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星を追う者たち  作者: 矢口
第十章 神々と女王と
209/222

207:狩人の疾走

 地上では、砦に迫る数頭の地竜(リンディウム)を、リンジーが中心となった魔法士部隊が抑え込んでいる。

 倒された魔獣は決して多くはない。多くは強烈な一撃を食らうと、本来の目的で在る西を目指すルートに戻っていく。

 明確に何者かに操られていることが分かる動きだ。


 ヴェレーネは考える。

『軍師』が現在、何処にいるのか? それが重要な問題だ。

 そう知りつつも、今はこの場から動けない。

 また、自分自身が取っている行動は巧の動きに合わせた予定通りのものだが、本当にそれが正解なのかも分からない。


 そんなジレンマの中で、彼女は四頭目の翼竜(ドラゴン)を爆散させた。

 地表に霧のように血の雨が降り注いでいく。

 熱を加えられた熱い雨。

 ヴェレーネこと“スズネ”の魔力が質、量ともに尋常では無い事を、この戦場にいる者達、全てに知らしめる。


 地表から七十メートルほどの宙に浮いたままの“スズネ”が、正面を眺め回す様にして視界に入る翼竜達を睨み付けると、翼をはためかせて器用に後退するものまで、数頭出る。


「悪戯も度が過ぎると、再生も出来無くなるくらいバラバラにしちゃうわよぉ」

 軽く笑って、ふと思う。

 竜とは本来、再生可能な存在なのだったのだろうか?

 また何故自分は“そう”考えたのだろうか、と。


 この闘いの中。ヴェレーネの内部で部分的にではあるが、確かに記憶が蘇りつつあった。


 雨が降り出すと、攻撃に疲れた魔獣達は砦に興味を失ったかのように、南方の街道の群に合流していく。

 だが、その雨も長くは続かず、後続の魔獣が現れると、一部は再びシルガラに歩を向けてくる。

 こうしてシルガラでの戦闘は休みを挟みつつ、数日続いている。

 そして、一方のハルプロムでの戦闘も三日目に入っていた。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 八月三十日午後


 東に現れた兵士の一軍にベセラ軍は一度は大きく浮き足立ったが、それが味方と知れると、次いで大いに喜んだ。

 だが、南方の街道を守るはずのベルナール軍の三分の一にも迫る数の部隊がハルプロムに終結しつつある理由を聞いて、再び誰もが恐慌状態に陥る。


 魔獣の追撃!


「エライものを引き連れて来やがって! とんだ疫病神共だ!」

 思わず味方に対して悪態を吐く兵士も続出する。


 そう言われては怒鳴り返す方にも熱が入る。

「ベルナール閣下の配下である我々が西街道で魔獣を引き付けていたからこそ、貴様等は北の川筋を安全に使うことが出来たのであろう!」


 糧秣も尽き掛け、もうこれ以上は進めない。

 船を頼りに河川に逃げ込むにせよ、上空の魔獣から逃げ切れる保障など、どこにも無い。

 この街を落とさなくては、数を減らした北部ベルナール軍十六万は全滅である。

 それもベセラ軍二十万を道連れに、だ。


 挙げ句、死に方は魔獣の餌と来た。


 逃げ込んできたベルナール軍のみならず、ベセラ軍までもが同じく背筋を冷やす。

 今の今まで、この闘いは時間こそ掛かるだろうが、勝利は間違い無い、と踏んでいた。

 だが、今や時間こそが敵となったのだ。


 また、初期に彼らの攻勢を妨害した『鳥』の存在。

 噂に聞いては居たが、あれ程のものとは誰も思わなかった。

 城壁との連携があったとは云え、唯の一羽で彼らを三日も足止めした力は恐るべきものだ。


 その『鳥』が去った後も鉄巨人は城壁に近付く事も許されず、丘を登り始めると“何故か”いきなり爆散してしまう。

 理由は分からないが、この様な役立たずを苦労して運んで来た、と云う一事だけでも彼らの戦意を挫くに充分過ぎる。


 残るは、通常の力攻めのみ。

 

