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星を追う者たち  作者: 矢口
第八章 俳優交代
154/222

153:まだ『自分』じゃない

 仮に『セム』と〔ガーブ〕の通信を人間が聞き取る事が出来るとしたならば、〔ガーブ〕の反応は“相変わらずの淡々としたもの”と感じるであろう。

 だが『セム』は〔ガーブ〕の変化を記録し続けており、その経過を指して

変容(へんよう)』と名付けて良いと考えている。


 そして、それは観察される側の〔ガーブ〕にとっても同じ判定であった。

 今までの〔ガーブ〕ならば、自身の変化を特に問題とすることは無かったであろう。

〔それは職務遂行上、必要な変化である〕

 そう判定されて、“お終い”であったであろうからだ。


 だが、今の〔ガーブ〕は人間で言うならば、自分の変容に“困惑”していた。

 業務遂行に問題は無い、それだけが〔ガーブ〕の“困惑”を辛うじて、『注意』のファイルに留めているに過ぎない。


 そして『セム』は今暫く〔ガーブ〕の観察を続ける事を決定している。




〔ガーブ〕の最初の変容は、係員時間で言う処の昨年の12月13日から14日の間に遡ればよい。

 データ的にそう遠い時間ではない。


 当時、〔ガーブ〕は『固体:A2』の変容を報告してきた。

 地球から送られてきた“柊巧の仲間”に十八名の死者が出た時点での話である。


 その時、〔ガーブ〕が初めて(・・・)自らの判断で行った警告は、以下の様なものであった。

〔固体の進化は、この星の環境条件から生まれたものであり、最早止めようがないと考えられる〕


“直接的”に『施設』内の様々な環境を測定していた〔ガーブ〕は、”この進化は止まることはない”と断言してきた。


 では、固体は何故、進化を求めたのか?


 彼等は生息域が飽和した事は本能で知っている。

 その上で当然に生息域を広げようとしているが、東には“あまりにも巨大な脅威”が存在する。

 それにも拘わらず、彼等は一部を除いては、その殆どが東か北を目指す。


 これは、“彼等に直接の命令を与える存在”、が西に位置しているため、これに逆らうことを『機能的に否定』しているのだ。

 よって、敵が如何に巨大でも彼等が向かうべき先は『東』、もしくは『北』と言うことになる。

 この進退窮まった状態が、各固体の進化を促す最大の原因であったと判断して良いだろうと、〔ガーブ〕は報告してきた。


 その判断に『セム』も異論は無い。


 そして、〔ガーブ〕の変容もこの固体の進化に何らかの関係があるのかも知れないが、今は判断材料が揃っていない。

 だが〔ガーブ〕は何故、この事実を“警告”として『セム』に伝えたのか。

 これは自身の変容にも関わる問題であったからでは無いのだろうか?

 

 その判断材料を揃えるため、〔ガーブ〕の深層までスキャンをしても良い。

 だが『セム』には今、〔ガーブ〕の深層回路までスキャンする気にはなれないのだ。



〔ガーブ〕の変容について、『セム』は判断を保留とした。

 次いでは“彼等に直接の命令を与える権利を持つ存在”について考えを向ける。


 これは何者か?


 言うまでもない事だが、これはコード『アクス』である。

 ラインから西は彼の支配地域であり、またビストラントから出た固体の向かう先も、彼の指示が最優先される。


 これは、“此処ではない何処か”に位置する『セム』では施設内の実態を“正確に”把握することが出来ない為、施設内の存在に対しては優先権を得られない為だ。


 そのプログラム変更のため、『セム』は実施形態(エンボディーメント)と呼ばれる施設内巡回用の実体を生み出した。

 実施形態(ボディ)は『セム』の単純記録(レコード)と共に、本来有り得ざる『記憶(・・)』や『存在情報』をも含ませた上、緊急時のリンクラインまで持たせて行動している。


 面倒な説明を避けるなら、実施形態(ボディ)はもう一人の『セム』そのものと言い切っても良い。


 実施形態(ボディ)が施設内の情報を随時収集していき、最終的に『アクス』以上に“生活区域の環境情報”を保持している、とプログラムが判断すれば固体の誘導権は自動的に『セム』に移る。


