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星を追う者たち  作者: 矢口
第九章 激戦区一丁目一番地
190/222

188:シーアンの長い1日(Aパート)

「駄目! いくらお兄ちゃんの言葉でも、それだけは呑めないよ!」

「いや、反対する理由は分かる」

 マーシアの激しい抗議に巧はなだめるように素直に頷くが、その程度での誤魔化しではマーシアの怒りは治まる気配は無い。

 益々ヒートアップさせただけであった。

「じゃあ、何でそんな事言うの!?」


 シーアン方面先遣隊三十二名+一体を載せた輸送・攻撃ヘリの四機は現在シーアン上空、約三千メートル空域に展開中である。

 シナンガルの竜達が攻撃可能な高度ギリギリより僅かに高い位置を押さえ、シーアン市街上空の竜はあらかた追い払う事に成功した。

 だが、やはり多勢に無勢である。

 少しでも隙を見せると百三十を超える大小の竜達は直ぐさま再突入してくる。


 その度に三機のAHは一撃離脱を繰り返し、包囲を避けながら城壁を守る。

 そして今、その城壁南方から東に迂回して河を渡ろうとするシナンガル軍をシーアンの防衛隊が橋の前で辛うじて押さえ込んでいた。


 自分たちで生み出した街、という意識が彼等を支えているのだろう。

 巧達が竜を押さえ込んでいるにせよ、地の利を生かして寡兵ながらも良く耐えていると言えた。


 だが、後方から迫る物体が拙い。

 一体のみだが、あの鉄巨人が居たのだ。


 攻撃ヘリ指揮官、石垣の判断は早かった。

 AHから発射されたハイドラミサイルの一撃で、生身の兵士五十名近くを巻き添えに巨人は見事に吹き飛ぶ。

 圧倒的な火力だ。しかし、それでも後続の大部隊は怖い。

 いや、正確には此方の弾薬の枯渇が恐ろしいのだ。

 いくらか墜としたとは云え、未だ飛び交う竜達も共に押さえなくてはならない以上、一般兵士相手に景気よく機銃掃射とは行かなくなってしまった。


 シエネにすら百以上の鉄巨人が現れたのだ。

 相手が本気になった以上、副首都に近いこの土地ではどれだけ湧き出してくるか知れない。


 シナンガルへの刺激を避ける為に、と小隊規模で行った作戦行動が見事に仇となっていた。

 国防軍兵士の誰もが増援を待ち望む。

 せめて一日を凌ぎきれば、此方にも勝ちの目はあるのだ。


 まず、巧とマーシアを含む陸戦隊二十一名は、橋を守る兵士達に合流しなくてはならない。

 また下流の浅瀬を渡るであろう騎馬達をどの様にかして食い止めたい。

 それが無理でも、せめて東の村人は避難させたい。

 彼等は非戦闘員なのだ。


 ハイドラミサイルの一撃は三万の大軍と言えども、狭い回廊部では進軍を止めざるを得ない威力であり、期待通りに敵は大きく下がる。

 流石の大軍も後方部隊は上空の竜に守られ、前方部隊は占領した集落の石壁に身を隠し始めていく。


 僅かだが、戦線に膠着が生まれ始める。

 だが、数に自信を持った敵の突出が収まる気配は一向にない。

 一時的に足が止まったのは、あくまでタイミングを見計らっているだけなのだ。


 手に入れた貴重な時間を使って巧は会話を再開する。


 だが、マーシアとの溝は埋まりそうになかった。

「なあ、マーシア。何故、俺がこの世界に留まっているのか分かるだろ?」

