146:流動少女(★前編)
「腕一本は覚悟していたんだが、整備課の連中も何だ勘だで、良い仕事をしてくれる」
自重の二十倍には達するであろうワームに体当たりをした時点で、左腕のアクチュエータの破損は免れまい、と覚悟していた。
だが、過去にハティウルフを押さえ込んだに際して、明確な強度不足を訴えた処、
『開発課へ行け!』
と、一度は喚き立てられた割に、彼等にも技術屋の意地があったようだ。
坂崎直々の補強指示を的確にこなしてくれていた。
立方晶窒化炭素の盾越しとは云え、面圧力は一平方メートル当たり六十トンを下らなかったであろうに、指のジョイントに僅かな警告が出ただけで、腕は勿論のことフレームそのものにも異常は全く見られない。
巧のAS20は“F型”、即ち『ファーム』の名を冠する通り、ともかく『堅牢』さを優先して改修が重ねられた一品ではあるが、あまりの頑丈さに気味が悪い程だ。
「整備課、坂崎、共に感謝だな」
その言葉と共に、ホバーを吹かし高度を取る。
まず一頭は倒した。
だが、残る個体数は十二頭。
それも、今、陸上に姿を現しているものが蟲の全てならば、と云う条件が付く。
上空から見るとパンツァーファウストⅣを構えた歩兵が岩場に隠れているものの、彼等は基本的に”補助”であって、積極的に撃って貰っては困る。
蟲どもは地下を移動する。
射手の位置が知られた場合、ワームは其の場に移動するだろう。
あれだけの岩盤上に位置している今ならば、直下からの被害は無いだろう。
だが、這い上がってきたワームに地割れにでも引きずり込まれたなら、彼等も助かる見込みはない。
また、今の奇襲的な一撃はシナンガル兵が存在しない東側へとワームの死体を跳ね飛ばす事に成功したが、次はどうなるか分からない。
彼方に気を取られたくはないのだ。
そのシナンガル兵達は、東のワームが消えた事により生じた包囲の隙間を抜けて脱出しようとしているが、地下から頭を出していた事から来る空洞と其れに伴う地割れも出来ている。
穴と地割れを避け、安全に抜ける事が可能な狭い回廊部に兵士が殺到する。
その時、後方から押された兵士達の一部が底の見えない奈落へと雪崩のように墜ちて行くのが見えた。
これでは、何のために道を空けてやったのか分からない。
焦る後方の兵士を脅すように機関砲を向けると、流れが僅かばかり落ち着いた。
ともかく、焦ることなく一頭一頭と潰していくしかない。
シナンガル兵としては命が掛かっている以上、悠長なことも言って欲しくはないであろうが、相手の事情など知ったことではない。
確かにシナンガル兵を出来るだけ多く助けることを目的にはしている。
特にこれだけはっきりと、恐怖に怯える顔を見せる相手なら、誰しもが、
『例え敵だとしても無力化された現在、ひとりでも多く助けてやりたい』
そう思うのが人情だろう。
だが、巧はその事実を敢えて振り払うように、想いを声にした。
「俺は岡崎のような優しい男とは違うんだよ! お前等は“利用するための駒”だ!」
そう、巧が救う事を決めたのは何より『自軍の兵士達』だ。
捕虜でもない彼等の生死に責任が在るのは敵軍の司令官だけである。
この男の持つ一側面としての、合理主義の恐ろしさが垣間見える瞬間であろうか、或いは自分をそうやって納得させているのだろうか。
人間、自分の感情ほど理解できないものは無い。
様々な感情が複雑に絡み合って人を作るのだ。
巧も其れを知っている。
だからこそ、敢えてひとつを口にすることで自分の中の感情を決定づけたのだろう。
ともかく彼は仕事を続ける事を決め、北側の特に巨大な一頭を狙う。
空へ上がり先程と同じように機関砲を発射するが、驚いたことに身体をよじって、穴へと逃げ込み始めた。
更には身体をひねることで、体躯の中で”最も堅いと思われる”中央部分の丸みを使い避弾径始効果までも生み出したのだ。
その姿に巧はゾッとする。
「まさか、知性が在るのか……」
蟲に多少の防御本能がある事をカレルに知らせつつ、次に向けて手を打つ。
ガトリングを避けられたのは確かに痛い。
GEH装着時にはレーザーはパルスガンぐらいしか使えない。
