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星を追う者たち  作者: 矢口
第八章 俳優交代
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139:柔らかすぎる彼女

「カレルは撤退速度を上げた。良い判断だ。敵もほぼ揃ったからな」

 オーファンのコックピットから短無線で繋がったHMDヘッド・マウント・ディスプレイ装備のヘルメットを被り、丘の中腹に潜んだ巧は平野部を見降ろす。

 巧が頭を振るとオーファンも連動して首を振り、ズームカメラで遠方の森の中を進む一群を写す。

 通常画像ではない。

 サーモグラフィの識別画像と彼等が身に付けている敵味方識別シートの光点が巧のヘルメット内モニタに送り込まれているのだ。


 五十キロ程北には、曹長昇進により実戦搭乗許可を得た岡崎のAS31-Sが身を潜めていた。

 その岡崎が巧に確認を取って来る。

『う~ん。それは良いんですが、少尉。本当に後方を断たなくて良いんですか?』

「いいんだよ。見つからない様にして後はリラックスしてろよ。唯な、“嫌な感じ”には気を付けろよ」

『はい』

 ASの初陣で少し緊張気味の岡崎。

 その彼の眼下の細い街道を敵の中央部隊が通り抜けようとしている。


 現在、敵は先頭部隊がようやく森に差し掛かりつつあるだけで、敵兵力の全軍が平野部に入るには更に一日の時間が必要であろう。

 だが、その前に別の敵がロケット基地を襲う事が考えられる。

 コペルから話のあった『魔獣』である。

 北の海上から来るのか、或いは南からなのか、それは分からない。

 たが最も高い可能性としては、やはりビストラントからの北上が自然だ。

 その為、巧が南側にポジションを取った。


「しかし、流石の十二旅団だな。まるで気配が無い」

 自分の古巣ながら、敵軍包囲のために選抜された二百五十名の兵士達の隠密能力には舌を巻くばかりである。

 山岳地特化型の十二旅団では一般歩兵でさえ“これ”なのだ。

 特殊作戦群や独立した狙撃中隊ともなれば、その潜伏技能はどれ程のものになるのか知れず、体力に自信のない巧には雲の上の話にしかならない。


 尤もその狙撃中隊の人間も生存・潜伏演習を十年ぶりに完遂した柊巧に一目置いているのだから、世の中分からないものだ。



 AH-2Sの一個小隊を含む長尾大尉のヘリ中隊は現在到達不能山脈の南側に位置し、偵察以上の数の翼飛竜が移動する場合は撤退部隊の援護に出る事になっている。

 少数の翼飛竜ならば部隊が壊滅する事はないだろう。

 しかし百とはいかなくとも、一度に三十から四十の数で迫られては如何に精鋭の囮部隊とは云え、全滅は免れない。


 死ぬ危険は犯させても、味方を殺すための作戦ではないのだ。

 

 その様な緊迫した中ではあるが、今、分散した他の分隊や長尾大尉達と巧達がそれぞれに無線を常時接続にせず、待機状態であるのには訳がある。

 コペルの話では、こちらに来る敵は通常の魔獣ではなく、例の『人型』らしい。


 しかも厄介な事に八体の中で最も能力の高い相手であり、驚く事に“人語も解す”という。

 彼等が電波を捉える習性がある事も確実であることから、無線は最低限に抑えてあるのだ。


 挙げ句はシナンガルの翼飛竜ですら電波に反応する。

 無線も決してアドバンテージにならないのでは、最新兵器も威力半減の悲しさを感じざるを得ない。


 巧が最も心配している事は、翼飛竜や魔獣がシナンガル軍の護衛に入る事ではない。

 それ以前に、個別に歩兵を狩り始めないか、と云う事である。


 ASや戦闘ヘリは魔獣から見ればより見つけやすい敵である。

 本来はネルトゥスに待機し、魔獣出現の一報を受けてから飛び立てば発射基地まで最速三十分程で駆けつける事が出来る。

 だが、昨年十二月。未だ独立連隊の頃に起きた初の魔獣の逆襲時に於いて、三十式警戒偵察車両、及び装甲兵員輸送車を備えた第四小隊二十五名が壊滅するのに十五分とは掛からなかった。


