150:言葉の問題
最初にお詫びがふたつあります。
まずひとつですが、これは前回の後書きにも書きましたが、再度「後書き」に書かせて頂きます。
もうひとつは、今回の話では歴史的な推移や解釈が書かれますが、このお話は「お話」、即ちフィクションであることを再確認して読んで頂きたいと言うことです。
確認できる限りの資料的記述に嘘は有りませんが、歴史の解釈で揉めるのは話の本筋から大きく逸脱しますので宜しくお願いいたします。
また、一部の政治団体の名前は仮想のものです。 実在の団体とは関わりません。
無線通信で会議に参加した柊巧“新任少尉”の第一の発案は『殲滅作戦』に於ける「生き残りのシナンガル兵達の処遇」に関わるものであった。
捕虜の帰国条件や帰国時期については軍部だけで決められるものでは無い。
これは基本的に『内閣』、即ち『ファリシア政府』の仕事である。
“成功”或いは“失敗”それぞれの状況に対応して今後の方針を決めて欲しい、とは伝えてあるが、何しろ初めてのケースである。
“成功”ならともかく“失敗”した場合、議会は紛糾、“内閣”は混乱に陥るであろう。
その為、失敗した場合の対処について内閣は王宮会議からの案を素直に受け入れている様だ。
だが結局、作戦の成否の度合い、つまり捕虜数やフェリシア側の被害者数も分からぬうちに、『最終決定』は無理であろう。
よって、その決定までの時間を、どう使うかについての提案を巧は最初に行ってきたのだ。
『洗脳を行います』
巧はこの言葉を発する前に“この提案は受け入れられないだろうが”と前置きはしたものの、やはりその言葉に含まれる酒精は強すぎた。
「なるほど、“大帰連”を生み出そうという訳か……」
暫くの沈黙の後、ようやく返事を返して来たのは下瀬である。
言葉に抑揚はない。
だが、眼鏡を一旦外して軽くウエスで拭き取り、それをかけ直した彼の小さな瞳は、やや殺気立った感が有った。
「はい、仰る通りであります。閣下」
その殺気を軽く受け流して答える巧であるが、この会話は実に恐るべきものだ。
地球人達、特にハインミュラーなどは下瀬以上に不快感を隠さぬ鋭い目付きを立体モニタの巧に向ける。
灰色の髪の毛をなでつけて“自分を落ち着かせる”という、彼にしては珍しい行為まで取った。
嫌われたかな?
やや心配になる巧に、意味が分からぬカレルが“何を話しているのか”を問い掛けて来るが、巧がそれに答えることを地球側の誰もが許さない。
この世界に持ち込む『新しい概念』としては危険過ぎる”考え”なのだ。
特にヴェレーネなど、何処で知ったのか、『洗脳』の内容を知っていたようであり、巧に向かって、『これ以上、口を開けば殺す!』とまで言ってのけた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
先の大戦に先だって、巧達の母国は大陸東北部に『満州国』と呼ばれる国を生み出した。
この国が生まれた経緯については、完全な国民の暴走と言えた。
軍部の暴走は確かにあった。政府の暴走も無いでもなかった。
だが、本質は国民そのものの暴走である。
軍部が政府の命令を無視した独自のスタンドプレーを国民は熱狂的に支持したのだ。
勿論、それは当時の旧大陸政府とは何の関係もない。
本来軍部が暴走した土地は『女真』つまり『満州族』の土地であって、そこに大陸政府が口を出すのは完全な“筋近い”である。
一般に『長城』と呼ばれる防衛施設から北は、カン民族と呼ばれる人々の土地であったことなど歴史上、唯の一度もなかった。
長城そのものが国境だったのだから当然で有る。
旧大陸政府は荒野だと思っていた東北部に海外からの資本投下がなされ、工業地帯として発展し出すと、慌てて権利を主張し始めただけなのだ。
旧大陸政府はさておくにせよ。
問題は現地派遣軍による現地軍閥との対戦行為が正当防衛を超える範囲であり、予防防衛活動とも呼べる行為であったことだ。
結果としては政府もその方針を選んだかも知れない。
当時の大陸の混乱はそれほどのものであったのだ。
だが其の段階では、政府を無視した行為であった事は大きな問題である。
にも係わらず、国民もマスコミもそれを支持し、政党政治体制であった国会・内閣共に国民或いは新聞社の批判を恐れて軍部に一切の処罰を与えず、これを追認したのだ。
