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星を追う者たち  作者: 矢口
第八章 俳優交代
169/222

168:海の中は今日だけ大荒れ(前編)

 立方晶窒化炭素打撃単槍弾(Cubic carbon nitride blow single spear bullet)

 略称”CCNBSSB”

 それを更に略して単純に『CCBS()』。

 しかして、その実質は『バスターパイル(弾薬発射式対物破壊杭)』とでも言うべき代物である。


 使用する炸薬(パウダー)はオクタニトロキュバン化合物。


 従来型高性能火薬CL-20が毎秒九千メートルの爆圧速度であるのに対し、これは毎秒一万四千メートルを達成している。

 弾丸の形状は『(パイル)』以外の何物でもなく、材質は現段階に於いて最も硬材質の炭化タンタルハフニウムの外殻に包まれた高密度オスミニウム合金から成る。


 つまり大きさに比しては有り得ぬほどに、硬く重い弾丸である。


 その重量二百十キログラムの鉄塊を空気中でなら戦車砲弾を遙かに越える初速マッハ7で打ち出す史上最強の高密度打突兵器、それこそが『CCBS』だ。


 初速マッハ11を目指した『試作CCBSⅡ』は所謂電磁砲(レールガン)であるが、近接兵器で有る為こちらも弾の名前がメインに来てしまう。

 本来はこちらが初代の『CCBS』となるはずであったが、砲弾加速に必要な砲身の長さは艦船搭載の通常砲身長から殆ど短縮できず、今回は断念。

 現在、AS搭載が可能な範囲を目指して開発が進められている。


 では、この『CCBS』をして、水中ではどの様な攻撃を行うべきか。

 無茶な話だが、これは陸上と何ら変わらない。

 つまり、『CCBS弾』を発射するバスターパイルを上腕に取り付け、相手にほとんど『圧着して』発射する事になる。


 要は戦車の主砲弾である装甲貫通弾(APDS)(ほとん)ど密着した距離で、尚且つ通常の十倍の質量を持って発射するという、あり得ないほど馬鹿げた発想の兵器なのだ。

 特攻兵器と紙一重と言っても良い。


 だが、その分威力は凄まじい。

 仮に密着した状態で南部戦線の飛竜(ドラゴン)に使用した場合、相手がどれ程の装甲だとしても、その質量比によって軽々と貫通を許す。

 そうでないにせよ、衝撃力のみならず八パーセント弱の反射音響波(バックソニック)と内部に装填されたCL-20系統化合炸薬も合わさって、相手は塵も残さず吹き飛ぶであろう事は確実だ。


 当然、反動も無視できない。

 音響無反動化装置等、各種の反動減圧装置は付いているものの、衝撃を完全に逃がすことは難しい。

 何より搭載車両には、初檄失敗時にすぐさま近接回避行動が取れる機動性が必要とされるのだ。


 これではMBTなどの通常戦闘車両になど搭載出来ない事は、考えずとも分かるだろう。


 航空機に積んで遠距離砲にする事も計画されているが、現在のナノ・カーボネイトチタニウム合金製の航空機すら強度に不安が残る。

 また、高々度に於ける発射時の気圧差と反動衝撃から数発も撃てば機体がバラバラになりかねない。


 ()まる処、この兵器、いや、この『音速の破砕鎚(ソニックハンマー)』は、使用後には砲台となる『腕ごと使い捨てる』処まで割り切った、ASにのみ使用可能な『鉄器』なのだ。




 最初の一発の装填状況を確認する。 


 チェック中に巧は自分の呼吸(いき)が“随分と荒い”ことに気付いた。

 CCBSは『シングル・スピア』の名が示す通り、単発兵器である。

 一発の弾丸が重すぎる為、七発の弾杭(パイル)、全てをひとつのカートリッジに纏めた場合の総重量は一,五トン近くになる。

 つまりカートリッジ化は不可能であった。

 その為、『31』の場合は発射装置であるドライバーとの重量配分を計算して弾丸は左右に装着された盾の裏側に分散して配置されている。


 一発撃った後、自律行動(オートアシスト)による再装填まで二,二秒から最大四秒間は完全に隙だらけとなるのが厄介だ。 

 初檄が勝負の武装と言っても良い。

 

 呼吸を整える。


「マーシア、こっちはOKだ。タイミングは任せる」


 少しの間がある。マーシアも呼吸を整えている事が伝わってきた。

 それから、

『じゃあ、まずは行くよ!』

「ああ」


 じわじわとラハルに近付く。 

 電子力場はラハルの周囲、おおよそ五十メートル前後の範囲に張り巡らされているようだ。

 その外側ギリギリから撃っても良いが出来れば中まで飛び込みたい。

 

