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星を追う者たち  作者: 矢口
第九章 激戦区一丁目一番地
193/222

191:シーアンの長い1日(Dパート)

 巧とクーの眼前にクリールが現れる少しばかり前の事である。


 シーアン市内部の睨み合いは限界に近付いており、一触即発の状態であった。

 押し寄せた本国派兵士達の最前列からシーアン政務庁本舎までの距離は大凡(おおよそ)だが百メートルには足りない。

 そのためバルコニーに人影が見えたとき、彼らの多くは反射的に弓に矢をつがえた。


 だが、次の瞬間には、構えた時に同じく反射的に弓弦(ゆんづる)を緩めて(やじり)を下に向ける。


 幾ら気が立っているとは云え、流石に子供に向けて矢を射掛ける気になる者は居ない。

 それが女の子ともなれば尚更だ。


「何で、あんな所に子供がいるんだ?!」

 誰とも無く当然の疑問を口にするが、答が返るはずもない。

 首を傾げていた彼等だが、次の瞬間には全員の顔が怒りの余り赤く染まった。

 少女の後方に彼ら本来の“(まと)”が現れたのだ。


 シーアン城塞市執政官リカルド・カーンである。


 その光景にいきり立った本国帰順派の中から、前方の盾を押しのけて十人長の肩房を垂らしたひとりの男が前に進み出る。

 彼は独立派の向ける数十の(やじり)など存在しないかのように様に胸を張りつつ、声を張り上げた。

「カーン、貴様、恥を知れ! 子供を盾にするとは正気か!」

 上官であったのも今は昔、とばかりに本国帰順派からは彼に同じた怒号が凄まじい。

 いや独立派から見ても、カーンの行為は独立の意義を疑うには充分な程なのだ。


 一言で、“幻滅した”と言っても良かった。


 慌てたようにカーンは相手に抗した胸を張って少女の真横に並び、先の下士官に負けじ、とばかりに声を発する。

「帰順派諸君、まず私の失敗を詫びたい。

 その上で、ひとつ提案を聞いてはもらえないだろうか!?」


 実に丁寧な口調であった。


 だが、兵達を押しのけて帰順派の先頭に立った下士官は、カーンの言葉を嘲笑いながらバルコニーに向かって指を突きつける。

「貴様、どこまで巫山戯(ふざけ)る気だ! 不満を口にしただけの人間を問答無用で殺しに掛かって置いて、当然に抵抗されて形勢不利となれば、今度は見苦しくも命乞いとはな!

 本物の豚め! 今すぐ、そこに行って料理してやる。

 付け合わせのズッキーニでも洗って待っていろ!」


 その声に同調して周りの声は更に高まる。最早、(とき)の声だ!


