184:反逆者の館
「シナンガルに魔獣が現れたのは事実のようだな」
「閣下も早耳ッスなぁ」
アルヴァーが面会の相手とした人物は現在フェリシア全土に於いて最優先指名手配者となっているエミリア・コンデである。
過去に幾つかの依頼をエミリアにしてきた彼ではあったが、今回の会談は久々に事が大きく動く前触れ、と言えた。
「それで、例の“鳥使い共”、いやヴェレーネ・アルメットはどう動くかね?」
「ん~」
少し考えていたエミリアであるが、身を乗り出してアルヴァーに顔を寄せる。
何事か、と同じ様に僅かながら顔を突き出したアルヴァーに、エミリアは柔やかに空の皿を突きだした。
「その前に、ケーキもうひとつ貰って良いッスかね。これ美味いんッスよ!」
思わず表情が渋くなったアルヴァーではあったが、クリスタルのベルを鳴らすと執事を呼び出し、紅茶と菓子を余分に運び込むように告げる。
「菓子はスタンドごと頼む。紅茶も温め直してくれ」
老齢の執事は恭しく一礼して退室した。
その姿を特に追うこともせず、アルヴァーはエミリアに軽く笑みを投げかける。
「気が効かなくて申し訳無かった」
「こっちこそ済まねぇッス。山の中にばっか居るんで甘いものに飢えてるッス」
「おや!? 君は姿を自由に変えられるはずだ。街に出た処で特に問題はあるまいに?」
アルヴァーの問いに露骨に眉を顰めたエミリアは、手をヒラヒラと振って答える
散々な現状だ、とでも言いたいのだろうか?
「あれは見た目だけッス。
追っ手になってる研究所の連中が持つ水晶球相手に魔力波動は隠せそうにないっしょ。
そうでなくともマーシアやアルボスみたいなのに出会ったら一発でバレるッスよ」
「なるほど」
一つ頷いて、アルヴァーは本題に入る事にした。
「殿下や鳥使い達については後にしよう。あの馬鹿息子は今、何処かね?」
「ああ、カスルから東に百数十キロ程離れた処で匿ってるッス。
あたしらだって隠れ家の十や二十くらいは在るんッスよ!」
またも頷くアルヴァーに今度はエミリアが問い掛ける。
「しかし、何だって閣下は息子さんを潰しに掛かったんで?
長けりゃ十年は掛かるでしょうが、軍には充分復帰できるっしょうに?」
その言葉を聴いて、アルヴァーは何とも悲しげな顔付きになる。
「そこが君たち妖精種が我々人類種をなかなか理解してくれない部分だね」
「どういう事ッスか?」
「我々の寿命は短い。軍で十年、いや五年の出遅れは我々の寿命では致命的なのだよ」
エミリアは思わず首を傾げる。
確かにアルヴァーの言うことは間違っては居ない。
だが、それは普通の市民の話だ。ブルダ家の力を持ってすれば五年が十年でも巻き返しは可能な筈ではないか。
「信用されてねッス、か……」
眉と唇をへの字に曲げるエミリアに、アルヴァーが“それは違う”と答えた処で、三名のメイドがポットを先頭にスイーツやサンドウィッチを満載した三段式ティースタンドを運び込んで来る。
上段にスコーン、中段にパンプキンタルトやストロベリータルト、下段にはローストビーフサンドとシュリンプサンドである。
甘いものが欲しいと言っていた割に、エミリアはスタンドから迷わずビーフサンドを選び取ると直ぐさま囓りつく。
ひと口頬張り、それを紅茶で流し込むような食べ振りは見事な程だ。
一通り腹を満たして一息吐くと、エミリアは質問を続ける。
「まあ五年遅れての巻き返しが難しいのは分かったとして、それでも“脱走”と来ちゃあ、今度は難しい処の話じゃ無いっしょうに。
今じゃ、あたしと同じ“お尋ね者”
やっぱり、これじゃあ息子さんを潰しに掛かってるとしか思えねんッスよ」
ふむ、と納得の表情を見せたアルヴァーは、少しばかり瞑目したが、ようやく口を開く。
「随分と息子に同情的なんだな?」
「そりゃ、嫌がる本人を叩きのめして拉致したんで、少しは悪いと思ってるッスよ。
まさか本人が納得してないとは思わなかったんで、話が違うって取りやめても良かったんッス。
まあ、やり始めた以上は、最後までやった方が得策だと思ったんで“仕方無し”したけど。
実際、騙された気分ッスね」
タルトのクリームが付いた指を舐めるだらしない姿に似合わず、その瞳の奥に僅かに不快感が浮かんだが、すぐにそれも収まる。