 マーシアの電子力場に守られてラハルの力場を越える。

 最初はECM(対電子戦)に対するECCM(対々電子戦)の勝負である。


 何事もなく通過。


 まずはひとつ勝った。力場内部に飛び込んだのだ。

 此処からなら、ヴァナルガンドのジャミング機能を動かせる。

 とは云え、これ以上は近づけない。


 如何にヴァナルガンドが豆粒の大きさと言えど、自分に近づく金属物体に何時までも無反応なはずはないのだ。

 囮が必要だ。


 現時点での安全確認を終えたマーシアが緩やかに水面へと向かった。

 さて、敵は今の此方(マーシア)を捕らえたであろうか?


 マーシアはギリギリまでASに電子力場を張ってくれては居るが、水面に出た以上、彼女が海流に流されながら位置を変える『31』を正確に捉えているとは思えない。

 何より、次にマーシアが水中に入る時、相互の位置確認のためには『31』のジャミングをも一瞬だが切らなくてはならない。


 ラハルの向こう二キロの水面にマーシアが突入した。

 作戦開始。


 ジャミングを二秒間解除する。マーシアからOKのサインが送られてきた。

 途端、ラハルも自分の左右に敵がいることに気付いた様だ。

 頭を僅かに振って、どちらに向かうべきか悩んでいる様子が在り在りと伝わってくる。


 再ジャミングの影響もあってこの距離では31-Mを完全には捕らえ切れていない。

 遂に頭をマーシアに向けた。


 今だ!


 一瞬の勝負である。

 距離にして僅か四十メートル弱。しかし、ポンプジェットエンジンの轟音は容易くラハルにヴァナルガンドの位置を捕らえさせる。


 回頭するまでの数秒間だけがチャンスなのだ。

 この距離なら発射された鱗も充分に加速できまい、と巧は見ていた。

 事実、突入してきた数十枚の鱗は全く貫通力を持たず、左右の肩に装着された盾にはじかれては海流の中に消えていく。


 遂に完全な死角に入った。

 此処からはラハルが例えソナーを発していても、ジャミングを併用したヴァナルガンドを捕らえる事は最早不可能である。


 アンカーウインチの照準を合わせる。

 これはゴースで柴田が取ったものと、殆ど同じ方法である。

 (もっと)も、大きな違いとして柴田は正面にポイントヘッドを打ち出せば良かったが、巧はそうはいかない。

 水圧の壁に邪魔されながらも、僅かな鱗の隙間を狙って其処に撃ち込まなくてはならなかった。


 射出!


 一発目の打ち込みはやや甘い。

 この鱗が射出されたなら終わりだ。 


 だが、不安に反して鱗は飛び出すことなく、固定されたアンカーを頼りにもう一本撃ち込む。

 今度は、発射後の鱗二枚の隙間を見事に突き抜けた様だ。

 水圧に負けず、ポイントロッドはラハルにしっかりと食い込む。


「やった!」とでも声を上げたい処ではあるが、これだけでは何ら意味がないのだ。

 確かに人から見たなら、或いはASと比したならば、それは見事な破壊孔と言えた。

 だが、全長五百メートルを越えるラハルにとってはどうであろうか?


 蚊が刺したほどにも感じていない筈だ。

 実際の勝負は此処からである。


 ウィンチを一気に巻き上げるとラハルの横腹に取り付いた。


 そのままバスターパイルをラハルに近づける。

 密着させてはいけない。

 反動でヴァナルガンドまでバラバラとなる恐れがある。


 焦りを押さえて、緩やかにトリガーを絞り込んでいく。


 バスターパイルの砲口は発射直前までに同水圧にされており、発射自体に問題はないが、果たして射出後の破壊力は水圧にどれだけ打ち勝てるであろうか?


 いや、巧の心配は全くの杞憂(きゆう)であった。


 発射!