 その勢いに独立派である永住組、最前列の防衛隊は遂に抵抗を諦めてしまった。

 本国派に道を譲るように全員が左右に分かれる。

 これでは後列のバリケードが解放されるのも時間の問題だろう。


 これを見た本国派は歓声を上げ、剣を掲げる手は波のように広がっていく。

 三段となったバリケードの最初の一段を抵抗も受けずに難なく乗り越えると、複雑な表情を見せる独立派の手を握る。

 それどころか、敵対していた兵士を抱擁する者まで出始める始末だ。


 短い独立の夢は終わった。


 シーアンは陥落したのだ。死人が出なかっただけ良いではないか。

 永住組の誰もが、そう思い、肩を落とし唇をかむ。


 歓声と静寂の入り交じる、不思議な光景であった。



 その混乱の中、それに気づいた最初のひとりは誰であったのだろう。

「あれを見ろ!」

 声が上がると騒乱は一瞬にして収まり、誰もが息を呑む。


 先にバルコニーにいた深紅のドレスの少女。

 彼女は、手すりに立つと、其処からごく自然な一歩を踏み出したのだ。

 次の瞬間には『墜落』する彼女の姿を予測して思わず目を背ける者も少なくない。


 だが、目を閉じた者の耳に、来るべき墜落音は遂に届くことは無かった。


 落下した彼女が軽すぎて、その音が聞こえなかったのではない。

 それとは別種の音、驚愕のざわめきが広がっていく。

「浮いてるぞ!」

「高位魔術師だ!」

「まさか!? あんな子供が!?」


 遅れて目を開き、バルコニー方向に目を向けた兵士の目には何も写らなかった。

 それもその筈だ。

 少女は既に彼等の頭上にまで近づいていたのだ。


 緩やかに降りてくると、先にカーンを“豚”と罵った兵士に近付く。

 呆けたままであった彼は一枚の紙を少女から手渡され、それに目を通すと、

「本気か!?」

 と叫び、やや引きつった顔を見せた。


 少女が頷くと少し考えた彼であったが本国帰順派に向けて、これ以上先に進まぬ様にと呼びかける。

 勿論脅しではあるがクリールの文書には、これ以上前進するようならば“鳥”による一斉砲撃が行われる事、それを避ける為に本国派を侵攻軍に合流させる手はずをとるまでは行動を控えるように、と書かれていた。


 リーダーらしき者も居ない中での呼びかけであった為、どれ程の数が従うのか、とクリールの中身であるヴェレーネとしては不安もあった。

 だが、先の下士官はなかなかに人望が有ったようだ。


 外部から応援が来たらどうする、と不満の声もちらほらと聞こえたが、

「待つのは精々三十分程度だ! それから不本意ではあるが、独立派諸君の武装解除を進めて人質になって貰おう。

 マーシア・グラディウスだろうが、鳥使いだろうが、敵味方の関係無しに殺すような連中なら、どうやっても独立など成功するものか!」

 との、彼の見事な返しに誰もが頷き、クリールと彼の交渉はひとまず一致を見たのであった。


 帰順派は最初に投降した百名程度の兵士達から順に武器を取り上げていく。

 一方のクリール=ヴェレーネと言えば、抵抗を諦めた独立派兵士にも別の紙を渡すと一瞬にして消える。

 渡されたメッセージは柔らかな字体で、

『私が戻って来た時、この騒ぎは平和に片付く。命を無駄にした短慮を起こさないで』

 と書かれていたが、彼等は手紙の後半のみに頷いた。


 あの少女が如何に高位の魔術師にせよ、この事態を打開できるとは、とても思えなかったのだ。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 巧からペンを借りてシナンガル陣地の内部まで入り込んだのは良いのだが、先程から出会う兵士達は、全てが下っ端ばかりで話にならない。

 いや、下っ端でも話が通じれば良いのだが、それすら侭ならずに困る。


 集落の生き残りに向ける警戒であったり、特殊な性癖から来る獣欲であったり、と理由は様々だが、彼等はそれぞれに剣を抜いてはクリールに詰め寄ってくる。

 殺すつもりまでは無いのかも知れないが、それでも自由を奪われるのは困るし、何より子供に剣を向ける様な(やから)と話し合う気など無い。

 結局ヴェレーネは、“交渉相手として不適格”となった兵士達全てを気絶させた。


 そして又ひとりが糸の切れた操り人形(パペット)のように崩れ落ちる。

 その十二体目を引きずって、今までと同じに手近な茂みへと投げ込み、再び(こずえ)の中程に戻って次の獲物を待つ。

 考えが甘かったのだろうか、しかし、誰かひとりくらいは話の分かる人間がいても良いはずだ。


 敵本陣の上層部と話を進めたいのだが、これ以上内部に入り込めば、本格的な戦闘になりかねない。

 クリール自身が人を無闇に殺す事を好んでいない事が分かる以上、ヴェレーネとしても、積極的に手を出したくないのだ。

 何より、彼等に協力して貰おうというのに、敵対と取られる行動に出ては意味がない以上、クリールの判断も正しい。


 そうして悩むクリール=ヴェレーネの真下に、またも男がひとり現れる。

 今度は制服から見て、階級を持つ兵士のようであった。


 兵士の顔が視界に入ると、ヴェレーネは“ようやく目処が付いた”と一息吐く。

 久々に見た其の兵士の名を記憶から掘り起こすヴェレーネであった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 ひとりの平兵士が天幕に転がり込んできた時、営舎巡回の準備をしていたヤンはライダーブーツを履き込もうとしていた処であった。