そう、巧達がブルダ家が言い訳に使うだろうと思われていた言葉とは裏腹に、ダミアン本人は脱走を承諾せず、やむなくエミリアは彼を気絶させて運び出す羽目になってしまったのだ。
尤も、その誘拐の主導者がブルダ家である、など、誰一人として思いも依らぬ事だろう。
この様な事をしてもブルダ家には利益など何一つ無い、と考えるのが普通であり、アルヴァーが“政敵の陰謀だ”と主張しても話の筋は通るのだ。
ともかく、そのトラブルからエミリアの魔力波動は、牢獄の周囲に撒き散らかされており、彼女が更に罪を重ねている事が衛士隊に知られた確率は高い。
当然、訊くべき事を訊く権利は在った。
但し、怒りにまかせて喚いた処でアルヴァーが真実を話すことも無いだろう。
エミリアとしては必要な限りに於いて、礼儀を守る事に決めている。
「なるほど、その点は詫びよう。
今日、君に来て貰ったのは其処の誤解も解きつつ、今後の事についても話し合いたい、という事なんだがね」
アルヴァーの言葉は苦しげではあるが、嘘を吐いているようには思えない。
取り敢えず頷いて話を進めるように促したが、その前に一言だけ付け加える。
「そう言えば、あたしら全員に何か検査を受けさせるって話、したけど、そっちの話もしっかりお願いするッス。身体に妙なモノでも埋め込まれて操られるのは御免ッスからね」
真剣な表情のエミリアとは対照的に、アルヴァーは其の日、初めて声を上げて笑った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エミリアが去った後、書斎に戻ったアルヴァーは幾つかの書類に目を通す。
彼女から届けられた書類である。
驚きの表情を何度か繰り返しながらも、書類に記された一人の名前に印を付けて、それから、自分を納得させるかの様に一度だけ頷く。
丁度その時、執事がまたもや来客を告げた。
アルヴァーは迷うことなく、その人物を部屋に通すように告げるが、来客は返事を待つ事をしなかった。
帯剣は勿論のこと、チェーンメイルの上に皮鎧とガントレットまで身に纏った完全武装の姿でドアを叩き壊さんばかりの勢いを持って室内へと踏み込んでくる。
「あまり品が良いとは言えんな。嫁に行く歳も疾うに過ぎたというのに、一体、誰に似たのやら?」
アルヴァーのあきれ顔にはやや芝居がかった気があり、それによって来客の怒りが大きく増した事は年老いた執事の目にもはっきりと取れた。
いや、彼女を“来客”と呼ぶのは正しくは無いだろう。
入室してきた人物。
それはブルダ家三姉妹の長に当たるアレンカである。
魔導研究所に籍を置き、カレル不在の際は報道官としての窓口業務に当たることも多い。
近年では、ラキオシアとの通商条約や改正選挙の発表の表舞台に立った事で、彼女の名前と姿は広報協会によってフェリシア全土に広められていた。
今日の魔導研究所では五指に入る有名人と言えるだろう。
その彼女は、入室と同時に役職に見合った美貌にまるで似合わぬ怒号を添えて、実父を糾弾して来る。
「私は礼儀を知らぬ無礼者かも知れませぬが、少なくとも父親に似た恥知らずでは有りません!」
いや、部屋の中央で仁王立ちとなり、怒りに燃えたその翡翠色の瞳は今や、決して実の父親を見るものでは無い。
「先の件はきちんと詫びた筈だし、お前も受け入れてくれただろうに、何故今更?」
「ダミアンをゴースにねじ込んだ詫びは兎も角、この様な物を受け入れた覚えは有りませんわ!」
アレンカは怒りの言葉と共に、掌中のペンダントをアルヴァーの顔めがけ、叩き付ける。
顔面に届く前にアルヴァーは空中でそれを軽々と受け止めると、またもや芝居がかった動作で肩を竦めた。
「こいつも案外、長く働いてくれた。
数日前から反応が無くなったので遂に魔力切れかと思っていたんだが、まさか気付かれていたとは、な」
暢気を絵に描いたような口調がアレンカの怒りを天井知らずに増幅させる。
「実の娘をスパイしていた等と、本当に恥を知らぬのですか!」
ペンダントはアレンカが魔導研究所に所属を認められた祝いに、とアルヴァーから送られたものであり、魔石の類では無い筈であった。