 それと同時に凄まじい衝撃が海水を震わせる。

 盾がなければヴァナルガンドですら、水中の音響衝撃で吹き飛んでいたであろう。

 両腕の爪を使い、爛れたラハルの筋繊維を命綱替わりにその機体を押さえ込む。

 炭化ハフニウム製の爪が折れるかと思うほどの衝撃にコクピット内部が震え、計器がまともに読み取れない。

 画面に走る激しいノイズ。

 強大な爆発の発生時に、近い距離の電気信号が全て攪乱される事は常識としても、また体験からも知ってはいた。

 しかし、魔力による水晶球(スパエラ)の画像にまで影響を与えるのを見たのは始めての事だ。


 荒れ狂う水流の中で、L型低圧火薬によるポイントロッド発射如きの衝撃とは訳が違うのだ、と確信せざるを得ない。


 ようやく衝撃が収まった時、巧の眼前には、自ら引き起こしたとは思えない様な信じ難い光景が広がっていた。


 毎秒一万四千メートルの爆発衝撃は音速の七倍の圧力を持って見事にラハルの表面を突き抜け、弾頭本体(パイルブリット)は瞬間打撃力六十万トンという信じがたい程に馬鹿げた衝撃を対象に与える事となった。

 今、その打撃によって高位魔獣の装甲は軽々と破られ、直径にして優に十メートル、深さ三十メートルを越えて筋繊維向こうの内壁膜が見えるほどに貫通孔を開かせている。

 人で言うならば、九ミリ程度の銃弾を射程限界から撃ち込まれた様なもの、とでも例えられるだろうか?


 とは言っても、やはり魔獣は魔獣であり、通常の生物とは大きく異なる。


 ラハルは巨大過ぎる存在であり、また其れ以上に頑丈も過ぎて此の程度では決して死に至ることは無く、時間が経てば今の貫通孔も自然に治癒してしまうだろう。


 戦車のAPFSDS弾を遙かに超え、信じられぬ程の破壊力を持つCCBSではある。

 それでもラハルの戦闘力には何ら影響を与えた様子は見られない。

 相も変わらず、その動きは素早いものであり、巧の一撃は彼を怒り狂わせたのみであった。


 だが、囮としては「成功の部類に入る」と言えるのだろう。


 アンカーポイントを切り離し、急ぎラハルから離れる。

 頭が此方(こちら)を向かずとも、ヒレの一振りで機体は木っ端微塵になることは確実である。


 事実大きく動いたラハルの頭部側面がヴァナルガンドを捕らえかけた。


「しまった!」

 思わず巧は声を上げる。

 ポンプジェットは未だ最大加速に達していなかったのだ。


 ラハルの向こう側に居るマーシアが巧を守る為に飛ばした面的対抗力場が一度はラハルを止めたが、今度は尾びれを叩き付けて来きた。

 水の抵抗を大きく受ける筈の巨体が、この動きでは反則としか言いようが無い。 


「うぉ! 今度はこっちかよ!」


 慌ててフットバーを蹴飛ばし、スロットルを加速方向に押し込むと、辛うじて下方に逃れた。


 その瞬間、ミシリと大きく音が響く。

 AS31最大の欠点が早くも現れたのだ。


 AS31型の欠点。


 それは装甲が薄い、と云う事である。

 S型に比べ海洋戦闘を重視したM型は飛行航続距離の増大を中心に改良がなされている。

 しかしながら、海洋型であると云う事が、そのまま深海型であることを指す訳ではない。

 装甲の薄さは相変わらずであり、カーボンコーティングがなされることで、その装甲厚は僅かに改良されたに過ぎないのだ。


 現在深度を確認すると既に三百メートルを潜っている。


 拙い、としか言いようが無い。

 巧の国の潜水艦は他国の艦に比べ、深深度までの潜行が可能だ。

 深度六百メートルにおける魚雷戦技術ですら四十年前には確立している。


 現行型なら一千メートルは軽い。

 だがASは潜水艦ではない。ASはASなのだ。

 特に31型の装甲ならば、もう百メートルも潜れば“圧壊間違い無し”だろう。


 マーシアが自分の対抗力場を全方位に張れるのは、自分を守る範囲が精々だ。

 その力をASに向けた瞬間に彼女も深海の圧力に潰されることになる。

 此処はどうあっても自力で逃げ切らなくてはならない。

 