「そう云う言い方は、ズルイ……」


 巧は今、マーシアに対し戦線を離れて村民救出の誘導に当たるように説得していた。

 地球人では現地の人間への説得が難しい、と云う事が最大の理由だが、その根底には妹に『殺し』をさせたくない、というエゴが有ることは確かだ。


 マーシアも巧の気持ちは嬉しい。

 だが、彼女はこの世界の人間である。

 マーシア・グラディウスとは、シナンガル人にとって何よりも恐れられる存在でなくてはならないのだ。

 マーシアが生まれる遙か以前からラインの山中結界は存在し、侵入者の恐怖心を持ってその役割を果たしてきた。

 加えて、今ではマーシアの存在が其の力を更に増幅させる役割を持った。


 山越えを行う者がマーシアの様な存在に出会う可能性に少しでも恐れを抱いたならば、結界は完璧に侵入者の身体を縛る。

 だが逆を言えば、マーシアに対する恐れが薄まれば結界も力を弱める可能性すら有る。

 つまり彼女の存在は結界にとって“諸刃の剣”となっているのかも知れないのだ。

 よって、彼女は誰にも(あなど)られてはならない。


 今は農民でも、いつ兵士になるか分からぬシナンガル人に情けを掛けるなど、以ての外の行為なのだ。


 マーシアの言葉に巧は頷くが、それでも遂には彼女を説き伏せる。

「やり方は任せる。舐められない方法は有るだろ?」

「まあ、ね」

 ようやく渋々頷いたマーシアに、巧は次いで短い一言を投げかけた。

「この国はスゥエンになる」

 呟くように語られたのは其れだけだったが、何故か彼女の心に響く。


 一瞬の空白。

 暫く悩んだ彼女だが、結局は期待を込めて別の想いを口にする。

「何か有ったら、全部放り出してこっちに来るからね!」

 そうして少しふくれると、予想通り巧はいつもと同じに頭を撫でてくれた。




 川と城壁に挟まれた回廊に当たる防衛線は、今や数に任せて突破される寸前である。

 だが、“あわや”のタイミングで降下したAHから発射されたヘルファイアⅣは押し寄せた盾代わりの2頭の大型竜と数百の集団中央を一撃で吹き飛ばす。

 流石に対人効果を優先させたハイドラPBXの数倍の威力を誇る対戦車ミサイルである。

 直後に、だめ押しとばかりに突出した前方集団に対してチェーンガンからの掃射が行われると、竜を含めて全ては肉塊に変わった。


 燃えさかる炎と鼻を突く硝煙の臭い。遅れて響く敵兵の悲鳴。

 地獄の光景の中、巧達二十名の陸戦隊員は防御地点への降下に成功した。


 一瞬の状況の変化に追いつけず、両手を挙げて投降の姿勢を見せた侭であったシーアンの兵達はようやく事態を把握したようだ。

 慌てて放り投げていた武器を取り直す。


 まさに危機一髪であったのだ。


 巧達の回廊への展開を見届けた新田原の操るオスプレイは、誘導員三名とマーシアを載せた侭に東へと飛び去って行く。


 機体の後方ランプは視界から消え去るまで閉じることは無く、その場に立つマーシアの髪を風が強く叩いているのを巧は一瞬だが目にする。

 去りゆく爆音を耳に、部下に対しては申し訳ない、と思いつつもマーシアが現場で手間取ることを(わず)かに祈ってしまう巧でもあった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 十五時を廻ると、遂に竜達の全ては飛行能力を失った様である。

