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星を追う者たち  作者: 矢口
第七章 愛に生まれ、殺戮に育つのは『世界』
115/222

114:問題の向こう側

 ジゼッペル・グリットという男は決して無能ではないし、また極端に冷酷という訳でもない。

 この男に問題が有るとするなら、公徳心に大きく(かたよ)りが在るという事であろう。

 大抵に於いて自由人(バロネット)は国家が持つ『国民の庇護』という意味に無関心である。

 尤もその道を自分で選び、また一般の国民に戻ろうと思えばいつでも戻れる以上、国に対して恨みを持つという訳でもないのだが、国家の枠組みから弾き出された存在で有る事に違いはない。

 その為、多少は屈折した感情を持つ事もやむを得ないとは言える。


 だが彼の場合、それが行き過ぎて自由人の権利の為なら一般の国民に不利益があっても問題を感じないのだ。

 例え()れが命に関わる問題だとしても、である。


 西部防衛隊が方面守備隊になる以前、早い話が改選選挙の前まで彼はバロネットとして充分に羽振りの良い生活をしていた。

 賭博の元締め、嗜好品の高額の卸売りなどは彼が西部防衛隊長に幾分かの金銭を流す事で、その権利を一手に握っていたと言って良い。

 当然、未だ蓄えは充分であり、当時の生活を10倍の規模に大きくした贅沢を続けて一生を終える事も出来たであろう。


 だが、自分の商売を邪魔された事は許せなかった。

『俺たちは自由人(バロネット)だ。 自由に生きてきた以上、国家に何の借りもない。 

 いや、それどころか俺たちに危険な仕事や汚れ役をやらせて置いて、充分に貸しがあるはずの国家が、いざとなったら飯のタネを奪う。

 シナンガルがまともな国だとは思わない。 

 だがフェリシアにも少々、痛い目に合って貰うべきだろう。

 自由人を敵に回す事の恐ろしさを王宮や議会はもう少し知るべきだ』


 これが、彼の、いや配下を含めた『彼ら』の行動原理である。

 国家に打撃を与える事で自由人の権利向上を狙って居たのだ。



 現在、ジゼッペル・グリットの(もと)へは彼と同く国に不満を持つ者達が多く集まり、一つの結社を作っていた。

 目的は、シナンガルによるフェリシアの国土の一部占領である。

 これによって、シナンガルとの交渉になれた自由人の必然性は上がる。

 交渉が決裂して戦闘となってもそれは同じだ。

 グリットの配下には高等魔術を扱う剣士は幾らでも居る。

 その数は少なく見積もっても六百は下らない。

 南部に於ける魔獣との闘い、シナンガル人から身を守る、北部の探索、海洋での闘い、或いは西部方面隊への一時参加など、彼らが自分を鍛える場所はいくらでも有った。 

 自由人の互助(ごじょ)組織、『グリット協会』は、その身を直ぐにでも傭兵団に転用できる恐るべき組織として誕生していたのである。


 自由人交易の凍結以来、グリット協会に名を連ねた自由人達は兵役への参加を拒否し続けて居る。

 いや、それどころかシナンガルと密貿易的に取引を行い、堂々と敵方のスパイ活動に入った者も少なくはない。


 彼らは、誰も彼もこの戦争を甘く見ている。

 フェリシアの一部が一時的に占領されるにせよ、魔導研究所の存在が在る限り最終的に負ける事はない、と多寡をくくって甘えた考えで動いているのだ。

 或いは長らく自由すぎたため社会への帰属意識が無くなった壊れた人間が多く、自分たちの行動の意味が分かっていないのかもしれない。

 過去の広報組合の様なメンタリティと言えたであろう。


 スパイを働いたものは衛兵に証拠を集められ、手配される者も多くなってきた。

 それに紛れてこれまでは山賊化していた自由人達、或いは市民権を持つ国民ですらも協会に所属して今や戦闘行動の出来る中核だけで二千人を超える大所帯であり、協力者を加えるとどれ程の数になるかをジゼッペルですら把握していない。

 しかしながら、その活動は見事なまでに地に潜んだものである。

 意図した訳ではないのだろうが、ひとりひとりの行動が姑息であり活動時間が短い事が秘密保持に有利に働いていた。


 また、今までバラバラに動いてきた自由人が団結し始めた事で、先に述べたような手配されている犯罪者も充分に逃げきる余地が出てきている。


 フェリシアという国は国土に比して人が少なすぎる。

 地域ごとの村社会である以上、今までならば手配された犯罪者が人混みの中に逃げる事は難しかった。

 だが地域全体で(かくま)った場合、どうだろうか?