だが、魔法力の封印は巧妙に隠蔽されたものであり、何より、この魔石それ自体は力を表に漏らさない。
アレンカの魔力と共振する事で彼女の力を増幅し、首都内のブルダ家邸宅までその思考を跳ばす事を目的としたものであった。
つまり、アレンカは自分でも気付かぬうちに常時魔力思考を放出していたのである。
魔力コントロールの低い魔法士にありがちな力の漏洩程度の物であり、何より意識した送信でないため彼女自身が気付くことは無く、研究所の上層部に怪しまれる事も無かった。
勿論、魔導研究所に於いて、外部との魔法通信はヴェレーネ直通の水晶球の様な一部の例外を除いては厳重に遮断されている。
しかし、アレンカが一旦研究所から表に出てしまえば、彼女が内部で見聞きした事柄は彼女の意志に係わらず、全てアルヴァーの手元に届いていたのだ。
アレンカ自身は自分がスパイをしている意識など無い。
よってカレル処かヴェレーネですら、此の仕組みに気付くことは無かった。
だが、プライカ支部で起きた盗難事件がアレンカ自身に疑問を持たせた。
外部の者が決して知り得ぬ情報がいずれかから漏れている。
それも、事件の流れと奪取された情報から考えて、自分に近い者の可能性が高い。
不本意ながら、部下達を調べざるを得まい。
アレンカがそう決めたとき、まず自身のクリーニングを行う事で部下達に調査対象となることを納得して貰おうとした。
その準備を進める中で、彼女はようやく自分の異変に気付いたのだ。
魔導研究所に於けるアレンカの立場は本来は広報員ではなく、機材・魔導具に係わる研究員であり、それなりの数の部下を持つ立場でもある。
また魔法陣の管理も同時に行っている。
アルヴァーがアレンカを通じて手に入れた情報の中で最も重要なもの。
それは“次元跳躍に係わる基礎研究”であった。
これは、アルヴァーが異世界との交信を望んでいる事を示す。
如何なる立場の者でも、王宮を抜きにして許される行為では無い。
「何が狙いです!」
怒りのアレンカに対し、アルヴァーの穏やかな口調に変化はない。
「私が“人類”のために働いていることは知って居ろうに、何を今更」
「“人類!” 私が気に入らないのは日頃からの其の言葉ですわ!
確かに私たちはその外見から一応に種族を分けては居ます。
しかし互いに婚姻が可能であり、子を成すことも出来る以上、僅かな外見の違いが目立つだけで、全ての種が“人類”ですわ!
何故、この家では其処まで獣人種や妖精種を敵視しなくてはならないのですか!」
アルヴァーは、またも“やれやれ”とでも言うように肩を竦めたが、その目は一瞬細くなり、刺すが如き視線をアレンカに向ける。
豹変と言えた。
「アレンカ、お前はいずれこの家から出る身だ。これ以上は深入りするな」
氷の様な目付きとはこの事を言うのだろうか。
此方も親が子に向ける視線ではない。
だが、アレンカは怯まない。
「なるほど、ならば私たちは『敵同士』と言うことですわね」
言葉より先に既に刀身は鞘から離れており、その切っ先はアルヴァーの喉元に突きつけられていた。
「馬鹿者が!」
アルヴァーの言葉が終わらぬうちに、アレンカの身体は後方に吹き飛び壁に叩き付けられる。
単なる衝突の衝撃だけではない別種の大気圧がアレンカを襲い、彼女の肺胞を大きく潰した。
口元のみならず、鼻、耳、いや目尻から迄も血をまき散らしてアレンカは床に突っ伏す。
それでも致命傷には至っていなかった様であり、手放さなかった剣を杖に立ち上がると剣先を正中に構える。
しかしながら、息を荒げて父親を睨み付ける彼女は、翡翠の瞳どころか、顔の半分を朱に染めた有様で、今や男女の区別すら見分けが難しい。
当然だが視点も定まっておらず、唯、意地だけで其の場に立っていると言っても良かった。
「このままだと死ぬぞ……」
「国家に害をなす輩を生かして置くぐらいなら、」
その言葉に、アルヴァーは悲しげに首を振る。
「お前が本気でそう思っているなら、何故、一人でここに来た」
その言葉をアレンカは聴いていたのだろうか。
ガントレットが床に叩き付けられる激しい音と共に突っ伏した彼女の意識は、既に途切れていた。
「治療して、閉じ込めておけ!