そのパルスガンも、あの様に光沢の強い存在の場合、倒せるにしても周りへの乱反射が厄介だ。
二百キロワット・レーザーガン程の威力で一点集中ならともかく、五十キロをワット程度のパルスガンの場合、照射角を間違えれば反射光が逃げ惑う兵士達を生きたまま焼き殺す事になりかねないのだ。
助けるべき人数が多すぎることと、密集度が高すぎる事が問題だ。
その為、パルスガンは山腹に措きっぱなしである。
先に威力偵察のM82バレットの攻撃が僅かにだが通用した、と連絡があったことから、高速二十ミリ弾だけで充分である、と判断した武装選択は間違っていたのだろうか。
ともかく、あの“でかぶつ”については、もうひとつの手に賭けるしかあるまい。
巧は山際に僅かに目を遣ると、部下に期待することにした。
作戦開始前、長尾のオスプレイは補助電池を含む様々なパーツを詰め込んだ『ストックコンテナ』を岡崎と巧、それぞれに空輸してくれていた。
そのコンテナから持ち出し、盾の裏に装着した装備を再確認する。
最初の体当たりで脱落したものはない。
最後に使うべき装備であり、当然ながら出番は今少し後になりそうだ。
兎も角、北側に脱出路が出来た事でシナンガル兵はそちらへも殺到する。
東側での惨劇を知っているのか、先程よりは統制が取れた動きだ。
だが後方、そして側面からは未だワームが彼等の後背を襲っている。
挙げ句、最も北側に巧がASのポジションを取った為、当然ながらシナンガル兵達の足は明確に鈍った。
そこで、上空に位置した巧は南側から彼等を追うワームに向け連射を開始する。
まともに倒せたのは一頭だけだが、他のワームも警戒して穴蔵に逃げ込んだ。
この行為でようやくシナンガル兵も自分たちに救援が来た事を理解したようだ。
一気に駆け足になった。
こうしている今も、巧は足下の大穴を警戒しなくてはならない。この北側のワームは他のワームの倍の大きさはあった。
勿論、単に大きさだけの問題なら、機関砲で対抗は可能であっただろう。
只、問題はあの動きである。
機関砲で倒せる相手では無い、と考えざるを得なくなった。
だが此の様な時のためのバックアップが存在しており、連携は既に取れている。
次にあの特大が現れた時が勝負だ。
態々此処に位置取りをしたのは、何も南を狙う事だけが目的ではない。
それだけなら、真下の穴からずれてホバリングを行っても良かったのだ。
”この位置に意味がある”
そう考えた、瞬間である。
地面が揺れる。
『少尉!』
機体下面の危機を知らせるレーダーアラートと同時に、ヘッドフォンに岡崎の叫び声が響く。
ホバー推力を上げて急上昇すると、まるで水中のウツボがダイバーを襲うかのようにオーファンを真下から追ってきた。
「掛かったな、ミミズ野郎!」
ワームの長躯が伸びきったと思われた時、巧は思わず悪態を吐く。
途端、閃光が煌めいた。
巨大ワームの銀色の外皮にレーザー光が反射して、本来見えない筈の光を大気にまき散らかせたのだ。
体長百メートル、胴回り五十メートルを軽く超える装甲ワームは、その外殻の頑丈さなど始めから無かったかのように、巨体を中央よりも僅かに上から真っ二つにされ、吹き飛んだ。
十キロ以上離れた山岳地の中腹。
そこに待機していた岡崎の乗機AS31―Sの二百キロワット・レーザーガンが連装射軸を一点に集中してワームの胴体部に叩き込んだのだ。
オーバーキルも良いところである。
五十キロワット・パルスガンと違い、二百キロワット・レーザーガンは射程のみならず出力差から来る単純熱量も高い。
発射時の温度は三十七万度にも達する。
勿論、発射後の熱レーザーは空気中で急激に減衰するため、十キロ程の距離があると、平均して一万六千度前後まで落ちはする。
しかし、今回はパルスガンの四倍を越えるエネルギーを集約して更に二倍の威力で喰らわせたのだ。
相乗効果も相まって照射到達点の二メートル範囲は軽く五万度を超えたであろう。
地上から八十メートル地点を撃たせて正解であった。
それにしても威力が有り過ぎではないか、と思う。
或いは、巧が甘く考えていただけで、攻撃を受ける側は常に此の様な恐ろしい思いをしているのだろうか?
