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星を追う者たち  作者: 矢口
第十章 神々と女王と
213/222

211:逆転通信

 八月三十日、十四時十一分。

 ハルプロム城市南面。


 城壁に迫っていた攻城塔(ベルフリー)内部にいた一人の若い兵士は、防衛隊の油と火矢によって攻城塔が焼け落ちる寸前、その身を焼きながらも最後のあがきと、内部に据え付けられた連弾バリスタの引き金に指をかけて息絶える。


 業火に包まれ崩れ落ちるばかりの攻城塔(ベルフリー)から、その様なものが飛びだして来るなどとは誰もが考えておらず、油断しきっていた防衛側兵士は少なからぬ犠牲を生じることとなった。

 数十名の肉をまとめて切り刻んだ数十本の巨大矢の一本は、勢いを失うことなく市街へと跳び込んでいく。

 着地点に土煙が上がって一軒の家屋に大穴を空けたが、その周りで既に瓦礫に変わってしまっている数件の家に比べれば、軽微な被害と言えただろう。


 ベセラ軍による攻勢が益々激しさを増す中、執政官ジャービル・ハイヤーンは時を待っていた。

 

 彼の側に立つ南壁方面指揮官である千人長が不安げに問い掛ける。

「ハイヤーン閣下。ヒーラギ殿の作戦は確かに完璧でしょう。

 しかしながら、今考えるに如何(いか)に『鳥』の火箭(かせん)と言えど、あの様な“策”を実行する程の力が本当に有るものなのでしょうか?」


 その言葉にハイヤーンは今までの柔和(にゅうわ)な表情を一変させる。

「今更その様な事を言うくらいなら、貴様は何故あの時、異議を申し立てなかったのかな?

 ヒーラギ殿は別段、我々に対して“口答えを許さない”などとは仰らなかったと記憶しているが?」


 腰が低く人当たりも柔らかいため、つい忘れがちなるが、若くして一万の兵を統括する大隊長に選出されるには、それだけの理由が在るのだ。

 辛辣な言葉を発すると同時に、ハイヤーンが千人長を見つめる視線は厳しい。


 “まず、貴様がやるべき事をこなせ”と云う彼の無言の命に従い、千人長は最も攻撃の激しい狭間に向かって駆け出して行く。

 今の失言から生じた自分の失点はかなり大きなものだと気付いている様だ。

 無駄に泣き言を言う指揮官など、決して信用されようも無い。

 彼は自ら弓を取って引き絞ると、まず一人を射殺(いころ)した。


 奮闘する千人長の姿を見て、満足げに頷くハイヤーンではあるが、実際のところ彼自身も、当の千人長を責めることは出来ないのかもしれない。


 巧の作戦は発動するのに時間が掛かりすぎる。

 しかも、相手は攻城の予定を早めてきた。

 こうなると守備側がどれだけ持ち堪えられるか、が全てを決める。

 出来得るなら、今、この瞬間にも“策”が動いて欲しいと願うのは、ハイヤーンも同じであったのだ。


 そのまま平静を保つ振りを続けるハイヤーン。

 その前に、ふと一人の男が立っているのに気付いた。

 ルナール・バフェットである。


「おや? ルナール殿。貴殿が城壁に上がることを認めた覚えはないが?」

 言葉は柔らかいが、『下手な動きをすれば“殺す”』と言外に臭わせる事を忘れない。

 ルナールの言う処の“本国への裏切り”は、未だ確証が得られたものではないのだ。

 気付いてか気付かずか、ルナールはハイヤーンの殺気を受け流し、彼に時間を取らせる事に成功した。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 ハルプロム城市北西四十キロ地点。

 ハルプロム検問所。


「無線の調子が悪いのは、やはり城市上空の竜に原因があるのかねぇ?

