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星を追う者たち  作者: 矢口
第二章 次元を超える人々
14/222

13:オペレーション・プロメティア

『やあ、ヴェレーネ。五七六時間四九分二一秒ぶりだね。約束まではまだまだあったと思うんだけど? 今日はどうしたの』


 相変わらず管理室奥にある隠し部屋の主、『セム』の声は陽気である。


「……」


『ヴェレーネ、何で黙ってんの?』


「……」


『ところでさ、ちょっと気になることがあるんだけど、訊いて良いかな』


「何ですの?」


『その手に持ってるもの、なあに?』


「これはですね…………」

 充分に間を置いてから、ヴェレーネ・アルメットは、

破壊槌(スレッジハンマー)というものですの」

 そう言ってにっこり笑う。

 しかし黒い瞳は、そのエルフの少女の笑顔とは裏腹に狂気を帯びたものがある。

 カチューシャで前髪を揃えて肩まで伸びた黒髪までもが逆立つ勢いだ。


『それで、ぼくを殴るの?』


「いいえ」


「ぶっ壊すの?」


「いいえ、いいえ」

 ヴェレーネは強く(かぶり)を振る。


『もしかして破壊し尽くして、塵にしちゃうとか、hahaha!』


「正解おめでとう。あなたって本当に賢いわぁ。 

 そういうとこ好きですわよ」 


『わーい、僕とヴェレーネの新しい愛の形だぁ、って、ちょ、ちょっとまってよぉ~~』


「なんですの?」


『僕が何したって言うの。それに此処ぶっ壊しても僕にはあんまり影響ないこと知ってるでしょ?』


「じゃあ、尚更、素直に壊されなさいよ。 

 あなたの保安システムまで、綺麗に抹消(エリミネート)してさしあげますわ」


『いや、いや、君の場合、次はホントに僕のとこまで来るでしょ?』


「場所は知りませんわ」


『時間の問題って感じがするね。何があったか知らないが理由(わけ)ぐらい聞かせてよ。 

 あと、出来れば言い訳もさせてほしいなぁ』


「じゃあ、お聞きしますわね」

『うん』


「あの戦 魔 王ザーストロン・ルシフェルを何処へやったんですか! と訊いてるんです。」

『は?』


「二つの意味で訊いているのですわ? まず、ひとつは『あっちの世界』の何処に送ったのかですわね。女王様のすぐ近くで生まれるで有ろう『人間』に転送する様にプログラムをお願いした筈ですわよね。ところが『あれ』は女王が三四歳で事故死するまで行方不明だったんですよ」


 その言葉に対して、少し間があったが『セム』は答えた。


『その件なら責任の半分以上は君たちにあると思うよ』

『セム』の機械音声(こえ)は珍しく不機嫌である。


「と言いますと?」

 じっと考えていたヴェレーネだが、次の瞬間には「あっ!」と叫ぶ。


「もしかして、あの時の?」


『もしかしなくてもそうだよ』

『セム』の答えは明快である。




 今から約七ヶ月前のことである。


『ある目的』から女王とその近衛隊長であるマーシア・グラディウスの二名は、有り得るであろう『別の文明世界』の波長を察知したと報告する『セム』の情報に基づき、その地に跳ぶことになった。

 但し、危険が伴う為、肉体は当然ながら精神もこちらに残したまま、一部を精神跳躍させて『あちらの世界』で現在、自我のない『知的生命体』に飛び乗らせることにしたのだ。

 つまり、あちらでその『生命体』が死亡すればこちらに戻ってくることになる。

 時間は現地時間で約六十年。こちらに合わせると、どのように短くしても二年となった。


 要は夢を見ている様なものであるが、現実に存在する世界への跳躍であることは事実である。

 