ワームは命中箇所の上下十メートル程が完全に蒸発していた。
オーファンの足下も照射熱によって装甲版の耐熱効果に過負荷が掛かってしまった程だ。
「下の連中……。死んで、ないよな……」
『すいません……。出力、上げ過ぎました』
無線から聞こえる岡崎の声も心なしか焦り気味の口調だ。
「なあ、31の出力って……?」
『いや、違います。すいません』
岡崎の焦りの原因は、ガンの高出力の問題だけでは無いようだ。
「どうした?」
『安全装置の解除をミスしました』
「なるほどね」
AS31はAS20より扱いが容易い。
だが其れが問題を生みやすいようだ。
ガン・コントローラーを完全自動に切り替えると、距離と撃破対象を計算する際に最も確実性の高い出力を自動的に選ぶことになる。
だが、それが過剰な出力を生みやすく、挙げ句は電気系統の一部が暫くダウンする事まであるのだ。
実戦配備されてから、ようやく明確になった弱点であった。
「それで、何処がやられた?」
『一時間ほどGEH換装が出来ません』
問われて答える岡崎の申し訳なさそうな口調は先程以上の物が有る。
しかし巧にしてみれば、“それくらい”で済んだなら、御の字と言う処だ。
岡崎のガンは未だ生きているのだ。
「あんまり、機械任せにするなよ。そいつ(補助システム)はどうやらまだ子供らしいな」
と、自分で発した『子供』という言葉で、”ある”ことに気付く。
腰回りに随分と圧力が掛かっているのだ。
胸元を見ると、クリールが巧の腰に回した手に力を入れつつ不機嫌な顔で巧の目を覗き込んでいた。
「大丈夫だよ! あれはもうやらないから」
そう言うと、『うん、うん』とでも言うように首を二度、縦に振った。
“レーザー光を嫌がる兵器、とはなんぞや?”
と疑問を持たざるを得ない巧だが、やらなければならないことを思い出し、次の行動に移る。
下に降りて確認すると、当然だが“巨大装甲ワーム”は完全に死に絶えており、有り難いことに下敷きになったシナンガル兵も居ない。
熱線での負傷者はどうだろう、と確認をするが、熱は基本的に上に向かうこともあって、そちらでもシナンガル兵に被害は無いようだ。
偽善ではあるが、“人死に”が少ないなら其れに越したことはない。
尤も中央作戦本部で決定した今後の計画では、生き残った兵士には更に苦労して貰う事になっている以上、生き残りは一人でも多いに限るのだ。
敵が聞けば、身の毛もよだつ計画であろうが、『参謀長』自らの発案である。
実行にも積極的に関わらせて貰う。
さて、残るは十頭。
此処からは歩兵中隊の出番である。
シナンガル軍も殆どが森への道をひた走っている。 あと10分もすれば先頭集団は森へと逃げ込めると見た。
更に北へ、そして『船』へと走って貰いたいものだ。
無線で丘を呼び出す。
「カレル、開始するぞ!」
『こっちはOKですよ』
その時、巧とカレルの会話に佐野が大声で半畳を入れてきた。
『新任少尉が中佐に口語命令で中佐はそれを平気で受け取るとは、
どうなってるんだ、この軍は!』
「今だけは堅いこと言いっこ無しにしましょうよ、中尉」
巧は苦笑いで佐野を宥めたのだが、帰ってきた返事は其の巧の苦笑いを破顔に変える効果があった。
『馬鹿! “俺も混ぜろ!”ってこった。言わせんな、恥ずかしい!』
無線にあちこちからのクスクスとした笑い声が混じり、巧の心情を代弁するかのようだ。
辛い闘いがもうじき終わりを告げようとしている。
