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星を追う者たち  作者: 矢口
第十章 神々と女王と
219/222

217:獣王の誕生(Bパート)

 飛び去ったオーファンを見送りながら、コペルは『セム』に問い掛ける。

 本来コペルこそが『セム』の地上に於ける実施形態(エンボディーメント)である以上、二基の存在が語らう筈も無いのだが、自問自答を重ねる事で今の状況を整理したかったのだ。


「マーシアは消えた、と言えるのだろうか?」


 簡潔なコペルの問いではあるが、それでも暫しの間を置いてからでなければ『セム』は反応を返せない。


『……いや、それは否定されるべきだろう。彼女が完全に消えた場合、ティアマトは彼女の能力どころか、身体すら使いこなすことは出来ない。

 当然、主導権を渡すことはあり得ないが、彼女自身の自我は深層部でも保たれ続けなくてはならないだろうね』


「とは言え、表層的復帰となると?」


『残念だが、まず不可能だ。これは間違い無い』


「ならば、『消えた』と表現しても問題は無いのでは?」


『それを認めたく無いのは、果たして誰だろうね?』


「……ああ、そうだな。柊に限らず、僕も彼女の消滅を否定したいんだろうな】


『ともかく、これで一応の準備は整った』


「だが、本社も酷い事を考えるものだ。

 人間風に言うなら、【これは、人の考える枠を超えている】って奴だな……」


 と、ここで実施形態(コペル)が、今までの行動から得た内部情報を使って、『セム』から独立した分析を開始する。

 つまり、処理完了までの一瞬だが『セム』と『コペル』は完全に分離した状態となり、正しい意味での相互の会話を行い始めた。


「その事で、柊と話していて思ったんだが、」


『何?』


「レジーナの出現は僕たちが思う以上の意味があるんじゃ無いのかな?」


『こちらでも再度の情報処理が必要かね?』


「できれば」


『何故?』


「人は……、不完全だ。彼らの予測は希望的観測から生み出される事も多い。

 そして、その“不安定な予測”こそが我々への指令に大きな影響を与えている」


『それは指令の受け取り手である僕らが興味を持って良いことでは無いな』


「いや、施設運営だけの問題じゃない。この星に人類が居る事の意味を考えた時、この不完全さに不満を持った何者かが、“彼ら”に爆弾を仕掛けた気がしてならないんだ」


 なるほど、と『セム』が頷き、二基は再び統合される。


『これ以上、柊を怒らせる話にならなきゃ良いんだが……』


「多分、そいつは……、難しいだろう」




      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  




 前触れ無く天を揺るがせた衝撃に驚かされたのは“人”だけではない。

 再びの転移を終え、ハルプロム城市二十キロにまで近付いた“カグラの魔女達”と言えども、それから逃れる事は出来なかった。



「ヴェレーネ様! 今、私たちとほぼ同質の精神波を持つ存在が消えました!

 それも、かなり近い……」


 リンジーの言葉が届く前に、既に気付いていたのであろう。

 ヴェレーネの黒髪が僅かに逆立つ。


「こんな近くで戦っていたっていうの? でも、まさか、気付かなかった、なんて……」


 高位の魔力を持った二つの存在が、この場から百キロ内外の位置に於いて爆発的な感応精神力を発しつつ、相手の完全消滅を狙った全力衝突を繰り返していた事は確かだ。

 だが、リンジーはともかく、ヴェレーネまでもがその闘いを捕らえる事が出来なかった。


 唇を噛むヴェレーネ。


 嫌な予感がする。

 あの爆発は勿論の事、それに続いた魔力消失反応は大きすぎる。


 この地に於いて、これ程の力を持つ存在がそうそうに居るはずもない。

 だが、それが事実なら、消えたのは“あの女”と云う事になる。


 馬鹿な! 一体全体、あの女が誰によって消される、と言うのだ!


 ヴェレーネはやや自分に嘘を吐いている。

『軍師』の存在を要素に入れながらも、マーシアが敗れると云う事実を認めたく無いのだ。

 だが、もうひとつの問題。

 こちらは、確かに不可解すぎる。

 これ程に近い位置でマーシアとおぼしき存在が『軍師』らしき何者かと戦っていた筈なのに、彼女(ヴェレーネ)には今の今まで何もつかむ事は出来なかった。


 何故か?


 いや、こちらの答にも薄々だが辿り着きつつある。

 ……マテリアル5こと、“ウム・ダブルチェ”

 それこそが、荒れ狂うふたつの強力な精神波と落下するアルテルフの存在を今の今まで、完全に隠しきっていた。


 とは云え、『ウム』の存在や、その名を明確に把握している訳では無いヴェレーネである。

 その事実もあって、やはり今の自分の限界を認めざるを得ない。

「やっぱり、ラインから西は本国(フェリシア)とは違うわね。

 不可思議な事象がごく普通に起きる……。ううん、それ以上に私の能力の全てを働かせる事を許さない“何か”があるんだわ」


 そう呟いて、彼女はシーアンでの戦闘記録を思い出す。

 素直に自分の能力不足を認めてしまえば思考はよりクリアになり、自然、正解へと近付いていく。


 巧とマーシアからの報告では、強烈な探査妨害能力を持つ高位魔獣が存在する可能性がある、との事であった。

 今まで彼女の警戒能力に隙があったのは、おそらく“その”魔獣の仕業であろう。

 正確には、それを操る軍師の仕業、と言うべきか。

 そして、その能力が解除された今、軍師の狙いは達成された。

 或いは達成直前にあるという事だ。


 後者ならまだ良い。


 だが、前者なら?