早い話が、国民が軍部の暴走を後押ししたのである。
大戦後、『軍が悪かった』、『政府が悪かった』と言う声は聞こえたが、国民とマスコミの暴走には誰もが口を噤んだ。
酷い言い方をするが、軍部に『是非暴走して下さい!』と頭を下げて願ったのは、実は国民世論そのものだったのである。
馬鹿げて素直な国民性の『悪い部分』が露骨に出たのだ。
基本的に、大抵の民族は清廉潔白だけでもなければ、悪逆非道なだけでもない。
だが何より共通して言えることは、マス・ヒステリー状態の中で状況を正しく判断し、声に出す勇気を持つ者は常に少ないと云う事だ。
小さな声は大きな流れの中には容易く潰される。
ただ此処で気をつけたいのは、多くの人々は『その時代の枠』を越えた思考や行動にたどり着けないのは当然であると云う事だ。
後々から当時を振り返り、後の世代が其処から教訓を得て失敗を避けることは確かに重要だが、無闇に高所からの批判は避けたいものである。
その様な行為を“エピメテウス”、要は『下種の後知恵』と言うのだろうから。
しかし、歴史を追う者は往々にしてその“エピメテウス”になることを避け切れない。
巧もよく“やらかしては反省している”とは、余談の範疇にしておこう。
さて、戦争は終わり満州国は滅んだ。結果現地で捕虜となった者も多数出る。
そこで大陸新政府は、捕虜となった巧達の国の旧軍のその性質を上手く利用して、戦後の国際的な強弱関係を造りあげていくことを狙う。
その性質とは、『素直であること』、『人を疑わない気質が他国より高い事』、『何より内省的であること』である。
(内省的=自分を責める傾向が強い)
旧軍の暴走はともかく、彼等は『事変』と呼ばれた大陸戦争に於いては無敗とまでは言わぬまでも、無敵の強さを誇った。
アメリカに南方補給線を砕かれ始め、サイパンやテニアンなど太平洋の島々が墜とされていく中の一九四四年四月から十二月に行われた『大陸打通作戦』では、大陸海岸沿いの大都市及び空港を押さえることを目的として、軽々と二千四百キロを突破したのである。
有り得ざる作戦であり、有り得ざる成功であった。
補給さえ整っていれば彼等は実に頑強な軍だったのである。
此の様な兵の強さの源泉は先の三要素を纏めた上で、敢えて“悪く”言うならば『集団内部に対して臆病である』と云う事に尽きるのではないだろうか?
この国民性は『自分の義務は何か、』を常に考える国民性であり、“自己利益”や“主体性”がやや後回しになる事を指している。
これは軍人や社会構成員としては強くなれる資質であるが、個人としては“常に”弱い。
此の様な個人は帰属集団から『浮く』事を何より恐れるのだ。
結果として兵士は死ぬ寸前まで、いや死しても闘う事になる。
一人で考えた結果として、一人で問題に立ち向かう意志など『徴兵された一般人』には中々生まれない。
尤も軍で此の様な行動を“常に”取られては、命令系統がズタズタになってしまうのだが。
さて、これらの資質の“良い部分”が逆転して“悪い方向”に出ると、日常生活では『虐め』などが起きても見て見ぬふりをする事こそが、己が身を守る唯一の方法だと思い込む。
社会が、或いは集団が認めることは“常に、絶対に正しいことである” 或いは“逆らってはならない事である”と思い込むようになるのだ。
所謂『長いものには巻かれろ』思考である。
勿論、此の様な集団の傾向は別段、巧の母国だけが持つ民族性ではない。
どの国にでも、どの民族にでも見られる。
問題は『程度』がどれくらい其の方向に偏っていたか、と云うことであろう。
大陸新政府は集団一般の、そして各民族の強さであり弱点ともなる其処を突いた。
集団教育を進め、大陸に攻め込んだことを『悪』と考え込ませたのである。
次の戦争は始まっていた。
『思想戦』、『宣伝戦』、『文化戦』などである。
戦争は外交の延長であり、外交は戦争遂行“能力”をその手段として必ず持つだけだ。
だが、戦争・戦闘と呼ばれる『砲火を交える外交』は下策中の下策である。
『上手の外交』とは上記の様な『総合情報戦争』である、とは六韜の他、多くの戦略書が古代より示すところである。
だが、逆を言うならば”その事実を知り、平時に冷静に考えれば”武力戦争の結果に関わるこれらの情報も宣伝も実に馬鹿馬鹿しい事だと気づくことも出来る。
まず建前はともかく、残念ながら戦争に善も悪もない。
