117:戦闘要請
急激に状況が変化した場合、大抵の人間は直ぐに異常に気付くものだ。
だが反面、緩やかな変化というものには、往々に於いて気付くのが遅れる。
そのような意味でカレシュ・アミアンが事態の変調に気付くのが遅れたとしても彼女を責める訳には行くまい。
毎日、背丈が伸びるからと云って昨日と今日の違いに、そうそうに気付くものでは無い。
だが、こうも違った状況が続けば彼女とて気に掛かり出す。
“違った状況”、即ち二月以来、度々行方の知れなくなるランセである。
少しずつ、少しずつ彼がカレシュの側を離れる時間が長くなっていた。
しかし、今までは必ず還ってきてくれていたのだ。
其れを信じて待つ彼女は、ある日、遂にはランセと離れる日が来たことを知る。
今まで幾ら長くともランセがゴースから三日と離れることはなかった。
だが、最初は一日、次に一日半と少しずつ長く離れて行ったある日。
とうとうランセが帰ることなく六日を過ぎる事となったのだ。
カレシュとランセの意志の繋がりは日に日に更に強くなっている為、今、彼がいる場所は分かっている。
『ラボリア』
何故そこから動かないのかは分からない。
本人(?)は帰りたがっている様だが、どうやら前回と同じように彼を其の場から動かすことの出来ない“何らかの力”が働いている様だ。
そしてその事に関して仮にラボリアに問い合わせることが出来たとしても、ラボリアも答えることは出来なかったであろう。
彼女は唯、待つ事しかできない自分を不甲斐なく思う。
その姿を遠くから戦車兵達が見守っている。
“南部戦線、守りの姫君”、その憂鬱が彼等にも移ったかの様であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その頃、『セム』は焦りに焦りきっていた。
機械である彼が”焦る”と言うのもおかしな話であるが、そうとしか表現できない状態で有ったのだ。
又、彼の会話の相手も其れは同じであり、違いは”焦る”という感覚を持ち得ない代わりに、職務の遂行が不可能な事実について延々と無駄な計算を続けるしかないと言うことにあった。
『さて、どうやっても無理かね?』
〔はい、全てのデナトファームは此方のコントロールから離れました。
現在はリーディング・マテリアル・ワンのみを保護しています〕
『マテリアル・ワンの指揮権を僕に渡せないかな?』
〔今、お渡ししてコントロールを奪われた場合は、対抗できるマテリアル・ワンの再生産までの間に出る被害は大きすぎるものになるでしょう。
勿論、最終的に子供達の処分は可能ですが、マテリアル・ワンを三一〇時間後まで保護していない限り事態発生から最大三五〇時間は対抗手段が存在しない状況が起こり得ます〕
『確かに三一〇時間後なら問題無くマテリアル・ワンをも含め、全てを消滅させることは出来る。
だが二〇〇時間前後の間には、デナトファームが動き始めるだろうね』
〔はい、あちらへも同じ時間からの対処しか出来ないと判断しますが?〕
『悔しいが、君の言う通りだ』
〔L5の破壊により全ては完了しますが、何故その選択肢を選ばないのでしょうか?〕
『君の知ったこっちゃ、無い! と言いたいが。
そうもいていって居られないな。何時、君に業務を引き継ぐか分からない以上は知らせて置いた方が良いだろう。
L5は“いざ”という時のための予備設備だ。
現在は僕に使用権限は有るが、破壊する条件は彼らが9クラスに入る時のみだ。
未だ6クラスにも達していない現在、あれに手は出せないんだよ』
〔6クラスに上がる前にS-E文明が終わるとしてもですか?〕
『……、君、妙なことを言うね。何故、そんな事を考える?』
〔私に“考える”能力は有り得ません。優先順位の確認を行ったに過ぎません〕
『なるほど、しかしね。それを“考える”と言うんだよ』
〔私は、その事象が“選択”か“思考”か判断する必要を認めません〕
『だね。どうも、あいつが帰って来てる事が分かってから疑い深くなった様だ。
先にも警告したがハックされない様にブロックは最大値でランダム展開しておく様に!」
〔了 解〕
『それにしても、デナトファームを集めてどうしようって言うつもりだ、ティアマト!