 思いの外早かったのは、ヘリで追い回した甲斐もあったのだろうか。

 飛行限界を偽装している可能性も捨てきれないが、取り敢えずは“良し!”である。


 少数の小型竜(ヴァイパー)は森へと消え、残った大型竜(ドラクール)は地上で分散して兵士達の盾となっている。

 過去の情報からなら、次に飛び上がれるのは夜半と云うことになる。

 いや、竜の夜間飛行は北部戦線でも経験はない。


 明日の早朝まで空戦は行われない可能性も高まった。

 だが、此方のヘリも飛び放しではいられない。

 何発かのPBXミサイルを叩き込んで、相手の戦力を削り取った後、此方の機体も順々に丘へと補給に引き上げさせる。

 今は三万の敵だが、跳躍魔法陣がある以上、相手の増援は直ぐさま十万になることすら有り得る。


 AHの使い処を誤って弾薬切れは御免だ。

 巧は長丁場を覚悟する様に全員に声を掛けた。


 シーアンの前線指揮官と話し合いたいが、どうにも上手く連携が取れそうになかった。

 行き当たりばったりなのだから仕方ない。

 またシーアン兵達は、今や巧達に全てを任せたかのように場を譲って、後方で息を潜めている。

 下手に邪魔になるより良い、と割り切った。



 当然だが、敵の弓兵や魔法兵を近づけないことを優先させなくてはならない。

 いずれも射程は長くとも三百メートル。単純な飛距離でも四百を越えそうも無い事は上空から確認済みである。


 だが、幅八十メートルに充たない回廊部とは云え、二十名で辛うじて守るには回廊の両端、つまり城壁沿いや橋沿いに積まれた土嚢の影に隠れる訳にはいかず、出来るだけ広く、(およ)そ十メートル置きに二名組(ツー・セル)で分散した。

 巧は回廊部中央から橋側へのポイントひとつ寄りに位置し、二名の射手、通信兵と共に膝撃ちの体勢を取る。


 何時もなら彼の側から離れない筈のクリールは降下直前に何処かに消えてしまった。

 だが今、彼女を気にしてはいられない。

 どうせ死ぬことはないのだ。




 四八式七,六二ミリ弾ならば相手の突撃を充分に止められるのだが、数が多すぎるのは厄介だ。

 尤も数が多いと云っても、突撃してくる敵をグレネードやミニマシンガン機構でなぎ払うと、あっという間に死体の山が出来上がる。


 第一次世界大戦時に挽肉器(ミンチメイカー)と呼ばれたヴェルダン戦線とまでは行かないが、ベトナム戦争でハンバーガーヒルと呼ばれた『アシャウト渓谷の闘い』並みの集弾量である。

