつげまで白く、瞳の色は銀である。

 その上好んで白い長ローブを羽織っているため、真っ白なのだ。


「あんたね。お隣さんとの付き合いには何事もご挨拶ってのが必要なの!

 これだから世間知らずは困るわねぇ。 

 旦那もいつも言ってるけど、『若い奴らは礼儀を知らん』ってホントだわ」

 パトリシアはその長い金髪をたくし上げ、後で結っている。

 仕事の邪魔にならぬようにしているのであろう。

 女王にも負けぬ美しい容姿とは対照的に『町の女将さん』の風情であり、今も庶民の服に前掛け姿である。

「とにかく、早くしないと旦那が仕入れから帰ってくるんだから、急ぎましょ」


「ねーちゃんの旦那、ねーちゃんより四百歳は若いだろ! ねーちゃんの方が(ばばあ)じゃん」

 緑のワンピース姿で、エルフと言うより獣人にしか見えないハミングが突っ込む。

「こう云うのは気持ちの問題なのよ。 

 そう云う事ばっかり言ってるから、あんたが探している神様が見えないのよ」

 パトリシアはハミングの頬をつねり上げた。

 ハミングは『あうあう』という感じで涙目になる。


 出だしから無茶苦茶になり、会議の様相を見せていない。

 先にも話したのだが外交の最高決定権は『王室』にある。

 その最高会議が、これ、なのだ。


 ヴェレーネはこめかみを押さえた。

 

「静かに!」

 女王の声が全員を収めた。

「国家の大事に関わる事は、あなた方に与えられた責務です。 

 特にパトリシア、フィルギア、あなた方御二人。

 わざといい加減な態度を取って追い出されようとするのはおやめなさい」

 厳しい一言である。

「でもティッ……」

 パトリシアが反論しようとしたが、女王は毅然とした態度を崩さない。

「此処で、私の名を呼ぶことは許しませんよ」


「分かったわ。要は相互承認をしようって訳ね」

 いきなり、パトリシアはまともになった。

 同時にフィルギアも態度を変える。

「この世界では例がないが大使館でも置くのかい?」


 ヴェレーネは驚く。


 巧に揶揄(やゆ)された後、慌ててエルフリーデの記憶や自分自身が地球にいた頃の体験から『大使館』や国家間の『相互承認』という概念を確かめたのだが、この二人が其れを知っているとは思わなかったのだ。

 相互承認とは二ヶ国間で互いを『独立国』と認め、対等な関係を結ぶことである。

 カグラにも当然それに近い考え方はあるが、軍事力の強弱で、その対等性は常に揺らいできた。

 はっきり言えば『有名無実』という奴である。

 大使館など設置されたこともない。


 ヴェレーネは六十年前に行われたシナンガル侵攻時に同じような会議が開かれたことを思い出した。

 但し、あの時はマーシアのお陰で大事に至らなかったこともあり、この二人の為人(ひととなり)を捕らえることは出来なかった。

 またヴェレーネ本人も『眠り』から醒めたばかりであり、自分の名前の他は王宮に使える身であることや、その他の科学的技術、セムの存在以外は殆ど忘れ去って居たというのが当時の実情である。


 ヴェレーネは考える。

『我々には』、いや、この世界には秘密が多い。

 特にエルフが幾ら長命とはいえ、三百年以上を生きているのは此処(ここ)に居る女王、パトリシア、フィルギアの三名だけであろう。

 下手をすればこの三人、建国の頃にはもう生まれていたのでは、と思う事もある。

 

