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星を追う者たち  作者: 矢口
第五章 地球の風、カグラの嵐
49/222

48:たった80

久々に噂には出る、あの人の出番です。

 巧とヴェレーネは珍しく二人揃って、三十式警戒偵察車両の中で仲良く大笑いしていた。


 全く別口でだが、アルボスと五十嵐から似た様な通信が入ったのだ。

「せっかく始めた共同作戦で、いきなり相手を侮辱してしまった。

 どうすれば謝罪を受け入れてもらえるだろうか?」

 ほぼ一言一句変わらぬと言って良いほど同じ内容である。


 巧はアルボスには無線を聞いていた全員の前で五十嵐を一発殴って置くように言った。

 五十嵐には、こちらの人間は一発殴れば忘れるから、と言っておく。


 五十嵐は、それで良いなら、と納得して無線を切った。


 反面、慌てたのはアルボスである。

 五十嵐は良くやってくれたと思う、と彼の弁護を始めたが、

「それなら上官侮辱で懲罰房に入れるぐらいですませますか?」

 と訊いたため、巧の意味する所が分かって納得してくれた。


 つまり巧は、作戦開始後の上官命令への反抗ではなく、階級は関係無しの『ケンカ』で済ませろと言ったのだ。

 現時点では、戦力的に巧達の方の立場が強い。

 立場の強い方が頭を下げた方が事は丸く収まるのだ。


 また、五十嵐は一時的にとは云え、納得の上でアルボスの下に付いた。

 何よりアルボスの階級を地球に当てはめれば、中将か少将には当たるであろう。

 合理的でもあるし、中世感覚の支配する部分もあるフェリシアにおいては感情的にもアルボスの部下達も納得する。


 現時点では『単騎』で、この世界に来ている五十嵐は部下への面子など気にもならない。

 何より彼は、正規軍人であり、階級と命令系統の意味をきちんと理解しているのだ。



 しかし、笑いながらも実の処、巧もヴェレーネもほっとしている部分が大きい。

 事が大きくならずに済みそうだったからだ。


 地球でも人前で怒鳴られることをタブーとする民族は数多く存在する。

 それを恥辱として『殺人』にまで発展し、逆にそうしなかった場合の方が社会的に信用度は下がるという考え方である。


『名誉殺人』と呼ばれる風習だ。


 中東価値観における女性の貞節絡みの殺人がクローズアップされることが多いが、そのような事例だけではない。


 現在ではアジア・アフリカにのみ見られるが、四百年前なら巧の国や北方ヨーロッパでも普通の考え方だったのだ。


 フェリシアにはそのような風習はないが、文化の違いからどんな仲違(なかたが)いが起きるか分からない。

 今後、気を付けるべき事項だとヴェレーネと共に話し合った。


 知れば巧達は感謝したであろう事がある。

 ハインミュラーが五十嵐に汚名返上の機会を与え、事が荒立つのを防いだのだ。

 だが、現時点でそのことを巧達は知らない。

 (もっと)もハインミュラーも尊敬されたくて事を行った訳ではない。

 彼にとっては仲間の絆を守ると云うことはごく自然な行為なのだ。



    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「という訳で、お礼に伺いました」

 アルボスと五十嵐が揃ってハインミュラーの下へ訪れた。

 五十嵐は左目の下に青あざを乗せている。


 テントでくつろいでいたハインミュラーの側にはエルフ三人娘が揃っており、ハーレムを形成していた。

 老虎に(かしづ)く、雌虎の群れである。


「なんで、儂に『礼』なのかね?」

 ハインミュラーはとぼけ顔でアルバに差し出されたコーヒーをすすったが、それを見た五十嵐が首を左右に振った。

「ご冗談を。御自分でも間に合った上で、私に後始末を任せて下さいました」

 尋ねているのではない。断言した。


「随分、自信たっぷりだな」

 ハインミュラーがわざとらしく驚いた様に言うと、

「敵の戦車の動きを見ていると相手が何を考えているか分かる。

 そういう時って有りますよね?」

 五十嵐はそう返す。


 これを聴いてハインミュラーは笑い出した。

「おまえさん、怖いね。

 そりゃ、殺しを生業(なりわい)にしたことがある奴でないと分からん感覚だぞ」


 五十嵐は、再び否定する。

「違いますよ。うちの国は基本的に自分からは撃てないんです。 

 ですから、相手の機体から感情を読み取らないといけないんですよ」


「なるほど。まあ、いいさ。 

 ともかく礼は不要だ。遠くに逃げる奴を撃ち漏らして恥を掻きたくなかっただけだ」

 老人は最後までそう言って突っぱねた。



 老人のテントを出るとアルボスが五十嵐に訊いてくる。

「自分から攻撃できないって?」

「ええ、変な国だとお思いでしょうね?」

「いや、うちも同じなんだよ。それとプライベートは敬語抜きで頼む」

「根に持って、ずっと敬語ってのも面白そうですな」

「勘弁してくれ……」


 二人は並んで、そのまま酒保(しゅほ)(売店)へと向かう。

 地球ではPOST・EXCHANGEを略してP・Xと呼ばれるが、フェリシアでは大分(おもむき)が違う。

 先の大戦中の巧達の国の様に、酒保の隣は簡易の酒場も兼ねている。


 取り敢えず飲んで話そう。と云うことになった。

 長い戦いになるのだ。張り詰めっぱなしは良くない、とアルボスが言う。

 地球にいる時なら考えられない行動だが、五十嵐も異議はなかった。



    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 実際、アルボスの言う通りになった。

 一月(ひとつき)経って九月も半ばを過ぎたものの、東部主力部隊は二百キロと進めていない。

 東の方は森を含めては南北に二百キロ近い距離があり、アルボス直轄軍の総員は二万人にまで増えたものの、取りこぼしがあれば問題である。

 西に向かうにつれ南北距離は更に広がっていく、つまり捜索・討伐範囲は大きくなるのだ。


 南東部の森はマーシアが巡回を行い、ハティウルフ四頭を倒し、また激戦の末ドラゴン一頭を倒した。

 

