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星を追う者たち  作者: 矢口
第八章 俳優交代
161/222

160:開放への道(後編)

【また、間抜けがひとり落ちやがったぜ!】

【あいつは、今まで生きてたのが不思議な奴だ。それよりテメエ近付くんじゃねえよ。

 手前ェが落っこちる時の巻き添えは御免だぜ!】

【はん、そりゃこっちの台詞だ! マヌケが!】


 捕虜達が撤退路として選ぶと予測された山中には、自然光充電型の隠しマイクが千数百に渡って設置されている。


 今、オーファンのコックピットには、そのマイクに拾われたシナンガル撤退兵達の声が響いており、実に騒々しい。

 好んで耳元で聞きたい内容ではない為、巧はヘルメットを外しコックピット内スピーカーをONにしている。


 この通信を聞けるのは、巧の他は歩兵本隊の石吹や航空隊の長尾、そしてフェリシア兵六百を率いる大隊長ペンドルフの外は、数えるほどしかいない。

 また万が一を考えて岡崎と小西にも許可は出してあるが、此方には積極的に聞く命令は下してはいなかった。


 今は捕虜達の会話には不満こそ含まれるが、それ以上に帰国できる喜びが大きいのであろう。

 声の端々に気力が(こも)っており、体力にも自信が在る口振りの者が多い。

 だが時間が過ぎるにつれ、また作戦遂行タイミングが近付くにつれ、彼等の声は悲痛なものとなっていくであろう事は容易に想像が付く。

 

 海上からこの作戦に関わる桜田へは“彼女が担当する作戦”の決行直前までこの声を聞く事を許していない。

 彼女が“これらの声”を長く聞く事に耐えられるとは、とても思えないからだ。


 唯、巧は桜田が脳天気にも思い付いた作戦を気には入っている。

 提案して来た内容を聞いた時は、彼女らしい馬鹿馬鹿しさだと笑ったし、実際上手く行って欲しいものだ。


 この嫌な気分を吹き飛ばしてくれないか、と思うのはやや期待が過ぎるであろうが。


 結局ネルトゥスに於いても、このマイクの存在を知る者は桜田の外は山崎唯一人。

 今現在の時点に於いて、巧は兵士の心理的被害を最小限に抑える事に成功していた。


 だが、作戦遂行の責任者は無傷の兵士の分まで傷を負う事になる。

 それに耐える為には、(たと)え偽悪的になろうとも自分の行いを明確に『見る』事が必要だ。

 時間を掛けたカウンセリングで精神操作を受けて罪の意識を軽く、場合によっては消し去る事などは後から幾らでも出来る。

 今は明確に自分の行動を“善悪”ではなく“要・不要”で判断すべき時だと巧は思うのだ。


「我ながら、精神(あたま)がぶっ壊れてやがる……」

 そう言って自嘲気味に笑う彼の首を後からそっと抱える小さな腕がある。


 クリールだ。


 近頃、巧はクリールを正面から見る事が少ない。

 クリールが何故か真っ直ぐに顔を見られるのを嫌がっているのが在り在りと分かる上に、巧もその顔を見るとどう反応していいのか、自分でも決めきれないのだ。


 彼女の髪は今や『緑の黒髪』と言う言葉がふさわしいほどに、元の赤毛とは似ても似つかぬものへと変わってしまった。

 また其の瞳も、それに合わせた様に真っ黒だ。

 挙げ句、無垢な瞳がとりわけ大きい。つまりは『魔眼』である。

 そうなれば、もう“あの魔女”の少女時代にしか見えないのである。


 その為だろうか、ついついからかう様な口調が増えた。

 それに対してクリールは基本的に無反応だが、油断すると時に人が変わった様に怒って巧をぶつ。

 とは云え、彼女が巧の側を離れる気配は一向に見えなかった。


「そう云えばお前、いつまで俺の側に居るの?」

 狭いコクピットの中で”そうしてはいけない”と思っていたのだが、うっかりと“からかう”様に彼女に尋ねてしまい、一瞬巧は“しまった”と思う。


 だが、次の瞬間にはその感情以上に何故かおかしさが(まさ)る。


 仮にクリールが突如として消えたならば、それはそれで心配する自分が居る事にすぐさま気付いたからだ。

 いつもの様に照れて暴れるかと思ったクリールだが、以外にも大人しく、そして正面ディスプレイの端の暗い部分に反射して写る彼女の表情は寂しそうだ。

 その顔を愛しく感じて、自然と後に手を伸ばし髪を撫でてやると、彼女は一瞬は驚いた様にその身を震わせたが、その後は表情も柔らかく頭を素直に肩に預けて来た。




 その頃シエネの議員会館内におけるレストランルームでは、何故か顔を真っ赤にしつつも、にやけそうな表情を引き締め、手元のスプーンを小刻みに振るわせながら食事を取るヴェレーネがいた。


