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星を追う者たち  作者: 矢口
第八章 俳優交代
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169:海の中は今日だけ大荒れ(中編)

「馬鹿野郎! 上がれ! 上がりやがれ!」

 怒声と共にハルベルトはラハルの背に叩き付けられるが、先の八岐大蛇(ヒュドラ)と違い、その外殻の堅さは桁外れであり、何よりマーシア自身を守る全面力場と水圧が邪魔をして、殆ど攻撃らしい攻撃になっていない。


 自身の不甲斐なさを感じたのだろうか。

 勇ましいその姿とは裏腹に、怒声は次第に涙声へと変わっていった。

「マリアン、マリアン! どうして出てきてくれないんだ!

 お兄ちゃんが死んじゃうんだぞ!」


 そう、マリアンさえ彼女の中に戻りさえすれば此の様な魔獣如き、如何に頑丈と云えども『物の数』ですらない筈だ。

 だが、マリアンは沈黙を続けたままである。

 内部から、じっとマーシアを見ているのが分かるだけに腹立たしい。


「お前はこんな情けない奴だったのか!」

 そう言って怒り狂うマーシアではあるが、実はこの言葉はおかしいのだ。

 彼女が巧を想って泣き喚き、怒り散らす意識の根源には間違い無くマリアンとの同調がある。

 ならばマリアンが兄である巧の危機に心を痛めていないはずなど無い。


 それが分かって居ても、やはりマーシアは怒鳴るしかない。


 恐ろしいのだ。

 あの時と同じように自分には何も出来ぬ侭、愛する者を失うことが……。


 泣きながら更に戦斧を振り上げたマーシアの耳にいきなりの声が飛び込んできた。

『マーシア、聞こえるか!』

「お兄ちゃん!!」

『どうやら、さっきの一撃、無駄じゃあ無かったようだ。

 ここから逆転と行くぞ!』 


「へ!?」

 思わずおかしな声が出るマーシアであった。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 野生生物の痛覚は人間に比べ非常に鈍いと思われがちだが、近年の研究では全く違う結果が出ているという。

 生物の『痛覚』はその部位に異常が起きていることを知らせる危険信号である。

 つまり、痛みに素早く反応して適切な処置を行える生物ほど生存率が高い。


 しかし、傍目に野生動物は『矢ガモ』などに見られるように痛覚が無いが如き動きを見せる。

 これは自然界に於いて、自分が弱っているという事実を晒す事が捕食者のターゲットとして選ばれやすい事、またグループ内での勢力争いに負ける事で生存率が低くなることを意識して平常を装っている、と今日では考えられている。

 早い話が、彼等は『痩せ我慢』をしている訳である。


 これは充分な観測から得られた根拠有る結論と言える。

 全く持って自然界は弱者に対して、とことんまでに厳しい。

 人間が痛みを痛みとして表面に現せるのは、実は種として高い地位にあるからなのかも知れない。


 ではラハルはどうだろうか?


