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星を追う者たち  作者: 矢口
第九章 激戦区一丁目一番地
205/222

203:理解?

「二度とやるな……、と俺は言ったはずだよな」

 怒りを通り越して声に冷気すら纏う巧。


 それに対してマーシアは、と言えば、

「うう、お兄ちゃん。この拷問は地味に効くぞ……」

 信じられない程に情けない声を出した上に、更に信じられない事には、次の瞬間に悲鳴を上げる。

「ぎゃっ! この糞ガキ! 次の粒子砲の餌は貴様だっ!」


「まだ、反省してないのか?」


「だって、こいつがぁ~」


 今や半泣きとなったマーシアは、シーアン政務庁内に置かれた巧の部屋の床で正座をさせられていた。

 その上、正座開始から一時間が過ぎて完全に痺れきった彼女の足に、時々クリールが爪先での攻撃を仕掛けるおまけ付きと来る。


 文字通り、踏んだり蹴ったりの状況だ。


 何故こうなったのかを、時間を少し戻して説明する。



 マーシアを筆頭とした防衛兵達が全ての鉄兵士を全て片付終えたのと同時に、森から飛び出してきたオーファン。

 その機体には致命的な被害こそ無かったものの、やはりギルタブリルの副装備である小口径荷電粒子砲による拡散粒子は、その装甲の彼方此方(あちらこちら)に微小ながらも損傷を与えていた。


“ウム・ダブルチェ”なる高位魔獣が未だ存在する以上、オーファンの探査能力は重要だ。

 特に“不協和画像センサー”であるセンサー6の活躍が期待されたが、ギルタブリルとの闘いによる酷使が響き、遂には機器の異常警報(レッド・アラート)が灯る。


 その為、警戒をAHとマーシアに任せ、ユニット交換のために巧は一旦、後方に下がらざるを得なくなった。

 また捕虜となった士官の問題の他、赤井からの連絡でコペルと思われる人物が現れた事も、彼が前線から下がる理由に重さを加えたのだ。


 だが、巧はその時知らなかった。

 そう、(マリアン)がこの場に戻って来ている事に……



 大気に大きな変動が起きたのは一八時も大分過ぎた頃だった。

 マーシアの内部に存在するセンサーが収斂の難しくなっていた量子の動きを明確に捕らえるようになった。

 特殊な力場を張っていた存在は遂にその力を使い切ったのか、撤退を始める。

 日暮れが近い事も影響しているのだろう。


 明確に敵の位置が分かった訳ではない。

 だが、ウム・ダブルチェと呼ばれる高位魔獣はダークマター収斂という状態操作を行える存在であったのだろう。

 同じ能力を持つマーシア=マリアンには、その移動する姿を朧気ながらに捕らえる事が出来た。


「調子に乗ってボカスカとエネルギーを振りまいているから結局はガス欠になる。

 見ていろコソ泥めが! 必ず見つけ出してやるからな。 それから後は……」

 そう言って不敵な笑みを見せるマーシア。

 久々に見せる猛禽の笑みである。


 その笑みが不意に消える。

 マリアンの様子がおかしいのだ。


“おい、マリアン! どうした!!

 呼び掛けたマリアンからは、“血の気が引いた”としか言いようのない返事が返る。


(ごめん……、マーシア。 ぼく、失敗しちゃった……)


