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星を追う者たち  作者: 矢口
第九章 激戦区一丁目一番地
198/222

196:彼等の戦場(中編)

 マーシアは今、少しばかり腹を立てている。

 無線の向こうにいる相田と云う少尉は何を考えているのだ。

 何故、自身や兄を進んで危険に晒そうというのだ。


 モニタに映ったのは、シエネに現れたのと同じ“ガラクタ”ども。


 彼が、あれに何らかの因縁があることは、その口調から伺える。

 敵に対する怒り、それはマーシアにも分かる。

 復讐心となれば尚更のことだ。


 いや“分かっていた”と過去形で表現すべきだろうか。

 彼女は此処に来て、今までとは違う怒りをシナンガル兵に持つ様になっている。

 彼女の生き方に現される通り、今まで怒りの対象はシナンガル兵そのものであったが、今はそれがシナンガルという国家、或いは兄の言う処の『抑圧された民心の荒廃』というものに向けられる様になったと言うべきであろうか。


 マリアンがあれ程、恐れていた『殺人』と云う行為に対する恐怖は、嘗ては自分も持っていたものだった。

 だが、自分はいつの間に殺しに慣れた。


 不思議な事だがマーシアはマリアンが消えて以来、自分をそうさせた“戦争そのもの”を憎むようになっている事に気付きつつある。

 つまり彼女の現在の怒りの相手は、『敵』という人間だけでなく、“民心”であったり“戦争”であったりという『得体の知れない何か』にも向かいつつあるのだ。


 兄が自分に殺しをさせたくない、という事をいつも嬉しく思う。

 姉に泣かれた時、自分が嬉々として人を殺してきた事に初めて悲しさを覚えた。

 自分より弱い筈の隊員達が自分を守りたいと言ってくれた事に驚いた。


 いずれの時も母に抱きしめられたあの晩を思い出していた。


 いや、『山岳民救出作戦』時にマリアンが言っていた『守る』という言葉の意味に加えて、あの時の母の気持ちが更に深く分かるようになったと言う方が正しいだろうか。

『出来るなら誰にも死んで欲しく無い』

 ラリサが語った言葉の意味を今は噛み締める様になっていたのである。


 それは見知らぬ相田に対してもそうだ。


 だからこそ余計に彼の言葉が腹立たしい。

 無駄な自己満足で闘う過去の自分を見せつけられている。

 そんな気がするのだ。


 思わず怒鳴ろうと腹に力を込める。

 だが、その怒声が発せられるより、僅かに早く届いた相田の言葉が彼女を縛った。


「柊少尉。あれは、いやあの背後にいる何者かこそが、トレ少尉の仇です!」


 巧が喉に何かを詰めた様に息を呑む。

 次いで発せられた声が震えているのは、誰の耳にも隠すべくも無かった。

「確かにトレが鉄兵士に殺されたとは聞いていましたが、実物を見るのは初めてですね」

 ゆっくりと引き上げられたバイザーの下の瞳は、激しい怒りと深い悲しみが入り交じった複雑な色を見せた。

 その兄の目はまるでいつかの自分では無いか、とマーシアは感じる。

 どう声を掛けるべきか悩んだ。


 自分に言葉を掛ける資格があるのか、とまで思う。


 悩むマーシアに気付くことなく、巧は瞳の色に反して震えを押さえた声を発した。

 先程とは打って変わったかの様に感情を抑えた静かなものだ。

「相田少尉、私も気持ちは同じです。しかし、私情で動くのは止めましょう。

 彼も、そうトレもその様な事は望まない筈です」


 巧は自分のエゴで動く事の痛みを知ったばかりだ。

 相田の言葉に同意する訳にはいかなかった。


 レシーバーの向こうに暫し沈黙があった。

 ややあってだが、相田の悲痛としか言い表せない返事が返ってくる。

「柊少尉、マーシアさん、申し訳無い。私はどうかしていた様です。

 ……マーシアさん、お願いします。

 奴らには銃弾も砲弾も効きません。あの鉄兵士が陣内になだれ込んだ場合、防衛線の崩壊も有り得ます」

 絞り出すように苦しげな呼吸音を交えたその声は弱々しかった。


 顔を上げぬままに巧は再度、マーシアに出撃を命じる。

「頼む!」

 巧も心底では相田と同じ思いなのだろう。