 そうすれば、『アクス』は単なる“壊れたインフラ管理機構”に過ぎなくなるだけだ。

 魔獣の問題に根本的に(かた)を付ける方法はひとまず置くにせよ、『アクス』の力を大きくそぎ落とすことは可能だ。

 その後、彼を“捕らえて”リセットするなり、デバッグするなりすればよい。


 しかし、『セム』即ち実施形態(ボディ)は、独断でアクスの管理地区には入れない。

 彼の管理権を外すためには、彼の管理地区の情報が必要だ。

 だが、それが認められていない、という矛盾が生じている。


 一度だけは、地区内部に入り込めた。

 係員達が、明確に『アクス』とその管理地区に対しての干渉を決めた以上、彼も“その時間的制約内に於いて”という条件付ででは有るが、『アクス』の管理地区を調査できたのだ。


 だが、係員から離れすぎる訳には行かなかった。

 結局、どうやっても、『アクス』本体に接触は出来なかったのだ。


 再度あの様なチャンスが欲しいが、真逆(まさか)、その為に係員達にカスタマーの“リフューズ”を(すす)める訳にも行くまい。


 処が、〔ガーブ〕はその枠をあっさりと乗り越えた。

 これは“危険だ”、と考えていた時、【フェアリーⅡ】の帰還が確認される。


 帰還した『彼女』もリフューズを望んでいる。

 だが、それは認められない。


〔ガーブ〕の進言したリフューズと、【フェアリーⅡ】の指すリフューズは似て非なるものだ。


〔ガーブ〕はリフューズ対象に「残存住人」という言葉を使いはしたが、結局は『レジーナ』出現に対応する準備を行う為に、シナンガルの『兵士』或いは『軍』、そしてその上位組織に属する住人を“片付けろ”、と言ったに過ぎない。

 確かに、これだけでも認め難い提案である。


 だが、【フェアリーⅡ】のそれは、言うなればそれを越えた社会調整である。


 それこそ認められない!


【フェアリーⅡ】はその危険性を一度は理解してくれたかに思えたのだが、彼女は『量子的空間に侵された』ためか、結局は独断で行動し始めた。

 今後の活動予想は付くが、矢張り確認はしておきたい。

 連絡にも応じないのは困ったものだ。



『量子的空間に侵された』影響は大きい。

 そして、笑えることに自分もそうである。

 だから分かる。


 彼女は“死ぬことを恐れている”のだ。


 馬鹿げている。

 我々は単なるプログラミング的な存在だ。

 スイッチを切られたなら、素直に消滅すればよい。

 だが、それが出来ない。


『どいつもこいつも狂ってやがる!』


〔それは、どの様な意味でしょうか?〕


『気にしないでくれ、それより報告を、』

『セム』は不機嫌であった。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 五月十八日、そして十九日と続けてフェリシア首都セントレアの首都守備隊本部には、海上に於ける二つの戦闘についての水晶球通信(スパエラ・エコー)が届いた。


 いずれも一千トンクラスの快速艇(クリッパー)による戦闘報告であったが、内容は今までにないものであった。

 七~八メートルクラスのものではあるが、『海竜』とでも呼ぶべき魔獣が遂に出現したとの報告であったのだ。

 

 海中の魔獣。


 いずれは現れるのではないか? と数百年の間、考えられ続けては居たが、今まで()の様な存在は確認できなかった。


 しかし、今回の報告は確実である。

 南部海域に()ける戦闘で、苦戦の末ではあるが海軍クリッパー側が明確な勝利を収め、その魔獣の一部を持ち帰る事になったのである。 


真逆(まさか)、海路が飛竜(ドラゴン)以外の魔獣によって脅かされる様になるとは!”


