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星を追う者たち  作者: 矢口
第九章 激戦区一丁目一番地
181/222

179:明日は良い日になるのだろうか?

 去った五月の戦闘に()いて錯乱した挙げ句、副官殺害という罪を犯したダミアン・ブルダの身柄は、最前線である南部の都市ゴースから工業都市プライカに移されていた。


 数度の軍事裁判の間に彼には減刑嘆願が出ており、早ければ来月には審判がなされ、遺族への補償を済ませた後は四年から五年の刑期に入る事になっている。

 また減刑嘆願は実家であるブルダ家からは勿論だが、驚く事にゴース都市司令であるアイアロス・ビーリーからも出ていた。


『彼の年齢や人生経験の少なさを勘案(かんあん)して、後任に()える事を拒否すべきであった。

 当然ではあるが、軍当方でも何らかの責を負わざるを得ない』

 との言葉がアイアロスの嘆願書の中心ではあるが、実際の処、軍本部や彼自身に責任が在るとは言い(がた)い。

 ダミアンがアイアロス不在の中で司令官代行であるアルスの副官に収まったのはブルダ家自らの要望と、それに同調した議会の強い後押しに()(ところ)が大きいのだ。

 つまりアイアロスの名目は『減刑嘆願』という形では在るが、実際は議会に対して、

『如何に文民統制と云えども、軍の実戦部隊の人事にまで口を挟めば、この様な結果になる事は当然と知れ!』

 と、強く弾劾したのである。


 それは、ひとまず置くにせよ。

 減刑を受けた上に、時期が来れば特赦(とくしゃ)すらも有り得るダミアンが脱走する理由など在るのだろうか?

