163:スラッグ・スイーパー
「何で僕がこんな事しなくちゃならないんですか!」
「嫌なのか?」
「嫌に決まってるでしょ! 幾らオベルンさんでも酷すぎます」
「お~、おまえがんばれ!」
最後の偉そうな幼女の言葉にセリオは遂には泣きそうになる。
薄い水色のワンピースを翻しつつ、“がんばれ”と可愛らしく声を掛けて来たのは、王位継続権保持者との誉れも高き、ハミング・エラー殿下である。
小柄な体躯。
金と言うよりはトウモロコシの粒を思わせる黄色い髪を頭の両サイドに“ちょこん”と束ねた姿であり、エルフの耳は不思議なことだが狼人族の様にふわふわの毛に覆われている。
唯でさえ目立つ姿に重ねて明るく輝く茶色の瞳は、その存在を更に強く主張していた。
幼くとも既に王として偉容の片鱗が見え隠れする。
それにしては『エラー』とは酷い名ではないか。
どうやら研究所に於けるコードネームらしく、本来の姓で無い事は確かなようだ。
女王自身も姓を公開していないので、王族とはその様なものなのであろうか?
しかし、ヴェレーネ殿下は自分の姓を公表しているではないか。
もしや、あれもコードなのだろうか?
まあ、それはそれでヴェレーネ殿下に“ぴったり”の暗号名だと思うが、
などとセリオが思考を脇に逃がしているのに気付いたのであろう。
「覚悟を決めてくれ、セリオ君」
静かではあるが厳とした声が彼の右肩にのし掛かった。
ふたりの若い付き人を従え、威風堂々の広田修身ことボン・ヒロタである。
また、更にその後方では、哀れむような目をしたGGが肩を竦めつつ首を横に振る。
その姿に“自分の逃げ場はない”と観念したセリオであった。
セリオ達七人が今訪れているのは、大陸中央路の中間点となる都市ノーラから南に数十キロ離れた小さな農村である。
この村にステップ・スラッグが現れ、畑を荒らしていると云う事で彼等は其処に向かった。
別段、困った村人の為に義憤を持って魔獣を倒す、と云う訳では無い。
いや、結果として周りからは“そう”見えるのかも知れないが、実際はある実験をする事が目的であった。
魔獣の駆除と経済の活性化、これが王宮からヒロタに与えられた使命である。
その問題解決を一挙に成し遂げる為に選んだのが、これから試す方法だ。
だが広田が選んだ“それ”が『セム』が計算・予測した通りの“人間が選ぶであろう行動”でもある事を誰も知らない。
『セム』の思惑はひとまず置こう。
今、セリオに求められているのは、彼単独で魔獣『ステップ・スラッグ』を倒す事である。
だが幾ら弱小の魔獣とは云え、一般人が一人でステップ・スラッグを倒すのはまず不可能である。
その為、近頃はあちこちの村で、数少ない自由人チームが引っ張りだこであり、自由人ではない村住まいの獣人達までも積極的に剣技を学び始めている。
お陰で市場にだぶついていた武器や衛生用品は飛ぶように売れており、内需の問題も一部が解決しつつあった。
一見して良いことのように思えるが、このままではかなりまずい事が起きかねない、と女王も広田も危惧していた。
久々に女王に拝謁した広田は、彼女の纏う雰囲気が僅かに変わった事に気付いたが、議題が優先である。
急ぎ問題点を話し合うと、女王も広田と殆ど同じ結論に達している事を知った。
二人が捕らえた現在の問題点。
