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星を追う者たち  作者: 矢口
第七章 愛に生まれ、殺戮に育つのは『世界』
112/222

111:グッドバイ、ビター・ハーツ

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い致します。


皆様にも良い星の巡りがある事をお祈りします。

 四月七日 インタカレニア半島東部洋上

 現地時間 午前九時


 巧は二時間程前に部屋に籠もると、そのまま出て来なくなった。

 桜田が皆に“暫くは彼をそっとしてやるべきだ”と言う。


「そんなに大事な人だったのか?」

 その言葉に桜田は一寸(ちょっと)嫌な顔をして山崎を見る。

「万が一の話ですが、仮に山崎准尉が亡くなられたなら少尉は其の場で気絶しかねませんよ。あの人は気が弱いんです」

「まさか!」


 その否定の声に桜田は遂には怒りの目を向けた上で完全に口調までも変えた。

「あんた、何にも分かってないね……」

 年齢も階級もお構いなしのぶっきらぼうな言葉と呆れた表情を投げつけられた事で、山崎は自分が上官を知らない事を指摘された事に気付き、恥ずかしくなった。

 桜田から目を逸らして操艦に集中する風体(ふうてい)を取らざるを得なくなってしまう。


 トレの死亡が伝えられたのは午前七時〇三分。 

 通信を受けた桜田は暫し悩んだものの、あるがままに巧に伝えた。

 報告を受けた巧は山崎に後を任せると自室へ戻った。


 泣いているのだろうか? 

 桜田は一瞬そう思ったが、すぐに考えを打ち消した。


 泣きはしまい。

 泣いて自分を誤魔化して終わる事が出来る程、強い人ではない。

 昨晩、所長、いや大佐と何らかの言い争いをしていた。


 あの時から覚悟していたのかも知れない。

「肝心な時にはあたしも役に立たないね」

 そう呟くものの、桜田の眼からも涙が一滴(ひとしずく)流れた。

 彼女とてトレとの付き合いは長い。

 南部戦線に限れば巧よりも長く密接に関わってきただろう。

 だが、彼らは共に命を賭けて戦った事、一度や二度ではない。

 魔獣との闘いの最中、トレーラを走らせるネロとトレを待ちわびる巧からの無線を桜田は何度も聞いている。

 何より、シナンガルに於ける最後の脱出では互いに命を預け合った仲だと聞いた。

 あの闘いに於ける自分とロークやカレル、ビアンカ、ロッソとの様な間柄なのだ。

 そう思えば、気持ちは痛い程に分かった。


 だが、彼はこの輸送艦、いや戦闘艦の指揮官なのだ。

 本来は、一少尉如きがこれほどの艦船の司令になれよう筈も無い。 

 だが、この戦艦はフェリシア海軍所属艦である。

 女王、そしてコペルの指名によって、なし崩しに収められた立場ではあるが、立場は立場だ。

 立ち直ってもらわなくてはなるまい。

 

 それが分かってはいても「今日一日くらい」とは、桜田でなくとも誰しもが思いはするのであろう。


 巧を呼び出す艦内通信は、未だ無い。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 魔法石の目を通して全て見ていたルナールは断言できた。

 奴は素晴らしい男であった。

 名も知らぬ魔術師だが、鉄巨人を引きつけ身動きを取れなくした上で、更に援護兵まで同時に潰す事に成功した。

『鳥』の到達までの時間を稼ぎ、最後は歩兵としての勝ち負けを冷静に判断し、引くべき処は引き切らせたのだ。

 (まった)()って、奴との闘いは純粋に軍人として楽しめた。

 優秀なスコッカ(チェス)のプレイヤーの様でもあったと思う。


 あの、自由人(バロネット)を救う行動に出なければ奴は今後も大きな敵として自分の前に立ちはだかった可能性が高かった。

 勿論、当初からの目的である『敵勢力内での鉄人形の機動』まで行ったからには、単純にルナールの負けとは言えない。

 が、そうかと言って勝ったとも思ってはいない。

 あの男が生きていればシナンガル軍をフェリシアから押し出す中心人物の内の一人となった事は間違い有るまい。

 そのような相手と頭脳を競えた事が嬉しかった。


 何より、あの様な男が上層部に更に居ると云うのならばフェリシアが逆侵攻を決断したにせよ、一般市民に無駄な被害を与える様な行動も取る事は有るまい、と再度ながらに確信できたことも大きな収穫である。



