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星を追う者たち  作者: 矢口
第十章 神々と女王と
220/222

218:獣王の誕生(Cパート)


 発射された素粒子は、唯ひとつのみであった。

 マリアンの補助の無いマーシアでは、防御力や磁場などの多層性を保持しつつ粒子を光速発射に繋げる仮想的粒子加速器を生み出すのは、ここまでが精一杯だ。

 また、マーシアのみならず軍師すら気づいていないが、マテリアルの消失によって行われた自己再確認後のアクスが行った係員の活動制限設定により、生活地区での係員の特殊能力は大きく制限されていた。


 だが、それでも威力としては充分なものがある。


 (もっと)も、それは“正面から当たっていたならば”の話だったのだが……


 そう、直撃かと思われた目標は驚く事に、至近距離からの粒子砲弾を回避して見せた。

 ならば、次いでは当然に来るであろう反撃を警戒し、一旦大きく距離を取って敵の様子をうかがう。


 二千メートル近い下方でスラスターを吹かし、必死で高度を維持する地球人の戦闘機体。

 一見して機体はふらついている様にも思えるが、あの回避を見せた上で未だ身を隠しもしない以上、擬態の可能性も無いとは言えない。


『用心すべき、ね』

 と、敵から視線を外すことなくマーシア(・・・・)は呟く。

 アルテルフ11の爆発に巻き込まれ失った左腕は特殊係員に設定された緊急回路が開くことで再生されたものの、それを形作るのには、かなりのエネルギーを消費する事となった。

 おそらくだが、今まで、この機能が働いた事もなかったのだろう。

 初期設定すらなされていなかったため二重に手間取った。

 体に関しては、今これ以上の無理はできそうもない。


『それにしても……

マーシア(この女)がエミリア相手に下準備していてくれたからこそ撃てた一発だった、って云うのに……

 いずれは自力で放てない事も無いでしょうけど、まだまだ調整が必要っぽいのよねぇ。この身体……』


 そうして独り()ちると、次いでは“全く参った”とでも言わんばかりに軽く肩を竦めて苦笑いを見せる。

 ごく普通の苦笑いに思えるが、この場合、決して普通とは言えない。


 それは戦魔王マーシア・グラディウスの人生に於いて、過去一度も現れた事の無い表情であった……



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「一体……、何が、起きた……」


 いや、“何があったのか”など、誰に()(まで)も無い事だ。

 だが、それでも巧は“そう”口にせざるを得ない。


 マーシアが自分を殺しに()かったという事実は、巧にとって理解の枠を飛び越えすぎてしまっている。

 今起きた事が現実だなどとは、とても信じる事が出来ない。

 彼は今、戦場に於いて決して陥ってはならない心理状態にある。


 即ち、放心。


 その目は何かを見ているようで、実は何も見ては居ない。

 一見して、何かを考えているかの様に見えるその姿だが、思考は完全に止まってしまっている。


 ガツン!


 不意に、目の奥に火花が散った。

 ヘルメットから覗く彼の鼻面に、クリールが思いっきりの頭突きを喰らわしたのだ。


「……~っうぅ~……、何、すんだ、よ……」

 思わず呻いた後、涙目で怒鳴る巧だが、その声に力はまるで入っておらず、小さな鼠が発した泣き声程の声量も無かった。


 だが、鼻を押さえ、ようやっと視界が回復すると、自分がどれほど危険な状態に在るのかに気付く。


「す、済まん! 呆けた!」


 気を取り直しては視点を定め直す。


「あれは……、マーシアで、間違い無い、のか? いや、何故だ?」

 巧の問いかけは自問自答の(たぐい)である。

 だが、気付いてか気付かずか、クリールは巧の問いを一蹴するかの様に再度航行スティックに手を伸ばしかける。


「おっと、分かった! 悩むのは後だって言いたいんだろ?

 ああ、分かった! 分かったって! 取り敢えず、だが今は逃げるよ!」


 くどいほどに同じ言葉を繰り返しては、自分の取るべき行動を示す巧。

 その言葉に反応して手を引っ込めながらも、周囲を警戒したままにスクリーンを睨むクリール。

 巧から彼女の表情は捕らえられないが、返答には納得したのだろう。

 唯、小さく頷いた。


 地表に向けて蛇行しながらも急速に機体を降下させ、同時に掩蔽物(えんぺいぶつ)となる岩場を捜す。

 ふと、おあつらえ向きに卵形の巨岩が目に入る。八階建てのビルほどもあろう大きさだ。

 すぐさま影へと潜んだ。


「運が良い……」

 安堵の溜息を声に変えた途端、ふとある疑問に思い至った巧は、その問いをクリールに向ける。

「なあ、クリール。今、対抗力場は張れないかな?