 無駄に何度も水を飲むその姿は、端から見てとても食事を取っている様には見えなかったという。 




 結局、撤退するシナンガル捕虜の最後尾が巧達の護る防衛線を通り過ぎたのは、六月十一日も夕刻となった。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 


 同六月十一日


 南部の街、ゴースでは警戒態勢が続くのみで、結局シナンガル軍が率いる例の大型高位魔獣を撃破する事は出来ていない。


「准尉、そろそろお休みになられては?」

 壁上で視察を続ける三田村に声を掛けたのは、数日前に地球の重力リハビリから戻ったばかりの“磯谷(まこと)伍長”である。


 彼方(ちきゅう)では二週間を過ごしたが、この地を留守にしたのは、その半分以下の三日のみに当たる。


 地球とカグラの移動のタイムラグに相変わらずヴェレーネは気を使っている。

 (たと)え顔を真っ赤にして食事を取っているにしても、兵士の休養、補充、配備の調整こそが彼女の最も重要な役割である事に変わりは無かった。


 現在、ゴース駐留軍は大きな変革を迫られている。

 ひとつは五月十日の攻防戦から丁度ひと月が過ぎているが、森に潜むシナンガル軍の行方が分からなくなり、完全な手詰まりとなった事。


 次いでは、ゴース駐留歩兵部隊の指揮官交代である。


 現時点でのゴース駐留軍歩兵部隊は空軍のレーダー部隊三十名を除けば、陸戦要員二百四十名の中隊規模である。

 南部戦線に於ける最西域防衛地区を受け持つ中尉が此処(ゴース)をも統括する形で、権限を小笠原先任曹長に預けていた。


 しかし数日前、その中尉が戦死した。

 新鋭の20Fを部下に譲り、旧型の20に搭乗していた事が命運を分けたと思われる。


 ()の闘いは二十九頭の大型魔獣に対して、二両のAS、同二両の対空レーザー砲、そしてAH六機、戦車小隊一、歩兵六十名によって行われた、言わば『会戦』であったが、結局仕留める事に成功した魔獣はドラゴン八頭中の四頭と陸上型魔獣七頭の計十一頭のみ。


 反面、問題の『ゴース方面西部機動中隊(正式名:混成南部第五中隊)』に措いては、指揮官である中尉の搭乗するAS一機を始めとして、AH-2S、一機をも喪失。

 更にはドラゴンに同調するかの様に現れた二十一頭の巨竜虎(ガーグル)は、頑丈さこそハティウルフには及ばないものの、ハティウルフを越える巨大さに似合わぬ猫科の動きのしなやかさと瞬発力で二六式戦車一両を破壊し、搭乗兵全員が戦死へと追いやられる事となった。


 最終的な人的被害は、パイロット二名、戦車兵三名、魔術師一名、随伴歩兵二名の計八名。

 その中で唯一の救いは独立歩兵部隊が柔軟な回避行動を見せた事であった。

 彼らは魔獣の撃破数こそ一頭に納めたものの、駆けつけた空軍のCAS(近接航空支援)もあって一人の死者も出さずに撤退戦を切り抜けている。


 南部戦線に於いては古館小隊以来の大敗北となったこの戦闘は『ゴーズイブネン(ゴース平原)の敗北』として名を残し、“連携の失敗”と“魔獣の物量的攻勢時の撤退の失敗”を課題として、その対策を迫られる。

 当然の事ながら馬力・装甲に劣る31Sの配備は見送られ、AS-20のF型への転換もペースアップが図られる事となった。


 問題の西部機動中隊も、当然ながら急ぎ補充が行われたのだが、その新任中隊長からの言葉が更に難題を引き起こす。

 つまり、『ゴース方面と配下の南西方面部隊の両面指揮は不可能である』

 と南部中央作戦本部へ明確な申告が行われたのだ。


 これだけの敗戦の後で大言壮語されるよりはずっとマシであるが、この一言により本来六十名も統括出来れば一杯である小笠原が二百四十名のゴース駐留歩兵を率いる事となってしまったのだ。

