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星を追う者たち  作者: 矢口
第十章 神々と女王と
211/222

209:鉄と炎のステップ(前編)

 山頂から更に高度を二百メートルほど取った宙空。


 マーシアは今、国防軍航空機動小隊の陣取る山肌から少しばかり東側に距離を取って相手を待ち受ける。


 先程のコペルの言葉が事実なら、エミリアは自分を倒すことのみに主眼を置いている。

 ならば兄たちが人質に取られる事は無いだろう。

 何より、コペルもそれを許すまい。


 但し、戦闘空間が重なれば、突発的な事故は避け難い。

 戦闘中に生まれる火炎弾や衝撃波は、流れ弾となって地上の陣地を襲わないとも限らないからだ。


 仮にそれらが直撃したなら、生身の人間など一溜まりも無い。

 一瞬にして原子に還ってしまう事すら有り得るだろう。


 よって決闘場は自由に動ける位置に設定したかった。

 また、東に位置を取ったのは、万が一にも魔獣が現れた際に、直ぐさま行動を切り替えて対処する事を考えたからである。

 エミリアを撫で回すのは楽しいだろうが、遊びに溺れる気は無かった。


 “遊び……”


 そう、マーシアにしては珍しく、最初、彼女は相手を侮っていた。

 溺れる気は無い、と言い訳しつつも実は既に溺れかけていたのだ。

 多分、過去の彼女との接触の体験がそうさせたのだろう。

 だが、問題のエミリアが近付くにつれ、その心情は変わっていく。


「危ない! 危うくヤキが回るところだった。こいつ、前に会った時と何か違う……」



 第二次シエネ攻防戦に於いて、エミリアが見せたヴェレーネを翻弄するほどの転移戦技。

 あれは確かに高度なものであった。

 と言っても、それは“相手が普通の魔術師相手ならば”と云う程度の話だ。


 あの時、対するヴェレーネも特に本気を出していた訳では無い。

 デフォート城塞に粒子砲を向ける高位魔獣ムッシュマッヘを警戒して、エミリアを捕らえる事を優先させられなかった。

 唯、それだけだ。


 仮に、マーシアが誰かに“今、ヴェレーネに勝てるか”と問われたなら、

“馬鹿にするな!”の一言で切り捨て、話を打ち切る。

 その上で本音を話せる相手になら、

『残念ながら……』

 と、嫌々ながらも負けを認めるだろう。


 要は、その事についての話をしたくない。


 とは云え、瞬間の爆発力だけならマーシアがヴェレーネに引けを取る訳では無い事も、また客観的事実だ。

 つまり、マーシアがエミリアを甘く見てしまった理由は、先に述べた通り、あの時のヴェレーネが『本気』では無かったからだ。

 実際、あの時のエミリアはマーシアにとっても“見逃しても良い程度の相手”とも言えた。


 しかし、どうやら今は違う。


 近付いてくる魔力の波動は、あの時の『力』とは比較にならない。

 自分に匹敵するのでは無いのか?

 いや、それどころか上回っていてもおかしくは無い、とまで思わせるものだ。

 一瞬、マリアンを呼び出そうとしている自分に気付いて、腹が立った。


 いつの間に彼を頼る癖がついたのだ!

 私は戦士ではないか!


 今や半眼となった彼女の瞳。

 その目は正面の宙に舞う紅い戦闘服を見据えたままに、全ての油断を切り捨てていた。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 急ぎ、グランド()エフェクト()ホバー()へと換装を終えた巧のオーファンはハルプロム城壁東側に単騎突入し、振動剣(レジナンス・ソード)を構えて四体の鉄巨人に正対する事となった。


 上空の竜が火炎を吐きながらオーファンに襲い掛かるが、そちらは全てAH(コブラ)に任せる。

 勿論、瞬間温度ならば最大六千度まで耐えられる複合装甲にとって竜の炎など敵では無い。

 だが、あの強力な爪は警戒する必要がある。


 上空に迫る竜に右腕のガトリングを向けると、正面の鉄巨人に対してはどうしても無防備になってしまう。

 何より、四頭ほどやけに動きの良い一編隊がいて、ガトリングの射線をヒラリヒラリと避けまくるのが厄介だ。


「真上と正面かよ。小西、上は頼むぞ!」

『了解です!』


 小西悠真に追い立てられた問題の四頭は、少しずつオーファンから離れる。

 だが、流石に小回りが効く相手だ。城壁を背にして、小西隊の自由な銃撃を許さない。

 双方が睨み合う形になってしまう。

 背後を任せたとは云え、どうにもやりづらい巧であった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「隊長! 鳥と巨人、両方の相手はきついですよ!」

「泣き言、言うな!」


 一見余裕が在るかの様に見える竜の背中では、それぞれのライダー達が悲鳴を上げている。

 部下に“怯むな!”と返しはしたが、実は泣きたいのは此方も一緒なのだ、とボーエンは思う。

 この無謀とも言える出撃には、あのエミリア・コンデか関わっていると聞いた。

 どこまで人を振り回してくれるのだ。本当に頭に来る!


