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星を追う者たち  作者: 矢口
第八章 俳優交代
149/222

148:流動少女(後編)

『トンネル効果』という言葉がある。

 量子理論に()いて“ある要素”いや“宇宙の成り立ち”にまで関わる重要な理論だ。


“宇宙の成り立ち”はともかく、今回クリールが巧の腕をすり抜け、そしてオーファンのコックピットをも抜けたのはこの理論で現される数理現象によるものだろう。


 壁にボールをぶつければ跳ね返ってくる。

 当たり前だ。

 だが、それを数万回、いや数億回、或いは数兆回と繰り返しているうちに、もしかするとボールが壁をすり抜けるかも知れない。


“馬鹿な!”と考えるのが当然である。

 しかし、理論上は有り得る。


 何故なら、原子レベルで考えた時、物質は隙間だらけであり、その物質間の隙間が互いに全くふれあわずに素通りすることは“絶対にない”とは言い切れないからだ。


 原子レベル処か、量子レベルにまでその身体を流動化させる事が可能な存在。

 それが『クリール』である。

 彼女?は自身の隙間を使い、巧の腕のみならず頑丈なコックピットコアまでもすり抜けて、今はオーファンの肩に立っている。


 彼女は同じ魔獣である筈の『装甲ワーム』を未だに好かぬ様であり、其れを避ける様に立って横目で(にら)み付けた。

 それから、軽く跳ねるように肩から真っ直ぐに伸びたオーファンの右腕に降りる。


 先に機関砲を発射した時の(まま)にオーファンの右腕は南西に向けて真っ直ぐと伸びきった姿勢を保っていた。

 その腕上(わんじょう)をまるで散歩でもするかの様に手首の直前まで歩くと、彼女はカメラに向かって自分の左手でオーファンの拳を指し示し、右手で閉じ開きを繰り返す。


 同じ事をしろという意味か?

 と巧が納得し、オーファンの(てのひら)を何度か開閉すると、怒ったように地団駄(じだんだ)を踏んで首を横に振る。

 そして、自分の手の開閉を緩やかにすると途中で止めて、カメラに向かって()の手を突き出した。


 何かを持つかのような指の形である。


「ふむ? こんなもんかね?」

 巧がそう言ってオーファンの指を軽く握った“ハンド・スタンド・バイ”即ち、基本体勢に戻すと、彼女は“にっこり”と頷いた。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   



『ありゃ、何だ!?』

 佐野からの通信に、相田も何と答えて良いのか分からない。

 自分でも見ているものが理解できないからだ。


 AS20、柊機の腕上(わんじょう)に立つ赤いドレスを纏った少女は、望遠カメラの視界に明確に映っている。

 だが、“あれ”は何処から来たというのだ。


「カレル中佐、この世界のことはあなたが一番ご存じの筈です。

 何か分かることはありませんか?」

 相田は、当然なことにカレルに現状を尋ねるのだが、カレルは難しい顔をしたまま独り呟く。


「同じ波長である以上、間違いは無いのだろうが。 何故あんな格好で?」


 それから相田に向き直ると、

「少なくとも敵ではない。いや、まず間違い無く巧さんは逃げ切れるだろう。

 狙撃要員と援護分隊を下げてくれたまえ! 彼等は充分にやってくれた」


 カレルの言葉の意味は分からない。

 だが、“兵員を下げろ”という命令が上官から自信を持って発せられたものならば、従わなくてはならないのだ。

 相田は命令を出そうとDASのマイクを開く。


 と、その時、オーファンの右腕が爆発した。


 目も眩むような閃光である。

 オーファンそのものも消えたのでは無いか、という程に広がる光球!


