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星を追う者たち  作者: 矢口
第七章 愛に生まれ、殺戮に育つのは『世界』
123/222

122:2人いる!(前編)

 ワン・スーラが巨人の(てのひら)の上に現れる三十分程前、ゴースからようやく伝令が届いた。

 例の八岐大蛇(やまたのおろち)の影響からかシエネ周辺も跳躍魔方陣が使えなくなっており、先の魔方陣から此処(ここ)までの百キロ程の距離を進む為、伝令等は城塞上部に軽装甲機動車を走らせて来たのだ。

 更に下まで降りる際には、シエネ側に旧来から設置されていた階段を下った。

 ゴース正面には無かった設備である。


 過去、百年は使われていなかったであろう階段の下りを、転げ落ちるが如き勢いで走り切った伝令達は(ほこり)にまみれ、挙げ句は頭の上に蜘蛛(くも)の巣どころか蜘蛛そのものまで御供(おとも)に従えて来ている。

 その姿を見て、短い悲鳴を()えて顔色を失ったヴェレーネが跳び上がった。


「ほほう! これは、これは面白いものを見た」

 思いがけずヴェレーネの失態を眼にして、両の瞳と唇を上下で対面する半月状にしてマーシアが笑う。

 声こそは底抜けに明るいものの、その表情はまるで子供の悪夢に現れる『悪魔の仮面の微笑み』そのまま、と言って良かった。


「仕方ないでしょ! 苦手なものは苦手なのよ!」

「よく、それで山を歩けるな?」

「そいつが居ないルートを選ぶのっ!」

「何という、才能の無駄遣い……」


「あのぉ……。報告、宜しいでしょうか?」

 二人の魔女の口論に割り込むにはかなりの勇気を必要としたであろうが、伝令は見事に職務を果たした。

 ゴースの現状を彼女たちに正確に伝えたのである。

 尤も、彼等とて出立後に起きた城塞上の分隊六名の死亡を知らず、当然ながら其れを伝えることは無かった。


 しかし、それでも二人の魔女の意見を一致させるには充分な情報である。

『ゴース城壁に直接の攻撃は行わず、国防軍迫撃砲小隊のみを狙った』

 つまり、ヴェレーネとマーシアの予想は正鵠(せいこく)を得ていると言って良いだろう。


 今、(あらわ)れているランセに関わったであろう高位魔獣達は国防軍の近代兵器のみを狙っている。此は確定だ!

 其処までは良いとして、伝令の報告にヴェレーネは気になる点を捕らえた。

 乱世の天才たる所以であろうか、或いはハインミュラーの薫陶(くんとう)であろうか?


「ねえ、ゴースに現れた魔獣は三頭と言ったわよね」

 今一度、伝令に確認を取る。


「はい」

「そのうち一頭のみが、背中に針を背負って他の二頭より一回り以上大きいのね?」

「はい……」

 伝令は、ヴェレーネが自分たちの報告から何を求めているのか判らず、困り切った顔付きになる。


 数秒だけ考えていたヴェレーネだが、伝令に魔獣達の外見の特徴の確認を取りマーシアに向き直る。

「マーシア! やはりゴースに急いでもらうわ!」

「何故だ? ゴースの守備隊は現在七千だ。 

 此処を片付ける間くらいは持ちこたえるだろ? 何よりアルシオーネが居る! 

 それに気に喰わん奴だが、あのダミアンとか云う小僧もそこそこの腕は有るのだろ?」


 その言葉にヴェレーネは首を横に振る。

「残り二頭が問題なのよ」

 その言葉だけでマーシアにも理解できた様だ。

「そいつ等は、親玉と違って何らかのルールに縛られていない。

 ゴースの城壁に突入する可能性が高い。そう言うことか?」


「Yesよ! 体重が二百五十トンはある奴が、時速二十キロで城壁にぶつかった場合どうなると思う?」

「等速度なら1/2mv²だから、直線ならば五ジュール転換で七百八十四トンの衝撃があの壁にぶつかる訳だな。

 なら、その衝撃で当の魔獣が死ぬかもしれんな」

 マーシアは薄く笑いながら言葉を繋いでいく。 

「それにゴースには水堀がある。奴等の体が持つにせよ計算通りにはいかん。

 あそこから這い上がって、城壁を攻めても自重の十分の一以下の圧力すら掛けられまいよ。

 何よりゴースの城壁はシエネ城壁(ここ)と同じ工法で建造されていた筈だが?」

 マリアンの計算力の基礎的な部分は使えるようになっているマーシアは落ち着いて答を返し切った。

 反面、珍しく焦った口調になっているのはヴェレーネの方だ。


「そうね、水中から這い上がりながら何度衝突された処であの城壁が崩れる筈も無いわ。

 でもね、体をぶつける必要など無いのかも知れないのよ……」

 そう言ってシエネの城壁から下を見おろす。

 川岸から見て五十メートル高の丘の頂上に造られたシエネ城壁の高さは三十メートル。

 

