192:シーアンの長い1日(Eパート)
一時は大きな混乱に陥るかと思われたが、帰順派ではリーダーとなった下士官が、また独立派の方もクリールからの一文を受け取った士官が、それぞれに指揮を執って場を収める。
ざわめきの中、クリールを伴ったボーエンは、シーアン市政務庁前広場へと降り立った。
確かに事態は聞かされていた、いやメモに書かれていた内容通りではあるが、ボーエンとしては、事をどう収めるべきか悩まずにはいられない。
少女は未だ竜の背に留まった侭で、何やら次の指示書を書いている最中だ。
つまり書き終えるのを待つしか無い。
「チビヴェレめ!」
ボーエンは口の中だけでだが、思いっきり毒づく。
先にヴェレーネ・アルメットと対面したことのあるボーエンにとって、『クリール』と名乗った不思議な少女は、どう見てもヴェレーネの小型版である。
そこで思わず“チビのヴェレーネ”と命名した訳だが、そのお披露目は随分と高く付いた。
因って、今では心の中での使用しか許されていない。
ふと背中の一点を押されるほどに強い風が吹き、ボーエンは一瞬よろめく。
振り返るとチビ、いやクリールが“此方へ”と手招きした。
近寄ると、やはり紙を一枚。
言葉が、或いは口そのものが不自由なのか?
などと思うが、それは今、問い掛ける事でも無いだろうと、文書に目を通す。
最初の命令は、陣地で渡された文書の実行であった。
要は帰順派をボーエンが自軍へと迎え、秩序を持ってシーアンから退去させる事に成功すれば、クリールも彼等に手を出さない、と言う内容である。
人質が居ようが居まいがこの少女にとっては関係無いだろう。
今渡されたメモ書きにまで、
『あなたが手早く混乱を押さえきれないというなら、敵味方の関係無しに此処に居る全員を片付けても良い。
時間は貴重なのだ』
と軽々と書かれていては、ボーエンとしても不快感だけで話を切り捨てる訳には行かない。
何より、その“全員”には自分も含まれる可能性が無いとは言えない……。
確かにヤンは自分の安全を約束させはした。
だが、その様なものが担保になる程、戦場は甘くないとも知っているボーエンであった。
“混乱の解決”と言うことだが、一番手っ取り早いのは、予定通り穏便に彼等を城内から自軍へ移動させる、という事であろう。
ざわめきに耳を傾けると帰順派兵士の殆ども、やはり本国軍への合流は何時出来るのか、との不満を漏らしている。
だが、ボーエンとしては別の方法を選びたかった。
クリールにその方法を取っても良いか、と尋ねると少し首を傾げたが肩を竦めた後には頷く。
まあ、好きにしろ、という訳だ。
「ああ、好きにやらせて貰うさ!」
ボーエンはその瞳に決意を持ってバリケードに守られた帰順派兵士を振り返る。
それを眺めつつ、クリールは巧に通信を飛ばしていた。
クリールからの通信をタブレットで受け取った巧は、ようやく城内の状況を知った。
一瞬、小隊の一部を城内に入れるか、とも思ったが、解決をクリールとボーエン・ベズジェイクなる士官の判断に全て任せても良いかと思いなおす。
単に防衛線の戦力が不足して、その選択が得られない、というだけでは無い。
世間という魔法に縛られた彼等に少しでも選択肢を残してやりたい、と思ったのだ。
多分、クー・タクソンの言葉が胸に詰まった為であろう。
だが、ボーエンの説得が失敗すれば?
