210:鉄と炎のステップ(後編)
ボーエンの竜は、一羽の鳥からの強烈な礫を避けると急上昇に入る。
彼に続いた部下達の三頭も同じコースに続いたが、誰もが少しばかり焦っていた様だ。
ボーエンの指揮は開花上昇と呼ばれる分散上昇であったのに対して、彼らは直線的に付いて来てしまう。
挙げ句、最後尾の一頭は二名が騎乗して居た事が災いし、動きが僅かに遅れる。
そこに『鳥』から連弾の礫が襲い掛かり、彼らはボロクズとなって地に砕け落ちた。
「糞っ! タープス!! マッカラン!!」
一瞬は怒鳴り、次いでは部下の死という現実を認めた苦い呟きを発する。
「……駄目、か……」
だが、落ち込むのも一瞬だけだ。
今までの闘いに於いて彼は部下を失った事は無かった。
しかし、この敵は違う。
少しでも気を抜けば、部下達処か自分自身までもが危うい。
「しっかり聞け! 小隊ごとに散開! 第一、第二小隊は後方B点で再結集! これより体勢を整える!
残りは距離を取って包囲に務めろ! 指揮官は数分で戻る!」
ボーエン・ベズジェイクは、一瞬でも敵に背を向けると云う、苦しい選択を選ばざるを得なかった。
そのボーエン率いる一六頭の竜を単騎で潜り抜け、鉄巨人の正面に浮き上がった“鳥”。
即ち『AH-2S:スーパーコブラ』の操縦桿を握るのは、先遣小隊所属・航空騎兵小隊指揮官、小西悠真であった。
「ようやっと崩したが、あの指揮官奴。くそったれに良い勘してやがる!
少なくとも低空に限ってなら、って条件付きだが、シナンガルの『モドキ竜』もそうそう侮れなくなって来やがった……」
「全くです。何度かは“ひやっ”としました」
小西の言葉に前席銃撃手の稲餅は同意したが、図星を突かれた小西としては面白くない。
つい、言葉がきつくなる。
「なんだぁ稲餅。貴様、俺の腕に不満が持てるほど戦場に慣れたか?」
「いえ、真逆……。唯、油断は禁物では、と言うだけです」
「ふん、まあ、そう云う事にして置いてやる。なにせ俺は今、機嫌が良いからな!」
小西の言葉に嘘はない。
正面に見据える巨大な敵に取り付くのに、随分と苦労した甲斐があった。
ここはベストポジションだ。
つまり、本来の殲滅目標である『鉄巨人』をようやくその照準器に納める空域を得られたのだ。
破壊屋の真骨頂はここからである。
「稲餅ィ! 攻撃可能だな!」
「勿論です!」
シーアン攻防戦に於いても鉄巨人は対抗力場を張り、陸戦部隊の対戦車ミサイルを無効化させたかに見えた。
しかし、それも一瞬の錯覚であり、懐に跳び込んだマーシアによって、彼らの張る対抗力場は、不完全な『モドキ』であると云う事が判明すると、その後はマーシアとの連携により、全ての鉄巨人を土塊に返すことに成功しているのだ。
「竜“モドキ”に対抗力場“モドキ”か。どっちもモドキばっかだなぁ」
「条件次第では甘くみられない、って言いませんでしたか?」
小西の軽口に、稲餅が茶々を入れる。
「このっ! やかましい! さっさとぶち込んじまえ!」
「了解!」
稲餅の指先は流れるように動き、照準用コンピュータの調整を完了する。
「グリーンではありますが、やはり力場による電波障害から完全画像照準とはいきません。基本照準は目視で行きます」
「任せる!」
小西からの許可を受け取ると同時に、トリガーは引かれた。
二発のヘルファイアは六百メートルの距離を三秒弱で移動する。
投下装置から切り離された二発のミサイルが空中で点火される。
加速が開始された一瞬後には目標に到達すると大爆発を起こした。
少しずつ爆煙が晴れていく。
その中で、稲餅は嫌な感覚を足下に感じ、思わず叫ぶ。
「少尉!」
声が響く前に小西にも既に感じるものがあったのだろう。
直ぐさま、“それ”に反応して、機体は上昇に転じる。
急上昇したAHの真下。そこを巨大な鉄塊が弾丸の如き勢いで通り過ぎ、後方に着弾すると激しい土煙を上げた。
一瞬でも遅れていたなら、いかに近代兵器と言えど木っ端微塵にされていたのは間違い無かったであろう。
正面の爆煙が薄まる中、レーダーを確認した二人は声も出ない。
数秒後、完全に煙が晴れきった中に現れた無傷の鉄巨人六体。
そこで二人は、ようやく呪詛の響きを絞り出す。
「対抗力場……。ありゃ、“本物”だったのかよ」
「ですね……」
小西機のミサイル攻撃が始まる数分前のことである。
地上で鉄巨人と剣を交える巧は、敵の対抗力場がシーアンで見た“モドキ”とはまるで違うことに気付いて居た。
「こいつは、拙いな! クリールでも居れば話は違うんだろうが、このままじゃあ、振動剣もどこまで持つか……」
敵の斬檄は、全てほぼ真上から真下に振り下ろされて来る。
それを斜めに受け流すにしても、今では一,二檄を凌ぐのがやっとだ。