 ヴェレーネは丘を(のぞ)みつつも、シエネに似かよわぬゴースの地形と、逆に良く似た城壁を思い浮かべていたのだ。


 ゴースは平地にではあるがシエネと同じく高さ三十メートルの城壁を築いている。

 基底部幅二十五メートル、上部幅二十メートルの城壁の周りは深さ二十メートル、幅四十メートルの水堀を掘ってあり、基本的には北側からのみ出入りが可能な街だ。

 村としか呼べない規模の集落の頃から水堀はあった。 

 しかし、その先にあったのは柵と言うのが精一杯の見窄(みすぼ)らしい防御態勢。

 そこへ地球から重土木機器が運び込まれ、六ヶ月の期間を掛けて現在の形が造りあげられた。

 そうして魔獣の皮や骨の加工業者が集まる様になると、あれよ、あれよという間に人口三百人程度の鍛冶の村であったゴースは人口三万の『市』になろうとしている。

 未だ工事を続行すべき箇所(かしょ)も確かに在り、国防軍兵士によっては不満を残す者も在れど、ゴースの誇る『堀と城壁による二段構えの守り』はシエネ城壁以上の防御力かも知れない。

 

 だが、それでもヴェレーネは不安なのだ。

 理由を問われても、唯、「胸騒ぎがする」としか言いようが無い。


 その原因は目の前の『鉄巨人』に有るのだろう。

 あの『からくりども』にはこの城壁を破壊出来ずとも“乗り越える力”は有ると見なくては成るまい。

 そして、もしもゴースで魔獣によって同じ事が起きたならどうなるだろうか?

 ヴェレーネの不安は其処(そこ)に在るのだ。


「なあ、ヴェレーネ」

 黙り込むヴェレーネにマーシアが問い掛けて来た。

 どうやらマーシアはヴェレーネの不安の種に辿(たど)り着いた様であり、発芽してしまった其の芽を摘んでしまおうと考えた様だ。

 しかし、花を育てるに当たって余分な芽を摘むのに園芸鋏ならともかく、手榴弾を使う人間など普通は居ないと思うのだが、彼女は例外の様である。

「あれを使いたいんだが、見逃してくれないか? お兄ちゃんには内緒って事で、」

「はっ?」

 一瞬ヴェレーネはマーシアが何を言っているのか判らなかった。

 だが、すぐにその意味を理解する。


「あ、あんた、もしかして!」

 ヴェレーネの声はうわずり、飾り立てた日頃の口調など何処かへ吹き飛んでしまっている。

 だが、マーシアはそんな彼女の動揺など何処(どこ)吹く風である。

「もしかしなくても、あれが一番手っ取早いだろ? 有り難いことに人間の兵士の姿は見えないんだ。 お兄ちゃんも許してくれる……んじゃあ、ないかなぁ?」

「自信が無いなら、やるんじゃないわよ! ……ってか、そう云う問題じゃないでしょ!」


「まあ、良いじゃないか」

 まるで酔った新人女子社員をホテルに引きずり込む助平上司の台詞(セリフ)である。

「良かぁ(良くは)、無いわよ! マリアン君、出てらっしゃい! 

 粒子砲の構築計算なんて許さないわよ!」

「お前を怖がって出てこんなぁ~。今、中で効果範囲を決める計算に忙しい様だ」

「あんたら、ねぇ~!」

 自分でも気づかぬうちに拳を固めているヴェレーネであった。




 あの時の砲撃が引き金となり、マリアンとマーシアの融合は極端に進んだ。

 それは現在、マーシアの喋り方に顕著(けんちょ)に表れている。

 以前の様に他人に対して氷の様な言葉を浴びせることは皆無である。

 いや、余程のことがなければ怒りすら表に出さない。

 

