166:★艦上にて
こいつには二度と触れたくなかった、と巧は思う。
無論、軍人である以上その様な訳にはいかない事は確かだが、それでもそう思わずにはいられなかった。
この機体には苦い思いしかないのだ。
ヴェレーネが新装備と共に物資集積基地まで転移させた機体。
海洋戦専用機AS31-M型。
外見だけならば岡崎が使用する山岳戦専用機S型とほぼ同型である。
基礎となった31-Sは20と比して装甲厚を大幅に削り、乾燥重量八,五トンと三トン近い軽量化に成功。
20“F”となら、その重量差は更に開いて四トン以上はある。
対して主武装であるレーザーガンは20型と同じ二百キロワット級でありながら、最大射出熱線量は初期値で五万度は上回るという重武装紙装甲の見本の様な機体だ。
但し、高出力はGEHによる機動力にも影響を与え、機体可動部はやはり『20』に比して貧弱ながら、その僅かな“たわみ”や“ゆるみ”が飛行時の高速、高旋回性を実現する事に寄与する設計となっている。
今回の作戦で20型を押さえ、31型を使わざるを得ない理由は明確であった。
如何に20-Fが頑強と云えども、高位魔獣に捕らえられたなら何ら意味を持たない。
回避性の高い機体が求められる。
何より戦闘空域まで飛ぶ為には、この機体でなければ航続距離が持たないのだ。
巧と岡崎の二機が揚陸された時、ネルトゥスと地上との距離は二十キロを切っていたため、水面効果に難のある20-Fも何ら問題無く艦まで飛べた。
しかし、現在ネルトゥスは常に位置を変え、その上無線も五キロ以内でなければ通じないとのSHからの報告である。
となれば、六十キロメートル以上の対水面効果を維持出来ないオーファンでは下手をすれば、ネルトゥスに辿り着く前に着水という事にもなりかねない。
此処は安全策をとるしかなかった。
また、その安全策の中には、マーシアが機体と同行する事も含まれていたのだが、結局、機器調整に手間取った結果、マーシアをSHで先行させたのである。
艦との連絡に問題は無いだろう。
位置だけならば水晶球が誘導してくれる。
それは兎も角として戦闘内容が酷すぎる。
無茶はしても良い、と確かに言った。
だが、
「こう言うのは“無茶苦茶”って言うんだよ!」
巧は思わず怒鳴るが、その怒りをぶつける相手は既に目の前には存在しない。
彼女は必要な命令を下すと、あっさりとシエネに戻ってしまったのだ。
確かにシエネ城壁は現在戒厳令の如き状態である。
次の魔獣が現れる可能性も高い以上、ヴェレーネがこの場にいつまでもいられないことは分かる。
だが言うだけ言って、とっとと消えられても困るのだ。
まあ、半分以上は彼女ともう少し話をしたい、という巧の我が侭な感情だ。
クリールの相手をするうちに、今更ながらにヴェレーネの事が気に掛かるようになってきた。
ヴェレーネを嫌いではない。
では好きなのか、と言われると、これも困る。
巧は実は本気で誰かを好きになったことなど無いのだろう。
だから自分の感情が分からないのだ。
マーシアが巧にしがみついた時、彼女は怒っていた。
焼いてくれていたのかな、と考え、すぐさま首を振って否定する。
彼女に限ってそんな筈もない、と。 そしてそれを残念に思う。
「結局俺は、どうしたいんだろうなぁ」
そう呟くと、AS31ことペットネーム『ヴァナルガンド』に乗り込んでいく。
相変わらずクリールも付いてくるが、その点は巧も諦めていた。
派遣AS隊大隊長である相沢忠洋少佐が名付け親となった『ヴァナルガンド』とは、北欧神話に現れる“フェンリル狼”の別名である。
『フェンリル』には“大地を揺らす者”という意味があるが『ヴァナルガンド』の意味は“破壊の杖”である。
いずれも北欧神話の最終戦争である『神々の黄昏』に由来する。
31型が持つ桁外れのレーザー照射力を基に名付けられたが、新鋭装備として与えられた“CCBS”も今後はその名を強化する事になるのであろうか。
『CCBS』
果たして何処まで使える兵器で有ろうか?