 あそこまで届かないのは仕方ないとして、小隊陣地との通信が途切れると厄介だな」

 辻村が発したのは地球の言葉であり、DASメットを外して居る今、側にいるスゥエン兵に彼の不満が漏れる心配はない。

 本来、ヘルメットを外すことは好ましくないのだが、彼とて翻訳機を外して愚痴のひとつも言いたくなる事もある。


 自分の小隊の隊長の安否が捕らえられないと云うのは実に不安な事なのだ。

 とは云え、巧が辻村を此処に配置したのは、彼を信用してくれているからだ。

 まず、自分の仕事を優先させなくてはならない。

 DASメットを被り直すと、本日、何度目かになる迫撃砲準備を進めさせる


 検問所の防衛援護は彼に一任されている。

 三千名の守備隊員の後方から発射される分隊迫撃砲は、守備側の三倍に値する敵を足止めするに充分な威力を発揮していた。


「そろそろ来てくれよなぁ」

 何度目になるのか同じ台詞を繰り返し、東の空を見上げる辻村。

 ふと、その視線の先に自分の目的とするモノとは違う、小さな白い光をみる。

 それがマーシアに関わる光だと気付くには、少しばかり時間が掛かった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 漆黒の剣は一見して大きく変化を起こした様には見えない。

 しかし、マーシアにとって、そこに存在する刀身は数秒前と同じでない事は一目瞭然であった。


「炭素製錬……」

 呻く口調には様々な感情が入り交じる。


 鍛え上げられたバスタードの姿に呑み込まれそうになる。

 自分が数年掛けて行う様な刀身の硬質化をエミリアは一瞬で成し遂げた。


 まずはその事実に脅威を感じているのだ。


 とは云え、戦士としての判断とは別に一人の少女として、思いの籠もった品を勝手に弄り廻された怒りに強く傾いて行く感情がある事も、また事実だ。


「こうなるとそいつは私の剣ではない別物だな。叩き折ることに戸惑いもなくなったよ」

 投げやりに、そして静かに言葉を発する。


 だが、それは嘘。

 悲しさを交えて怒りが頂点に達しているのだ。

 静かな口調は燃え盛る紅い炎の怒りではない。

 それを超える熱量を持った青い炎だ。


 我ながらやけに落ち着いている。

 そう思う。


 殺す事に戸惑いは無い。


 今まで敵を滅するに際して、マーシアの中には常に憤怒や狂気が存在した。

 だが、今、ここにある怒りは、それを突き抜けたものだ。

 消すべき存在で有り、それ以外の選択肢は無い。


 それだけだった。


 右下方にハルベルトを構えて、切り上げる体勢を取る。


 一方のエミリアは己が作り上げた刀身を眺めては満足げに頷くと、マーシアに向かって人差し指を立て、そのまま差し招く。

 直後、両者は同時に姿を消し、次いではまるで違う空間位置に姿を現す。

 どちらも背後を取る事を狙った短転移を繰り返し、同時にそれに対して返し技の応酬が行われているのだ。

 斬檄が繰り返され、閃光に照らされた大気と空間に歪みが生じるのが分かる。

 一瞬ごとに命と刀身を削る刃合わせが再開される中、大気の流れに戦闘を原因としたものとは違う、ある種の異常が起きつつある事にふたりは気付かない。


 では、マーシアの中のマリアンはどうか?

 彼は、この闘いにおけるマーシアの『私生児(バスタード)』に掛ける気持ちを受け取った。

 ならば、視覚情報以外の全てを遮断して、この闘いの決着を見届けるしかない。

 その代償が“自らの死”であるにしても、だ。


 よって、闘いを取り巻く空間の異変に気付く事が出来なかったのは、全く持って彼女達に同じであった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「クリール! この子、どこで拾ってきたの!?」


 ヴェレーネが驚くのも無理は無い。

 巧に依頼された三機の爆撃機がシルガラ砦上空に差し掛かると、予定通りヴェレーネはそれらをハルプロムの東、五十キロ空域まで跳躍させた。

 これ以上、城市に近づけた場合、上空の竜に接触する可能性が捨てきれず、距離を詰められるのは其処(そこ)までが限界であったが、取り敢えずスケジュール通りに事は進んでいる。