 勿論、黙した時の(たたず)まいなどは以前のままであり、職務に於いては毅然(きぜん)とした態度を崩す事など無いものの、それ以外の時ならば平の兵士にすら気軽に声を掛けて談笑に(ひた)ることすら在る。

 この六十年で考えもしなかった光景が度々(たびたび)見られる様になった。


 反面、魔術にせよ体術にせよ攻撃力は増した。

 マリアンの持つ計算力が、彼女の感応精神力や運動能力を有効に使うことを可能としている。

 いや、マリアンの感応精神力までもが相乗効果を発揮して、今や(かつ)ての様にヴェレーネがマーシアを手玉に取ることは難しい。


 真剣に、とまではいかなくとも気を抜いて相手をした場合、一時的にでも遅れを取りかねない処までマーシアの力はヴェレーネに近付きつつ在る。

 依然として力の差が在るとは云え、内部にマリアンが居る以上、彼女は何時どの様に化けるか判らない存在であることは確かなのだ。


 そして何より危険なことは、(まれ)にだがマーシアが自分の力について軽々しく考える瞬間があると云う事だ。

 アルスの報告では、一年前なら考えられなかった行為を平気で行おうとする事が有るという。

 アルスが、『其れは駄目だ!』と言えば素直に従うというのだが、その様な時のマーシアはまるで子供の様な表情でアルスに詫びを入れるという。

 お陰で今まではマーシアに対して様々なコンプレックスを抱き、親の(かたき)の様に(にら)んでいたアルスが、彼女については、まるで“困った妹を持った”かの様な話し方になる場面すら見える様になった。



 マーシアの自我や能力の保持と使用、或いは感情のコントロールは確かにマーシアのものだ。

 だが、その中での『感情そのもの』のみはマリアンの穏やかさと同時に、子供の好奇心と無鉄砲さに“乗っ取られ”掛けている。

 勿論、これはマーシアが元から持っている戦闘意欲がマリアンの精神を乗っ取るという相互作用によるものであり、マリアンひとりの責任ではない。


 マリアンは元々自制心が強く、不当な暴力を嫌う少年であった。 

 しかし反面は、“自分の女性的な容姿”というコンプレックスから空手を習いたがったり、普通の男の子らしく“力の象徴”である『兵器』に憧れる面があったのも確かだ。

 其処にマーシアの“闇の暴力性”が入り込む隙間があったのだ。

 但し、闇を闇のまま受け入れずに子供の悪戯(いたずら)範疇(はんちゅう)で収める事を可能とした彼の人格の純粋さには、マーシアを含めて誰もが救われていると言える。


 だが、マーシアの『力』は子供の無鉄砲さと好奇心で使って良い能力では、断じて無い。


 仮にそれを許した状況を(たと)えるならば、桜田に夏冬のマンガマーケットの支配権を持たせ、彼女の欲望のままに『男性同士の関係を描いた薄い本だけで埋まる会場』が現れる事と何ら変わらない、と言える。


 此の例から判る通り“地獄が地上に(あらわ)れる”、と言っても過言ではないのだ。

(過言じゃ!>桜田)