 反面、殺してしまった事は少し早まったかな、と思わないでもない。

 しかし、あそこで配下の魔術師が鉄人形を操る事を邪魔するような真似も出来よう筈もなかった。

 元から奴を狙っていた訳では無い偶発的な結果だったのだ。

 ルナールにその気があったとしても止める事は不可能だったであろう。

 残念だが仕方ない。

 何より百人長程度でも、あれ程の中間指揮官が(あふ)れかえっていると云うのなら、侵攻そのものが成り立たなくなる恐れがある。

 今度は切り通しではなく、直接の山越えまで考えているのだ。


 まず、潰せる相手は潰す。其れで良い。

 その上でフェリシアが滅んだならば?

 それはあり得ないだろうが、万が一そうなったとしてもそれはそれでやむを得まい。


 そう考えてルナールは慌てて首を横に振る。

 いや、やむを得ないでは済まない。

 奴隷は解放されなくてはならない。 

 あの馬鹿げた議員どもの妄想は諦めさせなくてはならない。

 アダマンの言う通り、我々には郷愁すら感じぬ故郷に辿り着く可能性も無ければ、そこで生きていく事すらも出来ないのだ。


 そう考えれば考える程に、ルナールは益々フェリシアの真意が知りたくなる。

 場合によっては、内部と繋がりが持てれば最も良い。

 勿論、逆侵攻させる事は難しい問題だ。 

 だが不可能ではない。問題はその後なのだ。

 軍師が語った通り、まずフェリシアはシナンガルを破っても侵略統治を行わない。

 時間と共に人口に呑み込まれる事を知っているからだ。

 ならば、どうするか?


 解答は、

『フェリシアに城下の盟を誓い、彼らの軍事的威力を背景に議会に睨みを利かせる独裁者となって改革を実行していく』

 それしか方法は無いとルナールは考えている。

 (城下の盟:古い言葉で「首都陥落による無条件降伏」程度の意味だと思って下さい)


 フェリシアはシナンガルが真っ当な国となるなら、形式上は属国としても無理な要求は言うまい。

 だがその時、国内に()いて最大の敵になるのは誰であろうか、やはりマークス・アダマンか?

 しかし、あの男の見識を考えると殺すには惜しい。


 と、其処まで考えてルナールはふと可笑(おか)しくなった。

 別荘でもそうだが、あの柔らかい笑みにすら恐怖を感じる自分という小物が、既に彼に勝つ気で居るとは思い上がりも(はなは)だしいではないか。

 何より、自分はフェリシアと同じか(ある)いは、それ以上にアダマンについて何も知らないのだ。

 まず彼を知る事から始めなくてはなるまい。

 前線の動向を報告する事でアダマンとの交流を更に深め、彼の内部に入り込んでいく必要がある。

 但し、直接すぎるのも(まず)い。

 アダマンは自分を受け入れるであろうが、ベルナールに睨まれたなら横槍が入る可能性が高いからだ。


 連絡役の仲介者が必要である。

 軍人ではない。しかし議員と接触できる人間に一人だが当てはある。

 

 尤も自分を信用してくれる人物、それも女性を騙すのは気が進まない。

 しかし(ほか)に道もない為、何度目かの軽い挨拶の手紙を書く。

 検閲を受ける可能性だけは気を遣い、出来るだけ技術顧問同士の連絡として怪しまれない専門的な内容に留めた。

 今は頻繁に話を繋いでおく事で彼女を味方に引き込んでいくしかないのだ。

 

 ルナールの手紙の送り先はルーイン・シェオジェであった。



       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 四月十二日

 遂に衛星は打ち上げられた。


 低高度地上監視衛星であり、最小高度百十二キロメートル、最大高度百十九キロメートルを軌道することになる。

 地球ならばそれぞれの高度は更に二十~四十キロは高度を得なくてはならないが、低重力のカグラに於いては、かなり地上に接近して撮影を行う事が可能である。

 但し、その高度である以上は静止衛星という訳には行かず、二十五キロ四方を観測できる時間は二~四時間と限られてはいた。

 一方で高度調整には十分に可能な量の推進剤を持ち、もう八~十三基を打ち上げる事が可能ならば、衛星コンステレーション・システムにより九千キロメートル以上の高度を取る常時通信中継衛星と同じ役割を果たす事も可能であろう。