 その様な中で、司令官のベセラだけは、魔獣に追われたベルナール軍からもたらされた情報を短期的に見れば“好機”と見た。


 この闘い。ハルプロムを攻めあぐねているのは、実は敵の能力の問題だけではない。

 表に見える以上にこちらの兵の戦意が乏しかったのだ。


 まず、第一に同じシナンガル人を攻撃すると云う事が、少しばかりの迷いを生んでいた。

 如何に自己中心的なシナンガル人とは云え、全く人の情が無い訳では無い。

 全土で言葉が通じる以上、国民としての連帯感は確かに存在する。


 また、平民は今の議会制度に不満を持ってもいる。

 となれば、心の何処かにスゥエンに同情的なものも同時に持っているのだ。

 いや、万が一にもスゥエンの独立が成功すれば、いずれはスゥエンに流れることを考えて居る兵も少なくは無いと見る。


 何より、確実に勝てる戦で無駄に死ぬほどアホらしい事はないとなれば、優勢だからこそ戦意が下がると云う矛盾も生じてしまう。


 つまり今の今まで、兵士達は無意識のサボタージュを行っていた訳である。

 だが、今回の魔獣の接近により、兵は『本気で』戦うしか生き延びる道は無くなった。

 ハルプロム陥落後に魔獣が迫れば、城内に収容仕切れない兵士は河を使って一旦撤退させても、特に問題はない。

 ベルナール軍をその船に乗せる事が出来るかどうかは、さて置くにしても、だ。


「結構な事じゃないか」

 天幕の外に床几を持ち出して、ハルプロムの城壁を眺めるエーベルト・ベセラは思わず一人()ちる。


 彼は戦闘が好きだ。

 生粋の武人であり、本来ならばこの様な場所で全軍を動かす以上に、自身が馬を駆って敵陣中央への突撃を望む。


 平野部での戦闘が途切れたカグラに於いて、軍馬による中央突撃は山賊相手の討伐戦ぐらいしか出番がないが、それでも戦は戦だ。

 彼の好戦性は充分に満たされていた。


 だが、今回の闘いはつまらない。

 敵は城に立てこもり、主力は魔術師達と攻城兵器である。

 勿論、彼自身も攻撃魔法は充分に使える。

 だが、あんな人形を動かす魔法など欲しくもない。


 どうせなら、自身の魔力を大きく育て、マーシア・グラディウス並みにして見たいとすら思う。


『魔力量や威力は生まれつき決まっていて、()の力に変化は生じない』

 と云う『シェオジェ・レポート』を彼は信じていない。

 何故なら、彼の魔力は少年期から年々増大しているからだ。

 身体を動かし、魔力を消費すればするほど力が増してくるのが分かる。

 外部には秘匿しているが、彼は充分な対抗力場を張り、尚且(なおか)つ大気干渉によって自分の周囲に気圧差を生み出す事で、短い距離ながらもジェット推進的な飛行すらも可能にしている。

 今は時期尚早かもしれぬが、いずれはマーシア・グラディウスとも戦ってみたいとも望んでいた。


 一軍の指揮官としては、実に危険な“戦闘狂(バトルフリークス)”。

 それがベセラと云う男だ。


「なあ、貴様は魔獣を狩ったことがあるか? 俺は未だ無いんだ」

 側にいた副官に問い掛ける彼の目は喜びを押さえきれぬ子どもの目、そのものだ。


「いえ、それはありませんが、一応小型のものでしたら見た事はあります。

 只、それより大きな物は一生、目にしたいとも思いません」

 恭しく頭を垂れる細身の副官に向かって、ベセラはその巨体を振るわせて笑う。


「全く、やっと闘い甲斐のある敵が出てきたんだ。少しは喜べ!