王宮なり研究所なりから問い合わせが有った場合、こちらには来て居らぬ、と答えろ。
アレンカは此処に来ることを誰にも話してはおるまい。
それと、“こいつ”を必ず着けさせて置け!」
アルヴァーが真後ろの棚から取り出したのは、魔力封じの首輪である。
本来、魔導研究所の許可を得た衛士隊のみが所持を許される品であるが、長年衛士隊を後援してきたアルヴァーには容易く手元に置ける品であった。
アレンカが運び出された後、執事のクラウスが珍しくも、やや責める様な口調でアルヴァーに願い出る。
「旦那様が何を目指しておられるかは、私のような小物には及びもつかぬ事では御座いますが、私にとってもアレンカお嬢様は大切な御方です。
何卒、命ばかりはお取りめさる事の無きよう願います」
「あれは、お前に随分懐いておったからな」
「はい、有り難き事で御座います」
「安心しろ、あれは殺さん」
アルヴァーのその言葉にホッと溜息を吐いた老クラウスだが、次の主人の言葉には首を傾げざるを得なかった。
「あれは姉弟の中でも一番、賢い娘だ。 いずれは気付くだろう」
「はて、“何事に?”で御座いましょうか?」
少しばかり迷いを見せたアルヴァーだが、彼の計画にクラウスを組み込むことは疾うに決めていた様だ。
重い口を開く。
「なあ、クラウス。あれが、何と言っていたか覚えているか?」
「はい。父親に向けるには実に悲しいお言葉で御座いました」
「いや、私を倒す、倒さない、という話では無い。その前に言っていただろう?」
少し考え込んだクラウスだが、恐る恐ると確認する。
「“人類”がどう、とかいうお話しでしょうか?」
「そうだ! 獣人と妖精種、其れに人類種、これだけ違いが在るのに、我々は互いに子を成せる」
「はい、それが?」
「不思議な事だとは思わんかね、クラウス?
犬とトリクラプスドッグはよく似ている。だが、掛け合わせた処で絶対に仔は生まれん」
主人の言葉の意向は分からぬ侭だが、首を傾げつつも彼は其れを肯定し、そして反論する。
「確かに、仰る通りですな。
では尚更、お嬢様の御言葉は正しいと云う事になりますが?」
「そこが大きな問題なのだよ」
やはり意味を捉え切れずに沈黙するだけのクラウスであったが、結局退出するよう命じられ、踵を返す。
だが、部屋を出る前に耳にした主人の言葉は単なる独白なのか、自分に向けられた言葉なのか、老執事には最後まで決めかねるものであった。
「今回の闘い、勝つにせよ負けるにせよ、一族の悲願を次ぐのはあの娘になるだろう。
今は我々の敵として生き延びさせる。そう、決して死なせてはならん……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
七月末日
南部ゴースに於けるシナンガル軍に対する追撃は未だ成功していない。
深い森林はゴース守備隊の侵入を阻み、敵の捜索は遅々として進んでいなかった。
斥候という目的から一方向に大部隊を出す訳にも行かない。
また、遭遇戦になった場合はその少数が仇となるため、大胆な動きも出来ない。
アルスが最も恐れるムシュフシュ級に当たる高位魔獣の複数化は今の段階では起きていない、と信じたいのだが、それも希望に過ぎぬ侭、時間だけが過ぎている。
その様な中、ヴェレーネは久方ぶりに王宮を見舞い、女王と一対一での面談を行っていた。
議題は一神教拡大の危険性に始まり、アレンカの失踪、次いでゴースの動向に移る。
「それで、アルスとしては“手詰まり”と云う訳ね?」
女王の言葉に軽く頷いてヴェレーネは返事を返す。
「はい。しかしながら、シナンガル内部の変容からシエネにも少しばかり余裕が出来ました。
会議の結果、アイアロスはゴースへと戻る事が決定しております。
また彼方に新任した国防軍指揮官も先のシエネ攻防に於いて実績には充分なものと言えますでしょう。
少なくとも今、この時点で高位魔獣に急襲されたとしても、後れを取ることも無い、と存じます」
「あなたがそう言うなら、“そう”なんでしょうね」
頷いた女王は、私は軍事についてはどうしても及び腰だから、と付け加えて笑った。
だが、ヴェレーネは女王の本当の恐ろしさを知っている。
本当に力のある者に対しては“政略”は兎も角として“軍略”などなんの意味もない。