確かに水中ではレーザーガン、ガトリング砲は基より、腕で振り回す共振剣などもあまり役に立たないことは予想される以上、この装備に不満はない。
しかし、ぶっつけ本番でどれだけモノになるやら、とヴァナルガンドの右腰を見る。
不安は有るが、今更作戦の変更は考えられない。
マーシアを信じて、巧はホバーに推進剤を送り込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
飛び立った時、水晶球が指し示したネルトゥスと海岸線の距離は百四十キロ。
海洋型である『31-M』ならば到達可能な距離であった。
しかし、何が起きたのだろう。
距離が半分を過ぎた処で、水晶球を中継してレーダーに写るネルトゥスとの距離は少しずつではあるが、離れていく。
西の敵艦隊方向への移動である以上、海魔との再交戦に入った可能性が最も高いであろうか。
だが問題は、この機体が其処まで行き着けるかだ。
最初は31-Mをオスプレイに吊り下げて運ぶ事も考えたのだが、戦闘空域に貨物懸架状態のオスプレイなど、敵の能力次第では単なる『的』になるだけである。
最高速度もオスプレイ、時速六百キロ。ヴァナルガンド、時速五百四十キロ。
と、その差は殆ど無い。
航続距離が格段に違うだけである。
そうなると結局は『ヴァナルガンド』単独で飛ばざるを得なかったのだ。
「艦は岸に向かって進んでいる。となると、一旦戻って陸上を飛ぶべきかな?」
巧が悩んだ時、クリールが久々に彼の膝から消えた。
殆ど同時に翼に風を捕らえた八トン強の機体は急激に高度を上げる。
エンジン出力に変化は見られない。計器など確認するまでもない。
その様な事が起これば、何より先に音と振動がコクピットに変化を伝えてくれるのだ。
全方位カメラで機体を目視確認した巧は、思わず声を上げた。
サイドカメラに写る機体の翼は通常の倍程の大きさにまで広がっている。
高速機なら、翼面積の増加は空気抵抗が増えて燃費が悪くなるだけだ。
だがヴァナルガンドは巡航速度で時速五百キロも出ない。
この様な低速機の場合、翼が大きく、より風を受けられる構造は機体の安定と航続距離の延長を可能とする。
「全く! 何でもありだな、フェムトマシンって奴は……」
一瞬は呆れたものの、巧はすぐさま状況の好転を理解する。
「まあ、ありがとよ、クリール! これなら何とかたどり着けそうだ」
予備タンクを投棄した機体は一路西を目指した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
巧がネルトゥスにたどり着いた時、其処に在った光景は『地獄』の如き混乱であった。
いや、殆どの乗員にとっては天国だったのかも知れないが……。
ネルトゥス上空五十メートル空域では小西機が警戒待機を行っているが、その飛び方はまるで安定して居らず、集中力を欠いていることは素人目にも明らかである。
「一体、何が起きてるんだ?」
上空から、事の次第は確かに見たつもりでは有るが、あの光景には言葉での説明が欲しい。
31-Mから降りることなく、デッキに機体を立てたまま無線で山崎を呼び出す。
画面に現れた山崎は申し訳なさ気に下を向き、顔を上げる事無く報告を開始した。
『つまりですね、オペレーション・デスマーチの準備です……』
「はぁ?」
『オペレーション・デスマーチ』
それは桜田考案による、心理作戦。
いや、早い話が撤退中の捕虜達に対する“嫌がらせ”である。
だが、今は警戒体勢のまっただ中ではないのか?
「いや、今、まずいだろ! 海魔との交戦中じゃないのか?」
『コペルさんからの話だと、最低後十二時間弱はその心配は無いそうです。
それに、万一にも現れたなら艦を丸ごと“力場”で守るそうですから。
で、それを聞いた桜田が、“それならマーシアちゃんがいる内に準備をしてしまえ!”と言い出しまして……』
「“してしまえ!”って、おい!