 慌ててブーツの革ベルトを締めるが、騎竜用ブーツは内側に小さなトゲが付いている。

 普通に鐙だけで腹を蹴って反応する生物ではないからだ。


 少しばかり指を傷つけてしまった。


 だが、兵士の報告を聞けば事はそれどころでは無い。

 痛む指先を舐めながらも、待竜陣地へと走った。


 ヤンが目的地に到着した時、現場は既に大騒ぎである。


 何かを取り囲む様に円を組んでいる数十名の兵士達を押しのけて前に出たヤンの耳に、聞き慣れた声で詫びの言葉が届く。

「隊長、すいません! ヘマしました! この子供(ガキ)、普通じゃありません!

 危険です。私に近寄らないで下さい!」


 そう叫ぶ、ボーエン・ベズジェイクは言葉と姿勢がまるで一致していない。

 赤いドレスの少女を後方に置き、彼女を守るかのように味方に剣を向けているのだ。


 足下には既に打ち倒された兵士が八人。

 何故かウジェまでもが泡を吹いて引っ繰り返っている。

 誰も血を流していない以上、全員が気絶させられているのだろう。

 実際、離れた処ではひとりの兵士が()うようにボーエンの間合いから逃げ出している。

 彼も特に怪我はしていないようだ。


 これはどういう事だ、とヤンは悩む。

 確かにボーエンの剣技は日々、鋭さを増している。

 だが、一度に三人を相手にする力量は絶対に無い。


 今の自分に追いつくにしても、もう五年は時間が必要だろう。

 何より、相手を殺さずに無力化するなど、最早達人の域である。


「ボーエン、こりゃ何だ?」

 思わず呆れ声になるヤンである。

「いや、それがですね。

 この娘、私をシーアン市内に連れて行きたい様なんですよ」


 そう言ってボーエンは首だけを後に向ける。

 ようやく、と云った感じの動きだ。

 その顔を見て頷いた少女は、ゆるやかに前へと進み出た。


 自然とヤンも彼女に向かって歩を進める。

 手出しをするつもりは無い。

 勝てない相手を見極める。 戦場で生き残る為に必要な、最低限の能力である。

 ヤンは、その程度の感覚は身に付けていた。


 少女から一枚の紙が手渡される。

 読み進むうち、思わず声を上げようとしたヤンであったが、文書の最初に書かれていた文字を思いだし、危うく踏みとどまった。


『十八時まで他言無用』


 文書の主である少女に視線で返答を促され、困り顔で言葉を返す。

「ボーエンの安全は保障してくれるんだろうな」

 少女が軽く頷く。

「事が失敗しても、か?」

 先程より強い頷きに、黒髪が僅かながら“ふわり”と持ち上がり、その重い髪色にも関わらぬ軽やかな風が流れた気がした。


 こうなれば覚悟を決めざるを得ないだろうとヤンは思う。

 向かい合っているだけでも、マーシア・グラディウスに匹敵する程の圧力が痛いほどに伝わってくるのだ。

 敵意はない、と相手が宣言している内に落とし処を決めなくてはならない。


 怒鳴らない程度に声を張る。

「ボーエン! お前、事の次第を見届けてこい。

 説得次第では戦力の増強にも繋がる。つまり、悪い話でもない」

 なるほどの理屈は通ったが、ヤンはそう言い切った後、不思議な言葉を付け加える。


「今のお前にとっても、な」


 周りの兵士が首を傾げる最後の言葉の意味もボーエンにだけは理解できた。

 だが、それでも納得できない事はあるのだ。

 思わず怒鳴り声で返事を返す。

「何ですって! この“チビヴェレ”に屈するおつもりですか!?」

「チビヴェレ?」

「うぎゃあ~!!」


 ヤンが首を傾げるのとボーエンが足を押さえて跳び上がるのは、ほぼ同時であった。

 クリール=ヴェレーネがボーエンの足を嫌と言う程に踏みつけたのだ。

 ライダーブーツは竜を操る事から、通常の軍靴(ぐんか)など比較にならぬほど頑丈に造られている。