 誰しもが其処(そこ)を不思議に思う。


 逮捕された時点で、“彼の将来は途切れた”などと考えるのは地球人の発想に過ぎない。

 罪を償い一兵卒から再出発すれば、やり直しのチャンスは幾らでもあるのがフェリシアであり、カグラという文化圏の標準的な考え方だ。


 自由人(バロネット)同士ならば、という条件付にせよ、未だに私闘制度まで認められる()の世界の常識は地球とは何もかも違う。




「どういう事だと思う?」

 シエネ議員会館の五階。自室の執務机に肘を付け、組んだ両手に(あご)を乗せたヴェレーネはソファに腰掛けては作戦地図と睨めっこの巧に、いきなりの質問を寄せてきた。


「何故、俺に訊く?」

 次の作戦に向けた準備を進める中、唐突に跳び込んできたダミアン・ブルダ脱走のニュースについて問われても、巧には見当も付かない。


 ヴェレーネも現時点に於いてはダミアンが何を考えて脱走などという行為に走ったのかは分からない。

 ブルダ家当主であるアルヴァーは未だ四十代半ばであり、人類種であるにせよ、健康に気を使えば今後三十年以上は権勢を保てる。

 いや、ダミアンとて再出発の後、十年もすれば他の議員が今回の話を表に出す事を(はばか)られる程の権力を持つ可能性は低くなかったのだ。


 いくら何でも焦り過ぎではないか。

 戦場での味方殺し(フレンドリー・キル)は、無理に見れば事故としての側面を持って捕らえる事も出来る。

 だが、国家機関である司法に(そむ)いたとなれば、その罪は決して軽くはない。


 戦場での錯乱とは訳が違う事ぐらいは、どんな馬鹿でも分かる。

 今回の脱走によって、彼は軍政いずれの権力の表舞台にも返り咲く事は、まず不可能となった。

 誰しもが不思議に思うのは当然の事なのだ。


「実家は有力議員なんだよな?」

 少し考えてからの巧の問いに、ヴェレーネは頷く。

「それが?」


「その実家は何かコメントを出したのかい?」

「まだね。(ただ)し予想は付くわ」


 その予想は巧にも付いた。

「脱走ではなく“誘拐”と主張するだろう、って?」


 (これ)にヴェレーネも頷く。

 だが互いに口に出来たのは其処(そこ)までであった。

 今は情報が不足しすぎている。

「まあ、いずれ何らかの動きがあるだろ。案外、またもや錯乱したってだけかもしれない。

 とっ捕まえてみたら、“唯のガキの()(まま)だった”って事で終わる可能性もある」



 巧の言葉に“そうね”とだけ返してヴェレーネは話を変えてきた。

「処で北方での作戦の“詰め”に、あなたは参加しないの?」

「ヴェレーネ! お前さん、理由を知ってるくせに意地の悪い事を言わんでくれよ!」

 ぼやく巧にヴェレーネは笑顔を見せる。

 久々に名前を呼び捨てられた事が嬉しいのだが、それに気付く筈も無い巧はまたも揶揄(からか)われたと嘆くばかりであった。



 オペレーション・デスマーチの指揮を巧が直接()らない理由。

 これは、巧が手掛け始めているスゥエン方面作戦と並んで逆侵攻スケジュールの問題もあるのだが、それ以上に『後任育成』に関わる部分が大きい。


 王宮から正面の敵軍、併せては補給都市ルーファンショイに対する報復攻撃の許可は降りた。

 しかし、(これ)には当然ながら強力な縛りが付いている。

 勿論、“作戦内容についてどうのこうの”という巫山戯(ふざけ)た話ではない。


 それは、

『作戦の実行によって、敵方に休戦会談を持ち込ませる、或いはその方向に思考の舵を切らせる事を戦闘目的の第一義とすべきである』

 と云うことであった。


 これは当然、分かる。

 破壊のための破壊、報復のための報復など何の意味もない。

 この戦争をどうやって終わらせるのか。これこそが重要なのだ。


 そして目的である『和平』を成すためには、“今後の戦闘はますます苦しくなる”と相手が思うほどに、地球-フェリシア連合軍は高度な質を維持しなくてはならない。


 国防軍の火力にせよフェリシア軍の魔法攻撃力にせよ威力は実に高い。

 しかし、普通に攻めればシナンガルの国力は其れを呑み込むほどに巨大だ。

 あの国の人海戦術の勢いを削ぐためには、火力の密度と指揮官の質の向上で対抗せざるを得ないのである。

 相手に対して、少しでも先手を取れる決断力のある指揮官を揃えなくてはならない。


 今回の作戦成功により、北方の危機を先延ばしにする事に成功はした。

 だが少しでも油断をしたならば、再び下瀬が自決を持って国防軍の行動の責を負う羽目になる事態が生まれかねない。

 つまり現状は依然として変わりないのだ。


 確かにあの老将は真の軍人だ。

 司令官室も形を変えた戦場であり、その采配ひとつで多数の味方を死地に追いやる事を考えたならば、“その覚悟や、良し!”という考え方も在るだろう。


 だが、経験在る人材が作戦の責を負う度に自決していたのでは、軍は弱体化するだけである。

 勿論、下瀬は何も自己満足で自決を選ぼうとした訳ではなく、今回それが『必要』だから、その道を選ぼうとした。

 しかし、その様な道を選ばずに済ませる事こそが何より肝要(かんよう)ではないのか?


 この防衛戦は常に切羽詰まった状況でひとつひとつの作戦が進められていく。

 前線に於いて、“シエネを守りきった平木准尉や三田村准尉と同じレベルで”とは行かなくとも、せめてそれに準ずる程度に『決断』を(いと)わない中級指揮官は幾らでも欲しい。

 それこそが犠牲を減らし、成立した和平を長く維持する事に繋がる、とヴェレーネも巧も考えるのである。



 後進育成の重要性の例をひとつ上げるなら、地球の先の大戦に於いて『エース』と呼ばれた航空兵員の運用例がある。


 負けた枢軸国(アクシズ)側ではエースと呼ばれたパイロットの撃墜数は最低でも十機程度、通常でも四十から百を数えた。

 特にドイツ空軍(ルフトヴァッヘ)では撃墜されたにせよ、脱出に成功すれば戦場域の条件から見て、地上に降りて生き延びることは何ら難しくなかった。

 ならば捕虜になりさえしなければ何度でも復帰が可能であり、ドイツパイロット達は()撃墜経験を重ねながらも、結局は百五十人を超えるエースを生み出している。

 それどころか、最終的には最大撃墜数三百機を越える人物迄もが出現した。

(エーリッヒ・ハルトマン、ゲルハルト・バルクホルンの二名)


 対して、勝者である連合国(ユニオン)側エースの撃墜数は英米では最大でも四十機を越えず、大抵に於いて七~十二機が普通である。

 航空戦は五機以上の撃墜を持ってエースとする為、ギリギリと云った処だ。

(ソビエトのイヴァン・コジェドーブの六十二機が最高か?)


