33:THEY LIFE AS A DOG
本来ならば戦闘は避けたかった。
やらずに済むなら、それに越したことはない。
誰もがそう思っていたのだが、どうやらそうは行かない様だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
シナンガル東部は入植が始まったばかりで、集落も人影もない殆ど無人の平原であった。
例外は最も北東の果てである。
川の向こうにそびえるフェリシアとの国境線となるライン山脈の北端、トガから峯を越えて百キロ程離れた場所に新しい街が出来ていることは、先だって捉えた魔術師からの情報で分かってはいる。
兵士の為の街と云うよりも要塞であり、一~~二万の兵士が駐留しているようだ。
それを当て込んで商売に来る者、酒場を開く者、或いは娼婦、また或いはその娼婦に貢ぐ兵士を狙った贅沢品の店などで一般人も流れ込み、四万人程度の規模に膨れあがっているという。
しかし其所と副首都と呼ばれる『ロンシャン』との間は、僅かな集落を除き本当に人影がなかった。
フェリシアを信用しすぎなのでは、と驚く程である。
何より四百年前には此処にも国があったはずではないか。
その人々はどうしたのだろうか?
余裕を持てる様になると、そのような話が互いの口の端に上る。
巧が灰色熊に襲われてから四日目。 出発してから七日目の朝、再び集落を見つける。
ライン川から西に三百キロ、シエナから北に八十キロ弱。
このまま東に進むべきか、もう少し北上すべきか悩むところである。
上手く隠れることに慣れたとは云えども、それ故に進行速度は鈍っているのだ。
緯度的にはジェリからやや南に当たる。
ともかく距離的にはだいぶ近い筈なので、集落に斥候を放ってみることにした。
「ほ~~、此処で俺様の出番か!」
胸を張るのは小妖精のスプライトである。
彼?は性別を持たない為、いつも裸である。
背中の羽根は鱗翅類と言うのであろうか、薄く透明なトンボの様な四枚の羽根を背負って飛び回っている。
速度はどれくらい出るか訊いてみたところ、やはり胸を張って『分からん!』というので全力で跳んで貰った。
見たところ時速二十キロ以上は出る様だ。
高さも十メートル以上は楽に飛び上がるので人間に捕まることもあるまい。
と、云う訳で彼に集落を見に行って貰うことにした。
余談だが、巧はある意味この小妖精を恐れている。
彼は電子か雷の妖精である、らしい。
帯電現象を得意として小さな雷や鬼火を生み出す。
空中の電磁波を操って陽炎の様な現象を起こして姿を隠すこともある。
「『サーナム』って呼んでも良いぞ!」と言っており別名もある様だ。
スミスの元になった古い鍛冶屋の姓だが、何か意味があるのだろうか?
だが、巧が恐れているのは先に挙げた様な能力や名前では無い。
食うのだ。 人間並みに……
身長十五センチほどの妖精が大の男の一人前をぺろりと平らげ、挙げ句に二度程振る舞ったレーションのチョコレートケーキに至っては、
「それは別腹だから二個よこせ!」
とまで言う。
最後の台詞を聞いた時は、熊と戦った時の方が未だ正気が保てていたと思った程である。
まあ、そう云う訳で
「上手くいったら、今日はチョコレートバーを出してやるよ」
と言って送り出した。
小型のCCDカメラを胸元にくくりつけ、背中に電池の入った小さなリュックを背負わせる。
リュックは研究所に彼が入り浸っていた頃に、アルスが調達したものだそうだ。
スプライトはアルスのお気に入りである。
「安心して待っていたまえ!」
そう言ったスプライトは皆に手を振られて送り出された。
若干、手の振り方が「あっちいけ」っぽい第二種迷彩戦闘服もいたが気のせいであろう。
スプライトが送ってきた映像は中々に興味深いものであった。
有り難いことに奴隷の姿は見えず、一同はほっとしたものである。
万一、奴隷の姿があった場合は救出活動を行い、フェリシアの人間かどうか確かめる必要があったからだ。
酒場に紛れ込んだスプライトは梁の上で色々な人物達に焦点を合わせる。
マイクもあるので声もよく拾えている。
三十式の電子装備は充分に役目を発揮して、雑音や生活音をカットすると声だけを拾った。
会話の中で、
「シーオムから奴隷が……」
という言葉があった。
これは無視してよかったのだが、次の言葉が気になった。