人間が技を極めて虎に挑めば勝てるというものでは無い。
また逆に格闘技を学ぶ虎などいない。
女王が人に見せる鷹揚さは、実はそう云う事なのだ。
自分が『乱世の政治的天才』と呼ばれるにせよ、それはこのカグラという狭い世界に於けるものだ。
巧の戦略眼、戦術眼は自分など置き去りにする程に眼を見張るものがある。
それどころか、巧を凌ぐ戦略眼を持つ個人や参謀組織など、地球には数多を誇る。
地球に於ける戦乱の歴史は、このカグラの闘いなど児戯にも等しい様々な戦略・戦術を生み出している。
それらがこの世界に蔓延する前に、此の闘いが終わって欲しい。
この女王が居なければ、それら地球の『概念』の恐ろしさを考えて、兵器の導入すら難しかったであろう。
本来、恐るるべきは『兵器』以上に『概念』なのだ、と今更ながらに感じるヴェレーネであった。
そこまで考えてヴェレーネは、ふと在ることに気付いた。
あの密使、シムル・アマートである。
彼の言葉にあった様に、ある意味で『女王』はフェリシアのみならず、『カグラ』全体を守っているのでは無いか、と。
いや、何を、どの様に守っているのだ、と言われると結論となる言葉が出てこない。
だが、女王が彼等に合わせた闘いを命じる事や、政治を行っている事は、この世界に於いて急激な社会の変容を許していない。
ヴェレーネが地球に跳び、異世界の知識をカグラに持ち込む事になった今回の計画。
即ち『オペレーション・プロメティア』に於いて、最も懸念された問題は『女王』が“本来の”力を押さえる事で、辛うじて成り立っているのだ。
それにしても、これらを支える“女王、最大の能力”とは何であっただろうか?
幾つかの女王の力は知っているつもりであったが、そのどれを当てはめても、合致するイメージがまるで湧かない。
相変わらず、ロックされた記憶が彼女の思考の邪魔をする。
表情を変えぬ侭のヴェレーネであったが、今すぐにでも『セム』に確かめたいことは多すぎる程であった。
平静を保った表情を崩さぬヴェレーネの焦りに気付いてか気付かずか、女王は唐突に話題を変えて来た。
だが、その言葉に驚き過ぎたヴェレーネは、今までの疑問など何処かにすっ飛んでしまう。
女王が呟く。
「ねえ、ヴェレーネ。そう言えば“お兄ちゃん”は今、どうしてるかしら?」
「は?」
今、女王は何と言ったのだろうか?
彼女に兄など居ただろうか、いや、それよりその様な言葉を女王が使うことなど在るのだろうか?
混乱するばかりのヴェレーネに対し、女王は自分でもおかしな事を言ったと気付いたのであろう、慌てて言い換える。
「あら、ご免なさい! 地球で慣れ親しんだ彼 女の意識が表に出てきちゃた様ね」
そう言ってころころと笑うと、その笑顔の侭に言い直した。
「巧君の事よ」
そう、今、女王は巧の義母であるエルフリーデの意識が前面に出てしまい、地球にいた時と同じ感覚で、巧のことを『お兄ちゃん』と呼んでしまったのだ。
杏の話が出たなら、“お姉ちゃん”とでも言ってしまっていただろう。
彼女達の完全な同化が成されている事が分かる一例である。
「あ~、明日以降、スゥエンに向かいますので、その準備に追われているかと、」
ようやく声を押し出すことに成功したヴェレーネだが、続く女王の言葉はまたも彼女の声帯を凍り付かせてしまう。
「ん~、私ね。今は“エルフリーデ”として話したいんだけど、良いかしら?」
何やら嫌な予感がしたが、頷くしかないヴェレーネに女王、いやエルフリーデは、まるで街のおかみさんの様な素朴な口調で、こう問い掛けてきたのだ。
「ねえ、あの子の事、どう思う?」
「はひぃ?!」
サブタイトルは「反逆者の月」ディビッド・ウェーバーからの改変です。
月に宇宙人の施設が埋まっているという中々面白そうなSFですね。
話は変わりますが、失敗があります。
例の容疑者の名に「太田垣」という名を使うべきでは無かった、と今更に後悔しています。
色んな名前の方がいますので、読者の方に不快にならない様にあまりありそうもない名前を、と思って使ったのですが、有名な漫画家さんに姓だけが同じ方がいらっしゃいました。
しかもガンダムの漫画を描いてらっしゃる、凄い大家なんですね!(これで二重に大失敗です)
今更換えられないので作者の無知と云うことで、どうぞご勘弁を!