 その時分かったのだが、竜は完全体でも連続しては六十キロ程しか跳べないようだ。

 多分、重力に対する筋力や体重との関係であろう。

 巧達の世界でも、同じ理由で飛べる鳥のサイズは限られている。

 何にせよ、森の南北が百五十キロ以上あるのだから、中間層から飛び立たせなければよいようだ。


 それにしても、あの巨体が〇,八Gとはいえ『飛べる』事が異常なのだ。

 そこも科学的に突き詰めれば必ず何らかの根拠があるに違いないと巧は考える。

 場合によっては、楽に倒す為の弱点を見つけることにも繋がる可能性は高い。

 マーシアですら危機一髪の場面が何度かあったとマリアンから聞いて巧は肝を冷やした。

 しっかりと推理を巡らし、弱点を探る必要がある。


 その巧達も、ハティウルフの半分ほどに大型化したヘルムボアを二頭、ハティウルフを二頭仕留めている。


 また五十嵐は飛行中の竜を二頭『撃墜』した。

 残念ながら、今のところミサイルは殆どロックオンしてくれなかったそうだ。

 画像認識の為のデータは不足。

 熱源探査方式では流れる空気で本体が冷やされる為であろうが、熱源が小さすぎて捉えらない。

 他にも電波探査方式ではすぐに 目標をロストしてしまうと云うことで、索敵装置(シーカー)のロックが不安定極まりない、と五十嵐はぼやく。

 が、直後には『まあ、ドグファイトも悪くはないがね』と暢気な返事もしていた。


 戦車隊は今のところ成果無しである。


 西部も依然変化無しであるため、此処まで合計で十三頭と云うことになる。

 ペースが遅すぎる。

 ヴェレーネの話では最低でもハティウルフ前後の魔獣が八十頭は出るという話だ。

 後、七十頭は仕留めなくてはならない。


 誰もが焦っていた。

 四ヶ月後には、六十頭前後の翼飛竜と共にシナンガルの再侵攻があり得るのだ。



    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 そんな中、またしても『あの男』が現れた。


「はい、巧さんお久しぶりです」

「今、忙しいんだ! 引っ込んでてくれ!」



 森から飛び出してきたハティウルフを撃ち殺した巧は、もう一匹の気配を捉えられなかった。

 側面から襲いかかられて格闘戦になる。

「レーダーに引っかからないほど微妙な動きしやがって!」

 熱源探知も効かなかったのには驚いた。

 多分、二匹が重なる様に行動していた為、巧が見逃したのだろう。

 相変わらずの間抜けである。


 取り敢えず正面から首を押さえることに成功したのだが、暴れ方がものすごい。

 チューンナップと軽重力の力を借りているとは云え、素材強度の問題であろう、オーファンの腕が千切れそうである。

『関節部分から妙な音がしてやがる』

 そうやって巧が焦りきっていた処、不意にコペルが現れたのだ。


 いきなりハティウルフの背に現れたので心臓が止まるかと思うほど驚いたが、平静を装う。

 この男が『化け物』だと聞かされていなければ、放心して獲物を取り逃がしていた処であったろう。


「コペルさん。悪戯が過ぎるぜ! 今、取り込み中だって!」

「ですよね~~。でもそれ、頭を腹に当てて思いっきり引っ張ると簡単ですよ」



 言われた通りにするとあっさり首の骨が折れた。



「助かりましたよ」

「いえいえ。どういたしまして」

「で、今日は何用で?」


 死体になって転がるハティウルフの上に立ったままコペルは話す。

 巧はオーファンから降りようとしたのだが、何時(いつ)、何が出て来るか分からないのでそのままで良い、と言われコックピット内からモニタでの会話だ。