 俯いた侭ではあってもその悔しげな声は隠せない。

 その姿を見ているマーシアの中で、先の怒りや戸惑いは霧散していった。


 結局マーシアは、側に居た赤井をニヤリとさせる言葉を発する事になった。

「お兄ちゃん。あれ、数が多すぎるよ。少し加勢が欲しいな。

 それと相田少尉。トレなら私も多少だが付き合いがあるんだ。

 そう言うことなら、最初から参加させてくれても良いだろ!」


 言うだけ言って彼女は跳ぶ。


 あっけに取られた侭の巧に、赤井から活が入る。

「少尉、確かにあれは数が多過ぎる。急ぎたまえ! ASは飾り物じゃないぞ!」


「はっ!」

 敬礼の間もあればこそ、急ぎ巧は相棒(オーファン)へと走った。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 ルナールは近衛隊の大型竜(ドラクール)九頭以下、第三中隊二十二頭、小型竜(ヴァイパー)二中隊の四十頭、計七一頭を従えて、西の森に潜んでいる。

 第二、第四中隊は九羽の『鳥』を南へと大きく引き離してくれた。


 思いの外、現れた『鳥』の数が少ないのは気に掛かる。

 ハルプロムへ向かったとも思えないが、万一にもそれならば、それで良い。

 此の闘いで国内が荒れれば、それだけでフェリシアの影響力は強まる。

 その中で、軍使として彼等に渡りを付け、フェリシアそのものの援助を得られる交渉を進めたかった。


 今回の闘いの中で彼等に接触し、その交渉の準備だけは進めたい、それが今回のルナールの狙いだ。


 スゥエンのアンドレア・ハーケンと連絡が取れれば(なお)良い。

 本来ならもっと早く彼と手を取るべきであった、とルナールの後悔は深い。

 独立宣言は偽装か真実か、その点を見極められなかったのが最大の問題だったのだ。


 だが、こうなった以上、ハーケンの独立宣言は引き返せないものとなった。

 おおっぴらにとは行かないが、影から彼等に(くみ)して此の闘いをスゥエンの勝利に終わらせる事が第一である。


 その後は時期を見て大軍の統帥権を得た後、軍閥化を進めていく。

 同時にフェリシア南部に潜むシムルに同調を求め、彼等がバフェッタを本拠地として南部からルーファンショイを睨ませる事に成功すれば、魔獣の暴れ廻る今ならテレンシオ・ベルナール軍五五万の動きまでも封じ込めることは可能だ。


 シムルが率いる一万五千の兵の内、どれだけが反乱に加わるかは分からない。

 だが、三ヶ月以上も森林内で苦楽を共にした軍の結束は硬いと見て良い。

 魔獣まで従えたシムルの下に脱落者は殆ど出まい。


 問題は補給だ。

 今までルーファンから得ていた補給を、今度は敵方であったゴースから得られる様に交渉したい。

 その為にも早めに鳥使い達と渡りを付けたいが、こうも味方に囲まれていてはどうしたものか、と悩む。


 この地を守る鳥使い達は強い。

 ルナールの援護など無くともシーアン防衛は成功するだろう。

 後は南北からルーファンを攻める。


 勿論、新首都圏を一気に陥落()とす、等という事は不可能だろう。

 だが、東に向かう街道と水路を塞ぐことによって、今後の出兵を難しくさせる事は可能だ。

 その上で膠着状態を作り出すことに成功したなら、ラインから西側のシナンガル領四分の一はそのままスゥエンに組み込まれる。


 いつ裏切るべきか、また裏切るにしても、どの様にスゥエンや鳥使い達との交渉を開始すべきかが、問題となる。


 今の自分の手持ちの駒は近衛として配属された僅か九騎の大型竜(ドラクール)ライダー達のみである。

 彼等は魔法研究所に於いてようやく見つけた同士だ。

 長い付き合いとなったシェオジェに自分の考えをさりげなく流した処、やはり父親が奴隷であった彼女はルナールの国家改革に賛同の意を示した。

 そこから意志を共にする者を引き込み、賛同者二人が四人に、四人は八人へと緩やかながらも指数的に増加してきた。

 こうして手に入れた同士二六名の内、九名を自分の竜部隊に所属させる事に成功したのである。


 ルナールの考えるシナンガルに於ける改革はスゥエン独立と同程度、いや下手をすればそれ以上の過激思想であり、国家に対する反逆としてはスゥエンの様な言い訳さえ効かない。