それは獣人と呼ばれる亜人種やエルフの戦闘力に人類種が大きく依存し始めていると云う事である。
勿論、それは今まで軍に於いても同じような側面は有った。
しかし、軍の構成員の8割弱は人類種であり、亜人種、妖精種の軍人・軍属は人口に比しても少ない。
よって『国家防衛の中心は人類種である』という矜恃が個々の力の差を余り目立ったものにさせていなかった。
しかし、国内に於ける魔獣の出現はその人類種と亜人種の協力関係を脅かしかねない。
獣人やエルフが魔獣討伐の先頭に立つのはよい。
しかし、その戦いに於いて人類種が大きく足を引っ張ったならば、その時は国内においても無意識の階層意識が生まれかねない。
先に魔法力の強いブルダ家が『騎士制度』、早い話が『貴族制度』の成立を目論んだような事が若い妖精種のグループあたりから諮問院に持ち込まれないとも限らないのだ。
諮問院に所属する妖精種や獣人の五割近くは、女王が『係員』と呼ぶ者達である。
彼等は、表向き亜人やエルフからの選出で選ばれているが、実体は『女王の忠実な私兵』だ。
また、必要となった場合、女王は国内の亜人種・妖精種の全てを“ある盟約”から、またその他、人類種を含む一部の者達に対しては、“機能的に精神を乗っ取る”事により自由に命に従えさせる力を持つ。
王宮における秘中の秘のひとつである。
とは云え、『盟約』の使用は兎も角、“機能的な精神の乗っ取り”などという方法を使うのは最終手段としか言いようが無い。
有ってはならない事だ。
その様な手段無しに、国内に於ける人類種と亜人種、妖精種の協調体制を維持しなくてはならない。
その為には人類種が“唯々、守られるだけの存在”と認識される事はまずいのだ。
勿論、数人掛かりでなら人間にもステップ・スラッグ程度の魔獣を倒す事は出来る。
だが、今後国内に更に危険な、巨大な魔獣が跋扈し始めた時、果たして人類種はそれに対抗できるのか?
方法として考えられる事でも、国防軍の装備を標準的に人類種に使用させるなど、問題外の提案である。
とは云え、GGの様に明確な魔力を持つ一部のものは兎も角、殆どの者は剣すら持った事はない。
フェリシア国内は長きに渡って平穏過ぎたのだ。
このままでは亜人種、妖精種と人類種との戦闘能力差が開いていくばかりである。
唯、少しばかり視点を変えてみると、人間に魔法が全く使えないものが多い事は、実はフェリシアという国、いや惑星カグラの知的生命体全体において決して悪い事ばかりではない。
何故か?
魔法は便利である。
軍師とルナールの会話に現れなかった様に、カグラに魔法を持つ人々としての進化の過程が有ったのかどうかは分からない。
しかし、現在の生活に於いて台所で火を使おうとする時、小さな魔力を持つ主婦なら火種を準備する必要もない。
指先に軽く火を灯せば事は済む。
又、その気になれば一日分の水を生成する事も出来る人間も少なくは無い。
反面、各村々には井戸が存在し、大きな街ともなれば水道橋が引かれ噴水が街の中央で人々の水場として使われている。
火種を準備する為の火打ち石や室内を照らすランプ、汚れを落とすための石鹸までも販売されている。
要は『魔法』だけで生活が成り立っている訳ではない、と云う事だ。
これは魔法最大の欠点が表に現れていない事を示している。
では魔法の最大の欠点とは何か?
