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星を追う者たち  作者: 矢口
第八章 俳優交代
163/222

162:Need is kill 

渦潮(うずしお)ってのは、潮位(ちょうい)差の激しい海峡部で起きるモノじゃないのか!?」

「いや、そうは言ってもね。事実、起きてるものはどうしようもないでしょ!?」


 ネルトゥスのブリッジでは、山崎と桜田が“意見を交換”と言うより、単に怒鳴り合っている。


 ネルトゥスの後方五百~六百メートル前後の位置にその端を置く渦潮の直径は、軽く三キロを越えるであろうか。

 あの渦潮に追いつかれた場合は、如何に高性能艦ネルトゥスと云えども一溜まりもなく翻弄されるであろう。

 三胴船(トリマラン)であるネルトゥスはその巨体と機体構造から水上航行時に於ける左右への転倒復元力に優れ、相当な高波に於いても、そう簡単に転覆するものでは無い。

 しかし、そうは言っても甲板下に主船体と副船体サイドフロートを収納した一体形成船ではない以上、弱点は存在する。


 アウトリガーと呼ばれる外付けのサイドフロートである。


 このフロートはネルトゥスが正確には対水面効果機ウォーター・エフェクト・マシンであるため、その巨大な飛行用のエンジンを備える翼の最も端を支えるものだ。

 つまり、一体型の三胴船(トリマラン)に比べると、翼の部分はどうしても脆くなる。


 尤も通常の戦闘行動時にネルトゥスは水面から浮き上がって行動するため、その弱点は無きに等しい。

 素材自体も、地球の合金とはものが違うという点も大きいだろう。

 しかし対水面効果船であると云う事は、圧力を水面に押しつける事で自由な行動を得ているという意味である。


 では、その水面が消えたとしたなら?


 つまり、今、後方に迫る渦潮のように潮位が急激に下がれば、それに併せてネルトゥスも海面に引きずり込まれることになるのだ。

 この渦潮は問題の魔獣が作り出している事は間違い有るまい。

 ならば、下がりきった水面に近付いた時に潮位が急激に戻れば、当然ネルトゥスは今度こそは海中に没する事になるだろう。

 いや、それ以前に、飛行圧力を受け止める水面がすり鉢状である以上、まともに飛ぶ事すらままならない事は誰にでも分かる事だ。

 渦に巻き込まれた外装型フロート(アウトリガー)(はじ)け飛ぶ事も考えなくてはなるまい。


 その水中型蟻地獄の如き存在が、艦の後方から高速で近付いてくる。


 敵の本体は海中に在り、全く見えない。いや、ソナーすら位置を掴んでいない。

 挙げ句、ネルトゥスには『アンチ・サブマリン・ロケット』と呼ばれる対潜水艦兵器は直接には装備されていない。

 次回のドッグ入りを以て追加装備が予定されており、地球ではその準備が着々と進んではいるが、現時点での対潜攻撃はSH-80Kだけが頼りである。


 つまり、全く以て“お手上げ”としか言い様が無い状態だ。


 再び顎に手を当てて考え込んでいた桜田だが、ワイヤレスマイクのスイッチを入れる。

「コペルさん。いや、今はコッペリウス君かな。

 まあ、どっちでも良いんだけどね。

 あんたがあいつを倒すための最低限の条件は、奴の姿を海面に引きずり出す事なのよね?」


 桜田の問いにコッペリウスは、素直に『そうだ』と答える。

「で、全体のどれくらい見えれば良いのかな?」

『どれくらいって?』

 コッペリウスの姿の時、コペルの声や喋り方は何故か姿に合わせたかのようにやや子供っぽくなる。

 意識してイメージを重視していたのであろう。


 だが、続けた桜田の台詞を聞いたコッペリウスの声は、コペルのそれに戻って硬質化された。

「この船を囮にして奴を海面に引きずり出してやるから、“一撃で決めろ”って言ってんのよ!」

『馬鹿をいってはいけないな。君、魔獣を甘く考えてる』

 