 僅か三百メートル先では一秒間にガロン単位の血が吹き飛び、同じ時間でダース単位の死体が増産されていく。

 自分に何が起きたのか解らぬまま膝を付いては二度と立ち上がらぬ弓兵。

 脳漿を撒き散らかせて痙攣を続けた後、ようやく事切れる魔法兵。

 最後の瞬間の姿はそれぞれだが、訪れる結果は変わらない。


 こうして国防軍側はわずか二十名という寡兵(かへい)で敵を押さえる事に成功しているが、一瞬の静けさの中に兵士達がふと我に還る瞬間がある。


 そうなると、拙い。


 十分に距離はあるが、敵味方の中間点は尋常な光景とは言えない。

 積み上げられた死体を見据えると、己の指先を見つめて動かなくなってしまう者が出る。

 多分、振るえている自分の指を見ても自分でそれが信じられないのだ。


 巧としては戦闘慣れしている分隊を選んで選抜して来たつもりであった。

 実際、パニックを起こして乱射を始める兵がひとりも居ないことは、巧の選抜眼に誤りがなかった証左ではある。


 だが、いくら何でもこの状況は酷すぎた様だ。

 隊員達としてはマーシアにこの場に居てほしかっただろう。

 自身の生存率が掛かっている以上、当然だ。

 巧は『いつかは後ろから撃たれる日が来るかもしれん』などと考えてしまう。



 不意に強さを増した夏の南風が血と脂の混じった臓物の凄まじいまでの臭いを運んで来た。

 ミサイルやグレネードで吹き飛ばした敵兵の死体も、その細部が視認できる距離に多数が転がっている。

 それだけでも不快を感じるに充分な材料だと云うのに、一頭の竜が撃ち落とされた味方の竜の死骸から(はらわた)を引きずり出して咀嚼(そしゃく)し始めた。

 それだけならまだしも、中には死体となったシナンガル兵を喰っているものまでいる。


 それを見た隊員の一人が吐き戻すと、釣られるかのように何人かが後に続く。

 巧も口腔内に胃液の酸味を感じたが、水筒の水をひと舐めして辛うじて収めた。

 水を飲めば逆に吐き戻していただろう。

 そうなれば只でさえ皆無だと折り紙付きの体力が更に落ちる。


 この状況では命取りだ。


 少しでも“鳥使い達は頼りにならない”とスゥエン人に感じさせたなら、周りに居る兵達は何時『シナンガル兵』へと戻るのか分からない危険があるのだ。

 巧は翻訳機を外すと、静かに、だが明確に部下達に自分の意志を伝えた。


「総員傾注(けいちゅう)!」

 巧の声に吐き戻して涙目であった兵士も片膝を立て直すと、顔を向けてきた。

 左右に広がる全員を見渡して巧は言葉を続ける。

「辛いときこそ意志を強く保て! 平時に規律を守る事は誰にでも出来る。

 我々の闘いが此の世界の人々に“どの様に”見られるか、それは国防軍全体の名誉に関わる事、と知って欲しい」


 意識した時、巧は声質を指揮官向きに低く抑える様に心がけている。

 誰もが落ち着いて聞く事ができた。


「以上!」の言葉と共に全員が頷く。

 目付きが鋭くなり、周りに対する警戒を怠らない視線に戻った。

 どうやら殆どの兵士が秘められた意味まで受け取ってくれたようだ、と巧はホッとするが、直後には誰にも気取られぬように鼻から緩やかに息を抜いた。


 指揮官は一旦戦闘が始まれば、感情の変動を見せてはならない。

 演技として必要な場合を除いては、だ。


 ミサイルに続く高密度の銃撃によって敵は大きく下がらざるを得なくなり、戦線は三度目の膠着状態となった。

 辻村に防衛点の指揮を任せてシーアン橋脚防衛隊指揮官と話を進める。


 指揮官はクー・タクソンと名乗る五十才に近い男である。


 巧の国と同じで姓が先に来る形式の姓名呼称方式。

 これは主席であるワン・ピンやルーファン市長のライ・シンゲンと同じく、シナンガルでも珍しい名であった。

 初対面と云う事も在ってクーは胡散臭げな目を巧に向ける。


 言葉を発する前から“お前達は信用ならない”と表情で語っており、巧は話がもつれる事を覚悟せざるを得なかったが、巧にはどうしても彼に聞いておかねばならぬ事があるのだ。


 ミサイルという圧倒的な破壊力を持つ兵器を前にして、次々と突撃を繰り返す敵兵士達。

 どう考えても“異常”としか言いようが無い。

 彼等の戦意は何処から来るものなのか、という問題はこの防衛戦のみならず、今後の作戦全体を左右しかねない。

 勿論、その理由を『情報』としては知っている。


 だが、巧は一個人からの“生の声”をどうしても聞きたかった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 防衛線を維持するだけでも必死な巧が知れば、卒倒はせずとも目眩ぐらいは感じたかもしれない。


