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星を追う者たち  作者: 矢口
第三章 敵地へ
35/222

34:東に旅立つ時

 結局、桜田は何も話してはくれなかったが、今はそれで良いと巧は考える。

 トラックに彼女と護衛の魔術師を残し、作戦は決行されることになった。

 名目は車両警備であるが実際必要な事である以上、誰からも異論は出ない。


 アルバが自分も実行部隊に入ると聞いた時、泣きそうな表情と上眼使いで無言の抗議をしたが巧は気付かぬふりをした。


 ずるい。と我ながら思ったが、彼女はどうしても必要だ。

 何より言い訳をするのなら、

「助け出すのは、お前の同胞だろ!」 

 と怒鳴りつけることも出来るのだ。


 フェリシア人の入った奴隷小屋の見張りにはロークを当てる。

 本人は実行部隊への参加を希望したが彼は純粋な剣士である。

 敵を『跳躍』で逃がさない為には強い魔法の使える者がどうしても多く必要だ。


 許せ。とだけ言った。


 深夜を狙って襲撃を行う。

 静かに行動しなくてはならない為、準備には時間が掛かるであろう。

 まずは、人質になっている少女が居る部屋が変わっていないか、確認した。

 半地下室になっており、上部に鉄格子の嵌った窓がある部屋に彼女は居るとスプライトは言う。


 それから彼にしては珍しく言いよどんだ。

「……酷く痛めつけられてる。

 ……顔の皮も半分剥がされて……」



 この言葉で、全員の意識が変わった。

 十二歳になったかどうかという少女に何と言うことを……


 ロークが、やはり自分も参加させろと、涙ながらに懇願してきた。


 それに対してハインミュラー老人が、

「気持ちは分かる。 

 だが、怒りだけ(・・)で行動すれば、助けられる者も助けられなくなるぞ。

 戦場での一番の敵は『度』の過ぎた感情だ。押さえきれるのかね?」

 そう問うた。


 ハインミュラーはロークに対して喋っている様で、実は全員に問い聴かせているのだ。

 怒りは持って良い。それは戦意に繋がる。

 だが、狂瀾(きょうらん)に陥ってはいけない。

 物事が見えなくなる、と。


 老人の言葉で皆が静まりかえる。

 しかし、それは怒りが収まったことを示すものではない。

『冷静に殺す』覚悟が出来た、と云うことなのだ。

 アルバですら目付きは既に別人になっている。


 このようになった集団は恐ろしい。

 明確に目的を持って『殺し』、そして其処に感情を挟まない。


(リパーの集団になっちまった。 

 まあ、俺が率いるのにふさわしいか……)

 巧はそう思う。


 (しばら)く間を置いて、

「全員、落ち着いたな」

 それだけを確認した後に、彼は手順を説明し始めた。

 


     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


「妖精さん、又来てくれたの……、でもね。

 前も言ったけど此処は怖い人がいっぱい居るから、逃げた方が良いよ」

 くぐもった声がする。


 半地下室、自分の身長の倍はある高さに置かれた風取りの小窓に向かって声にならない声で話しかける少女は、腰まである金髪の上に猫の耳をはやしている以外は、まるで人間と区別が付かない。

 身長は年の割に背高なのであろうが、それ以外は確かに子供である。


 スプライトの電子の明かりに照らされて彼女の顔の上半分が暗闇に浮かび上がる。

 緻密なカッティングがなされたかの様な、トルマリンの緑の瞳を長いまつげが飾っている。 

 その下の鼻筋も整っているのだろう。

 だが、僅かに遅れて浮かび上がった下半分はその皮を無残にはぎ取られ、包帯とも呼べなくなったボロでようやく半分程度がくるまれ、異臭を放っている。


 それでも彼女はそれを口元から離せないのだ。 

 昼間の光の中、水を口にする時に椀の底に確かに映し出された自分の唇周りの存在を受け止められない。


 獣人の快復力は強い。

 しかし人間に近い彼女の場合、此処まで痛めつけられると元に戻るのは何時になることであろうか。 

 下手をすれば快復は見込めない。


 何より『恐怖』という傷が彼女を一生手放さないであろう。


「あのな……、これから言うことをよく聞いてくれよ」

 スプライトはゆっくりと話し始めた。 

 少女を出来るだけ怯えさせない様に。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 巧の時計では午前三時に近い。

 翻訳機と一体式になったイヤホン型の無線機で全員が配置についたことを確認する。

 このタイプの無線機は全員が装着している。

 