 こうなると官憲の数が少なすぎて『虱潰(しらみつぶ)し』に探す、とは行かなくなる。

 当然ながら一度探した地域に再び捜査の手が回ってくるのには二~三年は掛かる。

 一度見逃してしまえば、犯罪者が地域の衛兵と毎日顔を合わせても何ら怪しまれない状態が生まれてもおかしくはないのだ。

 今まで其の様な事が起きなかったのは、犯罪者の摘発に賞金稼ぎの自由人が当てられていたからである。


 だが、今は違う。

『自由人は自由人を守る』

 グリット協会の掟が『自由人の法』スケール・オブ・バロネットとなりつつあるのだ。


 ジゼッペルの直接の部下の数名は現在、シナンガルの将軍達に個別に雇われるようになっていた。

 交流地に於いてシナンガル商人から仕事を斡旋して貰い、影で軍人と引き合わされていたのである。

 ロケットの写真を奪い、発射日時の情報を送ったのも彼らである。


 当然、王宮や軍部も彼らを追っていたが『グリット協会』の存在は未だ名前すら知られていない。


       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 巧達の乗る輸送艦は、セントレアに近い港のドッグで最終点検を済ませると、現在はアトシラシカ山脈の北東、つまりノルン大陸の北東岸から五十キロ程離れた海上を遊弋(ゆうよく)していた。