 何を? と聞こうとして、マーシアの問いは言葉を失う。

 今、自分の中で何が起きているのかはっきりと分かったのだ。


 今までの環境異常の中で、マーシアは量子収斂にかなりの力を注いできた。

 しかし魔力として発現していた力は、その数パーセントにも充たない。

 今、捜している新たな高位魔獣の妨害によるものだ。

 マーシアは自分の力を甘く見ていた。

 戦闘を続ける中で彼女は常に全力でダークエネルギーの収斂を続ける。

 そのエネルギーは魔力にこそ転換されなかったものの、確かに彼女の周りに渦巻いていたのだ。

 そして、問題の魔獣が能力を失った時、集まっていたエネルギーは加速を付けて一気に収斂に向かう。

 マリアンは、この危険性に気付くべきだった。

 つまり、一旦はダークエネルギーの放出を行うことでマーシア周囲のエネルギーをリセットすべきであったのだ。


 処が、彼は自分の仕事である筈のマーシアの力のコントロールから目を離してしまった。

 マーシアは戦時の狂気を捨て去った、と思い込んだ事と彼自身も高位魔獣の捜索に意識が向きすぎていた事が重なった失敗である。


 考えが甘かったとしか言いようが無い。

 気付いた時には手遅れであった。


 高密度のエネルギーはマーシアの周囲に渦を巻き、いつ元素爆発を引き起こしてもおかしくは無い。

 慌てて『筒』を生み出すと、エネルギーを閉じ込めた。

 処が、この行為すら事態を悪化させる。

『筒』に閉じ込められた事によって、ダークエネルギーからクオークやレプトンなどの実体粒子へと転化した素粒子は更に凶暴に荒れ狂っていく事になったのだ。

 荷電粒子と化した各粒子は、相互反応を繰り返し急速に臨界点へと近付いて行く。

 一刻も早く放出しなくてはならない。


 電力に換算しても、流石に丘を消し飛ばした時の二十億キロワット(二百万メガワット)には遠く及ばないが、それでもクリールが毒蛇(バシュム)の平均電力量と告げた百万キロワット(一千メガワット)を遙かに超えるエネルギーが彼女の正面に準備された。


 その総エネルギーはシエネで鉄巨人六十体を纏めて吹き飛ばした時に等しい三億キロワット。

 それに気付いた時、マーシアの笑みは『猛禽』から『狂人』のそれへと変わった。

 いや、本来の彼女に戻った、と言うべきであろうか。


(マーシア、お願い。やめて!)


“何のことだか、さっぱり分からんなぁ! せっかくの努力が実を結んだのだ。

 苦労には成果があって当然では無いか!“


(ぼく、もう知らない!!)


 そうは言っても、マーシアがエネルギーを空に向かって放出するはずもない。

 となれば、マリアンとしては被害を押さえるために、やむなく粒子の通り道を造るしかなく、半ば脅される形で彼女に従うしか無かった。


 上空百メートルまで飛んだマーシアの砲撃は二十キロ先の森林を直撃したが、魔獣を撃破した手応えはなかった。

 惜しい所で逃げられた様だ。

 だが、直撃地には直径百メートルを超える大穴が空けられ、数万トンの土砂が豪雨のように降り注ぐ。

 一旦は炎上した森も、その土砂に埋められるように一瞬で鎮火した。


 その光景の中、敵を仕留められなかったマーシアの怒りは凄まじく、完全な狂気に陥る寸前である。

「もう一発、用意しろ!」


(無茶言わないでよ、マーシア! 魔力枯渇で死んじゃうよ!)


「マリアン、久々に会えたんだ。 少しぐらい優しくしてくれても良いだろ?」

 やけに艶っぽい声を出すが、この様な声を出す時のマーシアこそが最も危険な存在だと言う事を、マリアンは過去の経験から知っていた。

 もう一度引きこもろうか、と彼が悩んだ時、唐突にDASメットに通信が入る。


「なあ、マーシア。お前、今、何をした?」

 静かな声。

 だが、その声は狂気に陥る直前の彼女を現実に引き戻すには充分すぎるものだ。

 巧は確かに怒っていた。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「うう、お兄ちゃんは鬼畜だ……」

 巧の肩に寄りかかりながら、必死で歩くマーシア。

 その腰つきを後方から見ると、やけに(なま)めかしい。


 すれ違う兵士達が思わず唾を飲み込む。


「妙な腰つきで、誤解を招くような言葉を口にするんじゃない!」

「これぐらいの抵抗は許される筈だぞ」

「お前はなぁ……」


 呆れはてる巧ではあったが、マーシアは足の痺れもだいぶ和らいできたのか、ようやっとまともに話を始める。

「処で、なんで執務室に向かうの?

 カーンなんか放っておいて残存兵力の捜索に手を回すべきだと思うんだけど?」

「別に殊更カーン氏に用がある訳じゃ無い。

 しかし、この街の責任者は彼だ。あまり蔑ろにもできんだろ。

 あと、ここからが重要だが、お前の言う“残存兵力の索敵”に関わる会議が終わった処だ。

 決定した事は聞いておけ」

「は~い」


 足など疾うの昔に正常に戻っていたが、執務室のドアを開くまでマーシア腕が巧の首から離れる事はなかった。

 執務室でその男を見なければ、いつまでしがみついていたやら、である。



 テーブルにはカーンの他、赤井来栖、相田了、そしてコペルニクスの三名がマーシアの到着を待っていた。

 彼女が巧から『躾』を受けている間に、会合はかなりの処まで進んでいたのだ。


「む、何故貴様がここに居る?」

 マーシアの言葉は、当然だがコペルに対するものである。


「相変わらず、酷い! とっくに和解した仲じゃないですか。

 それに魔力の供給だってしたのに……」

 とコッペリアとして行動した時の事まで引き合いに出してマーシアをなじるが、顰めたままのマーシアの眉の形が変わる事は無かった。

「まあ、そう云えばそうなんだろうが、どうも貴様の真の狙いが分からん!