連続して受けていては、幾ら素材が違うにしても限界がある。
重さの違いは破壊力、打撃圧の差となって現れ、オーファンを苦しめていた。
接近戦に於ける質量差は、どうあっても覆せない最強の武器だ。
GEHの機動力を駆使して飛翔からの一撃を打ち込んでも、対抗力場の壁に阻まれ、敵に致命傷を与えるには至らない。
相手が力場を解除した上で、剣の切れ味を持って正面から攻撃に転じるなら、タイミングを見切る事で腕なり首なりを落とす事は出来る。
だが、それだけで動きを止める相手でも無いのだ。
肝心の“足”を潰すには相手の間合いに一秒以上居なくてはならない。
この瞬間を真上から狙われたら、如何なオーファンと云えど、叩きつぶされて鉄屑に変わるだけだ。
後方に回り込んで斬り込みを掛けようと、何度か試みたが、三~四体の連携は予想外に高度であり、その隙は少ない。
労力の割に潰せた敵は少なかった。
「よし!」
ようやく三体目の足を切り落としたが、直後に巧は一旦大きく左手へと回り込んで、警戒態勢を取らざるを得ない。
丘の影から、新手の鉄巨人が現れたのだ。
挙げ句、その腕に大型バリスタが抱え込まれている。
と、その新手に向かって小西機から発射されたヘルファイアⅣの爆発が右手の斜面を振るわせた。
完全破壊か!と思えるほどの爆発だ。
しかし爆煙の中、力場に守られ無傷の侭にバリスタを構えた鉄巨人達が途切れ途切れにだがモニタに映し出される。
援護射撃に移りたいのだが、熱を持たない相手に土煙の中ではガトリングの照準は合わせられない。
「小西、聞こえるか! 下がれ!」
無線が通じていない事も忘れて、思わず叫ぶ。
次の瞬間、小西機はまるで巧の声が届いたかのような動きを見せた。
巨大な矢が到達する直前で回避を成功させると、次の瞬間には更に上空で“ピタリ”と位置を確保する。
反面、小西機を見失った鉄の矢は轟音と共に着弾し、立ち上る土煙はハルプロム城壁の頂上までをも覆い尽くす。
あれが直撃したなら、部分的とは云え、城壁はかなりの被害に見舞われていただろう。
これ以上、鉄巨人を城壁に近寄らせる訳にはいかなくなった。
下がるに下がれない巧と小西は、追い詰められたと言って良い。
地上と空。
大きな溜息が幾つも同時に吐き出されながら、戦闘は続いていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「う~ん。今のは惜しかったな」
ベセラは、鉄巨人と竜の連携に満足げに頷く。
新たに現れたフェリシアの巨人は確かに強い。
だが、流石にそのサイズの違いから、こちらの物量に押されて、白い巨人はジリジリとハルプロム城壁へと押されていく。
また、鳥に対しても、自分とロイドの張った対抗力場は予想以上の防御力を見せてくれた。
このまま、敵を押しつぶせるかも知れない。
鉄巨人嫌いのベセラにすら、そう思わせてくれる流れが確かに生まれていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ロングソード『私生児』は、義父であるアーキムによってマーシアの手から離された。
彼の死後も首都郊外の生家に残されていたのだが、プライカで捕縛されていたダミアン・ブルダの脱走に前後して盗難に遭ってしまう。これがシーアンで戦闘が始まった一月前の七月十日であった
直ぐさまにでもアーキムの形見を探しだしたかったマーシアだが、スゥエンへの再侵攻問題もあり、唇を噛みながらも問題を後回しにしていたのである。
何より、この剣は来歴からして特殊すぎる。
いずれ使用される事があれば、すぐに分かるであろうという考えもあって、焦りを押さえる事にも成功していた。
だが、実物を目の前にしては、やはり気持ちが高ぶるのは当然で有る。
エミリアの戦技の高さもあって、今、気持ちだけが空回りしつつあった。
撃剣は瞬間、瞬間のものだが、その一瞬の圧力は強大な雪崩にも匹敵する。
マーシアとエミリアの死闘は、いずれもが一歩も引かぬ状態で既に十数分が経過していた。
「こんのボケぇ! いい加減に死にやがれ!」
「そうは行かんッス! そっちこそ、一撃ぐらい食らったらどうッスか?
この剣。結構、切れ味良いッスよ」
「結構、だと? そいつは“最高の剣”だ! 貴様が持っていて良いモノだと思っているのか!」
「良いか、悪いかなんて知ったこっちゃねッスな。こいつがあんたを本気にさせてくれる。
あたしにとって重要なのはそれだけッスよ」
言葉が終わらぬ内に、またも突き出される剣先。
それを抑え込むマーシアだが、炭素変換を重ねたハルベルトの圧力がバスタードをへし折ることを恐れ、最後の一息に力が入らない。
「糞がぁ! 何が“本気にさせている”だ!
