表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星を追う者たち  作者: 矢口
第七章 愛に生まれ、殺戮に育つのは『世界』
109/222

108:切り通しの闘い(Dパート)

 少しずつ少しずつ、巨人兵は坂を登ってくる。

 悔しいが、全く隊列を乱すことなく、しかも慌てる風でもない。


 挙げ句、巨人達の一部が信じられない行動に出た。

 前方の二体が僅かに斜めにずれるように前進し、後方の巨人達は足を止めたのだ。


「ツーマン・セル・スカウト!」

「馬鹿な!」

“ツーマン・セル”は分隊歩兵に於ける前進行動の基本隊形である。

 二人がひと組になり相互に援護し合いながら少しずつ、拠点を確保していくのだ。

 また、スカウトは索敵の事である。

 つまり、最初の二体は相互に援護し合いながら、罠を探しつつ前進している。

 だが、この様な高度な行動には『散兵戦術』の成立が不可欠である。


 中世の軍隊に於いて、徴兵された兵士や傭兵達は隙あらば逃げだそうとしていた。

 それを防ぐために生まれた戦闘隊形が『テルシオ』であり、この世界の軍陣形もそれに近い密集形態であることは先に述べた。


 テルシオについて乱暴に説明するならば、見た目は古代の密集陣形ファランクスによく似ている方形陣ではあるが、幾つか違いがある。

 特に大きな違いとしては全員が勇敢である事を前提として組まれ、特に防御の弱い右手に居る兵士が熟練兵士として尊敬されたファランクスと違い、テルシオは傭兵の長槍歩兵を中心に置き、それをマスカット銃で武装した常備騎兵が囲んで歩兵の脱走を防ぐ。

 そうした上で、その密度で“敵”、特に騎兵の突進を迎え撃つという陣形式である。


 ここから散兵戦術という歩兵の機動性を縦横に生かす現代の戦術ドクトリンが生まれるには、カール・グスタフの歩兵、騎兵、砲兵の三兵戦術を過ぎ、更にはフランス革命による国民国家の成立を待つしか無かった。

 誰でも命は惜しい。

 よって中世から近世の軍の司令官にとって、脱走兵程に頭を悩ませる問題はなかったのだ。


 ヨーロッパでは国民国家の成立により、兵士が国家と自分を同一視するようになり、ようやく相互の命を(まと)にする兵士が現れた。

 それ以前は、宗教と税率さえ変わらなければ土地の人間にとっては支配者など誰でも構わなく、戦争とは傭兵と常備兵のビジネスに過ぎなかったのだ。

 奪われる土地を所有する貴族を除いては“戦争とは命を捨ててまで頑張る程のものでは無い”という考え方が一般的であった。


 だが、目の前にいる二十体の敵は『人間』ではない。

 脱走の心配など無い兵士である。

 中世の戦場に米軍のロボット兵士(ドローン)がいきなり現れたようなものなのだ。

『奴らを全て倒しても、敵兵にひとりの死者も出ない』

 これ程戦意を削ぐ事実もないと言うのに、その上に現代戦術のツーマン・セルまで使い出した。

 防衛側、特に国防軍のショックは小さくは無かった。

 

 しかも今回は夜戦である。それすらもこなそうというのだ。


 実は夜戦は難しい。 

 同士討ちの危険、敵兵の発見の遅れ、挙げ句は方向感覚の喪失まで起きるため熟練兵でも嫌がる傾向にある。


 素人の寄せ集めの徴兵制度下の兵には防衛戦は兎も角、機能的攻撃戦闘は絶対に出来ないといっても過言ではない。

 巧の国の旧軍は徴兵制の兵士達でも例外的に襲撃夜戦を得意としたが、これは国民性の問題と共に学校で運動会や、全体の朝会などを通じて隊列を乱さない行動を日常的に叩き込まれていたためだ。

 但し、少ないながらも同士討ちは避けられなかった事も確かではある。


 また、大戦の前半は兎も角、後半は過去にアイアロスが語った通り、完全な劣勢の為やけくそになっていたに過ぎない面もあり、自ら其れに気付くまでは連合軍の機関銃の前に死体の山を築いた。

 実際の散兵戦術としての歩兵による夜戦が始まったのは、インパール撤退戦に於ける各部隊単位。

 また軍団としては敗戦も間近の硫黄島という小さな島での闘いからではないだろうか?