 巧がクー・タクソンとようやく渡りを付けるのに成功した時、シーアンの城壁内部では()うの昔に内部分裂によるシーアン兵同士の戦闘が起きていたのである。

 カーンの士官配置の失敗により、元から反乱の火種がくすぶる要因はあったのだが、それに止めを刺す不用意な決断が事態を最悪な方向へと向けた。


 発端はシナンガルへの帰属を求める兵士と、真に独立を求める兵士との間での小競り合いである。

 本国帰順派は若い士官や下士官に多い。

 彼等は中央から派遣され、軍命によって任務を果たしていたに過ぎない。

 この土地に根を下ろす義理など何処にも存在しない。

 何より彼等の親兄弟、或いは恋人までもが本国に残っているのだ。

 裏切る訳には行かないではないか。


 彼等の抗議の言葉は正当性がある。

 そこを考えれば、此の闘いに於ける彼等の中立を認め、時期を見計らって城外への放逐を選ぶべきであった。


 だが、カーンはシナンガル高級指揮官にありがちな苛烈な決断を自然に下してしまう。

 命令は唯、一言。

「皆殺しにしろ!」


 だが、悪手である。

 当然だが、昨日までの戦友を好んで手に掛けたい者など居よう筈もない。

 住む場所を違えるにせよ、好んで憎しみ合いたい訳ではないのだ。

 結果として、カーンの言葉に怒った移住組兵士の多くまでもが本国派に合流してしまったのだ。


 一度など、カーン自身が近衛兵に斬りつけられ、危うく難を逃れる。


 巧達が降下・合流に成功した同時刻には、城内の独立派は政務庁周辺にまで追い込まれてしまっていた。

 双方の兵数は互角なのだが、何より戦意が違う。

 独立派側には未だ迷いが有った。

 後十日後だったなら、少数の本国帰順派を穏便に追放して“真の独立”へ向けた最終意志確認を行えた。


 何より、本国への返答まで期限に余裕は有ったのだ。

 しかし結局は間に合わなかった。


『速度こそ最強の戦術』

 討伐軍指揮官、エーベルト・ベセラはそれを知っていた。

 戦闘を重視しながらも輜重を軽んじる傾向が問題となる型の指揮官ではある。

 だが、機動戦を得意とするベセラの指揮スタイルは、この反乱鎮圧に対して見事に(はま)っていたのだ。


 尤も彼には彼で悩みの種があり、それが本隊の進軍を遅らせていたが、それはひとまず置こう。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「糞! どうして!」

 シナンガル人であるカーンは人の心の機微を軽んじた。

 彼がハーケンに敬意を持つように、或いはドラークに恩義を感じるように、一般の兵士の間にも同じような関係性で結びついている者達が居ることは当然ではないか。


 結局、彼は自分より下層の者を人の数に入れていなかったのだ。

 ハーケンの前で見せた洞察力が少しでも兵士に向けられて居たなら、状況は違ったのかもしれない。

 今更、後の祭りであるのだが。


 城塞内部、北東に位置する政務庁周辺では睨み合いが続く。

 近衛の一人がカーンに斬りつけた後、自軍に走り込んだ事を初めとして永住組の多くもカーンの命に不服従の姿勢を見せた。

 そうなると今度は本国派も独立派を完全に恨み切れ無くなる。

 真剣に殺し合うには、互いに今ひとつ決め手を欠いてしまう状況であった。


 城壁上の兵士達も異常に気付いたが、先程までの竜とヘリの闘いを目にした直後ともあって、『本国』、『鳥使い』いずれを敵に回すべきか、結局は自力で事を決めかねる。

 これらの事態はカーンにとって、実に幸運と言えた。


「まったく、何という(ざま)だ!

