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星を追う者たち  作者: 矢口
第八章 俳優交代
158/222

157:それぞれの理由 

 ジゼッペル・グリッドが指名手配となっていた理由は墜落した『鳥使い』即ち、偽の国防軍少尉の遺体を地下に隠匿(いんとく)していたホテルのオーナーが彼であったからだ。


 二週間ほど前の事である。

 遭難者と公表されている『国防軍少尉』の遺体を回収する事と事件関係者を捕縛する事を目的に、地球で言えば警官に当たる『衛士』の一団がプライカで彼が経営するホテルに突入した。

 勿論、捕縛対象がホテル内に居ることは確認したはずであったのだが……、


 しかし突入したホテルでは支配人代理が宿を任されており、その他の従業員達も全て揃っては居たものの、肝心のオーナー処か支配人の姿すら無かったのである。


 この時点で衛士隊は大失態を犯したことになる。

 ホテルオーナー、GGことジゼッペル・グリッド及び支配人エミリア・コンデはその日以来行方をくらませ、結局『鳥使いの遺体』の入手経路について知る者は誰一人いなくなった。


 ホテルの従業員が全くの無関係とは思えず、取り調べも行ったのだが決定的な証拠を掴める事は無く、遺体の回収を除いて全ては失敗に終わったのだ。


 成功、失敗はともかく警察活動の範囲として此処までは良い。


 だが、フェリシアの組織としては珍しく強権的側面が有る衛士隊は、この失態に焦った。

 そうして、その中で支配人代理が拷問によってかなりの傷を負う事となる。


 つまりエミリアがヴェレーネに国家体制への非難を行ったのは、全く(ゆえ)無き事とも言えなかったのだ。

 拷問を受けた支配人代理は完全に無関係であった事がエミリアに“良心の呵責(かしゃく)”をもたらせたことも、あの弾劾に繋がったのだろう。

 エミリア自身が無実とも言えないことがまた皮肉ではあるのだが。


 それはともかく、この拷問は内部告発によりすぐさま発覚し、当然ながら大問題となった。

 当時は未だ、シエナ、ゴース共に戦端は開かれて居らず、緊急を要するとも思えぬ事に非合法の活動を使ったことは特に問題視されたのだ。


 何より違法行為を引き起こした最大の理由が、『鳥使い』達が国土防衛の主役となりつつあることに対する嫉妬心から来たものであることは誰の目にも明らかであった事だ。

 この事件以来『衛士隊』に換わる別の警察組織を『並立』させる必要性まで議会で問われる様になってきた。


 そして、その話し合いの最中の五月十日、衛士隊の最も大きな後ろ盾議員であるブルダ家の長男、ダミアン・ブルダが副官殺害の罪で捕縛される。

 これが衛士隊にとっては止めとなった。


 この事件でブルダ家は鳴りを潜め、衛士隊の規模存続の後押しが全く出来なくなったのだ。

 とは言え、新たな警察組織はインスタントに出来上がるものでもない。

 慌てて組み上げて、衛士隊以上に道徳性に問題のある強権組織を生み出しては意味がない。


 確かに衛士隊は強権を振るいがちではある。

 では“完全に腐敗しているか”というと、そうとも言い切れない。

 内部告発があった事でもそれは分かる上に、その告発後には告発者の名が秘密裏に保たれている事も事実である。

 となれば、国家予算の消費や人的資源の配置を考えた時、無駄に行政の肥大化が進むよりは、彼等に組織として立ち直ってもらう方が、ずっと良いのだ。


 結局、衛士隊に対しては毎度の如く『綱紀粛正に努める』で幕引きとなりそうな気配であるが、王宮はまた別の考えを持つ様だ。 


 その混乱の中、五月十五日にGGことジゼッペル・グリッドはカレル・バルトシェクにより捕縛された。

 一時的に衛士隊にジゼッペルは引き渡されたものの、これはあくまで衛士隊の面子を重んじてのことである。

 カレルは抑留期間が過ぎて軍警へ権限が移動するまでの間、暗に取り調べを禁じて引き渡したのだ。

 軍警の権限が強まっている事がこの一事からも見て取れる流れだが、衛士隊にとっては自業自得としか言いようが無く、彼等の不満を受け取るものはいない。


 さて、そこから数日が過ぎた五月二十三日、GGに一人の面会人が現れる。

 聞き慣れぬ名に一旦は首を傾げるが、連れの二名の人物の名を聞いて彼は大混乱を起こす事となった。

 ジゼッペルに面会を求めた人物は、ポルカのエリオ・チャンドラーという若い商人であり、この様な小物の名などジゼッペルが知らぬとも仕方ない。


 だが、その連れの名ならば誰もが知る名である。

 王宮に関わる唯一の商人とも言われる男、『ボン・ヒロタ』

 そして“南西諸島の不死鳥”、“海の魔王”こと、『エレコーゼ・オベルン』


 名も知らぬ若手商人の付添(つきそい)人として彼ら二人の名を告げられたのであった。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  