 陸地は遙か水平線の彼方だが、外殻型の硬式飛行船を係留(けいりゅう)し、三千メートル上空に浮かせる事で通信と共に海岸線の監視に当たっている。

 外殻型飛行船はアルミの骨組みに厚手のカーボン膜を張ったものであり、長時間一ヶ所に滞空すると言うだけならば、係留(さく)が切れないように気を遣うだけでいい。

 シナンガルの風船爆弾から五十嵐少佐が空軍のレーダー補助機材としての『これ』を思い出し、使ってみてはどうかと進めてくれた為、巧はありがたくそれに乗った。

 衛星が稼働し始めるのにあと数日かかる。

 飛行船は分割式であり組み立てに多少の手間が掛かるが、これなら衛星の位置を気にせずに通信や遠距離監視が可能だ。

 最大六千メートルは上昇する三十メートル級飛行船は今後、様々な形で役に立ってくれるであろう。


 現在、その通信システムを使って巧はヴェレーネと何やら相談の真っ最中である。

 トレについて彼は何らかの形で心の整理を付けたようであり、当日の昼過ぎには何事もなかったかのように司令官としての席についた。

 彼が最も小さな喪章すら身に付けていなかった事を誰もが意外に思ったが、これは巧としては次の誰が死んだ時、同じ気持ちで同じ事が出来る自信がなかったからだ。

 その為、シエネからの着章通達がない限り、トレを他の兵と平等に扱う事にしていた。


 普段、コペルが陣取っている艦長席を斜めに見るようにブリッジ後方にブースが(こしら)えられている。

 本来は艦長専用の航行時作戦室であるが、巧はそこを司令官室として使っていた。

 他に席がないのだ。

 今までなら見張り役(ワッチ)なり、無線係(レディオマン)なりの席に着いていたが、総員六十五名となると完全自動化されたこの艦では平時には手の空く兵が出る。

 彼らの仕事を奪う訳にはいかない。

 また何より、シエネとの通信が彼にとっては重要な役割と言えた。

 そして現在のヴェレーネとの間の会話も、その重要な話のひとつである。


「スパイですか? 厄介ですね」

『ええ、いつもなら上手く使えば、あちらへ送りたい情報を勝手に持って行ってくれるわ。

 でもね、今回の情報は漏れる訳にはいかないのよ』

「分かります」


 今回の作戦で秘匿する事はふたつ。

 ひとつは、山岳地の村々が全て避難したと相手に思わせない事である。

 敵は“人質”を取りたいのだ。これは明確だ。


 そしてもうひとつ、国防軍の山岳地への移動である。

 いや、移動そのものは知られても構わない。

 ロケットを打ち上げる以上、それらに人手が必要な事は当然だからだ。

 先のゴースの打ち上げに於いても、実際は不要な人数を揃え、ロケットの打ち上げには実際以上に多くの労働力と技術者が必要であると、誤解させてある。

 掛かっていてくれると良いが、と思う。

 そうした上で二百五十名。一個中隊を山岳地に分散させてシナンガル軍を待ち受けるのである。


 問題は、その装備の移動である。

 警備の為の兵員や武器が多少移動する事が知られる分には怪しまれないであろう。

 だが、あまりにも人数が違えば、当然相手も警戒する。

 残念ながらフェリシア内部には自由人によるスパイ網が出来上がっていると考えた方が良い様だ。


 何とかして、兵士の移動を誤魔化さなくてはなるまい。

 相手も此方(こちら)の動きを知りたがっているはずだ。

 巧は暫く考えていたが、艦長室の防火シャッターを閉じる。

 完全な密室となった処で、巧が話し始めた内容は作戦時に冷静さを崩さぬヴェレーネを狼狽させるに充分なものであった。

「病院に問い合わせて手に入れて欲しいんだが、」

 話し始めた巧を『少し待て、』と留めてから彼女はメモを取って行く。


 素直にメモを取り終えたヴェレーネだが、巧を問い質す声は困惑の色を隠せていない。

『ねえ、どうして“こんなもの”が必要なの?』



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 北洋とは言え、初夏には流石に海も荒れる事は少ない。

 シナンガル軍に於いて到達不可能山脈こと北部山脈を南に見て航行する事になる初の栄誉を得たのは、ラデク・チェルノフである。


 潜入によりフェリシアの山村を押さえ、人質を取る事でそこを足がかりにシナンガルの拠点を広げていく方法は池間が過去の例から予想した通りのものであった。

 また北回りのルートについても、軍師にして見ればカグラ人へ地図を読み違えの事実を指摘した以上、気付いて貰わなくては困る事だ。 

 結果、軍師の狙い通りアトシラシカ山脈北部への侵入から山岳地に於いて集落を襲い、拠点を得る事を提案したのがチェルノフ自身である。

 ただ発言したは良いが、その内容は最も危険な役割でもあるため、ベルナールから

『ならばやってみろ』と指名される事になったのだ。


 スゥエン造反を疑われているチェルノフは、仮にハーケンから反対があったにしてもこの役目を受けるつもりではあったが、意外な事にハーケンはすんなりと了承し急ピッチで船を集める手はずまで整えた。

 シナンガル南部及び西部に本拠地を置いていた五百トンクラスの多数の船は、ビストラント海峡を抜ける事もなく、この数年虚しく西海岸に喫水下(きっすいした)(さら)していた。