 だが、それに続くはずの爆発音も衝撃波も、遂に発せられることはなかった、



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「知っていたつもり、と知る事は違う、とは言うが……」 

 そう、巧は知っていたつもりであった。

 クリールが流動体であることを、そして何より“兵器”であることを。


 とは言え、実際に其の事実を目の前にすれば、当然ながら驚く。

 今、オーファンの右手には見事な両刃(ダガー)ナイフが握られているのだ。

 クリールが変形したものであることに間違いは無い。


 握りと刃渡りを合わせて人の身長ほどもある。

 シエネの壁上防衛戦でロークが持ち出してきた両手剣に等しい大きさだが、勿論オーファンにとっては小型のナイフだ。


 だが、これこそ今、巧が、そしてオーファンが最も望んでいた武器なのだ。


 しかし、順手に持たれたナイフはやや都合が悪い。

 外部スピーカーを働かせる。

「クリール、刃を逆に出来るかな? つまり逆手(さかて)に持たせるんだ」

 巧の声に、先程よりは小さな光が右手を覆う。

 その柔らかい光が収まると、ナイフは逆さに握られ、文字通りの『おあつらえ向き』にオーファンの身体正面に絡みつくワームの殆どに届く。


 其処(そこ)から先は、単なる害虫駆除に等しい行為であった。

 

 クリールの変化したナイフの刃はフェムトマシンの集合体である以上、その結合力は通常の単一元素結合の比では無い。

 自由自在に分子が入りみだれ、それだけで単一の物質として存在しているのだ。


 仮に“単分子構造ナイフ”などと云う物が有れば、それは極端に薄く、とても目視は不可能であろう。

 また、物質の計測機器も専用に持たなくてならず、扱いを間違えれば、如何(いか)なASと言えど“真っ二つ”は間違い有るまい。


 だが、クリールは違うのだ。

 自身の分子配列を操り、本来ならば立方連結が難しい物質にも軽々と変化することが出来る。

 彼女が今回「刃先」に選んだのは立方晶化の起こりやすい炭化タンタルの(たぐい)であろう。

 六方晶構造物の集合体であり、単一化された刃が物理的に欠けるなど有り得ようはずもない。 

 更に圧力に対しては、より柔らかい素材で刀身を包むことにより、曲げや押しにも対抗しているようだ。


 鋭い刃先であり、カッターナイフで紙を裂くよりも容易くワームは切り刻まれる。

 巧としては、あまりの切れ味にASまで傷だらけになるかと思われたが、流石に意志を持つ武器である。

 其の様な心配は杞憂(きゆう)に終わった。



 時を待たずに二頭のワームが見事に切り刻まれて“単なるゴミ”と化すと、防衛陣地を中心に凄まじい歓声が上がる。

 流石に祝砲を撃つ馬鹿こそいないものの、アフリカ諸国の反政府ゲリラのように銃を頭上で上下させ歓喜を示す者までいる。


 本来なら、完全隠密を求められる迫撃砲分隊からも、オーファンの無線に矢のように歓声が飛び込んで来た。


『やりましたね!』

『どんな魔法ですか?』

『次は俺たちにも出番は下さいよ!』


 この声の主達と巧は誰一人として面識は有るまい。

 だが暦年の戦友のような声が無線を行き来する。


 北部方面の翼飛竜を警戒しつつ、GEH(ホバー)を吹かして高度を取ると、クリールの変化した短剣を高々と(かか)げ、全員に感謝の意を表した。


 陽光を反射し、(まばゆ)(きら)めく短剣。


 隊員達から、“わっ!”と響く歓声。


 その瞬間、自分の取った行為が『英雄行為の誇示(こじ)そのもの』であった事に気付いて恥ずかしくなった。

 だが、“(たま)には良いよな”とも思う。


 ワームは未だ六頭、存在する筈だ。

 今暫くこの軍の戦意を維持しなくてはならない。


 そして()の場合、恥ずかしがらずに“素直に喜びを示す”ことは重要である。

 これは何より、危機を(かえり)みずに自分を救出に来てくれた、あの狙撃要員や分隊員達に対する丁重な『礼』となり、彼等の名誉をも高める事になるのだ!


 最も近い下方の岩場に七~八名の兵員が見える。彼等であろうか?