 現在、中隊はその作戦目的から、完全に分散して行動している。

 援護機の到着が三十分後では遅すぎるのだ。


「さて、問題はその魔獣だが……」

 巧は未だ見ぬ敵について呟くとも無しについつい声に出したのだが、完全に予定が狂っていた。

 一度は対応策を完成させたものの、現状では無策のまま、唯、警戒を行わざるを得ないのだ。


「せめて相手が“固定した姿”なら、策も使えたんだがなぁ」



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「スライム?」

「うん、その言い方が近い」


 四日前のネルトゥス艦上では桜田のコペルに対する態度が露骨に変わった後、ようやく作戦会議に入れたのだが、今度はそのコペルの言葉で全員が頭を抱える事になった。


 こちらに向かう可能性が高い魔獣は二頭。

 そのうちの一頭はランセに取って最も相性が悪い相手らしい。

 攻撃速度の高さもさることながら、問題はその大きさである。


『人型』


 これは発見が難しい。

 その上で能力的にはマーシアが敵側についた様なものなのだ。


 そしてそれ以上に驚かされたのは、その敵が『人型』であるのは便宜上その様な形を取っているに過ぎず、実体は不定形だというのだ。

 其処で、先程の“スライム”という単語が口の端に上がる事になった訳である。


「不定形ねぇ」

 そう言った後で、巧はコペルに様々に問い掛けてみる。


「鳥になるなどの変形は?」

「可能」

「ランセのような粒子砲は?」

「多分、可能。更に問題なのは、数秒は一点集中して叩き込める事」


 コペルの言葉は収束密度が高い粒子砲である事を示している。 

 数秒でも連続して発射時間が得られるならば空中を切り裂くメスも同然だ。

 其処までの兵器で有って欲しく無い、と希望しつつ質問を続ける。


「流動体ならば分裂、多数となって行動は出来るかな?」

「不可能、いや可能性は限りなく低い」


 此処で誰もが“おやっ”という顔をする。

 分裂すれば二方向からの攻撃が可能だ。

 不定形の兵器ならその利点が有っておかしくないではないか。


 その点を巧が問うと、コペルは少し困った顔をした。

「う~ん。なんと言えば良いのだろうか? 現在は分裂限界が高くない」

「現在は?」

「元々、別の個体を守る為の流動体なんだよ」

「どういう事だ?」

「……話したくない」

 誰もがこの言葉にはあっけにとられる。


「コペルさん、どういう意味だ。今の言葉は桜田でなくとも怒るぜ」

 巧の言葉は真っ当なものだ。

 だが、コペルは妙な返事を返してきた。

「分離した本体側は、この社会で生かしてやりたいんだ。駄目かな?」


 端正な顔立ちに変化は薄いが、困ったと云う様に首を僅かに傾げる。

 その様子を見て、長尾が不快感を示す。

「どの様な事情かは知らないが、私は部下を危険に晒す要素はみとめられないのだよ。コペルさん」


 巧も頷くが、こうなって揉めるのも困る。確認だけを取る事にした。

「その分離したもう一体が、敵対する事はあり得ないのか?」

「あっちは歴とした人間だ。今はシエネ周辺でうろうろしている。 

 万が一こちらに向かうようなら、直ぐ分かる」

 コペルは相変わらず何気に問題発言をする男だ。


「人間! いや、それより敵の居場所を掴んでいるのか!?」

 