 シナンガル側とて襲撃夜戦が出来る優秀な部隊などそう多くはないだろう。

 だが、あの巨人ならば話は別だ。

 同士討ちの心配も無く思う存分に暴れ回ることは明確である。


 後三十分以内にはヘリが到着してくれるであろうが、果たしてこの至近距離でミサイルが撃てるのか、ならば今からでも下がるべきなのではないか、と誰もが悩む。

 各隊員の制服には味方識別のチップが埋め込まれているが、死体が敵の近くにある場合、中隊本部の機器を使った生存確認をして、死亡が確認されていれば其処にミサイルを撃ち込む事もやむを得まい。

 だが、それは理屈だ。

 ヘリ搭乗員に其処まで過酷な任務を押しつけられるのか?

 チップなり、心拍計測器の故障で生きている可能性も当然あるのだ。

 誰も彼もが「究極の選択」を強いられる、それが戦場なのであろう。


 話は変わるが、山金は後方で病人を装って静かなものである。

 撤退となれば、真っ先にトラックに乗り込むであろう。

 いや、もう乗り込んでいるかも知れない、等と相沢が考えた時、内山が発砲許可を求めてきた。


「もう少し待ってくれ、一体は動きが止まる筈だ。 

 その時に止まらない方に集中打を浴びせてくれ」

 相沢の言葉に内山は心配顔だ。

「しかし、トレさん、いくら何でも頭を上げすぎでしょ?」

 内山とて、最前にいて重機を構えているのだから身をさらしている事はトレと大して変わらない。

 しかし、戦場では頭ひとつ分だけでも体の位置を上げるというのは、恐ろしく勇気の要る行為なのだ。


 トレは落ち着いて両腕を前に突き出している。

 と、その時、一体の動きが止まった。


 完全に止まった訳ではない。

 だが、足を動かそうとしてはいるが“それが上手くいかない”という風な感じで(あせ)っているのが分かるのだ。

 相沢のみならず狙撃隊にもそれが伝わったのであろう。

 三ヶ所から一斉に二連射が行われる。


 流石に夜間三百メートルの距離で二センチの標的は無理があるかと思われたが、新世代のナイトサーチスコープは実に優秀である。

 一発の銃弾が最も動きの無い腰にはめ込まれた石を吹き飛ばした。

 (もっと)も、それでも殆どは“まぐれ”のようなものであったのだろう。


 だが、次の一撃は違った。確実に狙撃手の腕である。

 銃弾が飛んできた方向へ顔面を向けたのが巨人のミスと言えたが、それを見逃さなかった兵士もまた賞賛される者だ。

 巨人の左目が吹き飛ぶ。


「糞! 上手い事やりやがって!」

 内山が羨ましそうに言うが、相手の目は未だ四つは残っているのだ。

 しかも、巨人は体を少し前傾姿勢にすると、顔を上げた。

 これで胴体部の魔法石は照準から完全に隠れてしまう。

 挙げ句、その顔面まで片腕で覆うようにすると云う念の入れようには参った。


 ルナールの臨機応変な巨人活用の指示は国防軍を手玉に取るかのようである。


「此処までか……」

 相沢が呟くと同時に、狙撃班は位置を僅かに移動していく。

 同時にトレも後に飛び退いた。


「少しの足止めにしかなりませんでしたね。すいません」

 そう言って詫びるトレだが何故か余裕が感じられる。

「次の仕掛けの他にまだ、何か有りますね? さっき、時間が掛かると仰っていましたが?」

「あれ、分かります?」

 トレは子供が悪戯に引っ掛かる教師を待ちわびるような、そんな顔を見せた。