 極秘の計画である上に、『強い感応精神力』、つまりは『魔力』と呼ばれるものが必要になるため、通常の空間跳躍が得意な女王自ら志願した。

 近衛のマーシアは『ヴェレーネを殺す』と公言する程に反対したが、ヴェレーネの様々な力は国家を守る重要なものである。


 また、女王が「平時の政治的天才」ならヴェレーネはその魔法能力と共に「乱世の政治的天才」でもある。

 隣国との戦争が迫る国家の緊急事態に、どちらが命を賭けるべきかは、天才同士である互いにしか理解できないことであった。


 その跳躍により得られた情報を元に「大魔法使い」こと、ヴェレーネ・アルメットが次の段階での実践活動を行うことになっていたのだ。


 (から)の精神量子だけで『あちらの世界』に行くことになる為、向こうで生まれた時は、こちらの記憶は全て失う。

 しかし、『あちら』で貯め込んだ情報量子は『こちら』に持ち帰って来ることが可能なのだ。


 結局、女王が護衛としてマーシアの同行を認めた為、彼女も矛を収めた。

 彼女には、女王に対する忠誠心の量子コピーを付けて送り出すことにしたのだ。


 ところがその跳躍の日、事故が起きた。

 正確に言うなら、アルバがドジを起こしたのである。


 日頃、睨まれて怖がっている腹いせからか、アルバは転送装置の運転開始ギリギリまで、眠るマーシアの棺をのぞき込み「あっかんべ―」をしていた。


「さっさと待避線の外に出なさい!」

 管理室(ブース)内からヴェレーネに怒鳴られ、棺から下がったのは良いのだが、その時、棺から伸びていたコードに足を引っかけてしまったのだ。


 ヴェレーネがスイッチを押したのとほぼ同時のことだった。


 精神跳躍ガイスト・スプリンガンは成功した……、但し女王のみ。


 マーシアの跳躍装置から伸びていたコードは吹っ飛び、ジャックピンの何本かが折れるか曲がるかしてしまう。

 慌てて、修理しようとしたのだが、あいにく跳躍装置は普通(・・)の機械なのである。 

 修理の為の機材がすぐには揃わなく、倉庫をひっくり返して代用品を見つけたのは翌日のことであった。


 そうしてようやくマーシアを送り出したのである。




「あれ、ですか……」

 呆然とヴェレーネは呟く。


『あれ、あれですわよ。奥様。 って止めて! 軽い冗談!

 イッツ・ジョーク!』

 ふざけて答えた『セム』のコンソールにヴェレーネが破壊槌を振り上げたのだ。


「真面目におねがいしますね」


『はい』


「で、結局、どれくらいの時間がずれましたの?」


『ん~、最小二年二ヶ月、かな?』


「最大なら?」


『三十年……、くらい?』


「護衛の意味ないじゃないですか!」


 殆ど怒鳴り声になるヴェレーネに、『セム』も負けじとばかりに怒鳴り返す。


『時空の揺らぎは量子の揺らぎの壁なんだよ! 量子は自由に脈動しているんだ。どうしろって言うんだい!