その場合、これ以上の時間は掛けられない。
今でも城壁から下の敵兵へ向かう投石や弓射による攻撃がやや薄く感じるのは、防衛兵達の間にまで迷いが生じているからだろう。
魔法兵からの攻撃も重力を生かした威力の向上があってもおかしくないが、どちらかと言えば、やけに遠慮がちな力の発露に感じられる。
このままの状態が続いたなら櫓などの攻城兵器が現れた時、彼等は一切の抵抗を見せず、城壁を明け渡しかねない程だ。
無制限に時間は掛けられず、交渉時間は本日零時まで、と区切って許可を出した。
それが間に合わなければ、クリールの荷電粒子砲『毒蛇』が全てを消し去ってしまうだけだ。
人質となったシーアン守備隊の一部には気の毒ではあるが、それは彼等が指揮官命令無しでバリケードを解除した時に受け入れた運命だ。
条件を加えて“了解”と打ち込んでクリールへの通信を終えた巧は、クーを引き連れて橋の中程から回廊陣地へ向けての移動を開始した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふむ、内部で反乱が起きていると、」
「はい、この部隊と連携が取れるか、若しくは城壁上の守備兵に呼びかけを行えば陥落も早まるのでは無いでしょうか?」
ルナールにとってヤンの報告は予想された内容であったが、やはり事が実際に起きているとなると対処は難しい。
ヤンの言うように城壁守備隊に呼び掛ける方法はある。
だがベセラは、明日中に自らが率いてくる増員兵五万を含めた総員八万で回廊突破を狙う事を宣言した。
つまり、彼が考えを改めることはないだろう。
何と言っても増援は『鉄巨人』をも率いてくるのだ。
あれを使わずに城が墜ちたとしても決して満足する人物とも思えない。
勿論、無理にでも進言すれば可能かも知れない。
だが、それは出来ない。
あの『軍師』こそが“戦そのもの”を欲しているからである。
ベセラは闘いを手段ではなく、目的とするタイプの指揮官である。
どちらかと言えば、将軍と言うよりも一戦士と言って良い型の人間だ。
『軍師』がそれを知って、彼がこの戦線の指揮官になるように手を回したのかも知れない、等とも思う。
考えるほどに不愉快ではあるが、スーラという人質が居る以上、ルナールはそれに逆らえなかった。
『城攻めは下策中の下策』
これは孫子の言葉であり、それを知らないながらルナールも同じ考えを持っている。
敵を内部から分断し、戦闘そのものを成立出来無くさせる。
此こそが戦闘開始後の上策である。
更に言うならば『開戦によって相手を潰す』より、敵側が『自らの自滅であった』と感じさせる勝ち方、或いは気付いたらいつの間にか戦争は終わっていた、という勝ち方が最も望ましい。
その理想に習うのなら、内部分裂を図る事の出来る今こそが絶好の機会だ。
実際、巧達の地球の歴史に於いても援軍を当てにするだけの小城ならば兎も角、城塞都市ともなると、補給の問題から攻撃側の方にこそ常に負担は大きかった。
だからこそ、コンスタンティノプールなどの巨大城塞都市が墜ちた場合は、歴史の転換点の問題以外にも純粋な軍事学的興味からの一大事件として、多くの人々に研究され続けるのだ。
攻城戦に於いて補給の問題は大きい。
内戦とは云え、この地は本来の主要街道から大きく離れ、補給路は貧弱な侭である。
西からの街道はシーアン市から正面に向きすぎており荷駄も通過が難しい。
奇襲であったからこそ、竜に守られた3万の軍は軽々と通過できた。
だが、相手が西を見据えた場合、傾斜を持った西崖から真下の街道は大軍であればあるほど身動きが取れなくなり、弓射、投石、或いは火炎弾の良い的にしかならない。
挙げ句、鳥が現れた今、あの強力な火箭を打ち込まれたなら、狭い街道で混乱を起こした軍はそれだけで壊乱し、圧死者だけでも細い道路は埋め尽くされるだけだろう。
竜の援護も在るには在るが、賭のような事は出来ない。
内部攪乱は総司令官が好まない、となれば陸兵に対する権限を持たないルナールは今後、下手な口出しをすべきではないのだ。
この戦でのロンシャン政府の方針は兎も角、『軍師』の思惑はまるで掴めていない。
何やらベセラに策を授けたと聞いたが、ルナールには補給についての解決策しか知らされていなかった。
奴は“人と人との闘いを無くす”と言ったにも関わらず、今は人間同士の戦争を焚きつけている。
勿論、本来の目的に向けた何らかの布石である事は間違い無いのだろう。
だが、どの様な意味を持つ布石なのか。 それが気に掛かった。
考え込んでいたルナールだが、ヤンからの視線を感じて現実に引き戻され、思わず彼を見返す。
ヤンは特に焦るでもなく、黙してルナールの決断を待っていた。