これは、一言で言うならば『便利な魔法は人を堕落させる』と云うことである。
それは言い過ぎにしても、魔法で何でも出来るとしたならば、人は自らの手で何かを生み出そうと努力することは無くなるであろう。
しかし実体としては、不足する魔法力を補う技術の開発組織は確かに存在するのだ。
不思議な事であるが、この世界はそのバランスが実に見事に取れている。
例えばシナンガルに於いて魔法が使える人間の比率は全体の二パーセントに満たない。
人口で云えば、赤ん坊から死亡直前の老人まで含めて一千二百万人前後である。
実際の労働人口としてはその七~八割程度の九百万人程度、と云ったところであろう。
戦闘に使えるレベルの人材ともなれば更に極小で、三十万人を切る。
これはフェリシアの妖精・亜人種の九十万人中の兵員数のほぼ十倍であるが、それでもこの程度ならフェリシアを圧倒は出来ない。
妖精・亜人による魔法力の違いの他にもフェリシアに於いては、人類種にまでほぼ同等の魔法戦闘要員が存在するからだ。
フェリシアでなら通常は一般兵として組み込まれている兵士が、シナンガルレベルでは充分に魔法要員としてのレベルである事も大きな差である。
兵力としての魔法はひとまず置こう。
問題は、生活・文化の向上を阻害する要因としての魔法技術である。
伝説上の六ヶ国戦乱期の神話的な存在としての魔術師としてのレベルならいざ知らず、現時点に於いて『魔法は万能ではない』
水を畑に流すには水車が必要であり、大規模な建築を行うには木製ではあるが起重機を要する。
車輪を使い、梃子を使って日常の生活を営み、病に罹れば山野の薬草を使い、傷があればロークの怪我の折のように消毒の後、縫合を行う。
その際にも魔法はあくまで補助的な存在と言えた。
結果、日常生活は未だ中世であり、これからまだまだ改良の余地はある。
大胆な話だが、技術の枠を大幅に飛び越えた『鳥使い達』の『鳥』を観察・スケッチすることで、自ら飛行機を生み出そうとする者まで現れている。
人々は未だ技術を貧欲に求めている。
仮に魔法が万能であったなら、カグラの人々は人類としての歩みをその場で止めていたであろう。
魔法が万能でないこと、魔法が使えぬ者が多数を占める事はこの世界にとって実は幸福なことなのかも知れない。
しかし、魔法が使えない、と云う事と魔力がないと云う事とは別問題である。
この世界の人々は、自分たちが気付かぬだけで魔力の『因子』とでも云うべきものを確かに持っている。
カレシュやクレア、ライザが大きな魔力を持ちながらもまるで魔法が使えない事実などが良い例だ。
つまり、誰でも、とは言わないが、思ったよりも多くの人々が少しぐらいの、或いは思いも寄らぬ巨大な魔力を眠らせているのである。
ではその『眠る魔力』とでも呼ぶ魔力を使える様になったなら、どうであろうか?
利点と欠点が同時に生まれる事はもう理解できるだろう。
短期的な利点はある。
それが魔獣への対抗手段や戦闘人員の増加であるが、反面、長期的に考えた場合はカグラと云う惑星の発展そのものを止めてしまう恐れもある。
王宮はこれを恐れた。
よって、今までは人類種に於いて魔法の使えぬ者は使えぬ侭にし、代わりに政治的権力を余分に与える事で社会のバランスを取ってきたのである。
しかし、ここに来て僅かでは在るが方向を転換せざるを得なくなった。
国内に現れた魔獣に対抗せざるを得ないのだ。
女王と通じた『セム』のプログラムによる魔獣の登場を、当の女王が押さえる、という茶番劇が行われている。
しかし、これは“ある理由”から、どうしても避けては通れない道だ。
そして、女王は遂に封印の一部を解き、魔導研究所にひとつの許可を出す。
その許可とは、『魔力を眠らせたままに人類種が使用可能な魔導武器の開放、そして開発』、であった。
今回、セリオが行おうとしているのは、その実験である。
魔力を眠らせた侭の人類種である彼が、新型の増幅器を装備したロングソードを使うことで、どの程度魔獣に対抗できるのかを計ろうというのだ。
「まあ、君の力は結構大きいようだ。上手く使いこなせれば、そんな雑魚は一撃だな」