 戦闘種として生み出された魔獣であるラハルには、それらの野生動物と違い痛覚そのものが存在しない。

 しかし生存の確率を高める為に、やはり身体の異常を知らせる器官は存在しなくてはならない。


 その器官が彼に異常を教えていた。

 側面に受けたダメージは大きく、これ以上の水圧を受けた場合、腹腔内に海水の侵入を許してしまう。

 その場合、体内の様々な器官に影響を与えるであろう、という危険信号であった。


 CCBS弾の一撃は極一部分とは云え、ラハルの外殻を完璧に破壊しており、その破損部位は今、水圧による凶暴なまでの追撃を受けている最中であったのだ。

 ラハルの巨大な口からエラや排水噴出口までの構造を考えると、身体に穴が開いた処で、水圧の影響など無いかの様に思えるが、これは違う。

 体内の海水浸透圧と外部の殻が受け止める水圧によって、その身体はバランスを取って水中に存在しているのだ。


 体内に於いて水流を生み出すための空洞部分は実は一割ほどしかなく、外殻に穴を空けられる事は野生動物と同じで、致命傷に繋がりかねない。

 ラハル自身はその事実に生まれて初めて気付き、焦りを覚えていた。


 ラハルは()の巨体に相応(ふさわ)しく、地球のマッコウクジラとほぼ同じ程度には潜ることが出来る。

 つまり約三千メートル程の海底まで降りることが可能だ。

 もしかすると、その倍は潜ることが出来るのかも知れないが、捕食対象が存在しないため、通常は潜水の必要性を感じないだけである。


 それだけの能力があるラハルにとって、四百メートルにも満たぬ水深に於いて自分の行動を抑える水圧の暴力を認める事は、初めての驚きなのだ。


 いや、それ以上におかしな事も感じていた。

 フェアリーとの連絡すら取れず、予定ならば既に自分の内部に送られて来るはずの『力』も、今や途絶えた侭だ。

 

 ふと気付くと、自分の真上で背中をコツコツと叩いていた小さな存在が、離れていくのに気付いた。



         ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「コッペリアちゃんだけが警戒活動に入ってるようだが、コッペリウス君の方はありゃ何やってんだ?」

 CICでは石岡が首をひねっている。


 だが、それもやむを得ないと言えた。


 現在、ラハルは切り離した飛翔鱗(リビングダーツ)を海流に流れるままに任せ、遙か彼方から飛び立たせる事で、四方八方からネルトゥスへの攻撃を行っている。


 海上を流れる、或いは海中を漂う物体を捕らえる事など出来ようはずもなく、気付いた時には艦の喫水ギリギリの高度で突っ込んでくるのだ。


 アウトリガーの対空銃座はかなり低い位置に置かれていた事もあって側面からの攻撃には充分対応出来る。

 また正面からの鱗も四十四式と十インチ砲が迎え撃つ。


 だが護衛航空機のない艦船には其れにも限界がある。

 これは戦艦大和の撃沈以来、どんな素人でも知る事実だ。


 山崎と内藤操舵員による苦心惨憺の艦体操作の甲斐無く、遂に右側面に長さ二十センチ程の飛翔鱗の破片が飛び込んだ。

 艦に突き刺さると同時に爆発を起こしたが、流石に鱗が小さすぎたのか、表層すら突き破ることは出来ず、何ら被害は無かった。

 又、仮に内部まで飛び込んだ処で無人区画であった事、二重水密隔壁構造であった事から、ダメコン(ダメージコントロール:被害の拡大を食い止める応急処置)の必要性も最小限で済んだであろうが、一瞬は誰もが肝を冷やした。


『すいません。三十秒ほど手が離せなかったんです。

 無人区画でしたし、当たってもどうということも無かったので別の仕事を優先させて頂きます』

 コッペリウスはこう返すが、別の仕事とは何を指しているというのだ?


 今、彼は上層甲板の真ん中に寝っ転がって空を見上げているだけではないか!

 飛翔する鱗に向かい、時たま十インチ砲が火を噴く。


 常人ならば内臓がズタズタに切り裂かれる様な距離に寝転がっているにも拘わらず、かれは腕組みをしたまま、組み上げた左足をぶらつかせて空を眺めて居るだけだ。


 ざわつき始めた隊員達に山崎からの怒声とも言うべき『活』が入った。

 電源不要のダイナミックマイクとは思えぬ声量が全艦に響き渡る。

「コペルさんにはコペルさんの考えがあるんだ、少しは彼を信用しろ!

 何よりネルトゥス(こいつ)は俺たちの城だろうが! 

 ネルトゥス(彼女)を人任せにしておいて俺の(おんな)だ! と胸を張るつもりか、貴様ら!」


 流石の正論であり、これには誰しもが黙り込む。

 だが、その中で何故かCICの響伍長だけが「ほぉ~」と息を吐くと、ついで頬を染めた。

 小さな呟きにも関わらず、響有紀伍長の“乙女な表情”を見逃さなかったのは、やはり桜田美月である。

「え、何! あんた、あんなのが好みなの?」などと茶々を入れ、それに補助席の桐野まで加わって緊急女子会が始まると、男性陣が咳払いで遠回しにではあるが三人を諫めた。

 未だ戦闘は続いているのだ。


 響伍長の男性の好みはひとまず置くにしても、コペルの考えは山崎が全て代弁していてくれた。

 フェリシア兵が国防軍に依存する事の危険性が過去に問われたように、この艦に於いては国防軍がコペルに依存する傾向が生まれてはいけない。


 彼だけでは艦を守り切れない、と思わせる事も決して悪いことではないのだ。

 何よりコペルの言葉に嘘はなく、今現在、彼は忙しい。


 過去に柳井を始めとするゴース駐留レーダー部隊が、八岐大蛇ヒュドラを倒す下準備として、上空からのエネルギー補給を阻害した事に等しい行為を彼は行っている真っ最中なのだ。

