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星を追う者たち  作者: 矢口
第九章 激戦区一丁目一番地
207/222

205:逃走と追撃と攻城と

 マーシアが山頂で絶叫していた同時刻。

 中央街道から北上し、首都スゥエンまで約二百キロ地点に在るシルガラ砦は、今や奇妙な猛攻に曝されていた。


 南東部から弧を描くように北上してきた軍勢は、遂にシルガラ砦を半包囲したが、この地には既に国防軍の増援が満ちあふれている。

 まるで、落とせるはずもない砦であることは二度の突撃で明確である筈だが、彼らは一向に引く気配を見せないのだ。

 上空援護のAHから大軍のド真ん中にハイドラPBXを打ち込まれても、一旦の回避を行った後は、時間差で再度の攻勢に出て来る。


 敵はシルガラを狙っているのではない。

 北上できる主街道を北上して来た訳でなく、道無き道を抜けるように東側の丘陵地を突っ切って現れた敵の一団は、そのまま西へ、つまりハルプロム方面へと歩を進めたがっている。

 だが彼らは、現在ハルプロムを攻撃中の二十万の軍との合流を狙っている訳でも無い。


 単に“逃げて”いるのだ。


 そして、その逃走路の途中にシルガラ砦が存在するため、側面からの攻撃を恐れて、本隊を守る為にシルガラ砦から追撃の陸兵が出て来るのを抑え込んでいる。


 唯、それだけだ。


 砦の中で最も高い展望台から五キロほど南を見れば、攻勢を掛ける敵最前列の遙か後方には、西へと向かう長い列を作った集団が明確に見える。

 彼らがシルガラを抜けてでも西へ向かいたいのは『戦略的移動』ではなく、単なる逃走なのだと明確に分かる程、疲れ切った一団だ。

 だが、彼らは一体何故逃げるのだ。


 誰から? 何から?



 城壁の上。

 過去にボーエンが立ったのと同じ場所に、今は軍服姿の二人の女性が見える。


「ヴェレーネ様。これは一体、何が起きているのでしょうか?」

 二人の内の一人は明確に後方に下がりつつも、万が一の際には前方にいる上官を守れるように身構えている。

 そうして発した彼女の上官への問いは、軽い笑みと共に(たしな)められる事になった。


「リンジー、いけませんね。今の私は“スズネ”ですわよ」

「失礼しました、スズネ様!」

 侘びと共に上官への敬意を示して部下は頭を下げる。


 そう。今、ここシルガラ砦とそこから北に向かう街道を守るのはヴェレーネ・アルメット。

 そして今回の防衛線から、そのヴェレーネの右腕に指名されたリンジーである。

 二人とも見事に姿を変えており、ヴェレーネは例によって金髪碧眼に、またリンジーはいつもの褐色の肌までも隠しきって、赤毛の国防軍女性兵士姿となっていた。


「厄介な存在がいるのよねぇ」

 ヴェレーネはマーシアから伝えられた『軍師』の存在を重く見ている。

 何者かは知らないが、『セム』と繋がりがある、という一つだけで危険な存在で有る事は確かだ。


 クリールと繋がった際に様々な情報を手に入れる事に成功してはいるが、『軍師』について明確に分かったのは、実際の処は名前だけである。


『ティアマト』


 どうにも引っかかる名だ。



挿絵(By みてみん)

(黄色い部分は魔獣の活性化地帯。 紫の矢印は北上ルート。

 オレンジの矢印は20日以降のベルナール軍の一部、約十八万の移動経路)



 だが、その名に関わる疑念はひとまず置いて、現在のベルナール軍の動きを考えてみる。


 本隊がシルガラ攻撃部隊の後方を北西へと進む十万以上の部隊である事は確かだ。

 対してシルガラ砦に押し寄せているのは、大凡二~三万程度の兵数。

 勿論、シルガラ砦は差程大きな砦では無い。


 本来は更に大きくなるはずであったのだろうが、築城前に六ヶ国戦乱が終結したのだろう。

 いずれは城郭になるはずであった平地が砦の周りに広がり、大軍を動きやすくしている。


 また、南に六百メートルから一キロも下がると、今度は段丘部が広がっている。

 本来、北上する敵兵に直線的な動きを許さず、必ず街道を通らざるを得なくさせる効果の有る地形だが、今はそれがミサイルからの格好の退避点となってシナンガル兵を守っていた。