いや、判り切った事か。糞ったれめが!』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「揚陸予定点Bに集結した敵の第1陣船舶の移動、特にありません。
船舶数百二十八は変化無し、総兵数は約一万で此方も変化無しです。
上空からの偵察では、一キロ程は西に入った地点に本陣を張っています。
伝令竜が一度来たようですね」
桜田の報告は簡潔であるが、巧に様々な事実を教えてくれる。
まず第一に、敵はアトシラシカ山脈の西へのルートを選んだと云う事である。
第二に、現地点に於いて兵力を更に集結させる予定であると云う事だ。
現状の兵力で作戦行動をするならば、到着して四日目になっても移動しないと言うことはあり得ない。
侵攻作戦とは糧秣の問題から、拙速を尊ぶものである。
未だ揚陸点に待機している以上は、後続の大部隊があると見て良い。
更にこれは付録だが、現時点に於いて陸軍航空隊のヘリについて詳しいスパイは存在しないことが分かった。
整備や機体警備に関して破壊工作に入られる恐れは今の処ないようだ。
勿論、警戒態勢を最高値にしておく事は求められるであろうが。
仮に誰かに、『何故、敵が”西ルート”を選んだ事が分かるのか』と問われたならば、これは単純な答えを返すことが出来る。
敵は、その進路を東側に全く向けていない。
斥候程度は兎も角、小部隊すら出していないのだ。
これは、巧がヴェレーネに依頼して用意してもらった「死体」、即ち、『実在しない国防軍少尉』の持つ鞄の中の書類がきちんと敵に渡ったという事にも繋がる。
武装ヘリから人間が飛び降りられる訳がない。
この世界のスパイは其れを知らない。
今の敵の動きから見て、死体の持っていた情報は間違い無くシナンガルに渡った。
死体や鞄に取り付けていた位置発信タグは現在、プライカの某ホテルに位置している事が確認されているのだ。
更に言うなら「死体」が保管されているのはホテルの地下との反応も出ている。
ホテル関係者は暫く泳がせる事になるがスパイ組織の摘発は近いであろう。
余談ではあるが戦闘ヘリはその脱出に於いて、ローターを爆薬で切り離しできるタイプの戦闘ヘリも存在しないではないが、AH-2Sは機関部に被弾した場合、エンジンを止めた上で“オートローテーション”と呼ばれる形でローターに風を受けて不時着する。
つまり搭乗員が飛び降りる必要など何処にも無い。
と云う訳で、此処までは上手くいった。
だが、最終的に敵がどれだけ集結するか、それは早めに知るべきである。
帰還したAH-2Sの他、もう一機に増槽を取り付けて、飛べる所まで跳ばす事にした。
最後の衛星からの写真では、現在アトシラシカ山脈の北西側には僅かに雲が出ており全容が把握できない。
海洋神であり漁業と交易の女神でもある『ネルトゥス』の名を冠した輸送艦は現在1個中隊の飛行隊、即ちAH-2Sの三機、及びオスプレイ一機の基本体形をエレベータ下の下層甲板に並べていた。
艦橋からエレベータを見ると、次第に下がっていくのが分かる。
AHの発進準備が整った様だ。
其れを眺めながら桜田の報告を聞いていた巧だが、囮部隊の配置の話に入った処で彼女の報告を遮った。
「ネロが?」
「はい! 小隊長ですので、」
簡潔に答えた後で桜田は“余計なお世話だと思うが”と前置きした上で、
「ですが、私情は禁物です。少尉」
そう言って巧を見据える。
「確かに、余計なお世話だな」
そうは言った巧だが、彼女に気を遣わせているのかと、やや自己嫌悪に陥った。
巧の表情をどう捕らえたのかは知らぬが、桜田は「報告終わり!」と敬礼して司令室を出る。
ドアを閉じ、ブリッジに向き直った桜田に山崎が声を掛けてきた。
「何か?」
感情の籠もらない声は山崎を嫌った訳では無く、彼女の『今』の顔だというだけである事は分かるが、問い合わせる側も遠慮がちになってしまう。
「あ~、……城之内の事は?」
「話して居ません。司令官が一兵士の動向まで知る必要は無いと思いますので、」
そう言って山崎に悲しそうな視線を送ると、更に一礼して桜田はブリッジを去った。
その姿を見送る山崎も複雑な気分だ。
旧第四分隊に於いて山崎に次いで昇進し、更に山崎を追い抜く形で最初に分隊を任されたのは城之内であった。
それが彼を最も危険な立場に置いている。
皮肉なものだ、と山崎が首を横に振り溜息を吐いた時、何も無かった筈の目の前の空間に白衣の人物が立っていることに気づいた。
「うぉ!」
小さくではあるが、思わず声が出る。
艦長代行である彼はダイナミックマイクを常に装着している。
スイッチを切った状態で有った事に感謝した。
そうでなければ、今の叫び声は艦内に響き渡っていた事だろう。
