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星を追う者たち  作者: 矢口
第九章 激戦区一丁目一番地
178/222

176:23、000名、地獄の旅(前編)

 戦争に於いて兵士は生き延びるため、使えるものは何でも使う。

 また、国家は勝つためならば同じく、どの様な手段でも用いる。

 勿論、熱核兵器などの破滅を引き寄せるモノを除いての話ではあるが。


 その熱核兵器を除外した全ての『モノ』の中で最も効果的な兵器。

 それは、実は『情報』であると考える軍人は少なくない。


 ラジオ放送という広域なマスメディアが発達し始めた先の大戦から、地域紛争が繰り返される冷戦期以降の各戦争に至るまで、各国の政府は音声・映像メディアをどの様にコントロールするかに腐心した。

 敵国民に対して“この戦争に正義はあるのか?”と常に問い掛ける手法を使って対戦国を内部から弱体化させる事を主眼に置く様になったのである。


 そして、それらはベトナム戦争やベルリンの壁崩壊に於いて攻守を変えながらも見事な成果を発揮していった。

 攻守が常に入れ替わる情報戦に於いて、勝った側はいつまでも『勝った、勝った』と浮かれる訳には行かない。

 それらの戦法は視点を変えたならば“国民が政府に対して牙を剥く事は可能である”という教訓ともなり、二〇〇〇年代初頭まで各国政府に依る“自国民”へ向けた情報操作も進んだ。


 だが、ソーシャル()ネットワーク()サービス()の発達はそれら国家レベルの工作すら陳腐化させた。


 匿名の壁に守られて組織内部から真実を明かすものが後を絶たない以上、情報工作に意味は無くなり、幾つかの政府は『愛国者法』なる法律で個々人の情報発信活動を縛るという開き直りにまで出る。


 巧達の地球に於いて、その様な世界が生まれ既に三十年以上が過ぎていた。


 幸い巧達の母国はこれらの悪法からは免れていたものの、この国を経由した情報がアメリカ南北戦争の最後の引き金を引いた、とも言われた以上、未だその自由な通信の結果は“良い”とも“悪い”とも言えぬ侭である。




 カグラ、七月一日

 オペレーション・デスマーチ発動。


 歴史を(ひも)解けば、それこそ紀元前の昔から敵対勢力に対するプロパガンダや攪乱(かくらん)戦術は幾らでも行われてきた。


 しかし、電波という広域通信の登場はその威力を巨大化させた。


 例えば先の大戦では、各国共に相手国の厭戦気分を盛り上げさせる事を目的に、音楽を載せたラジオ放送プログラムを生み出し、その電波は世界中を駆け巡った。


 また、長期謀略広報ならば、戦時に於ける作戦などは“子供の遊び”と言って良い程の下劣なものは他に幾らでも見られる。

 戦場に於いて在りもしない虐殺をでっち上げたり、或いは自分たちの行為を敵が行った事にして数十年、下手をすれば百年近く世界を騙し続けた事例である。


 今回、桜田が主導する謀略放送はその様な中から見れば軽い部類に入るだろう。

 一九六〇年代から二〇〇〇年代初頭の地球に於いて実施されたものと同じ映像付き広報である。


 尤も、その映像を見せられる側にとっては、軽いも重いも無かったのだが……。




 この日、撤退シナンガル兵達は未だ国境から一千四百キロ前後の位置までしか進めていない。

 確かに道無き山中を進み、僅かひと月で四百キロ近くを踏破したのは立派と言える。

 しかし、彼等の予定では早々に船に拾われ、三ヶ月では故国へと帰り着く事を前提にしていたため、今頃ならば()うに国境際までは辿り着いて居た筈なのだ。


 それが現実はどうだ。全体の一割の道筋も進んでいない。

 このまま冬が来れば、どれだけの死者が出るだろうか。

 いや、それ以前に、本当に残り一千四百キロなど歩き切れるものなのか?

