164:眼下の敵
シエネの議員会館四階、奥まった部屋でヴェレーネと『セム』の会話は行われている。
「ネルトゥスは戦闘に突入する方向に話が進んでいる様だけど、勝算は有るの?」
『僕の実施形態がいるんだ。沈む事は無いよ!』
「約束したことを、一々誇って貰っちゃ困るわ!
私が言っているのは、『海魔』とやらを“倒せるのか?”という事よ」
ヴェレーネの問いに『セム』は押し黙ると、
『それを言われると、ちょいと困るなぁ』
と自信無さ気な声を出す。
「フェリシア海軍の安全は?」
『そこまではフェアネスの問題から保障は出来ないね』
「奴を確実に倒す方法はないの?」
『有るよ!』
「それ、彼等に、」
『具体的に教えられると思ってるの?』
『セム』は最後はけんもほろろ、という言葉が相応しい対応となる。
『実施形態はあくまでも実施形態だ。
“僕”として彼等の前に姿を現す訳にはいかないんだよ』
『セム』の言葉にヴェレーネはやや力無く俯くが、すぐに顔を上げた。
「私が直接出向いて倒すのは構わないのよね?」
『まあね。だが、今の君はクリールと一体化している以上、ラハルは君の接近を容易に掴んでしまうだろうね』
セムは此処で嘘は付かずとも事実を述べていない。
気付くのはラハル自身ではない。
ラハルの目を通した『フェアリーⅡ』である。
勿論、両者をぶつけて人格の統合を目論むセムでは在るが、出来得ることならその人格の主導者は『フェアリーⅠ』であることを望んでいる。
自身の正体を知らぬ侭に彼女を『ティアマト』にぶつける訳にはいかない。
セムはヴェレーネを守りたかった、その中立性に疑問を持っても、である。
今はその事実を押し隠して、ヴェレーネを別方向に誘導しなくてはならない。
『セム』はその様な感情など微塵も感じさせずにヴェレーネに問う。
「深海に逃げ込まれて気配を消された時、どう対処するんだい?
いや、それどころか此処にだって別の魔獣が現れないとも限らない。
いざという時に魔力切れは困るだろ? 前回のように、ね』
“魔力切れ”というヴェレーネ最大の懸念は逆に彼女を苛立たせ、言葉も荒れた。
「クリールに飛び込んだ時は、別に力が尽きていた訳じゃないわ。
それに私が気配も隠せない無能だと決めつけられるのは不愉快よ!」
『能力については、君が勝手にそう思っているだけだ。
今の君が高位魔獣から受けるプレッシャーは、自分が思う以上に大きいんだよ。
それに現状ではクリールとの相性も良いとは言い難い。主に君の責任だがね。
つまり一時的にでは有るだろうが、以前より力が落ちている可能性すら有る』
「じゃあ、どうしろって言うのよ!」
『君の悪い癖が出ているね。時には誰かを頼るのも良いと思うんだが、』
「頼る?」
『そう、頼るんだよ。それに次の一手はもう始まっている』
「どういう事?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
長い眠りから目覚めて後、ヴェレーネが地球から持ち込んだ様々な補給品の中に、新たなASの装備がある。
ひと月前に南部の要害である『ゴース』では、その装備の欠落問題が決定的なものとして表れ、更に北部戦線では“それ”の未装備が巧を危機一髪の処にまで落とし込んだ。
“それ”、とはAS専用の近接格闘戦兵器で有る。
いや、兵器と云うよりは『武器』と言った方が良いであろうか。
つまりはASのサイズに対応した共振大型剣とナイフである。
今回配備されたそれは、盾と同じ材質の立方晶窒化炭素からなる。
現在、南部戦線に優先的に配備され、トガ近郊のAS部隊にまで行き渡りつつあった。
そして今回届いたコンテナに積み込まれた二十セットは当面の補充品も含めて、南方山岳部隊、シエネ防衛機、そして、北部戦線の二機へと配備される。
更にその傍らに、特別パッケージがなされたAS対応サイズの巨大コンテナがふたつ。
側面に『CCBS』の黄色い文字。
その文字を感慨深げに見つめる男がいる。
坂崎昇であった。
「やっぱり二足歩行兵器の決め手は剣でも銃でもない! これに限るよ!」
そう独り言ちては、何度も“うんうん”と頷く。
確かに剣や槍も二足歩行兵器によく似合う。
しかし、この武器こそは二足歩行兵器に相応しいと思う。
確かに砲と言えば砲である。
しかし、戦車や船舶にこれを使う意味は無い。
また戦闘機に積んで砲身が焼けたなら機体まで損傷しかねない。
つまり、これはASのためにこそ生まれた武装だと思うのだ。
ガジェットメーカーとしては、これをASに使用させる日を如何に待ちわびたことか。
特に嬉しいのは、この兵器の噂を聞きつけたASパイロット達から既に問い合わせが引き切りもないという事である。
ゴース駐留小隊の小野少尉などは魔獣と盾で殴り合った経験から、この武装に期待するところは特に大きく、『CCBS』の黄色い文字の下に自分の名前を書き込んで帰って行った程である。
要は“唾を付けた”と言いたいのであろうが、その後も表記の下に書き込まれる個人名は増え続け、既に二十名以上の名が連ねられているのだ。
さて、最初に何処に配備することになるか?