 これは別段、米英パイロットの技量が劣る、という訳では無い。

 彼等は物資に恵まれていたこともあって、ある程度の経験を積んで敵との闘い方を身に付けると、今度は後方に廻されてその殆どが『戦技教官』となり、新たなエースを生み出していったのである。


 枢軸(アクシズ)側では人口や物資の問題から後進を育てる余裕も無かった為、最後の最後までベテランを闘わせては使い潰さざるを得なかった。

 勿論、巧達の国でも教官に廻されるエースとて幾らでも居はしたのだが、その戦線の殆どが海上であることから、撃墜されることはそのまま『死』を意味した。

 パイロットは常に不足し、彼等は戦局の悪化と共に再び戦線に復帰して、悪質な機体の故障などを原因として撃墜され、更なる戦力の不足を招く、という悪循環に陥ったのだ。


 平時から誰でも自動車や飛行機を運転・操縦できる英米の様な大国と、その様な特殊技能は文字通り“雲の上の人々”のものでしか無かった貧乏国を比較するのも無理があるが、現場レベルで見ても、この様に後進育成の重要性は決して無視できるものでは無い。



 よって、“作戦の最終段階”が如何(いか)に苦しいものだとしても、巧は部下を信じて待つ他はなかった。

 自分が手を下す方が余程楽なことは分かっている。

 だが今後を考えるなら、それは決して出来ない。


 この様な苦しさの中、巧は別方面作戦へと足を踏み出していく。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 七月十四日 


『鳥使い』六十六名がスゥエン城塞司令官との三度目の会談を約束した日である。


 正確には昨年十一月十日の独立宣言を持ってスゥエンは『共和国』となった為、スゥエン政府代表、アンドレア・ハーケンとサミュエル・ルースの名代(みょうだい)であるマーシア・グラディウスによる会談と言うべきだろうか。


 作戦参加機体は前回の六機を大きく上回る十機。

 南部戦線の魔獣駆逐がペースを守れた状況になっている今だからこそ引き出せた機数だが、巧としては現場に申し訳ない気分にもなる。

 まず、輸送機であるオスプレイは補給機を含めて陸戦兵員五十名用に二機、そして作戦指揮専用機としての一機。

 これら三機は下部にガンポッドを装備した歩兵援護機でもある。

 加えて、城塞制圧の本命となるAH-2Sの七機は堂々たる布陣であり、航空機動中隊として陸戦部隊少尉の指揮可能な最大戦力を揃えていた。

 この規模ならば一週間程度の短期作戦遂行に何ら問題はない。


 だが、その場にはあろう事か、変装したヴェレーネが付いて来ていたのだ。

 魔力を使ったものか髪は金色に、瞳も魔眼を隠した見事なマリンブルーである。


 指揮官機の輸送室には中央に作戦指揮テーブルが置かれ、対座シートとなっているのだが、巧が腰を据えた脇をマーシア、ヴェレーネ、そして当然の如くクリールが取り合う。

「これから重要な打ち合わせが在る。貴様には遠慮を願いたいな!」

「それは書類を読めば分かるでしょ! 今は指揮官同士の会話が必要なのよ」

(じゃま~! じゃま~!:タブレット表示)

 と、三者三様に騒がしい。


「お前ら、いい加減にしろ!」


 巧の怒声で、まずはヴェレーネが折れた。

 対面に座った方が話しやすいと巧が対座を指したのだ。


 素直に席を移るヴェレーネを見て、一瞬は“勝った”と喜んだマーシアとクリールだが、次いでは2人こそが兵員室仕切りの後方に移されてしまうと、そこで不貞寝(ふてね)に入る。

 但し、二人ともドアの向こうに姿を消す前にしっかりと()ねるのを忘れなかった。

「おにいちゃんの馬鹿!」

(ば~か、ば~か!)


