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星を追う者たち  作者: 矢口
第八章 俳優交代
175/222

174:決着の光輪

 既にその活動を止めたとは云え、死亡プログラムに従ってその体積を縮めていくラハル。


 全長は既に半分の二百五十を切った。

 つまり今、ラハルの体積は八分の一、体密度は逆に八倍にまで圧縮されている。


 その為、死亡した魔獣の肉とは思えぬ程に隔壁は硬く、振動爪(レジナンスネイル)と言えど、“紙を裂くように道を造る”とはいかない。

 何より、唯でさえ頑強なその骨と鱗は強度を数倍に増し、本体側面から逃げだそうにも正しく歯が、いや“刃が立たなく”なる一歩手前だ。


 迂闊に立てた爪が破損した場合、ガトリングも剣も使いきったヴァナルガンドに残された物は何一つとしてない。

 いや、それより恐ろしいのは、今、どれ程の深度に居るのだろうか。


 結局、『核』は潰せなかった。

 その影響から水晶球通信(スパエラ・エコー)もまともに働いていない以上、正確な沈降深度が掴めていない。

 深度四百を越えていたなら、ヴァナルガンドはラハルの身体から脱出できたにせよ、結局、脱出装置(チェンバー)は起動せず、水圧に押し潰されて終わるだけなのだ。


「だがな、最後まで諦めない。これも兵士の務めなんだよ。

 何より、マーシアと約束しちまったからな」


 独り言の中、クリールを見る。

 目を閉じてじっと動かないのは、エネルギーの消耗を押さえているのだろうか?


