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星を追う者たち  作者: 矢口
第九章 激戦区一丁目一番地
204/222

202:ブルーの種

 九条飛鳥。

 厚生労働省メンタルヘルス審議官、並び政府連絡員。


 これが現在、彼女の“表だって”の身分である。


 八月二十一日。


 シーアンでの戦闘が開始された頃、彼女もまた彼女独自の戦闘へと突入していた。

 即ち、情報戦である。

 目の前で茶席を共にする人物は、陸軍内でもエリートコースを走ると言われる国防大学、年次三位での卒業者。


 名を太田垣実。 階級は少尉。

 容疑はカグラに関わる情報の海外宗教組織への譲渡である。

 政治上、この世界は仮想世界としての存在だが、契約上の“ゲームプログラム”としての情報を抜き出したならば、それは立派な『窃盗』であり、また『公務員としての守秘義務』や『機密保持義務』にも触れている。


 逮捕要件として無理は無い、と思われる。


 問題は、金銭を目的とした行動では無く、国家・組織への反逆の大きさを無視してでも宗教的正当性を上位に置き、『確信犯』的に行動する彼の目的が掴めない事だ。


 彼とその背後の団体が持つ最終目標については、推測ですら、なんら掴めていないと言うしか無かった。



 フェリシア暦で白川、玉川、九条の三名がシエネの魔法陣に現れたのは先月の二十四日。

 そろそろ一月(ひとつき)を過ぎようとしている。

 問題の人物である太田垣と九条の接触は偶然ながらではあるが、実に上手く行った。

 その後、情報取得を焦る九条を押しとどめたのは同階級ながら上司に当たる白川である。


()えて、こちらから情報を求める必要は無い。

 宗教に走って間もなく、尚且つ、それにのめり込んでいる人間は自分の宗教の素晴らしさを周りに吹聴したがるものだ。

 彼は確かに大きな秘密を持っている。

 そう簡単に秘密に関わる事柄を口にする事は無いだろう。

 だが、彼の持つ秘密が大きく、その理想が高ければ高いほど、それに関わる事を口にする誘惑に耐える事は出来ない。

 また、軍の外にも(こころざし)を共にする同志を求める必要が在る筈だ。

 それが彼の口を開かせる彼自身の理由付けになるだろう。

 長くとも一月(ひとつき)の間には、必ず向こうから君に話題を振ってくる事は間違い無い。

 カウンセリングならともかく、日常会話に於いては、こちらから宗教の“し”の字も出してはならん!」


 この様に厳命され、九条はそれを頑なに守っていた。

 唯、ひとりのカウンセラーとしての仕事のみに打ち込んだ。


 しかし、これはこれで多数の軍人を相手にして、人間の本音を読み取る良い訓練にも成っていた為、彼女に焦りは少なかったと言える。

 それが功を奏したのだろう。

 接触から二週間後には太田垣自らが問題の話を持ちかけて来た。

 白川の読みは正しかったのだ。


 九条は自分の顔立ちに自信はある。周りもそれを認めており、小田切が彼女を選抜した理由もここにあった。

『自分の能力は容貌と関係無い!』

 と一時は憤った九条だが、“使えるモノは全て使え、それがプロだ!”との小田切の言葉を否定は出来ず、仕事と割り切って彼との交友を深める。

 但し、肉体的な接触は厳禁である。

 後の裁判に於いて検察側が不利になるからだ。

 下手をすれば公判が維持できない。


 ここが信用を得るに際して最も難しいかと思われたが、太田垣は熱心なクリスチャンである。

 その心配は杞憂に終わった。


 二週間前に初めて話が始まった時はキリスト教をどう思うか、という他愛もない極普通の信仰者の会話。

 だが日を重ねる内に、次第に彼は他の宗派への不満を口にするようになる。

 それに伴って、社会に対する不満までも、だ。


 今日の会話ではいよいよ本題に入るのではないか、と白川は見ており、初めての事ではあるが九条に無線のスイッチを入れさせる。

 この様な時、ポケットに翻訳無線機が入っていても言い逃れが出来るカグラの環境は有り難い。

“ポケット内のものは、常に持っていてもおかしくないもの”