 会議の後、ひと月程の時間を掛けて急ぎ船舶は修復され、四月の五日には北部山脈西端の港町『ランド-』から百三十隻の艦隊が出港する事となったのだ。

 総輸送兵員数は、船員を除いて九千人という大所帯であり、小さな漁村は(にわか)に活気づく事になる。

 埠頭まで並行作業で拡大されたが、これらの予算にはスゥエンの豊かな銀が物を言った。

 直払いの賃金が多少不足し一部は軍票になるにしても、それ以上の豊かな穀物や食肉は北に集まる労働者に不満を抱かせず、ランドーは造船と港湾整備のバブルに湧いている。


 チェルノフ艦隊は海岸線に沿って進み、竜を使った補給も行われる事になった。

 竜部隊の総指揮官は育成要塞の司令官であるラーグス。

 戦闘竜部隊指揮官がアラニス大隊長、輸送竜部隊指揮が同じくポルトスである。

 シナンガルは伝統的に輜重を甘く考える事のない軍であるが、今回は軍師からの提言を入れ、特に補給を重視した結果、輸送竜部隊が戦闘竜部隊の上位指揮権を持たされた。

 このような軍は強い。


 船舶は第二陣・第三陣以降も既に準備されており、最終的には六万三千人の兵士がアトシラシカ山脈の地を踏む予定であった。


 問題は、敵兵が待ち構えているのは何処かである。

 最初の百三十隻は全て沈められても良いとラーグスは思っている。

 海路を開発した上で敵の動きが見えればいいのだ。

 報告は随伴される竜から問題無く届く事も間違い無い。

 場合によっては相手の海上での戦法も知る事が出来る上に、造反可能性のある方面都市(スゥエン)の重要人物の処理も出来る。

 一石で二鳥処か三鳥、四鳥も有り得る訳だ。

 ラーグスの思惑にはチェルノフもうすうす気付いてはいるが、彼はスゥエンの造反という疑惑を払拭するために敢えて危険な役を買って出たのである。


 悲壮な決意とすら言えたであろう。


 だが出航後、百三十隻の艦隊は山脈の南で見るなら国境から百キロ程、つまりスゥエンから山を挟んだ反対側の入り江で足止めを食う事になる。

 山脈沿いに追いついてきた伝令竜により、近い船溜まりを探して侵攻を待つ様にとの連絡が入ったのだ。

 彼らが出航した直後にフェリシアは『月に向かう船』を打ち上げたという。

 驚いた事に、どうやらそれは成功した様だ。

 発射基地では関係していた技術者らしき集団が『成功』の二文字を強調し、噂の『鳥使い』達もそれに関わって盛大な祝賀会が(もよお)されたとの報告が各方向から入ってくる。

 更に問題は、その『船』の打ち上げ後、第二回目の発射が計画されている事が分かったのだ。

 それも前回と違い北部が発射予定地ではないかとの噂が流れている。

 前回、スパイの侵入形跡が見られたため準備は相当に秘匿されている様では有るが、仮に発射地が北部であるならば『船』そのものと、それに関わっている技術者を纏めて確保する事を作戦に織り込む事が可能だ。

 それがベルナールからの命令変更の根拠である。


 よって“現在地点での任意の上陸を認めるので待機する様に”とも付け加えられていた。


 本来、到着が遅れるのは好ましい事ではないが、急ぎすぎて兵士や船員に疲労が溜まる事も避けたい。

 季節もこれから益々安定してくる上に、今までの船旅と違い『竜』による補給部隊もしっかりと動いている以上、問題は無いと考えたチェルノフはそれを了承した。

 そして緩やかに艦隊を進める内に国境の手前辺りで島を見つける。

 自然に出来た港湾部が複数存在しており、上陸後の土地には平野部も多い。

 更には初夏の季候もあってキャンプには最適な地であった。

 野生動物は兎や猪、ヘラジカなどが豊富に生息しており、兵士達は訓練を名目に食肉の調達に度々(たびたび)出かける事になる。


 一方、ラーグスからの指示を受けた三頭の偵察竜達はアトシラシカ山脈から西の平野に降りるルートを探す為、先行して調査に当たる事になった。

 十日の内に二ヶ所の揚陸点と侵攻ルートが見つかる事になり、チェルノフのみ成らず侵攻本部のベルナールもこれを喜んだが、そのいずれのルートも深谷少佐を指揮官とした輸送ヘリ部隊により、既にセンサーが張り巡らされていた事に彼らが気付く事はなかった。

 ベルナールの元に届く情報からは、フェリシア北部に軍の集結などの大きな動きは未だ見られない。

『鳥使い』達の操る大型の鳥、即ち輸送ヘリ隊は北に飛んで帰還するものの、あまりにも長い飛行距離はスパイ化したフェリシア自由人(バロネット)達にその行動範囲を掴む事を許さなかったのだ。

 但し、ヘリ部隊が敵の上陸地点を探している事は自然と知られる事であり、そこはベルナールにも報告がなされてはいた。

 結局、フェリシアの自由人に知られていない『感知センサー』の存在がシナンガルの命運を分ける事となりそうである。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 プライカに本部を置くグリット協会は当然ながら看板を出している訳ではなく、表向きはごく普通のホテルを装って活動を行っていた。

 その支配人室が協会の本部であり、宿泊カウンターが連絡役を受け持っている。

 ジゼッペル・グリットは日頃はホテルのオーナーとして支配人と経営について話をするという形で支配人室を会議の場に据えていた。


 支配人役のエミリア・コンデは今年二十歳(はたち)になったばかりのエルフである。

 彼女は“自分は現場向き”なのだからこの仕事は辞めさせて欲しいと常々ジゼッペルに頼んでいるが、ジゼッペルとしては今後の事を考えると彼女には人を統括する仕事が最も向いていると言い含めて、やや無理を言って此の地位に就けた。