 巧は気付いていなかったがヴァナルガンドの炭化ハフニウム製の爪は、この時点で既に限界に近付いていてもおかしくはなかった。

 一切の警告ランプが灯らない程にその刃に消耗が無かったのは、クリールが最後のエネルギーを使い、その指先を自身の一部を使ってコーティングしていた為だ。

 そうでもなければ、使い倒した十本の爪は、今頃、全て砕け散っていただろう。


 その様な中、いよいよ最後の時が迫る。

『ゴゥン!』


 低い音が響く。


 ラハルが更に縮んだのだ。 両脇の壁が一気に迫る。

 既に閉じきった口腔部まで未だ遠い道筋。

 今の収縮運動により複雑な隔壁は益々厚みを増して来た。


 対面反響警告(リコイル・アラート)が狂った様に鳴り響く。

 圧縮密度は限界点にまで近付いているのだろう。

 数分後には前後左右処か、上下も阻まれる事を全ての機器が判定していた。


 圧壊は今や決定的となったのだ。


 こうなると流石の巧も覚悟を決めざるを得ない。

「すまん、マーシア。デート、死亡フラグになっちまったなぁ

 マリアンも、ごめんな。杏、それからみんな、許せ……」

 心の中で呟き、思わず項垂(うなだ)れる。


 だが、次の瞬間、気付いた様に巧は顔を上げると、今度は考えをはっきりと声に出した。

「ヴェレーネ……、死んだら、怒るか?」


 その言葉が引き金になったかのように、巧の目に再び火が灯る。

 今まで諦めきっていた男の目ではない。

「まだだ……、そうだ! まだ死ねん! 言い足りないことが在るだろうが!」


 破れかぶれではあるが、最後のCCBSを装填する。

 おそらく、隔壁を幾つか破るのが限界であろう。

 だが、何時までも大事に抱えていても仕方のない代物だ。

 今まで撃たなかった理由は、足場の悪いラハルの体内で右腕の機能を失えばバランサーに負担を与え、電力消費が高まる。

 それを嫌っただけなのだ。


 装填状況を確かめて、最も薄いと思われる壁に右腕を向ける。

 失敗すれば終わりだ。いや、失敗する確率の方が高い。

 だが、諦めたくないのだ。


 最後にクリールを見る。

 と、目が合ったクリールが『にこり!』と笑う。

 今までにないその笑顔を不思議に感じた。


 ふと、聞き慣れぬ呼び出し音(コール)が響く。

 補助ウィンドゥの自動展開音だ。

 開いた伝達端末を見て、巧は自分の目を疑った。

 そこには唯、一言。


『帰ろう!』


 と表示されていたのだ。


 気付けば、正面スクリーンには見たこともない巨大な白い卵が浮いている。

 オーファンの胴回りほどもあるだろう物体が、音もなく宙に浮く不思議な光景だ。


 だが、何故だろう。

 驚きの中、初めて見る物体にも関わらず、巧には“それ”がクリールの一部であることを疑う気にもならなかったのだ。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  


 

 AS20(オーファン)のコックピットの中、新見軍曹の呼吸音は次第に荒くなる。

 射撃手(ガンナー)として、最も避けるべき呼吸の乱れに気付いているものの、直ぐさま、それをコントロール出来ない自分がもどかしい。


 対戦車攻撃ヘリAH-2Sと海上哨戒ヘリSH-80Kの銃座射撃(シューティグ)の大きな違いは、攻めの射撃か、守りの射撃か、である。


 基本的に拠点侵攻制圧作戦に従事する陸軍航空隊のAH-2Sの射撃手(ガンナー)達は、どちらかと言えば『前へ、前へ!』という勢いが強い。

 だが、対潜哨戒を中心とした海軍SHの射撃手(ガンナー)には、アスロック(短魚雷)発射時は兎も角、吊り下げ式(ティッピング)ソナー使用時に、周辺警戒を行う事が求められる。

 一撃一撃ごとに呼吸を押さえるような射撃を行う訳には行かない。

 そんな事をしていては敵と交戦中に此方は穴だらけだ。


 SHは足が遅い。

 ティッピングソナー使用時には時速十八キロ、およそ十ノット以下の速度で跳ばなくてはならない。

 つまりは相手を“墜とす”ことよりも、ソナーを切り離して逃げ切る体勢を作るまで、相手を近寄らせない事が優先される。


 そのような意味で、先の飛翔鱗のような相手に新見の射撃は相性が良かった。

 だが、今、新見に求められているのは精密射撃なのだ。


 陸軍兵に作戦を廻すべきかと迷い、その事を告げた新見を桜田は認めなかった。

「あんたね。一回逃げると、そういう癖が付くよ。

 自分を信用できなくなった兵隊は死にやすいからね。

 そう云うの()なんだ、あたし」


 新見は誤解されたくない。

「自分のために言っている訳では有りません。

 少尉の生存率を少しでも上げるために言っているんです!」


 だが、やはり桜田は首を縦には振らなかった。

「考えた結果でも、あんたが最適任よ!

 それにね、少尉が助かっても、あんたが自信を失う事が、“いつか”の引き金になったら、あたしは今度こそ自分を許せなくなる。

 少尉だって、自分より部下を優先しろって言うよ」

 そう言った桜田は少しの間を置いて、更に自分を納得させるように付け加えた。

「きっと、ね」



 コックピットシートで、その会話を思い出しながら新見はセレクタレバーを操作し、気温と対流のデータを確認していく。


 山崎准尉と桜田分隊長は二人とも『戦場の決断』を行った。

 なら、今度は俺の番だ。


 そうだ、必ずやり遂げてみせる。 

 だが、失敗したら?

 いや、それを考える間があれば、今やることに全力を尽くせ、新見要!