「奴隷農園から仕事の募集が来ているようだがお前は行くのか?」
と言う言葉だ。
この集落の人間は奴隷農園を知っているのだ。
都合良く場所までは話してくれない。
『遠いからイヤだ』とか『近いからいいな』等とすらも話さず。
「ま、考えてる最中だな」
そう言って話は打ち切られたのである。
そのうち一人が、畑を見てくる、と言って立ち上がった。
急ぎアルスに思考を中継して貰い、スプライトに後を付ける様に指示する。
巧は此処で思い切った提案をすることにした。
今の農夫と接触して情報収集が行えないか? と云うことである。
最初の三日で二百キロは進めた、しかし、次の三日では百キロしか進めていない。
彼らが臆病すぎて速度が出せないのではない。
街道を外れると余りにも未開拓地が多く道らしい道が存在しないことと、少しずつではあるが集落が増えてきたことに原因がある。
また、目的地が五百キロ以内と考えて、『もしかして通り過ぎたのでは?』と考えると進行スピードも落ち気味になる。
緯度はともかく経度がはっきりしない以上、ライン山脈から四百キロは来ているかも知れないのだ。
ラインから三百キロと言うのはあくまでヴェレーネとの定期通信から計算で割り出した距離に過ぎない。
今後、万が一フェリシアがシナンガルに逆侵攻を考えた場合、このデータは無駄にはならないとは思うが測量に来た訳ではないのだ。
集落に軍人の影もないことから巧の提案は決行されることとなる。
そして、
結果から言うと上手くいった。
まず、潜入用に用意していたシナンガル軍の軍服を着た巧とハインミュラー老人の二人が畑の近くまでの村の小路を行く。
『どうせ、この集落前を通るなら目撃されるのは目に見えているのだ。堂々と行こう』と云う訳だ。
そして農作業をしていた件の男に声を掛けた。
ハインミュラー老人は実に堂々としたもので、出来るだけ横柄に口を利いた。
「自分たちは奴隷農園に実験の為の機材を運ぶことになっているのだが、道に迷ってしまってなぁ。
全く、辺境はこれだからイヤだ。
お前は“そこ”の場所は分かるか? 知らんなら誰か知っている奴を呼んでこい」
と、まあ、このような感じである。
農夫は驚いてすぐに自分が知っている範囲の話をした上で、もっと細かい道が知りたいなら案内を呼ぶ、とまで言ってきた。
一瞬、二人ともギョッとしたが、巧が機転を利かせて、
「近くに行けば、そこで探すさ。金がもったいない」
と言って相手を黙らせると更に、
「これから此処を妙な物が通るが、軍の新兵器だ。余り口にするなよ」
と釘を刺して引き上げた。
トラックの運転席には巧が、助手席にはハインミュラー老人が座る。
老人には腕を組んで脚をダッシュボードに投げ出して貰う。
上下関係がある様に見せる為だ。
もう一台のトラックは、人間の魔術師に同じような鎧を着けさせて運転させた。
エルフ女性陣や獣人のロークは皆三十式の中に入れ、フロントウィンドウのガードを掛けてしまう。これで中は誰にも見えない。
リンジーはセミ・オートマチック車の三十式にだいぶ慣れていた。操縦に心配はない。
トラックの幌は全て降ろして進む。
そうして運転の不得意な魔術師を助手席に伏せた桜田がカバーすると、彼の速度に合わせて残りの二両の車両共々ゆっくりと集落前を通り過ぎたのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
スプライトは三日のうちに二本もチョコレートバーを手に入れて上機嫌だが、巧達の顔は一様に暗い。
奴隷農園は農夫に尋ねた通り、その集落から北東に百五十キロ程離れた所に置かれていた。
計算上はジェリの村から直線にして四六六キロ地点に当たる。
相変わらず、集落を避け隠密行動を取りながらの進行だったが、方向と距離が分かれば足取りも軽い。
二日のうちにはたどり着くことが出来た。出発して九日目の早朝である。
情報を集める為、農園から二キロ程離れた森に潜み、例のごとくスプライトに斥候を任せた。
のだが……
昼前に良い情報を二つ、悪い情報を二つ得ることとなった。
巧は昼食後、全員を集めブリーフィングを持ち、情報を知らせると共に方針を伝える。
まず良い情報の方であるが、