 クリールがヴェレーネに合流したのは、その直後であった。


 だが、現れたクリールの姿は今までの彼女とは似ても似つかぬものである。

 いや、黒髪であることに変わりない。

 しかし今、その瞳は金色に輝き、外見の年齢も一~二才は上がっている。

 何より、ヴェレーネの姿を写したかのような姿は鳴りを潜め、全くの別人を映し出していた。


 そう。そこに居たのは、シナンガル人民共和国国家主席が一子。

 ワン・スーラ。

 今まで何処に居たのか、高価なものであったであろう衣服はボロボロになっており、顔は泥と樹木の乳液に塗れている。

 相当の時間、森の中を彷徨い、力尽きて死ぬ直前にクリールに発見されたのだろう。


「何故、軍師、いいえ、軍師の依り代が此処に?」


『――…‥』


「拾った、って……。あんた……」


 暫し悩んだヴェレーネだが、結局、本人に問い掛ける事にした。

 クリールが彼女と融合しているからには、その内部に『軍師』が存在しない事は確かだ。

 また、自分と別種の魔力を伴った固有波動も感じ取れない。

 つまり危険は無いと判断した。


「ねえ、あなたスーラちゃんね?」


 問われたスーラは申し訳なさそうに、返事を返す。

「はぃ~。ごめんなさい……」


「あら? どうして、謝るの?」


「いえ~。なんとなくですぅ~」


 初対面で緊張しているのだろう。

 どこにでも居る小さな子どもである。


「ねえ、あなたの中には、つい最近まで“違う何か”が存在していたはずよね?」


「妖精さんなら、居なくなっちゃいました……。でも~」


「でも?」


 先を促すヴェレーネの目を見ていたスーラは、耐えきれなくなったとばかりに、涙声になる。

「ばだ、べじの妖精ざんがばいっで、ぎじゃいばじだぁ……」


 喋り終えると、その瞳からは堰を切った様に涙が溢れ出す。

 慌てたのはヴェレーネである。

「あ、あら、あら、ごめんなさいね。別に泣かせるつもりじゃ無かったのよ」

 そう言って、スーラの肩を軽く抱く。


「ルナールに会いたい……」

 震える肩を抱いた時、不意に聞こえたスーラの小さな呟き。

 その気持ちが痛いほど分かるヴェレーネ。

 だが、スーラが呟いた男の名を自分が誰に重ねているのかに気付いた時、彼女は少しばかり頬が朱くなるのを感じた。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 押されるオーファンとコブラだが、これ以上は下がれない。

 あと少しの時間を稼ぎさえすれば、作戦は発動する。

 せめて三十分だけでも持ち堪えられたなら勝ちの目はあるのだが、三十分処か十分ですら怪しくなってきた。


 それほどに鉄巨人の圧力は凄まじく、連携を取り戻した竜達の攻撃は素早い。

 横殴りの巨大剣の一撃をオーファンは避けられなかった。

 思わず盾で受け止めるが、質量がまるで違う。

 文字通りに吹っ飛ばされた。


「司令!」

 小西の声が無線に響くが、オーファン内部の巧まで届いて居るのだろうか?