なるほど、ピナー将軍の見立て通り彼は優秀であろう。
だが、未だ自分との間に信頼関係は無い。
つまり勝てる戦を投げ出した様に彼に見られても拙い。
ヤンの信頼を得るために、少しばかり今後の流れを話して置くことに決める。
彼は部下の身を案じつつも自分を信じた。ならば少しは義理を返しても良いだろうとも思ったのだ。
「ベセラ殿は、力でスゥエンを墜とす事に拘っておられる。
我々はあくまで、その援護だ。小官も進言はするが、それが必ず通るとは思わないでくれ給え」
ルナールの言葉に僅かに肩を竦めたヤンだが、どうやらこの言葉は予想していた様だ。
仕方ない、とでも言うかのように頷いた。
だが、それで引くはずもなく、次いでは当然の質問をして来る。
「しかし、増援が西街道を進軍すれば被害は甚大です。 と言って森の中を通るにしても、其処を抜けるだけで戦闘前に疲弊してしまいます」
「ほう、流石だな」
今度はルナールが頷く番であったが、暫し考えた振りをした後、ヤンに付いて来るように命じる。
「先程の話だが、ベセラ殿の本隊が具体的に、どの道筋を通るか知っているかね?」
「いえ? 先発隊と同じ方法で来るのでは無いのですか?」
自然な回答であったが、ルナールはそれに答える代わりに質問を続ける。
「君、何故我々がこの場所を押さえたと思う?」
「それは……、シーアンを攻略するに当たり、大軍を展開する場は此処しか在りません。
後は、この森と窪地ですね。いざとなれば直線的に引いて“鳥”を避ける事も可能でしょう」
「うん、確かにそれらも理由に数えられる」
そうやってふたりが話ながら歩く内、いよいよ森の中央へと近付く。
シーアンの城壁から二キロを軽々と過ぎ、全ての集落を北に見る形になった。
と、木陰に紛れてだが、確かにそれは居た! 十体を超える『鉄巨人』である。
樹木の隙間を縫って巨大な魔法陣が四つ設置されており、魔術師達の取り囲む中に、今また新たな鉄巨人が現れた。
「これ、ですか!」
ヤンは驚きの声を隠せない。
なるほど、先発隊が西から現れた以上、後続も西からと考えるのが普通だ。
だが、実際は大軍を展開出来る農村の平野部は勿論、補給線となる南の森の奪取が目的で在ったのだと気付く。
「此処から、増援が……」
そう言葉を続けたヤンにルナールは首を横に振った。
「いや、幾ら駅伝式とは言え、跳躍魔法陣を使って一日、二日で五万を送り込むのは無理だ」
そう、ヤンの結論は完全に間違っても居ないが、完全解答と言うには少しばかり無理がある。
三万の兵と五十頭の小型竜を送り込むのに結局七日も掛かった。
これだけでもロンシャンに於ける跳躍専門の魔術師を総動員したのだ。
加えて今、鉄巨人を数体も送り込めば、シナンガル軍の魔法陣による補給能力は既に手一杯である。
後は、日々の物資を細々と送り込むのが限界であり、魔術師達の回復までには最低でも今後十日を要するであろう。
ルナールに、そう説明されるとヤンとしては益々分からなくなる。
鳥は明日にでも増援されてもおかしくない。反面、此方は今のペースで歩兵を減らし続けて行けば、二日と持つはずもない。
時間は押し迫っているのだ。
「魔法陣ではない? はて、ならばどうやって?」
そう問い掛けたヤンに、ルナールは視線だけで答えた。
ルナールの視線の先を追ったヤンは暫く考えたが、何かを思い出した様に不意に駆け出す。
日も傾き、薄暗くなりつつある森を抜けて目的の“それ”を目にすると、今度こそ自分の迂闊さに気付いた。
いや、この迂闊さはヤンに限らないであろう。
この一年で急激に増強された『魔法』という兵站力と『竜』という航空兵力。
それに思考が傾き過ぎているカグラの人々にとって、過去の『当たり前』こそが盲点となっていたのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
城門前の戦闘は収まる気配を見せない。
巧は、この攻勢に不自然なものを感じ始めていた。
いくら何でも無駄が過ぎるのだ。
確かにクーの話と事前情報の擦り合わせから、敵兵士達の戦意の源は理解できた。
だが戦術として考えた場合、この様な使い潰しに何の意味があると云うのだ。
まるで、シーアンの制圧以上に『戦闘そのもの』が目的で在るかの様ではないか……。
その時、不安を交えた疑問が彼の脳裏に浮かび上がる。
渡河したと思われる百数十騎の騎馬は、本当に北の村に向かったのか?
だが、何の為に?
シーアンの南の村は完全に焼かれ、城内に逃げ込めた者も無かった事から、この遠征は『スゥエン懲罰』が目的だと考えた。
いや、勿論それ自体は間違っていないだろう。
だが、その為にシーアンを陥落とす事に拘る理由は何だ?