勿論、個人のレベルとして『戦争は悪』と断罪し、その否定を願い、侵略戦争を憎むことは当然で有り、常識的な人ほど其の様に考えて当然で有ろう。
だが歴史的に見て、戦争は単なる『国家の権利』なのだ。
勿論、戦争行為には責任が伴うのは当然だ。
しかし仮に「純然たる侵略戦争」だったとしても、それを違法行為とすることはどうしても出来ない。
精々、守りきった側に力が有るならば“賠償金を得る権利”が生まれる程度である。
これは正義の問題ではなく、国際政治としての問題なのだ。
これが争点となった一例を挙げてみよう。
『極東軍事裁判』と呼ばれる先の大戦の処理裁判において、アメリカ人弁護士ファーネスとブレイクニーはアメリカを始めとする連合国の欺瞞性を徹底的に追求し、法の正義を説き、裁判は無効であると強く訴えた。
『戦争は犯罪ではない。戦争が犯罪ならば“手順に関わる法律”、つまり『戦時国際法』が存在する訳がないではないか!』
ブレイクニーの此の言葉に、オーストラリア人裁判長ウェッブは遂に答える事は出来なかった。
当たり前である。
例えば、『強盗殺人をする時の手順』と云うものが法律で決まっているだろうか?
ある筈がない。強盗や殺人そのものが犯罪であるからだ。
何処の世界に『強盗殺人を行う場合は、以下の手順を踏まなくてはならない』
と書かれた法律書が有るだろうか?
仮に存在するとしたなら、その国では“手順に従う限り、強盗殺人は犯罪ではない”と云うことになる。
この事から証明される通り、残念ながら戦争“そのもの”は犯罪ではない。
どれ程、醜く、憎むべき行為であっても、其処に法が存在する限り、それは『国家の権利』に過ぎないのだ。
事実、この時の裁判で唯一の国際法の専門家であったラダ・ビノード・パル判事は関係者としての『被告人全員無罪』を主張し、イギリスは「世界情勢年鑑(1950年版)」において、この裁判を正式な裁判と認めていない。
また、後の冷戦期に於いて、「トンキン湾事件」という謀略を持って侵攻してきたアメリカにベトナム軍は勝った。
となれば、アメリカは明確な侵略者である。
だが、アメリカが裁かれたこともなければ、賠償金がベトナムに渡ったこともない。
これが国際政治の中の戦争なのだ。
話を戻していこう。
まず何より、大陸戦争の間接原因とも言われる首都近郊橋での戦闘の発端は未だ不明確であるが、おおよそにおいて大陸軍閥が引き起こしたものである事は当時から薄々では在るが予測されていた。
巧達の国の軍隊が大陸国の首都に駐留していたのも一九〇一年七月の条約によるもので違法性はない。
そこに攻撃を仕掛けてきた方がどうかしているのだ。
例えるなら、巧の母国の国防軍が在留米軍に攻撃を仕掛ける様なものである。
第一、考えずともすぐに分かることだが、完全武装の十万の敵を相手に碌な準備も無い新兵だらけの旧軍五千六百名が戦闘を仕掛ける理由は何処にも無い。
(因みにこの戦闘で大陸側は一万七千名が死亡、旧軍六百名が死亡している)
仮にあるにせよ、訓練中で在ったため砲兵と機関銃中隊の他、一般兵の携帯弾薬は一人三十発。挙げ句打ち返すのに二時間以上も掛かっている。
これで先制攻撃を信じろと云う方が難しい。
だが、捕虜となった彼等は其の様な事は知らない。
違う歴史、違う経緯を教え込まれ、自己反省と称しては、大声で“やっても居ない”或いは“物理的に成立し得ない”己の罪を仲間の前で懺悔した。
この『仲間の前で』という処が重要である。
数百名単位で教育を受けるのである。
それだけの人数の前で口にした言葉はもう取り消せない。
何より、先に軍部の暴走を許したように、集団の暴走は一度始まると止まらない。
そして、口に出す『自分の罪』が大きければ大きいほど懺悔に価値があるとして『敵』から褒め称えられる。
良い待遇を与えられては、率先して帰国を許されたのだ。
彼等は帰国後、『大陸帰還兵連盟』を立ち上げ、後から帰って来る者の発するであろう別の意見を押さえるために、自分たちの信じた意見を振り回すようになった。
これが『大帰連』である。
当時の巧達の母国は米軍に占領されており、“先に帰国した者達の反省的意見が通りやすい”という側面もあったことが彼等の主張を主流派として後押ししていく。
では、果たして彼等は、祖国を裏切った売国奴と言えるだろうか?