 五メートル前後の段差には登坂できる地点が少なく、そのため突撃の際には大軍が一気に崖をよじ登る訳にも行かない。

 本来なら、幾ら工兵が登坂路を広げる事が出来るにしても、こんな場所から兵を細々と繰り出すのは愚かな事だ。

 だが、攻守が逆転しているとなれば、これはこれで正しい。

 彼らは攻撃をしている様に見えるが、実際は後方を進む本隊の通過を守っているのだ。


「本当に遅い“歩み”だ事……。

 確かに“これ”が無ければ、マーシアの話も信じられなかったかも知れないわね」


「はあ? あの、どういう事でしょうか?

 私には敵本隊は必死で西に向かっている様に見えますが?」


 首を傾げるリンジーの問いに直接答える事は無く、ヴェレーネは少しばかり声を強めて令を下す。

「まずは攻撃ヘリを下げて東への偵察に廻しなさい。

 あの程度の攻撃なら、この城壁で充分に守りきれますわ。

 本来の敵は明後日には此処(ここ)へ達します。それに備えて弾薬を温存しますわよ!」


 その言葉の後に、やや可愛らしい声で付け加える。

「どうせ、半分はハルプロムへの補給に廻さなくっちゃいけないだろうし、ね!」


 その補給には自分自身で向かう、とヴェレーネが言葉にする前から、何故かそれが分かってしまうリンジーであった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「鳥使い達が現れました!」

「見りゃわかるよ……」


 叫ぶボーエンに対してヤンは落ち着いたものだが、別に勝算が有る訳ではない。

 どう考えても勝てそうにない相手である以上、これからどうやって部下を守るべきか、そればかり考えて居るのだ。


 シナンガル軍は一般に兵を使い捨てにする傾向が在る。

 だが、それは飽くまで“議員階級者である将軍達に其の様な傾向がある”というだけだ。

 実際の軍隊では上官は部下を守る事を第一に考える。


 勿論、表だっての指揮系統で命令権は絶対だ。

 状況によっては『仮に死ぬ可能性が高くとも、必ず戦闘目的を達成しろ!』と命じることも、別段おかしな事では無い。


 だが、この世界の軍にも地球と同じく『同じ釜の飯を食った仲間』という言葉は存在する。

 兵士は自分達を生き残らせてくれる上官の命令に従う。

 意見具申も中々認められないシナンガル軍ではあるが、下級兵士には下級兵士なりの抵抗の仕方がある。

 無能を装ったサボタージュ。進軍を遅らせるために先導兵によるルートの封鎖。

 場合によっては病死に見せかけた上官の毒殺まで含まれる。


 単に階級が上位だからといって安心していられるものでも無い。

 無謀な攻略戦や明確な負け戦ともなれば、その手の反抗は次第に露骨になってくる。

 後がない、と判断した兵士達が集団で脱走し、そのまま山賊化する事すらあるのは、地球の中世の傭兵団と何ら変わらない。


 部下の信頼を得る。


 下級士官にとって、此は自分の命を守るのと同義語であった。

 ヤンの場合、保身が全てではないが、やはりその程度の事は知っている。

 何より、馬鹿げた作戦で納得のいかない仲間の戦死者を出すことには耐えられないのだ。


「やはり、勝てませんか?」

「あのな。あいつ等の(つぶて)火箭(かせん)がどれだけの距離から飛んでくるか、お前も知ってるだろ。

 数が不足している今、多数で取り囲んでの攪乱(かくらん)戦法すら使えん」

「と言って、逃げる訳にも行きませんねぇ……」

「まあ、有り難いことに司令官殿は我々をあまり重視していない。

 そこが狙い目だな」

「要は大人しくして居よう、と」

「そう云う事だ。いや、それ以外に思い付かんよ」


 二人はほぼ同時に溜息を吐き、遠くに霞む山頂を見上げた。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 巧が率いることを認められた一個小隊という編成は、本来は威力偵察程度の実行力しかない。