 秘密裏に味方を集めるのには確かに苦労した。

 半年でようやく集まった二六人は、それぞれに能力が高く、広いコネクションを持っている。

 迂闊な行動で彼等を失いたくなかった。


 だが、何処かで決断は必要だ。

 今回ルナールは二つの賭を打たなくてはならない。


 一つは失敗しても問題のない賭である。

 ヤンの部隊をこの土地から切り離した事がそれだ。

 ヤンも副官のボーエンも平民階級の出身であり、またヤンの為人からみればその部下も、ルナールの思想に賛同してくれる可能性が大きい。


 しかし時間の無い中で、事を迂闊に口に出して“それ”を確かめる訳には行かない。

 特に今回の出陣は急造部隊によるものであった事から、彼等を完全に調べ上げる事は出来なかった。


 そこでヤンに此の地から離れて貰う事にしたのだ。


 彼は切れる。

 仮に彼が奴隷解放に反対の立場であるならば、下手に気付かれては拙い。

 逆に彼が賛同の立場ならば、可能性は低いがハルプロム侵攻の失敗時に捕虜にでもなってくれたなら望ましい。

 更にスゥエンに亡命して、独立政権に参加して貰えれば文句なしである。


 無傷で帰還すれば、今度は竜の強化研究への協力を名目に彼を魔法研究所に留め置き、その間に説得を進める事も考えている。

 リスクのない賭だ。

 いずれかに填って欲しいと思う。

 唯一の不安材料が有るなら、彼の真意が知れぬ侭に戦死されてしまう事ぐらいである。


 さて、問題は今一つの方の賭である。

 最大の狙いである鳥使い達との接触だ。


 此方は同士のひとりを彼等の捕虜としなくてはならない。


 そうして、捕虜の奪還交渉を口実として彼等と何度かの会談を行いたいのである。

 シムルからの報告では、脈は無いとも言えないとの事であった。

 ルナールはシムルが最初の会談を成功させる等とは期待していなかった。


 狙いは、相手がこの話に乗ってくれるかどうかの様子見であったのだ。

 前回は“けんもほろろ”に追い返されたというが、状況が変わった今、交渉成立の可能性は高い。

 このチャンスを生かすしかない。


 因みにウジェを手元に残したのは、万一を考えた保険である。

 この男は功名心が強い。手近に置いて見張らなくては予想外の行動で場を荒らしかねない。

 また、逆に上手く誘導したなら何らかの失敗をしてくれる可能性は高い。

 そうなれば首都もルナールの失態も不問にせざるを得ないと考えた。


 後は運任せである。

 尤も運任せだからこそ『賭』というのだろう。

 捕虜となる事を志願してくれた同士には篤く報いなくてはなるまい。


 考えるルナールの眼前に置かれた水晶球の中では、鉄巨人が動き始めていた。


 ルナールのすぐ側で共に水晶球を覗いているのは、捕虜となる予定の“副官”である

 名はヨナーシュ・チェルマーク。

 彼は所謂、純粋シナンガル人ではない。

 家が大手の商家であるため、平民としては破格の待遇を与えられている。


“破格の待遇”と言っても、要は平等に扱われている、というだけなのだが、混血の平民は蔑まれる傾向に有るシナンガル軍では重要な問題である。


 例えばヤンやボーエンも純血を認められては居ない。

 これは、血統が事実かどうかは問題ではない。

 数代遡れば混血でない者など殆ど存在しないのが当然であり、あくまで書類上の問題だ。

 だが、この国では紙切れ一枚に記された『血統』が大きな意味を持つ。

 スゥエンの独立が成れば、この意味合いは更に大きくなるだろう。


 下手をすれば純血を主張する三千万人程度が、残り三億七千万人を隷属化させてもおかしくはない。

 代を重ねる程、議員階級の中に心底から『血統主義の至高』を盲信する者が増えてきている。


“馬鹿げた事だと何故気付かん!”