簡単に言うが、どうやってマーシアを納得させた!」
『“罵るほどに作戦の完遂を自分から強調した以上、協力は当然だ!”と……』
「それでマーシアは!?」
『涙目で俯いてました』
「なんつー、恐ろしい女だ……」
最早、声もない。
降機姿勢にした機体から跳び降りる。
その際も駐機係員の視線がまるで31に向いて居らず、事故を起こしかねない。
機体用エレベータまでの移動は諦め、甲板上にヴァナルガンドを放り出すと、艦橋までの移動用カートを走らせる。
クリールがいつの間にか座席後方にしがみついて来ていた。
艦橋に上がると、ブリッジ上部の監視用ステップには手空きの男性隊員の全てが集まっている。
ネルトゥス甲板前方に誰も近付かないようにマーシアから厳命された為、彼等はこの位置に陣取っているのだ。
甲板前方にはプールが設置されていた。
本来は災害救難時に使われる『組立て式大型浴槽』だが、外回りをカラフルに色塗りしており、どう見てもレジャープールにしか見えない。
そして、そしてそのプール内外では際どい水着姿の女性八人が、思い思いに遊んでいるのだ。
殆どは隊員女性だが、その中に一際目立つ銀の髪。
マーシアである。
鮮やかな黄色いビキニに短めのパレオを申し訳程度に巻いて更衣用テントから彼女が現れた時、男性隊員達から一際大きな歓声が上がった。
DASヘルメットを被り、モニタを共用している猛者共までいるが、その気持ちも分からぬでもない。
マーシアは見た目の年には似遣わぬ、はち切れそうなバストを恥ずかしげに両手で覆い、涙目になってうずくまろうとする。
だが、その度にカメラを廻す桜田から何事か言われては、悔しげな表情で輝くばかりの肢体を北海域の柔らかな陽光に晒していた。
その姿は、普通の男なら一生涯で何度お目にかかれるか分からぬ光景である。
最後は両手を合わせて桜田を拝む隊員まで現れる始末だ。
「ありがたや! ありがたや!」
「あの恥辱の表情を引きずり出すとは!」
「名監督だな!」
「睨まれてぇ~」
「あねさん、一生付いていきます!」
などと、様々に歓喜の声が聞こえてくる。
艦橋から下を覗く巧も、“我が妹ながらなんとまあ”という感想しか思い浮かばない。
その側ではクリールが自分の胸元を見ては両手で一生懸命寄せ上げようとしている。
「いや、お前はいいから……」
思わず突っ込む巧であったが、クリールは不満げな表情を巧に向けたかと思うと、次いでは壁を向いてしまった。
大人しくなって丁度良い、山崎にもう少し詳しく話を聴く。
「なあ、予定では使用する映像は首都かポルカとの中継だけ、だったんじゃ?」
「いや、それがですね。 桜田の野郎、“そんなものはどうにでも合成できる”って聞かないんですよ」
「はぁ~……」
巧の溜息を聞きつつ、山崎は言い辛そうに言葉を繋いだ。
「それで、その“合成”の説明を受けたマーシアちゃんがですね」
だが、山崎はすぐに言い澱む。ならば巧としては問い掛けるしかない。
「マーシアが、どうした?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その頃、シエネでは、
「なんであたし達が、こんな格好をぉ~!」
「ねえこれ、本当に水着ですか? 何でこんなに布面積が少ないんですの!」
リンジーとマイヤが半べそとなって、仮設スタジオのグリーンスクリーン前でポーズを取らされていた。
マーシアが、『彼女達も入れたなら、効果はより高い』と進言したのだ。
因みに此方の撮影は国防軍女性兵が中心となり秘密裏に行われたのだが、当のスタッフ達が彼女らの美貌に見惚れて、今では調子に乗った『着せ替え人形遊び』の状態である。
しかし、ネルトゥスの8名に比べて直接の被害は極小なのであろう。
と言っても、“後に現れる被害”に比べれば、の話なのだが……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「死なば、諸共かよ! 何処まで戦闘状態なんだ、あいつは!」
思わず何度目かの溜息も出る。
その時、甲板上から悲鳴が上がった。
もしや、とスクリーンを覗き込むと、桜田がマーシア、そして桐野を始めとした八名の女子隊員達に羽交い締めにされ、更衣室に引きずり込まれる処だ。
桜田も必死に抵抗するのだが、八対一では抗い様もない。
「自業自得だ、阿呆が!」
巧が吐き捨てた騒ぎは、結局、陽が沈むまで続いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
深夜二時を廻って巧は目覚めた。
山崎の話ならば、早ければ後一時間程で次のラハルの攻撃が始まる。
ベッドの中にはクリールが寝息を立てていた。
「兵器とは云え、やっぱり寝るんだなぁ」
半分は生物の様なものである以上、そう云う擬態的機能も有るのだろうな、等と理屈では思うものの、子供の眠りを妨げる気にもなれない。
そっとベッドを抜け出した。だが、すぐさま彼女も目を醒ます。
子供に見えるが、やはり普通の存在ではない。やりたいようにやらせるしかない。
何より、万が一の場合でも彼女は安全である事は知れた。
マーシアとぶつかりさえしなければいいのだ。
部屋を出ると、同じタイミングで隣の部屋のドアが開いた。
マーシアである。
互いにクスッと笑い合って下層甲板に向かう。
クリールも今の処は必要以上にマーシアに興味を向けては居ない。
エレベ-タのドアが開くと、真正面に整備塔が見える。
そのガントリに固定された試作31-M型は、『CCBS』の再調整を終えたところだ。
眩い照明の向こう。
整備員に紛れてコペルの姿が見えた。
サブタイトルは1950年代の傑作「渚にて」(ネヴィル・シュート)からです。
元ネタは核戦争後の地球を描いた話なので、今回のこの話とはビタ一文字として関係有りませんw
なお、AS31ーS型のイラストは「たまりしょうゆ様」からの頂きものです。
たまりしょうゆ様、ありがとうございました。