兵士達は少しでも誇りを取り戻せるであろうか。少なくとも今の笑い声は、その前触れだと思いたかった。
盾の裏側から最後の装備である発煙弾を取り出し、次々とワームの現れた穴蔵へと投げ込んでいく。
かなり深い穴のようであり、中々煙は上がってこない。
他にも平野にはあちこちに地割れが走り、そこから煙が漏れることも考えられるが、其れは其れで良い。
あまり煙が濃くなりすぎて、着弾観測員の視界を妨げてはいけないのだ。
暫し待つ。
発煙弾の緑色の煙が上がるより先に、二頭のワームが穴蔵から跳びだしてきた。
煙に追い立てられたのであろう
巧は一旦後方に下がる。
同時に中隊からの一斉砲撃が開始された。
十キロ圏内ならば一メートル四方に着弾を成功させる腕を持った迫撃砲要員達である。
本来、命中精密度など度外視した制圧攻撃である“迫撃”を芸術の域にまで高めた彼等の腕の見せ所なのだ。
相手は砲撃に対して無力な十六世紀の兵士ではない。
強大な力を持ち、同じ土俵に立つ、いや其れ以上の力を持つ存在だ。
国防軍兵士が相手に不足を感じる筈もなかった。
使われている弾頭は最低でも八十一ミリの成形炸薬弾や粘着榴弾と呼ばれる高精度対物破壊弾である。
その威力たるや、オーファンのガトリングガンの比では無い。
凄まじい閃光にクリールがやや怯えたように巧にしがみついてきた。
先程のレーザー照射の時点から、僅かに眉根を曇らせていたのだが、遂に耐えきれなくなった様だ。
“砲撃に怯える兵器というのは……”
段々と頭が痛くなってきた気がする。
と、その時である。
背筋にゾッとするものが走る。
フットバーを踏もうとしたが、クリールにしがみつかれているためか、一瞬遅れた。
直後、背面警戒アラートが鳴り響いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
補足設定資料
AS20の200kwレーザーガン、及び50kwパルスガン装備状態です 。
(『強襲仕様』となっております)
レーザーガンは片側展開、片側収納状態です。
収納したガンを展開時にはスライドしてUPした後で回転して土台と砲身の根本を結合させる「ギミック形式」です。
イラスト提供は『たまりしょうゆ様』です。
ありがとうございました。
サブタイトルは、パオロ・バチガルビのthe wind up girl(邦題:ネジ巻き少女)を捩らせて頂きました。
各種の賞を総なめにしたそうですが、あらすじを読むと?な感じですね。
日本人をモデルにしたアンドロイド少女が出て来るお話のようです。
wind up(ネジ巻き)と同じ意味のheave upには「波打つ」と云う意味もあります。
そこで、引っかけて「流動少女」とさせて頂きました。
さて話の中で
”その時、巧とカレルの会話に佐野が大声で半畳を入れてきた。”
という言葉がありますが、これは昔の寄席で、つまらない落語に対して、敷物として与えられた「薄畳」(これが半畳の大きさ)を投げてヤジを飛ばす事を指しました。
転じて、”からかう事”を指すようになった言葉です。
相撲でも座布団を投げますが、あれに近いものでしょうか?
あちらも大金星が出た時、上位力士に対して(不甲斐ないぞ、と)抗議の意味があったそうですね。
いつの間にやら、勝った方への賞賛扱いになりましたが、良いマナーではないようです。
なんか、変な後書きですね。