 その事に思いが至り、恐怖で混乱を来す者達が僅かにでは在るが“確かに”出始めていた。


 跳躍魔術師達も自分の上官を見捨てて逃げたいのは山々だが、彼らとて一回での跳躍は二キロから三キロが限界である。

 何より、下手に跳んで着地点の樹木にでも触れた結果、“元素爆発を引き起こすのは確実”ともなれば、迂闊に跳ぶことすら試みよう筈もない。

 その様な訳で、誰一人として抜け駆けなど考えも出来ぬ侭、日に日に疲労は溜まっていくばかりだ。


 しかし皮肉なことに今現在、食糧に不安はない。

 フェリシア側は撤退時に結ばれた条約を愚直なままに守り続け、補給は完璧である。

 滑落、落石、或いは仲間内での諍い、疾病などで死亡した者が一千五百名を数えるが、残存の二万三千名を食べさせるに充分な食糧を『鳥達』は確実に補給点投下(ヴァートレップ)していく。

 反面、国境を越えた後、これ程正確かつ大量の補給をシナンガル側が可能としてくれるのか、其方(そちら)の方が心配な程だ。

 勿論、それを考える者もいるが今の処、多くはそれに気付いていない。

 何より錯乱者も出ている中で、これ以上不安な話は誰しも避けたいのだ。

 気付いたにせよ、それを口にする者など一人もいなかった。


 ネルトゥス側としては、海岸線に近付くシナンガル海軍を叩きのめす事は差程に苦労でもないが、補給はオスプレイとUHやSH頼みのピストン輸送であり、此方(こちら)の方に随分と気を使う。


 補給品の艦内備蓄量に問題は無い。

 ネルトゥスクラスの船ともなると、四千名を六ヶ月間食べさせるだけの物資の搭載は楽にこなす。

 元々この艦は戦闘艦ではなく高速補給艦であり、病院船であるのだから当然だ。


 問題は、それらを運用する乗員の少なさである。

 長尾大尉麾下(きか)の陸軍航空隊は増員され、隊員数は三十八名になったとは云え、ネルトゥス乗員六十四名を含め総員数は僅かに百二名。

 本来ならもう六十名は必要だが、今の戦力配分では此で一杯である。


 地下の魔獣の存在が露わになる前ならば、増員も可能であったのだろうが、緊急時を見込んでシエネや中央街道から兵を動かすことが出来なくなったのだ。

 よって予定を繰り上げて作戦を決行する事となった。


 まずは一手。


 その夜、シナンガル兵達は、時たま現れる『鳥』を見る。

 夕刻に飛ぶ『鳥』を見たことが無い訳ではないが、これ程に日が傾いてから飛ぶ『鳥』を見るのは始めての事だ。

 シナンガル兵達の口から感嘆の声が上がる。


『若鳥』である。

 だが、何と美しいのだろうか?