 これだけで会話を送信する九条の緊張を緩和でき、いつもと変わらぬ自然な口調を維持できた。


 だが、相手の太田垣こそが緊張を隠さない。

 いつもならオープンテラスを利用するホテル・カメラートのカフェ。

 ところが今日の彼は、奥のボックス席を選ぶ。

 自由人(バロネット)達が取引の秘密を漏らさぬように、好んで予約するのが常となる席であった。


「九条さんは、人間の欲求の中で最大のものは何だと思いますか?」

 宗教談義になる予測をしていたが、いきなり方向の違う問いに思わず戸惑う九条である。

「え?」

「ですから、“人間の欲求”です」

「あ~、そうですね。 人間の三大欲求というぐらいですから、食欲、睡眠欲、あと、」

 そこで言葉を句切って少し照れた様に九条は付け加える。

「せ、性欲、のどれか、を選ばなくちゃならない、んですよね?」


 腹の中では、“我ながらカマトトぶってるなぁ”と苦笑いの九条だが、太田垣はそんな心情に気付こう筈もない。

 いよいよ、自分の中の秘密を口外できる日が来た、と意気込んだかのように彼の声が、やや高くなる。


「はい、仰る通りです。

 しかしですね、問題はその三つの『欲』、つまり“三大欲求”の根本には“ある大きな一つの欲”が存在している事です。

 三大欲求とは、その隠れた欲を満たすために表に現れたモノに過ぎません」

「はあ……?」

「三大欲求が求めるモノ。それは“自己保存”です」


 つまり、三大欲求とは、“生きる”或いは“種の保存”の為の欲求だ、と云う事だが、そんな事は熱弁されるまでもない。

 この男は何が言いたいのだろうか、と九条は悩むが、焦ってはいけない。

 答は目の前にあるのだ。

 彼女は待つだけである。


 太田垣の問いは続く。

「話は変わりますが、九条さん。今の地球をどう思いますか?」

「は?」

「おっと失礼、つまり今の国際情勢ですね」


 今、九条達の世界は混乱の中にある。

 一九九〇年代初頭に新言語化されたグローバリズムと呼ばれる『凡世界秩序主義(ワールド・オーダー)』は、一九七〇年代から続く先進諸国への移民を爆発的に増加させていった。

 そこに、ポリティカル・コレクトネス(政治的言論の正しさ)が加わった事で、移民に対する軽い不満を口にする事ですら、「人種差別行為(レイシズム)」と見なされる様になり、挙げ句は他宗教への弾圧行為として欧州各国ではクリスマスを祝う事すら難しくなっていく。