 俺としちゃあ、何とかマーシアに近付きたいんだが」


『ドウして?』

 スクリーン右下のアシスト・ウィンドゥに、お馴染みとなった彼女のカタコト言葉が表示される。


「いや、多分だが、マーシアは今、戦闘でかなりの被害を受けた事で、酷く混乱してると思うんだよ。

 俺を敵の増援か何かだと間違えてる! そうでなきゃ、あんな事起きるはずが無い!

 もう一度、近付いてみりゃ、すぐに“俺”だって分かって正気に戻るって!」


 巧の考えは別段おかしな話では無い。

 戦場では混乱した兵士が味方に向かって発砲する同士討ちなど、そう珍しい事では無いのだ。

 だが、クリールの返答はその常識を切って捨てる。


『タクミは馬鹿ダ!』


「なにぃ?!」


『マーシア・グラディウスが戦場デ、混乱カラ同士討ちを起こス新兵の様ナ無様な存在だ、トデモ?』


「うっ!」

 そう云われては、返す言葉が無い。

 自分の妹であるという事から失念しがちだが、彼女は六十年に渡って戦場と狩り場を渡り歩いてきた『歴戦の勇士』である。


 これは紛う事なき事実であり、戦闘キャリアは自分、いや人間の及ぶところでは無いのだ。


 つまり、如何にピンチに陥ったとしても混乱から敵味方を見間違えることなどあり得る筈が無い。

 いや、ピンチの時こそ冷静でなければ、この厳しい世界で生き延びてこられた筈が無いではないか。


 だが、そうなると巧の心に逃げ場が無くなってしまい、思わず怒鳴るしかなくなる。

「なら、あれは何なんだって言うんだ!」


 怒鳴られたクリールだが、特に萎縮する事も無い。

 唯々、呆れた様に頭を二度三度と左右に振って、巧に落ち着きを求めるだけである。


『タクミ! 落ち着いてワタシノ言う事ヲ聞いて欲シイ。

 マズ、今ノ私ニ、無闇に力場を張ル事はデキナイ』


「何故だ?」


『これより“本体”ガ戦闘ニ入ル、と予想サレル。よってマテリアル8の全出力は“本体”を守ル事に優先シテ使ワレル』


 表示と共に申し訳なさそうに俯くクリール。

 その姿を見ながら巧は少しずつ冷静に戻りつつある。

 現状を見るに、まるで自分が小さな子どもを困らせている駄目な大人のような気分にさせられるのだ。


「まあ、クリールにはクリールの都合があるんだろうから、無理は言えん。

 今、助けてもらっただけでも充分すぎるくらいだ。気にしないでくれ」

 クリールの気を少しでも楽にしなければ、と言葉を探してしまう。


『ん、デモ、“本体”もタクミを守りタイと思ってル』


「は? どういう事だ?」


『コレカラ本体との回線を一時切断スル。ますます言葉がワカリ辛くナルが、良イカ?』


 クリールの言葉の意味する処は正確に掴めていない巧だが、ここは素直に頷く。

 彼女の言葉が硬くなっているのは、どうやら能力を別方向に向けているのだろう。

 確かにいつもより、表示される言葉にたどたどしさがある。


『コレカラ話すコトヲ、ホンタイニ、ケドラレテハイケナイ!』

 頭を巡らせ巧の目を見据えたクリールは言葉のつたなさに反して、何故か随分と大人びて見えた。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 岩陰に潜んだオーファンそのものは見つけられないが、その場から移動していない事は確かである。

 巨石を見つめるマーシア(・・・・)は、と云えば、これからの行動を決めかねて脳内をフル稼働させていく。


 そうして、数秒後にようやっと声を発した。


『何故、此処に“地球人”が居るのかは知らないけど、この身体の慣らしには丁度良いかもしれないわねぇ。

 聞こえるかな『ウム』? これから暫く索敵情報は送らなくても良いわよ』 


 オーファン相手の単独戦闘にもまるで迷いが無く、また相手を練習台程度に見ては自信を覗かせる不気味な呟き。


 その意味するところは明確である。


 そう、宙に浮かぶ存在はマーシアの身体を持ってはいるが、既に『マーシア・グラディウス』では無くなってしまっている。

 今や本来の意識マーシア・グラディウスは、自身の精神回廊深層部に封じ込められ、今では完全に『軍師』こと『フェアリーⅡ』、或いは『ティアマト』と名乗る存在が、彼女の表層を自由に闊歩しているのだ。


 そうして彼女、即ち『フェアリーⅡ』、『ティアマト』の思考は働き続ける。


『唯、さっきの回避、あの動きは気に掛かかるわね。

 人間の中には時々【アミーチェ】並みの予測をするヤツがいるからなぁ……。

 う~ん……、どうしようかしら?