 コペルはこちらが見えているかの様に表情を会話に会わせる。

 仮に見えていたとしても驚かないな、と思う巧である。


 巧の質問に、コペルは二つ用があってきた、と言う。

「最初の一つは?」

「まずですね。今回、一寸(ちょっと)時間が掛かりすぎですね?」

「まあね。あんたが手助けしてくれたら、少しは速いんじゃないのかな?」

「しないでもないですが、まずは自分たちでやるべきでしょう」

「してるじゃないか!?」

 少し失礼だぞ、と巧は不快感を口にしたが、コペルの返事は違う。


「兵士や魔術師達が、あなた方に頼り切っています。 

 今回の件が片付いても人に頼る癖が付きかねません」


 これは、アイアロスがライン攻防戦でアルスに語った内容と言い方は異なるが同じ事を指している。

 もし、自分たちの力が不要だと兵士の一人ひとりが感じる様になれば、此処を乗り切っても(いず)()の国は滅ぶだろう



 第二次世界大戦でボロ負けしたフランス。

 解放まで他国に頼り切ったが、それでも戦勝国家として成り立っているのは二つの要因が大きいと言われる。

 ひとつは、海外で亡命政権として『フランスの名誉』を他の連合国がうんざりするほどに叫んだ後の大統領『シャルル・ド・ゴール』である。

 アメリカを揺さぶり、時には騙してまでパリ開放を進めた。


 そして、それに呼応してフランス国内では第二の要因が動き始める。

 公然、非公然のレジスタンスである。

 ド・ゴールと繋がる『FFI』と呼ばれる武装レジスタンスの戦闘行為から、公務員のゼネストに至るまでパリ市民・フランス国民は戦いを始めたのだ。


 解放されたパリに最初に入城を果たしたのは、連合国、特にアメリカを説き伏せたド・ゴール指揮下のフランス第二機甲師団であった。


 国民一人ひとりが『戦った』と感じたからこそ、今のフランスがあるのである。

 

 多少の誇張を込めてであろうが、

『この時の国民の活動がなければ、今頃のフランスは国土の大きな貧乏国として、うだつの上がらぬままに緩慢な死に向かっていたであろう』

 と、当のフランス人が言う程なのだ。


 

 女王も巧の命の心配以外に、その件を懸念していた。

 かといって、現実に戦力は必要だ。

 だからこそ『出来れば、手を引いて欲しい』という曖昧な表現になったのだ。


「む、確かにね。ミズ・ヴェレーネも何やら悩んでいると思っていたが、その件だったのかな?」

「! でしょうね……」

 ヴェレーネの名が出た途端、コペルの声が急に弱くなった気がしたが、気のせいであろうか?


「分かったよ。その件はしっかり考えて行動させて貰う」

「たった八十頭です。頑張って下さい」

「たった、ってねぇ……」

 巧はあきれかえって溜息を吐いたが、直後、その吐いた息を引き戻さんばかりに驚く。


「四ヶ月後、もう四百以上現れる」

 事も無げに、コペルが言ったのだ。

「何だと!!」

 

 四ヶ月後と言えば、丁度シナンガル侵攻の可能性が最も高い時期ではないか。

 いや、そうでなくとも八十頭にこれだけ手間取っているのだ、時期がずれれば良いと言うものではない。

 一年以内には、南部の魔獣と西部のシナンガル軍との二正面作戦を強いられることになる。

 破滅の足音が聞こえる様だ……。


「コペルさん」

「はい」

「あんた、脅しに来たのか?」

「いいえ」

「嘘……、は吐く必要が無いよな……」

「ええ。というよりですね」

「何?」

「私の口から直接色々な人に話すのが怖くて、巧さんに頼りに来ました」

「あんたに怖いものがあるのかい?」

 四メートルの鉄の巨人と戦う体長二十メートルの狼の背中に乗って世間話をする男に?