 あと、本当は何者なのかも、な!」


 確かにマーシアの言葉もやむを得ない、と言える。

 コペルはフェリシアに、いや正確には国防軍側に付く、とは言った。

 事実、行動にもそれを示して幾度も彼等の危機を救ってきた。


 だが結局の処、最後の最後で彼が何を目的にしているのか、未だ分からない侭である。

 シナンガル-フェリシアの両国が対等に生きていく事を求める、という言葉をそのままの意味で信じるには、彼の力は巨大すぎるのだ。

 そして、彼は自分が何者で、どの様な位置に立っているのか、或いは所属しているのか、すら明らかにしていない。

 個人、というには力が有りすぎる。

 かと云って、何らかの組織の一員とも思えない。


 唯、互いを信じて行動を共にしているに過ぎない存在と言えた。



「高位魔獣を倒す事を控えて欲しい、と云うのがコペルさんの言い分だ」

 巧の言葉にマーシアは目を見開く。

「何を言ってるんだ!」


 耳元で怒鳴られて思わず鼓膜を押さえる巧であったが、マーシアの怒りも分かる。

 何せ、さっきまで自分も同じような言葉をコペルに投げかけていたばかりなのだ。

「まずは説明するから、座れ」

 とマーシアを落ち着かせるしかなかった。


「つまり、あと一体魔獣を倒した場合、今まで倒した四体が復活する可能性があると云う訳か?」

「それも、普通の復活の仕方ではありません」

 マーシアの問いにコペルは冷静に言葉を返すが、何やら“その責任は自分にある”とでも言葉を付け加えそうに、一瞬だが肩を竦めて見せた。


「強化した復活とは厄介極まりないですね」

 と相田が危険性を再確認する。

「まあ、そう云う訳だが、いざ目の前に迫られて“倒さない”という訳にもいかんだろう」

 続く赤井の言葉も正論である。


 よって、緊急時には殲滅もやむを得ないが、基本は戦闘力を奪う方向で話が進んでいく。

 その中で、巧はコペルにひとつ問いを投げかける。

「なあ、この魔獣の復活の責任がコペルさんにあるにしても、それがこの世界の摂理というなら、それに異議を唱えるつもりはない。

 でもね、ひとつだけ答えて欲しい」


「何でしょうか?」


「復活の周期だ」


「今回は例外的に早い。約一月。本来なら数百年のスパンを置く……」

 コペルは指先でコツコツとテーブルを叩いた。

 彼らしくない行動は、あまり話したくない内容なのだろう。

 だが、だからこそこのチャンスは逃せない。

 巧は畳み掛ける様に問う。

「もしかして倒す条件によって復活周期に違いがあるのかい?」


「正解」


「具体的には?」


「マーシアの火炎弾やアルスの氷結などの範疇ならば、いくら強力な魔法で倒したにしても高位魔獣の再生周期は固定される。

 しかし、あの荷電粒子砲で倒した場合は規定外の倒し方と判定される。

 威力が馬鹿げて巨大だ。あれを連発した場合は気候変動すら起こしかねない。

 それに何よりも係員の関わり方が現在の大きな問題となっている」


「係員?」

 誰もが首を傾げる中でマーシアの脳裏に電光が走る。

 何処かで聞いた言葉なのだ。

 思い出せない事に苛ついたが、コペルはその言葉を流していく。

 語る必要はあるが説明は出来ないのだと。


 何やら中途半端な話し合いとなってしまったが、情報は無いよりは良い。

 また、ここからが本題となったのだが、これから先の高位魔獣への対処に自分を参加させて欲しいとも。


 今までのコペルらしからぬ物言いに巧は首を傾げる。

「そいつは“中立”を破る事にはならないのかい?

 今回の戦闘はフェリシア内での防衛戦闘とは訳が違うんだが」


「うん、そこが大きな問題だった。

 だが『セム』としてはいずれ現れる『レジーナ』を見つけやすい位置に僕を置きたい。

 表だっての戦闘は出来ないかもしれないが、僕がマーシアの側にいる事を認めて欲しいんだ」


『セム』という言葉にマーシアはようやく思い出す。

“セム”、“係員”

 いずれもあの『軍師』が城塞前の鉄巨人の掌の上で発した言葉だ。

「おい、コペル! その『セム』とやら、一体何者だ!」


「摂理の責任者の一人、と言っておく。それ以上は言えない」


 暫し睨み合う二人。

 が、結局はマーシアが矛を収める。

 悔しいが今を持ってしてもマーシアがコペルに勝てる可能性など、万に一つも無い。

 時を待つしか無かった。





ご無沙汰しております。

現在、忙しくなっております。

飛び飛びになっていますが、御容赦下さい。


サブタイトルはテッド・チャンの短編からです。

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