 協会を立ち上げると同時に彼女に対して『少なくとも二年はこの地位に就く』事をジゼッペルは命じたのである。

 その他の側近はジゼッペルが何を考えているのか掴めないものの、彼の資産の大きさはそのまま協会の(いしずえ)である。 

 異を唱える者の無いままに現在の体制が続いている。


 だが、エミリアの表向きの立場も残り1年以上を残して、後ひと月程では終わらさなくてはならないようだ。

 唯でさえ長命のエルフである。デスクに縛り付けるには彼女は若すぎた。


 そして、遂にはエミリアが自分を動かせろと叫ぶ情報が協会に飛び込んできたのだ。


 ジゼッペルは支配人室のソファに浅く腰掛け灰色の髪を櫛で()いている。

 未だ四十にならぬ引き締まった体と充分に濃いブラウンの瞳が特徴的な美形と言える顔立ちは、町娘達の話題の元であり、数ヶ月前には防衛壁を抜けた小型のヘルムボアの討伐に二十名程の自分のチームのみで成功して名を上げてもいた。


“武名のある伊達男で金を持ち、美男で町娘からの人気も高い”

 悪意を持ってではないが、基本的には自分の思い通りに世を動かす事を価値の最上に置くタイプである。

 要は巧とは真っ向反対の人間、とも言えた。


 ジゼッペルの櫛が軽く髪に掛かったが、直ぐにするりと抜ける。

 櫛に目をやると僅かに眉をひそめて彼はエミリアに問い掛けた。

「で、『鳥使いども』が探しているものは分かったのか?」


 エミリアの姿はどこからでも目立つ。

 炎の様な見事な赤毛の一部を三つ編みにして残す以外は短く切りそろえた髪。

 瞳もその髪の毛に合わせたかの様な朱色。

 肌こそ白いものの、まるで炎の魔神イフリートが女性の姿を身に纏って顕現したかの様な姿である。

 軽甲を身に纏っているのだろうが、その鎧は露出の高い深紅のドレスに包まれ表からは部分的にしか見る事は叶わない。

 鎧だけでも充分なのだろうが、このドレスは六ヶ国戦乱時代にフェリシアの国境防衛を担っていたと言われる伝説の『紅乙女(べにおとめ)』をモチーフにしたものなのだそうである。


 国境を脅かし無法を働いた国々の軍に対して懲罰的な殲滅戦を行ったと言われている伝説の六人の乙女。

 本人曰く、『私のばあちゃんは紅乙女だった』との事である。


 彼女の出自は一旦置くとして、今、二人が話題にしている『鳥使い』、即ち国防陸軍航空隊の捜し物とは何だろうか?



 フェリシアはひとつの国と言ってもその国土は広く、各地で季候は違う。

 例えば東部穀倉地帯は、海と大河からの東風に支えられその気温と湿度を保っている。

 水量はアトシラシカ山脈から流れる二本の大河、特にプライカを通り海に流れ出るローレント河に頼る事が大きい。

 その東側にはアトシラシカ山脈に沿った更に大きな河であるウエール河があり、此方から東側の三角州地帯は開発を行えば、東部穀倉地帯以上の収穫も見込まれるが、未だ手つかずの侭である。

 理由は“特に必要が無い”からである。

 先にも述べたが、東部穀倉地帯だけで全ての必要穀物を二億人分賄えるのである。

 これ以上の開発は不要だ。

 その為、フェリシアは彼方此方(あちらこちら)に人の手が入っていない所が多い。

 国土の八割は未開発地と言っても言い過ぎではあるまい。

 人々が大きな街を作る事を好まず、いざ必要とあれば『跳躍魔法』という最終連絡手段がある以上、そうそう密集して住む事に重きを置かないのである。


 その為、アトシラシカ山脈の南東側は兎も角、それ以外、特に西側の山際は人の入る事が殆ど無い。

 気温の変動が激しい事も理由のひとつであるが、狼や熊などの獣も多いためだ。

 噂では“魔獣が住む”とも言うが特に南下したものを見た人間も居らず、都市伝説ならぬ山岳伝説の類である。


 今回、その様な人の足跡の及ばぬアトシラシカ山脈の西側中央当たりで何らかの騒ぎがあったらしく、(くだん)の“鳥使い”達が慌ただしく行き来を繰り返している、という話である。