 王族に承認されると云う事は、その潜在的な寿命の長さから歴史的真実を多く知ることになる。

 其れを『管理する』、という意味合いもあるのだ。

 特にハミングは精神的に未だ『子供』を過ごしたがる傾向がある。

 このような会議は彼女の意見は聴けなくとも、彼女に学ばせる場にもなる。


 ハミングは歴史の重さに耐えられるであろうか。

 自分が現女王の跡を継ぐにしても、その治世は長くはあるまい、次代はかなり高い確率で彼女に全てが託される。


 或いはもう一人……。


 何事にせよ、忘れ去られた歴史も多い。そこには危険な真実が隠されている。

 その点の幾つかはヴェレーネの記憶の底にも存在はしている筈ではあるが、未だ彼女は思い出せていない。




「ともかく、二ヶ国の承認をどうしますか?」

 フィルギアが女王に向けて問い返す声でヴェレーネは我に返った。


「生まれたばかりの国家。いや、一ヶ国は、これから生まれる国だ。

 しかも成立条件が厳しすぎる。

 軍事同盟が必要になるんであろうが、援助は可能かな?」


「後背を押さえて引っ掻き回さなければ、こっちはいずれ奴隷だからねぇ。

 出来るのならば、やらざるを得ないでしょ。 

 方法がないなら最後の時にはシナンガルの連中の一万位は道連れにしてやるけどね」

 パトリシアとしては前向きな様である。


「ヴェレーネ」

 女王が現状の戦力報告と今後の戦略方針をヴェレーネに求める。


「まず、国家承認は両国に行うという前提で始めて宜しいのでしょうか?」

 ヴェレーネの言葉に全員が頷く。


「では、」

 そう言って、軍事的方針の説明を行う。

 ボトムの話に嘘がないこと、敵意のないことはヴェレーネの能力で確認済みであるため全体としては問題は無かったが二つ、三つ女王から修正が入る。

 

 そして、その中でヴェレーネから示された巧の案は女王以外を驚かせた。

 フィルギアは、

「それは、えげつなさ過ぎる」

 と言い。


 パトリシアは、

「ご近所さんにこんな事やられたら、うちは店を畳んで首都から逃げ出すしか無くなるわ。って言うか逃げるのも一苦労よね。これ……」

 と顔を引きつらせた。


 ともかく国家承認と通商条約、軍事同盟に付いては承認が成された。

 外交問題であるため、議会には『報告』で終わる。


 翌日は新たな議題が話し合われたが、この日の議題結果の発表がなされた時、セントレアは大混乱に陥る事となった。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 一週間後、首都にある四つの広報組合、地方からの十二の組合の支部から記者が集められた。

 地球で言う、所謂マスコミである。


 フェリシアのマスコミは過去に一商人、或いは有る一部議員に関して都合の良い報道を続けたことがある。

 その情報により議員やそれに連なる商人は巨利を得たが、しわ寄せは庶民に行った。

 王宮からは幾度かの警告があったが、警告を無視して情報操作を続けた結果、一つの組合の社長以下十数名が『死刑』に処せられたことがある。


 王宮の超法規権による武断が行われた唯一の例であろう。

 それ以来、彼らは情報の危険性というものをきちんと把握している。


 民主主義の根幹は『正確な情報』である。と云うことを王宮は常々国民に啓発している。

 マスコミの情報発信力の濫用は軍隊より危険で有ることを王宮は理解しているのだ。


 未だに私的に使用する者が居ない訳ではないが、それらの摘発は魔導研究所により常に行われており、広報組合は文字通り『命がけ』でこの仕事に就いているといえる。


 反面、金銭的にはかなりの高給取りである。

 理由としては、金銭に困って不正に手を出さない様にということである。

 収入方法としては王宮により生産穀物の地方配布を受け持っており、情報配布と同時にそれを行うことで高額な対価を受け取っている。


 それだけに国家に対して害を成すものには『死罪』以外の判決はないのだ。


 誤報も、死罪とは言わないまでも厳しく罰せられる。

 悪意があったかどうかについても、ヴェレーネの様に記憶を読める裁判官によって二重三重にチェックされる以上、まず間違いは起こりようがない。



 そのような訳で彼らが王宮に集められることなど、()うにあることではない。

 有るとすれば『告発された』死罪対象者が出る時のみである。

 全員が引きつっていた。


 が、内容としては一つの新国家の承認と通商条約の締結と言う。

 聞き慣れ無い言葉ながらも自分たちの摘発ではないことが判り、一安心すると冷静に質問を出していく。


 王宮の広報官は、アレンカ・ブルダという研究員である。

 ヴェレーネとしてはカレルが居てくれたなら、と思ったが、こればかりは仕方ない。


 一応に他の二名も居り、フィルギアは素顔でパトリシアはヴェールを被ってヴェレーネと共に後方の席に控えている。

 パトリシアは明日には『八百屋の女将』に戻るのだ、素顔をさらけ出す訳にも行くまい。



 承認される新国家の名は、『ラキオシア王国』(かっ)て「南西諸島」と呼ばれた一帯。

 領海を含めた国家領域は南北に三千五百キロメートル、東西に二千キロメートルの一大海洋国家である。

 また、ビストラントから西の海における赤道以南の治安維持権はラキオシア王国の海軍に其の主権を認める事となった。

 両国は対等な関係として国交を結ぶことになる。

 