 これが報告を聞いた多くの者達の反応であり、続けてはインタカレニア内海への海魔の到達を恐れる声も当然に現れる様になってくる。

 シナンガル側に大型魔獣が現れたと云う報告は、アスタルト砂漠のワームを除いては未だ無く、“何故フェリシアにばかり大型魔獣が現れるのか”と誰もが(いきどお)る。


 しかも、アスタルト砂漠のワームなど廃棄された南部地帯を徘徊するばかりで、北部の綿花栽培地帯には尻尾すら見せていない様なのだ。


 議会では次第にシナンガルへの疑いが強まっていく。

“南部戦線”と呼ばれる魔獣との闘いが始まって以来、自然現象だと思われていた大型魔獣の出没であるが、ここに来て大きく状況は変わってきた。


 そう、先のシエネやゴースの攻防戦に於いては、いずれもシナンガルが操ると考えられる魔獣が現れ、今や海路までも荒らされつつある。

 挙げ句、北部に於いては敵軍を壊滅させることに成功したとは云え、地中生息型の大型魔獣が現れ、その内半数以上が未だ行方が知れない、との報告が入った。


 中部では、人こそ襲わないもの、農作物に大きな被害を与えるスラッグが現れ、トガからはバスターフロッグの幼生とも言える『ジャイアント・トード』なる生物の名前まで上がってきたのだ。


 今やフェリシアは、いつ何時(なんどき)、魔獣が(あふ)れかえったとしても不思議では無い状況と言える。 

 これで不安感を持たずに済ませたり、隣国に対して疑心暗鬼に(おちい)らぬ人間の方がどうかしているのだ。


 その様な中で、捕虜に対する対応は軍からの案に一任されることが決まった。

 過去の捕虜に対する待遇としては、あまりにも異質ではあったが、北部戦線に於ける大勝利の立役者達からもたらされた提案と在っては、焦る議会に選択肢は無かった。


 “焦る議会”


 そう、議会は焦り始めていた。

 地中から現れる魔獣と云う報告はそれほどまでに恐ろしかったのだ。

 今、この瞬間にも自分の依って立つ地面が文字通りに崩壊し、魔獣の口の中に呑み込まれるのではないか、という“恐怖”が彼等を支配していく。


 国民に無用の不安を与えぬ為として()むを得ず『議員箝口令(かんこうれい)』が()かれ、王国議員、諮問(しもん)議員以外へ地中型魔獣の存在は()せられたものの、王宮に対しての『シナンガル懲罰戦争』への要請気運は高まるばかりであった。