 彼は自身に『活』を入れると、マーシアと最後の調整を行っていく。




 今回の作戦は、アルテルフから横取りしたエネルギーを海中のクリールにピンポイント送電することだ。

 その送電を行うのが、新見の搭乗するAS20と八八〇キロワット・レーザーキャノンの役割である。

 だが、コペルからの指示によりラハルの沈下点から半径十キロ、海面高度二千メートル以内には近寄れない。

 ヴァナルガンド脱出の際に、かなりの衝撃が予想される為である。


 つまり、新見は初搭乗のASによって十一キロを越える遠距離射撃を成功させなくてはならないのだ。


 十一キロの精密射撃とは云え、停止した物体をレーザーガンで撃つ以上、本来は差程に難しいものでは無い。

 岡崎のような新規搭乗兵ですら照準補助を受けて容易(たやす)くこなす。

 

 だが、此処は海の上だ。

 僅かに揺れる甲板上で生まれた発射時の数ミリのズレは十一キロ彼方に於いて数百メートルのズレに変わる。

 先の大戦時に於ける戦艦の砲撃命中率は、最も優秀な艦船に於いて僅か三,七パーセントであった、と言えば海上に於ける『砲撃』が如何に難しい事か分かってもらえるだろうか?


 今回は直進性の強いレーザーである以上、そこまで低い確率ではないが、海面の上下幅、大気の屈折率、高度に於ける気温の変動、そして惑星の自転速度まで計算に入れなくてはならない以上、やはり難易度の高い射撃であることに間違いは無い。


 桜田が先に新見の提案である、『陸軍兵に依る射撃』を却下したのは、この様な“洋上に於ける射撃の難しさ”を次第に肌で感じるようになっており、海上に於ける射撃は航空隊とは云え、海軍兵士の一員である新見に任せる事が“より成功率を高める”と考えたからなのだ。


 


 目標海域の上空。

 SHから吊り下げられた模擬目標(ターゲット・デコイ)は、同乗したマーシアの重力子に捕らえられ、風に煽られることもなく、その場にしっかりと浮いている。

 切り離しを行うとSHはデコイから距離を取った。


 万が一にも誤射は御免だ。


 最初は二百キロワット・ビームガンにより、着弾調整を行う。


 新見はヘルメット内の網膜スコープを開いた。

 網膜に直接目標を映し出すタイプの照準装置(サイト・スコープ)は、常用した場合は人体への影響が大きい為、余程のことが無ければ使用されない。


 しかし、今使わずして何時(いつ)使うというのだ。


「サイトリンク、OK! 照準完了ターゲット・ロックオン!」

 直後、ビームガンは発射される。

 七キロ離れていても、第五世代戦車を一撃で蒸発させる力をもつ二百キロワット・ビームガンは光を全く発しない。


 しかし、途中に水分の多い大気が存在したのか、そこがイオン化すると空間が渦を巻く。

 一瞬、大気の壁を光の矢が突き破ったかの様な光景が空を覆った。


『ブン!』という強い音が遅れて響く。


 先程の大気層はかなりの“歪み”を生み出していたらしい。

 初弾は外れた。


 観測していたSHから修正データが届く。

 数値を打ち込む新見にマーシアが呼び掛けてきた。

『新見軍曹、聞こえるか?』

「え! ああ、はい。良好です」

『うん。今回、私が海中に跳び込みたいのは山々だが、今の消耗度合いではそうも行かん』

「はい」

『失敗しても気にしないで欲しい。この作戦の成否は軍曹だけの責任ではない』


 新見の喉がゴクリと鳴る。

 今、“自分には力が無い”と彼女が言ったのは、自分に出来ない事を頼む以上、新見に全てを任せると云う意思表示だ。

 自分の兄の命が掛かっている時に、失敗した兵士の事を考えている彼女が痛ましい。


(泣けるぜ!)

 思わず、呟く。


『何か?』

「いえ、お心遣い感謝します。

 しかし、少尉は我が国に於いても食糧ルート防衛の要です。

 どうあっても失えない人です!