 “大人しくしろ!”とふたりを追い払って、ようやく最終確認作業に入る巧であった。


 だがヴェレーネに向き合って地図を広げつつ口を開いた巧だが、その口調には少しばかりの照れが浮かぶ。

「喜んでいいのかな?」

「えっ?」


 巧の言葉の意味する処に気付いてヴェレーネも頬を染めた。

 あのクリールという存在が現れてから、彼女は大きく変わりつつある。


 クリールの現在の自我的な意識はヴェレーネの最も根源的な子供の部分を拾い上げたものだ。

 シエネに来て以来、クリールはハインミュラーの部屋と巧の部屋の往復に時を費やしていた。

 つまり、クリールはヴェレーネが最も求める行動を素直に行っていたのだ。


 ヴェレーネは時にクリールと意識的にリンクして見た。

 そうしてハインミュラー老人の首にしがみつくと彼は素直に抱き上げてくれる。

 その腕に抱かれて、素直な気持ちで眠りに入る心地よさは何とも言えない。

 目が醒めたときアルバが睨み付けてくる姿に優越感丸出しで舌を出したのはクリールなのか、はたまた自分なのか区別が付かなかった。

 リンジーはクリールを子供と見て余裕が在るが、アルバは対抗意識丸出しな為、からかうと実に楽しい。

 こんな少女時代が自分にも有ったのだろうか、と記憶を探るが、残念ながら見つからなかった。


 あれと一体化するのは実に楽しい。

 だが、巧に対しても素直になりすぎている自分には全く気付かなかった。

 そう、今、巧に言葉を向けられるまでは……。


 結局、音もなく、暫し無言の時を過ごすふたりであった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 区切られた後方の長座席(ベンチシート)に身を横たえ、ひとつ伸びをしたマーシアは次いでマリアンに呼び掛ける。

 明確な意識は無いが、今、自分を見ている事は分かった。

 “残念だったね”

 と、慰めてくれているのも分かる。


 マリアンが表に出てこない理由についてマーシアは幾つか思い当たる様になっていた。

 最初は単に『力』に関わる問題だと考えていた。


 勿論、それは間違っていない。

 マリアンとマーシアが同調した際の力は大きすぎる。

 “魔力の暴走”

 マリアンはそこに思い至ったのだ。 


 八岐大蛇(ムッシュマッヘ)を倒したとき、マーシアは完全に力に酔っていた。

 半分気絶していたマリアンの意識があと少し覚醒し、彼女に同調していたならば、力に酔ったマーシアの意識に呑み込まれて素直に粒子砲を構築したであろう。

 そうなれば正面のシナンガル兵は数万単位で蒸発していたに違いない。


 マリアンは其れを恐れた。

 だが、同時に不思議な事も起きた。

 やはりマーシアとの同調は進んでいたようであり、マリアン抜きでのマーシアの戦闘力の成長が頭打ちになることを嫌がりもしたのである。

 つまり、マリアンの力無しでも“マーシアに更に強くなって欲しい”と云う、力を恐れる感情とは相反する“力を求める気持ち”が彼の中に存在していたのだ。


 それに気付いたからこそ、マリアンは眠りにつくことにした。


 そして、結果として全ては上手く行きつつある。

 ラハルとの闘いを通してマーシアは“魔力の真の活用”、つまりダークエネルギーの細密コントロール能力までをも手中にした。

 いずれマリアンが完全に消えたとしても、彼女の爆発的な成長が止まる事は最早在るまい。


 生きている限り常に成長を続ける“本物の魔術師”、いやそれをも越える『魔導師』とでも言うべき存在になりつつある。

 このまま成長を続けたなら、自分の魔力に呑み込まれて暴走するという失敗も起こさずに済むかも知れない。

 マリアンが消えたことに最初は困惑したマーシアであったが、今は感謝しており、何より、いつかは彼が戻ってくると信じている。


 何と言ってもマリアンのマーシアに対する心配は、『力』についてだけではなく、巧との関係性にも向けられて居るのだ。

 マーシア=マリアンではなく、マーシア・グラディウスという一人の女性として巧に愛されたいという彼女の願いを感じ取ったのだろう。


 今暫くマリアンが表に戻る気配は無い。

 だが、彼からのエールは確かにマーシアへと届いていた。





サブタイトルは山本弘氏「去年は良い日になるだろう」からイメージさせて頂きました。

まあ、内容とは何の関係も無いですけどね。


しかし、健康を大事にするならこのタイトルもなんだか意味深く感じちゃいますね。

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