 軍事に置いて、小規模でも本格的な作戦を遂行する能力があるのは、平均編成の一個中隊、即ち百二十五名からである。

 それ以下の兵数部隊に戦線を維持し、作戦を遂行する能力は無い。

 ここに指揮官の質は関係ない。

 単に物理的な問題であり、シーアンで巧の率いる先遣小隊が、あわや全滅寸前まで追い込まれた事などは、それを良く現している。


 よって今回、巧は小隊を主戦力に置くことを諦めた。

 シーアンの様に回廊部の存在しない完全な平野部では、敵に弾薬を打ち込むにしても二十万は多すぎる。

 小隊程度の火力では焼け石に水だ。


 ハルプロム守備隊五千名にしっかりと戦ってもらう必要があった。

 と言っても、そのお膳立ては巧達が行わなくてはならない。

 先遣小隊の最重要任務は『戦闘支援』ではなく、『軍事技術援助』である。



 ヘリでハルプロム城内の広場に降り立つと、行政府からの迎えが馬車を用意して待っていた。

 かなり豪勢なものではあったが、あくまで儀礼用であり滅多に使われないと聞いて巧はやや(かしこ)まる。

 随員に選ばれた辻村も、そこは同じであった様で、どうにも落ち着かない様子を見せた。


 執政官執務室には執政官を中心に二十人以上の主要な執政員達が詰めて救援部隊の長である巧を待っていた。 


 ハルプロムの執政官であり城塞指揮官を兼ねる人物は、スゥエン大隊長においても最年少に当たる青年だった。


 歳は巧と同じ二九才。

 黒髪、金色の光彩の純粋シナンガル人ながら母親は元商人であり、フェリシアの風に馴染み、自国の覇権主義よりも人道的法治政治制度を愛していた。


 と言っても、彼女は別段に人道主義から来る甘い夢想家という訳では無く、利益を得るには迂遠でもそれこそが一番の近道だと知っていたに過ぎない。

 政商一体型の社会を知る人物であり、父親もその見識に惚れ込んで結婚したという。


 その人物の名を聞いたルナールが『ああ、あの男か!』と笑った。

 決して悪意のある笑いではなく昔を懐かしむ笑みであった為、巧も会う前から為人(ひととなり)を僅かに掴めた気がしたが、やはりルナールが好意的な声を発しただけあって、若い都市司令官は元議員階級保持者とは思えぬ程に腰の低い人物であった。


 一国からの反乱、独立などと云う大きな行為を成すのは、案外アンドレア・ハーケンの様な梟雄よりも、ルースやこの人物のような『お人好し』なのかも知れない、と巧はふと思ってしまう。