 話がおかしな方向にずれたが、要するにヴェレーネは巧に何時(いつ)か話した様に、“マーシアの魔力暴走”が起きるのを恐れているのだ。

 一旦暴走してしまえば、本人の意志は暴走した魔力に呑み込まれ、その能力を死ぬまで最大の力で使い続けることになる。

 それを正常な状態に戻すのは、砂漠に落とした一粒の真珠を探すより難しいであろう。



 どうすべきか悩むヴェレーネに対する救いの手は、皮肉にも敵方から現れた。

 僅か数分間の時間だが、マーシアの砲撃を遅らせるであろう行動を巨人兵が取り始めたのだ。


 城壁右翼に集結していた巨人達は、僅かに陣を広げ八百メートル程の範囲で城壁の中央まで散兵化しつつある。

 数も六十程まで増えた。


 そのうち最右翼にいる巨人の四体がツーマンセルで城壁から二百メートル程の地点まで迫り始めたのだ。

 一体が前方で火炎弾や風圧弾を受け止め、後方の巨人は例の肩掛けの巨砲を構えている。


 そして、其れは発射された。

 右手の巨人の大砲からスクロースの樽が二つばかり発射され、見事な放物線を描いて城壁上で破裂する。

 火矢や火炎弾は最早使えない。

 ロークは急ぎ兵達にその点を周知させると、後方の魔法兵にスクロースを減圧化させた空域に誘導する様に依頼した。


 城壁の一段下に待機していた魔術師数名は自分の上空五メートル地点の空間を真空化させ、スクロースをその位置まで流し込むことに成功した。

 弓狭間近辺のスクロース濃度はかなり下がる。 

 これで火炎弾も火矢も再び使えるだろう。


 だが、一人の魔術師は失敗した。

 自分の上半身を含めた空域を真空化してしまったのだ。

 気圧差で彼の眼球は跳びだし、潰れた肺から泡だった血を吹き出す。

 そして、絶命した。


 しかし、倒れ伏した彼の血溜まりにもスクロースと黒色火薬は流れ込んでいく。

 一人の犠牲を出して、敵の第一次攻撃の無力化は成功した。


 いや、それは早計であった。

 左手に詰めてきたもう一体からの砲撃。それは最も恐れていたものであった。

 激しい金属音が城壁の犬走りに響き渡る。

 

 一見して黒い球体がふたつ、みっつ繋がったかの様に見えた『それ』を見て、その場に居た全員の動きが止まった。

 物体から一メートルと離れていない弓兵達は、参を乱して持ち場を離れる。

 その中で一人の弓兵は逃げることを良しとせず、腰の短刀を抜いた。

 接近戦に使えぬでもないが、元々は弓の弦が切れた際に結び目を切り取り、新しい弦を張るためのものだ。

 決して戦闘に向いたものでは無い。

 彼の勇気は賞賛されるものだ。だが、無謀とも言えた。


 一瞬にして、短刀ははじき飛ばされる。

 起き上がってきた『それ』は、先の切り通しの闘いで国防軍兵三名を瞬く間に斬り殺し、M2重機関銃の連射にも一切の怯みを見せずに、何度も立ち上がってきた『鉄兵士』


 腕を押さえて(うずくま)りつつも、己に死をもたらす存在から最後まで目を背けない彼に、鉄兵士の(やいば)が迫った。


 彼の首は飛んだ、と誰もが思う。兵士によってはその惨劇から目を背けた。


 瞬間!


 ガキッ! という響きと共に、鉄兵士の刃は若い弓兵の首筋から上方に()らされた。

 二メートルに近い両刃の大型剣を構えて鉄兵士に対峙する人物。

 彼こそが右翼大隊長代理、ローク・ブランシェットその人である。


「君、動けるなら下がれ! それと国防軍諸君は例の迫撃弓(はくげききゅう)で敵の後続を断ってくれ! 私は此奴(こいつ)一体相手にするので、勢一杯だからな」

 鉄兵士から目を逸らさずに、守備隊に指示を出していくロークの命に応え、各兵士は城壁の狭間に取り付いて残りの鉄巨人に猛攻を加えていく。

 また魔術師の数名は、ロークと鉄兵士の周りを囲んで、隙あらば鉄兵士に攻撃を仕掛ける構えだ。

「水魔法士! 必要な元素が集まり次第此奴(こいつ)の関節を凍らせろ!」

 ロークは総重量二百キロは在りそうな鉄兵士の斬檄を右に左にと受け流す。

 相手と自分の圧力差を知り、決して正面からは受け止めない。

 鉄兵士の剣は逸らされる度に城壁の床に、或いは壁にぶつかり、其処に付いた傷がその撃剣の威力の凄まじさを物語る。

 普通の人間では、この城壁に(かす)り傷ひとつ付ける事は出来ないのだ。


 それをいなし、(かわ)し、そして反撃の斬檄(ざんげき)すらも入れ続けるロークの剣技は(まさ)に『剣士』と言うにふさわしく、配置から離れぬ様に命じられた多くの者も、横目でその姿を追うことを()められなかった。


 切り通しの闘いで現れた鉄兵士の話を聞いて以来、ロークは過去“自由人”を目指していた頃に扱いを訓練していた、重さ八キロを越える巨大両手剣リーヅィグ・ツワァイヘンダーを持ち出してきていた。