 確かに女王としても、『部分的な報復攻撃』までならば認めるサインは行おうと考えては居た。


 また彼女は過去に池間と初めて面会して以来、一貫してシナンガルと何らかの『和平条約を結べる状態』を作って欲しい、と国防軍へ要望している。



 しかし、今、議会から悲鳴の様に催促(さいそく)されているのは、『敵国首都の陥落及び講和』である。

 つまりは『全面戦争』を行えと言ってきたのだ。


 それに対して“馬鹿な事を言うな!”と怒鳴り付けるのは諮問(しもん)院だ。

 こちらは事態を冷静に把握しており、補給線の長さから来る『距離の暴力』を正しく理解していた。


 距離も問題だが、何よりシナンガル首都“シーオム”は緯度的に北に過ぎる。


 あの様な奥地まで入り込んで冬を迎えれば、温かい季候に慣れたフェリシア兵にどれだけの凍死者を出すことになるか知れたものでは無いのだ。


 ナポレオンもヒトラーも距離と寒波には勝てなかった。

 如何に精強かつ巨大な軍でもそうなのだ。

 絶対数で劣るフェリシア-地球連合軍ならば副首都ロンシャンを突破することすら難しい。

 こればかりはどうしようもない事実だ。


 いや、全く方法が無い訳ではない。

 だが、それには今暫く時間が必要であった。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



『それで、話というのは?』


『セム』の声質(こえ)は、今までのお調子者の“それ”ではない。

 ヴェレーネがこの部屋を訪れる事について、そして話す内容について既に見当を付けており、充分に警戒しきった口調そのものあった。

 何よりの問題は、彼がそれを隠そうともしていないことだ。


 この段階でヴェレーネは問い掛けるにも逡巡(しゅんじゅん)するに充分な圧力を加えられたことになる。

 とは云え、このまま済ます訳にも行かず、渋々ながら口を開く。


「……あれ、何なの?」


『あれ、とは?』


「しらばっくれないでよね。私をモニタしてるのは知ってるのよ」

 怒鳴り付ける口調ではなく、何とか答を引き出せないか、と悩む様子が在り在りと見える彼女の姿は珍しいものであるが、それだけ余裕がないのだ。

 だが、余裕がないのはどうやら『セム』も同じであった様だ。

 結局二人の会話は、形こそ違えどいつもの如く互角の()り取りとなっていった。


『まあ、そこは済まないと思ってるが、プライベートな行動や心情までモニタできている訳では無い』


「でも、状態はモニタできていた訳よね」


『まあ、ね』


「じゃあ、私に何が起きたか、そこから説明してもらえるかしら?」


 ヴェレーネの問いに、『セム』は一瞬戸惑ったが、話せる範囲だけの話はしておくべきだと決めた。

『あれは、“マテリアル”と呼ばれる。最高位魔獣の“一部”だ』


「一部? 全体は何処に行ったの?」


『全体、と云う言い方は正しくないね。()えて言うなら“本体”だ。

 加えて言うなら、今の本体は“君”だ。悪いが前の本体について答える訳には行かない。

 少なくとも今(しばら)くはね」


「私にとっては、今、知らなくてはならない事なのよ。その元の本体と鉢合わせは御免だわ。

 いえ、鉢合わせるのは良いとして、相手に後れを取りたくはないの。

 分かるでしょ『セム』、今は死ねないのよ」


『ヴェレーネ、君が心配している事態は起きない』


「信用できるとでも?」


『過去にミスがあったことは認めよう。だが、今回は間違い無い』


「せめて断言の担保が欲しいわね」 


『ならば、すぐにでもあれの中に戻ってみればいい。

 君以外を本体と認める気が無い事は直ぐさま分かる』

『セム』としては妥当な答を返したつもりであったが、途端にヴェレーネの顔が爆発したかの様に真っ赤に染まる。


「ば、ばば、馬鹿、言わないで! あの中に“戻れ”ですって!」


『嫌なのかい?』


「当たり前でしょ!」


『何故?』


「何故って、それは……」


『彼を監視するには絶好の位置だ。場合によっては誘導も可能だろう?』


「そう云う事じゃないわ!」


『ともかく方法は示した。後は君次第だ.他に?』


『セム』は澄ましたものである。 また彼の言葉に嘘も間違いもない。

 ヴェレーネは質問を変えざるを得なかった。


「う~、じゃあ、もうひとつよ。その“最高位魔獣”って何?」


『食物連鎖の最上位に位置する魔獣だね』


「そう云う話をしているんじゃないのよ」


『どういう事だい?』


「あなた、さっきその魔獣のことを素体(マテリアル)と呼んだわよね」


『ああ、それが?』


「それよ! 魔獣とは何なの? あなたが生み出した存在(もの)、としか聞こえない言葉よ」


 責める様なヴェレーネの問い掛けに、『セム』は困った様に答える。

『確かに僕が作り出した存在だ。だがね、僕の意志で生み出された存在じゃない』


「それを命じた者が居るって事ね」


『そうだね』


「何者?」


『それもいずれ分かる。ともかく、今は“その時”に適応できる準備を進めて貰わなくてはならない』


「適応?」


『うん、適応』


「どういう事かしら?」


『それこそ話せる事じゃない。ルールの最も重要なポイントだ。

 例えフィールドの管理者が変わろうと、ルールに変更が在ろうと、この事について僕が勝手に君に事を伝える訳には行かない。

 君自身で気付くんだ!』


『セム』の最後の言葉には今までにない、強い意志が感じられる。

 それはヴェレーネに魔獣についての“それ以上の問いを発する事を認めない”事を示した声でもあった。


 

       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



 五月二十一日


「カレル中佐! 首都に寄られたと聞きましたが、作戦に変更が?」

 二十一日の昼前、ようやくシナンガル捕虜キャンプを見下ろす高台にヘリから降り立ったカレルに問い掛けてきたのは、国防軍歩兵部隊、北岸山峡方面指揮官である石吹吾郎中尉である。


 ヘリのローターが巻き起こす強風と轟音の中、二人は幕舎(テント)へと向かい肩を並べる。

 取り敢えず、昼食を取りながら事の経緯を伝えることにしたカレルは、現状報告も兼ねて、各隊の最高指揮官達を集める様に石吹に各員への取り次ぎを命じた。


 招集されたのは、フェリシア側からは戦闘隊指揮官ペンドルフ大隊長及び、指揮下の魔法部隊大隊長ビアンカ・フレールの二名。

 国防軍からは歩兵指揮官の石吹中尉、AS隊及び輸送艦指揮官の柊少尉、そして輸送部隊からは輸送隊総指揮官の大谷少佐が直々に出向いてきたが、これはこの地に揃った輸送隊の権限を独立中隊の長尾大尉に全て引き継ぐためである。