 小西の眼下で一旦は宙に舞ったオーファンだが、GEHはその機体が地に叩き付けられる事を許さない。

 低速ラムジェットの青い炎が吹き上がると、オーファンは体勢を立て直し、直ぐさま元の防衛ポジションへと戻る。

 更には何事も無かったかのように振動剣を構え直し、鉄巨人に正対して見せた。


 無機質な巨人達が一瞬、怯むのが分かる程に隙がない。


 僅か二秒にも充たぬ間に、どれ程の機体操作が行われたのか。

 同じ操縦士として舌を巻く小西である。


 だが、今の攻撃を見ても分かるが、鉄巨人の連携は更に研ぎ澄まされてきた。

 また、体勢を立て直した竜部隊もそれは同じだ。

 一瞬の攻勢は何ら意味を持たない。


「拙いな……」

 コクピット内部の巧は肩で息をする。

 限界も近い。

 今の空中機動は、ほとんどまぐれのようなものだ。


 同じような一撃を受けたなら次はどうなるか……。

「まだか! まだレーダーに“感”は無いのか!」

 誰に向けた叫びなのか。

 焦りが自分を支配しつつある事にすら、巧は気付いていない。


 数発の大型バリスタがオーファンに迫る。

 盾をかざして全てたたき落としたものの、その隙を突いて2基の鉄巨人は距離を詰めてくる。

 ガトリングをばらまきたいのだが、残弾数にも限りがあり無駄撃ちは出来ない。


「後、一歩。前に出ろ……」

 時にノイズが走るサイトを覗き込み、照準を合わせる。

 この妨害磁場さえなければ、二十ミリ鉄鋼弾を備えたガトリングガンの前には、如何な鉄巨人と云えど物の数では無い筈なのだ。


「通信、照準、全て電子制御に頼ったシステムにここまでの弱点があるとはね」


 巧の台詞も、ついつい泣き言になりがちだ。

 と、不意に正面視界がクリアになる。


 同時に鉄巨人の力場が……、消えた。


 この機を逃す巧では無い。

 照準を取り戻したガトリングの轟音が響き渡る。

 四基の鉄巨人は一瞬にして鉄屑へと還った。

 


      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「見事!!」


 ハイヤーンの感嘆の言葉は決して世辞ではない。

 十数人掛かりの魔術師で発動していた対抗力場への再対抗措置は、此処まで全く効果を上げていなかった。

 ベセラ、ロイドの発する魔力が桁違いに大きかった為だ。


 だが、ハイヤーンの説得に成功し東側城壁に辿り着いたルナールは、魔力封じの首輪を外されると、ほんの数秒で鉄巨人にまとわりつく対抗力場を無効にしてしまったのだ。

 オーファンのガトリングガンが火を噴いたのはその直後であった。


 まず、対抗力場という概念は議員階級や大隊長以上の高級指揮官内での秘伝的な魔法であり、一般兵に対しては、この数ヶ月でようやく広まったものだ。


 前線で魔獣やマーシアの力場を目にした事から知れ渡ったのだが、知ったからと言って誰かれ構わず使えるものでも無い。

 シエネで、マーシアとアルスが要員選定に苦労し、ゴースで人員不足のために風や水系統の魔術師にムシュフシュの針炎弾を防御させた様に、フェリシア国内に於いても未だ高度すぎる魔法だ。


 ルナールも『対抗力場』を張る事は出来る。

 と言っても精々、一瞬の斬檄を防ぐのが精一杯で、決して使いこなせるものではない。

 だが、得意とする通信魔法は、鉄巨人への魔力の流れをカットすると云う荒技を難なくこなして見せた。


「信用して頂いたお陰で、一矢報えました。感謝します」

「何を! これは形勢逆転への一歩です。功一番となるやも知れませんぞ!」


 ホッと汗を拭うルナールと、興奮冷めやらぬハイヤーン。

 だが、いずれも余韻に浸る事は出来なかった。

 対照的な表情を見せるふたりの前に、通信班魔術師が大型水晶球を持って駆けつけたのだ。


 水晶球から聞こえて来たのは、最初は(かす)かに、だが次第に明瞭になる声。


『此方は混成旅団航空隊、第一爆撃班! 地上部隊! 地上部隊、聞こえますか?』


 無線が使えぬ中、強力なまでのルナールの通信魔法が開放されたことで、竜の磁場障害までも突破して、届いた声。


 誰もが待ちわびた援軍の一員として水晶球に念を送るのは、本来、魔力を失っていた筈の少女。

 その声が再びハルプロム軍の水晶球を響かせる。


『此方は混成旅団航空隊、第一爆撃班、通信魔術師カレシュ・アミアン。

 地上部隊、聞こえますか?!』





サブタイトルは、『逆転世界:クリストファー・プリースト』改変です。


前話より、大変ながらく間を開けております。

筆を進めるに当たって、細部を詰めるための時間がなかなか取れず恥ずかしい思いです。

読者の皆様が、拙作にお付き合い下さる事に深く感謝します。

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