 “鳥使い”とやらとも戦って見たいが、あいつ等は空の上だ。

 今の処は竜部隊に任せるしか無いのが、実に残念だよ」


「ベセラ様。奴らを甘く見てはいけません」

「なあ、ロイド……」

「は!」

「俺は、そろそろ人前で力を解放しても良い頃だと思うんだがなぁ」

「おやめ下さい。あなた様の“真のお力”は、この様な下らぬ局地戦で使うべきものではありません。

 また、残念ながら未だマーシア・グラディウスの足下にも及ばぬ力。

 全力も意味を持ちませぬよ。

 ともかく、負けを重ねた処で別段と家名に傷も付くものでもありません。

 それより時節を待つ事。今は“それ”が何より肝要です。

 いえ、後方に廻され、前線が疲弊するのを待つつもりであったのに、担ぎ出されたのが不運でした」

「確かに! 何も出来んのに戦場に引っ張り出されたのは、実につまらん!」

「今暫くのご辛抱です。いずれ育ち切った時のあなた様の前にはマーシア・グラディウスと云えど、赤児も同然、となると私は見ております」


 慎重ながらも反面、将来に向けた慢心とも言えるロイドの言葉。

 だが、ベセラはそれを特に気に掛ける気配も見せず、更に高慢なまでの自分の意見を重ねる。

「マーシア・グラディウスはともかく、今の力で届くハルプロムぐらいならチャッチャと俺にやらせてくれりゃ良いじゃねーか!」


「城壁の後方に、そのマーシアが居るやも知れぬのにですか?」

 ロイドの言葉は正論であり、流石のベセラも思わず肩を竦める。


 子どもの様に唇を突き出すベセラをなだめるようにロイドは言葉を続ける。

「シーアン、ハルプロム、或いはスゥエン全体もいずれはあなた様のものです。

 いや、いずれは“この大陸全てが”ですな。ですが……」

「だが、何だ?」

「“軍師”なる存在の正体が掴めぬ内に、こちらの手の内を明かすのは得策では御座いません」

「あ~あ! 嫌々だが“チャンスはチャンスだ”と思ってたら、妙な事になってるんだからなぁ……」


 ふて腐れるベセラの気を宥めるようにロイドは余裕を見せる。

「まず、今回は『本物の魔獣』とやらの力を見せて頂きましょう」

「機会があれば“鳥使いの力”も見たいねぇ」

 応じるベセラの軽薄な笑いは、ロイドに負けぬ傲慢さを示すものだ。


 だが、当のロイドこそが、口調を変えた。

「魔獣がここまで到達すれば、敵も何らかの動きを見せるでしょう。

 その時こそ、ハルプロムへの一押しが可能になるか、と思われます」

 胸元に手を当てて恭しさを取り戻す。

 落ち着いた彼の姿にベセラも戦場を真面目に考え始めた。


 そうして、放置しておいた疑問を問い掛ける。

「ふむ……。なあ、さっきからの鉄巨人の爆発だが、あれこそ鳥使い(やつら)の仕業では無いのか?」

「今までの例ですと『鳥使い』は魔法を使いません。

 それと、私には山からの魔力の流れは感じませんでしたが、若様はいかがで?」

「いや、俺にも全くだ! 爆発とハルプロムからの魔力の流れは確かに一致している。

 だがな、何だか妙なんだよ。

 ハルプロムにあれだけの魔術師が居るのかね? まあ、お前の言う通りマーシア・グラディウスが狭間(はざま)の向こうに隠れていても驚かんが、火炎弾としての魔力の流れはやけに小さく感じる。

 本当にハルプロムからの攻撃か、どうかも分からんと云うのは恐いし、何やら嫌な予感もする」


 言葉とは裏腹に、差程恐れる様子も見せずにベセラは軽く肩を竦めたが、答える副官ロイドも余裕の度合いは似たようなものだ。

「ご安心下さい。どの様な魔法に襲われようと、この本陣は安全で御座いますよ。

 まあ、流石に今の我々だけで、マーシア・グラディウスと勝負できるとまで自惚れては居ませんが、城塞を落とす為に奴を引き付ける程度なら充分でしょう」

「確かに! 俺とお前が揃って力を育てていけば、いずれは無敵も夢ではない。

 シナンガル国内に俺たちほど完璧に近い防御魔法の保持者が存在するなど、誰も気付いていまいよなぁ」

「守りだけなら、何とでもなりましょう。

 城市を落としてしまえば、市民を人質に『鳥使い』どもを下がらせる事も可能です」


 彼らは互いに顔を見合わせて笑う。


 その様な中、本陣内部に妙な騒ぎが起きると、莫大な魔力の流れを感じた二人は、直前の余裕も吹き飛ぶほどに緊張を高めた。


「ロイド、気付いたか!?」

「はっ! 侵入者ですな。この魔力量から考えるに、恐らくですがマーシア・グラディウスではないか、と……」

「“噂をすれば影”か……。防衛魔術師隊に結界を張らせろ!