 勿論、コペルが『セム』として行動すれば、この様な面倒などせずともアルテルフ如きは幾らでも叩き落とすことが可能だ。


 だが、先に述べた要因と、塵芥(デブリ)の発生を最小限に抑えることを目的として、コペルはこの方法を選んだ。

 早い話、アルテルフから送られて来るエネルギーをコペルは全て横取りしているのだ。

 面倒でもこれが一番安全であり、無駄がない。

 何より、あの馬鹿(ティアマト)に気付かれる事もなく、宇宙(うえ)での戦闘が避けられるのは好都合だ。


 コペルは得られたエネルギーを全てネルトゥスに回す事にした。

 艦橋の計器指示(オペレーション)全般を行う飯島伍長が最初にそれに気付いて、周りから“愛嬌がある”と言われる大きな目を更に丸くする。

 現在のネルトゥスが瞬間的に使用できるエネルギーは、陸上レーザー基地の最大出力を遙かに上回る百五十万キロワットを越えていたのだ。


「月にでもビーム砲が打ち込めそうなエネルギーが流れ込んでいますが、ジェネレータがオーバーフローする事は無いんでしょうか?」

 そう言って冷や汗を流した飯島だが、彼女の不安を余所に警報機器が反応することは最後まで無かった。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 海上におけるコペルの静かな闘いと同じく、水中の戦闘も端から見る分には無音に感じられる。

 しかし、其処に在る戦いは(まさ)しく『死闘』であった。


 遠くでキュッキュッと何かを擦り合わせたような、可愛らしい音がヴァナルガンドのソナーに響く。


 魚の声だ。 ブリに属する様な中型魚であろう。


 魚は声を発しない訳では無い。

 生物である以上、仲間ときちんとコミュニケーションを取っている。

 通常、人間が聞き取れないものが多いに過ぎないだけだ。


 だが、続けて響いてきた声は、例えるなら大型のパワーショベルが建築物をたたき壊すが如き破砕音であった。

 それも鼓膜の限界域を超えて耳に飛び込まぬように、スピーカーが音量ブロックされているとは思えぬ程の大音響である。


 海中にラハルの怒号が鳴り響いているのだ。


 一旦ラハルから距離を取ったマーシアは、七つの重力子エリアの内の六つを最大出力でラハルへと飛ばし、その動きを封じ込めに掛かった。

 ラハルはこれに対して明確に怒りの声を発したのである。


 リンジーがキネティックを押さえた時と同じ作戦であるが、いかんせん質量が違いすぎた。

 マーシアは必死で対抗するが、一瞬一瞬の動きを封じ込めたかと思うとすぐさまその力は振り解かれる。

 その度に、マーシアの感応精神力は大きく削られていった。


 水深三百メートルに於いて、魔力という保護障壁が無くなれば、如何に高位(ハイ)エルフとは言え、水圧に潰された無残な死を迎えるだけである。

 マーシアは自分の魔法総量を常に計算し、最も効率の良い使い方を行わなくてはならない。


 それが出来なければ?


