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星を追う者たち  作者: 矢口
第八章 俳優交代
139/222

138:国境封鎖

「睨み合いだな」

 シエネ最後の防衛活動に辛うじて間に合った相沢であったが、その表情は暗い。


 実戦はやはり恐ろしいものだと思う。

 前面城壁に向かう広場を抜けつつ補修された中央部に目を向けると、仮のものでは在るが慰霊碑が建てられている。

 きっかりと3秒間、弔意を示す敬礼を行ってから城壁の最上部に登り切った。

 真下の平地に敵の姿は無いが川を挟んで、遠く十五万のシナンガル軍のキャンプが豆粒のように見える。



 驚いた事に、再度軍使をよこした敵方の方面軍司令官ナルシス・ピナーなる人物は、

『あの魔獣は、使役魔法という伝説魔法によってフェリシアがもたらしたものでは無いのか?』

 と言い出して、全く軍を引く気配を見せないのだ。

 

 また、ヴェレーネ・アルメットが軍使に伝えた言葉が真実であり、ルーファンを攻めるというなら、やはり我々は此処に防衛線を張るべきである、とも。


 勿論、ヴェレーネは軍使であるボーエンに逆侵攻宣言の証拠となるものは何一つ持たせて居ない。

 しかし、公式に対談の場を持たれた場合、ピナーの言葉を否定する訳にもいかない。


 つまりヴェレーネの言葉に一旦は狼狽(うろた)えたものの、落ち着きを取り戻したルナールからフェリシアに向けられた切り返しである。


 端から見れば見事な回答と言えたが、実はそれすらもヴェレーネの予定の内で在った……。



 フェリシア議会に於ける逆侵攻の可決は、純粋な防衛の意味から賛成票を投じた議員が殆どであろうが、実は魔獣の皮や骨などから作られた武器の製造後、その売り上げが思いの外に悪い、と感じた商人達から秘密裏に議員に金銭が流れている可能性が高い。


 戦争経済が動き始めている。


 王宮が最も恐れていたことだ。

 出来得るなら、前回と同じくシエネの防衛戦で終わらせたかった。

 だからこそ十五万の敵兵が一気に押し寄せる形となる短期決戦で片を付けるため、彼等に河川を越えて突入して貰いたい。


 ヴェレーネが城塞貫通穴の正面に立った時、マーシアに憎まれる事を知りつつも国境河川(ライン)を越えようとする敵兵を押しとどめなかった理由はこれなのだ。


 今後の闘いは魔法と地球の近代兵器が主力である以上、一般兵士が幾ら動いても武具はもはや大金には成り得ない。

 その事実を世間に広め、また“幾分かの犠牲が出る事”で首都に適度な厭戦(えんせん)気分も持たせたい。

 小さな戦に勝ち過ぎた事で、最後の最後で大きく道を誤り国が滅んだ事例は地球にも幾らでも有る。


 特にマーシアの存在は大きい。

 彼女が居る限り負けはない、と思い込んでいる兵士の如何に多い事か。


 ヴェレーネは今まで自分の戦闘力を通常の三倍程度と公称し、アルシオーネの能力を秘匿するなど研究所の本来の力を表にするのを嫌っていた。

 それは現状の様に国民が過度に好戦的になる事を避ける為であったのだ。

 だが、六十年前のそして昨年からの闘いに於けるマーシアの存在が議会を始め、様々な人々に戦争を甘く考えさせる要因となっている。


 実は戦争を望むのは、為政者や企業ばかりではない。

『愛国心に燃える国民』というものが一番厄介だ。

 参加義務のない第一次世界大戦にイギリスは国民の強い後押しで参加した。

(友好国ベルギーを守るという大義名分は一応に有りはした)

