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星を追う者たち  作者: 矢口
第九章 激戦区一丁目一番地
199/222

197:彼等の戦場(後編)

軍師(ティアマト)』は今、全体的には上機嫌であり、部分的には不機嫌である。


 上機嫌の理由は、全体の計画が思い通りにいっている為、部分的に不機嫌なのは、あのエルフがまたも現れた為である。


“あのエルフ”

 つまりはマーシアだ。

 ティアマトとしては当然“あの女”の前に姿を現して、叩き潰したい気持ちはある。

 だが、『軍師』としては“やるべき事”を放り出してまで、あちらに拘る訳にはいかない。

 何より、アクスの行為によりマーシアの砲撃は封印され、『基体援護装備』程度でも充分に対応する事が出来る程に弱まった。

 手駒であるルナールが危機に陥ることも有るまい、と考えた。


 そう云う訳で、今は東へと向かう。

 だが、まだ少しばかり時間もある。

 暫くは舞う様に飛びながらも次第に速度を上げ、最後は一直線に高みを目指した。


 弛むことなく彼女はぐんぐんと昇って行く。

 空は明るい“青”から濃い“蒼”へと変わりゆき、遂には漆黒へと近付く。


 高度三十キロ。昼間でも星が瞬き始める高さは疾うに超えた。

 もう二十五キロメートル程上がれば成層圏を抜け中間圏である。

 星は手が届きそうな煌めきを見せているが、此処は未だ重力の井戸の中だ。

 地球より僅かに重力の弱いカグラでは、大気層が少しばかり高くなる。


 宇宙はより遠いのだ。


 この数分の間に流星が八つ、九つと燃え尽きるのが遠くに見えた。


『だいぶ飛べる様になったけど。この位置を維持するのが精一杯か。

 まあ、どのみち後ちょっとは降がんないと、この身体じゃあねぇ……』


 金色の光彩を持つ、つややかな黒髪の少女。

 来た時に比べると大分緩やかに高度を下げつつも、瞳は(そら)を見上げ続ける。


『早く、帰りたいなぁ……』


 誰一人に届くことなき細い呟きは、果たして、どちらが発した言葉だったのだろうか?



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 ルナールの後方に控える筈の七十頭の竜。

 だが、今はその気配すら感じられぬ程に静まりかえっている。

 人間の緊張が竜にまで伝わっているのだろうか?

 それとも、あの化け物の圧力に恐れをなしているのか……。


 そう、いよいよ戦魔王ザーストロン・ルシフェル・マーシア・グラディウスが出て来る。

 丘を消したと云われる『砲撃』について、軍師は“あれは封印されている”と自信満々に答えた。

 だが、それが事実かどうかなど最後の最後まで分からないのだ。


 陸戦隊の本陣は南の森の中を出来得る限り、広く分散して潜んだ。

 翼飛竜隊も今は地面を這って西の森へと逃げ込んで来る。

 唯一人に八万の軍と百三十頭の竜が身を竦めさせられているのだ。


『問題無い、大丈夫だ!』と言われたからと云って、『ハイ分かりました』と納得できる様な相手では無い。

 あの化け物が鉄巨人とどう闘うのか、それを見極めなくては後続歩兵処か竜部隊ですら飛び立つことは難しい。


 よって、まずは様子見である。


 エーベルト・ベセラはハルプロムへ向かった。

 シーアン方面陸戦隊指揮官は、チョ・ガンゾである。

 ベセラの部下ではなく、元シルガラ砦司令官ハン・ブンゲンの一族に名を連ねる男だという。

 ナメクジから手足が生えている、という表現がぴったり来る贅肉と、動きののろさ。

 見苦しさが服を着て歩いているかのようだ。

 シナンガルのみならず、カグラの人間には肥満体という存在自体が珍しいのだが、このガンゾと云う男はハンと同じく、その一部の例外に入る。

 挙げ句、見た目のみならず性根もそれに沿ったものの様であり、貴重な補給力を使って戦場に見合わぬ高級酒をトン単位で持ちこみ、加えて娼婦までもダース単位で引き連れてきていた。


