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星を追う者たち  作者: 矢口
第九章 激戦区一丁目一番地
180/222

178:フェリシア万華鏡

「凄まじいな……」

 AHから送られてきた映像を見て、山崎は溜息を吐く。

 ヘリ部隊員達も全く同じ感想であり、昨夜の軽口が嘘の様に押し黙るしかない。

 彼等もまた、戦場に於ける人間の野獣性を甘く見ていたのだ。


 まず山崎は小西に確認を取った。

「この映像は以後、最高秘匿事項としたいのですが、宜しいでしょうか?

 各機のデータは完全に抹消する様にして頂きたい。 

 長尾大尉への許可は此方(こちら)で取らせて頂きます」


『了解。と言うよりね。

 こんな映像、俺たちとしても手元に残したくないんで、代理が代わりに管理して下さるってんなら助かるね』

 小西はウンザリという口調で返して来る。

 それから思い出した様に付け加えた。


『ああ、それと暫くの間だけで良いんだが、今回機乗した三名には仕事を廻さないで欲しい。

 いや、勿論俺からも大尉には頼む事になるが、人手が足りない時に代理の方で引っ張り出すのも止めてくれ。

 こいつら今日から二、三日は使い物にならん!』


 頷きつつも山崎は問い掛ける。

「それは了解ですが、小西少尉はその中に入れなくとも宜しいので?」

『俺? 俺がこれでへこんでちゃあ、期待してくれた司令に申し訳が立たん。

 何より俺は目立つからな。桜田軍曹に勘ぐられるのは御免だ。

 彼女には、いずれ“数字”だけ教えときゃ良い。そう云う“いい加減さ”って必要だと思うぜ』

「同感です」


『さて、嫌な仕事はこれで全て済んだ。

 今後は後方集団を中心的に守り、彼等の内部で前方集団と同じ事態が起きないように、或いは前方と無闇な交戦状態に入らない様に見張れば良い訳だな』

「予定はそうなってますね。

 交戦に付いては、なるようにしかならんでしょうが……。

 まあ宜しくお願いします……」


 通信は切られた。

 

 山崎は今、心の底からの恐ろしさを感じている。

 これが戦場なのだ。


 銃で撃たれる。爆風で吹き飛ばされる。場合によっては剣で、槍で、弓で倒される。

 どれも人の死としては悲惨だ。大きな差など在りようもない。

 だが、同性に、それも仲間に強姦された挙げ句、失血して死の直前まで惨めさを噛み締めながら意識を手放すしかない死。

 それ以上の惨めさなど在るのだろうか?

 また生き残った者達も“今度は自分の番だ”、と仲間を、いや人を恐れて、唯この悪夢が終わるのを祈るだけなのだ。


「祈る、か……、そう言えば、此処カグラには宗教らしい宗教が無いな。

 いったい何に、誰に祈るんだろうな……」


 酷い疲れを感じて、思わず目を閉じる艦長代理の山崎であった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 到達不能山脈北部に於いて恐るべき作戦が実行された日から十日を(さかのぼ)った七月十日。


 その日、工業都市プライカでは広田修身が今後の活動を部下に任せ、(しば)し地球に戻る事となっていた。


「結城君、本条君、セリオ君や姫様を頼んだよ」

 そう言って、魔導研究所支部の帰還ホールに姿を消した広田の言葉を背に、二人は今日の護衛予定を立てていく。

 彼等は偶然にも同じ大学を出た、いわば腐れ縁の仲であった。

 新人が各部署に配属されて、最初に提出を求められた業績改善案レポートに広田は見所のあるものを見つけた。

 またこのレポートが、個人の覇を競う今時に珍しく連名で出されたことも大きな判断要因となり、広田は直々にこの二人を教育する事に決めたのだ。


 尤も当初は広田としても、彼等を順当に育てたとしても二人がフェリシアを訪れるのはもう十年後だろう、と考えていた。

 しかし、“国防軍ゲーム参加法案の成立”、そして派遣軍の連隊から旅団への規模拡大が広田の活動をも活発化させ、結果として彼等のフェリシア訪問を早めることになる。

 最初は”早すぎる来訪になるのではないか”と危ぶんだ広田であったが、自分がこの世界に跳び込んだ年齢を考えるなら早すぎると云う程でもない。

 思い切って彼等を率いると二兵研のゲートを潜った。


 冒険は若いときに限る、とも考えたが、やはり大当たりだった様だ。

 彼等はこの世界を喜び、基より広田に忠実では有ったが、今や“忠誠を誓う”程までになっている。

 魔法は在れども地球人が“それ”を使える訳ではない、と知ったときはかなり残念がったものではあるが、〇,八Gの弱重力が自分たちをちょっとしたスーパーマンに変えるとあっては、その不満も些細な事であった。