 五月二十三日というのは、首都の牢の中でジゼッペルが跳び上がる程度の騒ぎに収まらず、国境を越えた北の独立国で大混乱が引き起こされる、という騒がしい日でもあった。


 スゥエン


 公称八十万を越えたスゥエンの城塞都市はその周辺百キロ範囲に於いての人口は既に一千万を超えた。 

 また独立宣言以来、急速に膨れあがった街々の整備により、建国バブルとでも言う程の活気に湧いていた。

 暫定国境とした西の山岳地帯、南部の段丘地帯までの総面積百六十万キロ平方の範囲全体での人口はその三倍には達するであろうか。

 正確な国勢調査も行われていない以上、未だ推定の域を出ないが三千万人を切るという事は無いであろう。


 その様な発展の最中(さなか)、最も西に区画整備中であった街、『シェーアン』に於いて四日前に地震が起きた、と云う報告が首都スゥエンに入ってきたのは十三時丁度のことである。

 地震という単語すら持たなかったシナンガル人は、大地が揺れるという事に今ひとつピンと来なかったのだが、その報告から一時間を待たずして直接見る事となったもうひとつの物体については痛いほど身に染みて知っていた。


『鳥』である。 


 十四時の鐘がなる数分前、何の予告もなく六羽の『鳥』がスゥエン城壁を包囲する。

 そして、同じく予告無く発射された二発の火箭(ミサイル)は、スゥエンの城壁の一角をあっけなく破壊したのであった。 


 国名と同じ名を持つ首都スゥエンは大パニックとなった。

 城門は基本的に昼間は開放されており、そこでは多くの人々が入城の為の監査を受ける列を作っていたが、監査員を押しのけ城壁内部に飛び込む者や破壊された城壁方向から一刻も早く離れようと焦る者、と現場は大混乱である。


 残る城壁の上で慌てて白旗を振り、同じく無事な城郭から白布を垂れ下げる為に兵士達が慌ただしく走り廻る。


 日頃から用意していたのか、その数は無数であり、一枚一枚が六畳敷き、十畳敷きほどの大きさがある白旗は、悲しいほどの無力さを目に見える形として表したものであった。


 彼等は『鳥使い達』との話し合いを求めて必死である。

 だが次の瞬間、振られる白旗すら動きを止める光景が兵士達の目に写った。


 鳥の正面に仁王立ちとなって宙に浮かぶ存在。


 『戦 魔 王ザーストロン・ルシフェル、マーシア・グラディウス』であった。


 彼女が肩の高さに軽く(かか)げたその掌には、既に青白い光が渦巻いている。

 丘の消失を思い出すと、兵士達は既に破壊された城壁に今や卵の殻ほどの信頼も感じられなくなってしまった。

 遂には床に頭を擦りつけつつ、“苦しまずに死ねます様に”と祈る者まで出る始末である。

 宗教のないこの世界で、(すが)るのは祖先の魂に向けてでしか無く、既に亡い先祖の名を声にするすすり泣きすら響き始めた。


 この日、スゥエンが地上から消えるであろうことを疑う者など、壁上には誰一人としていなかったのだ。




「チェルノフの無能()が……」

 執務室のバルコニーから上空に視線を向け、忌々しげに毒づくのはアンドレア・ハーケンである。


 この事態は、チェルノフが敵に捕まり身元が明かされたことを示しているのだ。

 ハーケンはチェルノフの出陣を許可するに当たって、方面司令官となるのはやむを得ないにしても、捕まらぬ限りは常に『影』の存在として、スゥエンと北方侵攻の関わりの証拠を掴ませないよう厳命していた。


 何より「チェルノフはスゥエンから離脱した」、とマーシア・グラディウス及び、サミュエル・ルースへは報告済みであり、今起きている事実はチェルノフが何もかもを明らかにしたことを指しているのだ。


 また捕まるにしても、偽名ぐらい使って時間を稼ぐ程度の知恵は働くであろうと考えて居たのだが、いくら何でも『負けるのが早すぎる』

 最低でも数ヶ月は北部を荒らし回る事が出来るはずでは無かったのか?