『メリー・クリスマス』という言葉は死語となり、変わって『ハッピー・ホリデー』と挨拶がなされる様になった。

 更に進むと二〇一〇年頃までには、北欧ではブルカの着用は認められても十字架を身に付ける事は非常識な行為と認識される様になる。


 こうして人権派の暴走は止まらぬまま月日は流れていった。

 だが、旧来の文化を否定された欧州白人の怒りは次第に火種となって燻っていく。

 遂には移民への怒りと鬱憤を銃乱射で露わにする者まで出て来たが、当然ながら締め付けはより厳しくなり、クリスチャンの不満は益々高まる。

 結果、二〇五〇年代の今日では、EUに於いての民族対立は明確なものとなった。

 今や欧州各国はテロと暗殺が繰り返される内戦に突入したと言っても良いだろう。


 インドでのカーストシステムは未だ生き続けており、二〇〇〇年初頭よりも更に強固になった。

 中東諸国は世界での石油需要が大きく低下した事で収益を失い、一九世紀以前に逆戻りと云っても良い。

 とは云え、一度でも科学社会の恩恵を被った人々は、それを失う事に耐えられない。

 技術発展の進んだ欧州各国へと移民は絶えず流れていく。

 彼らの神がそれを許すのだ、との言葉と共に……


 九条達の母国は移民に対しては割合に慎重な政策を取ってきた事により、民族文化の破壊を免れている。

 勿論、過去の状況は常に安全であった訳では無い。

 一度ならず危機的な法案が通り掛けた事もあった。

 いや、実際に一度は危険な入国管理法が国会を通過し、爆発的な不法就労者が入り込んだ事もある。


 しかし、日頃は腰の重い政治家達には珍しく、政権交代後には直ぐさま改正入国管理法の撤回をするなどして、危うい処での人口侵略を逃れたのだ。

 国民が持つ常識と積み重ねられた文化が辛うじて国を守ってきたと言えた。


 だが、そうなると豊かさを求める側としては、最後は物理的侵略しか方法が残らない。

 分裂した大陸側の軍閥は大小様々に船団を組んでは国境際の無人島を狙って、じわじわと占領を行い、発見されれば開き直って領土主権を主張する事の繰り返しである。

 挙げ句は島嶼の監視に追われる海上警備隊の隙を縫っては本土への侵攻を企て、遂には実行にもためらいが無くなってきた。


 国防海軍の警備出動まで認められた今、洋上は臨戦態勢にある。



「酷い有様ですね……」

 九条は思いのままを口にするしかない。

 事実、その事を思えば、表情も暗くなる。

 演技をするまでも無かった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「やっぱり、この星を乗っ取って侵略する事でも考えてるんですかね?」

 無線を聞く玉川が、日頃の持論をまたも口にした。

 煙草を吹かしながら、白川はあきれ顔になる。


『次元跳躍』などと云う人類には及びも付かない技術で国防軍はこの地に招かれている。

 その“魔法”無しにして、この地を踏む事は決して出来ない。

 そして、仮にでも彼ら『望みの扉』にその様な能力があるのなら、この様に魔獣の跋扈する危険地帯など放置して、火星にでも新天地を求めればいい。

 それだけの力を持つならば、惑星改造すら容易いだろう。


「アホウ……」

 一言だけ呟いて、スピーカーに集中する事に戻った。

 太田垣の言葉にいよいよ熱が入り始めたのだ。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「我々は棲み分けなくてはならない、と思いませんか?」


「は? あの、どういうことでしょうか?」


「この世界には、人類が追い求める二つのものがあります」


「ふたつ?」


「ええ、そのひとつは宗教の否定。 いえ、正しくは一神教の否定ですね」


 この言葉には、九条のみならず、無線の向こうの白玉コンビまでもが度肝を抜かれる。

 太田垣実と云う人物は熱心なクリスチャンでは無かったのか?