「城壁からの火炎弾に気を付けろ。あと、バリスタの正面に回るなよ!」

 通信用の水晶球に向かって怒鳴りながら、己の不運を嘆くボーエンである。


 彼らは後、十数分は鳥使い達を引き付けなくてはならない。


 エミリアがマーシア・グラディウスと決着を付けるのに必要な時間の間、邪魔を入れない事が彼らの役目だ。

 また、逆にマーシアを城壁から遠ざける事に成功した今こそが、攻勢のチャンスだとも司令官は言う。

 しかしながら、眼下にいるあの白い巨人を見るにつけ、“本当にチャンスなのか?”と疑わざるを得ない。


「ヤン隊長! 下手に本陣から前に出ないで下さいよ! 地面はともかく空は俺に任せて下さい!」

 ベセラの上空を守るヤンを更に守りつつ、ボーエンは『鳥』への囮となっている。

 必死に竜を操る彼にとっての、長い十分は始まったばかりだった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 オーファンを取り囲む四体の鉄巨人は、それぞれに対抗力場を身に纏っているが、それぞれの力場を強化しているのは司令官であるベセラ自身である。


「こんなでかい力場を張るのは初めてだが、案外、なんとかなるものだな」

 嬉しさを隠さず、ベセラは声を上げて笑う。

 反面、肩を竦めて溜息を吐くのは副官のロイドだ。


「あまり目立たんで下さい。

 魔術師達は、互いに誰かが強力な力場構築能力を持っていると思っています。

 まさか、ベセラ様自身と気付いては居ませんでしょうが、どこから秘密が漏れるか知れたものではありません」

「まあ、そう言うな。しかし敵方にも巨人が居るとはなぁ。しかも、飛びやがる。

 あれを近づけたら厄介だ。しっかり押さえろよ、ロイド!」

「我々の上空で跳び上がれば、竜の爪が奴を襲います。そう簡単には跳び上がらせませんよ」

 厳しい声で応えたロイドは、上空のヤンが率いる十頭の竜に目を向ける。


 表情以上に、彼は今回の作戦に不安を持っていた。

 敵の主力である『鳥使い』は全てこちら引き付ける事に成功した。

 その上で南に迂回させた別動隊は攻城兵器を抱えた人海戦術で一気に城壁を越えようとしている。

 確かにそこまでは上手く行った。


 だが、最終的に時間はどちらに味方するのだろうか?


 水晶球で南方側大隊長に連絡を取ると、敵も防衛兵の殆どを南へと向けた事が分かった。

 報告の声の後方からは怒声と悲鳴が響いてくる。

 南面は地獄のような攻防戦になっているのだろうと思う。

 唯、それに対して特に胸が痛むことも無いロイドである。


 と、正面で凄まじい打撃音が響く。

 鉄巨人が振り下ろした剣を、敵の白い巨人が真正面から受け止めた音だ。

 対抗力場を纏った事で強度が桁違いに上がっている筈の巨大剣を正面から受け止めるあの白い巨人は、フェリシア魔法技術の結晶なのだろう。

 鉄巨人に比べれば随分と小柄ながらも、実に恐るべき敵である。


 三百メートル以上離れた距離。

 それでも相互の撃剣が発した火花は、ロイドの目に、はっきりと見えた。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 観測班の髙良、早瀬の二名が機材を背負ってマーシアの闘いが見える位置に辿りついた時、上空をふたつの閃光が交差した。

 蒼と朱、二種類の粒子が陽光を反射して大気に霧散する。


「蒼い方がマーシアちゃんだな」

 眼を細めて手の平で日除けを作った髙良は無造作に、だが確信を持った口調で断言する。

「分かるのか?」

「愛があるから、な!」

「アホか……」


 相棒を放って、カメラの設置を始める早瀬。

 万が一にもマーシアが負けた場合、救援ヘリを出さなくてはならないからだ。

 どの地点に落ちるか分からぬ以上、正確な観測は欠かせない。

 マーシアは知らない。

 今、この瞬間にも、小隊の誰もが彼女の無事を願っていることを。




「もう、二~三も刃を合わせたなら、貴様の剣は持たんよ。

 今日は引き上げたらどうだ?」

「な~に、言ってるんッスか! この機会が欲しくって色々と苦労したッスよ。

 まだまだ楽しませてもらうッス!」

 軽口を投げかけるマーシアだが、言葉ほどに余裕がある訳ではない。

 エミリアのスピードはマーシアに引けを取っていないのだ。


 撃剣が何度かぶつかり合い、衝撃が互いに返る。

 腕が痺れると云う程では無いが、エミリアからの圧力を明確に感じて、マーシアとしては内心、舌を巻いている。


 真逆、これ程とは!