 だが、その結果は大量の死者を出した上に新興国アメリカの台頭を許し、その後の第二次世界大戦へと道筋を付けただけであった。


 当時の若者は『名誉』や『国益』という愛国心に燃え、『我も!我も!』と兵に志願した。

 八月に始まった戦争は年内には終わると誰もが甘く考え、『ちょっと勲章でも拾ってこようか』、という雰囲気が世間を支配していたのだ。

 当時のイギリスは軍備縮小の真っ最中であったが、兵は幾らでも集まった。

 あまりの志願数の多さに配布の小銃はあっさり不足となり、軍は後方待機の兵に“棍棒”を持たせた。

 大戦初頭のイギリスには、何処かのゲームのレベル1勇者の様な装備を持つ兵隊が、一個旅団は出来上がったとも記録されている。

 勿論これは国民だけの責任とは言えず、やはり当時の新聞による“売らんかな”の姿勢が在った事は想像に(かた)くはない。


 ともあれ、安全地帯にいる人間が戦争を甘く見るのは今に始まった事ではない。


 だが、このままでは暴利取引で自由人というコマを失った貿易商人達が、国民世論をバックに息を吹き返し、シナンガルへの懲罰戦争を(あお)る事は間違い無い。


 今の首都の空気ならば、例え武具が売れないと知ってもそれは変わらないだろう。


 軍事に於いては武具・防具以上に日用品が爆発的な利益を生む。

 例えば、食事は通常の倍は消費され、布は包帯だけ取っても平時の百倍以上のストックが生み出される。

 戦闘が激しくなるにつれ前線では金銭を貯め込む兵など殆ど存在しなくなり、娯楽用品ですらも飛ぶように売れる。

 いや、商品は形のあるものだけではない。

 手紙を送る程度から自分の死後の整理を公証人に立ち会わせると云ったサービス業としての“表の経済”もあれば、規制外アルコール、衛生管理のない売春、果ては麻薬、と“裏の経済”までも活発化していく。


 だが此の様な経済は健全ではない。

 一時的に利益が上がるように見えて、最終的には何も生まないのだ。


 人口増加の推進と、それに伴う内需の拡大に繋がる政策を王宮は進めている。

 広田が若い商人を中心に新しい市場開拓に乗り出しているのもそのひとつだ。


 だが、果たして間に合ってくれるだろうか。

 唯一、幸運であったのはエミリア・コンデの出現である。

 彼女はシナンガルへの手土産として「逆侵攻停止」と「国内反乱」を(はかり)に掛ける取引を持ち込んだが、これはヴェレーネにとって渡りに船であった。


 但し、当然ながら彼女は、あの場で自分の本心をさらけ出す様な間抜けでもない。

 エミリア、そして其の背後の『組織』という新たな“駒”を最大限に利用して議会に牽制(けんせい)を掛け始める事に辛うじて成功した。


 その内憂外患とも言うべき状況の中、第二城壁の内側では論功行賞の式典が進められている。


 戦没者への哀悼を示す半旗の下、勲章を受け取る者は代理人が半数を占める。

 生きている内に勲章を与えられるなら、その方が良い。

 死者はそれを胸に飾ることで僅かな生の時間の慰めを得るどころか、見る事すら叶わないのだから。


 今まで南部で最も多くの褒賞(ほうしょう)を受け、勲章を授与されたのは輜重隊、衛生、経理であった。

 勲章も此の様な兵站部隊に向けたものしかデザインされておらず、その流用勲章を回された実戦部隊から不満が出た程である。

 

 その経緯から実戦部隊に対する勲章も新しく意匠(デザイン)がなされたが、国家を支えるものは地道な仕事である事を肝に銘じさせるため、兵站部隊以上にデザインに優れた勲章は授与されない。

 これはこれで士気の問題が生じる事は分かる。


 だが、全てに満点の答など無い。


 問題は、間違ったと判断できた時に直ぐに改善できる勇気があるかどうかである。

 そして、まさしく今、戦場に於いてシエネ中央作戦司令部はその瀬戸際に立っていた。


 この場の防御を弱めてもゴースや北部山岳地へ援軍を出すか、或いは別働隊を信じて待つかであった。

 正面に展開する敵がシナンガル軍だけならば、北部へはマーシアやヴェレーネが跳んでもよい。


 だが、魔獣の総数は八頭、うちの一頭がようやく始末されたばかりである。

 第二、第三の魔獣がシエネに出現しない保証はない。


 そして、何より大きな問題が起きた。


 叙勲式典後の会議の終了と共にヴェレーネが倒れたのだ。 

 発熱した訳ではない。また、顔色が悪くなったなど命に別状がある訳でもない。

 だが、崩れ落ちた彼女は、そのまま目を醒ます事は無かった。


 シエネ国境線に於けるマーシアの重要性は益々高くなり、マリアンも兄を助けに行きたいのは山々だが、そうも行かなくなってしまった。


 南北双方との連絡を密にするしかない苦しい三日が過ぎていく。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「あんず、さ~ん! 僕、がんばってますよ~!」