 出来なければ其処には『死』が待つだけだ。


 いや、その死はマーシア一人に留まらない。

『柊巧』と云う、彼女にとってアーキム、ラリサ以来ようやく手に入れた家族を道連れにしての死だ。


 最小の力で最大の威力を生み出す。


 即ち魔術師の限界に挑戦するかのような闘い。

 八十余年の人生に於いて、今ほど彼女が魔法の運用方法に真剣になったことは無かったと言えた。


 そして……、

 マーシアが必死の闘いを繰り広げる一方で巧もまた闘っていた。


 ポンプジェットを止めてラハルの腹に取り付いた巧は、ラハルがマーシアの重力場に捕らえられた一瞬を狙って外皮を伝いつつ、先にCCBSが与えた打撃痕を目指して進んでいる。


 ラハルはマーシアに完全に気を取られており、その身体にしがみついたAS31-Mに注意を向けることはない。

 何より、ラハルの外皮には人間に匹敵するほどのフナムシが張り付き、その鱗に付いた苔を食べることで共生していた。

 数千を数える虫に今更一匹が加わった処で、ラハルには気にもならなかったのだろう。


 ポンプジェットを封印した上で巨体に完全に取り付いたヴァナルガンドは、見事にラハルの警戒の網から逃れることに成功していた。


 それにしても巧は、いやヴァナルガンドは、一体どの様にしてラハルの側面に足場を築いて居るのであろうか?

 その秘密は剣にあった。


 新型の共振剣(レジナンスソード)と共に、AS20に対しては同じ性能を持つ短剣(ナイフ)が配備されたが、31型にその共振短剣(レジナンス・ナイフ)は装備されない。

 理由は簡単で、既に装備されていたからである。


 とは言っても、握り込むような外部装備品(イクイップメント)ではない。

 AS31-Sの両腕の指先は山岳地に於いての斜面滑落を防ぐ、或いは待機地構築時に於いて、周辺の樹木を伐採すること等を考慮して、ナイフ兼用の形状を保持していた。

 初めて巧がカグラに訪れ、山中でティーマ・シルティが入れられた袋を開くに際して、三叉式の内蔵型マニピュレータを使用したのは、この指の形状では袋の中の人物まで突き殺しかねないと考えたからだ。


 当時、開発途中であった31型は今ほどに鋭い指先でもなければ共振機構レゾナティックモードを備えて居た訳でもない。

 しかし、現在その指先は、それらの能力を十全に取り揃えてラハルの鱗に容易く食い込み、その足場を確保しながらCCBSによって生まれた打撃孔へと少しずつ其の機体を移しつつある。

 その距離、残り二十メートルを切った。


 あと少し! そう思いつつ巧はマーシアの闘いが気に掛かる。

 DASバイザーを通じた映像はラハルの電子力場に妨害されてまるで届かないため、水晶球(スパエラ)から途切れ途切れに届くマーシアの怒声と、ソナー測定から推定されるラハルの動きを総合してマーシアの現状を推察するだけだ。


 遂にラハルが完全に動きを止めた。

 その隙を逃す巧ではない。

 見事、先の打撃孔に飛び込む。


 だが、その中で巧は危険な兆候を感じ取った。

 マーシアが何かを吐き戻しかけて、それを必死で呑み込む嚥下(えんげ)音が伝わってきたのだ。

 

 拙い!


 これは精神疲労が極致に達した兵士に時たま起きる代謝活動だ。

 今マーシアが呑み込んだものは胃液や吐瀉物などではなく、血液である可能性は高い。

 魔法という“精神を削る武器”を使った闘いを、全力を振るって三十分以上も続けている。

 下手をすれば、命に関わる症状なのだ!


「マーシア! 離脱しろ! もう充分だ!」

『まだだよ、まだ大丈夫!』

「馬鹿、死ぬぞ!」

『負けるくらいなら、』


 マーシアが言いかけた言葉を巧は最後までは言わせなかった。

 その言葉だけは、認められないのだ!

「そして、また俺は泣く羽目になるのか?」


『あ、……』

 沸騰していたマーシアが一瞬にして冷静に戻る。

 先より、闘い方そのものは高度な計算に基づいて行っていたのだ。

 巧の意志を理解するのも早かった。


『ごめ、ん……』

「分かってくれりゃあ良いんだ。此処まで来れば、五分の目はある。

 後は予定通り頼む」

『死なないでね』

「デート!」

『えっ?』

 一瞬マーシアがキョトンとした返事を返す。

 その顔が見えないのが残念だと思いつつ、巧は笑った。



「地球でデートする約束だろ? 死ねるかよ!」




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