 前回出会った時、確かにある程度の手練れだとは思った。

 だが、体幹の力量を計って視るに『エミリアの剣は軽くなければおかしい』のだ。

 魔力の補助を受けるにしても、既に重力制御と刀身防御力場のふたつを平行して使っている以上、負担は大きい。

 彼女の能力で、体幹の補助迄もが可能だとは、どうしても思えないのだ。


 魔力の多種同時開放は確かに高度だ。

 とは云っても同系列の魔法なら、ふたつ、或いはみっつを同時に扱う者は珍しくない。

 音楽を聴きながら車を走らせる程度の事だ。

 時には音に気が向くことがあっても、精々補助的な行為として扱われる。


 しかし、別系統の魔法を展開する事は、それとは全く話が違う。

 絵を描きながら、マラソンをする以上に難しい。

 魔法の並列処理が必要なのだ。

 その様な存在は、フェリシアにも決して多くはない。

 過去においては『軍師』ですら、女王以外は既にその能力を失っていると信じていた程だ。

 だからこそ、マーシアが重力場と対抗力場を同時展開しても驚かなかったにも関わらず、同時に別系統魔法の精神遮断までを行った事に気付くと、その力を侮らなくなったのだ。


 今のマーシアの驚きは、あの時の『軍師』と同じものであった。


 だが、時は来る。

 マーシアの右払いの剣。その軌道を下がって避けようとしたエミリアだが、空中での戦闘にはマーシアに一日の長がある。

 そのまま、風を纏って加速をつけると同時に重力の井戸をエミリアの前方に生み出す。


 その力に両名は引き付けられ、本来なら触れるはずのない刀身同士は激しく火花を散らした。


 しかし、それも一瞬。

 カツーン! と、まるで斧が樹に食い込んだかの様な音が天空を貫く。

 マーシアのハルベルトが遂にエミリアのロングソードを叩き折った瞬間であった。


 次の瞬間には重力子の大きな反動が返って、マーシアは一瞬弾き飛ばされそうになるが、それを見事に受け流して大気の高圧力を全て防いでみせる。

 先の一瞬、エミリアは防御の為にマーシアの生み出した重力井戸に干渉し、逆転現象を起こさせた。

 その為、大気は無数のハンマーとなってマーシアを襲ったのだ。

 放出のタイミングを間違えたなら、マーシアは勿論、仕掛けた側のエミリアすら同時に潰される可能性の高い、捨て身の防御術だ。


「やるな! と言いたいところだが、全て受けきったぞ。さて、今度はどうする?

 貴様の武器(エモノ)の一つは消えた。もう一本あるようだが、何なら其れも叩き折るか?」

 軽々とハルベルトを肩に担ぎ、宙空でエミリアをあざけるマーシア。

 マーシアの指す、もう一本とはエミリアの左腰に下げられた二本の剣の内、残る一本の事だ。

 通常の剣より細く長いがレイピアと云う程に脆さがないことは、鞘の厚みを見ればわかる。

 何処かで見たような鞘の形だ、と気に掛かってはいたが、マーシアにとって興味があるのは間合いを決める刀身長だけだ。

 その長さも既に見切っている。

 刃に溝を刻んで、相手の刀身を折ることに特化した剣もあるが、ハルベルトの厚みの前に、その様な細工は意味を成さない。


 どう切り込むか。

 それだけが問題なのだが、一度、間合いを捕らえた以上、エミリアの力に対する読み違えも修正できた。

 マーシアの余裕の表情は、今や決して駆け引きからのものではない。


 だが、次の瞬間、その笑みは凍り付く。


 それから……。

 憤怒を瞳に写して、自身の周りの対抗力場を全て解除する。

 力場による体当たりなど無視して、ハルベルトを直接相手に叩き込むことを選んだのだ。


「場合によっては見逃がしてやろうか、とも思っていたが、こうなれば気が変わった。

 貴様は七七に等分しなければ、絶対に気が済まん!」


 マーシアの怒りの理由。

 それはエミリアが引き抜いた刀身にあった。


 あれは、あの剣は……。

 彼女(マーシア)の罪の証。

 そして、その苦しみを共に背負った義父(ちち)義母(はは)が、自分を愛した証。


私生児(バスタード)


 この世に数ある剣と云えど、あの黒い刀身を見紛う筈も無い。


「へっ! やっと殺し合いをする気になってくれたッスか。

 狙いどおりで嬉しッス。そうでなけりゃ、わざわざ寄り道した甲斐もないッスからね」

 正眼に剣を構えた侭のエミリアの瞳に歓喜が宿る。

 対して、マーシアの瞳に灯る光は狂気であろうか。


「貴様だったか、コソ泥()が! だが、それは返してもらうぞ……」



 大気が、震えた。





サブタイトルは「狐と踊れ」(神林長平)からイメージを頂きました。

ちなみにこの本は読んでませんので、あくまでイメージですね。

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