 柄から切っ先まで一,五メートルを越えたそれは、背負う事でしか持ち運べぬ大剣であり、人間の膂力(りょりょく)では持ち上げることすらままならない。

 獣人であり剣士である彼のみが其の扱いを可能とする。


「両腕が剣でなくて助かったが、左のかぎ爪も其れなりに曲者だな」

 ロークは口元をペロリとなめる。彼は正確な斬檄(ざんげき)で敵の右腕、即ち剣の根本のみを執拗(しつよう)に叩き続けていた。

 周りの兵士達はロークの強大な剣だけではなく、其れを振るうとも素早く、しかも一撃一撃が重い剣筋に唯、唖然とするばかりである。


 後一撃、それで敵の右腕を無力化できる。

 ロークがそう見込んだ時であった。ロークの斬檄に唖然としていた兵士達を、それ以上に『唖然(あぜん)』、いや『呆然(ぼうぜん)』とさせる事が起きた。


「どいて~! いや! どけ、どけ、どけぇい~! マーシア・グラディウス見っ参!」

 最初の一言のみがマリアンの言葉であったのであろう。

 後は、城壁の南方から走り込んできたマーシアが魔術師達の囲みを破る様に跳び上がると、彼等の頭上を跳び越える。

 反射的に振り返った“鉄兵士”は身を守るために右腕の剣を頭上に(かか)げるも、其れはマーシアのハルベルトの前には豆腐も同然。


 叩き込まれたハルベルトは熱こそ持たないものの白く輝き、鉄兵士を刀ごと頭上から股下まで一刀のもとに両断にした。


 今まで十数の撃剣(げっけん)を合わせていたロークは最後の詰めを取られて良いとこ無し、である。


 だが、腹など立てようもない。

 相手はマーシア・グラディウスであり、何よりあの鉄の塊である“人形”をまるでチーズでも切るかの様に始末してしまったのだ。

 此処まで強すぎると、“腹が立つ”などと言う気分など、天空の彼方に吹き飛んでしまうものだ、と今更ながらに思う。


 気がつくと、マーシアのハルベルトの輝きは既に消え去っていた。

 呆然とする守備隊を尻目に、マーシアがロークに近付いてくる。

 ロークとしては『守備隊長として何事か失敗をしたか?』と身構えたものの、マーシアの言葉を聴いて更に驚かされることになる。

 彼女はロークに深々と頭を下げたのだ。

「あ~、ローク殿、済まない。 少々気が(はや)ってな!

 一騎打ちを(けが)すつもりは無かったのだが、相手は人ではない(ゆえ)に、ローク殿には右翼指揮官としての責務を優先して頂きたい、と……」


 身振り手振りを添えて、申し訳なさそうに言い訳に終始するマーシア・グラディウスというものも珍しい。

 何より、あの鉄兵士は右腕の剣を切り落とした処で動きが止まるものとも思えなかった。

 マーシアに助けられた事は事実として受け止めるべきであろう、とロークは考える。

 

 そこで、

「御助勢、感謝します」

 と答える。

 その言葉に安堵したのかマーシアは大きく溜息を吐いて再度頭を下げた。


 其処にヴェレーネが駆けつけマーシアに説教を始めると、狭間(はざま)に張り付いていた兵士達は、今の状況を忘れて忍び笑いを漏らす者だらけになってしまった。


「しかし、凄まじい切れ味ですな!」

 ロークが感心した様にハルベルトに目をやるが、マーシアは特に誇るでも卑下するでもなく淡々と答える。

「いや、魔法を上乗せしただけだ。ローク殿の様に純粋な剣技では無い」

 だが、これはマーシア・グラディウスと云う人物の実力から考えれば、あまりにも謙虚(けんきょ)な物言いだ。


 一昔前なら、『お前等が不甲斐ないだけで、これが普通の戦闘だ!』で終わっていたであろう。

 彼女は此の様に控えめな人物であっただろうか?

 とロークが首を傾げた時、戦場に再び変化が起きた。

 

 陣の中央当たりに位置する敵の巨人兵から、風の魔法を使ったのか何者かの声が聞こえてくる。



 信じ難い事に、その声は子供のものであった。




サブタイトルは萩尾望都先生の名作「11人いる!」からですね。

映画を数年前に見直しましたが、原作が30年以上前のものとは思えないクオリティ、SFとミステリの融合の素晴らしさを堪能しました。

犯人というか11人目が誰かは知っていたのですが、やはり楽しめましたね。

因みに「2人いる」、ってのは1人の「中に」って意味です。あしからず。


追記:

文中の「正鵠を得る」とは支那古典の「大学」や「中庸」にある言葉で弓射の際に的の中心の黒丸を射貫くことを「正鵠を得る」と言います。

外した場合は「正鵠を失う」になります。

「的(の中心)を射る」とか「当を得る」とかそんな言い方も有りますね。

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