 今回は名を聞いた事も無い将官や、質の悪い議員の親族がやけに多く出て来る。

 どうやら主席選挙が近い事が影響しているようだ。


 ガンゾはようやっと到着したと思えば、先遣隊指揮官を無能と罵るだけで、特に策を練るでもなく、『軍師』からと思われる指令書を先遣隊指揮官に放り投げると、女と料理人を率いて森の奥深く、魔法陣のすぐ側まで引きこもってしまった。

 全く持ってやる気が見えないチョからの指令書を受け取った先遣隊指揮官のザシャ・デデキントが結局は全てを受け持つ事となった。


 シーアン攻略に失敗すれば彼の責任、成功すればガンゾの功績という訳である。


 兵の耳に入れば、やる気を削ぐこと甚だしい話だ。

 尤もザシャとて同情に値する人物とは思えなかった。

 後退してきた平兵士を、容赦なく火炎弾の餌食にしたとも聞く。

 また南部の集落の農民を殴殺したのは、戦術のため以上に“小銭稼ぎ”が目的だったらしく、村から略奪した銅貨壺を兵士達から回収しているのをルナール自身もその目で見ている。


 その様な腐臭漂う事実を誰一人として表面に見せることなく、虚飾一辺倒であった一昨日の陸空合同の軍議を思い出したルナールは、体内に毒でも撒き散らかされた気分になり、吐き気を覚える。

 自然、その毒を体外に追い出すかのように唾と不満を吐き捨てた。

「全く持って、何奴も此奴も腐ってやがる!」


 怒り狂うルナールは何か大切なことを忘れている気がしているのだが、胸を覆い尽くす不快感は、それを思い出させてはくれなかった。


 彼が思い出さなくてはならない大切なこと、それはいつの間に“守る”と決めた少女の今の行動。

 いや、正しくは乗っ取られた彼女の体を『軍師』が“今、どの様に使っているのか?”と云う事であった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 マーシアは最前列中央に位置する鉄巨人の正面に現れた。

 彼我の距離五十メートル程。 鉄巨人にしてみれば二十歩ほどの距離である。


 最初に鉄巨人を観察してマーシアはすぐに気付いた。

 国防軍のATM-9携行対戦車弾は全く効果がなかった訳では無い。


 ATM-9はタンデム弾頭を使用している。

『タンデム』とは文字通り、ふたつの弾頭がひとつのミサイルに搭載されている事を指す。

 戦車の様々な防御装備を第一段の弾頭が突破すると、次いで第二弾目に置かれた本体弾頭が戦車そのものを破壊する仕組みだ。

 二〇五〇年代の現在に於いて戦車はトロフィーシステムに代表される電子式の対戦車ミサイル防御装備を持っている。

 つまり、普通にATMを打ち込んだ場合、戦車から送られた信号によって、ミサイルは自爆信号を受け取って自滅してしまう。


 その為、ATM-9やパンツァーファウストⅣなどは弾頭の一段目は囮である。

 戦車から送られてきた爆発信号を受け取ると、確かに第一弾は爆発する事もあるが、その隙を突いて相手からの電子攻撃データを本体に送り込み、自爆信号を無効化させてから本体が突入する。


 つまり、先程の攻撃で物理対抗力場に突入したミサイルは力場反応によって囮弾頭を爆発させた。

 だが本体は影響を受けつつも、一瞬の差で突入に成功していたのだ。

 一見して全く効果がないように見えたのは、この鉄巨人が“芯の芯まで”鉄の塊だからである。

 戦車のように内部に空洞が有る訳ではない。

 APFSDSであろうがHEAT弾であろうが結果は変わらないだろう。

 その為、四百メートルも離れた場合、余程しっかりと観測しなければ、その破損状況は確認できなかったのだ。

 鉄巨人の全体は真っ黒な上に、その外側を紫の対抗力場が覆っているのでは“避弾確認”も上手く行くはずがない。

 挙げ句、攻撃直後に普通に歩いていたのでは、観測手が早合点して『効果無し!』と判断しても無理は無かったのだ。


 但し、マーシアは遠目にこの鉄巨人を見た時から対抗力場にまるで圧力を感じなかった。

 要は“対抗力場モドキ”と気付いていた訳だ。

 馬鹿にするのもいい加減にしろ、と怒鳴り飛ばしたい気分ですらある。

 