 当然ながら山崎も慌てる。

「おい、桜田! コッペリ、いやコペルさんの言う通りだぞ。何考えてんだ!」


「何って? そりゃ、奴を倒す事ですよ」

「簡単に言うな! 逃げ切る事だって出来るかも知れんのだぞ。そうだろコペルさん?」

 山崎の台詞にコペルは『(yes)』を返してきた。


 ネルトゥスの最大戦速ならば、現時点の距離では辛うじての差ではあろうが逃げ切る事は可能であると返事が返る。

 しかし、それに対して桜田は断固として首を横に振ったのだ。 


「奴は我々をこの海域から追い払えば良いんです。

 そうすれば、後はフェリシア海軍を全て沈める事が可能です!」


 これには山崎も言葉を失う。

 確かにフェリシア海軍が全て沈められれば、その報復として小西達が敵艦の位置を示して来るであろう。

 だが、レーザ-誘導に従ってミサイルを叩き込んだ処で、あの鱗のような飛翔体がシナンガル海軍の全ての船舶を守り切り、結局は彼等を無事に帰還させる事は充分に有り得る。


 照準員である小西達は尚更唯では済むまい。


 何より、最終救出ポイントは過ぎた頃であろうが、フェリシア海軍が彼等を押さえられなかった、という事実を残すのは(まず)い。

 一戦交えてフェリシアとシナンガルの操船力、戦闘力の違いを見せつける必要も有る。

 この闘いは陸上を引き上げる捕虜のみならず、敵海軍にも『敗北感』を味わわせなくてはならないのだ。


 それが引き分けならまだしも、護衛のネルトゥスや小西隊の不在によりフェリシア海軍の全滅も有り得る事態になったのは拙すぎる。


 あの海中型魔獣は必ず倒すなり戦闘不能に持ち込むなりしなくてはならない。


「ですよね?」

 意志を感じさせる桜田の確認の言葉に最初に反応したのは、驚く事に山崎ではなくコペルであった。

『なるほど、前言撤回。

 桜田さんの仰る通り、どうあっても倒すべき相手のようだね。

 だが、今それを決めるのは僕ではない。君たちだ!』



 巧達の地球には『メガマウス』と呼ばれるサメがいる。

 肉食ではないが名前の示す通り、その巨大な口に特徴があり、海水ごとプランクトンを呑み込んではエラで濾過する事で食糧としているようである。

 “ようである”と言ったのは、メガマウス捕獲例や観測例が共に百にも満たず、生態が余り知られていないからだ。


 しかし、五~七メートルにもなる巨体の半分程の大きさにもなる口腔部は、人間でも一飲みであろうし、事実、本来の食糧ではない異物を揉み込んだ場合はそのまま消化するのではないかという説もある。


『軍師』が『ラハル』と呼ぶ海中生息型魔獣。

 その見た目は此の地球のメガマウスによく似ており、通常はヒレを使って魚のように回遊している。

 だが、今は海中に半ば起立したかのような体勢で凄まじい勢いで海水を吸い込むと、その海水を体内で圧縮して、本来のメガマウスよりもかなりの後方にある噴出口から()の水を吹き出す事によって爆発的な推進力を得ているのだ。


 一種のウォータージェットシステムと言えるが、吸い込む海水の量が多すぎるために前方の海水面を引き下げ、まるで風呂場の排水溝の様な吸水水流を作り出していた。

 その吸水活動が海面からは『渦潮(うずしお)』となって見える訳であり、また、その吸排水時に生まれる大量の泡(バッフルズ)がラハルの身体を纏う事で、ソナーを無効にしている。


 ラハルの全長はネルトゥスを遙かに凌ぐ全長五百メートルである。

 口腔部の直径は二百メートルを軽く超える以上、その渦に吸い込まれラハルの口元に捕らえられたなら、全長二百六十メートル前後のネルトゥスなど一溜まりもないであろう。


 またラハルは普通の生物ではない以上、その体躯は頑強である。

 そして何よりも質量が断然に違う。


 衝突時の衝撃だけで、ネルトゥスが容易く粉砕される事は確実だ。


 コペルはそれを知っている。

 山崎達にそれを知らせないのは、尋ねられなかったからと言うだけではない。

 余計な恐怖心を煽る必要もないだろう、との意識が働いた。

 唯、巧だけは敵の姿について根掘り葉掘りと訊いてきたことは確かだ。


 訊いた後、彼がその姿を乗員に知らせなかったのはコペルと同じ気持ちからであろう。

 巧は山崎以下の乗艦組に対しては、ただ一言、

『相手は非常に巨大。つまり質量差だけでも危険な敵だ。

 近付き過ぎるな。距離を取って闘え。必要なら逃げろ!』

 と言うに留めていた。


 だが、こうなった以上は正体をきちんと話すべきであろうか?

 とは言え、それこそルールに反するだろうか?