それを決めるのは坂崎ではない。
しかし、やはり『兵士が生き残る』のに必要な場所へ優先して欲しいものだと思う。
数ヶ月前の坂崎なら『よりデータの取れる場所』が優先であっただろうが、ピードと対峙した事が彼の意識に兵士寄りに近い変化をもたらせていた。
少しの変化だ。だが同時に重要な変化でもあった。
その為、この武装を南部に配備するのは見送る、と聞いた時、今までの彼ならば、“らしくない”と言う程の難色を示したのである。
だが、ヴェレーネはその声を一蹴した。
「うるさいわね! 時間が無いのよ!
とにかく特二種装備の31と一緒にそれを第二魔法陣に設置、十五分以内でね!」
それだけ言うと、彼女は文字通りに消えた。
魔法に馴染んだ自分を顧みる余裕こそ有れ、急ぎ仕事に取りかかる坂崎であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
加速を始めたネルトゥスは渦の進行方向右側に廻ると、そこからは外縁に向かってやや角度を付けて突っ込んでいく。
端から見れば自沈のために、艦を進めるようにすら見える。
実際、地球の海で見かける渦潮とは、名前こそ恐ろしげだが十トン未満の小船ですら乗り切れる力しか無いのが普通だ。
海流の問題から物理的に船を呑み込むほどの吸引力のある渦など生まれようがない。
しかし、今回カグラの海に現れたこの渦は紛れもない潮位差を持って巨大な擦り鉢のように左回りに回転していた。
この渦の下に潜む何者かに挑むに当たって、当然だが山崎以下のネルトゥス乗員達には彼等なりの考えがある。
勿論、一歩間違えれば自沈と変わらぬ事に違いは無いのだが、それでも勝機を見いだしての正面攻撃だ。
緊張の空気を纏いつつも、総員に混乱は見られなかった。
「外縁部、接触まで残り百二十秒!」
艦橋通信員である軍曹が十秒おきのカウントを読み上げていく。
下層にあるCICから送られて来るデータが正面のスクリーンに大きく表示されている以上、艦長席の山崎にもそれは見えてはいるのだが、彼は数字ではないタイミングを計るため、耳から入る情報ならば耳からで済ませたいのだ。
「SHの位置知らせろ!」
山崎の問いに艦橋観測員がスコープを覗き込み、モールスライトによるヘリとの通信を伝えてくる。
シエネと同じく、この海域でも五キロを越えると無線は不通となっていた。
『SH-1。艦後方十二キロ。高度三百。現在位置維持します』
「よし!」
「残り六十秒!」
直径が三キロを優に超える渦潮である。
既に潮流が起き始めているが、作戦上『外縁部』と決めたポイントまでは未だ僅かに距離がある。
離脱する最後のチャンスだ。
「五十秒! レッドライン越えました!」
もう引き返すことは出来ない。
此処で無理な方向転換を行えばそれこそ艦は木っ端微塵である。
「よし! これでもう引けん! 後は全員手順通り頼むぞ!」
山崎の声に、艦の彼方此方から、復唱、応答がそれぞれに返る。
「SHより短魚雷、発射!」
「発射確認しました!」
四発の魚雷がそれぞれに深度を違えてSH-80Kより発射される。
この魚雷は通常の潜水艦に積まれた魚雷ほどの大きさは、当然無い。
しかし、その爆発力は強力である。
それぞれ、五十メートルの比較的浅い深度から、百五十メートル、三百メートル、そして最大四百五十メートルと云う深々度での爆発域にまで四段階に分けてセットした。
渦の最も中心は海面から五十メートルは下がっている。
つまり、それぞれ平均水面から五十メートルずつ深い位置での爆発と云うことになる。
四発の魚雷はそれぞれに深度を保って渦の中心へと向かい、ネルトゥスの遙か下方を通り過ぎていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
海中に探信音が響く。
初めて聞く音に海魔はやや戸惑ったものの、指揮者であるフェアリーⅡからの指示はすぐさま下される。
フェアリーは、ラハルに『力場』を張ると共に念を入れて聴覚までも塞ぐ事を命じていた。
海中の生物にとって聴覚は非常に重要な器官である。