戦場で破れ、まともな国際法にも従わず、捕虜を遊びで拷問に掛け、殺した捕虜の頭でサッカーを楽しむ兵士を持つ国家とも言えない国に捉えられた。
これだけでも恐怖である。
その上、当時彼等に使われた思想教育の手法は血の気も凍るものだった。
その筆頭が『条件反射』である。
常に死の恐怖を感じる状況に置いておき、彼等が大陸にとって都合の良い言葉を口にすれば、大陸側兵士は友好的な態度を見せればいい。
それを何度も繰り返す。
そう、それが日常の自然な行為になるように“何度も何度も”である。
大陸に反抗的な言葉を発した者を、他の者に見えぬようにそっと消して、残った捕虜達には、
『彼は無事に帰国できた』と優しく語りかけても良い。
仮に戦友が公開で処刑されれば明確な敵意も湧く。
だが、“いつの間にか仲間が消える” これ程の恐怖はない。
次は自分の番ではないのか、誰にも看取られずひっそりと此の世から消えるのではないのか、と思う事に耐えられる人間など居るのだろうか?
此の様な事が続けば、如何に精神の強い者でも最後は飼い犬の如く従順になり、彼等は自分のプライドを守る為に『自分が自分の意志で大陸政府に友好的なのだ』と思い込むようになるのだ。
そうでなければ精神が持たないからである。
これはソビエト連邦で生み出された手法であるとも言われている。
巧が案として上げた「洗脳」とは『これ』の事なのだ。
勿論、その当時の地球と現在のフェリシアでは条件が違う。
何より、シナンガルは敗戦を向かえた訳でもなければ、フェリシアに占領されている訳でも無い。
しかし一万を超える数が居るなら、集団教育による先の話の様な思想教育は可能だ。
だが、はっきり言ってこんなものは軍事行為でもなければ、単なる殺人すらも越えている。
“悪魔の所行”と言って良いだろう。
その人間の一生を実際には存在しない“本人の心”によって縛り付けるのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『却下! 却下よ!』
凄まじい迄のヴェレーネの叫び声が会議室に木霊する。
髪を逆立てた彼女の顔は怒りで真っ赤である。
そのままならば空想の世界に居ると言われる“青く巨大な蟲”の様に、その瞳までも赤い攻撃色に染まりかねない程だ。
ヴェレーネは、その怒りの瞳の侭にソリモニタを睨み付け、巧を罵れるだけ罵ろうとしたのだが、向き合ったモニタ画像に妙なものを見る事になった。
画像には心底“ホッとした”と云う表情をした巧の顔が写っていたのだ。
それに気付いたヴェレーネは一瞬は血の気が引いたものの、再び頭に血を上らせ、先程以上の大声で怒鳴り散らし始める。
血管が切れる寸前とは此の様な態を指すのだろうか?