 トレは自分が過去に闘った相手と知恵比べをしている事を知らない。

 だが、その闘いを存分に楽しんでいた。

 もしかするとルナールもそうであったのかも知れないが。



 最初の二体の巨人は次第に距離を詰めてくる。

 更に後方からもう二体がツーマン・セルで動き始めると、残りも後に続き始めた。


「もう、良いでしょう。撃ちますよ!」

 しびれを切らした内山がそう言った瞬間であった。

 先頭を登っていた一機の巨人が、いきなり縮んだ。


 いや、そう見えただけであった。


 今、巨人は腰から下が完全に土の下にあるのだ。

 要は落とし穴である。

 先程トレが行った仕掛けであろう。

 もがく巨人は腰まで見事に穴に収まっている。

 這い出そうとするが、芯まで鉄なのだ。自重は相当なものであろう。

 もがくだけで全く身動きが取れていない。 

 これは相田もトレから確認済みの仕掛けではあったが、こう上手くいくとは思わず、つい笑みがこぼれる。

 もう一体がそれを助けに入った時、その足下も崩れた。

 二体の巨人はトレの仕掛けた罠に完全に(はま)ったのだ。


「良いぞ、撃て!」 

 相沢が叫ぶ。

 同時に重機関銃と榴弾砲が雨嵐(あめあらし)と降り注いだ。


 いくら鉄のかたまりとは云え、相手は止まっているのだ。

 内山はその点、何処を狙えばよいかよく分かっていた。

 肩の関節部分に、(まと)めて弾を叩き込む。

 跳弾が恐ろしい等と言っている場合ではない。

 焼夷鉄鋼弾は、胴体部分に十センチ程の穴を穿つが、それだけである。

 芯まで鉄の相手を破壊する事は出来ない。


 ならば、動きの基点となる関節部分を狙うのが筋なのだ。

 内山の射撃を見たもう一機の重機と狙撃班も、関節を狙って弾を撃ち込んでいく。

 榴弾砲もその合間、合間を狙い、一発の間隔を取ってだが効果的に撃ち込まれて行く。

 彼らも遅れを取りたくないのだ。

 猛攻に二体ともに片腕が吹き飛んだ。

 いや先に穴に落ち込んだ方は両腕とも坂を転がり落ちていく。

 明確な成果に兵士達の歓声が上がる中、流石に相手も慌てたのであろう。 

 後方から、助けの為かもう二体の巨人が迫る。

 少し遅れて大砲を抱えた四体。計六体である。


 その時、相沢は凄まじい銃爆撃音の中であるにも拘わらず、彼が僅かに知っているフェリシア語での『(あざけ)り』をはっきりと聞いた。

 トレはこう言ったのだ。

『掛かったな。阿呆が!』と


 立ち上がったトレは、一瞬だけ手をかざすと直ぐに身を伏せた。

「何を?」

 相沢はトレに尋ねたがその答えを聞く必要は無かった。


 後方からやって来た巨人二体は、穴にはまってもがいている二体が其処まで何事もなく歩いていたはずの地面に足を取られると見事に引っ繰り返り、 ボーリングの弾のように転がっていく。

 トレは水魔法と自らの圧縮魔法の合わせ技を使って、一瞬にして地面を凍らせたのだ。

 すぐ後方の四体を吹き飛ばして(なお)も勢いは止まらず、結局三百メートル近くを転がると、坂の下に居た残りの巨人をも巻き込んで吹っ飛んだ。



 誰かが『スプリットだな』と言うのが聞こえ、場は大爆笑となった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 森の中で四人の魔術師がルナールの脚下(あしもと)に膝を()き、頭を下げている。