 エルフ同士ならば相性の良い者同士では無線など不要で話しが出来るものも居るが、作戦行動は全員の連携が最も重要である。

 エルフの五人にもきちんと装着して貰った。

 流石にスプライトには無線は無理だが、彼はアルスとならば、そのような会話が可能である。


 そのアルスから連絡が入る。

「結界は完了しましたわ」


 今回、アルスには二つの仕事を同時に行って貰う。


 一つは八棟のシナンガル人ロッジの敷地全てを囲む結界の指揮である。

 三人の魔術師と、リンジー、アルバによって五カ所から星形に結界を完成させる。

 直径は約六百メートル。

 高々五人の人間が頂点を押さえて作る結界としては、下手をするとカグラ史上最大の物かも知れないが、アルスの強大な魔力がそれを可能にした。


 この結界は跳躍防止であるので、歩いてしまえば抜けられる可能性もある。

 恐怖心は結界の中に、これから生まれる。

 ロッジから遠ざかれば助かる。という気持ちを持って逃げるのであろうから、当然、物理的には効果が薄いのではないか、ということだ。


 断言できないのは、このような逆結界を張るのは初めてのことである為である。

 もしかすると物理的にも脱出は不可能かも知れない。

 しかし其処は賭になる。 

 あやふやなことは出来ない。


 そこで、アルスにはもう一働きして貰うことになるのだ。


 火は使えない。

 マーシアが一斉にロッジに火炎弾を打ち込んだとしても、逃げ切れる者が居ないとは言い切れないからだ。


 一つ一つ潰していく。

 まずは、最も大きな三階建てのロッジである。

 謂うならば、この農園の本部であろう『メインロッジ』というやつだ。

『レータ』もこの地下に閉じ込められている。

 

 アルスは今、八つのロッジ全てが見渡せる三十メートルほどの梢の上に居る。

『纏める量子』を使い、自身を氷塊を持ち上げる様に運んだのだ。


 そこから、メインロッジに焦点を合わせる。


 巧、マーシア、カレルの三人はメインロッジの入り口に立っていた。

 中の連中は見張りも立てず、全員がだらしなく寝込んでいるようだ。


「これが軍隊と言えるのかね?」

 と他人事(ひとごと)ながらぼやく。

 確かに主体は単に軍に協力している民間業者かも知れないが、軍人が中にいることははっきりしているのだ。

 巧が呆れるのも無理はない。


 しかし、余計な手間が省けたのは喜ぶべき事であろう。

 ドアの隙間にマーシアがウィンドカッターを軽く投げ込むと鍵は簡単に破壊された。


 三人が中に入る。

「アルス、頼む」

 ドアを閉めると巧はそれだけ言った。


 アルスの氷結魔法がじわじわとロッジを覆っていく。

 二十秒もするとかなり寒くなったことを感じる。


 アルスは全ての出入り口を凍り付けにしてしまったのだ。 

 窓ガラスまでも堅く、堅く。


 最初のドアを蹴破る。

 寝ていた男が何事かと目をこするが、巧は何も言わず首筋に刀を突き立てた。


 これは、最初から決めていたことなのだ。

 最初の殺しは『自分がやる』と、

 マーシアに言われた一言。


『あたし達なら構わない、と?』

 