 巧としてはからかわれている気分である。


「怒られるのが怖い」

「誰に?」

「……」

 コペルは黙り込んでしまった。


 なんだか申し訳ない気分になり、言葉遣いも改まる。

「いや別に無理にとは言ってません。とにかく情報には感謝します」

「うん。でもね、もうひとつ」

「まだ、問題が起きるんですか!!」

 巧は二正面作戦について必死で考え始めていた処だったのだ。

 これ以上のトラブルは勘弁してくれ、と言う気分である。

 いや、将棋で言えば詰み直前なのだ。


「すいません。驚かせて」

 本当に申し訳なさそうな顔をする。

「いえ、聞きます。聞かざるを得ません」

「そう肩を落とさないで下さい。悪い話でないです」

 そう言われて、少し息を吐くことが出来た巧であったが、コペルの話は少々、妙な話であった。


「ルースさん、覚えてます?」

「あ、ああ」

 そう云えばそんな人もいたな、と無責任ながら自分が捕らえた人物をすっかり忘れていたことに気付いた。


「彼、あなたと話したがってます」

「何故、いや、その何処が悪くない話なんだい?」

「彼の投獄の理由、覚えてます?」

「そう云えば『戦争に反対していた』とか? 調べは何処で誰が行っているんだ」

 コペルが知っているのが当然とばかりに巧は訊くが、考えれば異常な事態であることに気付いていない。

 この男相手では仕方ない部分があるのだが。


 ともかく彼の返事は明快である。

「放置されています」

「は?」

「いや、だから、」

「分かった。放置されてるんだろ。問題は『何故か?』だよ。コペルさん」


「彼、あなたと話したがってる。それで放置されてるんでしょうね」

「どういう事だい?」

「あなたに頼み事があるんでしょう。そして、女王も側近も内容に気付いている」

「だから会わせたくない、と」

「はい」


 巧は少し考えた。

「会う必要があるね。この事態を打開してくれるかも知れない。

 こっちもそれなりに出費が必要だがね」

「やっぱり、あなた凄い」

「過去の例から、推察しただけだよ。当たっているか、どうかは分からないよ」

「多分、大丈夫」

「それだと良いんだけどね」


「ああそれと、(あお)い竜には気を付けて、君のその機体以外では対抗できない」

「碧い竜?」

「うん。シナンガルの捕獲の時にも百十四体の卵と言ったけど、もうひとつイレギュラー的に一つだけ碧が混ざってた事が分かった。(かえ)ったかどうかは知らない」

「凶暴性は?」

「低い」

「なら、追い返すとか?」

「無理。奴は自由気まま」

「で、強いと。やっかいだな」

「マーシアなら殲滅(せんめつ)も可能かも知れないが……」

 彼にしては珍しく言葉を濁す。


「数は多いのかな?」

「ビストラントの奥から出て来ること自体が本来あり得ない。無駄な助言になると思う」

 巧としては少なからず、ほっとする。



「頑張って」

 そう言って、コペルは現れた時と同じように唐突に消えた。



 間を置かずしてヴェレーネから連絡が入る。

 無線が全く通じなかったが、大丈夫なのか?と訊いてきた。

 それ(ごと)きで心配してもらえるとはね、と可笑しくなったが、まあ、戦力の喪失を気に病むことは司令官としては当然である。


「済まない。だが、大丈夫だ。無線に関しては戻ってから説明する」

 そう言って一旦切る。

 コペルが、会話を聞かれるのを嫌ったと云うことだろう。

 意図は分からないが。


 少し進むと、肉が融解し始めたドラゴンが転がっていた。

 魔獣の肉は腐敗が速い。 

 二日もあればヘルムボア程度のサイズでも綺麗に骨を残して消えてしまう。

 反面、皮や鱗は地球の生物よりもかなり長持ちする。

 当然食用には向かない。食べた事のある人間もいまい。


 しかし、これは誰が倒したのだ?

 傷らしい傷もないぞ。と一瞬考えて、直ぐさま巧はクスリと笑う。

「サンキュー、コペルさん」

 思っただけでも彼には届きそうだが、声に出してみた。




サブタイトルは、アシモフのエッセイ集「たった1兆」からです。

人体の中の細胞や血小板から宇宙全体の水素の数に至るまで様々な「数」について書かれた本だそうですが、私は未読です。

タイトルは凄い有名であり、内容はアシモフのエッセンスの源と評価されています。 

早く読まなくっちゃ、と焦っていますが、なかなか出会いがりません。

体は少しずつ良くなりつつあります。

もうしばらくこのペースでの投稿になります。 ご勘弁を。

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