 低高度の衛星は静止衛星に成り得ない。

 常に衛星軌道上を動き続けるため、惑星の自転速度に同調して一定の位置で留まる事を求められる通信衛星とは成り得ないのだ。

 その為、数基の低高度衛星を組み合わせる事で、高々度静止衛星と同じ役割を持たせるのがコンステレーション・システムである。

 勿論、坂崎の頭の中でその計算は既に終わっていた。


 いや、本来その計算すら不要な筈であった。

 今回の計画で坂崎も初めて知ったが、ゼータⅠはそのサイズに比して性能はカタログスペックを遥かに凌駕している。

 高圧縮燃焼剤さえ手に入れば、実は月(まで)すらも到達可能だ。 

 高々度静止衛星軌道など「次回にでも成功させてみせる」と言いたいが、そうも行かない訳が出て来たのだ。

 彼の中において、高々度軌道に衛星を乗せる事を邪魔する者が居るのである。


 実は坂崎の天才の秘密の一部にブレインネットワーク・コンストラクタがある。

 彼は近くにいる他人の空いた思考の隙間を利用して計算する事が出来る。

 或いは人から話を聞く時、彼はその理解に自分の脳を一切使わない。

 他人に考えさせた後、結果を一気に自分の中に移動させてしまうのだ。

 それを自分の脳のフォルダに押し込む訳だが、他人の思考には邪魔な部分が多い。

 それを削除するための脳の活動は彼の日常生活における思考因子を阻害(そがい)する。

 何より情報を得て、それで納得するため、実は相手の感情は本当の処は理解できていない。

 また、ついつい相手も自分と同じ理解をしていると勘違いしてしまい、後から大急ぎで取り繕う事も屡々(しばしば)である

 その為、他人から見ると坂崎の行動はやけに奇矯(ききょう)に写るのだ。


 代わりに、と言っては何だが他者が持ち得た『理解』は彼も完全に同じものとして持ち得る為、思考の全てを計算に振り分ける事も出来る。

 あまり効率は良くないが一種のエスパーであろう。


 実際は思考磁波の生体バンドが蜂や蟻並みに広いというだけで、言語を介さないコミュニケーションを取っているだけだ。

 だが、それが無意識の意思伝達を可能にしている。

 もし彼が軍人であれば、乱戦・混戦に於いてであろうが、或いは夜戦に於いてであろうが絶対に敵味方の識別を間違える事のない、また遮蔽(しゃへい)物の向こう側の敵すらも判別可能な最強の兵士になっただろう。


 更に、仮に彼に思考の受信だけでなく発信能力があったならば、

『ひとりの指揮官が実戦の直接指揮で動かせる限界は百五十人』

 という軍事常識すら(くつがえ)し、数十万の大軍を手足のように扱う事も可能かも知れない。

 但し、『残念ながら』と言うべきか『幸運にも』と言うべきか、彼は軍人になれる程の体力も運動能力もなかったのだが。



 さて、問題はカグラにやってきてから、今までは他人の脳を借りるだけであった彼の思考磁波に自発的に飛び込んでくる何者かが居ると云う事である。


『やあ!』


 坂崎にしては珍しく、大きな溜息を吐いた。

(……また、あんたか。約束は守ったよ)


『うん。そのようだね』


(で、何なの、妄想さん?)


『妄想じゃないって……』


(昔から、脳の腐ったガキって言われてたんだ。そろそろおかしくなっても良い頃だろ?)


『疑り深いねぇ』


(とっくに狂ってたもんだと思ってたんだが、あんたが出てきて今までは“まとも”と言うか“マシな部類”だったんだな、って思い知らされたよ)


『だからって、“あれ”は感心できない』


(あんたに言われたかぁ無い! あんたのお陰で怖くなったんだ!)