包囲して、彼等を閉じ込めても良いのではないか?
無理な戦をしなければ巧達『鳥使い』と正面衝突は避けられる。
丘を消すほどのマーシアの力は彼等にとっても恐ろしい筈であり、またカーンが戦など望んでいないことは、当然ながらシナンガルも知っているはずだ。
つまり、この軍の司令官がシーアンに向けて無血開城を迫っても何らおかしな事では無い上に、派手な戦闘など行わなくとも、今、城内で分裂が起きていることからも判るように『内通者による手引き』と云う方法を使えば、『気がつけば墜ちていた』という可能性は高かったのだ。
だが、敵はそれらの方法など無視し、馬鹿げて無理な力押しに走っている。
此は一体何なんだ?
考えなくてはならない。
そう思った次の瞬間。 突然の爆発音が響く!
必死で思考を巡らせていた巧の右手、二メートルにも充たない位置に居たスゥエン魔法兵の頭が吹き飛び、後方にいた数名の弓兵まで届くと、そのまま一人の腹を突き破る。
血と肉と脳漿は熱を失うことなく、巧の右顔面を覆った。
敵は盾を二重三重に重ねては、二百メートル圏内にまで大型ハンドキャノンを相当数持ち込んで来たのだ。
しかも、指揮官である巧をどう見つけたのか、集中打は巧へと集まる。
日暮れ前、何度目になるか判らぬ敵の突出はあまりにも激しい。
厚みを持った方形陣。その前進は止まらない。
「バイザーの感熱画像精度を調整しろ! 最適値に自動セット!
長谷、AHに出動要請!」
叫んだ直後、巧は誰かに突き飛ばされ地面に引きずり倒される。
それと殆ど同時に母国語での叫び声が上がった。
通信担当の長谷曹長が巧を庇い、ハンドキャノンの直撃を受けたのだ。
胴体部ならば、多少の銃撃には耐えられる戦闘服である。
鏃など、余程の至近距離や上方からの落下でなければ貫くこともない。
だが、腕や足の全てを守りきれるものでは無い。
至近距離からのハンドキャノンは長谷の右腕を肩口の根本から見事に吹き飛ばしていた。
鎖骨まで飛び出させて痙攣する長谷、瞬間に巧の頭に血が上る。
真正面にはハンドキャノンを抱えて突出したシナンガル兵数名が方陣へと下がりつつある。
巧の視点はその内のひとりに固定された。
あいつだ!
他にも突出した手砲兵は多数居たにも関わらず、巧には直感的に分かった。
「逃がすか!」
膝立ての侭に四八式を固定し、唯一人に弾倉内の弾丸、全てを叩き込む。
狙われたシナンガル兵の顔面が破裂し、肋骨が飛び出す。
それでも、巧の指は引き金から離れない。
倒れた死体から数メートルも離れない位置で、仲間の死体にあっけにとられている別の手砲兵を見たのだ。
本人は呆けているものの、その砲口は確かに正面を向いている。
あのまま引き金が引かれたら、頭部を失ったシーアン兵や長谷と同じ被害が出る事は間違い無い。
一瞬の迷いも無く巧の銃口は其の兵士に向けて流れていくものの、殆ど撃ち切っていた弾倉は直ぐさま空になり、挙げ句、一発も当たらない。
次の行動は、巧にしては上出来な動きであった。
セレクタをアンダーバレルに切り替え、グレネードを叩き込む。
悲鳴が上がった。
爆炎が吹き上がり敵兵の視界を遮る事に成功すると、弾倉を入れ替えて更に弾丸を撃ち出す。
後方に控えた魔法兵士の左足が千切れ飛び、横転する。
いつの間に弾が当たったのか、更にその後方には既に事切れている兵士もひとり。
足を奪ったあの兵士には今、戦闘力は無いのかもしれない。
しかし、巧は迷わず引き金を引く。
生きている限り敵も火炎弾を撃つ可能性は有るのだ。
必ず殺さなくてはならない。
結局、巧の腕では弾数に頼るしか無く、無残なまでに損壊した死体が狙った以上にふたつ、みっつばかり生み出される結果となった。
行為を成した当人が吐き気を催す程に、原型を留めず叩きつぶされた手砲兵と魔法兵は目視出来る範囲で二桁に近い。
余りの無残さが、次の瞬間の己の姿と重なったのだろう。
敵兵の足が止まる。
反面、怒り冷めやらぬ巧は、吐き気を押さえ込み、次の獲物を探して空弾倉をリリースすると予備弾倉への切り替えに入った。
訓練された指は流れるように動く。
だが、続いての引き金が引かれることはなかった。
血走った巧を一瞬にして冷やす声が耳朶を打ったのだ。
「止血ジェル、急げ!」
「とにかく止血点を押さえろ!」
「長谷、しっかりしろ! タンクに入れば腕も再生する!」
首を巡らせば、目に入ってきたのは長谷を庇うように治療に入る辻村達の姿。
巧はようやく我に返った。
ふたりは必死で長谷に声を掛けているが、意識を失った彼の顔面に最早、色はない。
血を流しすぎたのだ。
巧が長谷に向き合うと、変わって辻村が銃を乱射し始める。
同時に自らが発する激しい銃撃音に負けぬ大音量で巧に“下がれ!”と言ってきた。
「隊長! 奴ら、あなたが指揮官だと判ってるんですよ!