 コペルが悩む中、不意に山崎が彼に問い掛けて来る。

「少尉は奴をかなり巨大な敵だと言っていたが、具体的にどれくらいの大きさがあるのかな?」

 

 左側鐘楼に唯一人いるコッペリウスが、山崎のその問いを耳に“ほっ”と息をついた事に気付くものは当然ながら何処にもいなかった。

 


       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「う~ん、逃げ切られるか? まあ、それも良いかもね。

 でも、逆に彼がこのままこっちを見逃してくれるとも思えないのよねぇ」

 軍師は相変わらず、ブツブツと独り言を続けて居る。


 レースのカーテンで彩られた小さな部屋は陽の光を柔らかく取り入れ、明るくも暑さはしのげる作りである。

 また間取りを始めとして、窓やドアの装飾に至るまでスーラの年頃の少女が使うのに適した部屋であることも相まって、彼女の今の姿は上流階級の童女が室内で優雅に服を選ぶに迷うかのような風情ですらある。

 庭は広くはないが様々な果樹が植えられており、柵の向こう側の通路の外側に広がる森は人工的に手が入れられていた。

 研究所などと慎ましい名が付けられているが、実際は森を抜けてこそ本物の境界となる城壁が存在する巨大な城塞、それこそが『ルーイン研究所』である。


 また研究所は軍事施設とは言っても、基本的にルーイン家の私物である以上、その設計や間取りに誰から口の出しようもない。

 尤も、仮に此処が公的施設だとしても、シナンガルに於いては責任者の裁量に従って施設の建築様式が変わる事は珍しくもない。

 その為、南側に面した日当たりの良いこの一角はシェオジェのプライベートエリアとなっており、ルナール、スーラの二人はメイドの二人共々に屋敷を一軒与えられて過ごしていた。

 客人用のゲストハウスだと言うが、首都にあるワン家別宅ですら見劣りするほどの贅を凝らした創りにクレアとライザも場を持て余し気味である。

 

 今、ルナールはスーラが閉じこもり、『軍師』が表にいるのを良い事に、シェオジェの研究室に出向いている。

 日頃、スーラの意識が優勢な時は、彼がシェオジェと話をするのも一苦労なのだ。


 ルナールがこのチャンスを逃すはずもなかったが、それに対して何故だかライザが怒りも露わにルナールを罵る事おびただしいとしか言いようが無い。


 廊下から響いてくるライザのルナールに対する罵詈雑言を耳に捕らえ、軽い笑みを浮かべていた『軍師』であったが不意にその笑みを収めると眉を(ひそ)め小さく声を上げた。

「あ、……ッ!」


 アルテルフ11により中継されてきたラハルの意識は明確に危機を探知していた。


 どうする、速度は敵の方が断然に速い。ならば一旦、シナンガル船団の真下まで戻るか?

 いや、監視可能時間は残り二時間は有るのだ。

 勝負には充分な時間である。軍師はラハルを前進させた。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「頭がぶっ壊れてるとしか言いようが無い作戦だな、おい!」

 山崎のぼやきに、桜田は一応に官位の礼儀を保った返答をするが、刺々しさは消せていない。

「では、他の方法を下命して下さい。これでも一応、安全最優先です」

「これでかよ!」

「じゃあ、何で許可出したんですか?」

「いや、そりゃあ、フェリシア海軍の安全を守るのが優先というか……」


 山崎のその言葉に、桜田の纏う空気が変わった。

 山崎の肩をポンと叩く。

 軍隊にあっては無礼極まりない行為だが、どうにも彼女にはそれを許してしまう何かがある。

 いや、この旧分隊自体がその様な意識で結びついてしまっているのであろう。


 桜田の顔を見た山崎は、彼女が自分を信頼する目をしている事に気付いた。

 思わず尋ねる。

「結構、荒事になるぞ?」

「引き受けて下さった以上、信頼しています」

 はっきりと言葉にしてくる。


 部下の信頼ほど指揮官に力を与えてくれるものは無い、と知った山崎であった。

 そのままマイクを手に取る。

「本艦はこれより、海中の魔獣に対して積極攻勢に出る。

 現在、後方からの飛翔物による攻撃を受けているが、対空砲及び『直衛(なおえ)戦闘員』二名により被弾無し! 