「糞! 何とか上に向かわないと、」

 巧もやや焦り気味となる。

 本来の作戦では、ラハルを引き付けたヴァナルガンドは、そのまま水上に跳び上がる。

 其処を追ってきたラハルが海面に背びれのひとつでも見せた瞬間に、コペルがとどめを刺す事になっているのだ。

 これは、『ネルトゥスに搭載されているAS31』を守る行為として彼の中のルールをギリギリに解釈した攻撃方法である。

 殆ど反則と言っても良いだろう。 しかし、コペルは其れを選んだ。


 また、引き付けるにしてもあまりにも条件が甘い。

『背びれ? 本当に其れだけ見えれば良いのかい?』

 そう訊いた巧に、コペルは黙って頷くだけであった。

 だからこそ彼を信じ、この作戦を決行したのだ。


 しかし現実はどうであろう。


 コペルの前にラハルを引き付けるどころか、逆に更に深海へと引きずり込まれているのは自分だ。

 今、ポンプジェットは見事に最大出力を出している。

 だが皮肉にも、その大出力が生み出す轟音こそがラハルを引き付け、真上から次第にヴァナルガンドを深海に押しつけていくのだ。



 一振りで凄まじい速度を生み出すラハルの巨大な尾びれは、31-M(ヴァナルガンド)のポンプジェットに決して引けを取らない推進力を生み出している。

 その上、ラハルは31-M(ヴァナルガンド)と同じポンプジェット方式、別名ウォーター・ジェット方式により、時速にして四百キロという馬鹿げた水中速度を生み出す事すらも出来るのだ。


 よって、ヴァナルガンドに真上以外への逃げ道はない。

 しかし、その逃げ道はラハルの巨体によって完全に塞がれたのである。

 ヴァナルガンド圧壊という名の『終末点』へ、両者は緩やかに沈み込んでゆく。


『お兄ちゃん!』

 マーシアの叫び声が無線に飛び込んでくる。

「マーシア、現在点を保持しろ。下手に手を出そうなんて考えるなよ!」


 巧の言葉は遅すぎた。マーシアは巧の言葉など聞いていない。

 効果が有るとは言い難いにせよ、既にラハルの背に取り付いて、ハルベルトを振り回していた。

 


 その様な事はつゆ知らず、静かにラハルとの距離を保つ巧だが、別段、脱出を諦めた訳でもない。

 じっとラハルの隙を覗う。


 失敗した時の事も考えに入れては居た。

 しかしこれは考えられる失態の中でも最低最悪の部類のものだ。


「マーシアと二手に分かれたのが悪かったかな? しかし、そうでもなければ攻撃は難しかっただろうし……」

 其処まで考えて、ハッとする。

 終わったことを何時までも悔いてどうする。

 “今”は今の事を考えるべきではないか。


 圧壊まで後三十メートル程だ。

 実際はもう少し余裕があるかも知れないが、“残り八十メートル以上の余裕”と言うことは無いだろう。


 悩む巧の考えに気付いたのか、クリールが手で卵形を作ると、薄い胸を叩いて何やら“任せろ!”とばかりに笑って姿を消す。

 どうやら外殻の補助に乗り出したようだが、如何にフェムトマシンと言えど、酸欠にまで対応してくれる物だろうか?

 この海域は少なくとも三千メートル級の深さがあるはずだ。

 コクピットコアを守りきっても酸素供給用のジェネレータが持つ筈もない。

 まあ、気持ちだけは貰っておくことにしよう。


 そう考えて、今度は別の妙なことに気付く。


 先程からの沈下速度が、随分と遅過ぎるのだ。

 圧壊深度には疾うに達していてもおかしくないではないか。

 だがラハルが真上から押さえてくる圧力は思いの外、弱い。


 クリールが表に出る以前からの現象である以上、彼女の能力に依るものでは有るまいが……。

 結局、巧が悩んだのも一瞬に過ぎなかった。次いでは脳内に電光が走る。


 もしや!


 考えが正しければ、賭けてみる価値は在る。

「マーシア聞こえるか!」


 丁度その頃のマーシアと云えば、怒り狂いながらラハルの背にハルベルトを叩き付けている真っ最中であった。

 だが、その攻撃はまるで効果を発揮しておらず、彼女らしからぬ焦りの色も濃い。


 何度目になるか分からぬ怒声を上げるマーシア。

 その耳に、ようやく巧の声が届いた。



サブタイトルは「海の上は何時も晴れ」 坂東真紅郎+高橋とおる著

2003年のライトノベルです。

この頃は、アニメとかジュブナイルとか、そういったものから完全に切り離された生活をしていましたねぇ……。


二〇一五年、十月十三日、0時。

CCBS弾を『ノッカーパイル』と呼んでいましたが、『バスターパイル』という呼称に改めました。

第二次世界大戦時に兵器に当てられた「ノッカー」という言葉には「威力不足」の意味があると知ったためです。

ドアをぶち破るイメージで名付けたのですが、どうも貧弱な言葉だった様です。

反省です。

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