 これでも努力したんだよ。時間軸は兎も角、座標軸だけは女王様に出来るだけ近づけたんだ。それこそ、重なる(・・・)程にね!』


「えっ!」


『えっ?』


「最後何って言いましたの?」


『座標は近づけた……?』


「いえ、その後、最後ですわ」


『だから、重なる程に……、あっ!』


 重い沈黙が流れる……。



「『あれ』の中身の正体はおおよそ見当が付きましたわ。となると、粗略には扱えませんね」


『は、は、は……』

 笑って誤魔化そうとする『セム』であった。


「まあ、最初の一つはお互いに失敗したと言うことで、痛み分けにしましょう。

 あり得ない話ですが、あなたが本当に壊れてしまったら国が滅びかねません」


『お目こぼし、ありがとう御座います。って冤罪もあるだろ! 謝罪と賠償を要求するぞ!』


「どっかの変な民族みたいな事言ってないで、次の質問に答えて下さい」


『もう、酷いな。なにぃ~~』

 やる気のない声で答えるが、ヴェレーネは意に介さない。


「本人はどうして表に出てこないんですかねぇ? あれほどの女が?」


 セムの答えはまたまた明快である。

『居心地が良いんじゃないの』


「はあ?」

 意図せずして、ヴェレーネからおかしな声が出る。


「ど、どういう事ですの?」


『ん~~、これは過去の様々な心理学者やセラピスト、心療内科の記録から引っ張り出したんだけどね。 

 今が彼女の望む本物の自分なんじゃないのか、ってことだよ。 

 それ以外にも、あっちの人格の『感応精神力』が彼女より強い可能性もあるけどね』


『……因みに、そんなに違ってるの?』


「第二診療室に居ますから、モニタしてご覧なさい」


 三分程時間が過ぎる。


『……、うおっ! なにこれ、可愛くなってる。ね、紹介してよ』


「ナンパかっ!」

 此奴に負けてはならない、とヴェレーネは気を確かに持つ様に頑張った。

「それは兎も角として、過去の五百年に渡る、時空間の粒子の揺らぎのパターン解析は終わってるんでしょ! あの計画の実行で綿密なデータの収集は完了したはずです!」


『イエス・マム! でも、前回の様に眠ったままだとやっぱり難しいよ』


「今度は、起きてる人間が、自力で跳びますのよ……」


『やっぱり、やるんだ』


「この世界は、この世界で気に入ってるんですけどね。少しばかりあちらの工業力に頼らなくちゃ行けなくなってきましたのよ」


『僕も工業製品だけどね』


「この世界では異質のね。何より、あなた機械って言えるの?」

 ヴェレーネはスクリーンを見上げるが画面は相変わらず大きな模様と文字を写すだけだ。

『セム』も意図的にか何も答えない。


 ヴェレーネは『セム』を問いつめるのは止め、別の言葉を発する。

「実行後に社会のスピードが上がりすぎると『人間』が追いつかなくなるわ。 

そこも気を付けないといけませんわね」


『うん。【オペレーション・プロメティア】第二段階の始まりだね』




   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 リンジーに風呂場まで案内して貰ったマリアンは、脱衣所のガラスの向こうに、十五~十六歳の女性が居るのに気付いた。

 銀髪、長い髪、青い瞳、自分に似ていると気付く余裕は全くなかった。


 なぜなら彼女は、マリアンが起きた後で此処まで着せて貰ってきたものと同じガウンを片手に持って一糸(まと)わぬ姿だったからだ。


 思わず目を瞑り廻れ右をする。

「す、すいません。ぼく、案内されてここに入っちゃったもので、女性用とは知らなかったんです!」


 謝ったが、反応はない。

 怒ってるのかな?

 それとも、クラスの女の子達みたいな人だとか……


 などと、マリアンの鼓動は高くなる。

 そっと左から振り向くと相手も背を向けて、こちらを振り向いている。


 何か変だ。 


 そう思って自分の左手を振り向いた顔に当てると、相手も寸分違わぬ動きをした。

 ガラスではない。あれは……、鏡なのだ!