 幾ら“鳥使いども”が外を守ろうが、中から墜ちたなら意味がないでは無いか!」

 疲れた声と共に二階の窓から下を見下ろす。

 と、見計らったかのように本国派の兵がひとり、矢を射てきた。


 距離が在ったことからか、それはカーンからは大きく()れて真鍮の窓枠を弾く。

 金属同士がぶつかる際に発する特有の鋭い音が周囲に鳴り響くと、本国派全体から“わっ!”と歓声があがる。


 対してカーンと言えば、つい先程、近衛兵に斬りつけられたばかりだ。

 思わず冷や汗が流れ、よろめくように室内へと後ずさった。


 確かに“いざ”となれば、三人の魔術師と室内に設置された魔法陣は彼を城壁外の安全地帯まで『跳躍』させる事は出来る。

 しかし、一般兵士の中にも魔法力の在る者は僅かだが存在する。

 自分の脱出を彼等が感知したなら独立派は総崩れとなり、反面『本国帰順派』は正当性を喧伝して、この都市を制圧する事は間違い無い。

 内部を押さえられたなら、城壁上の兵士も旗幟(きしょく)(ひるがえ)すであろう。


 外部の鳥使い達が幾ら奮戦した処で全く意味は無い事ぐらいカーンにも分かる。


 逃げるに逃げられない状態に陥ってしまった。

 唯一生き延びる道は、ハーケンやドラークを裏切って本国に帰順する事だが、そうなれば今度は怒り狂ったマーシア・グラディウスを敵に回すだけである。


 鳥使い達の力、マーシア・グラディウスの力、そして何よりハーケンを信じて彼は今を乗り切るしかない。

 この程度の事で折れるなら、元より独立など口にする筈もないのだ。


 とは云え、状況はすこぶる悪い。

 盗聴や盗撮を恐れ、鳥使い達との間に水晶球(スパエラ)を設置してはいない。

 この十日の間に、その設置についても話し合いを行う予定であった為、今、彼等と連絡を取る手段は無く、城内への援護は見込めない。


 今では、“皆殺し”の言葉を発した我が身が引き寄せた“自業自得”の事態である事に気付いてはいるが、遅きに失したとしか言いようが無い。

 こうなった以上は『名を残す』事のみに己の欲を振り分け、万が一の際は『死ぬ』ことも覚悟すべきだろうか?


 そんな気弱さが心の大部分を占めつつある。


 だが、カーンという男、何処まで運が良いのであろう。

 確かに“それ”が起きた瞬間は肝を冷やした。

 追い詰められた彼が隠る執務室のドアが吹き飛んだ時、何らかの迂回戦法によって本国派が一気に自分の首を取りに来た、と彼が考えたのは当然の事と言える。


 最早、後はない。


 こうなれば一時はハーケンに叱責されるのは覚悟の上、と『跳躍陣』へと跳び込んだ。

『命あっての物種』とはこの様な時の言葉に違い在るまい。

 生きていれば、巻き返すチャンスはあるのだ。


 しかし、魔法陣の中央に立ったカーンの心臓は直ぐさま凍る羽目になる。

 自分を含め、他の魔術師達まで揃えて念を幾ら送っても、陣にまるで反応は起きなかった。

 いつもならば特徴的な赤い光を発する筈ではないか!


 思わぬ事態に一瞬は慌てふためくが、流石は軍団長まで上り詰めた男である。

 蒼白な表情を覆い隠すように魔術師達を戦闘態勢に切り替えさせ、怒声と共に彼も剣を抜き払う。


 侵入者と一戦交える覚悟を決めたのだ。


 処が、吹き飛ばされたドアに再度目を遣るも、敵兵など影も形も無い。

 そこには唯、赤いドレスを纏った手折れそうな程にかぼそい黒髪の幼い少女がひとり。


 誰もが、あっけに取られる。


 その中で、カーンは彼女の顔を思い出す。

 忘れようもない顔だ。

 先のスゥエンにおけるマーシア・グラディウスとの会談にはカーンも参加していた。

 その時、彼はこの娘を確かに見ている。


 確か“書記役”と言われていた少女ではなかったか。


 あの時、何故気付かなかったのだろうか。

 こうして見てみれば、愛くるしいとしか形容できない姿である。

 透き通るような肌の白さを引き立てるに対照的な漆黒の瞳と緑の黒髪。

 つややかなまでに輝く薄紅色の唇。

 それらを全て包み込むかのような深紅のドレスの色合い。


 視覚に写る少女の全てが見事なハーモニーを奏でている。


 場にそぐわぬ想いを持ったカーンは、唯、阿呆の様に彼女を見つめるだけであった。






サブタイトルは「地球の長い午後」ブライアン・W・オールディスからです。

熱理論に無理があるんですが、それを除けば名作ですね。

タイトルは内容的には少しだけ関わるかも知れません。

寄生というかリンクというか、そっち方面の繋がりが少しだけあります。

(あると思います)

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