 巧は無線を全開放(オール・オープン)に切り替えた。


『救出狙撃要員及び狙撃要員支援分隊に特別に感謝する。WSI-12は現存せり!』

 明確な敬意が込められた巧の声が全チャンネルに響き渡ると、間を置かずして、ひとつの受信信号が送られて来た。


 無機質な城之内の『パーソナルパターン』が、どの様な歓声よりも嬉しい巧であった。




 地上ではようやく発煙弾が地表を覆い始める。

 だが結局、飛びだして来て砲撃の餌食になったワームは一頭だけに終わった。

 残り五頭は“待てど、暮らせど”姿を見せない。


 更に地下深く潜り込んだ可能性は高い。

 迫撃砲中隊は岩盤地形である発射基地に集結し、(しば)し状況の変化を待つ事となるが、中隊が集結した翌日、発射基地では大きな騒ぎが起きる事となった。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  



「さて、なんと説明するべきかね?」

 一旦、個人戦闘を終わらせた巧は、岡崎と合流すると長尾によって届けられたコンテナから部品を取り出す。

 予備のアクチュエータは二基搬入されており、それによってオーファンの修理を行った。


 巧は差程ではないが、岡崎は軍曹時代の基礎整備訓練期間が長い。

 修理は手早く終わる。


 そしてクリールは巧のコックピットに戻っていたが、巧は困り切っている。

 まず第一にクリールの姿が“また”変わったのだ。


 何と言えばいいのだろうか。

 髪の毛の色は既に殆ど黒くなっており、長さも肩程までは伸びている。


 そして何より巧が気に掛かるのが彼女の瞳だ。

 少し黒く、そして大きくなった気がする。

 これだけ揃うと、ついつい誰かを思い出さずには居られない。


 (かぶり)を振って嫌な感覚を打ち消そうとするのだが、どうにも消えてくれないのだ。


 継いで岡崎にすら未だクリールのことは満足に説明出来ていない上に、発射基地に戻れば『空中から出現した短剣』について問われるのは間違い無い。


 岡崎は、

「まあ、あの短剣の出所には他に説明が付かない以上、信じはしますが……」

 

 どうも妙な誤解をされていなければ良いのだが、等と心配になる巧だが、岡崎にとってはマリアンの事があるため、巧の行動は今更である。

 他の旧分隊員達にしても、“またか”程度の感覚であろう。


 だが、最も大きな問題は()の様な事ではなく、幾ら安全であるとは云え『クリール』が魔獣の一部で有ること。いや、既に本体化している可能性すらある、と言う事なのだ。

『大丈夫です。安全です』

 などと言って誰が信用すると言うのだ。


 その様な事もあって、すぐに発射基地へと向かう訳にも()かず、佐野や相田、城之内にはシナンガル軍への事後処理を済ませてからの合流を約束する事となった。

 今暫く、巧とクリールが共に過ごすことで彼女の安全性の証明としたかったのだ。


 但し、カレルは後から此方(こちら)に向かい、合流することになる。


 本来これから行われる行為は、階級から考えてカレル直接の任務に思われる。

 だが、今回は()のカレルから、更に巧に下された任務、という形を取った。


 ASに見られる機動力無しには不可能な任務である上に、カグラには存在しなかった新しい戦後処理の形は、巧が主導したものであったからだ。


 GEH(ホバー)換装が可能になった岡崎と共に巧は北の森に向かい、外部スピーカーを使ってシナンガル兵に呼び掛けていく。


 誘導に従って船の()る北の入り江に向かうならば、これ以上の攻撃はしないこと、指定ルートを通って集結した後、現地にいるフェリシア兵の指示に従うこと、を条件として告げながら、彼等が潜む森の上空を飛び回ったのだ。