 何より、薬莢の使用にさえ気を配れば国内では絶対に所持不可能な拳銃を自由に携帯できるのだ。

 (これ)こそが彼等にとって最大の魔法とも言えただろう。



 さて、広田を送り出した二人はセリオ・チャンドラー、ハミング・エラー殿下の護衛としてプライカの街を散策する。

 GGはオベルンに見張られて研究所に缶詰状態だ。

「オベルンさんに見張りをお願いするのは気が引けます」

 と結城が役目を変わろうとしたのだが、

『魔法を甘く見ちゃいかん。何より(G・G)はかなりの使い手だ。気を抜けば殺されるぞ!』

 との一言で、好意に甘えることになった。


 古いヨーロッパの町並みを()した様なプライカの街をハミングとトリエがキョロキョロと歩き廻り、その後を結城と本条が付いていく。

「しかし、何だな」

「どうした本条?」

「いや、研究所内には他の魔術師も居るんだろうが、“気を抜けば殺される”と云う様な相手を“一人で見張ろう”と平気で口にするオベルン氏こそ、実は相当な手練(てだ)れだって事になるな」

「ああ、あの御仁が“見張りに残る”と言った時のミスター・グリッドの表情は笑えるものがあった」


 そう言って二人揃って吹き出す。

 その二人をセリオが不思議そうに振り返った。

「結城さん。この店、ちょっと覗いて見たいんですが良いでしょうか?」

 セリオが指さしたのは雑貨を扱う店である。

 彼は何か商売の種になるものを捜しているのだ。

 だが、側に居るハミングはその店にはまるで目を向けて居らず、道路向こうで大きく布の(ひさし)を張り出した喫茶店に照準を合わせて二人に視線だけで強請(ねだ)る素振りを見せていた。


「それは構いませんが、どうやら姫様はご不満の様ですね。

 私たちは、あちらの露天でティータイムに入って待っていたいんですが、宜しいですか?」


 護衛と云っても別段、セリオが誰かから命を狙われている訳では無い。

 彼の商売の仕方を見て危険な様なら止める。或いは後から広田に報告を行うだけだ。

 プライカの治安では、一々張り付く必要も無い。


 そうしてセリオと三人は別れた。



「クリームパフェが有るとはね!」

 本条が驚くのも当然だ。

 此処はどう見ても中世の世界なのだ。

 地球でもアイスクリームは十六世紀中盤に硝石の溶解熱から液体を氷点下まで下げる原理が発見された事で生まれた以上、驚くには値しないのかも知れない。

 とは言え、そのクリームパフェがガラスの器に盛られて実際に喫茶店で普通に売られている事から、改めて周囲に注意を向けると様々な事が見えてくる。


 例えば建築物である。

 ごく普通の石造りに見えるが、やはりその石切の技術は高い。

 表面はなめらかであり、何より組み上げた石の大きさが驚くほどに揃っているのだ。

 建築物の見事さはポルトも同じではあったが、この街は工業都市と言うだけあって更に技術的に高度に感じる。

 所によっては首都以上のものすらあった。


 殆どの建物にガラスが入っていることにも驚かされる。

 先程セリオが入っていった雑貨店のショーウィンドウなど、見事な大きさの一枚ガラスである。

「あれ、二十世紀前半の技術だよな」

「うん。中世というよりドイツや南部フランス、或いはスイスなどを歩いていると思った方が良いのかも知れないな」

「だが、スイスだって魔法はないぞ」

 そう言って結城はパフェを指さす。


 これは科学原理からの産物ではなく、氷結魔法の応用だろうと指摘したのだ。

 それに対して少し笑って本条も頷く。

「なるほど、間違い無いね」


 その会話にハミングが割り込んできた。

「スイスとはどこのまちだ? フェリシアにそんなまちはないぞ」


「これは失礼しました殿下!」

「え~、スイスとはですね」

 答えようとして、すぐに本条は口ごもる事になった。


 これは与えて良い情報なのだろうか、と一瞬悩んだのだ。

 だが、自分たちが異世界の住人である事を彼女は知っている。

 広田から注意を受けているのは、宗教や思想、或いは経済学で言う信用創造など、フェリシアに存在しない概念についての事だけだった。

 言い換えれば、それらを迂闊(うかつ)に広めたなら此の社会の変革や崩壊は事はあっという間の事であろう。


 そこまで考えて、彼はハミングの視線が普通でない事に気付く。

 その琥珀色の目の奥に並々ならぬ光がある。

 結城と二人、同時に小さな悲鳴を上げそうになって、それを辛うじて押さえ込む。

 彼等は理解したのだ。


 自分たちは今まで幼い彼女を守っているつもりであった。


 だが違う!