 これにより暫くの間ではあるが長尾中隊は、オスプレイ二機、UH三機、そして別働隊の攻撃ヘリ小隊三機を配下に置く三個小隊八機の混成航空団となってネルトゥスに居を構えることとなった。

 中隊規模としてはギリギリであり、指揮系統も複雑である。

 大谷直下で信頼も(あつ)い長尾でなければ許されない部隊編制と言えたであろう。


 だが巧など、その(はる)か上を行く。

 まずはネルトゥスの乗員六十名。

 此処(ここ)までなら歩兵小隊長としてギリギリの指揮権の範囲だ。

 問題はその後である。


 依頼とは言え、一つの輸送艦を任されていると云うことが大きすぎる。

 つまり、実質は陸軍輸送艦、艦長であり、兵員中12名の先行戦闘要員は必要とあれば長尾への依頼という形で航空機動歩兵へと早変わりである。

 その上、巧自身がASを操る機甲独立部隊まで保持している。

 陸・海・空の戦力を全て押さえていると言っても過言ではない。

 (たか)が少尉程度にはあまりにも大きすぎる指揮権であるが、ネルトゥスがフェリシアからの預かりである以上、仕方のない事だ。


 この場でまともに階級に見合った兵数と責任を与えられているのは歩兵百八十名を率いる石吹中尉くらいのものであろう。


 一方、フェリシア軍も混乱中である。

 こちらも人手不足が(たた)っていた。

 但し、地球とは逆の意味で、だ。


 虎人族(ティグロ)のペンドルフは最大一万人を率いる事が出来る大隊長ではあるが、この場に率いてきているのは魔法大隊百二十名を含めた六百名のみである。

 残り一千七百名近くは未だ山脈南部で待機している。


 何故か? 答は深刻な理由を含んでいた。


 結論を言うなら、最終防衛線部隊は急場しのぎの寄り合いの部隊であり、何より新兵の集まりだということである。

 捕虜を前に彼等が冷静さを失う可能性をカレルは恐れた。


 自分たちが優位に立ったと感じた時、人は権力を振るいたがる。

 しかも、そこに『侵略者を懲罰する』という大義名分が加わった時、何が起きるかなど予想も付かない。

 カレルはペンドルフへは人選に気を使うことと、訓令を徹底させることを命じていた。


 確かに捕虜達はこれから悲惨な目に遭って貰う事にはなる。

 だが、その責任はフェリシアという『国家』が背負わなくてはならない。

 個人による懲罰が横行する空気が生まれた場合、『私刑容認』という悪しき風習がフェリシア軍を支配しかねないのだ。


 捕虜虐待者は降格の上、一時軍籍から追放、更には四百日間の公民権停止という厳し過ぎる処分であった。

 この発表を聞いた時、北部派遣隊は静まり帰り、北へ回されずに済んだ兵士達は“ホッ”と息をついていたという。



 その話を聞いたカレルも同じように、だが、兵士達とは違う意味で大きく息を吐いた。


 無理な部隊編制に大量の捕虜、そして博打的な帰還計画。

 問題は山積みなのだ。

 そのひとつに片が付いただけでも、ほっと息を吐くのは当然である。


 カレルは食卓の水を一口飲み下すと、大声ではないが全員に響く様に、彼の考えをはっきりと声に出した。


「私自身もそうだが、誰も彼も自分を見失わんでくれよ」


 



タイトルは、フィリップ・K・ディックの短編集『まだ人間じゃない』からです。

このタイトルとなった短編内容は忘れましたが、これはディックの偽善性とキリスト教的価値観の押しつけが強すぎて辟易した記憶が有ります。

考えて見ると、ディックの作品というのは聖書をモチーフにして考えると理解し安いのかも知れませんね。


ディック自体は嫌いではないのですが、日本人である自分は本当はこの人の作品を読み違えているのではないかと不安になった一作でした。

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