 旋回を繰り返していると森の北側から、軍使が現れ白旗を振って来る。

 小さな森とは云え、道らしい道も無い上に途中には崖や狭隘路(きょうあいろ)も多い。

 南端から歩けば丸一日は掛かる距離と地形だ。

 軍使のみならず、全軍が相当に走ったのであろう。

 余程、ワームの現れた平原から遠ざかりたがったのだという事が分かる。


 見たところ、二人の軍使は疲労困憊(ひろうこんぱい)も良いところだ。


 彼らの側に巧と岡崎は共に降り立った。

 コックピットは開かない。

 万が一のボウガンなどによる狙撃を警戒したことも在るが、巨人を巨人として『謎の存在』の(まま)にしておくことが良い、と考えたからだ。


 ついでに言うなら、クリールに抱きつかれた姿など敵兵にも岡崎にも見せられたものでは無い。


 それはそれとして、案の定だが軍使はASが地上に降り立つと慌てて森の中に逃げ込んだ。

 攻撃はしない事を確約すると、そっと姿を見せる。


 若い二人の兵士である。可哀想に“貧乏くじを引かされた”と云うやつであろう。


       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇  


「まず、お聞きしたいのは先の通達は“真実か?”と云うことです」

 二人の内、背の低い方が尋ねてくる。

 低いと云っても二人に差程の差は無いのだが、似たような顔立ちであり、二人にはそれ以外に違いとなる程の特色は見当たらなかった。


『勿論だ』

 オーファンの外部スピーカーが音声を発すると、一瞬は二人とも固まってしまった。

 遠くで声を聞くのと、面前で巨人が喋るのとでは威圧感が違うのだろう。


 落ち着きを取り戻すと、若干背高の兵士が、ようやく問うてくる。

「我々は“奴隷化”されるのでしょうか?」


『フェリシアに奴隷制度は無いぞ。知らなかったのか?』


「いえ、知ってはおりますが、その……」


『捕虜として強制労働が在るか、と聞きたいのか?』


「はい」

 二人の声が揃う。

 オーファンのサーモグラフィに写る画像から、森の入り口から少し奥には未だ四名の敵兵が潜んでいる事を確認できた。


 彼等はこの会見の証人となるのであろう。

 ならば、聞いた者によって受け取り方や解釈が変わる様な言葉は使えない。

 明確な命令口調となる。


『まず、君たちに選択権は無い! これが第一の言葉だ』 


 巧は既に長尾中隊に入り江近くまで戻るように要請してある。

 彼等が、明日の昼を過ぎてもこの森から北上しない場合、森を全て焼き尽くすことを宣言した。

 西に百二十キロも移動してから広がる大樹海と違い、この森は全周三十キロと云った処だ。

 それなりに大きいが、此処から外は更に外周百キロ前後に渡って殆どが岩場であるため、燃やしたところで、環境への影響など無いに等しい。


 また、幾ら潜んだところで無駄である。

 西の大樹海やアトシラシカ山脈東部と違い、此処は北に位置し、その上アトシラシカ山脈の西に当たる。

 樹木の育成状況は悪い。

 炊事を行い、夜間の暖を取るために火を焚けば、煙は必ず上まで上がる。


 其処を狙ってミサイルを叩き込めばいい。

 いや、それ以前に熱源探知機が彼等を見逃すまい。


 未だワームが潜むあの平原を迫撃砲中隊は渡ることは出来ない。

 となれば、小西達のハイドラPBXミサイルの出番である。

 ヘリの轟音が近付いただけで一部の兵士は卒倒するかも知れない、と巧は思わず苦笑いになった。


 事実、『シルガラを墜とした鳥が来る』

 この一言だけで、森の奥に隠れている四人の兵士が生唾を飲み込む。


 オーファンだけでも彼等にとっては恐るべき存在だ。

 今、目の前にはそのオーファンに輪を掛けて鋭角的で禍々しいデザインのAS31―S型が並んでいる。


 その上、『シルガラを墜とした鳥』という言葉まで出てきたのだ。

 元より、迫撃砲による虐殺とワームの出現で青息吐息のシナンガル敗残兵は完全に打ちのめされてはいたのだが、この一言は決定的であった。


 その様な彼等の感情に気づかぬかの様に巧は言葉を接いでいく。


 軍使達に対してシナンガル軍の今後の行動について語る彼の口調は、「交渉」と云う名の「命令」以外の何物でも無かった。





今回の戦場に於ける距離についてですが、北部山脈から6~7日で発射基地まで移動していますが、平野を歩くわけではありませんので、平均行軍速度の1日で20~25kmという訳には行きません。

発射基地は山裾から高々80kmと少し南下した地点ですが、かなり移動には時間が掛かっています。

この点をご了承下さい。

猶、国境線からは1,800km地点です。

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