 彼等は彼女に“監視”されていたのである。


 高々町並みについての比較とは云え、迂闊(うかつ)な事を公衆の中で軽々しく喋り、故意でないにせよフェリシアを混乱させるような情報を口にする人物であったなら、この少女によって自分たちは何らかの処罰を受ける。

 そうして二度とこの地を踏むことは有るまい。

 いや、生きて元の世界に帰れるかどうか、の問題にすらなりかねない。


 本条の耳元から顎に掛けて冷や汗が伝う。

 ハンカチを取り出して、それを拭うと彼は素直に答えた。

「殿下、ご安心下さい。何を伝えるにせよ、何を口にするにせよ、この国の安寧(あんねい)を脅かすこと、我々、決して致しません」

 呼吸も苦しげに、そう言って彼が深々と頭を下げると結城も後に続く。

 ハミングは子供らしい笑顔でにっこりと笑って、クリームのたっぷり乗ったスプーンを口に運んだ。


 まるで自分自身が呑み込まれているかの様な恐怖感。

 広田の後を継ぐと云う事は、この恐怖を友とする事を意味する。

 今までの浮かれ気分が吹き飛んだ二人であった。




 セリオが店から出て来る。

 平常心を取り戻すのに間に合った結城が立ち上がって、“此処に居る”とセリオに手を挙げて合図をしたその時、白いフードの一団四~五名が路地から飛び出してきて、セリオにぶつかりそうになる。

 慌てて避けた彼は後に引っ繰り返って、見事に尻餅を突いた。


 フードの一団は一応にセリオに頭を下げて彼を助け起こすが、直ぐさま又、走り出す。

 その時、ハミングがスプーンでパフェのグラスの(ふち)を軽く叩いた。


 高く伸び響いたが、実に小さな音だ。

 だが、地球でなら四車線幅はある道路の向こうにいたフードの一団は、その音に反応したようだ。

 此方(こちら)を振り返ってハミングを視界に入れると、すっ飛んで来てはテーブル前の石畳に片膝を付き、両腕を前に突き出して王族への礼を示す。

 彼等は魔導研究所プライカ支部の職員達であった。


「なにが、あった、かな?」

 ハミングは、指先だけで軽くスプーンを振り回しながら尋ねる。

「申し訳ありません。賊に侵入されました」

 悔しげに一人が答えると残りの者達も、恥ずかしさと怒りのない交ぜとなった表情を見せた。


「ぞく?」

「はっ!」


「だれか、けがをしたか? まさか死んだものは、おるまいな!」

 幼くとも流石は次世代の女王候補者である。

 物品の被害より先に、人的被害の確認を優先させた。


 リーダーと覚しき一人が深々と頭を下げる。

「いえ、賊は支部長室から何らかの書類を引き出したのみのようです」

「なんらかとは、なんだ?」

 耳をひくひくと動かしつつも、ハミングの視線はまるで動かない。

 その瞳を見ると動けなくなるのは、どうやら地球人である本条、結城だけでは無いようでリーダーは俯いたままに言葉を続けた。

「酷く荒らされまして、今の処、何を奪われたのか見当が付きません」


 すこし首を傾げたハミングだが、次いでは犯人について尋ねる。

「まさか、ジゼッペルしやオベルンしが、はんにんというわけではないだろうな?」

「それは勿論です。事件が起きた時、お二方とも私と一緒でした。

 オベルン氏はジゼッペル氏を助け出す為の仲間による陽動の可能性を考え、彼の側から離れておりません。

 それは今でも同じです」

「今も? ああ、スパエラか?」

「はい、異常があれば、直ぐさま(これ)に!」

 そう言って(たもと)から小さな水晶球を取り出す。連絡用の水晶球だ。


 と、その時、水晶球(スパエラ)が光る。


「でろ!」

「はっ、失礼します」


 そう言って話し始めたリーダーであったが、話の内容を聞いてハミングは急ぎヴェレーネと王宮への確認を急がせた。


 ダミアン・ブルダ

 副官殺害容疑で拘留中の少年が、プライカの軍刑務所から脱走したとの連絡であった。



 このふたつの事件の少し後になるが、首都セントレア近郊に於いても小さな空き巣事件が起きていた事が分かる。

 押し入られた屋敷には過去にはひと組の老夫婦が住んでいたが、二人が死去してから現在まで住む者も無く、雇われ管理人が月に一度、庭や家屋の手入れを行う為に訪れる日まで、その侵入は誰にも気付かれる事が無かったのだ。


 (なお)、この屋敷の現在の持ち主をマーシア・グラディウスという。





サブタイトルは森見登美彦氏の「宵山万華鏡」より捻らせて頂きました。

万華鏡の名に劣らぬ素晴らしい連作短編集でした。

因みに、その他の作品は一切読んでおりません。 四畳半神話体系というアニメも見ていないので、いずれは手を出してみたいものです。

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