 その間にマーシア・グラディウスとの再交渉を考えて居た矢先であったのだ。

 “まさか上陸後十日も持たぬとは”、とハーケンはあきれかえっていた。


 とは云え、流石のハーケンも国防軍の規模も陸戦能力も全く分かっていなかったのである。


「こうなった以上は仕方ないな。案外、これが俺に一番向いた手かも知れん」

 何事かの覚悟を決めたハーケンは城壁へと向かうため一旦室内に戻った。


 ハーケンに分かっていること。


 それはマーシア・グラディウスが一撃でこの街を破壊しない以上、話し合う余地は未だ在る、と云う事だ。

 唯、前回のシルガラと違い既に死者が出ているのは(まず)い。

 此処から見える城郭近辺だけでも、兵士の死体を見るには事欠かない状況だ。


 一刻の猶予もない、と言えた。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 



 八岐大蛇(ヒュドラ)に上空から突入して以来、マリアンの意識はマーシアの中に戻らない。

 勿論、彼は消えてしまった訳ではない。


 しかし其の眠りは実に深く、意識も力もマーシアの心の彼方へと(しず)んだままである。

 マーシアが今、宙を自由に飛び回ることが出来るのは先に重力子の操作方法を彼から学んだお陰であり、こちらはリンジーにも扱えるものであった以上、マリアンの補助は一切必要は無い。


 しかし、『粒子砲』だけは見よう見まねで使える小規模なものまでならば試す価値もあるだろうが、本式のものを構築する力はマーシアには絶対に有るまい。

 マリアン無しでは対抗力場の反応力にも限界があるのだ。


 彼女は今回の交渉に於いて“最初の一撃”が全てを決める、と考えた。

 その為、中央作戦司令部から派遣部隊の指揮権を得た時点で、周りの者全てを騙すことに決めたのだ。

 当然、ミサイルの発射もスゥエン到着の直前まで中隊の誰にも伝えることは無く、事は行われたのである。


 悪いことが重なった、としか言いようが無かったのだろうか。


 ヴェレーネは眠りから醒めたばかりでマーシアの中に居る筈のマリアンの変容に気付かなかった。

 また、マーシアも其れを隠した。


 巧は、マリアンがマーシアと共に有ることを『当然』の前提として作戦を立てた。

 彼はマーシアの『殺し』を出来得る限りに避けさせる事を、相も変わらず行動の主眼に置いていたのだ。


 だが、マーシアは巧のその優しさを感じるごとに辛い。


 彼女は『過去に自分は何も守れなかった』との想いから逃れきっていない。

 また、“守られるだけの、逃げるだけの存在”に戻る事には我慢ならないのだ。


『戦士』

 それこそがマーシア・グラディウスの本質であったのだ。


 AH-2Sを駆る第十三連隊所属航空隊の面々は、彼女がこれ程に果断な命を下すとは思いも寄らず、中央作戦本部へ判断を求める連絡を取ろうとしたのだが、後席の動きを捕らえたマーシアは全てのAHパイロットの無線に怒りの声をぶつける。


「貴様等。理由を付けて“殺し”を避けたいのなら、全員引き上げろ。

 必要だからやるのだ。それがこの世界の(いくさ)だ……。

 貴様等の世界ではどうか知らぬが、この程度の事は女手ひとつで事足りるぞ」

 大声ではない、だが明確な怒りを含んだ其の声に無線は一瞬静まりかえる。


 彼等はそこでようやく作戦が全てマーシアに一任されていた事を思い出した。

 命令系統は既に完成しているのだ。

 何より彼等は先のシエネ攻防戦に於いて、魔術師を含む同じ航空隊の仲間六名を失っている。

 そして最終的にその(かたき)である八岐大蛇(ヒュドラ)を討ち取ってくれたのがマーシアで在ることから、誰もが先を争ってこの派遣に志願したことをも振り返ると、遂には腹を(くく)った。


「命令に従います」

「同じく!」

「出立前に、拝命は終えております」


 殺気、と云うものは空を飛ぶ機械からでも地上に届くものなのであろうか。

 ミサイルの直撃を受けた直後から、地上のシナンガル人の誰もが、『鳥』の禍々しさに前回以上の凄みを感じ取る。


 ようやく城壁に辿り着いたハーケンは、自分の威厳が消し飛びそうな程の恐怖が城壁に蔓延していることを認めざるを得なかった。




 ハーケンは結局の処、マーシアとの話し合いに於いて殆ど『得る事』は出来なかった。

 スゥエンへの侵攻があるならば、シナンガル政府から反逆を疑われた時である可能性が断然に高く、その際、『鳥使い』が援軍に駆けつけるならば良し。

 駄目ならドラークの首でも差し出して政府に弁明を請えば良い、程度に考えていた。


 しかし、あれ程礼儀正しく気長な気配を見せていた『鳥使い達』が、問答無用で攻撃を仕掛けてきたのだ。

 こうなった以上、どうすることも出来ない。


 但し、流石に名を知れた男だけの事は有り、彼はひとつだけ取引を成功させた。

 そしてマーシアは後々、『何故これを呑んだのか、』と後悔し続ける事になる。

 彼女は焦り過ぎたのだ。


 また、巧もヴェレーネの昏倒を聞いた事から来る思考の分散やクリールへの対応に追われ、ハーケンが追い詰められた時の可能性の問題に目を向けられなかった。

 全く持って大きなミスと言えるであろう。


 直前に起きていたと云うシェーアンにおける地震の情報が巧やマーシア、或いはヴェレーネの耳に入っていたなら、結果は変わったであっただろうか?