 竜の身体に向けた側のみだが鉄板まで入っていた。


 だが、その頑丈さにも問題は有る。

 一度へこめば当然だが、なかなか元には戻らない。

 つまり、強すぎる力が加わった場合、下手をすれば親指が切断される事も有り得るのだ。

 ボーエンは足が潰れたかと冷や汗を流して、自分の右足を確かめる。


 ブーツには傷一つ付いておらず、痛みも程なく治まった。


 涙目の彼の前にサラサラと文字が書かれた紙が示される。

 それを読んで頷いたボーエンは、渋々とだが自分の竜に乗り込む。


 竜までも怯えが有るようであり、少女が近付くと目を閉じて頭を伏せる。

 だが、彼女が背中に飛び乗ると一転して竜は落ち着きを取り戻し、二人を乗せて軽やかに跳び上がった。

 まるでガラス細工でも背に乗せているかのような気の使い様である。

 誰もが、あの様な竜の飛翔を見るのは初めてであり、思わず溜息を漏らす者まで出た。


「宜しかったのですか?」

 ひとりの兵士がヤンに尋ねてくる。

 実戦指揮に於いて確かに中隊の行動方針はヤンが立てる。

 しかし、作戦を実行する連携行動の先頭に立てるのはボーエンを置いては他に無い。

 いや、居ないでも無いが、やはり彼の指揮は他の指揮官に比べ一段も二段も動きが違うとは誰もが認める処である。


 第一中隊は、今や片腕をもがれたも同然であり、誰もが放心せざるを得ない。

 ヤンは確かに兵士から敬われる指揮官ではあるが、ボーエンを兄とも慕う若い兵士達からは、疑問の声ぐらい出てしまうのも当然なのだ。


 だが、周りの不安顔を物ともせずにヤンは首を横に振り、逆に彼等に問い掛ける。

「お前等、竜が暴れた場合、どうやって押さえ込む?」


 翼飛竜とて何時でも人に従う訳では無い。

 時に自分が認めぬライダーが近寄れば、威嚇程度ならまだしも、実際に噛みついたり蹴り飛ばしたりする事もある。


 その為、各部隊には最低二名の調教魔術師が同行する。

 反抗的な竜に対しては、その竜が持つ魔力の波長に合わせた『痛覚』を送り込むのだ。

 これはシナンガルにおける魔法研究所のルーイン・シェオジェに依って開発された翼飛竜にのみ効果がある一種の鞭である。


 また、竜騎士(ライダー)達の多くは、その任務の特殊性から多少の魔力を持つ者が多い。

 彼等はブーツのトゲの他、自分自身の竜をその痛覚伝達によって制御する。

 要はそれぞれの方法でも躾を行っている訳だ。


 尤も、その躾も過ぎれば、当然ながら騎乗竜から仕返しをされる事となる。

 空中で放り出されないとも限らないため、各竜騎士は自身の騎乗技術と相談の上で躾は行わなくてはならない。

 気を抜いて、いきなりの宙返りで振り落とされ、墜落死する者も未だにいるのだ。


 その竜が初めて見る少女に頭を垂れていた。

 あれは単なる服従ではない。 

 逃れられぬ死を覚悟し、『最早これまで、』と動く事を諦めたのだ。


 だからこそ、一命を取り留めた事に気付いた竜は、彼女の機嫌を損ねぬように緩やかに跳び上がったのである。


「判るか? 相手は竜が生きることを諦める程の存在だ。

 懐に入られた時点で、俺たちは負けたんだよ」


 指揮官の言葉に喉を鳴らして頷く兵士達に『十八時までこの事を外に漏らすな』と言い付けはしたが、流石に竜部隊の総司令官までも(ないがし)ろには出来ない。

 彼なら事態を正確に計ってくれると信じ、ルナールの幕舎へと自ら足を運ぶヤンであった。





文中に於ける「竜の不服従行動」に関しては、かなめん様、和泉ユタカ様合作の「ドラクーン・コンチェルト」を参考にさせて頂きました。

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