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星を追う者たち  作者: 矢口
第二章 次元を超える人々
11/222

10:非《ナル》Mの世界

今日は話を書くのが苦痛でした。

一番書きたくないシーンの序盤だからです。

しかし、此処を書かないと次に進まないのだと、力を振り絞りました。

自分で書いてる作品で「鬱」な気分になるってどういう事でしょうね。

あらすじに書いたとおりの展開なんですが・・・・・・・・

 杏は市ノ瀬に介抱されソファに横になっていたのだろうが、巧が家に飛び込んでくると同時に、彼女も飛び起きて巧にしがみついた。

 巧は戦闘服のままで、服のあちらこちらに泥や草木の染みが付き、酷い格好のままだったが杏にはそのようなものは全く見えていない。

 巧の胸にしがみついて何か言おうとしているのだが唯々、泣くばかりで声にならない。


 暫くすると市ノ瀬が、

「巧君にも警察の方のお話、聴いて貰わないといけないから」

 と優しく言って杏の手を引き、ソファに連れ戻す。

 市ノ瀬はソファのそばの床に直に座って、杏の額に掛けてあったタオルを洗面器に浸してから絞り、水気を程良く整えると横になった杏の額に乗せ、その顔をのぞき込む。

 それから、繋がれていても震えている事がはっきり分かる杏の手に、ゆっくりと力を込め、小さく溜息を吐いた。


 杏もそうだが、三十歳を廻ったばかりの市ノ瀬も、まるで十年老け込んだ様に目に力がない。 

 彼女も憔悴(しょうすい)しているだろうが杏の心情を思い計れば、自分がしっかりしなくては、という意識だけで行動しているのだろう。

 

「市ノ瀬さん、ありがとう御座います」

 巧がようやくそれだけ言うと、彼女は小さく頷いて、又、杏の顔をのぞき込んだ。


 ダイニングからリビングに続く室内には杏と市ノ瀬さんの他、七人の男女が居た。

 広田も駆けつけた様で、大きく肩を落とし、

「巧君。すまない。気をつけると大見得を切ってこの事態だ。自分の手落ちだ」

 と俯いた。


 巧は首を横に振る。


 犯罪者はいつでも隙を狙っている。

 その気になれば、相手が気づいたとしても十年待ってから、犯行を決行することだって可能だ。

 十年の間、警戒し続ける事の出来る人間などいない。

 それと同じで、どこもかしこをも警戒出来る人間もいないのだ。

 広田は全力を尽くしたと信じる。


 いま、マリアンが危険な時に誰彼となく責めて、事態を混乱させてもどうしようもないのだ。



 とは言え、巧とて最初からこのように落ち着いていた訳ではない。

 最初は周りから見れば『気が狂った』のかと思った、と言っても過言ではない状態であった。


 支部で電話を受けた彼は、それを切ると。

 上官への連絡も現場からの離脱願いも思いつかずに、直ぐさま車両集結点に走り軽装甲機動車を強奪しようとして取り押さえられた。

 戦闘評価B-の巧にレンジャー二名を含む四人の男が殴り倒され、一人は鼻の骨を折られるという程に暴れたのだ。


 転がる男達には目もくれず、機動車両に取り付く。

 しかし背後からの「隊長、失礼します」と言う声と同時に、第四分隊の部下達に彼は車両から引きはがされ地面にうつぶせに押さえ込まれた。 


 地面に手足どころか頬までも押さえつけられる巧。


 そこに池間中尉が現れた。

 四人がかりで地面に押しつけられているものの興奮して、人をも咬み殺さんばかりの巧に向かって池間は怒鳴るでも無しに、見下す様な目を向けた。

「柊、貴様は暴れたいのか、それとも弟を助けたいのか、どっちだ?」


 その言葉に、ようやく巧は完全とは言えないまでも冷静さを取り戻したのだった。


 池間は既にヘリの手配を終えていた。

 AH-2Sスーパーコブラの使用許可を、大隊長経由で旅団に取っていたのだ。

 第十二旅団は回転翼機の航空支援と歩兵科の組み合わせが特徴的な山岳地特化型の旅団であったため、調達は容易かった。

 

 巧はそのヘリの前部銃座(ガンナー)席での二時間近く、考える事だけに集中していたのだ。


『貴様は暴れたいのか、それとも弟を助けたいのか、どっちだ?』


 その言葉だけが、辛うじて巧の精神の均衡を保つ枷になっていた。

 