ひとつめは当然ながら使役するシナンガル人の住居ロッジ群と百を越える奴隷小屋の位置はかなりの距離があると言うことである。
一キロ弱と言う所である。
もう一つは、フェリシア人奴隷は全員ではないが、多くが一カ所の小屋に集められていると言うことだ。
勿論、シナンガル奴隷五十名程と共に、であるのだが。
悪い方。
ひとつめはティーマが話していた『レータ』という少女が未だロッジにとらわれていると言うことである。
奴隷小屋だけに進入して秘密裏に救出活動をして引き上げるという訳には行かなくなった。
ロッジに潜入するとなれば多少の戦闘は必至である。
二つめだが、こちらは更に悪い。
奴隷小屋に潜入しても誘拐された山岳民を秘密裏に助け出すことは絶対に不可能だと分かったのだ。
シナンガル人のこの奴隷農園は思いの外に規模が大きかった。
最低でも三千人、下手をすれば五千人近い数の奴隷が居るであろう。
そこに於いて、彼らは農場経営の方式として『分 割 統 治』方式を用いていることが分かったのだ。
同じ小屋にいる奴隷の協力は見込めない。
『デイバイド&コンカー』とは巧達の地球で、南米、アジア、アフリカと植民地支配を行ってきた白人が得意とした支配方式である。
早い話が、奴隷に階層を設け、奴隷の中でも上位と下位を分けるのだ。
カルトな宗教が同じような手口をよく使う。
特に残忍である者や、民族的に少数派の奴隷に監督と云う立場を与え、良い家に住まわせ、或いは許可を得て自由に買い物をする権利を与え、他の奴隷を直接支配させる訳である。
これによって多くの下位層の奴隷は、本来の支配者を直接に憎むのではなく、特権を持っている者に対して強い敵意を持つ様になる。
反面、自分たちを痛めつける上位奴隷に命令する力を持つ本来の支配者に対しては次第に尊敬の念を抱く様になるのだ。
これが奴隷同士の団結を難しくさせ、本来は同じ国民、民族同士の争いの種となる。
地球の場合、南米ではクレオールと呼ばれるインディオと白人の混血が、インドでは宗教的少数派が、アジアでは華僑が、アフリカでは部族的な少数派がその間接支配の層に付いた。
植民地支配が崩れると、それらの間接支配者は白人から少ないながらも武器を与えられていた為、そのまま新政府の支配者になった例が多い。
但し、報復的な悲劇はいくつも起きた。
例を挙げると一九九四年にあったルワンダ虐殺がそれである。
支配国のベルギーは少数派のツチ族を支配者として、多数のフツ族に対して過酷な税の取り立てを行使させた。
税が払えない者は必ず殺すという徹底ぶりである。
農園で仕事の遅い子供は手を切り取られ見せしめにされた。
独立後、しばらくは『互いに恨みを残さない』という方向で国作りが進められたが失敗。
百日間の間に推定百万人のツチ族が殺された。
因みに第二次世界大戦における日本の死者数が軍民併せて三六〇万人である。
早い話が、このようなシステムの中で生きる奴隷は、
『自分がどれだけ支配者に気に入られているのか』が重要な価値観なのである。
百年、六世代以上前から先祖代々奴隷なら『自由に生きる』など、外から教えなければ思考の内部には絶対に存在しない。
奴隷を救出したいと言って小屋の内部に入れば、素直な子供や希望を求める若者を除いては、必ず騒ぎ出して監督やご主人様に知らせに走る者が大多数であろう。
下手をすればフェリシア人奴隷の居る小屋の他の奴隷には全員死んで貰うことになるかも知れない。
彼らは、魔法など使えない。
武器も精々農具である。
一方的な虐殺になるであろう。
以上のことを巧が説明すると、ハインミュラー老人を除いた全員の顔が蒼白になった。
彼らは武人である。
戦って相手を倒す時、結果として虐殺的なことになることはあり得る。
先だってのライン攻防戦でも同じ事が起きた。
しかし、最初から虐殺を目的とした行動など認められる訳がない。
何よりフェリシアの国是が『専守防衛』なのだ。
「しかし、そう御話しされたと言うことは、別の手段を考えている訳ですよね?」
狼人のロークがそう言うと全員に安堵の表情が広がり、巧が頷くと殆どの者から溜息が漏れる。
だが例外が居た。
ハインミュラーとマーシアである。
マーシアが冷たい口調で訊ねる。
「要は少しは『マシ』、と言った程度のことなのだろう?」
巧は再び黙して頷く。
再び落胆の色を見せる救出隊に対して、救いの答えを与えたのはハインミュラーであった。