 その彼の口から“人類に一神教は要らない”という言葉が出てきたのだ。

 驚くな、という方に無理がある。


 九条も演技する事すら忘れ、素のままで問い掛けてしまう。

「え、あれ? あの、太田垣さんは確かクリスチャンだったのでは?」


「はい、私がクリスチャンである事に変わりはありません。

 しかしですね……」

 太田垣は、ここで一旦言葉を句切ったが、意を決したように遂に口を開いた。

「実は、“我々の派”では、別段イエスを“神の子”とは見ていないのです」




「馬鹿な!」

 スピーカーから流れる言葉に思わず叫び声を上げる白川に、玉川が驚いて振り返る。

「どうしたんですか?」

「いや、すまん。聞き逃しちゃまずい。続けよう」


 一応に平静を保った白川だが、実際のところ彼が声を上げて驚くのも無理は無かった。

『望みの扉』はキリスト教としては、やや変わったところのある宗派ではある。

 二〇〇年前の開祖自身が預言者を名乗り、現在本部の置かれている州を占領した上で宗教を根幹にした独自法の制定を仕掛ける直前まで行った。

 このため一時は連邦政府との内戦にすらなりかけた苛烈な成り立ちを持っている。

 だが、その過激とも言える歴史の中ですら“キリストの神性”を否定した事など一度もない。



 九条もそこが気に掛かり、自然と質問はそこに流れる。

「あの、イエスが“神の子”でない、とはどういう事でしょうか?」

 九条の問いに太田垣は流れるように答えていく。

「元々、キリストの誕生日がミトラ教の神、太陽神ホルスの再生からの借り物である事はご存じでしょうか?」

「ええ、まあ、そう聞きますが……。

 しかし、それはクリスチャンが口にして良い事では無いのでは?」

「いえ、違います。 クリスチャンだからこそ、それを認めても良い、と云うのが我々の考えです」

「“望みの扉”が、その様な見解を出したのですか?」

 その様な発言が有った事など今に至るまで確認されていないが、九条は敢えて知らぬ振りをして問い掛ける。

 どうやら、彼のバックにいる存在は『望みの扉』そのものでは無く、団体内部でも特殊な一派閥に過ぎないのではないか、との疑念が強くなる。


 そして、太田垣の答は“是”であった。


「我々の一派は自らを“(カラー)”と呼びます。

 正式には別の名がありますが、今は知らずとも良いでしょう。

 ともかく重要な事は、何故、太陽の再生の日である“冬至”をキリストの生誕日に当てたのか、という事ですね」

「何故でしょうか?」

「キリストの死後、彼を祭り上げた人々は確かに一神教を欲していたのでしょう。

 集団を纏めるには多神教より一神教の方が有利ですからね。

 しかし結局、人は自然崇拝から決して逃れられないのです。

 あの中東教ですら月を特別なものとして神聖視します。

 また、色としては、特に“緑”を好みますね。

 これは宗教には関係ないと彼等は言いますが、ならばこそ、砂漠の民である彼等は夜の涼しさと緑の豊かさに対しての“憧れ”を隠せていません。

 ですから、キリスト教を広めた人々も無意識に太陽を崇拝したのだ、と云うのが我々の考えです」

「はあ、なるほど、よく分かりました。

 しかし、それなら別段、この世界にこだわる事はありませんよね。

 共存するならば私たちの国ででも良いんじゃないですか?