 坂崎は脳内で怒鳴る。

 端から見るその姿は、勢い眉根を寄せて難しい顔になっていたが、周りは誰しもがロケットの航跡に引きつけられており彼の変化に気付く者は居ない。

 結局、怒鳴りつけられた坂崎の中の何者かの声には特に慌てた様子も現れずに話は進んでいく。


『で、死ぬ前に誰かに自分を覚えて居て欲しくなった、と』


(まあね……。でも、唯“それだけ”って訳でも無いけど、)


『戦争だから、そりゃ死なないという保証はないよ。 

 でも、“あの言動”の原因を僕のせいにするのは止めてくれ』


(お前さん、実在してるの?)


『此処は剣と魔法の世界だよ!』


(俺が“そう”思ったから、現れた妄想だと思うんだけど……)


『分かった。名前を教えておくよ。それでどうだい?』


(馬鹿馬鹿しい! 多重人格者が“内部の人格”が持っている名前を知らない。

 そんな事は良くある事だ)


『まあ、いいさ。覚えといて! 僕の名は“セム”』


(はい、はい!)


 ロケットは坂崎の脳内会話を尻目に次第に遠くなり、数分後には衛星軌道に乗った。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 人間の体は磁力を帯びている。

 当然微力ながら電気も流れており、その電気信号(パルス)によって脳もそれぞれの細胞が発する信号のニューロン間伝達を行う。

 (ところ)が時たまにだが、この電池的な構造が激しく狂う事がある。


 そうなると体にアイロンをくっ付ける磁力人間(マグネッタ)や少し気を抜くとあっちこっちに火を付けてしまう発火人間ファイヤ・スタータがタブロイドwebの面白(おもしろ)人間紹介欄に載せられる事になる。

 (まれ)にではあるが観測される現象であり、根本的な解明が成されている訳ではないが“電気ウナギが存在する以上は電気人間が居てもおかしくあるまい”と云う程度には認識されている。


 では、“電波を(とら)える人間が居る”となると、どうだろうか?

 別段、いわゆる『電波な御方』や『法律的に無敵な人』の事ではない。

 実際の電波を体が捉えてしまう事例である。


 二〇五〇年代の現在ではハイブリッドセラミックが多く使われる虫歯治療だが、その昔、アムルガムなどの合金が使われていた頃は、金属と骨、或いは唾液の比率等によって体そのものが骨伝導ラジオになってしまう事があったという。

 ゲルマニウム鉱石ラジオと同じ原理であり、報告例も決して少数ではない。


 坂崎の中に入り込んだセムは、最初は直接に脳に働きかけるための量子通信的なアプローチを行おうと考えたのだが、彼の思考磁波バンドの異常なまでの広さに目を付けた。

 結果として、セムとの会話は普通の無線機などで捉えられる範囲を大きく逸脱している事になり、坂崎にとっては物理学的な観測機器で捉えられない以上、自分の脳の異常だと考えるのは至極当然の事となった。


 その『セム』が、坂崎に頼んだ事。

 それは先程の会話からも分かる通り、高々度への衛星打ち上げを“行わない”事である。

 王宮を通しても良かったが、『セム』は技術者がどの様な人種か知っている。

 予算と設備があるなら、そして環境が(そろ)っているならば政治など放置してしまう人種が多いのだ。

 そこで強攻策をとった。

 と云うのが『セム』の今の主張であるが、事実はどうだろうか。

 ヴェレーネが知れば、半分以上は『セム』の悪戯(いたずら)心だったと見抜いたであろう。

 なにせ『セム』は偶然とは云え、坂崎の記憶の一部を読んでしまったのだから、このような結果を予想して接触方法を“これ”にした可能性が高い。


 (ただ)し『セム』とて、単なる悪戯で意味無く衛星の高度制限をした訳でもない。

 今の高度ですらアルテルフにとっては邪魔者であり、アルテルフが武装していれば撃ち落とされかねない。 

 尤もアルテルフは非武装なのでその点についての心配はないのだが、偶発的にせよ衝突は避けさせたかったのである。

 アルテルフ7から11までは、『セム』にとっても全くのスキャン外であり、コントロール予測が付かない為の緊急措置であった。

 



 こうして「取り敢えず」、ではあるが両者にとって不幸な事態は避けられた。





開始がかなり遅れてしまいました。 申し訳ありません。

理由は、いつもの如く、と言う奴です。

お察し下さる事を願っております。 今後もよろしくお願いいたします。


サブタイトルはティプトリー・Jrの「グッドナイト・ビターハーツ」改変です。


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