虚空からいきなり目の前に現れた人物はネルトゥスの艦長にしてフェリシア女王の友人、ヴェレーネの天敵、コペルニクスであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
五月七日
相田、ネロ小隊が戦闘に入ってから二日目となる。
それぞれ三十メートル前後離れた二つの丘に陣を設け、相互に連携する事で丘の間の緩やかな起伏を持つ間道の突破を許さない体制は僅か八十名の小部隊にとっては善戦と言えたが、あまりの敵の数とそれに支えられた激しい攻勢に、流石の近代兵器と言えど逆らえ無くなりつつあった。
北側の丘は東に向かって切り立っているが、司令部のある南側はややきつめの傾斜という程度で決して登れ無い事はない。
此処を墜とされる訳には行かないため、ベルギー製小銃と四十式小銃を機関銃式に設置しており防御は一応に固い。
だがやはり波状攻撃は激しく、もう三日も粘る事が出来れば上出来であろう。
何より此処には水源がないのだ。
また撤退時の体力も残して置かなくてはならない上に、敵の一部は迂回して陣を抜けた可能性も有るため、撤退を切り上げる必要も出てきた。
村に向かって引くなら、体力のある今夜のうちしかあるまい。
迫撃砲の連続した轟音が敵兵を数十から百の単位で確実に吹き飛ばしていく。
結果、敵は本日三度目の攻勢を諦めた様である。
二キロ程下がった敵陣への距離は迫撃砲は基より、大口径狙撃銃にも充分な射程を保ってはいるが、相手に迫撃砲の射程が一キロ前後だと誤解させなくてはならない。
未だ後方の包囲は完成していないのだ。
切り通しでの戦闘を肌で知っている相田だからこそ、この地で『囮』を成し得る。
そう考えての志願であった。
誤算と言えば、部下の殆どが付いてくるとは思わなかった事であったが、 今となっては、これが最も生き残る確率の高い小隊配置であると考える様になっている。
「なあ、城之内軍曹」
「はい?」
「君は何故、此処に?」
情報参謀として側に置いた城之内に相田が問い掛けた其の時、不意に右手の森からトレビッシュが現れた。
車輪が付いている土台を百に迫る数の兵士が押し込んで来ている。
ウインチを使って森の中ではロープを引く者も多数であろう。
その動きはあまりにも素早く、早々と発射態勢に入っていた。
「全員、塹壕に退避!」
相田の叫びの直後には、トレビッシュから石弾が降り注ぐ。
時折現れる翼飛竜の攻撃を防ぐために、塹壕上に張られた剛性の高い天蓋に殆ど阻まれたようだが、間一髪と言う処であった。
「見張りは何をしているか!」
怒鳴り付けた直後には、無線で側面のネロ部隊にトレビッシュへの火炎弾攻撃を依頼した。
トレビッシュは一台だけの様であり次弾装填中の様だ。
こちらの怪我人はいない。
相田は、ほっと息を吐く。
そこへ、右翼の監視兵が詫びに訪れた。 敵が引いたため、油断したのだと言う。
殴りたい気分を押さえ“油断ひとつで死人が出る事を忘れるな”とだけ言って持ち場に戻らせる。
ネロ達、数名の魔法兵はトレビッシュの破壊に向かった様だ。
手元にある対戦車兵器『パンツァー・ファウストⅣ』ならば、あの様な骨董品など一撃でゴミに変えられる。
だが、“我々の装備は弱い”と敵に思わせなくてはいけないのだ。
万が一のための“虎の子”を迂闊には使えない。
敵を引き連れ、村を抜け、そしてロケット発射台手前の平原に集められるだけの敵を集める。
それまでの辛抱である。
「レオ-二少尉は上手く隠れていますね」
双眼鏡で丘の下を覗く城之内の声で相田は我に返った。
今の自分は先程の見張り兵士の様な態である、と自分を戒める。
「援護は付いているか?」
相田の問いに城之内は四十メートル程下の窪みを指し示して自分を納得させる様に頷く。
「はい、斬り込み隊の二十メートル後方に四名付けました。選抜も二組別に配置してあります」
”選抜”とは射手、観測手をペアとした選抜射手のことである。
先頭に伏せているネロの火炎弾の射程は四百メートル強だが、彼の部下は殆どが射程三百メートル程度である。
ネロは部下に合わせて、そこまでは潜んでトレビッシュに近付かなくてはならない。
また、敵のロングボウ射程、ギリギリの距離でもある。
双方にとって命がけの隠れん坊が行われている訳だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ネルトゥスの会議室には分遣隊員の六名とヘリ中隊長の長尾、攻撃ヘリ小隊長の小西の計八名が同艦の艦長を迎えていたが、決して雰囲気が良いとは言えない。
また長尾や小西などは、話の内容が掴めずに戸惑うばかりである。
「あんたの事だ。本当に嘘を吐いた、って訳じゃないだろうが、酷すぎる事態じゃないのかい?