 こんなに早く『フェアリーⅠ』が近付いてくれるのは幸運だけど、』


 フェアリーⅡがマーシアの身体を手に入れたのは、最終的にフェアリーⅠとの闘いを有利に運ぶためである。

 だが、未だこの身体のポテンシャルを全て引き起こすには至らない。

 まだまだ時間が必要なのだ。


 眼下の巨岩を一撃で潰すには高エネルギー粒子砲を構築しなくてはならないが、この係員(マーシア)の身体は、先程乗っ取ったばかりである。

 未だ粒子砲を単独で構築する程に内部の『感応精神波動=魔力』を掌握できてはいない。


『ま、いっか! フェアリーⅠは、多分コイツを有能なコマとして扱ってるはず。

 なら今回は負けるにしても、逃げる事はそう難しくないでしょうし、ね』


 様々に戦力比を計算した結果、今回は威力偵察的な戦闘に臨むことを決めたフェアリーⅡであった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「なんだって! 本当なのか?!」

 マーシアの現状、つまり彼女の内部で起きた『ティアマト』なる何者かによって行われた“精神の乗っ取り”を知った巧の口から、当然だが狼狽の叫びが飛び出す。


『コノヨウナ嘘、イミガナイ!』


「いや、済まん。何というか……。

 まあ、要は驚いただけで、クリールを疑っちゃあいないよ」


『ウタガワナイ時ニ、ウタガウ言葉をハッスルノガ人間カ?』


「そうだ、な? そう云う事も在る、と覚えておいてくれると助かる」


『ワカッタ』


「なあ、あと、ひとつ確かめたいんだが、」


『ナンダ?』


 ある“問い”を発しようとして巧は、ふと我に返る。

 この答を聞いて、俺はどうしようと言うのだ。

 仮に“彼女”が『人間では無い』などと云う答が返って来たなら、俺はどうすれば良い……?


「いや、やっぱり止めだ! すまん」


『?』


「それより、今はマーシアだ!

 あの中身が入れ替わっているとして、助ける方法はあるのか?」


『ワカラナイ』


「コペルさんは手遅れだ、と言っていた……」

 苦痛を隠せず声にする巧にクリールは、哀れむような言葉を返す。

『“せむ”ナラバ、ソウ云ウダロウ。ダガ、今ノ私ハ、彼の判断ヲ疑ってイル。

 マーシアは永遠にトラワレタ侭ダ、とカンガエルのハ計算ヲショウリャクしたタメデハナイノダロウカ?』


「セム? コペルさんの話に出て来た人物だな。そいつが何かを知ってるって事か?」

 クリールはマーシアの復帰に可能性を見せてくれた。

 自分を安心させる為には嘘も吐きかねないおかしな機械だが、今は(すが)れるものなら藁にでも縋りたい。


 だが、巧の期待に反してクリールが返す言葉は今度は冷たい。

 まさに機械である。

『“セム”はワレワレの上位カンリシャ、ダ。今はソレイジョウ、イエナイ』


 思わず溜息が出てしまうが、会話を切り上げる必要も出て来た。


「この話、一旦は置こう。どうやらマーシア、いや今はティアマトか、ともかく動き出したようだ。まさか俺がマーシアを傷つける訳にもいかん。

 今は何とか逃げたいんだが?」


 そこまで言って、ハッと気付く。


「おい、さっき、『彼女』が戦闘に入ると言ってたな?

 じゃあ、ふたりの殺し合いになるって事じゃないか!」


『ソウダ……』


「何とか止められないか?」


『ワタシは彼女ノ命令ニ従ウ。ヨッてソレハ難シイ、デモ、努力ハすル』


 言葉を残してクリールは掻き消すように、消える。

 めまぐるしく動いていたアシスト・ウィンドゥは一転して沈黙。今はただ、その文字だけが消えることなく残っていた。



活動報告にも記しますが、これより二月ほどは活動可能になりました。

また、「獣王の誕生」は思いの外に長くなってしまいましたのでパート分割にしたいと思います。

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