 高台から(ふもと)に広がる平原を見おろし、大声を張り上げる男がいる。

 柊杏の名を此処までおおっぴらに叫ぶ男など、地球-フェリシア、ふたつの時空間を股に掛けてもひとりしか居まい。


 坂崎昇である。


 彼の仕事は日に二度ほど現れる翼飛竜に良く見える場所に立って、如何にも“今、ロケットは作られています”との演技を行う事だ。

 一応に隠れた護衛は居るが、身をさらす危険な行為を日に二度も行う割に精神の衰弱は見られず、元気いっぱいである。


 ガントリーに半分組み上げられた張りぼてを見ながら、どうでも良い溶接作業に指示を出す。

 警備員の中にひとりふたり、スパイが紛れ込んでいる事も知っている。

 彼等と仲良くなり、“うっかりと”ロケットの秘密をばらさなくてはならない。


 困るのは、スパイのふたりは偽名を使っているため、最初の会話と同時に彼等の実名を知った坂崎としては呼び掛ける際に偽名を確認せねばならず、実にややこしい。


「サカザキさん。あんた面白いねぇ」

 坂崎の叫び声を聞きつけ、声を掛けてきたのは件のスパイのひとり“トマス”である。

 大柄な身体に、服の上からでも分かる筋肉は如何にも自由人らしい。

 しかし反面、美しい灰色の髪に濃いブラウンの瞳、十人中の十人が『美形』と太鼓判を押すその顔立ちからは、荒事を生業とする男とは思い付きづらい。

『本名は何だが“韻を踏んだ”名前だったよなぁ』と坂崎は思ったが、直ぐにその名を思い出さないようにする。


 どうせ本当の名前は記録済みである。

 下手に思い出して、うっかりとでも呼び掛けた時、相手がどう出るかが怖い。

 知らぬ振りを決め込むなら、忘れているに越した事はないのだ。


「なあ、サカザキさん。ちょっと訊きたいんだが、良いかな?」

「なぁに? 僕に答えられる範囲なら何でも良いよ」

「あんた等『鳥使い』は自由人のチームらしいが、今まで、そんなチームは聞いた事もない。

 何処で活動してたんだ?」

「なんでそんな事聞くのさ?」

「いや、やっぱり同業者としちゃあ、王宮と上手く繋がってる連中とは仲良くしたいだろ。

 元手も儲けもすごそうだしなぁ」

「元手? 儲け?」

「あれだけの装備だ。金、掛かってんだろ?」

「ああ、うん。金、ね……」

「どうした?」

「いや、金は僕の管轄外だから」

「そうか、そりゃ残念。いや、そっちはともかく、今まで何処に居たか、だよ」


 トマスの狙いは何処にあるのだろうかと悩む坂崎だが、巧が聞けば、

『アホか! 奴は俺たちに本拠地があると考えている。

 つまり、俺たちの装備の出所である工場設備がどの様なものかを知りたいんだよ』

 と直ぐさまに狙いを喝破したであろう。


 “トマス”、本名はジゼッペル・グリッド。


 グリッド協会を設立し、国家に反旗を翻しかけている男である。

 そして、この世界で初の自由人の互助組織(ギルド)を生み出した男だ。

 但し、本人は自分が初である事に気付いていない。


 彼は『鳥使い』達の、補給、救援、そして戦闘前の組織連携という概念を学び、それを新しい組織の指針にしたがっているのだ。

 彼が今、最も興味を持っているのは『鳥使い』達の数々の装備がどの様に生み出されるかである。


 この秘密が掴めれば、必ず国家を相手に交渉できる巨大組織が生まれると踏んでいた。

 事実、『鳥使い』達は、フェリシア軍と互角に話をする事を認められているのだ。

 東部方面軍司令エドムンド・アルボス、魔導研究所主任カレル・バルトシェク等と対等に話をしているものまでいた。


 あの政治力は武力を背景としたものであるが、彼等にも弱点はある。

 誰一人として魔法が使えない事だ。


 だが、政治力的な駆け引きに置いては、それが有利に働いている。

 彼等が魔法を使えないからこそ、フェリシア軍は彼等を受け入れる余裕があるのだ。

 もし彼等が、あれだけの兵器を持ち、(なお)()つ魔法まで扱えるとなれば軍の反発は凄まじい物が有ったであろう。

 これだけの巨大なチームにおいて魔法が使える自由人が皆無など、決して信じられるものでは無い。

 つまり、『封印している』と云う事だとジゼッペルは判断した。


 しかし、それによってフェリシア軍に取り入る事に成功している。

「中々の切れ者が居る」