 彼方此方(あちらこちら)に、青、緑、そして僅かに赤と煌めく光を其の身に纏って、最早聞き慣れてしまった、あの轟音を響かせている。

 輪の様な緑色の光が、『鳥』最大の特色と言える頭上の風車の位置を知らせていた。


 今まで夜間の補給など行われたことはなかった。

 カラクリとは知りつつも“もしや鳥目から来るものなのでは“とも思っていたが、どうやら“そう”ではなかった様だ。

 そうして今更ながらに、投下される補給物資に押しつぶされて死ぬ者が出ぬ様に、と敵方が気を使っていたのだと誰もが気付く。


 味方の上層部より、敵方(フェリシア)の方が我が軍(シナンガル)兵士の命に気を配っているとは、と不思議に感じる。

 いや、このひと月の補給行動により、今や『鳥』とは“恐怖の象徴”などではなく、彼等の命を繋ぐ“守り神”だ。

 そう感じる者さえ少なくはない。


 その“信頼すべき”、守り神から声が掛かる。

此処(ここ)で今夜のキャンプを張るならば、二時間後に沖合をみて欲しい。

 崖際は海まで見渡せる場所だ。 誰一人として見落とすことは在るまいから」

 そう言って、沖合へと消えていった。




 二時間後、新月も近付いた暗い空に鮮やかな映像が映し出される。

 空中に現れた数機の『鳥』達から発せられた光は空中で一点に重なると、空に巨大な映像を生み出した。

 美しい町並み、噴水のある広場、ざわめく市場(バサール)、見たこともない土地の風景ではあるが、故郷の町並みを思い出すには充分である。

 人々は皆、幸せそうであり、子供を抱く父親が写しだされると、むせび泣く者まで出てきた。

 時々、農村の風景まで映し出されると、遂には殆どの兵士が涙を流して故郷を偲ぶ。


 満天に映し出された不思議な光景に驚くよりも、唯々、故郷を想って誰もが泣いたのであった。


 ショーが終了すると、『鳥』から再び声が届く。

『中々進まぬ帰路に疲れる者も多いだろうが、この映像から故郷を思い出し、帰り着く心の支えにして欲しい』

 それだけ言うと、『鳥』達は去っていった。


 翌日、行軍の足取りは軽かった。

 誰もがあの映像に勇気づけられ、『必ず生きて故郷の土を踏む!』

 その様な気合いが入ったのだ。


 だが、敵が“甘み”を与えるとき、そこに猛毒が含まれていることに気付く者はいなかった。

 誰もが『希望』を求めていたのだ。




 歩兵の行軍速度が一日に二十キロから二十五キロと云うのは『平原』を基準とした考え方である。

 道らしき道も無く、撤退路は高度差で二本生み出されたとは云え、いずれも問題が有る。

 平地より二十メートルほど高い位置の撤退路は、障害は少ないものの反面道幅は狭く、場所によっては滑落の危険性が大きい。

 低い位置を進む部隊は横に広がれる事は有難(ありがた)いが、樹木が密集した中を進むため、先が見えないことは精神的な疲労を呼び起こす。

 上下、いずれの道を選んでも共に一日十キロも進めれば充分すぎるほどだ。


 それでも彼等は一日十二キロ前後の距離を進んでいる。

 ネルトゥスの潤沢な補給が彼等の行軍を支えていた。

 また、近頃は味方の巨竜達も数十頭が連なって現れ、その補給に追加を加えていく。

 救出活動で無い限り、フェリシア側の『鳥』はその補給を邪魔することは無かった。


 国境までは未だ一千四百キロ近い道のりだが、味方の竜の数が増えるにつれ、兵士達に現れ始めていた絶望感は再度薄らいで来る。

 撤退開始の頃の雰囲気が戻り、“なんとかなる”という楽観的な空気が撤退軍を覆い始めていた。


 だが、桜田主導の嫌がらせは、その目的を敵兵士の“生存、非生存”に置いていた訳ではない。

 彼等が帰国した後、全ての将兵間に相互不信の種を蒔くことに在ったのだ。


 その種となる第二弾の広報が開始されると、桜田の目論み通り、撤退兵達は大きく動揺することになる。

 いや、動揺などという生やさしい言葉では済まなかった。




 二万三千名が山裾を撤退していく以上、その隊列は蛇の様に長いものになる。

 二列に別れているにしても、先頭から最後尾までは軽く二十キロの距離が生まれる訳だ。


 その中で情報は伝言ゲームの様に伝えられ、端から端に届く頃には原形を留めていない事も珍しくはない。

 伝令兵、というシステムを使えば問題は起きなかったのであろうが、撤退指揮官がフーデック・ポアンスクとなれば、これはとても期待できたものでは無かった。


 巧が撤退指揮官に、この様に自己中心的な無能を選んだのにはきちんとした理由が在ったのだ。


 その中で行われた第二の広報は、兵士達に様々な憶測を呼び起こし、互いを疑い、疑心暗鬼の種を蒔き散らかしていくことになった。


 第二の広報は、後方集団に見聞きできる範囲のみで行われた。

 それは、前方集団が補給物資を余分にかすめ取るため、隊列の後方にまで余裕がないことを詫び、補給を均等化する為に後方集団は前方集団から少しばかり後れて進んで欲しい、という内容であった。


 その場で後方集団の指揮官に任命されたのは、一時居留キャンプに於いて物資配分の監督をフェリシア軍へと依頼し、ペンドルフから打擲(ちょうちゃく)を受けた千人長である。

 名をエフライム・マッツァリーノという。

 彼は統率の能力は兎も角、正義感だけはあった。

 そのような彼の周りには自然と弱い者達が集まり後方集団を形成していたため、弱者の怒りは更に高まる。


 話が広まるにつれ、凄まじい勢いで後方集団の怒りは発火寸前となっていく。


 小西達の広報に嘘はない。

 事実、前方集団は物資をため込んでいた。

 しかし、巧、山崎にとってそれは予想された範疇のことであった為、補給方法には万全に気を使い、前方集団が多少の横領を行っても後方集団に食糧が不足することが無い様に綿密に計算されていたのだ。


 事実、栄養失調者など何処にも出ては居ない。

 にも関わらず、後方集団は前方、特に指揮官達へと猜疑の目を向け始める。

 前方集団は、後方から迫る不穏な空気に怯えるものの、伝え聞く話には事実が混じっているため迂闊な事も言えず、物資の横領を控えた。


 そうして行動を慎んだポアンスク周辺のグループではあったが、一般兵士の間に一度芽生えた怒りはそうそうに収まるものでは無かったのである。





サブタイトルは「2001年 宇宙の旅」捩りです。

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