 八メートルの高さにある鉄巨人の頭頂部を睨み付ける。


「まるで、そびえ立つクソだな!」

 毒突いた後はハルベルトを右手下段後方に構え、マーシアは一気に走り出した。

 神速とも言えるほどの速度である。

 ゼロから時速二百キロまでの加速は一瞬であった。

 一秒にも届かぬ刹那に五十メートルの距離をほぼゼロにしてしまうと、それを助走として一気に跳び上がる。


 あまりの速度から跳び上がった為、彼女が斬檄の間合いに入った瞬間を見た者はいなかった。

 操作側のシナンガル魔術師など、マーシアが『跳躍』したと思った程である。


 だが、最前列に突出するだけあって、その鉄巨人を操る魔術師チームは別格に反応が良かった様だ。

 狙われた巨人は手首から先を持たぬ棍棒の様な右前腕(ぜんわん)を持ち上げてマーシアの攻撃に備える。

 対して鉄巨人の頭上まで飛んだマーシアは、下段の構えから斧の刃を一回転させると、その遠心力を使って一気に振り下ろす。

 まるで風車である。


 前腕と刃先とが合わさった時、『ガキッ!』と響くはずの斬檄音は、結局生まれなかった。

 刃先に宿った魔力はハルベルトに瞬間的な高速振動と高温を同時に与える。

 七十センチ程の刀身が一瞬二メートルを超えたかのように見えると、巨人が纏った薄紫の力場を軽々と破った。

 熱したナイフがバターを溶かす様に、とでも言うべきだろうか。


 (かか)げた姿勢の侭に切断された三百キログラム前後の腕は、九メートル近い高さから地に向かって真っ逆さまである。

 鉄の塊が落下した『ドゴッ!』と云う衝撃は、四百メートル離れた防衛陣地にも空気の流れとして伝わってきた。

 流石に音こそ届かないものの、僅かに振動する大気と共に、巻き上がる土煙を見たシーアン守備隊は大喝采である。


「おおっ! やった!」

「信じられん! 本当に人間なのか!」

「馬鹿! あれがマーシア・グラディウスだろうが!」

「言っとくが、あんなのは序の口だ!」

 あっけに取られるシーアン兵に向かって、国防軍兵士は我が事の様に胸を張る。


 一方のマーシアは、と云うと残った二の腕を蹴って地面へと墜ちて行くままに、その勢いをも利用して巨人の左足を()ぐ。

 袈裟懸けの一撃はマーシアの尤も得意とする処である。

 落下速度まで使っての斬檄を一ヶ所に叩き込むだけだ。


収斂(しゅうれん)が遅い!」

 力が上手く働かぬ事に苛立ち、つい毒突いてしまうが、その力に衰えは見られない。


 高速振動から生まれる光の粒子を撒き散らかせた刃の一閃は左脚の膝のみならず右脚の脛にまで届く。

 結果として土台から斜めに切り離された上体は、自らの足の切断面を滑り落ちて崩れ去った。


 全長八メートルの物体。

 それも芯まで鉄の塊が地に突っ伏す衝撃は流石に凄まじく、轟音は今度こそ防衛陣地にまで届く。

 ドドドドッ!

 としか表現のしようのない地響きが相田の足下まで伝わってきた。


「いやはや、凄まじいな!」

 あっけに取られた相田にマーシアからの通信が入った。


『相田少尉、貴殿等のミサイルはまるで効果が無い訳じゃない!