 少尉のみを救うのでは在りません。私は国民を守るのです。

 ですから、もとより全力を尽くします」


 暫しの沈黙。それから、


『ありがとう』

 そう言って無線は切られた。


 第二射、模擬目標(デコイ)に命中。射撃データは全て揃い、準備は整った。

 空中のサイドドアから、銀髪をなびかせた影が飛び出す。


 直後、SHは速度を上げて海域を脱していった。

 今、その宙に浮かぶのはマーシア唯一人。


 新見は88(アハト)を構え、基本体勢をコンピュータに任せる。

 AS20(オーファン)は射撃姿勢に入った。

 同時に少し波が出てきた事を感じる。急がなくてはならない。


 通常の二十四倍ではなく、最大望遠の四十倍にセットする。

 マーシアの表情まで判別できる程だ。

 その顔を見ていると集中が(そが)れる気がして、少しだけ倍率を下げた。


 スコープに写るマーシアの正面に朱色の障壁が揺らめく。

 電子対抗力場が展開されているのだ。

 完成までの僅かな時間を新見は大気温度の測定に当てる。


 二回までの失敗は許されている。

 だが、新見は知っていた。初檄こそが最も成功率が高い、と。

一撃必殺ワンショット・ワンキルならぬ、一撃必救ワンショット・ワンセーブ、ってことね」

 軽口に反して、彼の指は精密機械の様に動く。


 88が発射された瞬間、それを見た者はいない。

 撃った新見ですら、仮想的に生み出されたデジタルラインがマーシアに向かうのを見るだけだ。

 だが、それで充分だった。

 マーシアに直撃したエネルギーは直角にたたき落とされ、海へと吸い込まれてゆく。

 五秒間、この状態を維持しなくては拡散されたエネルギーは海中のラハルに届かない。


 死亡したラハルが受け取れない暗号化された別枠の周波数。

 それは、ラハルの体内にいるもう一体のデナトファームに送られた四十二万キロワットのエネルギーであった。

 

 永遠とも思える五秒。


 マーシアのインカムに山崎からの声が届く。

「マーシアちゃん! 来るぞ! 逃げろ!」


 マーシアの僅かな跳躍転移。


 直後、海面は爆発した。


 凄まじい水蒸気。

 一瞬にして海域が丸ごとに嵐の中にでも跳び込んだかの様だ。

 ネルトゥスのブリッジ屋外監視員ですら、伸ばした自分の指先が何処にあるのか分からない。


 太陽は完全に消えた。


 だが、それも巻き上げられた海水が落ちてくる豪雨と共に、次第に姿を取り戻す。

 回復する光の中、霧の洋上にそびえ立つ影。


 そう、ヴァナルガンドは、確かにそこにいた!


 片翼はへし折れ、両肩の盾は失われている。

 その上、右腕に装着したバスターパイル処か左腕のガトリング砲までもが吹き飛び、跡形もない。

 原型を保っているのは本体のみだ。

 だが、その姿こそが無言の侭にパイロットの無事を知らせている。


 あの翼ではGEHは止まっているに違いない。

 どの様にして機体を宙に浮かせているのだろうか。


 その疑問を余所(よそ)に本来の限界高度八十メートルを遙かに超えた高度四百メートルに近い空で、ヴァナルガンドは其の身をしっかりと浮かせている。

 青くぼやけた輪郭が機体を支え、その位置を保っていることが次第にはっきりとして来た。

 あれはクリールの操る重力子なのだろう。



 陽光が戻り、天空を包み込むように虹の輪が広がる。


 ヴァナルガンドの電子迷彩は、いつの間に日頃の漆黒から碧空の青へと変わり、スマートなその機体が誰の目にも眩しい。


 圧縮空気の排出と共にハッチが開くと、ヘルメットを脱ぎ捨てた巧が遠く手を振るのが見える。


 大きく開いたコクピットに向かってマーシアは全速で跳び込んでいった。





サブタイトルは眉村卓先生の「消滅の光輪」から捩らせて頂きました。

司政官シリーズの傑作と言われ本棚にもありますが、未読です。

早く読まなくっちゃなぁ。


さて、ようやく「対ラハル戦」決着です。

この戦いひとつに随分長らくお付き合い、ありがとうございました。

次回は少し閑話を入れて、その後展開を新たにしたいと思っています。

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