 この家に着くまでの間、最初は広田を心の中でなじるだけなじり倒していた。

 しかし、いま自分に出来ることを考え、冷静に行動しようと思った結果、辛うじてだが思考の整理が着き始めている。

「広田さんを責めるのは筋違いだ」と。


 時計の針は二十時を回った。

 聞こえてくるのは、エルフリーデがお気に入りだったユンハンス社製の壁掛け時計の針が時を刻む音のみ。


 全員が立ち上がって巧に視線を集中させる。

 時計の音以外には、ひとりひとりの呼吸音まで聞こえてきそうな緊張感が部屋を覆っていた。



 鼠色のスーツに身を固めた四十過ぎの男が、巧に歩み寄り自己紹介をする。 

 髪に少し白いものが混ざっているが疲れた感じを受けない。

 四角い顔と太い眉。『やり手』という言葉を絵にした様な男だ。

 今時の四十代にしては顔に責任を背負った感がある。

「電話を差し上げました。県警の白川です。これほど早く戻られるとは思いませんでしたので驚きましたが、感謝いたします。私とそれから、こちらが今回の事件を担当させて頂きます――」


「――府警の小田切です。事件の解決と弟さんの無事な保護に全力で当たらせて頂きます」

 小田切は胸を張ってそう答えた。

 細面(ほそおもて)

 三十はなっていないか。二六歳になる巧と同じか年下という年齢だろう。 

 彼の後ろには、年長の部下とおぼしき男が控えている。


 若いな。

 巧は思う。年齢で人を判断してはいけないのだろうが、事が事だ。

 マリアンの安否をキャリアの箔付(はくづ)けにされてはたまらない。


「合同捜査というわけですか」

 巧の言葉に三人が同時に頷く。


 巧もそろそろ落ち着かなくなってきた。事件の概要が知りたい。

「弟が何故、何処で誘拐されたのか。説明を願います」

 

 そう言った途端、一番奥に立って居た男女二人が、

「申し訳ありません」

 声を揃えて土下座した。 

 若い女性の方は先程から泣いていたが、今は頭を床にこすりつけて『私の責任です』と同じ言葉を繰り返すばかりである。


 男性の方は巧には見覚えがあった。

 入浴騒ぎの時に対応してくれたマリアンの学校の学部長だ。


 学園長は修学旅行の生徒団が帰り次第緊急の職員会議を開き、先程終了したとの連絡があって現在はこちらに向かっているという。

 そのため、事件発生時の説明は学部長から行われることになった。

 生徒達に対してマリアンは表向き、現地で急病になり病院に搬送されたことになっている。


 ソファに座ることを固辞する教員二名であったが、それでは話が出来ない、と言うことで学部長だけでも座って貰った。


 ロングソファのひとつは杏が横たわったままだ。

 担任とおぼしき女性教諭は、襖を開いて隣の座敷に移って貰ったが、俯いて泣き崩れるばかりである。


 一人がけの椅子に巧が座り、その真向かいに学部長が座る。

それぞれの府県の刑事部長は長いすに。


 そして、広田は、

「私は此処(ここ)で良い」

 と床に胡座(あぐら)()き、府警警部補の部下もそれに(なら)った。



    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 学部長の説明では以下の通りである。


 本日十二月一日、『星観の丘学園小学部』、修学旅行の最終日。

 生徒達を乗せたバスは高速道路を使って帰路についていた。

 最後には新幹線に乗り換えるのだが、駅に向かう道すがらの最後のサービスエリアで三十分間のトイレ休憩を入れることになった。


 パニックを起こす人々と目を合わせず男子トイレで用を済ませたマリアンは、班の仲間とサービスエリアで買い物をしていたのだが、杖を突いて腰の曲がった老人が彼らの前で転んでしまった。


 丁度、正面にいたマリアンが気を遣って助け起こすと、老人が言うには、

「連れとはぐれてしまったので車に戻りたいのだが、目も悪いので怖くて一人では動けない。手を引いて欲しい」

 と言ってきた。


 班の友人達には、封筒を渡して、その表に書いてある名前の人が連れなので、探して貰いたい。

 そして見つけたら、

「自分は車に戻った」

 と伝えて欲しいとも言った。 

 ただ、名前の人が見つからない様なら封筒は教師に渡して判断して貰ってくれ、と最後だけは妙な願いをしてくる。


 しかし、子どもたちとしては、『何かあれば先生に報告』は当たり前のことだったので、特に気にも掛けなかった。 


 子供としては当然である。


 流石に、このような年寄りを放ってはおけないとマリアンは、老人の手を引き駐車場へ。

 残りの子どもたちは、封筒に書かれた名前の人物を捜したが、遂に見つからず、マリアンが戻ってこないままバスの出発時間が近付いたことから教師へ連絡を行った。


 子どもたちをバスに収め、担任教師は学部長にも連絡を入れて、僅かに出発時間を遅らせてマリアンを捜す。 

 同時にサービスエリアの管理局に願い出て、マリアンと封筒の名前の人物を呼び出す放送を行ったが、反応はなかった。


 いよいよ時間が無くなる。残り二百名近い生徒を新幹線に乗り遅らせる訳にはいかず、学部長と男性教諭ひとりを捜索に残して、見つかり次第後を追うということで、バスは出発した。 