「要はな、頭を潰して奴隷どもが求めるべき『助け』を無くせば良いんじゃよ」
老人の意味する所、それはロッジにいるシナンガル人の殲滅である。
そして事が終われば、その事実を奴隷達に明確に示すか、自分たちが新しい支配者であると騙しを仕掛けるか、をしなくてはならない。
そうしてやっとフェリシア人の救出が行えるのである。
どうせ攻撃している間は誰が何を行っているかなど分かりようもないのだ。
フェリシア人が人質に取られる可能性は薄い。
念のために見張りを置かなくてはならないが。
「ヘル・ハインミュラー、仰る通りです。
我々は覚悟を決めなければなりません。
ロッジにいるおよそ三百名のシナンガル人、全員を殺さなくてはなりません」
数人が唾を飲む音が響く。
巧は好んで残虐な事を言っているのではない。
一人の生き残りが跳躍可能な人間だった場合、その場に縛り付けて残したとしても奴隷が助け出すであろう。
彼らにとっては『大事なご主人様』なのだ。
近くの部隊に連絡を取られ、跳躍など何らかの方法で巧達の帰路に大部隊が立ちふさがる可能性はあるのだ。
「我々が全員殺さなくても、武器を取り上げてしまえば奴隷に殺されるのでは?」
カレルが訊いてきたが巧は首を横に振る。
アメリカ南北戦争が終わって奴隷解放令が出た時に喜んだ奴隷など、ほんの一握りであった。
多くの奴隷は『何で御主人様とワシらを引き離すのか』と嘆いたという。
心からの奴隷を真面にすると云うことには、長い年月が必要である。
奴隷の忠誠心は『仕付けられた犬』に等しいのだ。
「もう一度言う。 覚悟を決めろ!」
夕方、実行前にもう一度手はずの確認をすることを伝え、巧は会合を終わらせた。
全員が三十式のシートに、トラックの荷台に、岩陰に、木陰にと三々五々と散っていく。 誰かと肩を並べる者など一人としていない。
マーシアとアルスが居る以上、あのロッジのシナンガル人達の命運は決した。
後は、上手く捕らわれた少女を助け出せるか、だけであって全く一方的な虐殺を行うことに変わりはないのである。
人を掠って奴隷にするような、そんな連中に情けなど要らぬと考えても良い。
とは云え、誰しも気も落ち込もうというものだ。
まだ、昼を廻ったばかりだ。夕方までには意識も落ち着いてくれるだろう。
巧はそう思う事にした。
が、目の前から動かずに巧を凝視している人物が居る。
桜田である。
「軽蔑するか?」
巧がそう言うと、桜田は涙を流しながら首を横に大きく振る。
そうして、
「柊曹長……、すみません。ご免なさい。ご免なさい」
と、詫び始めたのだ。
驚いた巧は桜田の両肩を掴む。
「なんで謝る。謝るのは俺の方だろ、巻き込んでしまったんだ」
それでも桜田は泣きながら両手で顔を押さえ、頭を横に振る。
「違います。私が、私が『来たい』って無理言って付いてきたのに。あたし馬鹿だ!」
「馬鹿?」
よく分からない。
巧がそう思っていると、側からマーシアが声を掛けてきた。
「この娘は知っているんだよ。あんたが自分を殺しに参加させないだろうって事を」
「当たり前だ。何故、桜田が人を殺さなくちゃならない!」
「で、あたし達なら構わない、と?」
投げ出す様にマーシアは言葉をぶつける。
巧は言葉に詰まった。
今、此処に救出隊の面々が揃っていなくて良かった。
士気に関わる、とも思う。
彼女の言っていることは正論である上に、巧が返答を間違えれば、
『我々は仲間ではない』
という意味にもなりかねないのだ。
とにかく何か答えねば、と焦る巧にマーシアは少し寂しそうに笑った。
それから、
「悪かった……、少し僻んだ。それだけだ」
そう言って去った。
サブタイトルは、ほろ苦いコメディ映画「mylife as a dog」からです。
SFではないんですが、映画の主人公少年が「僕の人生は、あのライカ犬よりはマシさ」と言うところから、この映画のタイトルができていますね。
映画の時代は1950年代末、宇宙開発が華やかりし時代。
ライカ犬というのはスプートニク2号に乗って初めて宇宙を飛んだ生命体といわれる『クドリャフカ』(関係者証言からの名前:巻き毛ちゃん、という意味)のことですね。 1日ぐらいしか生きられなかったそうです。
ちょっとブルーな気分になりますね。