「ジャービル・ハイヤーンと申します」

 行政府の執務室はシーアンの執務室以上に質素な造りであり、青年の性格を現すかのようだ。

 だが巧は、従える人々が気兼ねなく良い生活を楽しめる様に、嫌いな贅沢を周りに見せつける事も上に立つ者の仕事の内だ、と考えるタイプである。

 彼の理想論をこの部屋に見た様であり、ついつい唇の片端をやや意地悪く上げた。

 とは云え、流石に口に出したのは別の言葉だ。

「お会いできて光栄です。私の知る人物で、あなたと同じ名を持つ大科学者がいますよ」

 そう言って中世イスラム世界の偉人と同じ名を持つ若い司令官に対して、苦笑いを向けるのみである。


「ほう。フェリシアに私と同じ名の科学者が!」

「と言っても、かなり昔の人物で名も殆ど伝わっていません。

 フェリシア人もそうは知りませんね。我々、鳥使いの間なら多少は知っている者もいますでしょうが」


 無名の英雄、無名の天才と云うロマンに憧れるタイプであろうと踏んだ巧の勘は正しく、ジャービルは嬉しそうに何度も頷く。

 それから、何をした人物なのか教えてくれ、とせがんで来る。


 ここに来て、巧はふとある懸念に思い当たって少しばかり彼を試させてもらう事にした。


「ジャービル殿は大物ですね」

 社交を引きずるジャービルを(いさ)める事と共に、別の目的を隠しつつ、巧はまず最初に少しばかりの皮肉を投げかける。

 だが、ジャービルはそれに気付いていない。

「と、言いますと?」


 ジャービルの脳天気な問い掛けに、巧も遂には露骨に口調を変える。

「鉄巨人という史上希に見る攻城兵器を従えた二十万の大軍に囲まれ、ハルプロムと云う都市は七万の市民の命と共に、今や風前の灯火。

 その中で歴史の話に花を咲かせようという余裕がお有りとは、剛胆すぎますな」

 言葉に添えて、困った様に僅かに肩を竦める。


 ここで場に緊張が走った。

 随員の辻村など、巧の行為と周囲の反応を見比べては顔色を青くして固まった侭だ。


 隊長は何をしているのだ! この言動で城塞市執政官や執務員達が怒りを見せたならば、戦闘連携は成り立たない。

 防衛線は、実戦前に精神面からの分断が始まるではないか!


 その辻村の焦りに気付かぬのか、巧はすました顔で相変わらずジャービルを見据えるだけである。


 そのジャービルはと云えば、一瞬は呆けたものの、次いで慌てたように軽く頭を下げ、次いでは詫びの言葉を発する。

「いや! これは失礼しました。正しくその通り、今は一刻の猶予も無い時でした!」

 此は地球で言えば最敬礼に当たるほどの詫びの姿勢だ。

 カグラでは奴隷でもなければ、大きく頭を下げる風習はない。

 また元とは云え、議員階級者が平民に頭を下げるなど、間違っても有るものでは無い。


 これを見て巧こそ頭を下げる。

 巧が見たかった光景は見る事が出来た以上、ここで演技は終わりだ。

 口調も改めて丁寧に詫びを入れた。

「失礼。実は私はジャービル殿の元の身分や御家族の存在を考え、あなたが本当に共和制度的な社会の一員となる覚悟があるのか、やや不安でした。

 あなたが心底からこの街の防衛指令で有るか否か、それを試したことをお詫びします」


 巧の言葉にジャービルは破顔する。

 彼は巧がハルプロム防衛を真剣に考えているからこそ、自分を含めての全てを疑って掛かった事を理解したのだ。

 口調にまで喜びが露わになる。

「これは頼もしい方が救援にいらして下さいました。

 今の流れに喜びこそあっても、怒る要素など何処にもありません。

 ご希望に添えたようで、私も嬉しく思います」


 そう言って、再度の握手を求めてくる。

 巧も今度は自然な笑顔でジャービルの手を取る事が出来た。

 笑顔で手を取る両名に周りから自然と拍手が巻き起こる。

 初回の儀礼的な拍手と違い、心からのものである事が伺える響きがそこには確かにあった。


 だが、その中で一人、辻村だけは縮んだ寿命を数えながら大きく息を吐き、心の中で巧に恨み言をぶつけまくっていた。


 まったく! 毎回々々この人は、本当に心臓に悪いことばかりする、と。





サブタイトルは筒井康隆の名作「脱走と追跡のサンバ」からです。


ハルプロム戦はシルガラのヴェレーネと巧をどう連携させるかに随分と悩んでいます。

勿論、方法は決めているのですが、その繋ぎ方をどう表現するか、が問題です。


二つの戦場を交互に描くのは何度か行っています。

シーアンでは森林内の巧と平野部のマーシアを平行する形で行いましたし、それ以前にも敵味方で別視点から描いてはいます。

しかし、今回は相互の距離が離れすぎています。

にもかかわらず、この二つは連動させなくてはいけません。

ここが難しい!


何より、この闘いは次への繋ぎになりますので、ある人物をどう動かすかで今後が大きく変わってきます。

毎日数行ずつ書き、挙げ句に書いては直し、直しては書き、と云う亀の歩みになっています。しかしながら、その様な中でも辛抱強くお待ち下さっている皆様に深く感謝致します。

今回もお読み下さり、ありがとうございました!

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