 バスを見送った学部長は、ふと気付いて捜索場所の何らかのヒントになるかもしれないと、不躾(ぶしつけ)ながら封書を開かせて貰った。

 開いた瞬間に学部長の顔色が変わる。

 続いて便せんに目を通して絶句する男性教諭を気に掛けることも出来ず、学部長は急ぎ警察への一報を入れたのだ。

 

 便せんにはこのように書かれていた。

「家族の者へ、誘拐の目的は十二月四日には明らかになる。不平等な結末は許されない」



 警察は直ぐさま非常線を張ったが三十分も走れば、新幹線の駅にある都市にでる。 

 手前のジャンクションで降りれば、進行方向は六方向だ。

 Nシステムも徹底したが見つからなかった。それ以前にどの車をマークすべきなのかが分からなかったのだ。


 そして何より迷子や誘拐防止の為に、生徒ひとりひとりの制服の第二ボタンに組み込まれていたGPS発信器は、パーキングエリアの出口近くでボタンごと潰されて見つかった。



    ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 話を終えると、学部長は再び床に降りて深々と土下座して詫びた。

 だが、巧の耳にはその言葉は聞こえていても今、考えるべき事ではなかった。


 誘拐に係わる文章の内容を知って、巧は身震いしたのだ。

 これは『営利誘拐』ではない。

 『要求』という言葉が一切使われていないのだ。

 杏は気付いているのだろうか?と考え、

 気づいていない訳がない、と思うと自分が苦しむ以上に苦しく感じられる。

 息が詰まりそうだ。

 マリアンは今どうしている。酷い目に遭っていないか?

 かわいそうに泣いているだろう。

 

 大体、マリアンが誘拐される理由になる『不平等な結末』とは何だ?


 巧がそう考えた時、白川がそれに係わる話を聞いてきた。

「柊さん。これから訊くことは、一般的に警察がこのような事件の際に質問することです。どうぞ、気を悪くなさらずに答えて下さるとありがたいのですが?」


 意図するところは巧も分かったので、先回りして答える。

「まず、恨みを買っているかどうかと言うことですが、『分かりません』としか言いようがありません。 

 進んで人を陥れたり傷つけたりしたことはないつもりですが、人間何処でどう思われているかは分かりませんので」


 白川は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。

「ご協力ありがとう御座います。大抵のご家族の方は腹を立てないまでも露骨に不快感を示しますので、慣れているとは云え聞き辛かったものですから」


「いえ、金銭面のお話もした方が宜しいですか?」

「それについては調べが付いています。結構な遺産と生命保険金の受け取りをなさっていますね。 

 それからマリアン君はチェコにいた時点で、この国では馴染みが薄いですが『誘拐保険』にも入っていますね。保険組合は『ロイズ』、保険引受人(アンダーライター)はフルウッド不動産。これで間違い無いでしょうか?」