 但し、百八十度回頭時に側面に大きく攻撃を受ける可能性は高い。

 右舷アウトリガーの砲撃要員は特に注意せよ。被害状況によっては退避を認める!」


「回頭九十秒前に時計合わせ!」

 艦長席の山崎の指示を受け、操舵員が時計合わせの下命を復唱する。

 その声と同時に桜田はCICへと下っていった。


「しかし、無茶苦茶な事を考えますね……」

 操舵員の呟きは誰に向けたものでもなかったのであろうが、山崎はその声に応える。

 自分の判断に確信が欲しかったのだ。


「だが、理屈じゃあ間違っちゃいない。そうだろ?」

「はい……」

 操舵員の声は震える。


「自信が無いなら席を換わるか? 手の震えた奴に六十四名の命は預けられんぞ」

 静かに問い質す山崎に操舵員は慌てたように詫びを入れた。

「いえ! すいません。必ずやり遂げます」

 山崎は自分自身では気付いていない。だが、今の彼の口調は柊巧の口調そのままであった。


 いつの間にか、その視線にまで凄みが増していることに彼自身が気付く日は遙か遠い。


 こうして操舵員に確認を入れたとは言え、彼自身もこれが“やや分が良い”と言った程度の博打である事に気付いてはいる。

 軍事行動は、何処かで必ず博打的な決断をしなくてはならない。

 必勝の方程式など存在しないのだ。


 だからこそ情報と練度、連携が重視される。

 このひと月、ネルトゥスの操作を操舵員である目の前の彼と共に学び、改善してきたつもりではある。

 操舵員の軍曹は国防陸軍大隊では最大排水量の三百トンクラスの中型上陸用舟艇の操作に慣れた兵士である。

 彼以上の適任者はない。


 何よりネルトゥス自体が素人でも操船可能な程に高度に自動化されており、艦橋において必要な人員は艦長を含めて僅か三名ですむ。

 よって練度は問題無い。情報も得られた。だが問題は連携である。

 この作戦は行き当たりばったりの感が強い。


 この様な状況を想定した訓練など行った軍隊など存在しないであろうことから、こればかりは仕方ないとは言え、その連携ミスこそが命取りにならないように、引き際を見極める事が重要だ。


 その時は、桜田がどう騒ごうが“必ず引く”と山崎は決めていた。



        ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 ラハルの数万枚の鱗は装甲であると共に、武装でもある。

 彼の体内で生み出された水素燃料を使って海中から発射され、海面に上がる鱗の一枚一枚には目が備えられている。

 鱗はラハルから生み出されるが、ラハルと共に生きる共生生物とも言えた。


 しかし、当然ながら知能はない。

 ラハルからの指示を受けたなら、獲物に襲い掛かって相手を潰すことでラハルの胃を満たす。

 そうして得られた有機体でラハルは再び新たな鱗を生み育てる。

 その様な関係性である。


 よって鱗達は、海面に飛びだした後は自身の身体を燃料とし、飛べるだけ飛ぶのだ。

 身を削って飛ぶ以上、距離が離れるほどに鱗自体の大きさや厚みは当然に削られていく。


 逆を言うならば、近付けば近付くほど鱗の装甲は厚く、飛翔する鱗から生まれる貫通力や破壊力は大きい。

 だが、更にラハルの懐に入り込みさえすれば、鱗が加速する前に捕らえて撃ち落とす事は難しくない、と云う事でもある。


 通信で話を聴いた山崎は、半ば呆れたようにコペルを問い質す。

「コペルさん。あんたこれだけの情報を隠してたのか?」

『隠してた、って言い方は酷い。巧さんにだって此処までは教えてません。

 訊かれなければ答えてはならない場合も有るんですよ』

「じゃあ、例外もある、と?」

『いえ、魔獣とこの世界に関わる事の方こそが例外的な秘匿事項であって、それ以外は気分次第で、此方から教える事は幾らでもありますよ』


 気分次第、とコペルは言ったが要はバランスの問題である。

 今でこそコペルは明確にフェリシア側に付いたが、初めて巧達に会った時、彼等の危機を直接救ったりはしなかった。


 敵の情報を与えただけである。


 それもルールに反しない限りに於いてだ。

 この様に防衛に参加するだけでも大きな変化と言えた。

 勿論、山崎はその様な変化を知らない為、コペルの行動に不満を持たざるを得ないのだ。


 つまり、“コペルは何故海中に飛び込まないのか”と云う事である。

 しかし『海』こそは、この星の生態系を維持するための常態保温機関である。

 この星の生命体の命綱に迂闊に手を出してはならない。


『管理機構は、命令有るまで海に手を出してはならない』

 これは『施設の最終存在意義を知られる事を防ぐ』に等しい、最高指令の一部であったのだ。


 山崎はコペルとの会話を一旦打ち切った。

 ネルトゥスの回頭完了と同時にSH-80Kが離床する。



 直後、艦の再加速は開始された。




サブタイトルは話題の映画の原作「All You Need Is Kill (桜坂洋 氏)」からの借用です。

昨日上げようと思っていたのですが、ダウンしてました。

ようやくでほっと一息です。

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