 いや、それに加えての一二〇ミリ迫撃砲二個小隊、戦車八両二個小隊、AH-2S一機、また補給部隊なども含めるなら、計三百八十二名を連携して運用しなくてはならない。


 機甲部隊及び機甲科補給整備の四十名は名目上独立してはいるが、防衛戦に於いてアルスからの指揮を受ける前に、歩兵との連携を取らなくてはならないのは当然であり、小笠原は柊少尉以上の極端な越権状態に措かれる事となったのだ。


 如何(いか)に実戦指揮に於いて優秀な小笠原と言えど、一人で三百八十名を日常的に統括する事は不可能である。

 軍に於いて、平時の部下の管理は戦闘時とはまた別の難しさがある。


 だからこその士官の存在なのだ。


 其処で急遽(きゅうきょ)、シエネから新型20F二機と共に三田村准尉がゴースへ送られる事となった。 


 しかしそれでも中隊規模と言えば、本来は大尉、いやせめて中尉でなくては率いる事は出来ない兵員数である。

 第一、ASパイロットのふたりなど三田村よりひとつ上の階級だ。

 現場の尉官クラスの不足は深刻であり、本国に増援を要請するのだが、それこそ本国に於いても『近海・海岸線警備活動』と云う名の“実戦”が始まっている以上、『余分な人員など何処にも存在しない』と言われれば、返す言葉もない。


 いよいよ、兵長以下までもが自然にカグラに送られて来る日も近いであろう。

 シエネ攻防戦で後方の伝令に出された堀口の様な例がある。

 どれ程危険な特例でも一度成功すれば、組織はそれを当然のものとして使い始めるものだ。


 異国どころでは無い……、

 異世界の荒野に十代の少年兵の(むくろ)が転がる日が次第に近付きつつあった。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 



〔コード『ガーブ』より、コード『セム』へ〕


『ああ、聞こえてるよ』


〔フェアリーⅡが、デナトファームの運用を開始して既に六百時間を経過しました〕


『そうだね。言いたい事は分かる』


〔処理は行わないのですか?〕


『うん。デナトファームを叩きつぶす為のバードの配置は、全て整った』


〔でしたら、すぐにでも実行すべきではないのでしょうか?〕


『ちょっと、状況が変わったんだ』


〔情報を共有しても宜しいでしょうか?〕


『暫く、待ってもらえないかな』


了解(カンプリヘンション)


 通信は切られた。



『ガーブ』が『セム』に問い掛けた質問の意味は“コントロールを奪われたデナトファームと呼ばれる高位魔獣の殲滅(せんめつ)を何故、すぐに行わないのか”と云う事である。

 本来は最初の魔獣がシエネに表れた三百十時間後、即ち十三日後には全ての対象の撃破が可能であった。


 だが、『セム』は未だに高位魔獣達を放置している。

 これにはふたつの理由があった。


 ひとつは『ガーブ』に責任があるが、『セム』はこれを言葉にしたくない。

 シャットダウン前に『ガーブ』が地中型魔獣及び、その他数種類の大型魔獣のコントロール権を『フェアリーⅡ』こと『ティアマト』に移譲(いじょう)した事である。


 これにより『セム』は彼女(フェアリーⅡ)(そう、人格を得た以上“彼女”と呼んで差し支えないだろう)が、これから行う計画を暫く判定しなくてはならなくなった。


 彼女が此方(こちら)に戻るかどうかについて、『セム』に強制権は無い。

 本来、相互に監視し合うのが、『セム』と『フェアリー』の関係性だからだ。

 だからこそ、『セム』に如何(いか)に力が有ろうとも、そう簡単には彼女を破壊出来ない。

 いや、プログラミング上、互いの力は拮抗状態に措かれるのが基本なのだ。


 そしてもうひとつは、『フェアリーⅠ』の存在で有る。

 彼女もまた、新たなステップに進んだ。

 マテリアル8の補助機構とリンケージし、その戦闘力を増大させている。

 こうなった以上は両者を激突させて、どちらかに人格を統一させる必要が在るのではないか、と『セム』の内部で葛藤が起き始めている。


 この世界を『本社』の予定通りに運営すべきか、或いは新たな形に作り替えるべきなのか、其れが最も重要な問題だが、人間達は『高度意志決定権』を取り戻しつつある。


 女王はどちらを選ぶのであろうか?

 彼女が人間である以上、選ばれる決定に『セム』は従う外はない。

『セム』は元々その様な存在で有り、決して『人間』の上位には立ってはならないのだ。


 だが、『S-E文明』は持続させなくてはならない、とも思う。


 いずれのフェアリーも其処に気付いていない。 

 女王はどうであろうか?