オベルンは軽く言うが、セリオとしては堪ったものでは無い。
「なんで急に、こんな話をするんですか! 出発前に話してくれてたなら、少しは練習なり心の準備なりも出来たんですよ!」
セリオの言葉はもっともだ。
何せ相手は肉食ではないとは言え、かなりの大物である。
いや、ステップ・スラッグは肉を好まないと云うだけで、必要とあれば攻撃のために捕食を行う事も有るのである。
しかも今、セリオの目の前に居るスラッグは全長が二メートル程はあり、後肢を支えにして全体の前半分を立てると、トリエの胸元までは頭を持ち上げることが出来る。
その口にはトゲのような歯が円形に、そして数段に渡って生えているのだ。
堅い樹木ですらバリバリと音を立てて食べ散らかす、強力な歯である。
万が一にも捕らえられたなら、人間の腕など一溜まりもあるまい。
反面、目に付く範囲には二十を越えるスラッグの焼死体が転がっている。
オベルンやGG、ハミングが倒したものであり、広田達までもが各自、一体ずつは礫を叩き込んでその頭を吹き飛ばしている。
因みに広田達が使った礫、即ち拳銃は、デザート・イーグルと呼ばれる大口径銃であり、打撃破壊力はAK47の七,六二ミリ弾に相当する。
だが、セリオがそれを使うことは許されない。
GGやオベルンの様に剣に炎を纏わせて一気に叩き切るように指示されているのである。
これでは彼も涙目になろうというものだ。
「魔法なんか使えません、って! 大体、使い方ぐらい教えてくれたって良いでしょ?」
セリオの嘆きは尤もであるが、広田はそれすら冷たく突き放す。
「そうはいかんことは、先に話したよね? セリオ君」
そうなのだ。
セリオが『与えられた魔道具を使って自力で魔法をひねり出せるかどうか』、其処までもがこのテストの一端である。
仮に教えることで魔力を引き出せる事が出来たとしよう。
その場合、予想以上に人類種に魔力を振り回すものが現れる危険性があるのだ。
確かに質、量共に人類種には今まで以上の魔法戦闘力を身に付けさせる必要はある。
しかし自由人の様な存在が大量に現れるのは、これまた困る。
つまり、何事も頃合いが重要であると云う事だ。
本当に命の危険が迫った時だけ魔道具が使える存在。その様な形が望ましい。
魔法を使った犯罪は、その場に魔力の痕跡を残す。
魔法士や魔術師は各自、その色合いとでもいう魔力を持っているため、魔力で犯罪を行った場合は、あっさりとお縄になる。
しかし、未登録、或いは未確認の魔法力保持者が溢れかえった場合、その捜査が困難になる事は火を見るよりも明らかである。
勿論、いずれはこれを商売にする者が必ず現れる事は間違い無い。
よって魔法教育を完全に留めることは出来ない。
しかし、国策で教育を推し進めるよりも増加は緩やかとなり、衛士による魔法者の登録は十分に対応可能な範囲に収まるであろう。
魔法戦闘力を広めるには二重三重の安全装置が必要なのだ。
落ち込むセリオに声が掛かった。
「なあ、せりお!」
先のスラッグ退治でも、息を吹きかける様にスラッグを火だるまにしていたハミングである。
「はっ! 何でしょうか、殿下!」
思わず鯱張ったセリオにハミングは明るく言い切った。
「あんしんしろ! いざという時は!」
“助けがあるのだ!”とセリオはホッとする。
やはり王宮は優しい方々ばかりだ、と彼が涙しそうになった時、ハミングの言葉は続けられた。
「りっぱな墓をたててやるからな!」
「……、うおぉぉおぉ~!! こうなったら、立派に死んだらぁ~!」
剣を構え直したセリオはスラッグに向かって突っ込んでいった。
タイトルは「ゴースト・スイーパー美神 極楽大作戦!!」(椎名高志 氏)からです。
最後のセリオの台詞が横島君に被ってしまったのでこのタイトルになりましたw
2014・10・2日改変
大失敗です。
このシーンに登場する実験対象としての「人類種」は、トリエではありません。
ポルカの白鹿亭で広田と商談に入ったセリオ・チャンドラーでした。
謹んでお詫びし、改訂します。