 そう気付いた時。


「無くなってて、くっついてるよ~~!! あとなんでおっきくなってるの~~!!」


 ドアの外に居るリンジーがびくっとする。

「わ、私、悪くありません。殺さないで下さい!」

 叫ぶというか泣くというかよく分からない声で頭を下げる。


 浴室からガウンで前を隠して飛び出してきたマリアン、いやリンジーにとっては『マーシア』が、

「ねえ、天使のお姉さん。なんでぼく、おんなの子になっちゃったの。

 耳も伸びちゃってるし、何か悪いことした?」

 そう泣き叫ぶ。


 何を泣いているのかは理解できないリンジーであったが、最後の言葉にだけは、少し脳が反応してしまった。

「悪いことはしていません。恐ろしい事はたくさんしてますけど!!」

 言った後、リンジーは自分の失言に気付いて、その恐ろしさで泣き始めた。


 十九歳と十六歳(推定)のエルフが廊下で二人揃って泣いている。


 そこに、ヴェレーネが駆けつけた。


    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「つまり、ぼくは生まれ変わっちゃったわけですね?」

 マリアンはようやく風呂から上がり、食事も済ませるとヴェレーネからの小さな茶席に招かれていた。


 場所はヴェレーネの書斎。


 イングリッシュアンティークといった趣のある部屋であり、デスクは古いがしっかりした素材で出来ている。

 ティーセットの置かれた小さな真四角のティーテーブルは、本来はチェス盤でも置く為のものの様だ。


 窓の外の広い緑の庭と噴水が緩やかな時間に彩りを添えている。


 マリアンは当然知らないが紅茶の茶葉は、現在彼が居る首都セントレアから北西に約二千キロメートル離れたアトシラシカ山脈の中部山裾でとれる一級品である。

 海からの風に乗ってくる雲が生み出す雨量と昼夜の寒暖差が絶品を仕上げている。


 香りを楽しみながら、ヴェレーネはマリアンに答える。

「まあ、そう言うことになりますわね。あなたの立場からすれば」


「でも、気になるのは、この体です。

 本当は『マーシア』さんって方のものなんですよね。」

 俯いて、苦しそうな表情をする。

 暫く黙っていたが、意を決した様に言葉を続けた。

「返せませんか、この体? マーシアさんに」


 ヴェレーネはカップを静かに置くとマリアンの目をじっと見る。

「ほんと笑っちゃいますねぇ。同じ顔なのに全くの別人ですわ。

 リンジーやマイヤは何故あなたを怖がるんでしょうねぇ」

 声を出して笑う。


「あのね。その体はマーシアのものでもありますけど、元々あなたのものでもあるの。

 そのうち意識が統合されるから、気にしなくて良いわ」

 あっさりと手を振ってマリアンの提案を否定する。

「それに、あなた消えたいのかしらぁ?」


 マリアンは首を横に振るが、

「お父さんとお母さんに会えるなら体はどうでも良いんです……」

 そう寂しそうに言うだけだ。


 視線を感じてマリアンが顔を上げるとヴェレーネが優しく微笑む。

「でも、からだが無かったら抱きしめてもらえないでしょ?」


「……二人とも死にました……」

 また俯く、それから言葉を継いだ。

「お父さんもお母さんもお姉ちゃんもお兄ちゃんも此処には居ませんから……」




「多分だけど、一人は居ますわよ」

 ヴェレーネの言葉は唐突すぎて、マリアンには何を言っているのか理解できなかった。


「はいぃ」

 間抜けな声になったとマリアンは自分でも思ったが、そう言わずには居られない。


「お母さんの特徴、あてて見せましょうか?」

 ヴェレーネが悪戯っぽく笑う。 


 十四~十五歳にしか見えないが、本人より年上の二十を越えるような人にも命令をしていたこの人は、どのような人物なのだろうか? 

 元から不思議に思うが、彼女は益々謎めいたことを言っているのだ。


「イタコの口寄せ、みたいな物ですか?」

 

 思わずも問うてきたマリアンの言葉にヴェレーネは頭を押さえる。 

 女王の記憶に有った言葉だが、うさんくさいとしか本人には思えない代物だったからだ。

「いえ、そう言うのではなくてですね。まあ、いいですわ」


 そう言って彼女は女王の特徴を話す。

 薄めの金髪、マーシアことマリアンよりは薄い青い瞳、鼻の形、唇の側にある小さな黒子などだ。 

 勿論、耳が長いことと外見が若返っていることは話さなかったが。


 訊いていたマリアンは吃驚する。

「あってます……」

 嬉しそうな顔になる。


 当然、その後、

「名前は?」

 と訊いたのだが、


「今は言えないですわね。言ってもしょうがないと思いません?」

 とヴェレーネは答えた。


 マリアンとて『マーシア』と変わってしまったのだ、そう言われればそうであると思って、マリアンも頷く。


「連絡を入れておきます。あちらが了承したら、明日にでも会いに行きましょう」


 その言葉に再び頷くマリアンに、ヴェレーネはもう一つ大切なことを教えると言った。

 マリアンが体を間借りしている『マーシア』という人物についてである。



 だが、その話が進むにつれマリアンは血の気を失い、最後は失神しそうになった。

 

 



サブタイトルは、J・P・ホーガンの「プロテウス・オペレーション」をいじくりました。 しかし、プロテウスって予言と海の神様なのに何で次元跳躍の話のタイトルに入れたのか、今でも不思議なんですよね。


こっちの方は、例の「プロメテウス」の女性名詞でタイトルにしました。

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