 あれは図星を突かれた一言であった。

 自分の中で、

「此処まで苦労しているんだ、マリアンの遺体を手に入れる権利はある」

 と勝手に決め込み、彼女たちが『生きる』為に戦っていることを無視していた。


 幼い少女を助けるという正義感に酔っていただけで、其処にある本質を見ていなかったのだ。

 桜田が言った、『あたしは馬鹿だ』

 という言葉の意味が、マーシアのあの言葉に全て集約されていた。


 既に手は汚したつもりだった。

 だが、人を殺すという事は、その血のぬくもりを命を奪うという感覚を自分の手に直接感じなければ分からないのだ。

 ASの感圧グロ-ブで人を殺した事実を知っても、その命が消える瞬間を捉えることは出来ない。 

 熊を殺して其処に罪悪感があったにしても、当然だが『人』を殺す罪には到底及ばない。


 その罪深さを肌で、そう文字通り『肌で』感じなくては彼らと同じ苦しみを共有していることにはならないのだ。


 巧は指揮官を引き受けた。

 大部隊ならともかく、このような小さな集団の中では手を汚さずに、(れい)のみを下すことなど出来ないのだ。


 彼は間違っているのかも知れない。またしても間違えたのかも知れない。

 しかし、指揮官としてはこれで良いのだ。決断しないよりはずっと良い。


 何故なら、指揮官の仕事とは詰まる処、『決断』であるからだ。



 マーシアが二階に上がっていく足音が聞こえる。

 誰かが叫ぶ声、階段を転がり落ちる音。

 助けてくれ、許してくれ、その声ばかりが聞こえる。

 その叫び声は氷に厚く閉ざされたこのロッジから、表に漏れることはないだろう。



 巧は部屋を出る。


 一階部分ではカレルがウィンドカッターを手当たり次第に発しているらしく、あちこちの壁や柱が大きく傷ついている。

 窓側に体の正面を預け、体を背中側に『くの字』にした様にして死んでいる者が多い。

 窓から逃げようと試したのであろうがアルスの氷結はそれを許さなかった。

 其処をカレルに背中から始末されたのであろう。


 食堂の隅の方に魔方陣を書いて懸命に跳ぼうとしている男が居るが、魔方陣は全く(はたら)いていない。

 その顔に現れた絶望の色が在り在りと分かる。

 巧を見つけると破れかぶれで火炎弾を打ってきた。

 不思議なもので、巧はその火球を落ち着いて避けることが出来たものである。

 横からカレルがウィンドカッターを投げつけると、首筋から血をまき散らしてその男の抵抗は終わった。


 カレルに礼を言い、一階の制圧は終わったことを確かめると下に向かう。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 何事かが起きた。


 そう思った瞬間、日頃から要領が良いと言われているその男は、戦わずに済み、(なお)かつ後で言い訳の出来る行動をしようと思った。


 最初は『緊急を伝える為』という理由付けで逃げようとしたのだが、何処の窓も釘付けにされた様に開かない。

 そのうち、何か本格的に(まず)い気がしてきた。

 もしかすると本当にフェリシアの人間が攻めてきたのかも知れない。

 魔法を使われたという声もする。


 フェリシア人は同胞意識が強い。あの小娘を盾にして様子を見るべきだ。

 上手くいけば、それで逃げ切れるかもしれない。


 鍵をひっつかみ、急ぎ地下室に降りた。

 そしてドアを開ける。


 パン、という乾いた音と共にその男の人生は終わった。




 ハインミュラーは風取りの小窓の前に伏せ、銃を握っていた。

 銃口からの煙は少しだけ風に棚引(たなび)いて消える。


 少女は開いたドアの影になる場所でスプライトを抱えて(うずくま)っており、俯いて何も見てはいない。


「コルスか、ドイツ製のリボルバーも中々やるな」

 そう呟く。

 使った拳銃は見た目はコルトパイソンによく似た銃であったが、れっきとしたドイツ製でコルス社の製品である。 

 火薬量を落とした通常弾のその音は実に低い。


「チェコ製が好きなんだが、リズの好意だ。悪くは言えんな」

 そう言って周りの気配に気を配る。

 特に異常はない。

 ヘッドホンから巧の声が聞こえ、

『ヘル・ハインミュラー、これから降ります。撃たんで下さいよ』

 そう言ってきた。


「嬢ちゃん。もう大丈夫だぞ」

 鉄格子越しに声を掛けると、少女が頷いた様に見えた。



    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇




 夜明け前に全ては片付いた。

 もし、結界を通り抜けたのならばリンジー達には必ず何かしらの感触があったはずだ。

 結界から逃げおおせた者は居ない。


 唯一人、変わった男を捕虜にせざるを得なくなった。

 レータの隣の牢に閉じ込められていた若い男であり、自分は元政治家だと名乗った。

 何らかのシナンガルの情報が得られるのではないかと思い連れ帰ることにする。

 ヴェレーネからもそれを望んできた。


「下手に動くなよ」と言った処、『心臓を動かしただけで殺しはしないよな?』

 と返してきた。

 剛胆なのか、脳天気なのか知らないが何時までも此処には置いておけない。

 縛り上げて三十式に放り込むことにする。


 日が昇ろうとする中、エルフ陣にはレータを保護して先に車に戻って貰う。

 巧はハインミュラーと三人の魔術師と共に、シナンガルの軍服に着替えた。


 朝ぼらけの中に農園監督達が集まってくる。

 彼らも奴隷であるが、それぞれが手に鞭を持っている。

 その姿がまた無駄に誇らしげである。


 やってきた監督達は全部で百名程。

 全員が『何かおかしいぞ』と不思議な顔をしていた。

 見知ったシナンガルのご主人様がおらず、初めて見る軍人がロッジの前で彼らに

「さっさと並べ!」と命令するのだ。


 が、ハインミュラーは二度目ともあって堂に入ったものであり、巧も殺しに比べれば騙しのほうが気楽だ、と落ち着いている。


 巧としては魔術師三人が心配であった為、兜を目深に被らせて、

『出来るだけ偉そうにして、適当に唾でも吐いていろ』と言い含めてはあった。

 