さっきより手加減して相手をして居るのが分からんのか。このド阿呆奴が!」
マーシアのこの言葉には流石のエミリアも軽々しさを捨て去るしかない。
声色が変わった。
「む、そりゃどういう事ッスか? 聞き捨てならねッスね!」
「聞いた通りだ。そいつは確かに最高の剣だ。だがな、ハルベルトほどに複合製錬された武器じゃない。
貴様! 真逆、気付いて無い、等とは言わさんぞ!」
「な~んだ。そんな事ッスか。そりゃ、とっくに気付いてるッスよ。
でも、あんたが手加減してるのは剣に対してであって、あたしにじゃ無いっしょ?
相手の力を押さえて勝つ事の何が悪いッスか?」
「ふざけるな、貴様! 結果だけ欲しいならば、剣で来るのではなく毒でも盛れば良いだろうが!」
「むうっ!」
マーシアの言葉に、一言呻いてエミリアが大きく距離を取る。
「何だ?」
エミリアが逃げを撃つようなら、火炎弾を見舞う準備をしていたマーシアだが、どうやらそうでも無いと見て相手の言葉を待つ。
「言われて見りゃ、ちょっとばかり卑怯だったッスね」
「何が、“ちょっとばかり”だ!」
「ん~! でも、こいつが折れたら困るのはあたしも同じっしてね」
「で?」
「だから……。こうするッス」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「早瀬! スコープをスペクトル解析モードに入れろ!」
宙に舞う二人の魔女の闘いを見守り、上空を睨んでいた地上の兵士達。
即ち、先遣隊観測班の髙良と早瀬は、大気の異常をまず肌で感じ取った。
次いで観測機器を大気中の元素周波数解析モードに切り替えると、それぞれに計測値を読み上げていく。
「ニッケル、チタン、黒鉛、コバルト、後は……こりゃあ、もしかしてパナジウムか?」
「真逆だが、あの紅い奴。炭化タンタルをベースに更に硬質の超合金を生成してるんじゃないのか?」
「んな、アホな!」
叫ぶ髙良の目前で、空は一瞬だが白色に輝いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
クリールが、“そこ”に向かった理由を上げるなら、同じ波長を読んだから、としか言い様が無かった。
自分という存在が、本来の『個』として存在意義を持つものではない事は知っている。
本体から切り離されて以来、彼女?は常に次の本体を探し、彷徨う存在で有った。
それだからであろうか?
同じように切り離され、漂うだけの存在に共振現象を起こした様である。
これは一種の錯誤であり、それに気付いたからには、クリールは行動を切り替えて、本来の任務、即ち“上位種固体の戦闘援護”に戻るべきであった。
だが、その“声”がいつかの自分に重なる。
“これを放置してはおきたくない”
『欲求』と云う、あり得ない衝動が彼女を動かしていた。
森の中で、息も絶え絶えの“その存在”を見つけた時、何故、この固体に引かれるのか分からなかった。
だが、この声に引かれて此処まで来たのも確かなのだ。
本体とリンクを結んで、延命のための一時的な融合許可を求める。
「はぁ? ねぇ、クリール? あなた何してるの?」
『…―――…‥-』
「いえ。悪いとか、悪く無いとかじゃなくってね。何でそんな所にいるのかって事よ?」
『‥』
「分からない?」
『――‥-……-』
「許可は出すから、さっさと戻って来なさい!」
眉をハの字にして困惑の表情を示すヴェレーネに、側に控えるリンジーまでもが困り顔になる。
彼女にはヴェレーネとクリールの間に通る超高域波通信を掴む事は出来ないのだ。
「あの……スズネ様。どうなさいました?」
「よく分からないの」
「はぁ……?」
リンジーとしては首を傾げたいのはこっちだ、と思うが、それに気付かぬかの様にヴェレーネは現状の確認を求める。
「それはともかく、此処から動けなくなっちゃったわ。
ハルプロムの方はどうなってるのかしら?」
「それが、先程から通信が途絶えました」
「どういう事!?」
「通信班は磁場的なものだと言っていますので、戦闘によって機器が破壊された訳では無いようです」
一瞬息を詰めたヴェレーネだが、リンジーの返答にホッとして呼吸を戻した。
次いで気持ちを整え直すと、巧と約束していた予定の再確認を進めていく。
「爆撃隊は?」
問われて時計に目を遣るリンジーの返事は淀みがない。
「後、一時間ほどで上空を通過します」
「翼竜の邪魔は……」
「スズネ様のお陰で現場上空まで、それは無いか、と思いますが、マーシア様から話のあった『軍師』はどうなります?」
「それなのよ、問題は! 急にだけど確認する事が出来ちゃったわ。
だから少し時間が欲しいの」
「つまり、ハルプロムへは?」
「すぐには移動できないわね。後は“巧”次第よ。悪いけど甘えましょう」
巧を気遣い、今すぐにでもハルプロムへ跳びたいヴェレーネ。
また、それを選んでも特に問題は無い筈であった。
だが、何故かしら彼女はそれを選ばない。
今、彼女の中に『跳躍への禁則』が働いている。
彼女自身が、その事実に気付いていなかった。