 成果の確認が難しいだけで充分に効いている。

 防弾版だけは、こっちで吹き飛ばしてやるから、分隊ごとに膝間接を狙え!』

 量子収斂がいつもほど楽ではない、とは言わない。


 その為、相田はマーシアが気を使ってくれたものと思い込んだ。

「戦果を横取りするようで気が引けますが、宜しいのでしょうか?」

 マーシアが自由人(バロネット)である事の流儀を尊重する意味を持って発した言葉だったのだが、一喝が返ってくる。


『何、寝言を言ってる! 戦闘連携は当たり前の事だろうが!』

「はっ、失礼しました。指示に従います。

 しょ、いえバロネット・マーシア・グラディウス殿」

 危うく『少佐』と呼び掛けそうになって言い直す。

 彼が指示を出す前に、マーシアの言葉に喜んだ兵達は、パンツァーファウスト、ATM-9のそれぞれを構え始めていた。


 前進する鉄巨人をの足下をマーシアが飛び回り、装甲版を次々に破壊して行くと、いよいよ国防軍の再挑戦が始まる。

 流石に“一撃で”とは行かなかったが、最初に倒した鉄巨人に次いで突出した2体目の膝が吹き飛ばされる。


 シーアン防衛側からは歓声が、反して攻撃側のシナンガル軍歩兵からは悲鳴が、ほぼ同時に上がった。


 この見事な連携の影で割を食った男がいる。

 勇んで飛び出してきた巧である。

 防衛線後方まで駆けつけたのだが、奮戦する各分隊の射線上に出る訳にもいかず城壁から前に出る事が出来ない。

 レーザーガンを装備した今、GEHは未装着であり、容易く戦線を飛び越えて前に出ると云う訳にはいかない。

 いや、何より防衛線の前に出た場合、ポジションを誤った場合にはASが単なる障害物になってしまう可能性も高い。


 レーザーガン装備状態の為、上空退避も出来ないのだ。


「あちゃ~、出遅れた……」

 項垂れる巧の頭をシート後方からクリールが撫でて来る。

 慰めているつもりなのだろうか。


「まあ、“後詰(ごづ)め”って事で暫く様子見だなぁ」

 ほぼ諦めた巧であったが、その居場所をいつもの様に巧の膝に移したクリールが慌てたようにタブレットをいじり廻すと、妙な言葉を表示してきた。


『南方十時に“ギルタブリル”在り!』

「ギルタブリル?」

 一瞬考え込んだ巧だが、直ぐさまクリールの言葉の意味に思い当たった。


「高位魔獣か!?」

 巧の叫びに頷いたクリールだが、またもタブレットを操作する。

 そこに現れた言葉の意味はよく分からないものだが、あまり良い内容でない事だけは分かった。

『クリールは現在、本体との融合がなされていない。戦闘力の大幅な減退が予想される』

「本体?」

 本体とは何だ?

 悩む中、赤井からの通信が入る。


『スゥエンで待機中の大佐から通信だ。

 ハルプロム方面のみだけでなく、南部のシナンガル軍の一部がシルガラへ北上中らしい』


 赤井の言葉で巧はようやく謎が解けた。

 渡河した騎馬兵達は、跳躍と機動力を生かした伝令であったのだ。

 通信はいつも戦場を大きく支配する。

 森林に逃げ込まれ、引きずり回される事を恐れて、騎馬を見過ごしたのは大きな過ちであった。

 どうあっても奴らを先に叩くべきであったのだ。 


 巧に悔やませる間もなく、赤井の問いかけは続く。


『これで増援は見込めん上に、監視に出したヘリ三機も彼方から帰ってこられなくなった。

 こっちも急いで片を付けて応援に向かいたいが、可能かな?』

 ハルプロムはまだしもシルガラまでとは、と頭痛がして来る。

 平野部で三方面作戦とは目も当てられない。


 いずれも、後一日の時間があるのは幸いだが、いよいよ急がなくてはならない。

 ならばASを前に出して一気に決めたい。

 尤も、そう考えたのは巧だけでは無かったようだ。

 赤井の問いかけが入った。

『少尉、やはりミズ・グラディウスは高位魔獣には対処できんか?』

「力の問題もそうですが、現れなかった残りの竜が気に掛かります。

 いずれにせよ迂闊な動きは避けさせたいですね。

 巨人攻撃の援護のためにASが前に出ます。歩兵部隊は攻撃を鉄兵士相手に集中させて下さい。

 このままじゃ射線が被ってしまいます」

『わかった!』


 この時点で倒された鉄巨人は五体。

 残り五体の内三体が盾持ちであり、後方に隠れた二体を含め、これらを破壊するのは難しい。


 巧が前に出ると同時に、動きの素早い鉄兵士の多くはマーシアの手を潜り抜け、防衛線に迫り来る。

 四十体の内、破壊されたものは一~二体であり、殆どが無傷である。


 距離二百メートル程に迫った時。西の森から四十頭程の竜が飛び立った。


 一瞬はざわめくシーアン守備隊。


 だが、南部まで引き付けられていたAH隊もようやく間に合った様であり、爆音が遠く響いてくる。

 爆発音と銃声、火炎弾の発現音、それらを交えて戦場の楽曲は更に膨れあがっていく。


 南方と西方からの二方面攻撃により、シーアン攻防戦はいよいよ佳境を迎えつつあった。





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