音を使って海中の生物を探り、海底の深度を測定する。
場合によっては海底地震や津波の到達までも予想する。
フェアリーからの情報に寄れば、近付いてくるこの物体はどうやら巨大な音と圧力を発する様だ。
その様なエネルギーを受け止めたなら、僅かの間では有るが、自身の目が失われることとなる。
それは避けなくてはならない。
磁場を使って自分の位置や相手との距離を測ることは可能だ。
彼は、素直に命令に従った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
勘違いされていることが多いが、魚雷は別段敵に直撃させる必要は無い。
敵潜水艦の存在位置から百メートル以内の直下位置爆発ならば、対象は間違い無く爆沈である。
また最大一キロ程度の水平距離に於いての爆発ですらも、相手に相当なダメージを与える能力を持つ。
水中に於ける爆発の衝撃力とはそれほどのものだ。
逆を言うならば駆逐艦などの船舶も敵から一キロ以内で雷撃戦を行った場合、自分の発射した魚雷・爆雷により自艦がダメージを受ける事をある程度は覚悟しなくてはならない。
無論、爆雷などは五十メートル深度で爆発させる事もある以上、それ相応に火薬量を調整して音響衝撃力を調整することは可能だが、やはり近すぎる敵は厄介な相手に変わりはないのである。
現在ネルトゥスは攻撃可能半径ギリギリのラインにいることになる。
つまりこの距離から更に相手に近寄られたならば、此方からの攻撃手段を失って一方的に殴られる事も視野に入れる必要が在る。
そうかといって、ラハルから距離を置き過ぎたならば、今度は充分に加速した飛翔鱗がネルトゥスを襲うであろう。
では何故、山崎はこの様に一見して分の悪い賭にGOサインを出したのか?
理由はふたつある。
まず、最初のひとつはSHをこの海域から無事に離脱させる事である。
これにより、フェリシア海軍と連絡をとり、彼等に入り江からの早急な撤退を促したいのだ。
そしてもうひとつ、攻撃対象となったラハルの大きさである。
海中のどれ程の深度にいるのかは確かにソナーでは掴めない。
しかし、ラハルの体長から算出される吸水力と渦の直径から合わせて計算した場合、三つの推定深度が得られた。
推定である以上、確率は低い。しかし低すぎると云う程でもない。
何より深度は兎も角、その位置は渦の中心と決まっている。
渦の縁しか動けないネルトゥスと条件は互角なのだ。
渦の縁。
そう、現在ネルトゥスは渦の縁を回転方向の左回りに高速で進行している。
側面俯角一杯の三十三度角であり、CICで立ったままの桜田など、柱にしがみ付きながら大声で指揮を出しているのだ。
艦内は右側面に向かって急激な下り坂のようになってしまっている。
いや、下り坂など疾うに越えてしまい、旅客機の脱出用シューター並みの角度と言えるだろうか。
しかし、これがネルトゥスにとっては最も安全な進行方向としか言えないのだ。
渦を二周もすれば確実に海の底である。
それ以前に一周を過ぎれば横転は間違い無い。そうなれば喩え機体は無事でも内部に生きた人間などひとりも残らないだろう。
よってネルトゥスは、半周を廻って渦から脱出する。
惑星間探査船が目的の星に向かう前に太陽や他の惑星の周りを半周して、その重力を加速に使う事が有る。
一般に『重力スイングバイ』と呼ばれる航法だ。
現在ネルトゥスは渦潮の吸引力を恒星や惑星の重力に例えて、海上スイングバイを試みているのである。
一発勝負の試みではあるが、直径三キロなら半周は五キロ近く有る事になる。
着水時最大戦速ならば二十分は戦闘航行が可能だ。
最後の最後で機体が飛び上がれるかどうかは、更なる加速タイミングと操舵員の腕次第と云う処が大きな賭である。
特に加速タイミングは難しい。
僅かでも遅れたなら脱出は不可能であり、攻撃が成功したばかりにタイミングを逃してしまうことは充分に考えられる。
海魔を倒してしまえば、すぐさま渦潮が収まるという保障など無い。
これだけの大きさの渦潮など、巧達の地球では地震の際の津波に準じてもそうそうに生まれるものでは無いのだ。