 監督達が集まるとハインミュラーが、

『自分たちは首都から来た査察官である。

 今日は自分たちが畑の様子を見て、農場責任者の働きを評価する。

 此処(ここ)の関係者は明日まで外出を禁止してある』

 と言う。


 彼らは奴隷の習性で全員が素直に納得した。

 胸の反響板から声が出ている事を不思議に思っているのが取って見えるのだが、軍服の威力に押されてそれどころではない様だ。

 巧達、地球の人間は、一人は歴史から、もう一人は体験から奴隷とはこのようなものであると知っていた。


「十七号農園の監督は誰だ?」

 ハインミュラーの声に一人の男が手を挙げる。

 フェリシア人の多い農園番号は、管理ロッジの地図とロークの監視によって上手く手に入れることが出来たものであった。


 その監督に全員連れてくる様に言い、残りの奴隷も一度全員集めるので朝食後には全員を目の前の芝に集めろと言う。


 だが、これには監督達も驚いた様だ。

 芝は『冨の象徴』であり、奴隷が入るには余程の理由がないとあり得ないのだ。

 しかし其処は一(にら)みするだけで収まった。


 暫くすると十七号農園の奴隷がやってきた。

 一目でフェリシア人と分かるものが多い。 首輪をされた獣人も居る。


 フェリシア人だけをより分けると巧の後方に居た兵士三名が剣を抜く。

 全員がギョッとした顔をした。 母親が子を庇う。


 巧が鞭を一振りすると激しい音が立った。

「連れて行け!」

 出来るだけ冷酷に聞こえる声を出す。

 

 巧としては内心はほっとしているのだが、連れて行かれるフェリシア人達にゴミを見る様な一瞥をくれた。


 まずは子供を含めて三十三人である。

 取り敢えず十七号農園の奴隷達も一度は畑に戻した。


 やがて三人の魔術師が慣れぬ鎧に身を包みつつも全力で走ったのか、息を切らせて戻ってくる。

 それから二時間後、奴隷が全員集まった。

 やはり多い。 四千人はいるだろうか。

 芝に入りきらないので、集団の後方は畑にあふれ出す。


 全員に膝を附かせると頭も地面に付けさせた。 つまりは土下座である。

 そのまま、にしておいて巧はハンドマイクを取り出した。

 後方まで声が届いてくれると良いがと思いながら。


 まずは監督にフェリシア人を選ばせ連れてこさせる。

 驚いた、後十人程だと見込んでいたが、三十六人いた。 

 レータを含めて全部で七十人いたことになる。

 

 巧は心の中で

『ティーマちゃんだって全員数えた訳でもないだろうからなぁ、』と思いつつ苦笑いである。

 しかし多く助けられたことは、喜ぶべき事であろう。


 先程と同じように脅す様にして連行させた。




 さて、これで終わりではない。

 ここからがやっかいというか、心の痛む所である。

 見たこともない女王様からの依頼である。 


 ハインミュラーの声が響く。

「命がけの仕事だが、三月(みつき)でやり遂げれば自由民にしてやる。志願するものは居るか?」


 その言葉に場がざわめく。

「頭を下げろ! 誰が上げて良いと言った!」

 老人が怒鳴りつけると、静かになる。

「しっかり考えろ、少し待ってやる」


 すると監督が三名程やってきた。

 その権利は自分たちにもあるのかと?

 老人はニヤリと笑う。

「あるぞ。あるが、仕事の間は他の奴隷とお前達は同じ扱いだ。

 奴隷どもに事故を装って殺されても良いなら参加しろ。 

 俺は仕事が上手くいけば誰が死のうが気にせん」


 そう言われては恐ろしいのだろう。三人は互いに顔を見合わせ引き下がる。


 全部で四十名程の奴隷が立ち上がった。女性も居る。

 その時、巧はふと気がついて老人に耳打ちをした。

「ヘル、男女比を同じにしておかないと、後々大きな問題になります」

 