 ふと、小さくではあるが考えが声に出てしまい、一瞬慌てた。

 だが、坂崎がそれに気付いた様子は見られない。


 ほっとしたが、今の失敗でこのまま質問を続ければぼろが出かねない、と今暫くは話題を別に向ける事にした。

 ジゼッペルの勘違いは暫く続きそうだが、確かに魔法を使えるものは皆無では無かった。

 数少ない例外が目の前に居る事に彼は気付いていない。

 それが、特殊魔法の最たる「読心魔法」の保持者とは考えも及ばない事が更なる不幸である。


 ふと、遠くを見ていた坂崎が妙な顔をする。

「どうかしたかい?」

「う~ん。あれ、見える?」

 遠くに目をこらすがジゼッペルには何も見えない。

 だが、その直後、坂崎が指す言葉の意味が直ぐに分かった。

 一発の信号弾が森の中から上がったのだ。


「囮の撤退部隊だね」

 坂崎はそう言うとエルトを呼び出し、本物のゼータⅠの搬入を急がせる事にした。

 “敵兵が現れ、全軍が揃うと同時にロケットも完成している”

 その形が一番望ましい、と指示を受けている。

 六万五千の敵兵、その全てを眼下の平原に集める事が狙いなのだ。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 ランスールを一昨日脱出した撤退部隊は、脱出後直ぐさま橋を落とし時間を稼いだ。

 僅か数時間しか稼げない工作ではあるが、この数時間が重要である。

 怪我人をヘリで後方に搬送し、村人に偽装した兵士達の装備を再点検する。

 唯、人員の補充は行われなかった。


 既に翼飛竜が出ており、上空からの偵察も始まっている。

 幾ら攻撃を仕掛けても人数に変化がないとなれば、怪しまれると考えたのだ。

 実際の脱落者は現在十二名、全体の二パーセント程であるが、相手にはっきりと理解させるため三十人を後方に送り、敵には死者が出て居ると見える工作も行ったが、この差し引きの十八名が全軍の運命を決めるかも知れない、と不安になる者も少なくない。

 しかし指揮官は冷静な計算だけを頼りにする男であり、その様な“気分”を要素に入れる間違いは犯さず、粛々と事を進めていった。


 今回、ランスールから撤退部隊を指揮するのは、カレル・バルトシェクである。

 流石に二個中隊規模ともなると、ネロや相田では統制は不可能だからだ。

 三千人近い魔導研究所の実務を行い、過去の小規模な山岳防衛戦や南部でヴェレーネの代行に立った事もある実績から彼が選ばれた。


 最初はアイアロスが、『自分こそ』と志願したが、気球とスクロースの問題から此は認められず、シエネのヴェレーネに続いて意外な大物の出陣となったのだ。



「しかし、竜の出現は意外に速かった」

「あと十頭も揃えられたなら、先に後方への連絡路を遮断されかねなかった。

 危機一髪の脱出だったな」

「と言って、これ以上行軍速度は上げられないのかな?」

 各小隊長が思い思いに発言する中、ネロと相田だけは沈黙を守る。


 話している内容が既に過去の事であったり、これからの事にせよ、明確に間違った意見であったからだ。

 

 其処へカレルがやってくると開口一番(いきなり)、宣言した。

「行軍速度を倍に上げる。全力で発射基地に逃げ込むぞ!」




サブタイトルの元ネタは「時間封鎖」(原題:スピン):ロバート・チャールズ・ウィルスンからです。

新刊で出たばかりの本だった気がします。


今の注目作は今度映画化も決まった「リバイアサン」:スコット・ウエスターフェルドですね。

久々のスチームパンクもの日英同盟vsドイツ機械帝国という構図が面白そうです。

(日英同盟は余り関係無い話ですが、シリーズ3作目で少し関わる様です)


さて、自分の「お話」ですが暫くは転換的な場面が続きます。

そこでどう表現すればよいのか悩みます。

「6割決まればスタート!」で書き始めるのですが、此処だけはそう云う気になれないのです。

「話は纏めに入るにつれ難しい」と聞いてはいましたが「全くもってその通り」だと思います。

頑張ります。


最後になりますが、評価を2~3人の方から頂きました。

とても励みになり感謝しております。 本当にありがとうございました。

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