「あんたっ……、あんた! あたしを試したわね! それも、お爺様の前で!」
だが、巧は澄まし顔である。
「公私混同しなさんな。だが、まあ良かったよ。
あんたが“これ”を選んでたら、最後は国防軍揃って引き上げだったわな」
公的な会議でヴェレーネを“あんた”と呼ぶ巧が“公私混同”とは笑止であるが、今は誰もその事に気付かない。
彼がこの場に与えた衝撃は、それほどのものだったのだ。
おもむろに池間が立ち上がって全員に頭を下げる。
「中将閣下、大佐殿、中佐殿、そして皆様方。試す様な真似をして申し訳ありませんでした」
池間は言葉では確か頭を下げた。だが、彼特有の鋭い目付きは変わらない。
彼は後々どれ程罵られようと、この行為を行う義務がある、との明確な自覚があったのだ。
当初は鼻白んでいた三人のうち二人は、池間のこの真剣も度の過ぎた行為に、遂には笑い出してしまった。
下瀬は右手で顔を覆いながら苦笑を、ハインミュラーは豪快に、と各々の方法で笑い始めたのである。
「なるほど、ね」と下瀬。
「まったく、儂の様な単純な戦闘屋と“戦略家”は此処まで違うのか……」
ハインミュラーに至っては“一本取られて参った!”と云う顔だ。
ヴェレーネは、と云えば見事なまでに引っかかった事に苦虫を噛み潰した顔であり、実際、爪を噛むことで自らの怒りを抑え込んでいる。
反面、さっぱり訳が分からぬ、と云う顔をしているのはカレルやオレグを始めとしたフェリシアの面々であった。
巧と池間が行ったこと、それは一般兵士を守る事だった。
今回の作戦は、唯でさえ『虐殺』と言える行為を行うのだ。
その後の捕虜の待遇は誰しも気に掛かる。
そこに中世的な感覚での拷問や思想教育が行われた、などと云う情報が入ってきた場合どうなるだろうか。
兵士の受けるダメージは計り知れない物が有るのだ。
戦闘として『一方的な勝ち』を得る。此処までは良い。
しかし、無力な捕虜に虐待を加える為の手助けをしたとなったならば、兵士達はいよいよ精神が持たないであろう。
母国板の『ベトナム、イラク帰還兵』が誕生しかねない。
いや、それ以前に、巧の言う通り兵士のサボタージュから始まる軍の撤退も有り得たのだ。
その為、ヴェレーネの真意を、いや王宮やフェリシア軍、或いはフェリシアという国家そのものを計らせて貰った。
騙す様な真似をした事は確かに”悪どい”と言える。
しかし日頃から韜晦を得意とするヴェレーネの本音を引き出すには、これが最も適していると考えたのだ。
(韜晦=本音を包み隠してしまう事)
因みに下瀬迄も試したのは、巧と池間が上官の指示でフェリシアを計った訳ではなく、上官すらをも試す事で地球側の上層部の万が一の危険性を計りたかった事と、フェリシア側と地球側の溝を生み出さない為である。
この二人が“自分達の上官まで試した”、とあればフェリシアだけを疑っていた事にはならない。
連合軍全体に亀裂が入るのは避けられる。
つまり巧と池間は戦場が始まる以前に於いて、既に兵士達処か母国を、そしてフェリシア迄をも救っていた訳である。
「そうブスッっとしなさんな、大佐殿。唯でさえ……」
言葉の先を察したヴェレーネの視線が巧を刺した途端、巧のよく廻る舌は凍り付いた。
咳払いを一つした巧は、そこから人が変わった様に鯱張って第二案、第三案と続けざまに伝えていった。
自分の失言が生み出したヴェレーネの『目付き』が怖すぎたのか、彼が議題を早々と終わらせたくなっているのは、誰の目にも明らかである。
その光景に耐えられなくなった下瀬が珍しくも含み笑いを漏らし、こちらもヴェレーネの眼光をまともに受けては、身体を縮めて俯く羽目になった。
ヴェレーネの“表情の問題”はさておき、その後の一時間程度の討議を経て話し合われたのは、『捕虜の帰国方法”そのもの”と、それに係わる工作』についてであった。
結果、帰国工作“第二案”が妥当であろう、と云うことに決まる。
第二案についての問題点が一段落した其の時、室内を覆う一瞬の静寂の隙間を小さく声が通る。
「とは言っても、これはこれで奴らにとっては、それなりに地獄だ。
つまりは方向としては間違っていないことを指す」
下瀬の声である。
彼の最後の呟きこそが、方針を決定づけた瞬間であった。
サブタイトルは神林長平氏の『言葉使い師』からです。
これは一度挫折した本ですので再度挑戦したいものです。
前回の後書きにも書きましたが修正です。
シナンガル軍が、北岸山峡にたどり着いた日時がおかしいので、18日→20日夕刻とさせて頂きました。
敗残兵に70kmを3日半で歩かせるのには無理があるかと考えました。
(通常の行軍速度で考えてしまったのです。 スイマセン)