 私たちの国でも、あまり意識されてこそいませんけど、太陽は特に神聖な存在です。

 それに何と言っても、神様は『八百万』ですよ。

 長く使えば道具だって“神”になっちゃう国です。多神教が良いというなら、キリスト教に拘らずに、うちの国に帰化でもしちゃえば良いじゃないですか。

 この世界の“何か”に拘る必要は無いと思いますけど?」


「道具が神になる、ですか。

 確か、付喪神(つくもがみ)ですね。九条さんも中々にお詳しい」

 そう言って太田垣はにこやかな表情を見せる。


 だが、次の瞬間、彼は表情を一変させ、独特の鋭い目を更に細めた。

「では、付喪神の名前の由来はご存じですね?」


「ええ、元は“九十九神”と書きますね。

 さっきも言いましたが、“九十九”は長い年月という意味合いです。

 長く使えば道具も神になる。

 そう云う事だと覚えていますが、それが?」


「長い年月を経て別の物に変わる。人間にもその様な現象が伝承化されている事はご存じですか?」


「?」

 一瞬、はて?となった九条であるが、太田垣は直ぐさま答を出してくれた。

「仙人です」

「ああ、なるほど」

「それから、ヨーロッパでも長命に憧れる伝承はあります」

「それなら分かります。メトセラですね!」


 メトセラとは箱船で有名なノアの祖父に当たり、九六九才まで生きたという。

 彼の死後、世界は洪水に見舞われ、その後、人の寿命は極端に短くなったのだと云う。


 九条の言葉を受けて、太田垣は嬉しそうに頷いた。

「はい、そのメトセラはキリスト教でも宗派によっては聖人に列せられています。

 彼の長命伝承はヨーロッパ文化に大きな影響を与え、錬金術もその願望の下に発展してきました」


「成る程、それが最初の話に繋がる訳ですか?」


 最初の話とは、“人間の三大欲求”が“自己保存”、即ち、生き延びる事を根本にしたものだと云う事だ。

 単なる多神教を求めるなら、アジア・アフリカ各国にその文化を求めればいい。

 だが、当然だが不老不死の技など地球の何処にも存在しない。

 宇宙ですらエントロピーの増大により、最後は『熱的な死』を迎えると言う。


 無限とも言える宇宙そのものですら、死という時間の神の支配を逃れる事は、決して出来ないのだ。


 処が驚いた事に、彼はそれに抗する答が“このカグラにある”と言っている。

 仮に、人にとっては無限の如くに感じる“数千年の生命”を指す言葉だとしても、実に馬鹿げた話だとしか言いようが無い。


 だが、重要な部分はそこではない。

 彼は、或いは彼等一派は何故この様な事を信じるのか、という事なのだ。

 その根拠は何か、其処が知りたい。


 その疑問が表情に表れた訳でもないのだろうが、九条の疑問に答えるように彼の話は続く。


「地球の医学もナノマシンと量子コンピュータの発展によって、大分進みました。

 先進国では寿命も伸び、次世代では平均百十才までは健康を維持して生きられると言われていますね」

 太田垣の言葉は更に熱量を高めており、感情を抑えながら話を続けている事が無線越しに聞く白川達にまで明確に伝わってくる。


「確かに、そうですね。 良い事だと思いますが?」

 話を進めさせるため素直に相槌を打った九条だったが、その言葉の何が太田垣の心情に触れたのか、遂には感情を隠さず不快を明確に表す。


「良い事? 本当にそう思いますか?」

「え?」

「我々の次の世代で百十才が不可能でも、百才くらいまでの健康な寿命は大抵の先進国で保障される様になるでしょう」

「ええ、そうですね」

 この人は何を言いたいのだろうか、と九条は思わず首を傾げる。


「ただ、医学発展により変化を迎えるのは寿命だけでは無いのです」

 それが何か分かるか、とその瞳に問い掛けられ、自信は無かったものの九条は取り敢えず答を返す。

「え~、健康でしょうか?」


 それを聞いて太田垣はクスッと笑う。

 馬鹿にしている、と云うより、やけに悲しげな笑いだ。

「流石は厚生労働省の審議官ですね。

 確かに答は健康と言えば健康でしょう。 でも、その健康には“大きな意味での”心の健康も含まれます」

「心の健康?」

 精神疾患者の遺伝子を抑制する事を指しているのだろうか?


 悩む九条を尻目に、太田垣が口にした一言は、無線を聞く白玉コンビを含めた三人を実に不安にさせる単語であった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



『ジーン・リッチ』


 結局、太田垣はこの言葉だけを残して、その日の会話を終えた。

 白川、玉川、九条、そして急遽、カグラに呼び寄せられた小田切の四名がテーブルを囲む。

「確か、“デザイン・ベビー”の事だったな?」

 白川の言葉の示すものは、遺伝子操作によって受精前に肉体も頭脳も優秀に組み替えられた新生児の事である。

 現時点で“デザイン・ベビー”は倫理上の問題もあって認められていないが、出生前の診断の様に遺伝性疾患を予防する意味合いでなら、精子や卵子の操作は認められている。

 勿論、簡単に許可が下りるものでもない。


 iPS細胞による治療が進んだ事もあって、今では多くの遺伝疾患でさえも生後治療は難しくない。

 そのため出生前に遺伝子を弄るなど、余程の理由が必要だ。

 倫理が許さないのも当然と言えた。


「彼は“優生学”の一派なのかな? それとも反対派?」

 小田切の問い掛けに、九条は首を横に振るしかない。

 あの会話だけではYESともNOとも、どちらとも取れてしまうのだ。

 唯、ひとつだけ言える事を口にする。


「彼の言葉には矛盾を感じます」


「と、言うと?」

 首を傾げる玉川を見ることなく、彼女は俯いたまま喋る。


「つまり、永遠の命や優秀な種をこの世界に求める様な言葉を発しつつも、同時にそれを恐れる、とでも言えば良いんでしょうか?

 すいません。良く、分かりません……」


 太田垣は、この後一月間は南部戦線で闘う事になった。

 暫くは彼との接触も難しい。

 つまり、手詰まりだ。


「う~ん、我々も一旦は地球に戻るとして、こうなると医療関係者に協力を仰がなくっちゃならんだろうなぁ」

 白川の呟きに、小田切が反応する。

「それなら、二兵研の繰根(くるね)先生に御助力を願うかな。

 何と言っても彼女なら、既に我々とは顔見知りだ」


 その言葉に、白玉コンビが腹を抱えて笑いだす。

 反面、取り残された九条は困惑の表情を隠せなかった。




サブタイトルはオーソン・スコット・カードの「ブルージーンを身につけて」(或いは「ブルージーンを身に纏い」)からの転用です。


う~ん、社会理論、戦闘、心理、宗教、物理、宇宙科学と話に色々詰め込みすぎたため、纏めに向かうごとに表現や展開が難しくなっていく事を実感します。

勿論、着地点は決まっていますので完結のお約束を破ることはない、と自信を持っています。

また、モチベーションも未だ開始の頃から衰えていません。

しかし時間というのはやはり有限です。

今暫くは、このペースで書くことをお許し下さい。


なお、忙しくなる前に少しずつ書きためてあった「ライト・チーレム」ものを出して間をつなぎたいとも思っています。

今週中には発進できると思いますので、よろしくお願いします。

(理論構築は無視したファンタジーなので楽かな、と思ったんですが、今度は難しい言葉を避けるというのが実に難しかったです)

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