 ……そう、我々は何らかの危機の中に放置されている。


『ドクン!』と心臓が高鳴る。


 瞬間、北の丘から飛び立った青白い炎が稜線の向こうへ消え去って行くのを三人は目にした。

 光を見失って呆けていたリンジーだが、すぐさま我に返って叫ぶ。


「ヴェレーネ様! あれ、巧さんです!」

「そうね……」


 一瞬、ヴェレーネは自分の行動の優先順位を迷う。

 だが、一瞬だけだ。


「リンジー! 後、お願いできるかしら?」

 腕にしがみつくスーラを、そっとリンジーに引き渡す。


 言われたリンジーは引き渡された少女の手を取りながら、視線はヴェレーネを見据え、しっかりと言葉を返した。

「先程、充分にレクチャーを頂きましたので、間違えることは無いかと存じます。

 お急ぎ下さい。私たちの到着確認も無しに跳び出すなんて、巧さんらしくありません。

 多分……、焦っています」


「そうね」

 発せられた言葉と入れ替わるかの様にヴェレーネの姿は消えた。


 ヴェレーネが跳び去ったであろう方角の空を見送った時、ふと右腕に力を感じたリンジー。

 視線を下げると、不安そうに自分を見上げるスーラと目が合う。

「大丈夫、心配ありませんよ」

 宙空で少しばかり膝を折り、目線を少女と同じ高さにしたリンジーは、あることに気付いた。


「確か、クリールとか……、いったい何処に?」


 そう、いつの間にであろう、スーラの中に潜んでいた筈の何者かの気配。

 今、それは完全に消え去っていた。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 (けぶ)る程に熱は収まったとは云え、空は未だ燃えさかっている。


 爆発は遙か上空で起きたにも係わらず、爆発雲の巨大さのため地上から見る者があれば巧の操るオーファンは、まるで燃える雲に向かって一直線に突っ込んでいくかのような錯覚を覚えるだろう。


「一万メートル以上は上空での爆発だった様だな。ここいらが平原で良かった。

 もし街が在ったなら……」

 ゾッとする、と声に出す必要も無い。


 ともかく急がなくてはならない。

 オーファンの飛行は対地効果である為、高度は大きく取れず、改装後の最大時速も高々四百五十キロ程度を二十分も維持できれば上等な部類だ。

 爆発地点の真下までの距離は優に百キロ強はあり、飛行は地形にも影響されるため時間が掛かって仕方がない。


 苛立ちが呼気を荒くする。


 コペルを殴ったのは、全くの八つ当たりだ。

 彼にマーシアを守る義務など無い。それは最初から知っていた筈だ。

 だが本心を言うなら心の何処かで彼を頼っていたのも事実なのだ。


 だから……、殴った。


「糞っ! 俺は、いつも同じだ! 変わらない、まるで変わっちゃいない!」


 マリアンが誘拐され、暴れに暴れたあの日からまるで成長していない自分。

 いや、何より自分の手の届かぬところで二度も弟を失う。

 それが悔しく、情けないのだ。


 縋る何かを探し、コペルの言葉を振り返る。

 彼は確かに言ったのだ。

『生き残っただろう』と。


 だが、その前にも何やら気に掛かる言葉が無かったか?

 そう、確かにこうも言っていた。

『身体は』と。


 どういう意味だ?

 瀕死だという事か?