 いや、全ては結果論である。

 


 何よりハーケンとしては、マーシアに打撃を与えることを狙っていた訳ではない。

 唯々、その場しのぎであったに過ぎなかった。

 しかし、これにより後々の混乱に至る幕は開かれたのであった。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 



「い、今、何と仰いましたかな?」

「若く見えるが、貴様は耳が悪いのか?」

 フーデック・ポアンスクの媚びる様な猫なで声を切って捨てる巧の声は冷たい。


「無茶を仰いますな……」

「なら、全員此処で死ねよ!

 先の文書に降伏状態の破棄項目は“解除到達地”に関わる一件しか書いていない。

 別段、戦闘は今すぐ再開しても良いんだぜ」

 巧が右手を挙げると、地響きを立てつつ後方のAS31-S岡崎機が一歩前に踏み出す。

 同時に廻りの兵士達も全員が四八式アサルトライフルの銃口をポアンスクらに向けた。


「わ、我々は武装しておらんのですぞ!」

「だから?」

「!……」


 全くもって取り付く島もない返事を返す巧に、国防軍の兵士達は笑いを(こら)えるのが苦しい。

 彼等の銃の弾倉(マガジン)に込められているのは、最初の弾倉のみではあるが『ゴム弾』であり、全弾撃ち尽くすのに一瞬の躊躇(とまど)いも必要ない。


 尤もゴム弾と言っても“死なない”と云うだけで、その痛みは並みのものでは無い。

 実弾とゴム弾、両方を喰らった経験のある兵士が例外なく口にするのは、

『怪我さえなければ、実弾の方がマシ』という台詞(セリフ)だ。


 ゴム弾の痛みはそれほどに“想像を絶するもの”なのだと言う。

 数名の兵士など、喰らった人間の反応が見たくもあり、『是非暴れてほしいものだ!』(など)と、ややサディスティックな期待まで持っている。


 その撃ちたくてウズウズしている国防軍兵士の気配を感じ取ったのか、シナンガル兵の誰もが黙り込んだ。


 本来の戦時国際法に従えば、一度捕虜としたものと再度戦闘など出来るはずもない。

 巧の言葉は地球でなら軽度の『戦争犯罪』そのものである。

 しかし、此処はカグラであり、地球の国際法は適応されない。

 この世界の戦時国際法は今、まさに作り上げられている最中なのだ。


 その“戦争犯罪人(リパー)”、柊巧少尉がシナンガル兵に要求した内容。

 それは帰還ルートと出立期日の指定である。


 出立は五日後の六月五日午前九時から開始される。

 百人を一単位としての行動であり、此処までは良い。

 問題は帰還ルートである。

 フェリシア軍は、『帰還活動』をこの世界では民間防衛組織である自由人(バロネット)に委託した。

 自由人(バロネット)とは早い話が国防軍の事である。


 そして、その国防軍が指定したルートとは、驚く事に到達不能山脈の北側、即ち海沿いを走る細いルートであったのだ。

 いや、ルートなどというのもおこがましい。

 シナンガル軍は此処まで船で到達したのである。道など在ろう筈もない。

 早い話が、彼等に存在しない道を進んで故郷まで帰れと言っているのだ。


 一人が帰り着けるかどうかすら誰に保証出来よう筈も無く、ポアンスクが抗議の声を上げるのも無理からぬ事であったのだ。


 


サブタイトルは、グレッグ・イーガンの「幸せの理由」から頂きました。

今回このタイトルを選んだのには、凄まじく個人的な理由があります。


今回リハビリの副作用が強く出てしまいました。 メニューを少し増やしても大丈夫だろうと思ったのです。

そうしなくてはならない時期だったので後悔はしていませんが副作用からは思いの外ダメージを受けました。

この一週間で服用した薬は○○種類○○○錠を超え、新記録更新です。

薬で内臓がやられると今度は力が入りませんね。 1日18時間寝るのは当たり前の生活です。

ともかく『書ける』って幸せです。

そう云う訳で「幸せの理由」って事なのですw

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