 単騎突入とは舐められたものだな。一度跳び込んで逃げ出せると思うなよ」


「油断無く包み込めば、一撃程度の痛手を与える事も可能でしょうな」

 ベセラの声に頷いて水晶球(スパエラ)を取り出す、ロイド。

 先の上官との軽口と違い、今の彼の瞳にも油断はない。


 だが直後には、表情を変えて首を傾げる。


「若様。マーシア・グラディウスは銀髪と聞き及んでおります」

「うん? そうだな。それが?」

「いえ、この女、何者でしょうか? もしや、この女こそ『軍師』なのでしょうか?」

 ロイドの言葉が終わる前に水晶球を覗き込んだベセラだが、その中に映る姿を見れば、ロイドに続いて首を傾げざるを得ない。


 軍師が男でなくてはならない、と云う事は無い。

 実際、軍師の正体を知る者など全軍に数名しかいないのだ。

 だが、この姿は、“軍師”などと言うイメージからはほど遠い。


 膝や肩、或いは小手など、所々がプレート・アーマーで補強されつつも、全体としては紅いドレスの様に優雅な戦闘服を身に纏った姿。


 なにやら“おとぎ話”に聞いた事のある様な女性剣士の姿だ。

 暫し考えて居たベセラだが、記憶の棚から其の言葉を引き出す事に僅かに戸惑う。

 だが、ようやっと声にしてみた。


「紅乙女……」


 その言葉に反応して、ロイドは目を見開いた。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 何故、自分がこれ程マーシア・グラディウスという名に引かれるのか、それは彼女自身にも分からない。

 だが、記憶を失った十四歳の頃から、彼女の中には何かが足りないのだ。


 その何か、とは“何”か?


 敢えて言うなら『力』だろうか?

 いや、それもよく分からないが、今はそう仮定しておくしかない。


 本来の彼女の持つ『力』、或いは半身とでも言うべき『何か』が彼女の中から失われている。

 そう感じてならない。


 彼女は“それ”を取り戻したいのだ。


 だからこそ『強い者』に引かれた。

 何人かと剣を交えたが、どれも違った。

 あまりにも弱い。誰もが弱すぎた。


 となれば、“大陸最強”の称号を誇る人物と剣を交えなくてはならない。

 行き着いた彼女の願いは、それだ。


 そう! エルフ嫌いのあの男、“アルヴァー・ブルダ”に取り入ったのも、これが為だ。

 大規模な情報網を持つブルダ家に繋がってさえいたなら、シナンガル領内の動向まで見据える事が出来る。

 その情報を元にマーシア・グラディウスの位置を掴み、自由に“干戈(かんか)を交える”

 唯、それだけのために国家に反旗を翻したのだ。


 最初は近衛入団試験に伴っての、単なる試合でも良かった。

 だが、彼女が“目覚めた”と聞いた頃から、いや、あの“落ちた鳥”を調べ始めた頃から、妙な事に『試合』では物足りなくなってきた。

 そして、いよいよ北山峡谷での戦闘が始まったと聴いた頃になると、この思いは抑えられないものになった。


 だからこそ第二次シエネ攻防戦では、シナンガル軍に取り入るかのような事まで行って、マーシアに自分を印象づけた。

 流石にヴェレーネ・アルメットまで同時には相手に出来ないが、チャンスは幾らでも欲しい。


 マーシアが自分を認めるならば、あちらから襲って来てもらっても一向に構わなかったからだ。

 危険ではあっても、確実な道を選びたかった。


 相棒とも言えるジゼッペル・グリッドが捕まった事を知った後は、手はず通りに部下を率いて地下に潜ったが、待つだけでは気が済まない。

 当てもなかったが、単身、シナンガル領に跳び込んだ時、引かれるような思念を受け取った。


 そのまま街道沿いの森へと歩を進める。

 日も当たらぬ闇のような木々の間に、ほのかな光が見えた。


 そこに『奴』が居た。

 外見こそ幼子だったが、一瞬にして分かった。

 これは“化け物”だと。


 つまり、これも又、強者だ。

 だが、これを倒しても自分の望むものは手に入らない気がする。

 いや、いずれ挑むにせよ、まずはマーシアが先だ。


 だからこそ、奴の言葉に従った。

 大気に潜む祖先の精霊が“悪しき形に変化したもの”だったのかも知れない、だが、それでも良かった。

 彼女は知らないが、巧達の地球の言葉で言うなら、

『悪魔に魂を売っても』

 と云うやつである。


 取引は成った。

 そして、彼女は今、ここにいる。


 エミリア・コンデ。


 『軍師』が望んだ不確定要素は、ハルプロムへと達していた。




サブタイトルは競作集『ハンターズ・ラン』(ジョージ・R・R・マーティン他)改変です。

前回から見て、不定期とも言える程に間隔を空けてしまった事をお詫びします。

この様な中でも読み続けて下さる皆様に感謝します。

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