お願いします。橋まで下がって下さい!」
「分かった! だが、長谷だけでも任せてくれ!」
巧は長谷を抱え、僅かでも掩蔽物のある橋へと移動する。
大量の血と共に腕を根本から失った長谷の身体は成人男性とは思えない軽さであり、兵士として鍛え上げられたはずの体躯も今では小学生程に細く感じられる。
緩やかに長谷を横たえ、医療キットの心電図を確認する。
無機質で微弱な電子の波形が彼の今を物語っていた。
「すまん、長谷。 俺が……」
其処から先、巧の言葉は声にならない。
悔恨こそが、彼の口を開かせてはくれなかった。
そう、マーシアさえ居れば、こんな事にはならなかったのだ。
流石の精鋭と言えど、この小隊の体力も限界に近い。
だが、後方の水路を考えれば引くに引けない。
これからどれだけ犠牲が出るのだろう。
丘のAHを出し惜しみするのでは無かった。
マーシアを、オスプレイを救難に向かわせるのでは無かった、と悔やむ。
長谷の出血は取り敢えずだが止まった。
医療キット内のナノマシンも疑似細胞造成に向かっている。
だが、人間は負傷時のショックが強ければ、それだけでも心臓やその他の内臓に爆発的な負担が掛かる。
銃弾が貫通するのと同程度の負傷ならば衛生兵の応急処置で間に合う範囲、と考えて展開を行った。
しかし、長谷はいきなり腕を根本から失ったのだ。出血も酷い。
輸血しても助かる割合は半々だろう。
いや、搬送も出来ない今の状態では、死を待つ確率の方が高い。
長谷を見つめては、身動ぎも出来ぬ侭の巧。
と、意識を取り戻した長谷が不意に語りかけて来る。
「たいちょ、う……」
「長谷! 医療キットはきちんと動いてる! 必ず助かるから安心しろ!」
「さっ、き、 “すまん”って?」
「あ、ああ……」
嘆く巧に、長谷は荒い呼吸で問い掛ける。
「も、しかして、マーシアちゃんの、こと、ですか?」
恨まれているだろう、と思いつつ巧は頷いた。
だが、苦しげな息の下からの長谷の言葉は、巧を驚ろかせる。
「あれ……、俺たち、全員、ホッと、して、ました。 ありが、とう、ございます」
「なっ!」
意外な言葉に周りの音が全て消えたように感じる。
混乱する巧が見えているのか判らないが、長谷は声を絞り出していく。
「幾ら、強くたって、マーシアちゃん、女の子、ですよ。
女の子を盾に闘う、兵士なんて、何処にいるんですか?
それに……、あんな、可愛い子を守って死ねるなら、それは、それで格好いい、です、よね?」
それだけ言うと長谷は目を閉じた。
ハッとした巧だが、キットの表示では未だ息はある。
だが、このままでは拙い事に変わりはない!
「糞! 辻村! ヴェレーネに通信を繋げ!」
怒鳴ってどうなる訳でもない。だが叫ばずにはいられなかった。
自分のエゴが部下を窮地に晒したのみならず、その怒りを敵に向けたとは云え、不必要な残虐性まで見せた事にも巧は気付いている。
その自分の情け無さ全てを悔しく感じ、彼を律する箍は弾け飛ぶ寸前であった。