 志願兵として基地内部に入り込む事に成功した協会所属の自由人達からの情報では、どうやら遭難者が出た様だ。


「お前が動く程の事なのか? あいつ等は仲間を見捨てない。 

 好かん奴らだが、その点は見習うべき処だ。 

 南部戦線では救援の為に事あるごとに大型の『鳥』を飛ばせていたぞ?」

 確かにジゼッペルが言う事は(もっと)もである。


 彼は自ら志願兵として南部戦線に配置された。

 その中で、東部方面防衛隊や国防軍の活動を見てきている。

 そして、国防軍が決して仲間を見捨てない、と云う事も肌で感じた。

“奴らは軍人だが、俺が目指す自由人互助会(バロネット・ギルド)の手本でもある”

 とジゼッペルの国防軍に対する評価は高い。


 だが、その言葉にエミリアは顔の前で手の平を立てて横に振った。

「違うッスよ。いつもの救難活動ならフェリシアの兵隊も参加しますし、プライカの役所にだって自由人の募集広告が出るッス。

 でも今度はそう云うの、全く無いッス!」

 言葉遣いで美人が台無しであるが、ポルトとインタカレニア半島間の小島出身である彼女の喋りは訛りがきつい。


 言葉遣いは毎度の事でなれているジゼッペルだが、話の内容は確かに気に掛かる。

「どういう事だと思う?」

 問われたエミリアは、ニヤリと笑う。

「重要人物って事ッスね。何らかの秘密を握っている筈ッス」

「だから?」

「あ~、にぶいッスね。GG! 

 今、北は脅威に(さら)されてるって日頃から言ってるのはあんたッスよ」

 GGとはジゼッペルの略称である。

 だが、そのGGは鈍いと言われても首を傾げる事を止めない。

「いや、其奴(そいつ)が持っている情報が重要だとしても、だ。

 誰が奴を助けるにせよ、軍事機密を他人に喋る義理はないだろ」


 その言葉にエミリアは大きく首を横に振って溜息を吐く。

「本当にそう思ってるなら、この協会も長くないッスよ」


 辛辣(しんらつ)なエミリアの言葉には少々不愉快だが、ジゼッペルは自分の能力の限界を知っている。

 やばい時には引く、勝負に出る時には命を捨てて懸かる。

 そうやって博打的に生きてきたが、これだけの大所帯ではそうはいかない。

 協会を立ち上げるに際して過去の賭博場経営のブレーンを引き連れてはいたが、彼らは金銭の取り扱いは兎も角、国と闘うには能力が足りない。

 部下の中では唯一エミリアだけが祖父や父親譲りの鋭い政治感覚を持っていた。

 協会の表の顔に付けて部下を持たせて居たのもその為である。


 過去、ポルカにエレコーゼ・オベルンが現れたのを知ると、ジゼッペルに直ぐさま賭博場経営から手を引かせて証拠の隠滅を計ったのは彼女である。

 オベルンが海の民である以上、交易に関わる何らかの工作に入るであろう事に気づいたのだ。

 逮捕前の西部防衛隊長に保釈後の年金を約束し、口止めも忘れなかった。

 もし彼女の素早い決断がなければ、ジゼッペルは今頃は西部防衛隊長と共に塀の中であったであろう。

 元から準備してあった自由人のコネクションを使い、ジゼッペルの身分に傷が付かぬ様に手も尽くしている。

 

 エミリアは本心からジゼッペルに逆らう事はないが、ジゼッペル自身も彼女の言葉に逆らう事は中々に難しい。

 まあ、この二人はそう云う間柄である。


「厳しいお言葉だ。だが、そう虐めんでもいいいだろ。 

 そろそろ正解を教えてくれ」

 ジゼッペルの言葉にエミリアは”少しは自分で考えろ”と形だけの愚痴をこぼしたものの、直ぐに答えを教えてくれた。




「多分、死んでても情報を持ってるッスよ。だから、部外者に関わらせたくないんだと思うッス」






サブタイトルはA・C・クラークの「天の向こう側」改変です。

今更ながらにですが、中々ファンタジーになりませんねぇ。

やっぱり無理だったのでしょうか、と泣きたくなる時があります。

別段コメディを上手く描けるように、とまで望む程では無いのですが、うーん。

まあ、このスタイルでいけるところまで頑張ってみましょう。

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