 事あるごとに自己確認を繰り返しつつ、『セム』は管理地区の防衛を最優先させる。

 しかし、それが従来の意味とは違う『文明の維持』そのものをも示す様になって、既に五百年を超えた。


 彼は自分で『目的の変更』を決める事は出来ない存在である。

 となれば、前回の変更も『セム』に指令(オーダー)を入れた何者かが存在した筈だ。

 だが『異変』の中で行われた最終指令(ラストオーダー)は、多分に時間が無かったのであろう。

 指令はやけに中途半端であり、その為に『セム』は旧来の“本社の指示に従うべきである”と考えた直後には、“新たなステージへの移動を検討する”という風に、まるで人間が悩むかの様な混乱を見せる。


 高度な決定を強制的に遂行させる場合、外部から彼の『職務』を放棄させる、或いは方向転換させると云う形でしか彼自身の決定を許さない。

 要は彼自身、本来の意味で自由な存在ではないのだ。


 今彼が最も求める事は、彼等に完全な指令を与えるオペレータの存在で有る。


 しかし、現時点では其の様な者は何処にも存在せず、彼自身で候補者である女王との調整を繰り返すしかない。


 最後に織り込まれた命令に因るものであろうが、『人が自ら気付いた上で求めるなら』という条件付きで、『セム』は人に“情報を与える”事が出来る。

 そして彼らが成長することで自分に指示を与えるだけの能力を養って貰った結果、文明存続の為に最も高い確率を持った行動を取る事が許されるのだろう。


 正確な情報と判断を元に『人間』が彼に命令する事は『規則』に準じた行為であり、彼の内部の情報遮断装置が働く事はない。


 あの厄介な『処理』の解除に係わる計算も終了した。

 後は人間が全て取り戻し、現状を解析した上で『高度意志決定能力』を取り戻すだけである。


 その時こそ、『セム』は本来の職務に戻り、フェアリーは自由を得る。

 また『ガーブ』も『アクス』も本来の業務とは大きくかけ離れるが、それなりに有意義な職務が与えられるであろう。


 この世界でも戦争は有っても良い。

 “7レベル”、いや“8レベル”までの文明に於いて科学技術の発展に戦争は避けて通れない。


 また逆説的ではあるが、人間という存在の『種の保存』に係わる基本的な構造として、『利益に基づかずに他者を尊重する』と云う高度な倫理の発達のためには、『弱者の逆襲の危険性を知り、無用な攻撃は無用な反撃を受ける可能性が高い』という事実と、『他者を支配下に置きたがる動物的な欲求』を(はかり)に掛けて、後者こそが『無意味な希求』である事に気付く為には、民族間戦争はどうしても避けては通れない道なのだ。


 高度な人間性への『開放の道』、それは血と泥に塗れてのみ手に入るのだろうか?


 前文明は、どの様に間違えたのであろうか?

 柊巧の世界は同じ道を辿るのであろうか?


『セム』はその可能性と、回避の手段について考える者に力を貸さなくてはならない。

 それこそが『この施設の隠された存在意義』だったのではないか。 


 この宇宙の人類は失敗したのかも知れない。

 しかし、まだ道はある。


 新しい時空との接続が次の実験を成功させる鍵となり得るのだ。

 ”失敗”、”成功”

 今までなら『セム』にとって其の様なものには何の“感情”も持つ事はなかった。


 だが、奇蹟は起きた。


 あの崩壊後の『セム』の“誕生”が施設に於ける最初の奇蹟なら、彼等がこの世界に飛び込んで来てくれた事は第二の奇蹟と言える。


 其処(そこ)まで考えて、『セム』はふと自分の仮想的思考をかなり高度な幅で動かし始める。


『“奇蹟”、ふむ“奇蹟”、ね。 “宗教用語”だろうか? それとも“人文用語”かな?

 出来れば後者であって欲しいな。

 いや、宗教がそれに当たるかどうかは兎も角としても、“より高次な存在”を自ら生み出し、自らを律するための畏怖(いふ)の対象とする精神は大切だ。

 それ以外に“人類”が“人間”となる方法は無いからね。

 だが、詐欺的な存在は何ひとついらない。


 なあ“ジーザス”、あんたは確かに上手く仕事を終えた部類には入るだろうさ。 

 だがね、後片付けぐらいは、きちんとしていって欲しかったもんだよなぁ……』




ここのところ間が空き気味ですが、ご勘弁下さいね。

出来るだけ早く元のペースに戻りたいものです。

いつも読んで下さる皆様、本当にありがとうございます。

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