 声にはせずとも、ルナールの内部では怒りと呆れとが混ざり合って胸が焼けそうである。

 民衆から怒りの声が高まって来ても良さそうなものだが、未だ誰もが声を潜めて大人しい事も不愉快だ。

 勿論、ルナールやシェオジェ、そして仲間達の様に怒りを内に秘めている者もいるだろう。


 だが、それ以上に多いのは、現状に疑問を持たない人々だ。

 恐ろしい事だが、人間とは“これが常識だ”となると、そこから外れた考えを持つ事すら出来なくなってしまうのだ。

 クー・タクソンが巧に語った『世間という魔法』の正体である。


 国民の階層社会の固定化は世代ごとに強化されて来た。

 血統主義に疑問を持つ発言が許されるのは、おそらくルナールの世代が最後になるだろう。

 ふと、奴隷制度を解消しようとしていた議員もいた事を思い出す。

 ルナールと年が近く、明朗で思考の鋭さも併せ持つ人物だった。

 名を確か、“ルース”とか言った。

 ルナールも一度だけ話をしたことがある。

 名を聞かなくなって久しい。やはり彼も暗殺されたのだろうか。


 ああ、大っぴらに『奴隷制度をどう思う?』などと誰彼構わず議論をふっかけていては当然だ。

 生きていれば力強い存在であったろうに、と思う。

 嫌いなタイプの人間では無かった筈なのに、今まで忘れていたのは何故だろう。




「味方ながら、凄いものですね」

 思いに(ふけ)っていたルナールは、ヨナーシュの言葉で現実に引き戻される。

 水晶球の中の鉄巨人は何らかの攻撃を受けたようだが、ビクともしていない。

 彼はそれに驚いているのだ。

 続けてヨナーシュは、茂みの向こうに目を向けるように身を乗り出した。


「やっぱり、ここからじゃ遠すぎて、直接は見えませんか」

 そう言って照れたように笑う。

 ヨナーシュはこれからの自分の運命を考え、不安になっている。

 口数が多い。


「ヨナ、すまんな……」

 必ず捕虜になれるとは限らない。殺される可能性も低くはないのだ。


 作戦を決めた後、ルナールは彼に向けて同じ言葉を何度繰り返しただろうか。

 だが、それと同じ回数、ルナールに向けられた返事が今回も同じように帰って来る。


「僕、いえ、私が捕虜になれる可能性が一番高いんですから、当然です」


 そう、ヨナーシュ・チェルマークは確かに、『私』などと言うより『僕』と云う言葉を使うに相応しい年齢だ。

 来月でようやく十七になる。

 まだ子供と言って良い。


 茶色に近い黒髪、シナンガル人には珍しいライトグレーの瞳。

 秀麗な眉目と柔らかな顎のライン。

 目付きがきつく見られる事から、クールなタイプと思われる事も多いが、笑うと年相応に愛嬌がある。

 街を歩けば同世代の少女十人中八人は振り返るだろう。


 徴兵される最低年齢は十六才からであるが、流石にこの年齢だと輜重隊に廻され、実戦に出る事などあり得ない。

 事実、ヨナーシュも竜部隊に置いては見習隊員である。


 騎竜にはある程度慣れているにせよ、当然ながら戦力になる存在では無い。

 だが、ルナールは彼を副官に任命してこの戦場へとやって来た。

 他の中隊に向けては“優秀であるが故の抜擢である”と話すに留めている。


 彼が捕虜になる役目を任された理由が、その年齢である。

 抵抗しない子供ならば相手も殺しづらく、捕虜として扱われる可能性が高いからだ。

 しかし、あくまで可能性である。

 彼を生き残らせる為には、出撃のタイミングを間違えてはならなかった。





ここの処、職場復帰の準備で更新の遅れが目立ちますが、ご容赦下さい。


2月13日:誤字修正

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