山崎はその脱出タイミングを見極めなくてはならない。
また、側面砲撃手が詰めたアウトリガーを吹き飛ばすような操船も厳に慎まなくてはならない。
艦船の操作は最終的に船長に責任がある。
操舵員は船長の腕の延長に過ぎない。船体、いや機体に損傷があれば、これは山崎の操舵ミスという事なのだ。
自らを含め六十四名の命を預かる彼の責任は重かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時間を三十分ほど戻す。
「無線が不通?」
巧はネルトゥスとの無線が繋がらなくなった事に気付き、やや慌てていた。
最も恐れる事態ならば、海魔ラハルが現れたと云う事しか考えられない。
しかし何故今頃、と云う思いが強い。
作戦は既に終盤を向かえつつある。
今更、艦船による捕虜の救出は不可能だ。
この段階でシナンガルが魔獣を動かすとは思えない。
魔獣の出現とシナンガルの関係は確実だ。それにしてはタイミングが遅すぎるではないか。
まるで陸路の捕虜を見殺しにするかのようだ。
「どうなってる?」
いや、その様な事を悩んでいる場合では無い。
コペルが居る以上、ネルトゥスが沈む事は無いであろう。
確認した速度から見てもネルトゥスの無線が途切れることなどあり得ないのだ。
彼等が自ら海魔に近付きでもしない限りは。
そこまで考えて、ハッとする。
何らかの理由で積極攻勢に出ざるを得ない状況が生まれているとしたなら、この無線の不通も充分に考えられるではないか。
現在、山崎達は海魔と交戦中なのだ。
「糞! 何故逃げない!」
急ぎ小西に連絡を取る。
「小西少尉、聞こえますか!」
『指令、どうしました?』
すぐさま小西からの返事がある。
「先任、自分は今、陸上に居ますので、その“司令”ってのは……」
巧の生真面目な言葉に小西は相変わらずの軽口を返す
『使い分けも面倒でしてね。実際指令の方が何事に付け先輩ですから』
「OK、分かった。処で、急いでネルトゥスまで飛んでくれないか。
但し、緊急時のために丘までの通信を保持してくれよ」
巧も諦めると、明確な指示を出した。
間に合ってくれ、と思いつつ。
巧自身が助けに飛んでどうにかなるなら、当然、自分が向かうだろう。
だが、それは難しい。
ASのG・E・Hは、計算上は水上航行も可能である。
実際、幅数キロの小さな湖程度なら各部隊の機体が何度も飛び越えている。
しかし報告によると、やはり水上では低速で安定しないと云う事であり、最初に高度を取ってからは対岸まで緩やかに降りて行く感覚があったという。
余程の高速飛行でない限り対面効果が水上では発揮しにくいが、速度を上げれば、今度は航続距離が極端に落ちる。
つまり、水上で戦闘になった場合はASの持ち味である機動力がかなりの制限を受ける事は明確なのだ。
SWI製のエンジンに問題は無いが機体を支える翼が小さすぎる。
しかし、これ以上翼を大きくすれば陸上戦闘に差し支える事は誰にでも分かる事であり、今のところ誰もが納得せざるを得なかった。
彼等は歩兵なのだ。空や海にまで責任は持てない。
当然の事実だが、巧にはその事実が恨めしい。
と、其処へ通信が入る。
後方の物資集積地まで後退せよ、との命令だ。
参った!と思いつつ返事を返す。
「現在、洋上で小官指揮下の艦船部隊が戦闘に突入している可能性が高い。
連絡のため、今暫く此の場を確保させてもらえないだろうか?」
そう言った途端、久々に聞く怒鳴り声が巧の耳に飛び込んできた。
『だから“戻れ!”って言ってんのよ!』
「ヴェレー、いや大佐! 何故、此処に!?」
『眼下の敵』と言えばロバート・ミッチャム主演の名作戦争映画が有名です。
今回のサブタイトルは勿論それも意識しました。
但し元ネタはマンリー・ウェイド・ウェルマンの『眼下の星』からの改変です。
ウェルマンはハミルトンの「キャプテン・フューチャー」を出版社の指示で1本書いたことが有ります。
昔はそんな無茶苦茶がまかり通っていたのだ、と驚かされました。
ハミルトンが可哀想すぎますね。