「その通りです。よくご存じですね」

 巧が舌を巻いた時、胡座を掻き直しながら広田が口を開いた。

「すまん巧君、俺が話した。杏ちゃんに面倒掛けたくなくてな」


 詫びられることではない。今の杏に何が話せるというのか。

 広田の心遣いに感謝するばかりだ。首を横に振って礼を言う。


 が、そこで小田切が、杏の前では言って欲しく無い言葉を口に出す。

「只、今回は『営利誘拐』の線は、」


「小田切さん、今少し黙っていて頂きたい!」

 巧は僅かだが声を荒げる。

 小田切は不服そうに、

「君たち素人は気付いていないだろうが、このことは重要な、」

「重要だからこそ『黙れ』、と言っているんだ」

 巧の言葉は静かだが、怒気をはらんでいる。 

 この馬鹿エリート様は何を考えている。

 目の前で、身内の安否を気遣って呼吸もままならない人間がソファに横たわっているのが見えないのか。


 これ以上喋れば『殺すぞ』と小田切を見ずに目に力を込めた。


 小田切の部下が立ち上がり

「課長、少し宜しいでしょうか?」と小田切を外に連れ出した。

 巧が帰って来た時、外には府の警察官らしき人影が五~六人見えた。車のナンバーから判断したのだ。


 対して県警の人間の姿は白川の部下らしき一人。


 広田も実は小田切にはあきれかえっていた。

 大名行列でキャリアの課長若しくは課長補佐クラスが動いてこんなところまで出向くものだろうか。相当に間抜けな奴だとしか言いようがない。

 ただ、もしかして熱意があって真面目なだけかも知れないな。とも考えたのだが。


「申し訳ありません。同じ警察官としてお詫びいたします」

 白川が頭を下げる。


「いえ、それより、姉を寝室に連れて行きたいのですが宜しいでしょうか?」

「ああ、そうですね。最初の連絡があって、もう七時間。限界ですね」

 白川はそう言うとこれから署に戻って、逆探知について正式な書類を出しに行くという。


 既に依頼は出してあるが、やはり仮のものであるため裁判所からの正式な書面が必要なのだ。

 探知された場合は各中継局の管理会社から連絡が入るのだが、その確認のため刑事が二人ずつ泊まり込むことになる。そのことを認めて欲しい。

 そう言って一旦出て行く。 


 入れ替わりに白川の部下が寝袋を持って入って来た。こちらも巧と同じ年齢ほどだが、先程の小田切と違って、顔に険が無い。

『玉川』と名乗り。

「お気遣いなく」と言ってリビングで胡座を掻いて無線の調整を始めた。


 杏の部屋は二階だが、今は両親の寝室に運んだ。

 階段から落ちる様なことがあっては困る。

 ベッドに寝かせると、

「ありがと」

 と、いつか見た弱い顔を見せ寝入った。


 市ノ瀬がいつの間にか部屋に付いてきている。

 

「市ノ瀬さんもお疲れでしょう、今日はお帰りになられては?」

 巧がそう言うと、市ノ瀬は首を横に振って、

「暫く、この家に置いて頂けませんか?」

 と訊いてきた。


「えっ」と疲れていたのか、巧の声が裏返る。

「杏ちゃんのこと、放っておけないんです。仕事なら此処でも出来ます」

 そう言った市ノ瀬は一呼吸置いて続ける。

「エルフリーデさん以外で本当に親友と呼べるのは杏ちゃんだけなんです」


 その一言で巧は理解した。

 自分に杏やマリアンが必要な様に彼女にも杏が必要なのだ。

 巧は頷いて“お願いします”と部屋を出た。

「ベッドは大きいですから、二人で眠っても余裕がありますよ」

 と付け加えてドアを閉じる。


 リビングに戻ると、学園長が来ていた。

 学校側に不満はない事を伝え、杏が疲れているので今日のところは引き取って欲しいというと、三人は明日又お邪魔しますと言って帰っていった。



「広田さん、座敷に布団を敷きますか? 客間のベッドも空きがありますが?」

 巧がやっとソファに座ることが出来て、足を揉んでいる広田に声を掛ける。


「座敷は警官の詰め所になりそうだ。客間で頼む」

 そう答えて、少し黙り込むと。

「先に君が風呂に入って眠っておきなさい。俺は玉川君と話をしてから寝るよ」

 風呂から出てくる頃には食事も用意しておこう。

 そう言って巧を気遣った。


 そう言われると巧は気が抜けて意識が飛びそうになる。

 しかし、今、マリアンはどうしてる。 

 あいつが泣いているのに、俺が温かい風呂に入って眠るなんて事が許されるのか?

 そう思うと体が動かない。


「巧君」

 考え込む巧に、広田が声を掛ける。

「はい」

「軍事行動で最も大切だと君が思うものを二つあげてごらん」

「はぁ?」

「今、我々は誘拐犯と戦っている。そうだね」

 広田に問われて、巧は頷く。


 広田はたたみ掛けた。

「で、さっきの答えは?」


 迷い無く巧は答える。

「情報と補給です」


「我々には今、情報がない。これは分かるね」

「はい」

「ならば、君自身の補給を整えておきなさい。勝ちたいんだろ」


 頷いた巧は風呂に入り、食事を無理に口に押し込んだ。

 そうしてソファに横たわるが、眠りは浅い。


 時々、夢うつつの中でマリアンが泣いていた。






サブタイトルは古典の大家A・E・ヴァン・ヴォークトの「(ナル)Aの世界」からです。


自分にとっては子供の頃、そう、本当に子供の頃「宇宙船ビーグル号の冒険」で宇宙の夢を見せて下さった恩人でもあります。

今度はいい話で、サブタイトルを使いたいものです。


私も事件の決着を早く着けたい、と思っています。

本当にこのシーンは書いていて辛いです。

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