 そして聞き慣れぬ言葉だが、二ヶ国は『平和条約』を結んだのである。


「『平和条約』とは何でしょうか?」

 組合員の一人の質問にアレンカは答える。

「期限を区切ってですが、条約の成立期間中は絶対に武力行使を行わない、と言うことです」

「では、期限が切れたなら、開戦ですか?」

 場がざわめくが、

「いえ、違います。条約は相互の承認で十年ごとに延長していきます」

 アレンカの返答に組合員全員がほっとした表情を見せた。


「続いてですが、ラキオシア王国とは『通商条約を締結いたします』これにつきましては、市民の生活に問題が出る様でしたならば、議会で話し合った後におきまして条件を変更することになっております」

「通商条約?」

 再びフェリシアの人々には耳慣れない言葉である。


 外国、と言ってもこの世界では今まで外国とはシナンガルしか無かった為、仕方無いと言えば仕方無いのだが、そのシナンガルとの取引は商人資本を出した上でバロネットを通じて行ってきたのだ。


「バロネットに、何か新しい『権利』が与えられると云う事ですね?」

 と、当然ながらも質問した組合員に対して、誰もが予想もしない答えが返ってきた。


 アレンカは一旦後を振り向いたが、ヴェレーネが頷いたのを受け、意を決した様に発言した。


「バロネットは、外国との商取引の権利を全て凍結します」


 この言葉に場は蜂の巣をつついた様な騒ぎになった。


「どういう事ですか?」

「バロネットから不満の声がでるのでは?」

「取引が成り立たなくなりませんか?」

 会場は熱気に包まれる。


 ライン攻防戦における劇的な勝利、シエネに現れたと言われる巨人、シナンガルからの拉致被害者の救出成功、南部の魔獣の活性化、石壁の建設、飛行する謎の新魔法兵器の噂など、ここ数ヶ月はスクープの嵐で新聞の売れ行きは飛ぶ様である。

 ここに来て更に部数倍増となるかも知れないネタが王宮から正式に出されたのだ。

 質問にも次第に熱が入る。



 バロネットが過去にシナンガル相手に行った商売は確かに合法ではある。

 しかし、度を過ぎた利益の追求が今回のシナンガルとの関係悪化を招いた一因とも言える可能性が高い。


 シナンガルは嗜好品作物に関しては技術が低いのである。

 また、その他の生活必需品の質もフェリシアの方が断然に高い。

 それらの取引で暴利を貪ったことで、その技術を多く保持するフェリシア国民を奴隷にしたがる欲求が生まれる一因となった可能性はある。


『彼らの商取引は違法ではないが危険である。

 罪には問えないが今後は権利を一時凍結する』

 これが王宮の公式見解であった。


 その上で、その商取引に関連した議員名を国会、市会問わずに公表した。


 そして彼らの内でも更に悪質なものは、国境『交流地』に置いて、国内で禁止されている『賭博場』を開設して、自由人の稼いだ手数料を吸い上げるシステムを作り上げていたのだ。

 只でさえ、一か八かを好む自由人(バロネット)達である。

 博打に目がないものは数多い。 

 賭博場は大盛況になるに決まっている。


 彼らがシナンガル相手に得た暴利とも言える手数料は、そのまま議員の懐に飛び込んでいったのだ。


 これらの問題解決のために地方選挙から開始され国政選挙まで順を追って行われることが発表されると、王宮内の広報室水晶球(スパエラ)の前には本社への連絡を行う広報員が列を成して、その使用順番の取り合いになったのである。



サブタイトルは前回も書いた、スコット・カードの「無伴奏ソナタ」のパロです。 

扱い酷いなぁ。 

暗すぎて鬱にはなりますが、嫌いな作風ではないので悪意はないですよ。

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