 老人は頷くと、

「女の数が足らんな。甲斐性のない男が多い様だ。まあ、奴隷に甲斐性もないか」

 そう言って豪快に笑う。

 監督達が媚びる様に続けて笑った。


 すると、何人かの女の子達が立ち上がる。


 周りの大人。多分に親であろう、が引き留めるが、

「本人の希望が優先だ。心配なら親も附いてこい」

 そう言うと親は子供の手を離してしまった。

 奴隷に慣れるということは、こう云うことなのかと巧は悲しくなる。


 しかし、ともあれ彼女たちはチャンスを掴んだのだ。


「残りは居ないな。作業に戻れ。 

 明日の朝は仕事の進み具合をしっかり評価して、上手くいっていない様なら監督にでも鞭をくれてやる」

 ハインミュラーがそう言うと、全員が直ぐさま立ち上がり慌てて畑へと戻っていった。


 これで、明日の朝までの時間は稼げた。


 いや、下手をすれば彼らは奴隷の習性で、どうにも動けなくなり、この農園の上部組織が怪しんで次の責任者が送り込まれるのを待ち続けるだけかも知れない。




    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


「お前達、本当に自由になりたいのか? 今から農園に戻っても良いんだぞ」

 ハインミュラー老人の声が響く。農園から二キロ離れた地点である。


 全員が顔を見合わせるが、脱落者は一人もいない。


「よし、ならば良いぞ」

 老人がそう言った途端、森から怪物が現れた。三十式偵察警戒車両である。

 

 奴隷達は算を乱して逃げ惑う。

 

 が、巧達が一切慌てない所を見て落ち着きを取り戻した。

 少しずつではあるが集まってきた。

 全員が揃って三十式を遠巻きに見ている。


 その時、ハインミュラーは一人の男を引きずり出すと、自然な動作で撃ち殺した。

 全員が魔法で殺されたと思ったらしい。

 何が悪かったのかを理解できぬ儘にその場にへたり込み、芝にいたときのように土下座をして許しを請う。


 ハインミュラーは一言だけ静かに言った。

「その男は、子供を盾にした」


 そう、巧も見ていた。

 三十式が現れた時、死体になった男は手近にいた十歳にもならぬであろう子供を盾にして難を逃れようとしたのだ。


「これから、お前達には旅をして貰う。 

 その中で、人間は支配するものとされるもの、という考え方ではなく『助け合うもの』だと言うことを知って貰わなくてはならん」


 そう言って地図を出す。 先程盾にされた女の子に渡した。

 巧達が通ってきた道筋に様々な危険要因や避難箇所が書き込まれている。

 字は読めないであろうから、絵も()えて出来るだけわかり(やす)くしたつもりではある。


「子どもたちが全部で八名居る。一人でも欠けた場合、仕事は失敗だと思え!」

 そうして、彼らにフェリシア領トガへ向かう道を教えたのだ。


 幾分かの食料は分け与えた上、彼らは私物と呼べるものは小屋から持ち出してきている。

 決して、野営に困ることもないであろう。

 扱えるかどうか知らないが、七~~八揃えの弓と矢も譲った。




 直接助けなかったことには理由がある。

 一つは単純にトラックが一杯であるからだ。


 もうひとつは、奴隷と言っても結局は支配・被支配の社会構造の中で生きてきた以上、力を持てば今度は容易く(しいた)げる側に廻ってしまうことをフェリシア国民は学んでいた。



 六十年前、マーシアが「リース攻防戦」でアレクシス・バルテン将軍の名で開放したシナンガルの戦闘奴隷達は結局『力』や『支配・被支配』という考え方から多くのものが抜け出せず、罪を犯して死罪となるか国外追放として国境から追い出されたものが殆どとなった。


 真面(まとも)にフェリシアの国風に馴染み、良き国民と成り得たのは千名のうち百、いや五十を切ったのである。


 彼らは弱いものを助け、協力することを学んでフェリシアに辿り着かなければならない。

 その上で、フェリシアに対して敵意がなければ国境の結界を越えることが出来る。

 トガで警備兵に守られながら新しい村を建設し、次の世代からはフェリシア国民としての権利を得ることが出来るのだ。



 一見すれば冷たい様だが、彼らは自ら選んで命をチップに賭に出た。

 そして巧達はチャンスを与えた。

 それ以上のことを行うのはお互いの為にならないのだ。



    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 走り去っていく三台の巨大な乗り物を見ながら、残された元奴隷達の中の一人の少年は考えていた。

 捕らわれた同胞を助ける為に、敵国まであのような僅かな人数で乗り込んでくる人々。


 あの輪に加わりたい。

 いつか自分達もあのような人々と同じ列に並ぶのだと。





サブタイトルは、R・A・ハインラインの「宇宙に旅立つ時」からです。

この本は少年少女向けですね。

amazonで調べたらハインラインのジュブナイルが、今風のアニメ絵の表紙になっていてびっくりしました。

でも、自分も子供の頃はそうやって本を手に取った気がします。

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