 いや、そんな単純な話ではあるまい。


 とにかく、とにかく急げ、との思考は、在るがままに彼の表層に現れるだけだ。

「急げよ! オーファン!」

 それで速度が上がるはずもないのに相棒に向けて声を荒げる。

 スロットルレバーを最大に開放しても未だに押し込み続ける。


 地上の風景の中には次第になぎ倒されている樹木の数が増えてきた。

 まっすぐ縦に裂けた上に激しく焦げている大木もちらほらと見えてきた。

 どうやら爆心の真下に近付きつつある様だ。


「何処だ!」


 生体反応を求めて、センサーを最大に働かせる。

 今の巧にとってマーシアを、マリアンを見つけるのが最優先だ。

 燃料が途切れようが、バッテリーが干上がろうが知ったことではない。


 と、戦術コンピュータからのアシストボイスが遂に彼の待ち望んだ言葉を発する。

【三時方向、生体反応有り!】


 スラスターと背面主翼を操作して軽く右手に舵を切る。

「ど、何処だ!」


 それは、すぐに見つかった。

 地上に倒れ伏す、人影。

 だが、あれは……、


「クソッ! 地域住民が巻き込まれたのか?!」


 そう、うつぶせて倒れている身体はマーシアとは似ても似つかぬ赤毛と、いかにも女性であることが強調された曲線を持つ大人びたものだ。

 巧は知らないが、それは軍師の依り代となっていたエミリア・コンデであった。


 何にせよ、別人である事に違いは無い。

 しかし、だからと言って放置する訳にもいくまい。


「こんな時に……」


 生体反応が有る、とセンサーが判定した以上、それを見捨てる選択肢は巧には無い。

 柊巧は軍人だ。

 軍人の存在の第一義は民間人の安全の確保にある。

 今やスゥエンは正式な同盟国であり、その国の民間人ならば国防軍にとっても保護対象である事に変わりはない。


 息が詰まりそうな気持ちを押し込み、オーファンを遭難者へと近づける。

 数秒後には目標まで残り三百メートルを切った。


 と、その時、レーダーに反応が有る。

 八百メートル以上の上空から、何かが近付いているのだ。


 視線を向けて思わず息を呑む巧。


 イメージ画像に写るのは自由落下して来る人間らしき影。

 カメラの倍率を上げて確認する必要も無かった。


 間違い無い! あれは、マーシアだ!


 完全に意識を失って居るのだろう。

 その姿は完全に脱力しており、このままでは地面に叩き付けられるだけである。


「南無三!」

 左手側の操作盤に指を走らせ安全装置を切ると、メインスラスターを最大圧力まで吹かす。

 直後、十二トン弱のAS20―Fは最大高度に向けて迷わずの上昇を開始していった。


 AS20―F型が取る事のできる上昇安全限界は二百メートル強だが、それを無視して上げられるだけ上げると遂に、その高度は三百にまで迫る。

 だが、自由落下してくる人体を安全に受け止めようと思うなら、高度が足りなさすぎる。

 いや、それでもやるしかなかった。


 電子映像に映し出される目標に今も生体反応が有るかどうかは分からない。

 しかし、仮にそれが“無い”にしても彼女の身体を地面に激突させる訳にはいかない。

 あの落下速度で地面に激突したならバラバラに吹き飛ぶのは違い無く、後は肉片を拾い集めるだけで精一杯になってしまう。


「そんな事が認められるかよ!」

 誰にともなく唸る巧の声は、低いながらも猛禽さながらである。


 必死になって空を睨む巧。


 次の瞬間、画像に写ったマーシアの姿に変化がある。

 体勢を立て直し、宙空で起立する。

 その落下速度は次第に緩やかになりつつ有った。


「気が付いたのか!」


 自分が発した言葉の示す意味に今更ながらに気付くと、巧は高ぶる感情を抑えきれない。


 そう、マーシアは生きているのだ!


 間に合った!

 その喜びに目頭が思わず熱くなりかけた。


 と、その時、いきなりコックピット内部に霧が渦巻き、その中に見知った姿が浮かび上がる。

 すぐさま白い影の輪郭は明確になり、その小さな腰を巧の膝にストンと落とす。

 紅いドレスを纏った黒目、黒髪の幼い少女がそこにいた。


「クリール! お前、何で、ここに?!」


 巧の驚きの声にクリールは答えない。

 現れた時と同じに急な動作で腕を伸ばすと、ものも言わずに巧の右腕に握られた航行用スティックに手を伸ばす。

 それから当然の如く、それを思い切り押し込んだ。


 途端、右廻りに急旋回するオーファン。

 航空機の旋回はそのまま高度を落とすことに繋がる。

 回転した機体に合わせてオーファンの左腕の盾は上を向き、結果として上空のマーシアにまっすぐと向けられた。

 そこから(なお)も機体の動きは収まらず、深く押し込まれたスティックの動きに合わせて、不自然な姿勢の侭に右斜め下へと大きく弧を描いて更に降下していく。


「何やってんだ! 墜とす気か?!」

 怒鳴る巧だが、その声を最後まで言葉にする事は出来なかった。


 スクリーンを覆う閃光! そして機体に走る衝撃!


 墜落では無い。地面までまだ百五十メートル近い距離が有る。

 攻撃を受けたことは分かる。


 だが、信じられなかった。

 その攻撃は、確かに荷電粒子砲の一撃。


 如何に瞬間三万度にまで抗するASの耐熱シールドであるにせよ、光速度の微小物理衝撃には耐えきれず、充分な被害を受けた。

 ASの半身を覆うほどの大型盾の左側は、八十センチ程の半円状に大きくへこみを見せている。

 またダメージは幅面のみならず、その深さも尋常では無い。


 最早、貫通寸前と言って良い。


 近い距離ではあったが、斜めに受けたからこそ、この程度の損壊で済んだ。

 万が一、正面から受けていたなら、盾の三分の一程度は粉砕され使い物にならなくなって居ただろう。

 いや、それどころか、いきなり現れたクリールの不可解な行為がなかったなら、今の粒子砲弾は盾よりも数段脆弱なAS本体を易々(やすやす)(つらぬ)き、巧自身を()の世から塵も残さず消し去って居たのは疑うべくも無い。


 だが今は、それよりも何よりも、巧が認めなくてはならない別の事実がある。


 この攻撃は……、間違い無く、マーシアが発した砲撃であったのだ。






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