なあ、コペルさん……」
巧は怒りを隠そうともしない。
これまでコペルに相対した時に於いて最も険悪な姿勢と言えた。
「済まない、としか言えない。今回の事は此方の事情だ。
結果はどうあれ『嘘を吐いた』と言う事になる」
いつもの飄々とした態は影を潜め、コペルは随分と愁傷な態度である。
その姿を見ていると、巧の単純な部分が直ぐさまに出て来る。
「分かったよ。コペルさんに文句を言っても始まらない、って事だね」
「いや、不満は言って貰わなくてはならない」
「不満より、どう共闘するかだろ。前向きに行こう」
前向きになった巧は良いとして、ヘリ部隊のふたりは何が何だか分からない。
説明を求めてきた。
巧は『惑星カグラの王』の名を出して二人に説明を始める。
「ランセを知っていますか?」
「ああ、自分も助けられた事はあるからね」
巧の問いに答えたのは、中隊長の長尾である。
年は巧よりずっと上の三十四歳。背が高く肩幅は広い。
短く刈り込んだ髪の下の目は細身だが常に優しげであり、自分以外の七名のパイロットと十二名の整備員を家族の様に従えている。
彼の階級は大尉であり、本来は巧の下に付く訳にはいかない。
その為ヘリ部隊は形式上、独立中隊としてネルトゥスに間借りしている形である。
全く持ってややこしいが、其れは書類上の問題であり長尾は巧の指揮下に入る事を特に否定していなかった。
だからこそ此処に居る訳だ。
「で、そのランセがどうしたのかな?」
「ランセは問題じゃないんですよ。
彼と同じか其れに近い能力を持つ魔獣の親玉達が暴れ始めたそうです」
「“達”って事は複数か、厄介だね」
「厄介なんてもんじゃないんですよ」
「と、言うと?」
「今の話の通りですよ。全部で八体、そのうち一体は見た目、人間と変わらない」
巧の言葉に、長尾は一瞬天を仰いだが、
「誰かのコントロール下にある、と言う様な話だったね」
「はい」
そこまで話した時、小西が話しに入ってきた。
年は二十六歳、若手のホープと言われるパイロットであり、戦闘部隊の小隊長でもある。
髪は長尾と同じで短く刈り込んであるが、今時珍しく金色に染めている。
だが見た目と違って人柄は爽やかな洒脱者である
「なあ、柊司令。
もしかしてだがそいつ等を操っている奴が敵側にいるって事かい?」
「正解です、小西少尉」
巧の声は苦々しい。
そこにコペルが付け加えた。
「奴はデナトファームを三ヶ所同時に動かすだろう。
問題は、何処にどのデナトファームが現れるか。
それぞれに特色があり、こちらとの相性の問題も考えなくてはいけない。
対応に失敗したならば、航空機部隊が全滅する事も視野に入れて欲しい」
最後の言葉に会議室の空気が凍った。
サブタイトルは、言わずと知れた神林長平氏の「戦闘妖精 雪風」からですね。
「グッドラック」は未だ読んでおりません。
近頃ようやっと、ティプトリーJrを読み終えました。
投稿開始の頃からいつか読む、と言っていたのでホッとしています。
もう一冊、読みたいですね。