 巧が跳び上がって叫んだ処では無い。これには先程以上に誰もが驚く。

 敵の位置が分かるのなら、直ぐさま教えてくれて良いではないか。

 だが、その事を問うとコペルは遂には軽く渋面(じゅうめん)を作った。


「唯でさえルールを変更して君たちの側に付いた。

 君たちはともかく、フェリシア人は彼等(シナンガル)とフェアに闘う義務がある。

 君たちに情報を流すと言う事は彼等にも流れる。 

 バックアップはする。だが、ズルは駄目!」


 “フェリシア”と云うコペルの一言は巧には響いた。

 彼は『この世界のルールに従え』と言ったのだ。


 だが、他の全員にはそれが分からない。逆にコペルに不審の視線を向けた。

 巧が取りなすしか有るまい。


「長尾大尉、それから(みんな)、コペルさんの言う事を理解して貰いたい。

 自由貿易だって関税はあるし、保護品目もある」


 此処は外国どころでは無い異世界なのだ。

 戦争のルールもこの世界特有の物が有っておかしくはないではないか。

 “名乗り”を上げて闘え、と言われないだけマシなのだ。


 ラキオシアの首都リンデの埠頭でネルトゥスを受け取った時の事を思い出す。

『この世界には様々なルールがある』とオベルンが言っていた。


 得体の知れない何者かの影を感じて不快ではあった。

 だが、それを探るには手がかりがなさ過ぎて、この問題は後に回さざるを得ない。


 何より、フェリシア人と運命共同体なら、彼等と共に闘う事がもたらす不利益も享受(きょうじゅ)しなくてはなるまい。

 彼等のお陰で此処まで生き延びて来た。

 都合が悪くなったからと言って切り捨てるのでは、同盟関係とは言えないのだ。


 長尾もその点、ようやく受け入れてはくれた。

「納得はしないが、」と一言入れてはいたが此は仕方有るまい。

 だが、少なくともコペルは嘘だけは吐かない。これは確かなのだ。

 巧は不思議と長尾にはこの事を理解して欲しいと思っている。


 いや、長尾に限らず、地球の人間にはコペルを信用して貰いたいと思う。

 甘い、と言われればそれまでだが、何故かそう感じるのだ。


 そうやって、二頭の魔獣について少しの不審と多くの不安となる情報は出そろった。



 そして今、巧は此処に居る。


 何かが背後で動いた。銃を抜き振り向く。 

 今回持って来たハンドガンの内では最も静粛性の高い三十二年式拳銃に減音器(サプレッサー)を取り付けてある。

 その上、火薬量を落とした九ミリ・サブソニック弾(音速を超えない弾丸)を込めては在るが、地球に比べて〇,八Gのカグラではそれでも発射音が響きがちだ。


 山の斜面に居る以上、反響音が何処まで響くか分からない。

 そっと後退して、オーファンのコックピットに跳び乗る。

 慌ててハッチを閉じるのと、木陰の何者かの正体が知れたのはほぼ同時だった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「あら! (まず)いわ」

「どうなさいました」

 ルナールは久々に現れた『軍師』と今後の展開に付いて話をしていたのだが、いきなり『軍師』が声を高めた。


 (いぶか)しむルナールに、『軍師』は慌てた様に胸元で立てた掌を軽く振った。

「いえ、ちょっと友人を此処に招待したかったんだけど、予定が狂いそうなの」

「?」


『軍師』の“友人”と云う言葉に首をひねるルナールが思い出していたのは、初めて彼女と会った日の事であった。

 確かに“彼”と云う言葉を使っていた。

 誰なのだろうか? 何やらもやもやと嫌な感じがするのは、軍事的な意味合いではない事にルナールは未だ気付いていない。



     ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



〔アルテルフ11に破損の可能性在り、微少隕石の衝突と考えられる〕


〔通信緊急度を「C」と判断する。

 アルテルフ11は現在、コード『セム』の統制下に有らず〕


『いや、いや、報告はしてくれたまえ。

 今、丁度“11”が『影』から出たところだったのは助かったよ。

 こちらでも確認できた』



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 ヴェレーネは眠りの中にいる。

 様々な難問が有る中、彼女は次第に自分の外的自我(エゴ)を優先させつつある。


『私は国家を守る』


 そうやって生きてきた。

 兵士の犠牲を持ってしても、国境で交戦状態に持ち込むはずでは無かったのか?

 だが、ハインミュラーの命が危険に晒された時、自分はその(かせ)をあっさりと破った。

 他の兵士の命と自分の近しい人間の命を別の天秤に乗せたのだ。


『私は汚い!』


 彼女の中に有る今の気持ちはそれだけだ。

 恥ずかしさで何処かに逃げてしまいたい。

 誰も知らないところ? 


 いや本当は誰かに叱って貰いたい。救って貰いたいのだ。 

 お爺様を見捨てる事が出来なかった自分を誰かに叱って貰わなくてはならない。

 誰に? 女王? いや、女王は自分を責めない。ならば誰が居る。


 誰がいるのだ。

 マーシアか? マーシアも今は優しい娘となった。結局は私を許す。


 駄目だ。


 何処へ行こう。

 誰かにしっかりと叱って貰い、それから泣きたいのだ。

 今は、唯、泣きたい。

 肩を抱いてもらって素直に泣きたいだけなのだ。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 巧はかなりの時間迷って居たが、結局はASから降りる事にならざるを得ない、と覚悟を決めつつある。


 周辺に熱源など他の生体反応は捉えられず、正面の存在が魔獣である可能性はともかく、連携した敵がいる可能性は低い。

 何より、自分の正気を確かめなくてはならなかった。

 だが、ASから降りる前に、もう少し考えるべき事が有ったのに気付くのは、かなり後の事である。

 勿論、気付いた所で、彼がハッチを開く事は変わらなかっただろう。


 保護しなくてはならない対象なのだ。

 桜田に相談すべきかと思ったが二重の意味で止めた。

 遠距離の通信は秘匿状態であること、それ以上に下手をすれば人格を疑われなかったからだ。


 モニタに映っているのは十歳にはならない女の子であろう。

 短めながら見事な赤毛と、それに合わせて燃えるような紅瞳(こうどう)



 問題は、そう、問題はその少女が一糸纏わぬ姿であったと云う事だ。





サブタイトルは、イタノ・カルヴァーノの「柔らかい月」からです。

はっきり言って読んだ事ありません。

内容も知りません。 これから調べます。 はい。

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