 先行した二体、もしくは四体を操っていた魔術師達であろう。

 フェリシア基準では上位の魔法士というレベルの存在で有るが、シナンガルでは充分に魔術師の部類に入る四人である。


 ルナールは特に彼らを責めなかった。

 巨人は二体とも両腕が吹き飛んだようだが、別段それは構わない。

 五体満足でなくてはならない兵器ではない。これがこの巨人の特色だ。

 暫く二体には行動不能に陥った振りをして貰い、後程(のちほど)頑張って貰えばよい。

 平地に限れば足が二本と目がひとつでも残っていれば幾らでも暴れる事の出来る兵器なのだ。


 それより、この交戦で巨人の様々な弱点も知る事が出来た。 

 結構な事である。

 彼としては次の段階に進むだけだ。

「では第一砲兵、今の奴らの攻撃を考えると坂の途中辺りまでは護衛が必要だという事になるな。 

 抜刀隊は壁になってくれ。全滅しても良いぞ。 

 但し、君らは魔力切れで体を壊してはくれるなよ」

 彼の言葉は静かであり、それだからこそ魔術師達にとっては心強かった。



      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



「上がってくるな……」

「ああ、まだ十八体、無傷だろうからなぁ」


 兵士達の声が聞こえ、トレは、考える。

“巧さんなら、どうしただろうか?”


 そこに相沢が声を掛けてくる。

「トレさん中隊長から伝言です。 

 後方に廻って第一小隊と換わるように、とのことです」

「何、言ってるんですか! 相手はもう動いてるんですよ」

「規定です。第2小隊は既に二時間以上戦線を維持しています」

 そう言われると、トレとしても返す言葉はない。


 二分おきに半数ずつ入れ替えを行い、第二小隊は完全に塹壕前に陣取った。

 第一小隊を中隊長自ら率いることになる。

「スクロース、お気を付けて!」

 それだけ言ったが、中隊長は“うむ”と頷くだけである。


「糞が!」

 重機を置いて後方に下がる内山の口から、罵りの声が出る。

「どしたの?」

 トレの質問に答えたのは内山ではなく、観測員の中田である。

「もうすぐ、AH-2Sが到着するでしょ、それですよ」

「ああ、なるほどね」


 要は支援ヘリなりRPG-7が到着して勝利を決める瞬間、前線に立って居るのは中隊長でなくてはならないと云う訳である。

「あの人も、小隊長みたいな人なのね」

 そう言って一寸(ちょっと)肩を(すく)めるトレに、相田が申し訳なさそうに頭を下げた。

「ああいう人ばっかりではないんです」


「なに、知ってますよ。何処にでもそう言う(やから)は居るもんです。

 うちの前の方面隊長なんて今、刑務所ですわ」

 そう言ってトレはおどけて軽く相田の肩を叩く。

 周りの隊員達が吹き出して、彼らの不満も何処かに吹き飛んでしまった。


 シエネの旧西部方面隊長は、賭博場に関わる裁判の結果、管理地区内の利益を率先して吸い上げたとして唯一の実刑判決を受けた。

 彼が交流地に於いて、議員や商人の活動に制限を設けなかったのは故意に「賭博」を奨励したと取られたのだ。


 トレは真顔に戻ると言葉を続けた。

「何処にでも暗部は有ります。出来るだけそれを無くすには、やはり互いが互いに敬意を持ってつきあうしかないのではないでしょうか?」

 トレは『出来るだけ』と言った。

 完全な善など無い。

 トレは巧の行為や言葉にそれを感じていた。

 巧は何時も悩んでいた。だから、人に責任を押しつけなかった。

 自分が彼を好きになったのはハインミュラー先生と彼がよく似ているからだと思う。


 尤もハインミュラー先生はその辺りは既に割り切ってしまっている気がする。

 あれは年のせいなのだろうか、それとも生来のものなのだろうか?

「う~ん」

 思わず声に出てしまい、相田が心配そうにトレの顔を覗き込んで来た。






今回は短めでした。

切りが良いところで、上げたかったので失礼します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